このすば*Elona 作:hasebe
あなたはアクセルのギルド内ではエースだの便利屋だのアクセル一のぼっちだの頭がおかしいムッツリスケベだのと呼ばれている。
最後の一つに全く心当たりが無いのだが、それはそれとしてあなたが受注する依頼は雑用から討伐まで多岐に渡る。
だが極一部のものを除いて討伐依頼は基本的に受けないようにしている。というかギルド側が受注させてくれない。
アクセルの冒険者ギルドは初心者冒険者育成のために運営されている意味合いが強く、あなたのような上級職がいつまでも街に居座って受注可能な依頼を片っ端から片付けていくのはギルドの思惑的に大変よろしくないのだ。
なのであなたは討伐依頼は初心者では確実に死ぬ、あるいはギルドの運営上初心者に任せるのはよろしくないとギルドが判断したものだけを回してもらっている。
こんなことを続けているので便利屋呼ばわりされている自覚はあるが、依頼を受けるのはあなたのライフワークだし稼ぎもそれなりなので何も問題は無い。
「相席してもよろしいかしらー?」
そんなあなたがいつも通りにアクセルのギルドで食事を行いながら次に受ける依頼の品定めを行っている最中、それは突然やってきた。
相席の必要があるほど混んでいただろうかと、疑問に思いつつ顔を上げる。
瞬間、あなたは危うく吹き出すところだった。それほどまでにありえない相手だったのだ。
辛うじて我慢した自分をあなたは内心で褒めちぎった。この相手に女神エリスの逆のような行為は流石に不敬が過ぎる。
「ご指名ありがとうございまーす、アクアでーす」
まるで娼館で聞きそうな台詞を言いながらあなたの目の前に現れたのは、あろうことか女神だった。エリス神に続いてまた女神だ。
女神のように美しい女性という意味ではない。
確かに人間離れした美貌を持つ少女ではあったが、正真正銘本物の女神がそこにいた。
女神に何故地上に降臨したとはあえて問うまい。
エリス神と同様、天上に住まう神々の思惑など所詮は定命の存在に過ぎないあなたに図れるはずも無いのだから。
しかしそれにしたって何故こんな辺境とも呼べる地に女神が、それも二柱も降臨しているのか。
アクセルの街はいよいよ魔窟と化してきた感がある。類は友を呼ぶというし、あなたにはこれからもキワモノが増え続けていく予感しかしなかった。ちなみに類がウィズである。
そもそもこの女神は何者なのか。名前を名乗っていたようだがあなたは驚愕のあまり聞きそびれてしまっていた。聞き直すのはまずいだろう。どうするべきか。
「ねえあなた、こういうお店で遊ぶのって初めて?」
女神が珍妙な動きでしなを作り、あなたに寄りかかってきた。
お店も何もと言おうとして、あなたはここがギルドであると同時に酒場だったことを思い出した。
あなたはギルド所属の冒険者、つまり常連である。
「あらあら、お盛んなことねー? ……ふふふ、若いわね?」
確かにあなたの年齢は女神と比較すれば赤ん坊にも等しいだろう。
あなたはポーションで年齢を保っているので実年齢と外見年齢には大きな差があるが、それも神の前では誤差の範囲だ。
しかし女神は何の目的があってあなたに接触してきたのか。あなたは思わず表情を硬くした。
「ふふっ、そんなに緊張しなくてもいいのよ?」
無茶なことを言うものである。
突然女神が異邦人であるあなたの目の前に姿を現したのだ。心当たりがありすぎて逆に意図が読めない。
仮にあなたに依頼を持ち込んできたにしても、神々があなた達に持ってくる依頼など総じて容易いものではなかった。
余程のものでない限り、断るという選択肢は選べない。しかし内容次第では再びウィズに増援を頼むべきだろう。
「何か、私に聞きたいこととかあるんでしょう? どこに住んでるのかとか。普段何してるのかとか?」
どうやら女神はあなたに質問を許してくれるらしい。
ありがたい。あなたは一つ質問を投げかけてみることにした。
曰くイルヴァ、あるいはノースティリスを知っているかと。
今のところ元の世界の手がかりは一つも得られていない。探してもいないから当然なのだが。
この世界は新鮮で楽しいし焦ってはいない。だが目の前の存在ならばあるいは答えられるかもしれないと若干の期待を抱きながら。
「……? 知らないわよイルヴァとかノースティリスなんて。食べものの名前?」
女神は本当に不思議そうな顔をした。シラを切っているようには見えない。
たまたまこの女神が知らないだけだったという線であってほしいものだが。
「ほら、そんなことより……いいのよ? 私の好みのタイプとかもっと色んなことを聞いても……ってちょっと何よ!? 今いいとこだったから邪魔しないでほしいんだけど!?」
女神は珍妙な服装の少年に引き摺られて行ってしまった。
彼がエリス神におけるダクネスのような存在なのだろうか。
「あれでいいとこだって思ってるならお前は本気でバカだ。バカの世界チャンピオンだ。どう見てもドン引きしてたじゃねえかこのバカ」
違うかもしれない。
「人にヒキニートだの童貞だの散々言っときながら何がご指名ありがとうございますだこのバカチャンプ。どうせお前も未経験なんだろ、そんな派手な格好しといて」
「べっべべべべべ別に未経験じゃないし!? それにたとえそうだったとしても神聖な女神が処女で何が悪いのよこのクソニート!!」
恐らくはあれが女神の素なのだろう。あなたの知る神々は皆個性的だったので女神の豹変に特に動じたりはしない。
それに雰囲気はともかく、彼女の振る舞いから神聖さは全く感じなかった。
むしろ不思議な踊りを見せ付けられている気分だったのだが、あなたはあえて口を閉ざした。
「いいわよ分かったわよ見てなさい! そんなに言うなら正々堂々と行ってやろうじゃないの!」
「またあの人に行くのかよ……他の人の所にしとけよ、普通に可哀想だろ」
「このまま負けっぱなしじゃ女神の名が廃るってもんだわ!」
「お前は誰と戦ってんの?」
漫才のようなやり取りを繰り広げながら女神は再びあなたのテーブルにやってきた。
彼女はどこか自身が信仰する女神と似ているかもしれない。
頑張ってキャラを作っていたところが特に。
「そこの者、宗派を言いなさい! 我が名はアクア。そう、アクシズ教団の崇める御神体、女神アクアよ!」
女神アクア。なんとあなたが夢にも思わぬ名前の登場であった。
国教や貨幣単位にはなっていないものの、女神エリスの先輩とも言われている大物中の大物である。
「汝、もし私の信者ならば……お金を貸してくださると助かりますっ」
女神直々にお布施を要求されてしまった。初めての経験である。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
女神エリスのように素性を隠しているわけではない、本物の女神が突然アクセルの冒険者ギルドに来訪したのだ。
もしや今日はアクシズ教の特別な日だったりするのだろうか。街中でそのような催し物はやっていなかったはずだが。
「具体的には私が冒険者になるために千エリスほど貸していただけると助かります……」
「おいふざけんなアクア! 俺の分は!?」
しかしあなたは場の空気がおかしいことに気付いた。
彼女が声高に名乗ったにもかかわらず、誰も女神アクアを崇めようとしないのだ。
それどころか周囲には頭のおかしい小娘がやってきた、といった感じの生温い空気が蔓延している。
あなたに送られる視線にも覚えがある。これはアクシズ教徒に絡まれた者に周囲の人間が向ける、深い同情と哀れみの視線だ。
「あの、何度もこのバカがすみません。こいつちょっと自分が女神とか言っちゃう頭のおかしい奴なんで……」
少年はそう言っているが、よもや女神を騙る者というわけではないだろう。
そんな真似をしようものならアクシズ教徒が駆けつけてきて即リンチにされるだろうし、彼女からは強い神性を感じる。
アクシズ教徒が集まってこないのが不思議だが、金に困っている女神を放置していて構わないのだろうか。
「ちょっと放しなさいよカズマ! 私は本物なんですけど!? 本物の女神なんですけど!?」
いや、あるいは彼らには彼らなりの思惑があるのかもしれない。あなたはアクシズ教の教義など全く知らないし、実際に信仰には様々な形があるものだ。
しかし迂闊に人前に降臨しようものなら以後その日は信者達にとって永遠に祭の日になる自身の信仰する女神と扱いが対極とはいえ、女神アクアはまさかの偽物扱いである。
少しだけ不憫になったあなたは女神アクアにお布施を行うことにした。
水の女神ということはクリエイトウォーターを司る女神でもある。
先の発言のとおり改宗はしない。改宗はしないが、感謝の気持ちとして多少お布施を行うくらいならばあなたの女神も咎めはしないだろう。
一人に一万、計二万エリスを渡すと女神アクアはパアッと顔を輝かせた。
「わっ、こんなに……!? もしかしてあなた、アクシズ教徒だったの!?」
勿論違う。だが言い訳は用意してある。
あなたは初めてこのギルドに来たときに言われたのだ。
冒険者は困ったときはお互い様だ、と。
「あ……ありがとうございます、親切な人! あなたに女神アクアの祝福があらんことを!」
後生なのでそれだけはやめてほしい。神罰が下ってしまう。
実際女神アクアにはクリエイトウォーターの件を考えれば百万エリスくらい払っても惜しくはないのだが、それは無粋の極みというものだろう。
アクシズ教徒が手を貸さないのにあなたがそんな真似をしては彼らの思惑を台無しにするだけだし、百万エリスは間違っても駆け出しへの餞別に払っていい金額ではない。
「ほら見なさいカズマ! やっぱり私の美しさと神々しさは地上でも隠しきれないみたいね。あの人は信者でもないのにこんなに沢山お金をくれたわ!」
「いや、どう考えても一文無しで冒険者になろうとしてる俺達が惨め過ぎて同情してくれただけだろ……。あの人いかにもプロの冒険者って感じで強そうだしこんな金ポンと渡せるあたり絶対金持ちだぞ羨ましい」
少年があなたに頭を下げた。軽く手を振って応える。
やはりとてもではないが防衛者や黄金の騎士といった神々の従者には見えない。
むしろ何の力も持っていない一般人の少年に見えるのだが、彼が女神アクアをこの地に降臨させたのだろうか。
「はぁ!? もっぺん言ってみなさいよこのクソニート! 私は惨めじゃないんですけど!? 全部アンタのせいなんですけど!?」
「ああはいはい分かった分かった。俺が悪かったからさっさと冒険者登録しようぜ」
……この後、女神アクアが冒険者登録を行った際にちょっとした騒ぎになった。
圧倒的な能力を誇る女神アクアはその場で上級職のアークプリーストに就き、職員達から大歓迎されていた。
かつてあなたに千エリスを恵んでくれた男にアクセルのエースに強敵登場だな、と冗談混じりに笑いながら言われたが、あなたからすればこれは当然とも呼べる結果で驚愕にすら値しない。
世界は違えども彼女は大物女神なのだから。むしろ弱かったらそっちが驚きである。
だがそんな女神アクアの能力にも問題があった。
不運な上に知力が平均以下……つまり少々頭が残念らしい。
後者については思い当たる節はある。主にあなたに絡んできたときのことだが。
降臨して堂々と正体を名乗っても偽物扱いされたり信者に放置されている件といい、色々と凄い女神だった。
■
そんなことがあったギルドからの帰り道、あなたはウィズの店に寄った。
信じてもらえるかはさておき、女神アクアの降臨について話しておいた方がいいだろうと判断したのだ。エリス神と違って堂々としていたのだから構うまい。
それにウィズは伝説のアンデッドとも呼ばれるリッチーだ。女神と遭遇してあまり愉快な展開になるとは思えない。
「あ、アクシズ教の女神様がこの街に……? うわぁ……うわぁ……」
あなたの話を聞いたウィズは案の定頭を抱えてしまった。
あっさり信じてもらえたのは少し予想外だった。
そしてやはりアンデッドと女神は互いに相容れない存在らしい。
「いえ、その……確かに私はアンデッドですが、そういった存在が嫌いとか憎いとか相容れないというわけではないんです。ほら、今はリッチーなんてやってますが、一応私は人間だったわけですし」
どうやらウィズからすれば、女神は不倶戴天の敵というわけではないようだ。
では何故あのような反応をしたのだろうか。
「……その女神様には私が言ったことは秘密にしておいてくださいね? ……アクシズ教団の人は頭がおかしい人が多く、可能な限り関わり合いになってはいけないというのが世間の常識なんです。なので、その元締めの女神様となるとそれはもう凄いのだろうな、と……」
これ以上無いほどに納得のいく理由だった。
あなたの目から見ても確かに凄い女神だった。色々な意味で。
「やっぱりそうなんですね……うわぁ、会いたくないなあ……。私会っただけで浄化とかされちゃいそうなんですけどどうしましょう……」
店を別の街に移せばいいだけだと思うのだが、玄武の資金を使っても無理なのだろうか。
ただウィズが引っ越した瞬間、あなたがこの街に住む理由の九割以上が無くなってしまう訳だが。
「そんなに!?」
確かにウィズの店の品揃えは普通では無いし、こんな駆け出しの街にあっていい店ではない。
だがあなたはそんな店だからこそ大事に思っているし、こうして入り浸っているのだ。
ウィズの店が普通の駆け出し冒険者が使うような店だったらきっと今あなたはここにいなかっただろう。断言してもいい。
「……ありがとうございます。そう言ってもらえて私とっても嬉しいです。でも、お店の引越しだけはできません。私は何があってもこのアクセルの街でお店を続けるって決めてるんです」
確固たる決意を秘めた瞳をして、ウィズはそう言った。
玄武の資金は既に底を突いていたらしい。
三億エリスとはいったいなんだったのか。
「ち、違いますよ!? ちゃんとまだ残ってます! 引越しできないのはもっとちゃんとした理由なんですって!」
勿論冗談である。
あなたと同じようにウィズにも色々と事情がある。そういうことだ。
■
それから二週間。
女神アクアと連れの少年はずっと街の外壁の拡張工事を行っていた。
あなたは毎日のように外壁付近で力仕事に勤しむ二人の姿を見かけたし、夜のギルドの酒場で酒を浴びるほど飲んで虹色のゲロゲロを吐いている女神を何度か目撃した。
とてもあなたの知る女神と同じものとは思えない有様に首を傾げざるを得なかったが、考えてみれば今のあなたも女神アクアと似たようなものだ。
時折外壁の工事どころか迷子の子猫の捜索や飲食店の皿洗いまで行う今のあなたを見れば、あなたを知るノースティリスの冒険者は目を剥くに違いない。友人達は指を差してあなたを笑いながら全力で煽ってくることだろう。
そう思うと楽しそうに毎日を生きている女神アクアにどこか親近感が湧いた。
もしかしたらアクシズ教徒はああやって地上で日々を楽しそうに過ごす女神アクアを見たかったからこそ、今も手を出さずに遠巻きから見守っているのかもしれない。
「生臭い……ぐすっ……私女神なのに……ねえカズマ、私女神なのよ……?」
「分かってるよ、分かってるから早く風呂に行こうぜ……たかがでかいだけのカエルだと思って甘く見てた俺達が馬鹿だったんだよ……」
その証拠に女神アクアは今も冒険者生活を満喫しているようだ。
どこかで丸呑みにでもされたのか、体中をガビガビにされた挙句生臭い臭気を発しながら半べそをかく女神アクアと少年が公衆浴場に入っていくのを偶然見かけたあなたは自分がノースティリスの初心者冒険者だった頃を思い出し、とても温かい気分になったのだった。