このすば*Elona 作:hasebe
拘留より時を遡る事三十分前。
ぽわぽわりっちぃとゲロ甘チョロQ紅魔族に無知シチュからの咥えゴムダブルピースをさせるというこの世界の歴史に残る偉業を成し遂げたあなただったが、自分がカメラを持ってきていない事に気付いた。
自身がもういいと言ってしまったのでウィズとゆんゆんは風船のようなものを再度膨らませ始めたし、ダブルピースも店仕舞い。これではとんだ片手落ちであるとあなたは臍を噛む。しかし流石に撮影までやってしまっては幾らウィズが人の良い女性といえども疑われるだろうし、あなたも自身の交渉スキルで言い訳出来る気がしなかったのでこれで良かったのかもしれない。
先ほどの光景は自身の心のアルバムの中にだけ仕舞っておく、それでいいではないか。絵画に残しておくかは後で考えるとしよう。
――キャアアアアアア!?
――うおおおおおおお!!
あなたが普通に最低な事を考えていると、外から女性のものと思われる、黄色い悲鳴が聞こえてきた。それも複数。
男性達の歓喜に満ちた叫び声も聞こえる。
「な、何が起きてるんでしょうか?」
事件の香りを嗅ぎ取ったのか、気弱なゆんゆんがウィズの傍に寄り添った。
聞く限り、女性の悲鳴と男性の歓声は一向に鳴り止む気配が無く、そして一箇所ではなくあちこちからあがっているように思える。
何が起きているかは不明だが、悲鳴を鑑みるに女性だけが狙われている事だけは確かだ。あなたはウィズとゆんゆんに待合所の中で待っているように言い含め、一人で外に出る事にした。
「……どうか気を付けてくださいね」
不安げに瞳を揺らすウィズにしっかりと頷き、あなたは待合所の扉を開け放つ。
果たして、様々な人々が溢れかえるドリスのテレポートサービスの広場であなたが目撃したのは、あまりにも想像を絶する光景であった。
「きゃああああああ!?」
「いやああああああ!!」
「見ないでええええ!!」
とても強い突風と共に緑色の光が女性達のスカートを捲り上げていた。
とても強い突風と共に緑色の光が女性達のスカートを捲り上げていたのだ。
あなたは自身の目を疑った。
女性達は必死にスカートの裾を押さえて下半身を守るもあまりの強風に太もも、あるいはスカートの中身がしっかりと見えてしまっている。如何にも清楚然とした金髪エルフの僧侶は黒のガーターを付けていた。むっつりなのかもしれない。
それはそれとして、男性の中には女性を拝んでいる者までいる始末だ。彼らは騒ぎが収まった後で酷い目に遭わされるのではないだろうか。
彼女達は浴衣を着ていればもう少し何とかなったのであろうが、不幸な事にここは人々が各地に飛ぶ、各地から飛んでくるテレポートサービスの広場だ。浴衣姿の人間など殆ど存在せず、結果としてこの惨状である。あるいはそれすら犯人の思惑の内なのか。
しかしこれはどうすべきなのだろうかと、眼前で繰り広げられる乱痴気騒ぎにあなたは困り果てた。
誰も怪我をしていない所から犯人に害意は無いようだが、風を纏って高速で人々の足の間を駆け回る緑色の光は恐らく女性のスカートをめくる春の精霊、春一番である。
高速とはいえあなたからしてみれば春一番の捕捉自体はそう難しくないのだが、この雑多な人ごみの中では話が変わってくる。
放っておけばそのうち満足してどこかに行くだろう。あなたはそう結論付けた。相手をする事すらめんどくさかったとも言う。
「……あの、すみません。やっぱり私も何かお手伝いを……」
待合所に戻ろうとした所でウィズが扉を開けて出てきた。
彼女のその気持ちはとても嬉しいのだが、今だけは待合所の中で大人しく待っていてほしかったというのがあなたの偽らざる本音だ。
そして不運な事に、ウィズを新たな獲物と認識したのか、突如人ごみを抜けた春一番が一直線にあなたの……そしてあなたの背後のウィズに向かって突っ込んできた。
「えっ?」
あなたに意識を取られていたのか、ウィズの反応が遅れた。
今から彼女を待合所に押し込んで扉を閉めるには遅すぎるだろう。
理解すると同時、あなたの脳髄が反射的に凍り付いた。
障害は須らく排除すべし。悉く、速やかに。
ノースティリスに浸かりきった冒険者特有の冷めた思考があなたを支配し、ゴミを見るような視線が春一番を射抜く。
春一番は、あなたの後ろに立つ女性を狙っている。
友人を狙っている。
ウィズを狙っている。
つまりあなたの敵だ。不倶戴天の敵である。
敵という事は、アレは殺してしまってもいい……否、殺すべき相手である。ウィズを狙っているというのであれば是が非でも殺さねばならない。ウィズを狙っているから殺す。それでいい。
愉悦に興じるつもりなど微塵も無い。この場で仕留める。
刹那の内に決断を終え、あなたは腰に下げていた神器を抜き、春一番に襲い掛かった。周囲の人間達が顔色を変える。
ドリスはこの世界でも一際平和な観光地である。故に街中で武器を抜いてはならないという法があった気もするが、そんな事は今のあなたの知った事ではない。
あなたの冷徹な殺意に呼応するかの如く、神器の固有能力である《先読み》が発動。
擬似的な未来予知という神器の支援を受け、最後の砦であるあなたを抜き去らんと高速で動き回る春一番の複雑怪奇な機動を完全に読みきったあなたは全力で刃を振り下ろす。
《――――!?》
緑色の光が女性の声に似た悲鳴を発した気がしたが、関係ないとあなたは握り締めた柄を回して捻り込む。
神器は地を這う春一番をたったの一撃で貫通した。
その勢いのまま、ザン、ともズン、とも聞こえる斬撃音と共に神器は大地に突き刺さり、まるで蜘蛛の巣のように広範囲に罅割れが地面に刻み込まれる。
そして地面からビキリというとても嫌な音が鳴り響き、数瞬の後、あなたの周囲、半径十数メートルの石畳が一斉に粉々に砕け散った。
更に衝撃の余波で待合所の外壁にも罅が入り、建物の中からゆんゆんの悲鳴が聞こえてきた。
気付けばあれだけ騒がしかったテレポートサービスの一帯は、どういうわけかシンと静まり返っている。
耳が痛くなるような静寂の中、生物を斬ったという手応えこそ無かったが、今までに数え切れない程多くの敵手をその手で葬ってきたあなたの感覚が戦いの終わりを告げていた。
その証拠にあれほど突風と共に暴れまわっていた春一番は霧散し、その残滓である、春一番という名の通りの温かく、柔らかな花の匂いのする風があなたの頬を撫でている。
自身の感覚に身を任せ、あなたの思考が平時のそれに戻る。
悪は去った。この世に存在するいかなる金銀財宝よりも尊いウィズの生足とスカートの中はあなたの手によって護られたのだ。
つい先ほどその友人であるウィズ、あとついでにゆんゆんにもスカートめくりなどとは比較にならないレベルで犯罪臭しかしないセクハラをかましているあなただったが、心の棚上げはノースティリスの冒険者の基本スキルだ。それにバレなければ犯罪ではないと脳内の天使も言っていた。何も問題は無い。
惚れ惚れするほどに完璧すぎる自己弁護を終えたあなたは地面に突き刺さった神器を抜いて鞘に収め、懐から冒険者カードを取り出す。
冒険者カードに自身が殺害してきた相手のログが表示される便利機能が備わっているのは周知の事実だが、その殺害相手の一番上、つまり最新の箇所に春一番の名が記載されていた。確かに殺害したようだとあなたは満足げに頷く。
春一番は高額の賞金首である。その額はおよそ一億六千万エリス。
極めて弱小ながら長年に及ぶスカートめくりで数多の女性達の恨みを買いまくり、しかし何故か討伐されていなかったが故に賞金が膨れ上がっていた精霊である。
「……もう終わっちゃった感じですか?」
遅まきながら少しずつ事態を飲み込めてきたのか、どこか残念そうにあなたに問いかけてきたウィズに首肯する。
そして折角なので春一番の賞金でどこかで豪勢な昼食でも、と言おうとしたところで……。
「スタアアアアアアアップ!」
あなたは衛兵達に囲まれた。
数は十人。彼らはアクセルでも買える、安物の鉄製武具で身を包んでいる。
最前線の王都は言うに及ばず、駆け出し冒険者の街であるアクセルの衛兵より装備と兵士のレベルが低い。これで街の平和を守れるのだろうかとあなたは少し不安になった。
「え? えっ?」
何事かと目を白黒させるウィズ。
衛兵達は控えめに言って友好的な雰囲気ではない。春一番を討伐したあなたを表彰しようという面持ちでもない。むしろ彼らは皆が皆一様に青ざめており、全身から悲壮感を漂わせている。
「貴様、そこを動くな……いや、動かないでください!!」
「そして今すぐ武装を解除して神妙に縛についてくださいお願いします! 今日は娘の五歳の誕生日なんです!!」
「この後年下の彼氏と初デートなんです! どうか、どうか命だけは勘弁してください!!」
まるでノースティリスの新人の衛兵のような台詞に、少しだけ懐かしくなった。
長きに渡って活動を続け、およそ考えられる全ての衛兵案件をやらかしてきたあなた達廃人は良くも悪くもとびきりの有名人である。
新人とはいえノースティリスの衛兵で廃人の顔を知らない者は余程物を知らぬか、あるいは余所者だ。あなた達の顔写真や特徴は当然のように各地に出回っているので普通は知っていて当然なのだ。
勿論あなたは上記のような世迷言は聞く耳持たぬと何度も何度も衛兵を老若男女問わずぶち殺してきたわけだが、命が重過ぎるこの世界ではまだやっていない。
それどころかこのような目に遭う理由に心当たりが全く無かった。
今の所ノースティリスの冒険者としては驚愕に値するレベルで大人しくしているという自覚があるあなたは実際に指名手配すら食らっていない。
故に人違いではないのかと言おうとしたのだが、ふと一つの可能性に思い当たる。
……待合所に監視カメラが仕掛けられていたのかもしれない。
あなたの口の中がからからに乾ききり、ぶわっと背中に冷や汗が流れ始めた。
若い婦女子二名に咥えゴムダブルピースを強要した自身のセクハラが彼らに知られているとなると、これは非常にまずい事態である。主にウィズに自身の所業が気付かれる的な意味で。
騒ぎが気になったのか、少しだけ開いた扉の隙間からチラチラとこちらを窺っているゆんゆんは遊び相手であって友人ではないし、何より彼女はくっそチョロいのでどうにでもなりそうだが、ウィズはそうはいかないだろう。
この世界に来て以来最大級のピンチがあなたを襲う。
ウィズに懇々と説教されるのはあなたであっても非常に心が痛むのだ。彼女があなたの事を本気で思いやって説教をしてくるだけに、尚更ダメージは大きい。
いっその事これは冤罪だ! 不当逮捕だ! 自分は絶対国家権力なんかに屈したりしない! と錯乱したように叫びながら余計な事を言われる前に衛兵を全員ぶっ飛ばすべきだろうか。いや、是非ともそうすべきだろう。みねうちを使えば口が利けなくなる程度に他者を痛めつけるのはあまりにも容易い。
かなり真剣にそんな事を考え始めたあなたの瞳に剣呑な光が宿り始め、神器の柄を握る手に力が篭る。
「死ぬぅ! 殺されぅ!」
「おうちかえぅ! おうちどっち!?」
「許しなさい! 許しなさい!!」
何故か衛兵が錯乱し始めた。絶好のチャンスである。
このまま全員意識ごと星の向こうにぶっ飛ばそうと、半分ほど刀身を顕にした神器が眩く煌いた所で、ウィズがあなたの前に出た。
「……あ、貴女は?」
「私は彼の友人で同行者です。失礼ですが、私達はつい数分前にアクセルからドリスにやってきたばかりなので、何かしらの誤解が起きているのではないかと思うのですが……」
非常にまずい流れであるとあなたは内心で頭を抱えた。
あなたの予想が当たっていた場合、ハッキリ言って誤解もクソもあったものではない。完全にアウトである。国家権力には勝ててもぽわぽわりっちぃには勝てなかったよ……。
「こ、こんだけ派手に広場の地面をぶっ壊しといて誤解も何もあるか! 待合所の壁にもあんなにでっかく罅入ってるだろうが!!」
「……あっ」
隊長と思わしき壮年の衛兵があなたの足元と待合所の外壁を指差し、ウィズがあちゃーと言いたそうに瓦礫の上に立つあなたを見つめてきた。
広場の地面を砕いた事の何がいけないのだろうかとあなたは首を傾げる。
あなたは精々半径十数メートルの石畳を神器で粉々に粉砕しただけである。外壁に至っては罅しか入っていないではないか。それの何がいけないというのか。
「馬鹿ッ! いけないに決まってんだろ! これは立派な器物損壊罪だぞ!」
衛兵の叫びにあなたは驚愕した。
幾らドリスが平和な街とはいえ、たったそれだけで衛兵案件になるものなのかと。
「マジかよ聞いてないんだけど、みたいな顔をするな! ドリスが平和な街なのは否定しないが他所でもこれくらいは普通に常識だろ!?」
ウィズに目を向ける。頷かれたのでどうやらそういうものらしい。
ノースティリスではそんな事で衛兵を呼ぶなと逆に怒られる案件なのだが。あなたが異世界に転移して早一年。二つの世界の様々な差異に異邦人であるあなたは日々戸惑うばかりである。
それはそれとして、待合所に監視カメラが仕掛けられていたという事ではなさそうである。あなたは大乱闘の開幕は控える事にした。
「えっと、その……ふぁ、ファイト、です!」
苦笑いを浮かべながらもぽわぽわりっちぃはぎゅっと両手を握り締め、可愛らしくガッツポーズを決めてあなたを励ましてきた。
あまりの尊さに様々なものが浄化されそうになるので、そのようなアクションは正直慎んでもらいたい。
恐らくは彼女もこのまま何かしら取調べを受けるのだろうが、あなたは彼女に迷惑をかけてしまった事を謝罪し、先に解放されたらアルカンレティアに向かっていてほしいと告げる。
あなたがどの程度の罪を犯したのかは不明だが、流石にこの世界における殺人行為以上という事は無いだろう。
「いえ、私はゆんゆんさんと一緒に待ってます。この程度の器物損壊なら罰金刑で済むでしょうし、拘束期間もあまり長くならないでしょう。カズマさん達もあちらに着くのは明日の夕方以降ですしね。……それにほら、あなたもご存知の通り、私は待つのには慣れてますから」
そう言ってウィズは笑ったが、ジョークと呼ぶにはそれはあまりにもブラックすぎるのではないだろうかとあなたは頬を引き攣らせた。
少なくとも彼女がアクセルで仲間達をずっと待ち続けていると知るあなたに、彼女の健気な発言を笑う事は出来ない。
■
さて、あなたの留置所生活はこのような経緯の元に幕を開けたわけである。
器物損壊の罪であなたがぶち込まれたのは、衛兵の詰め所に備え付けられた小さな牢屋だった。
詰め所は建物自体は石造りなのだが、春の暖気も相まって、牢の中は意外なほどに暖かい。
鉄格子が嵌められた牢の中は、囚人を抑えておく為の鎖、そして粗末なトイレがあるだけだ。
全体的に造りが極めて脆く、脱獄があまりにも容易であるという事を除けば、牢の構造自体はノースティリスの収容所にそっくりである。
それにしてもこのように拘留されたのは何年ぶりだろうか。大人しく牢の中で過ごすなど何十年ぶりだろうか。あなたは思わず遠い目をして過去に思いを馳せる。
ノースティリスの収容所とは言うまでもなく犯罪者を閉じ込めておく為の施設である。
主にガードにしょっぴかれた者や事故で直接転移した者が収容されるのだが、どういうわけか犯罪者が自分の足でノコノコやってきても何故か捕まらずに追い返される、などといった怪現象など起きる筈が無い。普通に捕まる。
収容所に勤務している衛兵はノースティリスでも指折りの猛者達である。ノースティリスの冒険者は基本的に無法者であるし、投獄されようとも当然の権利のように脱獄を図るので当然の処置だ。
収容所には罰を与える意味で犯罪者にのみ効果のある弱体化の魔法がかかっており、収容された者は時間経過と共に能力……この世界で言えばレベルが低下する。脱獄を図るのもまた当然だった。
「…………」
さて、そんなあなたの前方、牢の前で書類を書いている看守はどういうわけかガタガタと体を震わせており今にも倒れそうなのだが、もしかして彼は風邪でもひいているのだろうか。
「……ヒッ!?」
ついあなたが大丈夫かと声をかけると、看守は小さく悲鳴を上げた。
風邪ではなかったようだが、この世界でもこんな扱いかと、懐かしくも非常にやるせない気分に陥る。
これではどちらが罪人か分かったものではない。あなたはまだ街中で核すら使っていないというのに。
天気がいいので核を使う。
拾い食いしたパンが呪われていたので核を使う。
依頼に失敗したので核を使う。
酔っ払いに絡まれたので核を使う。
むしゃくしゃするので核を使う。
特に理由はないが核を使う。
まさしく核のバーゲンセールに相応しい日々の中で生きてきた自分が未だ核を封印したままというのは喝采されて然るべきなのではないだろうかと、あなたは誰にでもなく考える。
「も、もう少し時間が経ったら検察の方が来ま……来る。傷害事件を起こしたわけではないのだから、そこまで酷い罪状にはならないだろう。だからそれまで騒がずに大人しくしていろ」
震え声ではまるで様になっていないが、あなたはそれ以上何も言わずに大人しく牢の中で過ごすのだった。
■
牢にぶち込まれて三十分も経たずにあなたが退屈になってきた所で、看守の言っていた検察官と思わしき女性が現れた。
セナを髣髴とさせるキッチリとした身なりの、いかにも真面目で賢そうな顔つきをした、赤毛でポニーテールの目つきの鋭い女性だ。
「他の方から簡単にですが話は聞いています。また凄いのを捕まえてきましたね……というかウチの連中でよく捕まえられましたね……話を聞いた時は心臓が止まるかと思いましたよ。話は変わりますが私は急にお腹と頭と目が痛くなってきたので帰って寝ていいですか?」
「幸いにも同行者の方を含め、とても協力的でしたので……詳細は報告書に。あと帰らないで下さい。貴女そういうキャラじゃないでしょう」
看守が書類の置かれたテーブルを指差す。
あなたがぶち込まれている石牢の外は絨毯が敷かれ、テーブルと共に椅子やソファー、本棚まで完備されている。牢の中はともかく、外はノースティリスのそれとは大違いだ。
「ドリスは観光地として有名な街です。凶悪な犯罪者が来るような場所ではありません。ですから衛兵や装備の質も相応ですし、この場所だってどちらかと言うと酔った観光客が外で寝てしまい、凍死するのを避ける保護施設みたいなものなのです」
あなたの探るような視線に気付いたのか、報告書に目を通しながら検察官が説明してくれた。
凶悪かどうかはともかく、つい最近、ドリスには魔王軍の幹部が三人ほど集まったり百匹以上の高レベルサキュバスが存在していたわけなのだが、彼女達がそれを知る由は無い。
さて、検察官が来た事で取調べが始まったわけだが、あなたの取調べは牢の目の前で普通に行われた。
あるかどうか分からない別室ではなく、絨毯の上のテーブル席に座らせられる。この場で聴取を行うらしい。
そして聴取される人間……つまりあなたの後ろに看守が立っている。
「彼が妙な動きをした際はすぐにあなたが取り押さえるように」
「やめてくださいしんでしまいます」
看守がみっともない泣き言を吐き、検察官が分かっています、今のは言っただけですと目を逸らした。
暴れるつもりならとっくの昔に詰め所を更地にしているあなたとしては非常に不服だが、今は黙っておく。
そして今更だが、彼らはあなたの事を知っているようだ。
「……ええ、初対面ではありますが、あなたの事はよく存じていますよ。まあ簡単に説明すると、あなたの勇名は王都から遠く離れたドリスにまで届いているという事です。……その、色々な意味で」
頭のおかしいエレメンタルナイト扱いは今更だが、あなたの顔写真、あるいは似顔絵が出回っているという事だろうか。
しかし街の住人はおかしな反応を見せなかったので、恐らくは特定の人間の間だけで。
それにしたって彼らは少し大袈裟すぎではないだろうか。
アクセルの住人や衛兵達は彼らのように爆発物に触れるようにあなたに接してこないのだが。
「それはアクセルの街の人たちの頭がおかしげふんげふん、これ以上は止めておきましょう」
検察官は言葉を濁した。更に背後では看守が頷いている気配がする。
「……コホン、では色々とお聞きしましょうか。もしかしたら知っているかもしれませんが、この建物内では誰かが嘘をつくと、コレが鳴り教えてくれます」
検察官はそう言いながらテーブルの上に小さいベルに似た物を置いた。
「高名なプリーストがかけてくれた魔法で、嘘をつく際の邪な気を感知するものです」
面白い魔道具もあったものである。
あなたは試しに簡単な嘘をついていいか聞いた。
「……一度だけですよ」
渋々ながら許可が下りたので、あなたはとびきりの笑顔でこう言った。
口封じの為に今からこの建物にいる衛兵及び関係者達を一人残らず八つ裂きにして皆殺しにする。
絶対に一人たりとて生かして逃がすつもりは無い。
そして殺した後にその死体をステーキにして美味しく食べる。
これは断じて嘘ではない。今夜は人肉でステーキパーティーだ。
――チリーン。
あなたの放った非常にお茶目で可愛らしい嘘に反応してベルが鳴った。
なるほど、確かに嘘を感知する道具のようだ。実に面白い。余っていたら一つ貰えないだろうか。
興味深そうにベルを見つめるあなただったが、あなたを見る検察官の顔が真っ青になっていた。冷や汗もダラダラと流しており、今にも失神してしまいそうである。
「今のは聞かなかった事にしておきます…………嘘ですよね?」
最初に嘘と言ったしベルも鳴ったのだが、何故か念を押されてしまった。
ちなみに後ろの看守は立ったまま失神していた。
あなたは気を取り直して嘘偽り無く、先ほど起きた事を話し始める。
友人達と共にアクセルからアルカンレティアに行く予定だった事。
テレポートサービスの待合所で待っていたら、現れた春一番がその場の女性達のスカートを捲り始めて騒ぎになった事。
最初は放置しておく予定だったのだが、ウィズ……同行者の友人が春一番にスカートをめくられそうだったので春一番を八つ裂きにするべく得物を抜いただけであり、ドリスでテロ行為を行ったつもりは微塵も無い事。
そう、石畳の崩壊はただの不幸な事故なのだ。全てはウィズに手を出そうとした春一番が悪い。
検察官が魔道具をチラリと見やるも、あなたの証言中に鈴は一度も鳴らなかった。
「嘘は、言っていないようですね」
全て本当の事なので当たり前である。
「……実は、今回の春一番の被害者の女性達からあなたの減刑の嘆願が大量に届いていましてね。まああなたがやったのは道路と建物の壁の一部を破壊したくらいですので、精々が罰金くらいなのですが。……私個人としましても、今回の件については非常にお礼を言いたいところです」
ベルは鳴らなかった。
彼女もまた春一番の被害者の一人だったのかもしれない。
「勿論事が事なので不問とするわけにはいきませんが、支払うものさえ支払ってくださればそれ以上のお咎めはありません。被害額の見積もりはまだですが、春一番の報奨金で十分に賄える範囲でしょう」
すぐ解放されるのは非常に助かるのだが、本当にいいのだろうか。
「その、あなた達はテレポートサービスでアルカンレティアに行くようですし。……正直に申し上げて、ここであなたを拘留するよりも、その……」
検察官が言葉を濁す。
これ以上面倒ごとが起きる前にさっさと出て行ってほしいと言っているのはあなたの目にも明らかだ。
あなたがここから解放されたらすぐにアルカンレティアに飛ぶと告げると、検察官は初めて笑顔を見せた。
セクハラ以外の犯罪行為に手を染めていないというのに、本当に自分の評判はどうなっているのだろうかとあなたは呪詛を吐きたくなった。
強盗家業は女神エリスの神意の元に行われているので誰が何と言おうとセーフだ。
■
その後被害額の請求は後日ギルドを通してアクセルの自宅に改めて届ける運びとなり、あなたは無事に解放される事となったわけだが、検察官は詰め所の入り口まであなたを見送ってくれた。
あるいは余計な事をしでかさないように、目を離さないようにしているのかもしれない。
建物の外には先に解放されていたウィズとゆんゆんの姿が。あなたの姿を確認して安心したように手を振ってくれている。
無事なようで何よりであるとあなたは安堵の息を吐く。
ここでウィズに何かあった日には先ほどの嘘の大部分が現実になる所であったとあなたは笑う。
「…………」
検察官が露骨にあなたから距離を取り始めた。
実はあなたが立っている場所はまだ魔道具の範囲内らしいのだが、ベルは鳴らなかった。
嘘ではないが、所詮今のは仮定の話である。何も起きていないのだから安心してほしいのだが。
「……ちなみに大部分とは?」
おっかなびっくりの検察官に、あなたは死体を食う所以外であると返す。
再三繰り返すようだが、あなたに食人嗜好は無いのだ。
検察官が祈るような面持ちで詰め所に目を向けるも、やはりベルは鳴らなかった。勿論あなたは本気だ。
半泣きの検察官に送り出されながらあなたはウィズ達と合流する。
「お勤めご苦労様です、でいいんですかね?」
「待合所にいた時、私のすぐ後ろの壁が割れて凄くびっくりしました……」
喜びとも呆れとも言えない微妙な表情であなたを出迎えたウィズとゆんゆんの足元には持ちきれないほど大量の荷物が。
あなたが豚箱入りしている間に買い物をしてきたのだろうか。しかしこれは買いすぎである。
「……これですか? これは春一番の被害者の女の人達にいただきました。どうかあなたに渡してください、と言伝も預かっています」
「貴族っぽいぴかぴかした身なりの方もいましたよ。金髪で縦ロールでした」
中身は温泉饅頭などのドリスの土産物が多いが、ゆんゆんの言うように被害者の中に貴族でも混じっていたのか、幾つか貴金属などの高級な品も贈られているように見える。
贈答品の中には悶絶チュパカブラなる酒も混じっていた。
どうやらチュパカブラなる小型の人型モンスターを漬けた秘蔵の地酒のようだ。ウィズ曰くチュパカブラは非常にレアなモンスターらしいのだが、贈ってきた人物は一体何者なのか。
怪しすぎて全く飲む気はしないあなたは、悶絶チュパカブラを酒好きであるベルディアのお土産にする事にした。きっと喜んでくれる事だろう。
しかしそれにしてもこの大量の贈り物、あなたとしては精霊一匹を退治しただけなのだが、随分と大袈裟な話である。春一番はあまりにも憎まれすぎではないだろうか。
「春一番は長年この季節に出現しては女性達のスカートを捲り続けてきましたからね。そういえば現役時代、私の仲間だったアークプリーストの子も運悪く……いえ、この話は止めておきましょう」
ウィズが話す春一番の悪行の数々を聞きながらテレポートサービスセンターに向かう。
騒ぎの前と変わらず凄まじい人だかりが出来ているが、サービスセンターはただでさえ人の入れ替わりの激しい場所である。更に時間が経って人がごっそり入れ替わったのか、あなた達に注目している人間はいない。騒ぎにならなくて幸いであるとあなたは心の中で胸を撫で下ろす。
ただあなたの視界の端っこでは、あなたが粉砕した石畳一帯と心なしか壁の崩落が大きくなっている待合所は立ち入り禁止を示す紐が張られていた。ウィズとゆんゆんの視線がちくちくとあなたに刺さる。
ハウスボードが使えるアクセルであればあの程度は一瞬で直せるのだが、ドリスではそうもいかない。
この世界では補修工事も一苦労なのだろうと思うと、二人の視線も相まってあなたは少しだけ悪い事をした気分になった。
同時に次に同じような事があっても、自分は全く同じ行動をするという確信もまたあったわけだが。
「アルカンレティア行きー。こちらは水と温泉の都、アルカンレティア行きのテレポートサービスでーす。予約の方がいらっしゃいましたらこちらにどうぞー」
尽きる事のない人ごみの中、アルカンレティア行きのテレポートサービスに向かったあなた達は受付の女性に一つの封筒を手渡す。出所の際、検察官に持たされたものだ。
「はい、話は聞いています。三名様でよろしいですか?」
三人分のテレポート料金を支払い、魔法陣の上に乗る。
あなたがテレポートサービスを活用するのはこれが初めてだ。
術者が魔法の詠唱をする中、転移に慣れているが故に落ち着き払ったウィズと若干の緊張を示すゆんゆん。
一方であなたの興味はテレポートの魔法陣に注がれていた。
テレポートの転送には極稀に事故が起きるといわれている。
実に眉唾物の話だが、テレポート魔法陣に飛び込んだ他の動物と混ざったりしてしまう事もあるのだとか。
テレポートの事故に興味はあるが、遺伝子合成機という道具を持っているあなたにとっては事故じみた生物同士の合体など日常茶飯事である。
そんな事を考えている間に、準備が終わったようだ。
「では、魔法が完成しましたので転送させていただきます。転送先はアルカンレティア。お気を付けて行ってらっしゃいませ! 次に会う事があったら悶絶チュパカブラの感想を聞かせてくださいね!」
おいちょっと待て、まさかアレはお前が贈ってきたのかと言いたくなる女性の言葉と同時、あなた達は魔法陣の光に飲まれ、テレポート特有の浮遊感に包まれ目を閉じた。
そして数秒後、閉じていた目を開けると……。
「ようこそ旅の方! ここはアクシズ教の総本山、水と温泉の都アルカンレティアです!!」
どこかで聞いたような台詞と共に、アクシズ教徒と思わしき青い衣を身に纏った者達が、満面の笑顔で立っていた。
初見では非常にフレンドリーな所といい、無駄に外面だけはいい所といい、やはり彼らは同胞である癒しの女神の狂信者にそっくりであるとあなたはアルカンレティアへの期待に胸を膨らませるのだった。
「ど、どうか今回は何も起きませんように……」
あなたの隣でゆんゆんが誰に向けるでもなく小さく呟いていたが、相手は魔王軍すら避けて進軍するアクシズ教徒の本拠地。その願いが叶う筈が無い事はゆんゆん本人が誰よりも理解していた。