このすば*Elona   作:hasebe

60 / 148
第59話 アクシズきょうとが あらわれた! コマンド?

「ようこそいらっしゃいましたアルカンレティアへ! 入信ですか? 観光ですか? 入信ですか? 冒険ですか? 入信ですか? 洗礼ですか? お仕事探しでしたら是非アクシズ教団へ! 今でしたら他の街でアクシズ教の素晴らしさを説くだけでお金が貰える仕事にありつけますよ! しかもなんと、その仕事に就くだけでアクシズ教徒を名乗れる権利が得られるんです! さあ遠慮せずに張り切ってどうぞ!」

 

 テレポートで転送された途端、あなた達はアクシズ教徒の集団に声をかけられていた。

 入信書を取り出しつつ一気に捲くし立ててきたアクシズ教徒の女性に、覚悟が完了していなかったウィズとゆんゆんの動きが固まっている。

 集団は女性しかいないにも関わらず聞きしに勝るアグレシッブさだが、彼女らはテレポートセンターで出待ちする仕事をしているのだろうかとあなたは懐かしさすら感じていた。

 郷愁を覚える理由は簡単。ノースティリスではノイエルでよく同胞達、つまり癒しの女神の狂信者が彼らと全く同じ行動を観光客相手にやっているのだ。

 更に聖夜祭の季節ともなれば勧誘の攻勢はさらに強くなる。あなたもクマの着ぐるみの中に入って勧誘を行う仕事をしたものだ。ちなみに時給は癒しの女神の抱き枕だった。

 

「え、えっと……」

「あの……」

 

 反応に窮しているアークウィザード姉妹を尻目に、あなたは郷愁も相まってとても穏やかな笑顔を浮かべ、最も豪奢な法衣を着た美人の女性に礼を言った。

 次いで荷物でふさがっている両手を掲げ、この通り荷物を大量に持っているので何をするにもまずは身軽になりたい。高くても構わないのでどこかオススメの宿が無いだろうかと尋ねてみる。現地の人間ならば良い宿を知っている事だろう。

 

「ふ、ふふふ……。初対面でアクシズ教徒のアークプリーストである私を口説いてきた人間はあなたが初めてです。いいでしょう、どうやら引越し先をお探しの事ですが、それなら私の家とかどうですか!? 自分で言うのもなんですが結構大きいですよ? ええっ!? 結婚を前提にお付き合いまでですか!? そんな……私達今日会ったばかりなんですよ!? でも私、あなたなら……」

「――――」

 

 ズン、と。あなたは凄まじく重い物が圧し掛かってきた錯覚を覚えた。気を抜けばすぐにでも潰されそうなほどの強烈な圧迫感。

 

 何が起きているかは言うまでも無い。あなたの目の前、つまりアークプリーストの女性……ではなく、背後から何者かが重く、深く、暗く、冷たい無言のプレッシャーを発しているのだ。指向性の極めて強い重圧はあなた以外に一切向いていないようで、雷雨の如く荒れ狂う重圧の中でも他の者は顔色一つ変えていない。

 というか誰も引越し先を探すとは言っていないので後ろの重圧の発信者共々おかしな勘違いをしないでほしい。大体にして、このような重圧を放っておいてあなたが我慢出来なくなったらそれこそ一大事である。その際に発生するであろう被害は確実にドリスの比ではないのだが、彼女はどう責任をとるつもりなのか。

 興奮のあまり艶然と笑うあなたに何を勘違いしたのか女性達は色めきたち、更に重圧が強くなった。

 

「ウソ、ほんと!? やった、勝った! 遂に独身アークプリーストなんて呼ばれる日々が終わるのね! ああ、ありがとうございますアクア様! この出会いに感謝を!」

「ああっ! ずるいですよ地区長!」

「ハッハー! 早い者勝ちよヴァーカ! アンタ達は指を咥えて私の狂い咲きヴァージンロードを見てなさい!! お父さんお母さん、私幸せになります!!」

 

 あなたとしては秒毎に際限なく増していくプレッシャーがどこまで強くなるのか試したい気分だったが、このままでは重圧とは別の意味で大変な事になるだろう。現になりかけている。あなたは同行者がいるのだが、同僚に勝ち誇るアークプリーストの女性は後ろのウィズとゆんゆんが見えていないのだろうか。もしくは重婚推奨なのか。

 確かにアクシズ教徒は同胞に似ていると感じたが、幾らなんでもこんな超特急な所まで似なくてもいいのでは、と思わずにはいられない。

 あなたは呆れつつもいつも通りに自分は異教徒であり、今の所引越しの予定も改宗の予定も無く、更に宗教上の理由で異教徒とは結婚出来ないとキッパリお断りしておく。

 ちなみにこれに関しては嘘ではない。正真正銘の本音である。ドリスで使った嘘発見器の魔道具を持ち出してもベルが鳴る事は無いだろう。まあ異教徒といってもノースティリスの異教徒の話なのだが。

 

「畜生! 苦節二十数年、やっと私にも春が来たと思ったのに!!」

「盛大に勘違いして告白した挙句一瞬でフラレてやんのざまぁ!!」

「やーい貧乳!! つーか後ろの二人とも美人でおっぱいもおっきいな妬ましい!」

「ぷーくすくす! とっくに両手に花状態だから年増の貧乳はいらないってさ!」

 

 女神アクアの笑い方を再現した容赦の無い煽りで堪忍袋の尾が切れたのか、やろうぶっ殺してやるとアークプリーストの女性がぶち切れ、彼女をあざ笑う他の信者達との鬼ごっこが幕を開けた。

 結局宿の話は聞けなかったが仕方ないと、あなたはその場を後にする。

 気付けば圧し掛かる重圧は嘘のように消え去っていた。少しだけ残念に思うと同時、いずれ来るであろう()()()が今から楽しみでならない。

 

 

 

 

 

 

 水と温泉の都アルカンレティア。

 澄んだ巨大湖と温泉が湧き出る山に隣接するこの街は、街の到る所に水路が張り巡らされている。

 青を基調とした色で統一された建物が立ち並ぶ街並みは美しく、街に住む人々は誰もが活気と希望に満ち溢れている。

 数多くの高レベルプリーストを擁し、水の女神アクアの加護に守られたアルカンレティアは魔王軍すら手を出してこない、この世界で最も幸せで恵まれた女神アクアのお膝元。

 

 

 ――――さあ、皆もアクシズ教に入信しよう! 今ならアクア様人形が付いてくる!

 

 

 ……とまあ、現在あなたが読んでいる観光パンフレットにはそのような事が書かれていた。パンフレットには当然の如く入信書が挟み込まれている。いっそ清清しいまでに信者の勧誘に余念が無い。

 

 魔王軍に関しては、きっと彼らもこの街に近寄りたくなかったのだろう。

 道行く女性にセクハラをしかけようとして逆に水路に突き落とされている、恐らくは相当に高位の聖職者であるアクシズ教徒の男性を遠目に見ながらあなたはそう思った。

 

 しかし水の名を冠するだけあって、街路に目を向ければ確かに水、水、水。清潔な街並みはどこを見渡しても水路が走っており、中には澄んだ水が流れている。それも一切汚染されていない綺麗な水が。

 更に聖域でもないというのに、ただ深呼吸をするだけで清涼な空気があなたの肺を潤す。ここは天国なのだろうか。

 

 カルチャーギャップと呼ぶにはあまりにも大きすぎる衝撃にあなたは感激を通り越して眩暈すら覚える。流石は水の女神の信者達の本拠地だ。

 アルカンレティアは余りにも綺麗な水に溢れすぎており、この街に住んでいると価値観が狂ってしまいそうだとあなたは若干の危機感すら覚えた。

 クリエイトウォーターなどで慣れてきたあなたであってもこの驚き。この世界に最初に降り立った地がアクセルではなくアルカンレティアだった場合、あなたは感激のあまり発狂し、全裸で水路にダイブしていたかもしれない。むしろ今すぐダイブしてみたい。

 

 街のあちこちで熱心に勧誘を行っている信者達を遠巻きに眺めながら感慨に耽る。ノースティリスの住人であれば、きっと誰もがあなたに同意してくれる筈だ。

 

「…………」

「…………」

 

 そうして綺麗な街並みを堪能しつつ、良さげな宿を探してアルカンレティアを彷徨うあなた達だったが、何故か先ほどからずっと黙ったままあなたに付いてくるゆんゆんとウィズのじっとりとした視線が背中に突き刺さってとても痛い。

 いい加減気になってきたあなたが一体どうしたのかと問いかけてみた所、二人は顔を見合わせ、やがてこう言った。

 

「その、随分と女性をあしらうのに手慣れていたな、と……」

 

 二人が言っているのは先ほどのテレポートセンターでの事だろうか。

 慣れているといえば慣れているだろう。あなたは酸いも甘いも経験してきた熟練の冒険者だ。

 というか慣れなければノースティリスではまともにやっていけないのだ。主に娼婦や妹、あるいはハニートラップ的な意味で。

 あなたは疲労を全面に押し出した、深く重たい溜息を吐き出した。

 

「す、すみません。折角楽しんでらしたのに、なんか凄く嫌な事を思い出させちゃったみたいで……大丈夫ですか?」

 

 光を反射する水路のように輝いていた目が一瞬で腐ったドブ川になったあなたに居た堪れなくなったのか、ウィズが頭を下げて謝ってきたものの、二人は何も悪くないとあなたは笑って応対する。

 普段の面影が微塵も無い、枯れ木のような笑みだった。

 

「本当に大丈夫ですか!? 大事にしてる杖を孫に壊されたお爺ちゃんみたいな笑い方してますよ!?」

 

 ゆんゆんのそれは非常に言いえて妙な発言である。互いの実年齢を比較すれば確実にあなたが祖父でゆんゆんは孫になるだろう。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、ゆんゆんさんは一度アルカンレティアに来た事があるんですよね」

 

 宿を探して街中を探索している最中、ウィズがそう言った。

 

「はい、この街は紅魔族の里から一番近い街ですから」

「もしよろしければその時のお話を聞かせてもらっても構いませんか?」

 

 若干口篭っていたゆんゆんだったが、師匠にして姉貴分のウィズの願いを断るなど出来ないようで、やがて重い口を開いて思い出話を始める。

 

「えっと、そうですね……お二人もご存知の通り、私は修行の為に紅魔族の里を出たんですが、最初に来たのがこのアルカンレティアなんです。めぐみんも来てましたし……いえ、先にアルカンレティアに来ていためぐみんが心配で付いてきたとかではなくてですね?」

 

 あなたとウィズの暖かい目に必死に弁解を図るも、それは完全に逆効果であり、どこまでいっても友達が大好きで心配性な微笑ましいものでしかない。

 

「私にはそけっとさん……紅魔族の占い師の人のお手紙を配達するというちゃんとした目的があったんですよ? アルカンレティアに寄るなら、予言を書いた手紙を届けてくれって言われまして。そけっとさんはほぼ必中の凄腕占い師さんとして、紅魔族の里の外でも有名な方なんです。アクシズ教徒の方達が占いの結果を疑わない程度には実績があって、色んな人から信頼されているんです」

 

 そけっと。初めて聞く名である。

 あなたはもう少し突っ込んで話を聞いてみる事にした。

 それほどの占い師であれば、あるいは何かしら帰還の手立てが得られるかもしれないと期待しつつ。

 

「私が聞いた話ですが、そけっとさんは何でも未来を見通すとまで言われている大悪魔の力を一時的に借りてるんだとか。凄いですよね! 大悪魔の力を借りるなんて尊敬しちゃいます!」

「そ、そうですね……未来を見通す悪魔ですか……」

 

 ウィズは曖昧に答えつつ、目をキラキラと輝かせる妹分から眩しそうに目を背けた。

 恐らくだが、その紅魔族の占い師に力を貸している大悪魔とはかつて現役時代のウィズと死闘を繰り広げた元魔王軍幹部にしてあなた達の家のご近所で最近評判になっているカラススレイヤーの事なのだろう。世界は広いが世間は狭い。

 しかしバニルの力を借りるという事は、噂の凄腕占い師であってもノースティリスに帰還する手段を探る手立てとしては使えないかもしれないとあなたは若干期待外れな気分になった。

 

「そんなわけでアルカンレティアに来た私ですが、そう、ちょうどあそこの曲がり角でめぐみんと会ったんです」

 

 ゆんゆんが立ち止まって指を差した先は何の変哲も無い普通の路地裏。

 

「あの時のめぐみんは路地裏からいきなり飛び出してきたかと思ったら、こう、ずさーって私の目の前でこけたんです。そして……ああっ! ぐうううう……、こんな何もない所で転ぶとは、私とした事が……! 膝をすりむいてしまいました。痛くて動けません……っておかしな寸劇を始めて……」

 

 苦しそうな声真似までして親友の黒歴史を容赦なく暴露するゆんゆんに、あなたはめぐみんをからかうネタが一つ増えたとニヤリと笑う。

 

「そ、それは本当に転んでしまったのでは?」

「いえ、めぐみんはそういう時はもっとおかしな事を言い出す子なんです。眼帯が濡れて力が出ないとか、右膝に封印した邪神が暴れているとか。なのであれはただの勧誘行為でした」

 

 きっぱりと断言するゆんゆんは非常に親友への理解が深かった。

 遠い目をした紅魔族の少女は湖のように澄んだ青空を見上げる。

 

「それに、別の場所でめぐみんと全く同じ事をアクシズ教徒の小さな女の子がやってました。助けてくれた親切な人に名前を聞いて、入信書に名前を書かせようと……しかもその時めぐみんと一緒にいたのがゼスタさんっていうアクシズ教団で一番偉い人で、こう、アクシズ教徒の人達は噂通りというか、むしろ噂以上に凄いんだなって……」

「…………」

 

 アルカンレティアでの思い出を語りつつ、しかしどんどん声が小さくなっていくゆんゆんを見て、盛大に地雷を踏んだと理解したウィズが冷や汗を流しながらあなたにアイコンタクトを送ってきた。

 気持ちは分かるが今更ゆんゆんは連れて来ない方が良かったのでは、みたいな顔をするのは止めてあげてほしい。小さな口からフリーダムなアクシズ教徒への愚痴が漏れ出ているゆんゆんが気付いたら最悪泣き出しかねない。

 

「紅魔族の里で一人だけ浮いてた私は、外の世界なら少しは馴染めるかな、お友達が作れたらいいなって思ってたんですけど……結局お二人に会うまで知り合い止まりばっかりでしたし……」

(何とかしてあげてくださいよエレえもん!)

 

 何か悪いスイッチが入ってしまったようだ。

 しかし優しくゆんゆんの頭を撫でるウィズ太ちゃんは心に傷を負ったゆんゆんの何をどうしろというのか。ノースティリスの廃人にメンタルケアなど畑違いも甚だしい。むしろそういうのはウィズの担当だと思われる。

 確かにあなたは大抵の事をこなせるが、幾ら経験を積んだ廃人でも無理なものは無理だ。崖から突き落とす結果しか生まないだろう。

 かといって今更一人で帰れというのはあまりにも酷な話だ。あなたにはさっさと温泉にぶち込むべきだとしか言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで暫し街を彷徨った後、最終的にあなた達が選んだのはアルカンレティアで最も大きいと評判の宿だった。

 以前ドリスで宿泊した、ラーナの建築様式とそっくりの宿とはうってかわって、まるで王都の高級ホテルのような見慣れた建物だ。

 更に建物が大きいだけでなく、この宿はアルカンレティアでも有数の温泉を引いているのだという。なお高い宿代に若干渋っていたウィズはこの話を聞いて一瞬で陥落した。宿泊費を節約したいのであればいっそ別々の宿でも良かったのだが、それは駄目らしい。

 

 なお、今回の宿泊費は三人とも自腹である。あなたで一部屋、ウィズとゆんゆんで一部屋だが自腹だ。

 突然連れてきた手前あなたもウィズも別にゆんゆんの宿代くらいなら支払っても良かったのだが、本人が頑として譲らなかった。

 

「こ、今度はちゃんと自分で支払いますから! 私だって冒険者、いつまでもお二人に金銭面でおんぶに抱っこじゃいけないと思うんです! それに今回は慰安旅行じゃなくて遊びで来てるわけですし!」

 

 との事である。

 まあレベル37といっぱしの上級冒険者になったゆんゆんは時折女神ウォルバクと組んでいるが基本的にはソロで活動を続けており、それなりの難度の討伐依頼も十分にこなせている。幾ら宿が貴族御用達とはいえ、宿泊費を捻出するくらいは余裕になっていた。

 養殖が尾を引いているのかメンタルが若干不安定でチョロいのも相変わらずとはいえ、若者が育つのはあっという間だ。

 あなた(廃人)ウィズ(超ベテラン)はゆんゆんの心身の成長に、老夫婦のようにしみじみと感じ入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 あなた達が選んだ宿は小高い丘の上に立っており、部屋のベランダに出てみれば街全体が一望出来た。

 綿密に都市開発が行われているのか、統一感のある建物の数々と張り巡らされた水路は見事なまでに調和しきっており、あなた達の目を楽しませる。

 

「うわぁ……」

「綺麗ですね……」

 

 ここがアクシズ教徒の本拠地である事すら忘れさせる絶景に目を輝かせる女性陣だったが、あなたは意識の隅で別の事を考えていた。

 ここはアルカンレティアでも評判の高級旅館であるにも関わらず、どういうわけかあまり宿泊客がいなかったのだ。お蔭でいい部屋が空いていたので助かるといえば助かるのだが、妙に気にかかる。気にしすぎなのだろうか。

 

 疑問を抱きつつもひとしきり景色を楽しんだ後、宿に荷物を預けて身軽になったあなた達は各自自由行動と相成った。

 あなたとゆんゆんはアルカンレティアに遊びに来ているわけだが、ウィズは一応仕事の名目の元に来訪している。仕事は早めに終わらせて残りの期間で思う存分遊ぶべく、今日の所は図書館に文献を漁りに行った彼女に知り合いのアクシズ教徒に会いたくなさそうだったゆんゆんが付いていったので、現在あなたは単独行動中だ。

 

 異世界人である事を除けばごくごく普通のどこにでもいる平凡な人間であるあなたはともかくとして、自身の天敵である女神アクアのお膝元にしてプリーストをどこよりも多く擁しているこの街はリッチーであるウィズにとって単独行動するには非常に危険な場所と言えるのだろうが、あなたは今回の旅にあたり、以前バニルに調達を依頼し、旅行の少し前になってようやく完成した、ターンアンデッドなどの浄化や神聖属性の攻撃に耐性のつくタリスマンを彼女に渡していた。

 決して浄化に無敵になるわけではないが、それでもバニルからは女神アクアの本気の浄化にもある程度は対抗出来るとのお墨付きを貰っている逸品だ。いざという時……言ってしまえば女神アクアと対立する場合もこれである程度は安心である。

 初対面では危うく世界大戦の引き金を引きかけた二人だったが、あなたの見る限り今の二人はそれなりに打ち解けているようだ。

 本気で殺し合いに発展するような機会はないと思いたいが、浄化や神聖属性はこの世界のアンデッドの弱点。タリスマンを持っていて決して損は無いだろう。

 

 あなたはそもそも浄化や神聖属性の攻撃を使わないので喧嘩をする時は不利にはならない。ただどうやらホーリーランスが神聖属性らしいのだが、あなたのガチンコは愛剣一択である。

 

 気になるタリスマンのお値段についてだが、材料費や技術料云々込みでなんと一億エリス。あなたがこの世界に来て以来最も高い買い物であった。

 良品が高価なのは当然なのであなたは後悔こそしていないが、貧乏性のウィズに教えると泡を吹いて卒倒しそうなので値段については伏せておくつもりである。

 

 

 

 

 

 

 何度かアクシズ教徒の愉快な勧誘をあしらいながらも、観光がてらアルカンレティアの美しい街並みを堪能しつつ目的も無くぶらついていたあなただったが、やがて人通りの少ない道に入ってしまった。

 どうやら道に迷ってしまったようだ。だが道に迷うのも旅の醍醐味というものだろう。

 あなたがそのままあてもなく道なりに歩き続けていると、物陰からいかにもチンピラといった風体の髭面の男と十台半ばの少女が飛び出してきた。

 

「きゃあああああっ! 助けて、助けてくださいそこの強そうなお兄さん! そこの不潔でスケベで貧乏で凶悪そうな髭面の彼女いない暦イコール年齢でオマケに童貞のエリス教徒の男が嫌がる私を無理矢理暗がりへ引きずり込もうとするんです!」

「お前幾らなんでも言いすぎじゃね!? ちょっと可愛いからっていい気になってんじゃねえぞ!!」

 

 少女のあまりに容赦の無い口撃に髭面の男は一瞬で崩れ落ちそうになったが、歯を食いしばってなんとか踏みとどまっていた。中々のナイスガッツである。

 

「……へ、へっへ、まあいい。おいそこの兄ちゃん! お前はアクシズ教徒じゃねえな? 強くて格好良いアクシズ教徒だったなら尻尾を巻いて逃げ出したとこだが、そうじゃないなら遠慮はいらねえ!」

 

 あなたは髭面の男の根性に尊いものを見た気分になり、拍手を送りたくなった。

 例え彼が口撃のダメージで声と肩と膝を震わせているとしてもだ。

 

「俺様は暗黒神エリスの加護を受けてるんだ! お楽しみのジャマをするってのなら容赦はしないぜ! まあアクシズ教に入信されたら流石の俺様も腰を抜かして逃げちまうだろうけどな!」

 

 そう言って、エリス教徒を名乗る男は懐からナイフを取り出した。

 あなたの見る限り刃は潰しているようだ。危険は無いだろう。

 

「ああっ、なんて事! 今私の手元にあるのはアクシズ教団への入信書だけ! けれど、これに誰かが名前を書いてくれれば、あなたはアクア様から授けられるアレでコレな超パワーで強く賢く美しくなれます! そしてその力に恐れをなしてこの邪悪なエリス教徒は逃げていくでしょう! しかも入信したら芸達者になったりアンデッドモンスターに好かれやすくなったりと、様々な不思議でお得な特典が盛り沢山!」

「畜生、恐怖のあまり体がブルってきやがったぜ! だが俺様は暗黒神エリスの信者! うおおおおおお! 暗黒神エリスよ、俺に暗黒の力を与えたまえ!」

「ああっ、暗黒神エリスの暗黒パワーがみなぎっています! お兄さん、今すぐこの入信書にサインを!」

 

 少女は上目遣いであなたを見ながら一枚の紙を差し出してきた。アクセルで時折あなたの自宅のポストにも突っ込まれている燃えるゴミである。たまに嫌がらせで耐火と耐水のコーティングが施されている事もあってとても鬱陶しい。

 そんな入信書を前にしたあなたはチラシを受け取る事無く、しかしその場から立ち去る事もしない。

 ただ黙して二人の寸劇を眺め続けるあなただったが、この後放置していたら二人はどうするのかとても興味があったのだ。

 

「ああっ、見捨てないでいかにもお金を持ってそうなお兄さん! このままでは私は暗黒パワーが溢れたこの男に身包み剥がされて手篭めにされてしまいます!」

「ひゅーっ! よく見れば中々良い体してるじゃねえか姉ちゃん! こいつは楽しめそうだ! 覚悟ー!」

「きゃあああああああああ!」

 

 男が少女の服に乱暴に手をかけて若干胸元を開いた所でピタリと止まり、二人があなたの方をチラ見してきた。

 あなたはどうぞ自分にはお構いなくと続きを促す。

 

「えっ」

「えっ」

 

 二人はとても気まずそうだが、あなたは一切気にせずに近場にあった木箱の山に腰掛けて続きを見守る。

 完全に路上パフォーマンスを見物している観光客の気分だったが、そのせいもあってか、まるでこのまま寸劇を続けないといけないような空気が出来上がっていた。

 

「え、えーと……き、きゃー……たすけてー……」

「……お、おんなだー……」

 

 他人のいたたまれない姿を見るのは楽しい。とても愉しい……もとい楽しい。

 さて、流れ的に考えれば少女が危ないと思うのだがこの後はどうなるのだろう。

 ノースティリスの娼婦のようにこのまま人前でおっぱじめるのだろうか。それともすごすごと引き上げるのか、何で止めないんだと逆ギレするのか。はたまた新手が登場するのか。

 期待に胸を膨らませるあなたは露店で購入したドリンクに口を付け、美味いと一息つく。やはり水が綺麗な場所なだけあって飲み物の質も良い。後でウィズとゆんゆんの分も買っておくとしよう。

 

「…………」

「…………」

 

 のん気に見守るあなたが狼藉を止めるつもりも去るつもりも無いと二人も理解してきたのか、二人のアクシズ教徒は顔を見合わせて押し黙ってしまった。

 かといって寸劇を止める事もこの場から去る事も無くそのまま十数秒が経過し、男がおもむろに視線を下げる。

 

「…………ゴクリ」

「!?」

 

 少女の開けた胸元、その谷間を凝視しつつ、男が喉を鳴らした。

 なるほど、どうやら()()()()()()になるようだ。実に王道、オーソドックスだが悪くはない。王道は王道であるがゆえに王道なのだ。

 

「はっ……ハッ……」

「え、ちょ、待ちなさいって。そういう打ち合わせに無い事されると私凄く困るんですけど。いやほら、流石にちょっと冗談がきついんじゃ……」

 

 息を荒くして少女に迫る男は若干目が血走ってきている。

 そんな彼を見て身の危険が迫ってきたと本能で理解したのか、少女の目の色が変わった。

 

「助けてください! 助けてくださいお願いします!!」

 

 あなたに助けを求めつつ、必死に服を押さえて抵抗を始めるアクシズ教徒の少女。これまでの棒読みとはうってかわって迫真の演技だ。

 いいぞ、ブラボー。あなたは二人にパチパチと拍手を送る。少女が激怒した。

 

「これのどこが演技に見えんのよアンタ頭おかしいんじゃないの助けなさいよマジでお願いだから!!」

「そうだぞ演技だから! これは演技で暗黒パワーのせいだから! つーか黙って聞いてれば言いたい放題言いやがって! 悪いかよ童貞で! いいぜやってやんよ! その乳揉んだらー!」

 

 アクシズ教の戒律には我慢はしない、犯罪ではない限りは己の望むままに行動すればいい、というものがある。きっとアクシズ教団的には胸を揉むくらいはセーフなのだろう。

 

「そうだぞセーフだぞ! 何たってゼスタ様もやってるくらいだしな!」

「アレは邪悪なエリス教徒が相手だから許される行為でしょ!?」

「うるせえペロペロさせろ!」

「ひいキモい! 具体的には顔がキモい!!」

 

 さて、あなたが周囲を見渡しつつ気配を探るも、この一帯にあなた達以外の者はいない。

 どうやらこの場に配置されたアクシズ教徒は二人だけのようだ。あなたとしてはこういう時の為に少女を助ける三人目のアクシズ教徒がいると思っていたのだが。

 更に衛兵のような第三者の介入も無く、人通りの無い道を選んで布教を行ったのが完全に仇になっている。

 

「何冷静に観察してんのよこのキチガイ! 変態! サイコパス! ちょっ……本当に助け、誰か助けて!! 犯されるー!!」

「うるせえいいだろ乳くらい減るもんじゃあるまいし!」

「減るわよ! 色んなものが!」

 

 このまま放置して去っても良かったのだが、このままだとセクハラだけでは済みそうにない気配がしてきたあなたは仕方なく少女を救出すべく男に木箱を投擲した。

 殺さないように手加減して投げた木箱は男の頭部に直撃し粉々に砕け、危うく性犯罪者になる所だったアクシズ教徒の男はそのまま昏倒する。

 

「……助けてくれてありがとう遅いのよバーカ死ね! 汝らにアクア様の神罰があらん事を!!」

 

 少女は服の乱れを整えるとあなたを罵倒しながら倒れ伏した男に唾を吐きかけつつ、半泣きで逃げ出していった。

 残されたのはあなたと頭に大きなたんこぶを作り、気絶しながらも顔面に美少女の唾を垂らしてぐへへとだらしなく笑う髭面の男。

 

 幸せな夢を見ているようだ。起こさずにおいておこう。

 だがこのまま路上で寝ていては風邪を引いてしまうだろう。都合よく藁が大量に詰まって暖かそうな大きめの木箱があったので、その中に男を詰めておく。

 良い事をした後は気分がいい。あなたは満足げに頷き、再び散策に戻る事にした。




アクシズきょうとが エリスきょうと(?)に おそわれている! コマンド?

  [a\ みねうち
  [b\ むしする
  [c\ あやまる
  [d\ たすける
ニア[e\ このままながめてるのもいいか
  [f\ 気持ち良い事しない?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。