このすば*Elona 作:hasebe
「ぐえー!」
ある日の森の散策中、あなたのペットであるベルディアが足を滑らせて湖に落ちてしまった。
ベルディアは泳げるし、万が一溺死してもモンスターボールに帰ってくるのでそのまま待っていたあなただったが、湖の中から女神エリスによく似た女性が現れた。
「私は湖の女神。あなたが落としたのは金のベルディアですか? それとも銀のベルディアですか?」
自分で足を滑らせて湖に落ちたのは普通のベルディアだとあなたが正直に答えると、湖の女神は満足そうに頷いた。
「あなたは正直な人ですね。では、褒美としてこちらの二人のベルディアも差し上げましょう」
女神が去った後、あなたの傍らには金のベルディアと銀のベルディアと普通のベルディアが。
三人のベルディアを前にしてあなたは途方に暮れた。これをどうしろというのか。ベルディアは三体も必要ない。というか金銀のベルディアは無駄にピカピカ光って鬱陶しい事この上ない。
あまりに鬱陶しいので、あなたは大声で分離スキルを発動させてみた。特に理由は無い。
スキルの発動と共に頭上に生い茂る木々を、そして雲を突き破って天高く舞い上がるベルディアの三連生首。
そして三人のベルディアは空に浮かぶ星になり、あなたが普通のベルディアの胴体をモンスターボールに戻すと普通のベルディアの生首だけが帰ってきたのだった。
なお金と銀のベルディアの胴体は暴れて邪魔だったのでそのまま湖に沈めた。
「きゃー!」
金と銀のベルディアが夜空を彩る二連星になった次の日の森の散策中、今度はあなたの友人であるウィズが足を滑らせて湖に落ちてしまった。
ウィズは泳げるがあなたのペットではない。溺れていては大変だとあなたが飛び込もうとした所、またも湖の中から女神エリスによく似た女性が現れた。
「私は湖の女神。あなたが落としたのは神童と呼ばれていた八歳の時のおしゃまさんなウィズですか? それとも氷の魔女と呼ばれていた、二十歳の時のイケイケで婚期を気にしていたウィズですか?」
自分で足を滑らせて湖に落ちたのは年齢不詳のぽわぽわりっちぃなウィズだとあなたが正直に答えると、湖の女神は満足そうに頷いた。
「あなたは正直な人ですね。では、褒美としてこちらの二人のウィズを差し上げましょう」
女神が去った後、あなたの傍らには利発そうな子供のウィズ(可愛い猫耳着用)と、とても気の強そうな二十歳のウィズ(クラシカルなメイド服着用)が。
しかしそこにあなたのよく知るウィズはいない。
三秒待ったがウィズが帰ってこないので、あなたは友人を取り返すべく偶然持っていた耐水仕様チェーンソーと共に湖に飛び込んだ。ウィズを攫った誘拐犯である邪神をこの手で打ち滅ぼさねばなるまいと激怒しながら。
そう、あなたの友人は年齢不詳のウィズであるが故に。
そしてなんやかんやであなたにバラバラにされた邪悪な湖の女神は星になり、なんやかんやでウィズ(八歳、猫耳)とウィズ(二十歳、メイド服)はウィズ(年齢不詳)に統合されて究極完全体グレートウィズ(年齢不詳、猫耳メイド)になるのだった。
■
お前は不思議で素敵なお薬でもやっているのかと聞かれたらかなり本気で否定出来そうにない、軽く己の正気を疑いたくなる支離滅裂で意味不明な夢を見た日の早朝。
冷え切った清清しい空気の中、芝の生い茂った庭先に立つあなたの姿があった。
寝起きのあなたの傍らにはアクセルで購入した500リットルほどの容量がある大樽と一本の小さなポーション瓶。
そして空っぽの樽に手をかざしたあなたがクリエイトウォーターと呟くと同時に、ウィズや女神アクアのそれには及ばずとも中々の勢いで樽に綺麗な水が溜まっていく。
ノースティリスの冒険者であるあなたからしてみれば、これは何度見てもにやけてしまう光景だ。女神アクアに感謝を捧げる。
「おはようございます。朝っぱらから何をやってるんですか?」
庭先で巨大な樽にクリエイトウォーターで水を注ぎ続けるあなただったが、水音を聞いてやってきたのか先日よりあなたの家にゆんゆんと共に宿泊しているめぐみんが声をかけてきた。
ピンク色のパジャマの上に水色のガウンを羽織っている彼女は桶とタオルを持っており、今から風呂にでも入るのだろうかという格好だ。三角帽子も黒のローブも身に纏っていないめぐみんは中々に新鮮である。
見た感じだが衣服のサイズはウィズのそれではないので、恐らくパジャマもガウンもゆんゆんの物を借りて宿から持ってきていたのだろう。実際若干だが丈が合っていない。
「私はさっき起きたところです。洗顔に行こうとしたらあなたが何かやっているようでしたので様子を見に来ました」
同行していないという事は、昨日はめぐみんと同室で寝ていたゆんゆんはまだ寝ているようだ。あなたが目線と手だけで寝癖を指摘するとめぐみんは慌てて手櫛で髪を整え始めた。
それはさておき、あなたが現在行っているのはクリエイトウォーターの熟練度上げと水の補充を兼ねた行為である。最近は川に水を垂れ流すのを止めてもっぱらこうしている。おかげさまで樽を販売している店とはすっかり顔なじみになってしまった。
「クリエイトウォーターがあればわざわざ溜めなくてもいいと思うんですけどね。まあ折角ですのでちょっとこの桶にも水を入れてください」
言われるままに差し出された桶に水を注ぐと、めぐみんはその場でばしゃばしゃと顔を洗い出した。
綺麗な水が溢れている世界で生きてきた彼女には理解出来ないだろうが、こうして日ごろから水を四次元ポケットにスタックして溜め込んでおけば、仮にノースティリスに帰った時にクリエイトウォーターが使えなくなったとしても困らないだろうという目論見だ。四次元ポケットの中には既に数十トン以上の水の在庫が存在していたりするが、あなたはこの行為を止める気はさらさら無かった。
そしてやがて樽の中身が水でパンパンに詰まった所で、最後にポーションの中身を樽に混ぜる。
なお、このポーション瓶の中身は
「その瓶の中身ってもしかしなくても水ですよね。なんだってそんな事を?」
めぐみんはあなたの一見意味の無い行動に首を捻っているが、ちょっとしたお呪いであるとあなたはお茶を濁した。
お呪いというが実際効果は抜群であり、たったこれだけで500リットルの祝福された水、つまりこの世界で言う聖水が完成するのだ。
この世界の水とノースティリスの水は何かが違うのか、樽に祝福水を混ぜると樽の中身まで祝福されるのだ。恐らく水の女神である女神アクアの力が関係していると思われる。
原理は不明だが汚染されていない綺麗な水が好き勝手に使い放題というのは本当に素晴らしい。クリエイトウォーター万歳とあなたは内心で幾度行ったか覚えていない喝采を挙げる。
「……まあ今更あなたの奇怪な行動に一々突っ込みを入れるのもどうかと思うのでそれはいいんですけど、その樽は実際に持てるんですか? 見た所荷車を用意していないようですが」
この程度は楽勝であるとあなたは水が詰まった大樽を担ぎ上げた。
あまりに軽々と持ち上がった事にめぐみんが目を丸くする。
「なるほど、重さが無くなる魔法の樽でしたか……え、違う?」
残念ながらごく普通の木樽である。
故に重量は500リットルの中身相応なのだが、持ってみるかと問いかけるとめぐみんは勢いよく首を横に振り、あなたが手渡そうと笑顔で近付くと勢いよく後ずさった。
「こ、殺す気ですか!」
冗談であると笑いながら水樽を地面に下ろすと地面からズン、という重い響きが鳴った。
背骨にまで響くその音に、あなたはふとノースティリスに漂着した所を助けてもらい、まあ色々な意味で冒険者としての洗礼を浴びせてくれた皮肉屋な緑髪のエレアから宝箱を渡された時の事を思い出した。
具体的に言うと彼がどこからともなく取り出した超重量の宝箱……具体的には300sのそれにあなたは押し潰され、危うく死にかけたのだ。見かねた相方である青髪のエレアが助けてくれなければあなたはノースティリスに辿り着いて早々に屍を晒していただろう。
結局彼らと別れた直後より、あなたは数え切れないほどの回数屍を晒し続ける事になるわけだが。
彼らとの出会いは今となっては300sなどどうという事は無いが、駆け出しの頃の懐かしい、しかし今もなお色褪せる事の無い記憶の一つだ。というか彼は本当にどこにあんな重量の宝箱を隠し持っていたのだろうと今でも疑問に思う事がある。
まあ緑髪のエレアに関しては人肉を食わされたりモンスターをけしかけられたりと散々な目に合い、純粋で善良だった冒険者未満の一般市民であった当時のあなたは絶対に許さない、顔も見たくないと憤慨したり復讐を誓ったものだったが、終末が横行するノースティリスの現実や今の自分の事を考えれば全くもって彼は親切極まりない人間だったと言う外無い。
そんなこんなでしみじみとした追憶を一瞬で終えて意識を過去から今に戻せば、めぐみんがやれやれとため息を吐いていた。
「全く、頭脳明晰羞月閉花の私をあなたみたいな脳筋と一緒にしないでほしいのですが」
可愛らしい憎まれ口を叩くめぐみんだが、その表現に当て嵌まるのはむしろウィズではないだろうか。頭脳明晰羞月閉花。まさしくウィズの為に存在するかのような言葉である。
そしてめぐみんは頭脳明晰はともかく、あなたは羞月閉花に関しては最低でも五年経ってから出直して来いと言ってさしあげたい気分だった。彼女が器量良しなのは認めるが、ノースティリスで様々な美男美女を見てきたあなたからしてみれば色気が足りない。
なので実際に口に出してみたのだが何故か渋い顔をしためぐみんに脇腹を小突かれた。はははこやつめと笑いながらめぐみんの頭をぐりぐりと強めに撫で付ける。
「あばばっばばばば……止め、止めろー!! 何しやがりますかっていうか折角整えた髪がまたぐしゃぐしゃになったじゃないですかもう!!」
きゃんきゃんと子犬のように吼える紅魔族の少女と共に家に入る。
今日も今日とてアクセルにその名を轟かせる爆裂娘は元気いっぱいだとあなたは微笑ましい気持ちになった。
■
「お二人ともおはようございます。今朝ごはん作ってる所ですから、テーブルで待っていてくださいね」
ふんふんと耳に心地良い鼻歌を歌いながら料理を作るぽわぽわりっちぃを見て、あなたの隣の席に座り、どこか悟った目をしためぐみんがウィズに聞こえない程度の小声で呟いた。
「……知っていますか? リッチーというのは御伽噺や古代の記録にも出てくる伝説級のアンデッドモンスター。強大な魔力と豊富な特殊能力を併せ持ち、単騎で国すら滅ぼす事が出来ると言われている、数多の不死者を統べる王なんですよ」
よく知っているとあなたは頷いた。あなたは実際にリッチーによって滅んだ国もあるという事を文献で見ているのだ。
そしてウィズがバニルとガチンコで喧嘩出来るほどの戦闘力を持っているというのも知っている。
知っているがウィズはリッチーであると同時にぽわぽわりっちぃでもあるのでノーカウントである。
「何がノーカンなのかちょっと分からないですね。まあアレを見て誰が彼女を国すら滅ぼし得るリッチーだと思うんだって話ですが」
それについては異論は無い。
今のウィズはどこに出しても恥ずかしくない、どこにでもいる若奥様である。
「いますか? 私はいないと思いますがね……。まあそれはさておき、いつか私も一人で国を落とせるような爆裂魔法使いになりたいものです。……いえ、目標にしているだけであって、実行に移す予定はありませんよ?」
グっとガッツポーズをしながら不穏極まりない野望を口にする頭のおかしいテロリスト予備軍は、あなたの呆れたような視線を感じたのか慌てて取り繕った。
だが国の一つや二つなら余裕で陥落させる事が出来るあなたはめぐみんに何も言えない。
というか命の重いこの世界では、各地にテレポートで飛びながらお手軽かつ簡単に超広域に破壊と混乱を巻き起こせる玩具の数々を使えば国家滅亡までに数時間もかからないと思われる。
流石に自身と同格の戦力が複数いればその限りではないだろうが、あなたはそのような
とはいっても神器持ちや特殊能力持ちのニホンジンは数多く存在し、女神エリスといった神々の介入も考えられるので決して油断は出来ない。
油断は出来ないが、仮にアンデッドであるウィズが人々に迫害されるような事態になった暁にはあなたは魔王軍や悪魔と手を組み、それはもう大々的にノースティリス式の祭を開催する所存である。各地で同時多発的に発生する巨大なキノコ雲、そして竜と巨人の軍勢はさぞ見応えがある事だろう。
敵を尽く皆殺しにすれば世界は平和になるのだ。完璧な論理である。
「……なんか物凄く物騒な事考えてませんか?」
勘の鋭いめぐみんの疑念に、あなたは内心で舌を巻きながらも何の事やらと全力ですっとぼけた。
なおどうでもいい話だが、あなたの知る限りイルヴァにおける同格……つまり廃人クラスの者達は誰も彼もが無頼漢一歩手前なフリーの冒険者であり、各国に所属していなかったりする。
あるいはどこかの国が密かに抱え込んでるのかもしれないが、あなたは知らないし聞いた事も無い。
彼らが持つ戦力を鑑みれば待遇は期待出来るだろうが、廃人は自分勝手で人間性が終わっていると相場が決まっている。廃人の中では比較的マシな人間性を保っているという自負のあるあなたもやはり例外ではない。
むしろ富、
故に依頼でもないかぎり面倒な国家間のイザコザには首を突っ込もうとはしないし、国の側もそのような依頼は出さない。あなたも戦場で雑兵相手に庭の草を刈るように作業的に無双するくらいなら顔見知りの衛兵達と仲良く遊ぶ方を選ぶ。
特に国際条約で禁止されているわけでもないにもかかわらず、戦力としては最上の部類であるあなた達を国家間の戦争に駆り出さない理由はただ一つ。
各々の悪い意味で尖りきった人間性もさる事ながら、廃人を戦場に投入した瞬間どう足掻いても大惨事が確定すると誰もが理解しているからだ。
大惨事ではない戦争などこの世には存在しないと世間様からお叱りを受けそうだが、実際に大変な事になる。なった。
基本的にバケモノはバケモノ同士で遊んでいてくださいお願いしますというのが世間の風潮であり、仮に片方が廃人を戦力として使えば敵国も同等の者、つまり廃人を戦線に投入してくるのは火を見るよりも明らかだ。
そしてその先に待っているのは勝っても負けても共倒れという最悪の結末。
とりあえず核と終末で場を温めて、その後は流れで片っ端から適当にサーチアンドデストロイ……のようなルール無用の残虐ファイトしか出来ないような無軌道な連中はお呼びではないのだ。
それらを思えば例えウィズが異世界の人間だとはいえ、彼女の普遍的な善良さとマトモさ、持っている戦闘力からは考えられないほどに非好戦的な性質はあなたをして驚愕を通り越して己の目を疑わずにはいられない。ついでに彼女の異次元レベルの商才の無さについても。
■
暫くめぐみんと雑談を交わすあなただったが、キッチンの方からバターの焦げるいい匂いが漂ってきたところでめぐみんがおもむろに腰を上げた。
「そろそろ出来上がりそうなのでゆんゆんを起こしに行ってきます。あなたもベアさんを呼んできては?」
今日はベルディアは休みの日なのでまだ起こさない方がいいだろう。休みの日の彼は死ぬほど疲れており、大抵昼過ぎに起きてくるのだ。
「昼過ぎってまるでカズマとアクアみたいですね。冬の二人は当たり前のように昼夜が逆転した生活を送っていましたが」
それは作業をしていてなのだろうか。
カズマ少年は冬の間は新商品開発に精を出していたという話だが。
「いえ、食っちゃ寝や酒盛りをしてひたすらグータラし続けた結果です」
ここで改めて説明しておくが、女神アクアはアクシズ教団の御神体であり、高名な女神である。
下界で羽を伸ばしているといえば聞こえはいいが、キョウヤが聞いたら崩れ落ちそうな話だ。
「今思い出したのですが、そういえばベアさんもアンデッドでしたっけ。やはり夜行性なのですか?」
恐らくそのような事実は無い筈だ。
修練が無かった時期は朝起きて夜寝る生活を送っていたのだから。
「ふむ……冒険者でもないというのに日頃何をやっているのだか……おや?」
めぐみんの視線を追えば、長い黒髪の少女がふらふらの足取りでダイニングにやってきていた。
「ふわぁ……おかーさーん、きょーの朝ごはんなにー?」
「……っ!?」
小さく欠伸し、眠そうに眼を擦りながら現れたのはゆんゆんである。
まだ寝惚けているのか何かとても可愛い事を言っている。
そしてゆんゆんにお母さん呼ばわりされたウィズだったが、彼女はくすりと母性溢れる暖かい笑みを浮かべ、可愛い生き物と化したゆんゆんの頭を優しく撫でた。
「えへへ……」
慈しむように丁寧に髪を撫でられ、ウィズの笑顔に釣られるようにゆんゆんが幸せそうにほにゃりと笑う。まるで本当の親子のような光景だ。
いつも微笑みを絶やさない優しい
元気一杯で生意気盛りな
しっかりしているが実は甘えん坊な
可愛いペットの
長女の憧れである妖艶な
賑やかしの
完璧である。何が完璧かはあなたにも分からないがとりあえず完璧な布陣である。
――男? 論外だろ。
鉱山街で巨大ハンマーを片手に合成屋を営むガチレズ妖精の言葉が脳裏に木霊する。
あなたの頭も完璧に手遅れだった。
「今日の朝ごはんは焼き立てのパンと新鮮な春野菜のサラダ、ベーコンチーズオムレツにトマトとタマネギのスープですよ。目が覚めますから顔を洗ってきてくださいね」
「ふぁーい……わーい、おむれつー……」
精神年齢が著しく下がったゆんゆんはぽてぽてと危なっかしい足取りで洗面所に向かい、そんな彼女をあなた達は何も言わずに見つめ続ける。
彼女は大丈夫だろうか。色々な意味で大丈夫だろうか。
バニルほどの目を持っていないあなたでも、最早ゆんゆんに関しては恐ろしい未来しか見えていない。
「っ……っ……!」
めぐみんがバシバシと肩を叩いてくるので何かと思えば、彼女は真っ赤な顔で必死に笑いを噛み殺していた。顔はニヤニヤを隠しきれておらず、目には涙すら浮かんでいる。
あなたは九割九分確定したといってもいい、ゆんゆんの暗黒の未来に黙祷を捧げる事にした。
おお、いと高き所に
――ええっ!? な、なんですかいきなり!? 私にそんな事祈られても困るんですけど!?
祈りは届いたようだが駄目なようだ。救いは無いらしい。
もしかして春になったので仕事で忙しいのだろうか。
――いえ、冬とか春とか関係無くてですね……というかあなたはどこから祈r
そこまで言って女神エリスの声はブツリと途切れた。
知りません、そんな事は私の管轄外ですと言わんばかりの塩対応にあなたはなんとも世知辛い気分になったものの、あなたはエリス教徒ではないのでこればっかりは仕方が無い。自身の信仰する女神に電波が届かない事を若干悔やむ。
そうしてゆんゆんが姿を消して数十秒後。
「ああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」
家中に響くゆんゆんの臓腑を抉られたかの如き悲痛な絶叫と共に、洗面所の方からどったんばったんと騒がしい物音が聞こえてきた。正気に戻ったと思われる。時間としては割と早いが、それはあまりにも遅い目覚めであった。
「ぶふっ!」
ゆんゆんの悲鳴で遂に耐え切れなくなったのか、めぐみんが盛大に噴出する。
ヒーヒーと声にならない笑いをあげながらバンバンとテーブルを叩きながら顔を突っ伏した彼女は実に楽しそうだ。
やめたげてよぉ! と言われそうだがあなたはめぐみんの気持ちがとてもよく分かった。あなたもウィズ以外の友人が同じような事をやっていたら全力で煽りに行くだろう。煽らない理由が無い。
「ちがっ! 違うんですごめんなさいウィズさんさっきのは本当に違うんです忘れてくださいお願いします違うんです夢なんです悪い夢よねこれそうに決まってるわなんで覚めないのこんなの絶対におかしいですよウィズさん!!」
凄まじい勢いでダイニングに駆け込んできたゆんゆんは、そのままウィズの腰に縋り付いた。狂乱しすぎではないだろうか。
そしてどうやらゆんゆんはテーブルに座るあなたとめぐみんの存在にはまだ気付いていないようだ。どうかこのまま気付かずにいてほしい。まあ無理だろうと分かっているが。
「だ、大丈夫ですよゆんゆんさん。私はちゃんと分かってますから落ち着いてください。さっきのはあれですよね? ほら、ついつい学校の先生をお父さんお母さんって言ってしまうアレですよね?」
「うぁうっ……あうあうあう……」
錯乱するゆんゆんを安心させるように優しく微笑むウィズに再度よしよしと頭を撫でられ、ゆんゆんは耳まで真っ赤にして縮こまってしまった。
これだけなら騒がしくも微笑ましい朝の一幕だったのだが、この場にはウィズ以外にも人間が存在している。してしまっている。
「ゆ、ゆんゆん、おはようございますっ……」
その声を聞いて、ゆんゆんがビキリと固まった。まるで時間停止弾を食らったかのように。
ギギギと錆付いたように首を動かせば、そこには唇を思い切り笑みの形に歪めたライバル兼友人の姿が。
「ええ、ええ。私も、くくっ……分かっていますよ、ええ……っ……!」
めぐみんの発した台詞自体はウィズのものと大差ないというのに、あなたをはじめとした聞き手側が抱く印象は反転してしまっている。
そして彼女はつい先日、女神ウォルバクに爆裂魔法を披露した時のようなとても素敵な笑顔を披露してみせた。
「ま、まあ私はカズマとかそこの頭のおかしいのと違って優しいですからね。さっきのは見なかった事にしてあげます……おむれつー……ぶふっ!」
「ああああああああああああ!!!!」
「ちょっ、なんですか! 八つ当たりは止めてくださいよ!」
「わああああああ! わああああああああ!!!」
死体蹴りが大好きな紅魔族随一の畜生に向かって雄叫びをあげて半泣きで襲い掛かるゆんゆん。
めぐみんは羞恥が限界突破したせいで理性を失いアグレッシブ・ビーストモードと化した親友に対抗すべく素早くあなたを盾にし、ウィズは仲がいいですねと、姉妹喧嘩にしか見えない二人のやりとりに苦笑しっぱなしだ。
「うう、いっそ殺して……」
やがて正気に戻ったゆんゆんは頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。まるで先日のベルディアのような有様である。
頭の一つでも撫でて慰めればいいのだろうか。しかしそれは既にウィズがやった後なので二番煎じだ。
なのであなたは、ちょっと自分をお父さんと呼んでみてはどうだろうかとイイ笑顔で言ってみた。
悪ノリ全開のイイ表情で。
「呼びませんよ。バカですか貴方は」
即答かつ一刀両断されてしまった。反抗期だろうか。
極寒の眼差しであなたを射抜くめぐみんだが、諦めの悪いあなたは一歩も引かない。
やはり兄でなくてはいけないのだろうか。
呼ぶのは構わないがお兄ちゃん呼びだけは個人的に止めてほしい。兄さんとかそこら辺でお願いしたい所であるとあなたは言った。
ゆんゆんではなく、めぐみんに。
「呼びませんよ。バカですか貴方は」
再び即答かつ一刀両断されてしまった。やはり反抗期だろう。
永久凍土の眼差しであなたを射抜くめぐみんだが、とても諦めの悪いあなたはやはり一歩も引かない。
父でも兄でもないとなると弟だろうか。
あなたとしては彼我の年齢的にかなりありえない関係なのだが、めぐみんがそれがいいというのならば多少は目を瞑ろう。
「呼びませんよ。バカですか貴方は」
絶対零度の眼差しであなたを射抜くめぐみんだが、どこまでも諦めの悪いあなたは当然一歩も引かない。
さしあたってはおじさんと呼ぶのはどうだろうか。最も適切な呼称と思われる。
「呼びませんよ。バカですか貴方は」
「二人ともいつまで続けるの!?」
「
一進一退の攻防に遂にゆんゆんのツッコミが入ったと思えば、何故かめぐみんではなくウィズが乗ってきた。しかもやけにお父さんという部分を強調して。
ウィズがこの手の悪ノリに乗ってくるなど珍しい事もあるものだと思ったが、それ以上にあなたはウィズが自分の娘というのは流石に無いだろうと果てしなく微妙な気持ちになった。友人にお父さんと呼ばれたのはこれが二回目だ。全く嬉しくない。
ちなみに一回目は酒の席で起こった。
普段は普通に男言葉を使う
それを受けて友人達は腹を抱えて爆笑、あるいはドン引きし、精神攻撃の直撃を食らったあなたは混乱とショックのあまりガクガクと震えながら焦点の合っていないレイプ目になり三回連続で嘔吐した。
明らかに狂気の状態異常にかかっていたがさもあらん。脳と精神が目の前の現実を受け入れる事を拒んだのだ。狂気攻撃はエヘカトル信者の十八番だというのに。
なおマニ信者である彼、あるいは彼女はその後一瞬で素面に戻って正直すまんかったと真摯に謝罪してきた。とんだ黒歴史である。
そんなわけで、ウィズの実年齢は不明だが……少なくとも互いの外見年齢的に、そしてあなたの心情的にもお父さんというのは普通に勘弁していただきたい呼称である。例えあなたの実年齢が人間換算で祖父や曽祖父と呼ばれる域だったとしてもそれはそれ、これはこれだ。
「お父さんって、流石にそれはちょっと合っていないのでは? 見た感じですけど、お二人は殆ど年齢離れてませんよね?」
「違いますよゆんゆん。その呼び方には別の意味もあります」
「別の呼び方? ……ああ、お父さんってそういう……ウィズさん……」
「な、なんですか? めぐみんさんとゆんゆんさんが何を考えているかはさっぱり分かりませんが、きっとそれはお二人の気のせいだと思いますよ? ええ、気のせいですよ?」
忌々しい記憶を振り切ったあなただったが、気付けば二人の半笑いをした紅魔族が生暖かい目でウィズを見つめており、ウィズはそしらぬ顔で明後日の方角を向いていた。
■
「爆裂魔法が撃ちたい……」
「どんな発作よそれ」
朝食後、謎の発作を発症しためぐみんはゆんゆんを伴ってアクセルの外に爆裂魔法を撃ちに行ってしまった。魔力は先日のエーテル風呂で回復したらしい。
ウィズも魔法店の準備で忙しそうだったので、あなたは一人アクセルの街に繰り出す事にした。
依頼を受けるのも悪くなかったが、一度行ってみたい所があったのだ。依頼はその後である。
そんなわけで家を出たあなただったが、同じタイミングで家を出てきたと思わしきご近所さんとばったり顔を合わせる事になる。
「フハハハハ! 奇遇であるなお得意様! 先日はお得意様発案のポーションが売れに売れて我輩大満足! お得意様につきましては今後ともご愛顧とポンコツ店主の舵取りの程よろしくお願いする次第!」
ご近所さん、もといバニルは朝からやけにテンションが高かった。
しかし家から一歩出た所で神々に比肩する力を持った大悪魔な元魔王軍幹部と
女神ウォルバクがエーテル風呂の為に近くの宿に泊まっているので魔王軍幹部が元を合わせて四人も揃っているこの一帯の戦闘力については最早今更なのでどうでもいいが、バニルは何をやっているのだろう。彼が向かおうとしていたのは明らかにウィズの店とは逆方向だった。店は放っておいていいのだろうか。
「無論良くはないが、我輩はこれからあの頭のおかしいチンピラ女神の所の小僧が開発した商品を見るために商談に行くのでな」
その割には店主のウィズの姿がどこにも見えないのが不思議である。
「ガラクタを掴まされる事に関しては天才的な才能を発揮する上にロクな目利きも出来んポンコツ店主は置いていく。どこぞのチンピラ女神に変な物を掴まされて先日の稼ぎを溝に捨てられては堪らん」
なるほど、道理であるとあなたはバニルの言葉に深く納得した。
カズマ少年が考案した道具の数々はあなたとしても大変興味深いが、あなたはウィズの店の店員ではない。店で売り出される時まで我慢しておくとしよう。
そんなわけであなたは自分の用事を優先する事にした。
「ところで話は変わるが、お得意様はどこかで演奏会を開く予定はおありで? あるのであれば我輩が会場の準備やその他諸々を完璧に取り仕切って大々的に広告を打ち出しプロデュースさせてもらうが。さぞ大きな金が動くであろう。ちなみにお得意様の取り分であるが……」
別れ際、バニルはそんな事をあなたに言った。
やはり彼は先日の大繁盛の原因があなたと女神アクアの演奏会によるものだと分かっていたようだ。
だがあなたは今の所自発的に演奏会を開く予定は無い。大金に興味も無いのでやんわりと断っておいた。
■
バニルと別れたあなたが訪れたのは、かつてウィズと共に散歩をしていた時に通った路地裏の奥に佇む一軒の店だ。
カズマ少年とキースとダストが興味津々だったこの場所はハッキリ言ってしまうとアクセルの男性冒険者がお世話になっているという風俗店らしい。
そんな場所に足を運んだ理由だが、あなたは最近やけに消耗が激しいベルディアをこの店に通わせて見ようと思ったのだ。
消耗についてはモチベーションの低下が考えられる。
ノースティリスやこの世界の冒険者であれば自身の力量が数値という形で分かるので、レベルやスキルの数字を上げていく事をモチベーションに出来る。
しかし冒険者カードを持っていないベルディアは自身がどれくらい強くなったか確認出来ないし、最近はキョウヤとの模擬戦もやっていない。
彼は女好きなので嫌がりはしないだろう。これを機に少しはリフレッシュ出来るといいのだが。
ペットの事を考えるあなたは朝から風俗店に足を運ぶという駄目な大人のお手本のような姿だったが、実際に行為に及ぶつもりは毛頭無いし、こんな時間から風俗店に足を運ぶ事への嫌悪感や羞恥心はノースティリスの冒険者であるあなたには無い。
いざ店の扉を開けようとしたあなただったが、誰かが店から出てきたので出端を挫かれてしまった。
「あ、おはようございます」
出てきたのはピンクのワンピースを着た、短い銀髪の少女だった。
まさか客ではないだろう。という事は風俗店の店員なのだろうか。
オパートス信者がギリギリ食べられるくらいの年齢にしか見えないのだが。
「えっと……お客様ですか? すみません、今は営業時間外なんです」
そう言って少女はぺこりと頭を下げた。
どうやらあなたは無駄足を踏んでしまったようだが、少女はやはり店員だったようだ。こんな幼い少女を買う冒険者がいるのだとしたら、地味にアクセルの闇は深いのかもしれない。
それはさておき少女からは魔の気配がする。ドリスで蹴散らしてきたアレ等と比較すると非常に弱々しいが、それでも人間ではないようだ。
だがあなたの関心は他にあった。
「あ、あの、私の顔に何か付いてますか?」
ジロジロと熱心に自身の顔を観察するあなたに、少女は居心地が悪そうにしている。
あなたは少女の顔をどこかで見た事があったのだ。
しかしアクセルで彼女の顔を見た覚えは無い。
はて、どこで見たのだったか。
そうして少女の顔を観察する事一分。少女の事を思い出したあなたはポンと手を打った。
彼女は《サキュバスの『新人ちゃん』のエロ本》に描かれていた、サキュバスの『新人ちゃん』だ。
以前ウィズが釣って直後に焼き払った、《サキュバスの『新人ちゃん』のエロ本》に描かれていた、サキュバスの『新人ちゃん』である。
「え、エロ本!? 私エロ本になってるんですか!?」
あなたの突然の大胆告白に、サキュバスの『新人ちゃん』の絶叫が路地裏に響き渡った。