このすば*Elona   作:hasebe

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第57話 トイレの水をがぶ飲みして願いを叶える

 あなたの朝は自室から繋がっている隠し部屋に訪れる所から始まる。

 今の家に引越す前から同じような隠し部屋を作っていたあなただが、具体的には自宅の一部をハウスボードで物理的に隔離したものだ。

 空気の出入り口程度は作っているが、それでも隠し部屋は壁を崩すか短距離テレポートの魔法道具を介してしか入る事が出来ず、魔道具の起動方法はあなたしか知らない。

 ちなみにこの魔道具はウィズの店で購入したものだ。

 魔法陣の形をした二つセットの道具であり、魔法陣の上に乗って登録した起動キーを唱えればもう片方の魔方陣に飛び、相互に行き来する事が出来るという一見すると非常に便利な品なのだが、テレポートの有効な距離が3メートルほどしか無いという致命的な欠陥を抱えている。

 だがあなたが用いているように、隔離された隠し部屋に飛ぶ分には非常に有用だ。

 

 そんな魔道具で飛んだ先である隠し部屋には愛剣や装備の数々と並んであなたにとって最も大事な物の数々が並んでいる。

 

 癒しの女神の祭壇。

 癒しの女神の肖像画。

 癒しの女神の自撮り写真。

 癒しの女神の等身大抱き枕。

 癒しの女神のカード。

 癒しの女神の剥製。

 

 そこはまさに聖域としか例えようのない、神聖不可侵の場所であった。

 実物には及ばずとも、この場にいるだけであなたはこの世界には存在しない癒しの女神に包まれているかのような安らかな心地になるのだ。心なしか空気も清浄になっている気がする。

 勿論抱き枕はリバーシブル仕様のオーダーメイドで品質は世界最高である。

 これらの品だけではなく、あなたの自作の品である癒しの女神の人形も自室に飾られている。可愛らしくデフォルメされたそれはウィズにも大変好評だ。

 

 祭壇で三分祈りを捧げて清清しい気分になったあなたの一日が始まる。

 なお、ウィズやベルディアはこの部屋の存在を知らない。秘密の隠し部屋なのだから当たり前だ。

 

 

 

 

 

 

 日課である朝の祈りを終えたあなたは朝食の前にベルディアを伴ってシェルターに潜った。

 

 目的は終末狩りではなく、ベルディアの愛馬であるコクオーの召喚である。

 野外なら確実だが、その前に一度シェルターの中で試してみようという事になったのだ。

 終末が起こせるくらいなので可能とは思うのだが、失敗した場合は素直に街から離れた場所で呼ぶべきだろう。

 あなたはそう考えていたのだが、どうやらそれは杞憂だったようだ。

 

「お、いけそうだ。このまま呼んでいいか?」

 

 呼ぶのは構わないのだが、詠唱は必要ないのだろうか。

 

「いらんいらん。紅魔族じゃあるまいし……来い、コクオー!」

 

 彼の言葉通り、特にこれといったアクションも無くベルディアの目の前の地面に大きな漆黒の魔法陣が発生する。

 魔法陣はおどろおどろしい魔力と気配を放っており、やはり両者が魔に属する者であるという事をまざまざとあなたに見せ付けている。

 

「…………なんか魔法陣がでかい気が」

 

 そんなベルディアの小さな呟きは魔法陣の中から聞こえてきた蹄の音に掻き消され、あなたに届く事は無かった。

 

 果たしてそのすぐ後に魔法陣から出現した馬は、コクオーの名の通り、確かに黒一色の毛並みが美しい巨躯の馬であった。

 首こそ存在しないものの、体長三メートルほどの漆黒の全身から放たれる威圧感は終末産の竜を容易く凌駕している。

 しかしベルディアが言っていたような凶暴さは見ている限りでは発揮していない。

 穏やかとも言い難いが、コクオーというその名が示すような王の風格が感じられる。

 

 更にあなたが見た所、コクオーが持っている力……つまりレベルは()()()()()()()()とほぼ互角。コクオーが駆けるだけで人間の軍隊など容易く蹴散らしてしまえるだろう。正真正銘のバケモノである。今ならともかく、以前は馬の方が本体だったのだろうか。

 よくもまあこんなものを手懐けたものだと感心しながらあなたがベルディアを見やると、彼はぽかんとした表情でコクオーを眺めていた。

 

「……なんか、俺が知ってるコクオーと違う」

 

 別の馬を呼んでしまったという事だろうか。

 それならば納得がいくのだが。

 

「いや、なんというか……多分こいつはコクオーなんだろう。呼んで出てきたし、面影も残ってる。それでも俺の知ってるコクオーと違いすぎる。具体的にはサイズが違いすぎだ。俺が知ってるコクオーは確かにでかかったが、それでも普通の大きめの馬くらいのサイズで、こんなどっかの世紀末覇王が駆るバケモンみたいな大きさじゃなかったぞ。前より1.5倍くらい成長してないか? つーかやけに強くなってるっぽいし、レベル30どころか40の冒険者でも楽勝だろこんなの。何がどうしてこうなった」

 

 ベルディアがブツブツといいながら近付いていく。

 コクオーに頭は無いが、その視線はベルディアに向けられているように感じた。

 だがどういうわけかベルディアが体を撫でようとするとコクオーは露骨に距離を取った。明らかにベルディアを警戒している。

 

「ちょっ、なんで逃げ……は? 偽者? 待て待て、正式な契約の元に呼び出したんだしどう見ても本物だろうが。……首が繋がってる? 自分の知ってる契約者じゃない? ……ああ、うん。お前の言いたい事はよく分かる。俺にもこの数ヶ月色々な事があったのだ」

 

 色々の内訳は死んだり、死んだり、死んだりだ。

 ベルディアが深い溜息を吐きながら分離スキルを発動させて久しぶりに首無し騎士に戻ると、コクオーはすぐに警戒を解いた。

 コクオーとベルディアの間には契約者として繋がりがあるようで、コクオーが言葉を発さずとも会話が成立している様はまるであなたと愛剣のようである。

 しかし馬に向かって独り言を続ける彼は普通にお近づきになりたくない怪しい人だ。

 

「ところで、お前なんでこんなにでっかくなってんだ、まさか今になって成長期が来たとかそういう……え? 数ヶ月前から少しずつ大きくなって、気付いたらこんな大きさに? まぁじでぇ……ああ、そういえば俺が取得した経験値、お前にも入る契約だったっけな……それってなんかずるくね?」

 

 愛馬と久しぶりに触れ合うベルディアはとても楽しそうで、いつになく自然に笑っている。

 アニマルセラピーというやつだろうか。もしかしたらサキュバスの店に連れて行く必要はなかったのかもしれない。

 

「いや、それは凄く必要だぞ! 凄く凄く必要だぞ!!」

 

 とても強く主張する主を背に乗せながら、コクオーは呆れたように小さく嘶いた。頭部は無いというのに実に器用な馬である。

 

 

 

 

 

 

 そんな新しい出会いがあった日の数日後。

 あなたは同居人に新しくとってもいい物を仕入れたので是非見に来てくださいね、と来店のお誘いを受けていた。

 そんな期待を煽るような事を言われてしまえばウィズ魔法店随一の常連にして収集癖持ちのあなたとしては朝一で買い物に行かないわけにはいかない。

 今日はどんな手の施しようの無い産廃……もとい素晴らしい商品を見せてくれるのだろうと楽しみにしながらウィズ魔法店の扉に手をかける。

 

 

「これはとても素晴らしいものですよ! 売れます! 絶対に売れるんです! だからバニルさん、殺人光線を撃つ構えでジリジリとにじり寄って来ないで下さい!」

 

 

 あなたがウィズ魔法店の前に立つと同時、扉の中からウィズの悲鳴にも似た懇願が聞こえてきた。

 修羅場中だろうか。喧嘩なら是非とも混ぜてほしいとあなたは勢いよく扉を開け放つ。

 

「――――あっ! い、いらっしゃいませっ! ほらバニルさん、お客さんですよお客さん! そんな危ない攻撃は引っ込めて早く接客しないと!!」

 

 友人との生死を懸けた喧嘩が三度の飯よりも大好きなあなたが満面の笑顔で店内に押し入ると、九死に一生を得たとばかりに半泣きだったウィズの表情が安堵と歓喜に染まり、帰宅した主にじゃれつく子犬のようにあなたに駆け寄ってきた。ぶんぶんと激しく尻尾を振る幻覚が見える一方でアホ毛は実際に揺れている。

 

「ようこそいらっしゃいませ、まるで計ったようなタイミングで現れおったなお得意様。叶うならば我輩の殺人光線がろくでなし店主を焦がすまであと十秒ほど遅く来てほしかったのだが」

 

 仮面の大悪魔は忌々しそうにそう言った。

 喧嘩なら一向に続けてもらって構わない。むしろ混ざりたいので続けてほしいとあなたが言うと、ウィズは友人を殺人光線を防ぐ盾にすべくサッとあなたの背中に隠れ、バニルは鼻を鳴らした。

 

「喧嘩? 否、これは例によってガラクタを仕入れて店の稼ぎを消し飛ばしたポンコツリッチーへの正当な仕置きであり制裁である」

 

 バニルがその手に持っている、直径十センチほどの小さな立方体がそのガラクタにして彼女の言っていた新商品なのだろうか。

 あなたがウィズに視線を投げかけると、商才絶無のぽんこつりっちぃは頷いて商品の説明を始めた。

 

「長時間野外で活動する冒険者にとって食事と並んで頭を悩ませる事と言えば? そう、トイレですね」

 

 異論は無いとあなたは頷く。

 野外で寝泊りする冒険者にとってトイレの問題はどこまでいってもついて回る。

 男性は勿論、女性にとっては更に悩ましい問題だろう。

 

「こちらの魔道具はそんな旅先での野外におけるトイレ事情が解決できる画期的な魔道具なんですよ!」

 

 ウィズが箱の一つを開封すると、小さな立方体は大きく膨らんだかと思うと一瞬で大人が腰掛けられるサイズのトイレに変形した。

 どういう仕組みになっているのだろう。

 

「このように箱を開けただけで即座に完成する、魔法で圧縮された簡易トイレです。音が出るから用を足す際にプライバシーを守ってくれる上に、なんとなんと水洗仕様なんです!」

 

 水洗仕様という事は、このトイレもまたノースティリスのトイレと同じように中の水を飲めるという事だろうかとあなたはこの世界の非常に優れた圧縮技術に感心した。

 ノースティリスにおけるトイレとは用を足すものであると同時に、井戸や噴水と同じく飲み水を確保する為のものだ。

 トイレは井戸、あるいは噴水と違ってとても軽いので携帯して常飲している冒険者もいるほどである。あなたもかつては行っていたが、流石に井戸や噴水を持ち歩ける筋力になり、異世界で飲み水に困ってもいない今となっては飲むのは未使用のトイレの水だけにしておきたい。

 なのであなたは放出される水はどれくらい綺麗なのかを聞いてみた。

 

「水の綺麗さ、ですか? 出るのはクリエイトウォーターで作られた普通の綺麗な水ですよ。放水の機構にクリエイトウォーターの魔法が込められているんです。簡単に言えばスクロールみたいなものですね」

 

 クリエイトウォーターで作られた水という事は、それはつまり飲料に適しているという事だ。

 次いで、水の放出量を確認してみる。

 

「ドバーってすっごく勢いよくいっぱい出ます! 具体的には私達の家の大きなお風呂が溢れちゃうくらいです、こんなに小さいのに凄いですよね!」

「産廃ではないか! 貴様は加減というものを知らんのか!!」

「あいたーっ!?」

 

 堪忍袋の緒が切れたバニルが投擲した立方体がウィズの頭にクリーンヒットした。

 かなり強めに当たったが立方体は無事。かなり頑丈な作りなようだ。

 

「ついでに言っておくと消音用の音があまりにも大きすぎる。使えば漏れなく大量のモンスターを呼び寄せる事になるぞ」

 

 なるほど、バニルが怒り狂った理由がよく分かった。

 ウィズの言うとおり確かに凄い。この道具は10センチほどの大きさの立方体に数百リットルほどの水が詰まっている事になる。オマケにモンスター寄せのアイテムとしても有用だ。

 

 だがバニルの言うとおり凄く産廃なトイレだった。

 こんな物を仕入れてきたウィズへのバニルの怒りもむべなるかな。

 それはそれとして、あなたはこの簡易トイレ……もとい水瓶を全部買う事にした。

 ウィズの仕入れたトイレは悪戯用のアイテムとして友人に使ってもいいし、公衆トイレやダンジョン、他人の家にトラップとして配置してもいいし、大量の綺麗な飲み水が詰まった小箱としても有効活用可能という非常に素晴らしい品だ。しかもこれ二つは500リットルサイズの大樽を一つ買うより安いときている。

 勿論あなたは本来の用途である野外用の簡易トイレとして使うつもりは微塵も無かった。それはあまりにも勿体無さ過ぎるというものである。

 

「全部ですか!? 毎度ありがとうございます! ほらほら見てくださいバニルさん! 私の言った通りちゃんと売れたじゃないですか!」

「金蔓様、我輩としては非常に助かるがあまりポンコツ店主を甘やかしてくれるな。調子に乗ってこれからも何を仕入れてくれるか分かったものではない」

 

 もはや金蔓扱いを隠そうともしないバニルに苦笑する。

 それはそれとしてウィズは甘やかすなとは言うが、あなたは普通に欲しいから買っているだけだ。

 他所で手に入らない、見かけない代物が手に入るのは本当に素晴らしい。

 そんなあなたの言葉を受け、ウィズはバニルに見事なドヤ顔を決めた。

 

「ふっふーん、どうですか見てくださいバニルさん。バニルさんはいつもいつも私の事をポンコツだの穀潰しだの自動赤字製造機だの嫁き遅れリッチーだのと散々好き放題言ってくれますが、こうして良い物の良さを分かってくれる人はちゃーんといるんですよ? あと次に嫁き遅れって言ったら私は怒りますからね」

「最後のは全く商売に関係ないであろう。……まあポンコツ店主については最早諦めておるが、お得意様は割と本気で一度頭の医者にかかった方がいいのではないのか? 貴様が望むのであれば我輩の伝手でウデのいい者を紹介してやらんでもないぞ。医者は悪魔だが何、心配はいらん。心の病というものは時間をかけて癒す必要があるだろうが、それでも決して不治の病ではないのだ」

「バニルさん、なんて事を言うんですか!?」

 

 ぷりぷりと怒るウィズはとても可愛かったが、バニルの言い分もそれなりに分かるあなたはどうどうと彼女を諌めるに留まった。

 

 

 

 

 

 

 大量の簡易トイレを箱詰めしているウィズに、あなたは店内の魔法の杖の一本を弄びながら爆裂魔法の杖の入荷時期について尋ねてみた。

 この件について話をしたのは最早一度目や二度目ではない。ある意味テンプレートだ。

 

「爆裂魔法の杖は見てないですねー。見つけたら仕入れておきますねー」

 

 そしてこれもテンプレートと化した台詞である。

 爆裂魔法の杖の話題になると何故かウィズが純度100%、真心0%の営業スマイルになるのもいつも通りだ。いつもの笑顔と見た目は一緒なのだが、あなたにはよく分かる。

 

 そんな少しだけ現役時代の氷の魔女という異名の由来を発揮したウィズと雑談を交わしながら店内を物色していると、来客があった。

 

「店の中の総合戦闘力が無意味に高すぎだろ……」

 

 先日バニルとの商談で三億エリス、あるいは月々百万エリスを手に入れる事が決まったカズマ少年だ。外行き用の服装をしている。

 めぐみんの話では数日前に酷い怪我を負ったとの事だが完治したのだろうか。

 

「へいらっしゃい! どこぞのポンコツリッチーのようなアンデッド族よろしく昼夜逆転した生活が当たり前になっている小僧よ。こんな朝早くからどうした?」

 

 バニルはアンデッドを昼夜逆転と言うが、あなたの家のアンデッドであるウィズとベルディアは普通に夜寝て朝起きる。もしかしたら二人はアンデッドではないのかもしれない。

 

「このままだと永遠に独り身で終わりそうな嫁き遅れ店主が夜なべしてこしらえた回復ポーションを買いに来たのであれば在庫はあるぞ。一本三万エリスである」

「バニルさん、私、次に嫁き遅れって言ったら怒りますって言いましたよね?」

 

 冷え冷えとした声で、地雷を踏み抜かれたウィズがそう言った。

 そして梱包を続けながらバニルを一瞥する事無く、しかし流麗な動きでウィズが投擲した万年筆はバニルの後頭部に見事に突き刺さった。盛大にぶっすりといってしまっているが、この程度は可愛いじゃれ合いのようなものだ。だからもっと本気で争ってほしい。その時はあなたは喜び勇んで二人の争いに混ざるつもりだ。

 しかし友人に躊躇無く攻撃するウィズとノーダメージで万年筆を引き抜くバニルとそれを平然と笑って見過ごすあなたにカズマ少年は盛大にドン引きしていた。

 

「なんだこの店……それより今日はお前に用があって来たんだよ。あとポーションは買っとく。五個くれ」

「十五万エリスである。まいどあり。……それで我輩に用事とは?」

「ちょっと温泉旅行に行く事になってな。それで例の商売の話なんだけど、俺が帰ってくるまで待っててもらってもいいか?」

 

 温泉旅行という言葉にウィズが小さく反応した。

 最近ドリスに行ったばかりだというのにうずうずを隠しきれていないあたり、本当にお風呂が大好きな女性である。

 

「何だ、そんな事か。まだ商品の生産ラインは調っておらぬので、せいぜいゆっくりと羽を伸ばすなり混浴に期待するなりしてくるが良い」

「べっべべべべつに俺は混浴なんて期待してねーし!? 首の古傷が痛むからアルカンレティアに湯治に行くだけだし!?」

 

 目を全力で泳がせながら高速で首筋を撫でるカズマ少年はベルディア並にとても分かりやすかった。実に健全な青少年である。あなたからしてみれば、その若さが若干羨ましくすらある。

 

「まあそんなわけでアルカンレティアに行くんだけどさ。なんかオススメの魔道具とかあったら護身用に買いたいんだけど」

「護身用であれば、ちょうどお得意様が持っている魔法の杖などどうだ? 冒険者の貴様も使用可能な、上級火炎魔法が発動する杖だぞ。高レベルのネタ種族が魔法を込めているので威力は保証しよう」

 

 あなたは自身が持っていた、先端に火炎魔法を増幅する赤い魔石が嵌った杖をカズマ少年に手渡す。

 例によって産廃性能だが、これはあなたが購入しようと思わない品の一つだ。火炎魔法は大いに間に合っている。

 

「へえ、紅魔族の上級魔法か。俺のパーティーは攻撃魔法がめぐみんの爆裂魔法しかないから持ってたら役に立つかもな」

「問題点としては魔法の威力と範囲が強力すぎて自分も巻き込まれる事くらいか。低レベルの貴様では耐火装備で全身を固めねば一瞬で消し炭になるであろう。買うか?」

「……いらない。他になんか無いのか?」

 

 ウィズは今度は青い魔石が嵌った杖を持ち出してきた。

 

「ではこちらの上級氷魔法の杖はどうですか? 先ほどの物と同じ製作者の方が作った品なんですよ」

「威力及び問題点も先ほどの物と同レベルである。買うか?」

「いらない」

「では上級雷魔法の杖を……」

「絶対いらない」

 

 小金持ちになったカズマ少年にあなたが買わない産廃を押し付けたいのか、ガサゴソと在庫を漁るバニルだったが、やがてピタリと動きを止めた。

 

「そういえば小僧、貴様先ほど温泉旅行に行くと言ったな。アルカンレティアに行くと言ったな?」

「言ったけど。それがどうしたんだ?」

 

 仮面の悪魔は我が意を得たりとばかりに頷き、ウィズに向き直った。

 

「おいポンコツ店主。いい機会であるし、貴様も小僧達と共にアルカンレティアに行ってみてはどうだ? ほれ、貴様は大の風呂好きであろう。アルカンレティアといえばドリスと並ぶ温泉地だぞ」

「た、確かに温泉は好きですが、旅行にはつい最近行ったばかりですし。それにお店を空けたままにしておくのは……」

「そこは我輩が切り盛りするので心配するな。それにこれは遊びでは無く業務の一環である。アルカンレティアはアークプリーストが跋扈する水の都。自然と綺麗な水を必要とするポーション製作の技術も磨かれておる。新作ポーションの助けとなる手がかりや技術を学べるやもしれんぞ」

「……な、なるほど。流石はお金を稼ぐ事に関しては凄いバニルさんですね! お仕事の一環なら仕方ありません、早速旅の準備をしてきます!」

 

 なんだかんだでアルカンレティアの温泉に興味があったのか、顔を輝かせ、ぱたぱたと自宅に戻っていくウィズは弟子のゆんゆんに負けず劣らずちょろかったが、あなたはバニルにどういうつもりなのかと真意を尋ねてみる事にした。

 

「我輩は嘘は言っておらんぞ。アルカンレティアはこの世界有数のポーションの産地である。今でこそ薄利多売の自作ポーションだが、これを期に製作技術を大幅レベルアップしてほしいと思っているのは嘘ではない。……それと同時に、そこの小僧の商品を量産する為に、近々まとまった金が必要なのだ。だというのにアレが店にいると今回のようにまたおかしな物を勝手に仕入れて散財してしまう。幸いにも今回は仕入れた産廃がお得意様の眼鏡に適ったようだが次もそうである保証は無いであろう? アレの未来はサッパリ見えんしな」

 

 一見万能なバニルの見通す力は、彼と力量が拮抗する相手の未来は見る事が出来ない。

 しかしウィズがアルカンレティアでまた妙な物、というか誰も見向きしないような産廃を仕入れてくる可能性はほぼ100%なようにも思えるのだが、それについてはどう思っているのだろう。

 

「……そこに関しては必要経費と割り切る他ないであろうな。商品の量産に差し支えない程度の金を渡しておけばいいだろう。金蔓様が駄目でも何、後で幾らでも取り戻せる金額である」

「いや、仮にも客に向かって金蔓様ってお前」

「たわけ。貴様はお得意様のすさまじい金蔓っぷりを知らんからそう言えるのだ。嘘だと思うのであれば、先ほどお得意様が嬉々として大人買いした商品の説明をしてやろうではないか」

 

 小さく嘆息する見通す悪魔はとても不憫であると同時に強かだった。

 まあ強かでなければウィズと共に店の経営など、とてもではないがやってられないだろう。

 

 なお簡易トイレの説明を聞いたカズマ少年は本当に金蔓すぎる……とあなたに呆れていた。金を溝に捨てる趣味を持っていると思われたらしい。あなたはただ素敵な面白商品を買い漁っているだけなのだが。

 

 

 

 

 

 

 さて、水と温泉の都アルカンレティアといえば、観光地であると同時にアクシズ教の本拠地でもある。

 そう、()()アクシズ教の本拠地なのだ。

 あなたは前々からデストロイヤーが走り去った後にはアクシズ教徒しか残らないと言われる程であるアクシズ教の本拠地に非常に興味があった。彼らの今が楽しければそれでいい、後は野となれ山となれという刹那的快楽主義者にも似たメンタリティと愉快犯っぷりはノースティリスの過激派狂信者のそれに非常に近いものであるが故に。

 

 これは絶好の機会であると、あなたはウィズやカズマ少年のアルカンレティア行きに同行する事にした。

 カズマ少年達は馬車でアルカンレティアまで向かう予定だったようだが、ウィズはドリスをテレポート先に登録しており、更にドリスからテレポートサービスでアルカンレティアに飛ぶつもりらしい。

 アルカンレティアはアクセルから馬車でおよそ一日半。一方テレポートであればテレポートサービスの待ち時間を考慮しても数時間もかからないだろう。

 

 そんなわけで、あなたはカズマ少年と共にアクセルの馬車の待合所に足を運んでいた。

 ウィズは現在荷作りの真っ最中だ。

 

 カズマ少年曰く彼が家を発った時はめぐみんとダクネスはまだ寝ており、二人を起こすのは女神アクアに任せていたらしいのだが、既に三人とも待合所で彼を待っていた。

 どういうわけか、露骨にめぐみんが渋面を浮かべている。

 

「ちょっとカズマー遅いわよー。先に行って席取っておいてって頼んだのに……ところでなんでその人がいるの? もしかして今度はカズマがウィズに借金作っちゃったの? お勤め頑張ってね。何があっても蘇生だけはやってあげるから死ぬなら出来るだけ綺麗に死になさいよね」

「ちげえよ笑えないからそういう冗談は止めろよマジで止めろ。成り行きでウィズとこの人もアルカンレティアに行く事になってさ。俺達さえよければドリスまで一緒にテレポートで飛ばしてくれるんだってよ」

「て、テレポートか……」

「テレポートですか……」

 

 カズマ少年の言葉を受けたダクネスはどこか残念そうに表情を陰らせ、めぐみんは余計な事をしやがって、とアイコンタクトを送ってきた。嫌がらせですかこの野郎、とも。

 はて、テレポートの何がいけなかったのだろうとあなたは疑問に思う。

 勿論あなたもウィズもめぐみんが考えているような事は一切考えていない。善意からの提案だ。

 

「はあ? ドリスですって? ちょっとカズマ、私の心と体はとっくの昔に絶対アルカンレティアに行くモードに入っちゃってるんですけど。今更ドリスに行くとか言われても困るっていうか絶対嫌なんですけど」

「分かってるよ。でもドリスからアルカンレティアにテレポートサービスとかいうので飛べるって話だし、金は馬車を使うよりずっとかかるけど、そっちのが早いしよくないか?」

 

 一見すると妥当なカズマ少年のその提案に、めぐみんはやれやれと頭を押さえて首を振った。

 

「カズマ、よく考えてください。テレポートが早くて便利なのは否定しませんが、これは私達の初めての遠征なんですよ? テレポートでびゅーんと一瞬でひとっとびなんて、そんなの味気ないじゃないですか。やっぱり折角の慰安旅行なんですから、目的地に到着するまでの過程も大事だと思うんです」

「良い事言った! 今めぐみんが凄くいい事言ったわ! 旅行は過程も大事! 楽する事ばっかりを考えるヒキニートはこれだから駄目なのよ!」

「私としても二人の意見に賛成したい所だな。私は街の外への旅行など、子供の頃にこの国の姫様の誕生祭でお父様に王都へと連れられて以来でな……アルカンレティアまでのアクセルの外の風景を見てみたいのだが……」

 

 凄まじいまでのブーイングの嵐である。

 

「そういえば俺、折角の異世界なのにまともに旅するのとか今回が初めてなんだよな……まあ最初くらいは普通の旅を味わうのもいいかもな。ゆっくり景色を眺めてみたいし」

 

 カズマ少年も三人の言葉に思うところがあったようだ。

 

「お客さん方ー! そろそろ出発しますよー!」

 

 彼らが乗る馬車の御者が大声で呼びかけ、女性陣が馬車に乗り込んでいく。

 私いっちばーん! と元気に駆けていく女神アクアにカズマ少年が苦笑した。

 

「じゃあまあ、そういうわけだから。折角の所申し訳ないんだけど俺達は馬車で行く事にするよ。ウィズによろしく言っといてくれ。あともし向こうで会う事があったらその時はよろしくな」

 

 目ざといあなたは視界の端でめぐみんが小さくニヤリと悪い笑みを浮かべながらガッツポーズを決めたのを見逃さなかったが、あえて何も言わずにおいた。

 今回の旅に際して彼女が碌な事を考えていないのはあなたにも分かる。旅の道中で何が起きるかは分からないが、どうかカズマ少年には頑張ってほしいものである。

 

 

 

 

 

 

「バカ! よりにもよってアルカンレティアなんかに俺が行くわけないだろ、いい加減にしろ! 俺はマシロと戯れながら家で大人しく留守番しておくから好きなだけ楽しんでくればいいと思うぞ!」

 

 あなたとウィズがアルカンレティアに行くと聞き、更に自分達と一緒に行くかと聞かれたベルディアはあなたの予想通りの反応を返してきた。

 あまり長く滞在する予定は無いが、自宅警備員であるペットが困らないように、あなたは一月ほど暮らしていけるだけの金を置いておく。

 無駄遣いしないこと、お菓子の食べすぎは控える事、入浴と歯磨きはちゃんと欠かさずやる事、サキュバスを呼ぶ場合はちゃんと家ではなく宿に泊まる事をキチンと言い含めておく。

 

「子供扱いか! いや、最後のはちょっと違う気もするけど!」

 

 

 

 次にあなたとウィズはゆんゆんの元を訪ねた。

 彼女がアルカンレティアに若干の苦手意識を持っている事は承知の上だが、数少ない友人であるめぐみんも旅行に行ってしまったし、女神ウォルバクはアクセルにいない事も多い。一人だけ除け者では可哀想だろうという理由である。

 

「そんなわけで私達はこれからアルカンレティアに行くのですが、もし良かったらゆんゆんさんも一緒にどうですか?」

「わ、私もですか? 凄く嬉しいですけど、お二人の旅行のお邪魔なのでは……」

「お邪魔だなんて、そんな事無いですよ!」

 

 渋るゆんゆんに、あなたは既にめぐみんも馬車でアルカンレティアに向かった後であると教えた。もしかしたらめぐみんと一緒にアルカンレティアを観光出来るかもしれないとも。

 

「行きます! 絶対行きます!」

 

 即答である。アルカンレティアに苦手意識を持っていたゆんゆんにも効果は抜群だ。

 

「……あれ? でも私、めぐみんが旅行に行くとか一言も聞いてない……昨日まで一緒にここで寝泊りしてたのに全然聞いてない……」

 

 涙目で気落ちするゆんゆんをウィズがまあまあ、昨日急に決まった事みたいですからと慰め始めた。

 いっそこうなったらついでに女神ウォルバクにも声をかけておこうかと考えたものの、それは止めておいた方が賢明だろうとあなたは一瞬でその案を破却する。

 現役魔王幹部であるあの女神はアクシズ教に邪神認定を食らっている。ドリスに行く前はアルカンレティアで湯治していたらしいが、その事を話す彼女は若干背中が煤けていた事をあなたはよく覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 旅の仲間にゆんゆんを加え、ウィズのテレポートであっという間にドリスに辿り着いたあなた達だったが、そのままテレポートサービスでアルカンレティアに直行……とはいかなかった。

 

「三時間待ちですか……」

 

 アルカンレティア行きのテレポートサービスはつい先ほど発ったばかりであり、次の便は約三時間後になるとの事。若干タイミングが悪かったようだ。

 今は昼食には少し早い時間である。わざわざアクセルに戻るのもどうかと思うとの事で、あなた達は転送の予約だけ行い、昼食まで暫くの間待合所で時間を潰す事にした。

 

 昼前という事もあってか待合所には他の客はいなかった。あなた達の貸切である。

 

「そうだ、実は私、ちょっと面白いものを持ってきているんですよ」

 

 思い思いにくつろぐあなた達だったが、何を思ったのか、じゃーん、と口走りながらウィズがおもむろに取り出したのは小さい筒状の包みだ。

 

「カズマさんが作った、風船っていうオモチャだそうです。何でも空気を入れて膨らませて遊ぶ物なんだとか。量産に必要な分以外は好きに使っても良いとの事でして」

 

 ウィズはそう言っているが、これは本当に風船なのだろうか。

 ノースティリスにも風船はあるし、あなたもよく知っている。

 しかしウィズが持っているそれはあなたの知る風船とは若干違うようにも思えた。

 彼女が持っているそれはやけに細長く、挿入口が大きい。

 ゆんゆんが両手で伸ばすそれは風船というよりは、もっと別の物のように思える。

 

「わぁ、すっごく伸びますね!」

「凄いですよね」

 

 あなたは二人が持っている物の形状と名前と用途に思い当たりがあったが、教えた方がいいのだろうか。

 むしろアレをやってもらうチャンスなのではないだろうか。

 しかしそれはセクハラではないのか。

 かといってこの機会を見過ごす方が人として不出来なのではとも思える。

 

 あなたの中で悪魔と天使が戦いを繰り広げる。

 内心で葛藤するあなたを尻目に、二名のアークウィザードは風船のようなものに口を付けて遊び始めた。

 

「ふーっ、ふーっ……ほら、こうやって息を吹き込んで膨らませて遊ぶものみたいですよ。どうですか?」

「すごく……おっきいです……」

 

 ゆんゆんは何故かウィズの胸を見ながらそう言った。

 ちなみに現在の風船のようなものの大きさはウィズの胸とほぼ同じサイズである。

 

「……おっきいですけど、でもなんか水を入れるのに良さそうですよね。いっぱい入りそうです」

「うーん、私としては水を入れるには強度が心配な気もしますね。野外で皮袋の代わりに使えるのはいいんですが……実際どれくらいまで膨らむんでしょう。ちょっと壊れない程度に試してみましょうか」

 

 推定風船を楽しそうに膨らませるウィズを見て悪魔は言った。何を迷う事があるやってしまえ、今は悪魔が微笑む時代なんだ、と。

 師匠と同じように、一生懸命息を吹き込むゆんゆんを見て天使は言った。バレなきゃ犯罪じゃないんですよ、と。

 

 終末戦争を終えた天使と悪魔が長年の軋轢を乗り越えて遂に互いの手を取り合ったのだ。

 平和万歳。長寿と繁栄を。ノースティリスニ栄光アレ、イルヴァニ慈悲アレ。世に平穏のあらん事を。

 

 答えを得たあなたは膨らませる前のそれを手に取り、ちょっとこれを口に咥えてみてほしいと気軽な声色で二人に呼びかける。

 ゴムを丸ごと食べるのではなく、端っこを引っ掛けるように咥えてほしいと。

 

「よく分からないですけど、えっと……ふぉれれひいれふか?」

 

 不思議そうにしながらも、何の疑いも持たずにあなたの言葉に従うウィズとゆんゆん。

 これも日頃の行いがいいからだろうと、あなたは更にそこでダブルピースを要求。

 

「……? ふぁい」

 

 二人は素直に両手でピースサインを作ってくれた。感無量である。

 こうしてあなたの極めて下衆い思惑になど微塵も気付いていない、小さいゴムを口に咥えてダブルピースするウィズとゆんゆんが完成した。

 そう、小さいゴムを口に咥えてダブルピースするウィズとゆんゆんが完成したのだ。

 

 自身の成した史上類を見ない偉業に、あなたはごく自然に二人に感謝の意を告げながらも内心で今夜は眠れないな! と盛大に歓呼の声を上げる。

 いいぞ! ブラボー! 天にましますいと尊き神々よ御照覧あれ! この素晴らしい世界に祝福を! 相手の無知に付け込んで合法的にセクハラするというシチュエーション、通称無知シチュは本当に最高でおじゃるな!

 

 あなたは冷静さを取り戻した。

 あなたの思考は冴え渡った。

 あなたは爽快な気分になった。

 あなたは満足した。

 

 あなたは最低だ。

 

 

 

 

 

 

 それから三十分後、ドリスの留置所にぶち込まれるあなたの姿があった。

 罪状は咥えゴムダブルピースの強要ではなく全く別の理由なのだが、これはウィズとゆんゆんを辱めた罰が当たったのだろうとあなたは少しだけ己のセクハラ行為を反省し、留置所の壁を素手でぶち抜いて脱獄するのは止めておく事にした。


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