このすば*Elona   作:hasebe

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第45話 サキュバスネスト(推奨レベル35以上)

 カラコロ、カラコロと。

 

 独特の底の高さを持つ木製の履物……下駄の音を鳴らしながらあなたはドリスの街を散策する。

 冷たい空気が温泉で火照った肌を冷やして非常に心地いい。

 

 各地から人々が集まるドリスには当然様々な種類の店や屋台が軒を連ねており、平時にも関わらず祭さながらの様相を呈している。

 ふと騒がしい方角に視線を向ければ、大道芸人が通行人の目を楽しませたり、吟遊詩人が弾き語りを行っていた。勿論聴衆が投げた石が歌い手や芸人の頭蓋を粉砕し、赤い花が咲いたりはしない。この世界特有の、とても平和な光景がそこには広がっていた。

 

 あなたは芸人ではないが、パーティー会場で演奏を行う依頼を受けた回数は数え切れない。あなたの友人達も同様に。

 

 極まった演奏技術を持つ廃人であるあなたと友人達、そのペット達が全員揃って行うコンサートはまさに天国にも昇る心地だと、国外の人間の間では非常に評価が高かったりする。一方でノースティリスの冒険者の間ではジェノサイドパーティーと呼ばれているが。

 

 今はあなた一人しかいないが、ここのパフォーマーのシマを荒らすのも楽しそうだ。

 ノースティリスの冒険者特有の思考、もとい特に理由の無い嫌がらせが温泉で精神の箍が弛んだあなたを支配しかける。

 しかし残念ながら愛用の楽器であるストラディバリウスはアクセルの自宅に置いたままだ。あなたはパフォーマー達に乱入するのを断念した。

 

 それにしても、思えば長く演奏をやっていない、とあなたは吟遊詩人を見て思う。少なくともこの世界に来てからは一度も楽器を弾いていない。

 あなたの演奏の腕が錆び付く事など早々有り得る事ではないが、この旅行が終わったらアクセルの広場で軽く一曲弾いてみるのも悪くないかもしれない。

 

「何が楽しくて野郎二人で観光地を練り歩かねばならんのだ。一人で寂しくゴロゴロしてるよりは遥かにマシとはいえ……恐ろしく空しいぞ、これは」

 

 今後の予定を立てるあなたの隣でベルディアがぶつくさと文句を言っているが、温泉でテンションを上げたウィズが温泉巡りに行ってしまったので仕方がない。

 ゆんゆんはあなた達とウィズのどちらに同行するか迷った末にウィズの側に付いた。温泉を巡れば巡るだけ、その効能で狂気度が減少すると思われるので頑張って付き合ってあげてほしい。

 ウィズとしても一人よりは二人の方が楽しめるだろう。

 

 あなたもベルディアも温泉は嫌いではなかったが、一日に五回も六回も連続で温泉を堪能する趣味は持っていないのだ。何より性別が違う。

 結果として、今日の所は男女に分かれて普通に観光する事になったわけである。

 

「それになんだ……この履物、下駄だったか? 歩きにくくて仕方無いな。物珍しいから履いてみたものの、素直にサンダルにしておくべきだった」

 

 渋面を浮かべるベルディアに対し、ノースティリスにも下駄はあったあなたはある程度履き慣れている。確かに歩きにくいが、これはこれで風情があるものだ。戦闘にはまるで向いていないが。

 

「言いたい事は分からんでもないがな……。ええい、なんぞ美味い物でも食わんとやってられん」

 

 などと言いながらも先ほど買った温泉饅頭を頬張りながら付いてくる辺り、彼は立派なツンデレである。

 難儀なキャラをしているとは思う。

 男のツンデレとか誰得だよ、とは誰の言葉だったか。

 

 内心でどうでもいい事を考えていると、あなた達と同じように旅行で来ているのであろう、貴族の子弟と思わしき三人の金髪の少年たちと擦れ違った。

 

 

「さっきの二人、凄かったな。茶髪の人と黒髪の子」

「どっちも滅茶苦茶美人だったし、ほら、アレもおっきかったし……」

「ナンパしようとしたら茶髪の人にものっすごい綺麗な笑顔でお断りされたけどな。なんでか知らないけど背筋が寒くなった」

 

 

 少年たちはナンパに精を出していたようだ。

 三人揃って災難に出くわしそうな顔立ちをしていたが、今の所は三人とも楽しそうなのできっと気のせいだろう。

 

「ご主人はナンパとかやりそうにないな。真面目ってわけじゃないんだろうが、興味自体が無さそうだ。楽隠居した老人みたいだし」

 

 駆け出しの頃ならともかく、今のあなたに赤の他人にそういった目的で声をかける気はない。

 神器を持っていたら話は別だが。

 ベルディアはナンパをしたいのだろうか。

 

「ふむ。折角の旅行なのだから、俺も今だけのアバンチュールとか期待してみたい所ではある。人生に潤いは大事だと、今なら心底思うぞ……」

 

 ペットの欲望がだだ漏れすぎて困りものである。

 だが嫌いではない。

 そんなとても頭の悪い会話をしていると……

 

「ううっ、これ歩きにくいよぉ……普通に靴履いてくれば良かった……」

 

 まるで先ほどのベルディアと同じような事を言いながら、あなたの視界の端で長い耳をした長い金髪の少女が下駄に悪戦苦闘していた。

 年齢は十歳ほどだろうか。

 一見するとごく普通の色白のエルフの少女だが、ウィズやベルディア、バニルといった相手で慣れ親しんだ魔の気配が彼女がエルフとは全く別の生物だとあなたの知覚に訴えかけてくる。

 人外が堂々と観光地を闊歩しているのだが、これは大丈夫なのだろうか。

 それとなく周囲を観察するも、彼女を狙っているような者はあなたの知覚範囲内には見受けられない。

 

「エルフの娘か。見目が整っているのは認めるが、潤いと呼ぶには少し子供(ガキ)すぎるな。俺の好みではない」

 

 肩を竦めるベルディアに、そういえば自分のすぐ隣には元魔王軍幹部がいたのだった、とあなたは思い直す。

 少女も周囲に正体を気付かれていないようだし、ここは観光地だ。魔族が保養地に来てはいけないという法律は無い。今は野暮な事を言うのは止めておくとしよう。

 

 街中で本性を現して暴れだしたのなら、即刻縊り殺せばいい。たったそれだけの話だ。

 あなたは自分のあまりに完璧なプランニングに自画自賛したい気分になった。

 

「なんだなんだ、ご主人はああいうのもいける口か? この数寄者め」

 

 金髪少女に注視していたあなたに何を勘違いしたのか、ベルディアがニヤニヤして軽く肘打ちしながら問いかけてきた。

 あなたはあの少女に対して思う所は何も無い。

 一切感情を動かさないあなたの冷めた表情と声色から嘘では無いと察したのだろう。ベルディアはつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「貧乳はご主人の好みではないか。折角の機会なのだから、ウィズにご主人が浮気していたと告げ口してやろうと思ったのだがな」

「……きゃっ!?」

 

 浮気の前提条件を満たしていないと主張しようとした所で、背後から小さな悲鳴が聞こえた。

 ベルディアと共に声の方に目を向ければ、先ほどの少女が転倒していた。

 

「いたた……」

 

 どうやら足を挫いてしまっているようだ。

 慣れない下駄のせいで足を踏み外してしまったのだろう。

 少女がいる場所は他の人間からは死角になっているようで、誰も彼女の元に行く気配は無い。

 

「やれやれ……」

 

 見かねたのか、ベルディアが嘆息して少女の方に足を運んでいく。

 どうやら彼女を助けてあげるつもりらしい。

 あなたは何を言うでもなく、ベルディアの後に続いた。

 

「おいお前、大丈夫か?」

「えっ……」

 

 顔を上げた少女の顔が小さく強張る。

 

「足を挫いているようだな。回復魔法を使える奴を呼んできてやろうか?」

「えっ!? あ、いえ、お構いなく! そこまで酷くはないので!」

 

 慌てて首を横に振る金髪少女。

 心なしか顔が青くなっている気がしないでもない。

 怪我をした幼い外見の少女の前に大の男が二名である。

 なるほど、怯えるには十分すぎる理由であった。衛兵を呼ばれてもおかしくはない。

 

「ほらこの通りってぁ痛った何これいったい!?」

 

 挫いた方の足で片足立ちして跳んだ挙句、盛大に悶え始めた。中々に愉快な少女である。

 

「挫いた方の足に体重をかければそりゃあ痛いだろ……」

「ううっ……」

 

 目に涙を浮かべて足を擦る少女の足は、無茶をしたせいで赤く腫れ上がってしまっていた。

 非常に痛々しい。

 

「なあ、やっぱり回復魔法をかけた方がいいんじゃないのか?」

「大丈夫です、大丈夫ですから!」

「やれやれ……」

 

 頑として魔法での治療を拒む少女に再度嘆息したベルディアは何を思ったのか、少女の傍に近寄ってしゃがんだかと思うと、少女をそのまま抱え上げた。

 

「きゃあっ!?」

 

 まさかのお姫様抱っこである。

 初対面の幼い少女を、厳つい大の男が抱えている。

 これは大丈夫なのだろうか。衛兵案件ではないのか。

 あなたはベルディアの主人として、この大胆極まりない行為にどう対処すべきか頭を捻り始めた。

 

「あ、あのっ!?」

「泊まっている宿はどこだ? 送っていってやる」

 

 羞恥からか、顔を真っ赤にした少女に対し、ベルディア本人はいたって真顔である。全くそんなつもりなど無いのだろう。むしろ女だと思っていない可能性が非常に高い。

 しかしどれだけ控えめに言っても、犯罪臭しかしない光景であった。

 他人のフリをした方がいい気がしないでもない。

 

「あ……ありがとうございます……」

 

 少女と戯れるベルディアを見て、あなたはふと、オパートスの狂信者の事を思い出した。

 

 彼――性別は無いが、便宜上ここでは彼と呼ぶ事にする――の種族は巨大なゴーレムで、友人内で随一の頑健さと怪力を誇る。あと口から物凄い威力のビームを発射する。雑魚散らしに非常に有用だ。

 

 そんな彼の正体はマニ信者曰く、かつて世界を焼き尽くしたモノの最後の生き残りだとか、圧倒的な武力を用いて争いに対し終止符を打つという目的で創造された人工の神だとかいう話だが、記憶を完全に失っている本人もあなた達も興味はなく割とどうでもいいと思っている。

 

 そして彼は何を隠そう、人間の子供が大好きで、大好きで、大好きなのだ。

 

 

 

 彼は本当に人間の子供が大好きだった。

 

 彼は人間の子供が庇護する対象として大好きだった。

 

 彼は人間の子供が性的な意味で大好きだった。

 

 彼は人間の子供が食料的な意味で大好きだった。

 

 

 

 彼はショタコンでロリコンで人肉愛好家である。

 外見年齢が二桁を超えたらジジイババアと公言して憚らない彼のペットは当然の如く全員が幼い子供である。

 信仰する神から直々に賜った下僕……黄金の騎士すらも若返りの薬で幼女化させている辺り筋金入りだ。

 

 十歳以上の人間の肉を食わせると、拒食症を発症する勢いで盛大に吐く。吐いた後よくもこんな汚物を食べさせてくれたな、と烈火の如く怒り狂って口から廃威力の光線を乱射して周囲を草木の一本も残らない更地にする。怒り狂った後三日間は高熱を出して寝込む。

 

 ベルディアが抱えている少女は、年齢的にはギリギリ射程圏内だろう。食料的な意味で。

 

 一般人からしてみれば度し難いとしか表現のしようが無いが、所詮廃人なんてあなたも含めて皆こんなものだ。彼も再起動して始めの頃はマトモだったらしいのだが今はご覧の有様である。

 ちなみに友人内で唯一のロリっ子であるマニ信者は特にそういう目で見られていない。

 本人曰く、合法ロリも合法ショタも大好物。でもTSはちょっと……との事である。彼に限った話ではないが、偏食が酷すぎて実にどうしようもない。

 

 

 

 

 

 

 さて、あなた達が少女に案内されたのは町外れに立つ一軒の大きな旅館、その最奥であった。

 あなたが宿泊している旅館に負けず劣らずの宿であるからして、彼女はもしかしていい所のお嬢様だったりするのだろうか。人外だが。

 

「随分といい所に泊まっているんだな」

「え、ええ、はい……友達と一緒に来てるんです」

 

 ここまで足を痛めた少女はずっとお姫様抱っこのままベルディアに担ぎ上げられ運ばれていたので、二人は非常に衆目を集めていた。

 ベルディア本人は全く気にしていなかったが、少女はそうもいかないようで顔をリンゴのように真っ赤に染めている。

 そして、案内されるままに辿り着いた大部屋の扉をノックする。

 部屋の鍵は閉まっていなかったようで、そのまま誰かが扉を開け放った。

 

「うおっ……」

 

 中を見て、ベルディアが思わず、といった感じで感嘆の声をあげた。

 

 女、女、女である。

 

 あなた達を出迎えたのは十数名にも及ぶ美女と美少女の集団。

 下は十代半ばから上は三十路前後だろうか。

 皆が皆一様にむせ返るような色香を放っており、どういうわけか部屋を訪れたあなたとベルディアに熱い視線を送ってきている。

 

 揃いも揃って浴衣を着崩している辺り、すわ娼館にでも迷い込んだのか、と疑いたくなる光景であるが、当然の如く彼女達全員が人間ではない。

 あなたは早くも嫌な予感しかしなかった。

 ゆんゆんがいなかったのは不幸中の幸いだろう。この環境は彼女の情操教育に最高によろしくない。

 

「すみません、わざわざありがとうございます」

 

 一行のリーダーであろう、スタイル抜群の長い青髪の美女がニッコリと妖艶に微笑んだ。

 殆ど半裸に近い状態まで肌蹴ている浴衣からは、男を誘うように胸の谷間と肉つきのいい太ももが顔を覗かせている。案の定視線を釘付けにされたベルディアが鼻の下を伸ばし、腕の中の金髪少女が何故か頬を膨らませていた。

 

 ふと、青髪の女性と彼女を注視していたあなたの目が合う。

 媚びる様な、色気を全面に押し出した蠱惑的な微笑はノースティリスの娼婦を連想させた。

 

 主に無法者が集まる街で活動する彼等彼女等は、人目を憚らずに街中で突然まぐわい始める程度には節操が無い。

 

 そして、部屋の中の女性達からは彼等と同レベルの匂いがする。

 

 つまりどういう事かというと、幾ら煽情的な流し目を送られようとも、商売女やそれに類する者が相手ではあなたは全く興奮しないのだ。これは最早習性に近い。

 無論職の貴賎を問うつもりはないし、冒険者という不安定な稼業に就いているあなたに彼女たちをどうこう言う資格も無い。ただ興奮しないだけだ。

 

 しかしあなたは興奮こそしないものの、その美貌やスタイルよりも彼女の持つ戦闘力に目を付けていた。

 ウィズやバニルはおろか、今のベルディアにも及ばないものの、この世界で今まで会ってきた者の中では指折りの強さだ。

 他の女性たちもリーダーに及ばないとはいえ、中々に出来る面子が揃っている。

 一体何の集まりなのか。というか彼女達は何者なのだろう。人間でない事だけは確かなのだが。

 

「ふふっ……申し訳ありません。よろしければその子を布団に寝かせていただけますか?」

「お、おう。了解した」

「そちらのあなたも。お礼にお茶とお菓子をお出ししますわ」

 

 控えめに言って遠慮しておきたかったが、ベルディアを一人にするのもよろしくない気がした。

 言われるままにあなた達が部屋に足を踏み入れると、部屋中に充満する、非常に強い雌の臭いがあなたの鼻を突く。

 

 食虫植物は餌である虫を誘う為、甘い香りを出すのだったか。

 あなたはふとそんな事を思い出した。

 

 緑色のアレに囲まれた状況を思い出して眉を顰めたくなった。おまけに微かに薬臭までしてくる始末。今の所体調に問題は発生していないが、あまり長居すべきではないだろう。ベルディアの、そして自身の為にも。

 

「ここでいいか?」

 

 ベルディアが足を怪我した少女を布団に下ろした所で、ガチャリと背後で扉の鍵を閉めたかのような音が鳴った。

 

 振り返ればあなた達を部屋に招きいれた女性が扉を守るように背にしている。まるでここからは逃がさないといわんばかりに。

 その表情はどこまでも艶然としており、更に彼女に気を取られた瞬間、気付けばあなたとベルディアは周囲を部屋中の女性達に包囲されていた。

 

「飛んで火に入るなんとやら……」

「男……強い男だわ……」

「ヤっちゃう?」

「ヤっちゃわない?」

「そうだね、ヤっちゃおうよ」

 

 誰も彼もが餓えた獣のように双眸をギラつかせ、あるいは艶やかな眼差しを送り、舌なめずりしながらあなた達にジリジリと近付いてきた。

 あなた達がこの部屋を訪れる原因となった金髪の少女を、遅まきながら何かを悟ったベルディアが怒鳴って睨み付ける。

 

「俺達を嵌めたな!?」

「違うんです誤解ですごめんなさいごめんなさい! じっとしてたらすぐ終わりますから!」

「嘘つけバーカ! どう考えてもすぐ終わるってレベルじゃないだろ!」

 

 まあ、こうなるだろうな。

 あなたはどこまでも冷めた頭で状況を俯瞰していた。

 

 状況は奇しくもベルディアが望んだものに近い。

 女体祭である。ハーレム展開に笑えよベルディアといった感じだろうか。

 

「ご主人、よく落ち着いて聞いてほしい。通常、世間一般では関わり合いになりたくない女に囲まれる事をハーレムとは言わないのだ」

「そんな酷いっ!?」

「どう考えても酷いのはお前等だからな?」

 

 なるほど、道理である。返す言葉も無い。

 仮に緑色のアレに囲まれたとしても、あなたは断じてそれをハーレムだとは認めないだろう。

 

 ベルディアの真顔から繰り出された、いっそ悲痛ですらある主張に納得していると、どこかでキィン、と小さい金属音が鳴った。

 嫌な予感がしたあなたが反射的にベルディアの腕を掴みテレポートによる離脱を試みるも、どういうわけか不発に終わる。

 

「男にだけ効果のある魔封じの結界を張らせてもらったわ! これでテレポートは使えないわよ!」

「グッジョブ! 最初に食う権利をやろう!」

「好き放題ヤっちゃっていいわよね?」

「折角の旅行なんだし、たまには少しくらいハメを外しちゃってもいいわよね? まあハメさせるんだけどね!」

「お前等がパパになるんだよ!!」

 

 残念な事に離脱は一足遅かったらしい。

 人外が結界とは随分と器用な事だと盛大に舌打ちする。

 

「ちょっと人助けしてみたらこれだ。世界が俺に優しくなさすぎて何かに呪われてるんじゃないかと」

「大丈夫大丈夫、優しくしてあげるから」

「頼むから少しはまともに会話する努力をしろ!」

 

 やる気満々な相手を前にしたあなたは説得を試みるか考え、一瞬でその脳内プランを破却した。

 とてもではないが話が通じる手合いだとは思えない。隙を見せた瞬間一気に性的に、あるいは物理的に捕食される未来が透けて見えている。

 

「ところでさっきから魅了(チャーム)使ってるんだけど、全然効果が無い件について」

「つまり極上の獲物って事ですよね?」

「さきっぽだけ、さきっぽだけだから!」

「そのすました顔を滅茶苦茶にしたい……性的な意味で……」

「駄目だこいつ等……早くなんとかしないと……」

 

 息を荒げて少しずつと包囲を狭めていく美女の姿をした肉食動物の群れ(ケダモノ達)に対し、現在あなた達が取れる選択肢は三つに一つだ。

 

 即ち、尻尾を巻いて逃げ出すか。

 情け無用の残虐ファイトを解禁するか。

 例によって死なない程度にぶっ飛ばすか。

 

 恐らくノースティリスのテレポートであれば逃げられる。壁をぶち抜いてもいいだろう。

 しかし逃げ出そうものならば野獣と化した彼女達は地の果てまでも追ってくる気がしてならない。

 では残虐ファイトか。相手は推定人外だし別に何をしても構わないだろう。あなたとしても全く躊躇いは無いのだが、日頃使っている神器は宿に置いたまま出てきてしまった。まさかこの平和な世界の、それも観光地のど真ん中でエンカウントが発生するとは思っていなかったのだ。己の見積もりの甘さとどれだけ平和ボケしていたかを痛感する。

 素手で縊り殺すか愛剣を抜くべきか逡巡するも、屍山血河を築き上げてしまえば宿の持ち主が激しく迷惑してしまう事に思い至る。

 それに一人や二人行方不明になるならばともかく、相手は数十人もの団体様だ。

 大量失踪や殺人事件など起きてしまっては騒ぎになるのは避けられないだろう。折角の慰安旅行がそれどころではなくなってしまう。残念だが彼女達を殺すのは止めておこうとあなたは己を戒める。

 

 しかし、殺してはいけないという事は、裏を返せば殺さなければ何をしてもいいという事である。少なくともあなたはそう思っている。

 いつだって力任せのゴリ押しは万能の解決手段なのだ。この手に限る。

 

「かかってこいやあああああああ!!」

「タマとったらああああああああ!!」

 

 覚悟を決めたベルディアがやけっぱちに雄叫びをあげ、血に餓えたケダモノ達が飛び掛ってくる。

 かくしてドリスの一角の一旅館で決して歴史に残る事の無い、むしろ絶対に残してはいけない、しかし当人達にとってはいたって真剣な大乱闘が幕を開けた。




《オパートスの狂信者》
 遠い昔、世界を七日で焼き尽くしたモノの最後の一体。
 見た目がゴーレムっぽいのでゴーレムという事になっている。
 浮いたり飛んだり出来るし、口からなんか凄いビームを吐く。
 ちゃんと時間をかけて再生したので腐ってない。

 牧場を多数経営している。
 縦一列に並んで螺旋状に回るダンスが持ちネタ。

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