このすば*Elona   作:hasebe

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第5話 どうか私をあなたのペットにしてほしい

 端数を省略して六億エリス。

 

 それが宝島をウィズと二人で鉱石などを採掘しつくし、各地で商人を泣かせながら鉱石を売り捌いた結果あなた達の懐に転がり込んできた金額である。

 

 ウィズと二分しても三億エリス。ウィズは私的に鉱石を所持しているのであなたの方に若干上乗せ。

 依頼を果たした報酬なので泡銭とまでは言わないが、たった一度の依頼で得た金額としてはあまりにも大金だ。

 

 一括で渡したとき、ウィズ魔法店の極貧リッチーは卒倒した。

 ちょうど昼飯の時間帯にお邪魔したのだが、ウィズは綿に含んだ砂糖水を口にしていた。気を失いながらも必死に綿を口に含み続けるウィズは誰もが目を覆わずにはいられない悲惨な有様だった。

 あなたはこの三億でウィズの食生活が通常レベルにまで改善しなかった場合、いっそのこと自分が彼女の食事の面倒を見た方がいいのかもしれないと考え始めている。

 こういった形での贔屓の店への投資は初めてだが、もしかしたらウィズにはこちらの方がずっと効果的かもしれない。

 

 ちなみに冒険者ギルドには宝島の件は当然のこと、この三億エリスも申請していない。ウィズにも固く口止めしておいた。

 あなたは大騒ぎになると確信している。どこで三億エリスなんて大金を手に入れたという話になったら流石に誤魔化しきれない。

 仮にギルドが秘匿を貫いたとしてもやはり駄目だ。絶対に申請するわけにはいかない。

 

 ここで話は変わるが実はこの世界の冒険者にも納税の義務がある。

 支払いは年に一度なのでノースティリスのように毎月自宅に請求書が届くわけではない。

 それは面倒が無くていいのだが、この一文をよく見てほしい。

 

 

――年収千万エリス以上の者はその年の収入の半分を収める必要がある。

 

 

 歴戦の冒険者であるあなたをして戦慄を隠せない、身の毛もよだつおぞましい数字だ。

 あなたは初めてこの文章を見たとき、恐らく貴族なのだろうがこの制度を作った奴は気が狂っていると確信した。

 ノースティリスで活動する上位冒険者の全てがあなたの考えに賛同するだろう。

 そして稀に見るシンクロ率を発揮して一致団結し、貴族の集中するこの国の王都で血の粛清と核と終末の嵐が吹き荒れること請け合いである。実際あなたも終末の剣(ラグナロク)を衝動的に抜きそうになった。

 

 あなたは玄武の一件だけで一億五千万エリスを持っていかれることになるし、様々な理由で他の冒険者が手を付けない依頼を受注しては作業のように消化していくせいでアクセルの冒険者から一緒に依頼を受ける仲間がいなくて寂しい上に頭がおかしい奴と思われ始めているあなたの依頼遂行ペースでは、玄武を抜いても年収一千万エリスなど余裕で超えてしまう。

 それを半分など法外としか表現できない金額だ。想像だけで吐き気と眩暈を覚えるほどに。

 

 玄武の金額では桁が大きすぎてピンと来ないかもしれないが、これは月収がおよそ百万として、そのうち五十万が持っていかれるという事実を意味する。

 滞納者は問答無用で犯罪者堕ちさせるノースティリスだってこんな頭のおかしい税金の取り方はしない。間違いなく重度のイスの狂気に脳と精神をやられている。

 もしどこかから玄武の件が露見した際、あなたは全力ですっとぼけるか踏み倒す心算である。

 ギルドを通しての依頼は記録を取られているので虚偽は通じないが、可能な限り滞納しようとあなたは固く心に誓っている。最悪終末の剣(ラグナロク)の出番が来ることだろう。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 あなたはこの資金を使ってアクセルに拠点を構えることにした。つまり自宅を購入するのだ。

 活動開始から半年も経たずに一括払いや屋敷や豪邸に手を出そうものなら収入源を探られかねないので、各地で様々な依頼を受けているやり手のエレメンタルナイトが買えてもおかしくなさそうな、それなりの物件を分割払いで。

 

 自宅があれば可能な行動の幅を大きく広げることができるし不要な荷物を保管できる。部屋の中に祭壇を置くこともできる。

 捧げ物はやはり信仰する女神に届かなかったが、それは祈りを止める理由にはならない。

 

 アクセル以外に家を買うという選択肢は最初から無かった。

 というのも、アクセルの街以外に居を構えようとすると非常に不便なことになってしまうからだ。

 あなたが何度か検証を行った結果分かったのだが、どうにも帰還の魔法がこの世界で最初に降り立ったアクセルの街そのものを自宅と認識しているようで、帰還の魔法を使うと強制的にアクセルの街に転移してしまうのだ。

 更に帰還の魔法の移動先を変えるためにはノースティリスで売っている《自宅の権利書》という魔法書や巻物に近いそれを使う必要がある。

 自宅の権利書は帰還の魔法と連動しているのだが、ノースティリスでは自宅の場所を決めて久しいあなたは権利書などこの世界に持ちこんでいない。

 

 だが他の町で活動しようとするのならテレポートに登録しておけばいい。テレポートはこういうときのために習得したのだから。

 それに王都など様々な街に足を運んだあなたの眼から見てアクセルの街は特に平和だ。魔物の襲撃は無いし贔屓の店もある。疲れた心と身体を休める場所としてはもってこいだろう。

 

 そんなわけであなたが買ったのは大人二人ほどが楽に暮らせる大きさの二階建ての庭付きの空き家だ。

 新築ではないがそう年月が経っているわけでもないので安くはなかったが、分割払いなので玄武の資金プールから少しずつ削っていけばいい。

 これなら当座の活動の拠点として申し分ないだろう。

 

 あなたは一通り家具や衣類などの生活用品を買い揃え、ようやく落ち着いたところで自宅に住み込みのメイドでも雇おうと考えたが、残念なことにそれはできなかった。

 家の中でノースティリスの道具やスキルを普通に使うためだ。

 故に面倒だが掃除や洗濯といった家事は全て自分だけでやる必要がある。あるいはウィズに頼むか。もしくは。

 

 あなたは苦い顔をしたまま四次元ポケットから一冊の本を取り出す。

 タイトルの書かれていない、一見するとどこにでも売っていそうな普通の本だ。

 これを読めば家事に関しては全て解決するだろう。“彼女達”はこういう面では非常に優秀だ。

 

 暫し逡巡した後、あなたはそのまま本を四次元ポケットの中に戻した。

 

――おにいちゃーん。おねえちゃーん。出してー。私はここにいるよー。

 

 戻す際、あなたは本から幼い少女の声が聞こえた気がしたが無視した。

 アレは向こうの家で待つ一人で十分間に合っている。

 ウィズにこんな些事を頼む必要は無い。家事は自分で行うことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 こうしてこの世界における活動拠点を手に入れたあなただが、ある日依頼を終えて身体を休めるあなたのもとに二人の少女が訪ねてきた。

 

「へぇ、結構いい家に住んでるんだね。家具も安物で間に合わせてるって感じはしないし、流石はアクセルでも色んな意味で評判のエレメンタルナイトってところかな」

「…………」

 

 長い金髪を後ろに纏めた少女と頬に傷跡のある露出度の高い銀髪の少女である。

 どちらもアクセルの街中やギルドで見かけたことはある気がするが、名前も知らないし会話すらしたことが無い。

 

 あなたを眼光鋭く睨みつける金髪の少女は今はいい。

 問題は興味深そうにあなたの家の中を見渡す銀髪の少女である。

 

 彼女もまたウィズと同様に人間ではない。

 

 素性を隠すためか力を抑えているようだが、あなたには彼女が微かに放つ清浄な気配には覚えがとてもあった。

 恐らく銀髪の少女は地上に降臨した神だろう。

 どこの神格かまでは不明だが、善神に属する側なのは分かる。

 リッチーに神格に異世界人。アクセルはキワモノが集まりやすい土地なのかもしれない。

 

「あ、自己紹介もせずにごめんね。あたしは盗賊のクリス。こっちの無愛想な子はクルセイダーのダクネス」

「……ん」

 

 クリスと名乗る少女はやはり神として行動しているわけではないようだ。

 お忍びで地上に降りているのかもしれない。あなたは下手な質問をして不興を買うのは止めておくことにした。

 

「あたし達は普段パーティーを組んでるんだけど、今日はダクネスがどうしてもキミに会って話したいことがあるって言ってね。……ほらダクネス」

 

 金髪の少女、ダクネスに発言を促しながらクリスが水を口に含む。

 あなたとダクネスの視線が交差した。

 

「頼みがある。どうか私をあなたの奴隷(ペット)にしてほしい」

「ぶふうううええええーっ!?」

 

 それまで一言も発しなかったダクネスが突然そう言ったと同時にクリスが派手に水を噴き出した。

 テーブルの対面に座っていたあなたの顔面に飛沫が直撃する。

 これは神水とでも呼べばいいのだろうか。信者に売れば高値を出しそうである。

 

「あ、ご、ごめんなさい……ってななななな何言ってんのダクネス!? 駄目だよ失礼でしょってえっ、本気でそんなこと言いに来たの!?」

「止めないでくれクリス! 私は街で一目見て分かったぞ、この人なら絶対に私の全てを満たしてくれる! この人なら理想のご主人様になってくれる! こうして目の前に座っているだけで今も私の直感がビンビンに囁くんだ!」

「そんな邪な理想と直感は捨てなさい!!」

 

 どうやらダクネスはあなたの仲間(ペット)になりに来たようだ。

 それはそれとしてテーブルと顔が濡れたので布巾を持ってくるとしよう。

 

「い、いきなりダクネスが変なこと言ってごめんね? あと顔とテーブルも濡らしちゃって。ちょっとこの子と話し合ってくるから少し席を外すね?」

 

 

 

 

 あなたが布巾を持って戻ったとき、テーブルにはダクネスだけが座っていた。

 

「すまない、クリスは用事を思い出したから先に帰るそうだ」

 

 あなたを視界に収めると、ダクネスは平然とのたまった。

 

 しかしあなたの視界の隅に少女のものと思わしき誰かの足が見える。

 紛うこと無き怪奇現象である。あなたはこの世界の人間の剥製は持っていないし、剥製はぴくぴくと痙攣したりしない。

 

 これは大丈夫なのだろうか。ダクネスに神罰が当たりそうだ。

 見なかったことにしてあなたはダクネスにこれは依頼なのかと質問する。拘束される期間とそれに見合った報酬は用意できるのかとも。

 

 もし依頼で適切な報酬を用意しているのならば、あとは内容次第だ。

 あなたは一度やると決めたのなら冒険者として責任をもって依頼を完璧に遂行すると決めている。

 

「……いや、違う。私の極めて私的な理由での願いだ。ゆえに私が支払えるのはこの私の身体だけということになる。幾らでもあなたの好きにしてもらって構わない」

 

 依頼では無いのなら話は早い。

 あなたはダクネスに残念だが他の者を当たってほしいと告げた。

 

「ど、どうしてもか? 私はきっとあなたにしか無理だと思う。少なくとも私はあなた以上の適任を知らない」

 

 ダクネスの目は本気だった。

 本気であなたしかいないと思っている。

 あなたとダクネスは今日がほぼ初対面にもかかわらず、この真摯な物言いである。

 気になったあなたはなぜ自分なのかと理由を問いかけてみた。

 

「その……聞いて笑わないでほしいんだが。きっとあなたは他者の調教に極めて秀でている。私の直感がそう言っているんだ」

 

 あなたは思わず目を瞑った。ダクネスの直感は間違っていない。

 あなたは潤沢な資金と物資を駆使して数多くの仲間(ペット)を育成してきた。

 その誰もが例外なく一廉の実力を持つまでに至った。

 

 だがダクネスは知らないがあなたはワケありだ。

 ゆえに本格的に仲間(ペット)にするわけにはいかないが、まあ一時的に仮の仲間(ペット)にするくらいならば構わないだろう。

 面倒な、とか厄介なことになったとは思わない。

 ここまで言われて悪い気はしない。仲間(ペット)の育成はあなたの趣味の一つだからだ。

 

「ほっ、本当か!? 本当に私を一時的にでも奴隷(ペット)にしてくれるのか!?」

 

 ダクネスが興奮してテーブルの上に身を乗り出してくる。後ろで纏めた長い金髪が動物の尻尾のように揺れた。

 

 ダクネスを仲間(ペット)にするのは一向に構わない。

 だがそれは、そこで転がっているクリスとよく話し合い、彼女を説得できたらの話だ。

 仲間を放って勝手にパーティーを抜けるなど冒険者として言語道断だ。

 あなたはそんな無責任な者を自分の仲間(ペット)にする気は無かった。

 

「うっ……す、すまない……確かにあなたの言うとおり、私が先走りすぎたようだ。クリスとは帰ってからちゃんと話し合って納得してもらってくる」

 

 あなたの咎めるような視線と物言いに、ダクネスはシュンと身体を小さくした。

 こういう所は十代半ばの外見相応の少女らしい物腰だと感じさせる。

 

「さ、先に聞いておきたいんだが……あなたの奴隷(ペット)になったら、その、私はどんなことをされてしまうのだろうか……?」

 

 ダクネスは赤い顔でもじもじと恥らうように問いかけてきた。

 どんなことをされるのか。難しい質問である。

 あなたは仲間(ペット)の成長や生活は自由意志に任せている部分がかなりある。放任主義ともいえる。

 本人がやりたいというなら最速で強くなれるように全力でサポートするが、無理矢理あなたが特訓させても身に付かないし、そんな仲間(ペット)は役に立たないからだ。

 

 あなたはこれは強制では無い、とダクネスに最初に言ってあなたの仲間(ペット)になった者が望んだ際に最初に課せられる行為を幾つか挙げた。

 

①:身動きができない状態で敵にリンチされ続ける。

②:死ぬほど頑張って自分の最大限の力を発揮し続けることで辛うじて持ち堪えられるが最終的に負ける程度の敵と戦い続ける。

③:朝昼晩の三食の全てを山盛りのハーブ(能力は上がるが味は最悪)にする。

④:人体改造。

⑤:ドーピング。

 

「二番二番絶対二番だ! そのときは是非二番で頼む! ああ、だが一番も捨てがたい……! いや、しかしやはり二番の誘惑には……! ほ、他に私はどのようなことをすればいいのだ!?」

 

 ダクネスが激しく食いついてきた。

 これは長時間続けると精神が激しく磨耗するのであまり人気が無いのだが、ダクネスは別らしい。

 きっとダクネスはあっという間に強くなれるだろう。

 

 そしてこれ以外となると、あなたの考える仲間(ペット)の重要な役割の一つといえる乗馬だろうか。

 仲間(ペット)と主人の速度差がある場合に有効な手段である。

 今のあなたに必要なわけではないが。

 

「馬に!? くっ……私に家畜のように卑しく四つん這いになれというんだな!? いいぞ、望むところだ!!」

 

 乗り心地を試してみろと言わんばかりに突然床に四つん這いになるダクネス。

 目を爛々と輝かせ、後ろ髪を振り乱し鼻息を荒くする様はまるで本物の馬のようだった。

 

「さあこい!!」

 

 その必要は無いとあなたは首を振る。

 ダクネスはどう見ても重装備型だ。あなたより速く移動できるとは思えない。

 

「足が遅いから駄目!? くそうっ……! 何故私は今まで四つん這いで走る練習をしてなかったんだ……!」

 

 ダクネスが本気で悔しそうに床を叩く。

 床からミシリと嫌な音がした。鍛えているのか力はかなりのものらしい。

 もし床が割れたら弁償してもらおう。

 

 

 

 

 あなたは落ち着かせたダクネスの得意武器を尋ねてみた。

 これはあなたの仲間(ペット)になる上で最も欠かせない大事な要素である。

 

「んくっ……確かに奴隷(ペット)なら主人の盾になって戦うのは当然だな。だがそんなものは無い」

 

 全ての武器を同程度に扱えるという意味だろうか。

 ダクネスはかなり器用らしい。

 

 あなたは近接武器はメインの剣スキルと短剣スキル、槍スキルしか習熟していない。

 他の武器を使うと愛剣がストを起こすからだ。説得の結果、辛うじて同属である刀剣類だけは扱っていいと許容してくれている。

 

 槍は女神から下賜された神器、ホーリーランスを扱うためだけに、文字通り死に物狂いで習熟した。今となっては剣と同程度に扱える自信がある。

 当然愛剣は烈火の如く怒り狂ったが、あなたもこれは信仰者として絶対に引くわけにはいかなかった。あなたが愛剣と本気で喧嘩をしたのは後にも先にもこれっきりだ。ちなみにこのときだけであなたは回数にして二桁ほど愛剣に殺されている。

 何度も血の海に沈みながらなんとか神器を使う権利を勝ち取ることができたが、今でも神器を使うと愛剣はヘソを曲げる。

 

「いや、私は武器スキルを何も習得していない。あなたの言う器用という言葉とは程遠いな」

 

 格闘スキルだけで戦うという意味らしい。

 あまり見ないが、目を剥く程に珍しいものでもない。

 腰に下げていた剣はフェイクだろうか。

 

「それも違う。私は手に入れたポイントを耐性や防御系のスキルに全振りしているからな」

 

 あなたにはダクネスの言葉の意味が分からなかった。

 それはノースティリスでいう戦術スキルも武器スキルも無いという意味だ。

 その構成でどうやって敵と戦うのだろう。

 

「戦闘では遠慮なく囮や壁にして使い潰してくれ。何なら捨て駒として見捨ててくれても構わない……んくっ……!」

 

 ダクネスは壁専門が志望だったようだ。

 あなたは残念だが、今のままではダクネスを受け入れることはできないと否を突きつけた。

 

「なっ、何故だ!? 私の何が駄目だったんだ!? クリスには納得してもらえるように説得を……!」

 

 クリスは関係ないとあなたは首を横に振った。これはダクネス本人の問題である。

 壁ができるのはいいが、壁しかできない仲間(ペット)は駄目なのだ。

 

「ど、どういう意味だ……?」

 

 もしあなたの仲間(ペット)になるのならば、剣でも斧でも拳でもいいので、ダクネスには絶対にまともな近接攻撃手段を扱えるようになってもらう。

 これはあなたと共に戦う前衛型の仲間(ペット)に対する主人としての絶対に譲れない要求だ。

 攻撃手段が皆無では仲間(ペット)をまともに育てることなどできない。

 

「ペット、育てる、調教……くふぅっ……! ……ど、どうしてもか? どうしても攻撃スキルを取得しないと奴隷(ペット)にしてもらえないのか……?」

 

 どうしてもだ。絶対に攻撃をまともに当てられるようになってもらう。

 あなたはどれだけ堅くて盾になれるのだとしても、敵をまともに倒せない者を仲間(ペット)にする気は無かった。

 本人が望まないのならば仲間(ペット)にした後に無理矢理習得させるつもりもない。

 この要求が受け入れられないならダクネスには縁が無かったと諦めてもらうしかない。

 

「ぐ……ぐぐ……ぐぐぐぐぐううううううううううううううううわああああああああ……!」

 

 あなたが絶対に意思を翻さないと感じたのか、頭を振り乱しながら掻き毟るダクネス。

 綺麗に揃えられた金髪があっという間にぐしゃぐしゃになっていく。

 

 暫く身悶えした後、激しく憔悴したダクネスはポツリと呟いた。

 

「…………一つだけ、教えてほしい。あなたの奴隷(ペット)になった私は、どれくらい強くなってしまうのだろうか? 先ほど挙げた選択肢の二番目を繰り返せば、誰でも絶対に強くなれるというのは私でも分かる」

 

 ダクネスは防御特化のスキル構成で力もかなり高い。

 頑強な肉体に技術が追いつけば極めて優秀な戦士になれるだろう。容易にソロで冒険者活動が行える程度になれる。

 先の挙げた中でも、二番目を続ける期間はそう長くないはずだ。

 ノースティリスでは深く潜れば潜るほど敵が強くなり続ける迷宮があるので最後まで二番目で行けるのだが、それが無いこの世界ではそれは望めない。

 

 

「そうか、そんなにか……。そして二番は長続きしない……わ、分かった……残念だが、本当に、本当に本当に本当に残念だが……あなたの奴隷(ペット)に……奴隷(ペット)になるのは諦めよう……」

 

「ああっ、くそっ、本当に悔しいな……絶対、絶対この人なら私の全てを受け入れてくれるって思ったし、私が思ったとおりの人だったんだ……。だが相手があなたでも、私の目的のために絶対これだけは譲るわけには……!」

 

 ダクネスは身を引き裂かれるかのような痛切な声と表情で項垂れてしまった。

 交渉は決裂したらしい。本人が駄目だというのなら仕方が無い。

 あなたに譲れないものがあるように、ダクネスにも譲れないものがあった。それだけだ。

 

 あなたにはそこまでして果たしたいダクネスの望みは分からなかったが、彼女に重度の被虐趣味があるのは長くない会話の中で簡単に分かった。

 繰り返す無数の死と蘇生(トライアンドエラー)や拷問一歩手前の過酷な鍛錬の中で精神の崩壊を防ぐため、仲間(ペット)や冒険者が被虐の悦楽に目覚めるのはそこまで珍しい話ではない。

 

 だがそれとこれとは話が別だ。

 

 

 

 

 

 

「……すまない、今日は迷惑をかけた」

 

 別に迷惑などではない。

 ダクネスがまともに攻撃を当てられるようになったのなら、あなたはいつでもダクネスを彼女の望みどおり仲間(ペット)にするだろう。

 そして主人として可能な限り全力で、彼女の望む環境(くつう)に叩き込むと約束する。

 

 あなたが去り行くダクネスの背中にそう語りかけると、ダクネスは最後に一度だけ名残惜しそうに振り返った。

 

「……本当に攻撃を当てられないと駄目か? どうしても? 絶対に? 一日だけ今のままでお試しご主人様とかも?」

 

 無言で首を横に振る。

 そんな雨に濡れて震える子犬のような潤んだ瞳で聞かれても、駄目なものは駄目である。

 

「無念だ……」

 

 ダクネスは肩を落としてとぼとぼと帰っていった。

 彼女は性的嗜好こそ若干歪んでいたが、他人に言えない嗜好など誰だって一つや二つ持っているものだ。あまりおおっぴらにすべきものではないと思うが。

 

 だがその性根は極めてまっすぐで善良な好ましい少女だった。

 あなたは彼女の被虐趣味を存分に満たしてくれる者が現れることをこの国で最も広く信仰されているエリス神に祈るのだった。

 

「――――いやいやいやいや勘弁してください! 幾ら私でもそんな無茶苦茶なお願いは聞けませんよ!? あなたは私を何だと思ってるんですか!?」

 

 あなたの祈りに反応したように突然クリスが別人のような声色と言葉遣いで叫びながら飛び起きた。ほんの一瞬だけ強く清浄な神力を発しながら。

 何故クリスがまだ自分の家に、と考えあなたはダクネスが気絶させたままだったのを思い出した。

 ダクネスも失意のあまり友人のことを忘れていたらしい。

 

「え、あれ? ……あっ、間違……うん。ちょっと凄く変な夢を見ちゃってつい……し、失礼しましたっ!」

 

 何かを誤魔化すように冷や汗をダラダラ流しながらアハハと笑うクリスはダクネスを追ってあなたの興味深そうな視線から逃げるように家を出て行った。

 なるほど、どうやらダクネスは随分と信仰深い人間だったようだ。

 

 国教として信仰されている女神の分身を地上に降ろすほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日のこと。

 いつものようにウィズ魔法店で買い物を終えたあなたがウィズと世間話に花を咲かせている最中に、ふとペットの話題になった。

 あなたはダクネス本人や被虐性愛は隠し、以前自分のペットになりに来た若い少女がいたと笑いながらウィズに話した。

 

 何故か一瞬で笑みを消したウィズが据わった目であなたの肩を掴んできた。

 伝説のアンデッドであるリッチーらしい、有無を言わせぬ迫力であった。

 

「ちょっとお店閉めますから奥で待っていてください。お話があります」

 

 その後、あなたはウィズに懇々とお説教をされてしまった。

 どうやらこの世界でペットとは愛玩動物や奴隷のことを指すらしい。

 

 ウィズの説明通りならダクネスは仲間ではなく奴隷志望だったようだ。自分から奴隷になりたいなどと頼んできた人間に会ったのはあなたも初めての経験だった。

 だがウィズは誤解している。ノースティリスでは奴隷も愛玩動物も仲間(ペット)の範疇なのだ。どうあってもダクネスの扱いは変わらなかっただろう。

 なのであなたは説教が終わった後にタイミングを見計らってから、自分は間違っていない、愛玩動物も奴隷も大事な仲間だし、ちゃんと責任を持って大切に面倒を見るとウィズに理解を得てもらうために声高に主張することにした。

 

 何故か説教の時間が延びた。




《謎の本》
 オニイチャーン

《乗馬スキル》
 仲間に騎乗する事で自分の速度が仲間の速度に合わせた数値になる。
 乗馬には適正が存在し、不向きな生物だと乗馬の際速度が著しく減少する。
 だが100m級のドラゴンやゴーレムが10cmのかたつむりに騎乗するなんて視覚的に無茶も真似も普通に可能。
 乗り方は四つん這いかもしれないし肩車かもしれないしそれ以外かもしれない。

《戦術スキル》
 近接物理の要、というか必須スキル。
 効果は近接と投擲ダメージの倍率増加。
 これが無い近接物理職はいくら高レベルでも同レベルの戦術持ちと比較すればゴミクズ同然。

《自宅の権利書》
 ワールドマップの好きな場所に自宅を建てる権利を得られる権利書。
 泥棒とかモンスターとかどうなってんだとか突っ込んではいけない。
 同様の権利書に倉庫や博物館や店がある。

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