このすば*Elona   作:hasebe

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第44話 ぽわぽわでぽかぽかでぽよぽよでぷりてぃ

 あなた達がアクセルからドリスへ発ったのは、まだ日が昇って間もない朝方である。

 アクセルからドリスへの距離は、モンスターの襲撃のようなイベントが起きず、順調にいけば馬車でおよそ二日。

 

 あなたとしては旅の最中に他の冒険者や隊商の人間から何かしら接触があるかもしれないと思っていたのだが、今の所、あなた達に近付いてくる同行者はいない。

 あからさまに距離を取られてこそいないが、積極的に絡んでくる者達もいない。

 

 原因としては、誰かがあそこは頭のおかしい所とか最終兵器ご一行、のような事を言っているのを耳にしたので恐らくそれだろう。

 

 非常に不本意ながらも頭のおかしいエレメンタルナイトの呼称が根付いて久しいあなたは言うに及ばず、ウィズもアクセルでは高名なアークウィザードとしてかなりの有名人である。

 更にデストロイヤー戦で活躍したベルディアとゆんゆんも、アクセルの冒険者の間ではそれなりに名前が売れていたりする。

 トドメに全員が高レベルな上級職のパーティーと考えれば、最終兵器呼ばわりは納得いかないでもない。

 

 そんな穏やかで、しかし非常に退屈な馬車に揺られながらの旅のさなか、何を思ったのか、ゆんゆんが唐突に切り出した。

 

「その子、可愛いですよね。人懐っこいですし」

 

 しっかりと睡眠をとって元気になった彼女が指差した先にいるのは、ウィズの膝の上で大人しく丸まっている白猫である。

 確かにこの猫は非常に大人しく人懐っこい。

 友人のペットの黒猫のように、命を刈り取る形をした大鎌で惨殺した敵の装備品を舐めて強化したりはしない普通の猫だが。

 

「猫といえば、めぐみんも猫を飼ってるんですよ。ちょむすけっていう黒い猫なんですけど」

「ちょむすけ」

 

 ちょむすけ。

 

 ネタ種族こと紅魔族、彼等のネーミングセンスはこの世界の一般的なそれとは一線を画している。

 あなたの知る名前だけでもゆんゆん、めぐみん、ひょいざぶろー。

 しかしちょむすけもあなたからしてみれば、紅魔族らしい随分と個性的な名前だと思う程度だ。

 もょもと、みたいな発音不可能な名前だったりしないだけマシである。

 

 だが、なんとなく感想を言うタイミングを逃してしまった。ウィズもあなたと同様らしい。異邦人であるあなたや、天才特有の感性のズレを持つウィズと違い、この世界における極めて普遍的な感性を持つベルディアは普通に呆れていたが。

 結果として、えもいわれぬなんとも気まずい沈黙が周囲を支配する。

 やらかしたと自覚したゆんゆんが顔を赤くし、ややあってベルディアが口を開いた。

 

「その、なんだ。それはお前が名付けたのか?」

「な、名付け親はめぐみんですから! 私はクロちゃんって名前にしたかったんですよ!?」

「お、おう」

 

 こほん、と気まずさを誤魔化すように小さく咳払いしてゆんゆんは続ける。

 

「それでなんですけど、その子、名前を付けてあげないんですか? 皆さんの家で飼ってるんですよね?」

「この子は迷子だから保護してあげているだけで、飼っているわけじゃないんです。だから名前は付けてないですね」

 

 少なくとも今の所はそうなっている。

 あなたとしてはそのうちウィズが名付けるとばかり思っていたので名前の件については完全に放置していたのだが、そんなそぶりは見せていない。

 

「名前を付けて情が湧いちゃうと、お別れする時に辛いですからね……」

「とっくに手遅れな気がするのは俺だけか?」

「そ、そんな事は……無いと、思うんですけど」

 

 ベルディアの意見に、あなたとゆんゆんは賛同の意を示した。

 ウィズは情が深い女性だ。散々可愛がっている猫に対して今更お別れと言われてアッサリはいそうですか、ではさようなら。とはいかないだろう。

 更にあなたはウィズがこの猫用の家具や玩具をコッソリと買い揃えている事を熟知していた。

 といっても店の運営資金に手をつけているわけではなく、あなたが渡しているウィズが自由に使っていい生活費という名のお小遣いで買っているのである。

 小遣いについては勿論ベルディアにも渡している。ベルディアはあなたのペットなので当然だ。

 

「なんだかんだ言って、コイツが住み着いて暫く経つよな。飼い主も全然見つかっていないようだし、いい加減名前くらいは付けてやってもいいんじゃないのか?」

「……そう、ですかね……?」

 

 どこか期待するかのようなウィズの確認にあなたは頷く。

 ゆんゆんとベルディアの言うとおり、いい機会なので名前を付けてあげてもいいだろう。

 あなたとしても、仮にも一緒に住んでいる以上、いつまでも白猫だの迷子の子猫だのと名前とは呼べない名前で呼ぶのはどうかと思わないでもなかった。

 

 そしてあわよくば、このままペットとして飼ってもいいのではないだろうかとも思う。

 あなたはマニ信者のように猫が嫌いな人間ではないのだ。

 勿論このペットとは仲間ではなく、愛玩動物としてのペットだ。

 

 

 

 さて、そんなわけで白猫に名前を付ける事になったわけだが。

 中々いい名前が思い浮かばずに悩むあなた達を尻目に、ゆんゆんが勢い良く手を挙げた。

 

「シロちゃんっていうのはどうですか?」

「お前三毛猫だったらミケ、犬だったらポチとか名付けるタイプだろ」

 

 ベルディアが半目で即答し、ゆんゆんがビクリと表情を強張らせる。

 

「な、なんで分かるんですか!?」

「いや、なんでってお前……なあ?」

 

 恐らくゆんゆんのネーミングが安直だと言いたいのだろう。

 黒猫だからクロ。白猫だからシロ。非常に分かりやすくていいと思うのだが。

 

「そういえばご主人のネーミングセンスは安直を通り越して軽く終わってたな。同意を求める相手を間違えたか」

 

 ゆんゆんは知らないが、ベルディアはかつて対外的な呼称として、今のベアではなくあなたからポチと名付けられそうになった経緯を持っている。

 それを思い出したらしい。

 あなたは今も割と似合っていると思っているのだが。

 

「とりあえず俺としては、シロっていうのはちょっとな。呼びやすいのはいいんだが、流石にありふれすぎてるだろ。もう一捻り欲しいところだな」

「では、ゆんゆんさんの案に一文字だけ追加して、マシロっていうのはどうでしょうか?」

「あ、私は可愛いと思います!」

 

 雪のように全身真っ白な毛並みの猫だからマシロ。

 ウィズの言葉に反応したかのように、白猫がウィズの手に頬ずりしながらにゃあ、と鳴いた。どうやら名前を気に入ったようだ。

 

「ふふっ、じゃあ、これからもよろしくお願いしますね、マシロちゃん」

「……まあ、いいんじゃないか?」

 

 そんなわけで、白猫改めマシロがあなたの家のペットになる可能性が更に高くなったわけだが。

 純なゆんゆんとウィズはよく分かっていないようだが、あなたはベルディアが先ほどの発言において、言外にこう言っていると理解していた。

 

 ――シロだと擬人化した時になんか呼びにくいだろ、常識的に考えて。

 

 ベルディアがそこまで擬人化を求めていたとは思わなかった。

 よしんばマシロが何かの奇跡で擬人化したとしても、言語や習性の壁が立ちはだかると思うのだが。

 ノースティリスの妹猫は服を着るが、マシロがそのまま擬人化した場合は常に全裸の可能性が非常に高い。

 いや、まさかそれ(全裸)を狙っているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなこんなを経て、特にこれといって魔物の襲撃といったイベントも道中の事故も無く、早くもなく遅くもない、極めて適正な時間をかけてあなた達はドリスに到着した。

 強力なモンスターのいない地域、更に多数の人が群を為しての隊商である以上はこれが普通である。そうそうモンスターの襲撃などあろう筈が無いのだ。

 

「わぁ……!」

 

 まるで子供のように目を輝かせ、ウズウズと今にもどこかに飛び出していきそうなのは、ゆんゆんではなくお風呂が大好きなぽわぽわりっちぃだ。とても可愛い。

 ドリスの街のあちこちからは白い湯煙が立ち上っているのが見え、あなたもよく知るところである、温泉街特有の硫黄の匂いが鼻を突く。

 賑やかな街中では様々な種族の観光客がいろとりどりの浴衣を着用し、温泉の効能で肌をつやつやにさせて食べ歩きや温泉巡りを行っている。

 

 そんなドリスは各地から人々が集まる一大観光地だけあって、幾つもの温泉宿が軒を連ねている。更に各地へのテレポートサービスも充実していたりするらしい。

 そして観光地なのだから、ドリスには当然ノースティリスの温泉街であるラーナと同じように、土産物屋があるだろう。モンスターボールや宝の地図は売っているだろうか。今後の為に、狂気を癒すユニコーンの角も仕入れておきたいところだ。

 早速顔を出して品揃えを確認してみるかと考え、流石に来たばかりでそれは気が早すぎると自省し、ラーナではないこの地にそもそも自身が求める品々が売っているわけがない事に思い至る。

 苦笑するあなたに、それを温泉が楽しみで仕方ないと全身で表現している自身に向けられたものと勘違いしたのか、ウィズが若干恥ずかしそうに顔を赤くしていた。

 

 

 

 

 暫しドリスの街中を観光しながら宿泊するのによさげな宿の聞き込みを行ったあなた達一行だったが、やがて一軒の旅館に辿り着く。

 旅館は巨大な平屋の木造建築で、奥深さも相当のものだ。

 あなたはこの世界ではこの地で初めて見る、しかしラーナの建築様式に近い建物の一つなのでここを選んでいたりする。

 

 ベルディアがあなたの隣で感慨深そうに口を開いた。

 

「さっき聞いたんだが、こういうのをワフウ建物っていうらしいな。観光客が着ている服も独特だし、まるで別の世界に来たかのようだ」

 

 あなたからしてみればむしろ郷愁にかられるくらいなのだが、この世界の者にとっては新鮮なものらしい。

 さりとて、旅館自体は中々によさげな感じである。ベルディアも立ち上る高級旅館の気配にご満悦だ。ウィズは先ほどから街中で手に入れた温泉マップを穴が開かんばかりに読み込んでいる。ブツブツと温泉の場所と効能を小声で呟いており少し怖い。

 

「こ、ここってかなりお高いのでは……?」

 

 恐る恐る聞いてくるゆんゆんの言うとおり、あなた達が訪れたのはアクセルの駆け出し冒険者達がお世話になっている宿とは値段の桁が違う宿ではある。

 だがあなたは特に理由も無く、強いて言えばライフワークとして様々な依頼をこなす事で多くの収入を得ている高給取りである。

 高級宿に一ヶ月程度宿泊した所で懐は全く痛まない。

 それにあなたはここ最近ウィズの店で散財していないので、金ならあるのだ。

 

 何より今回は折角の慰安旅行である。

 ゆんゆんやベルディアを置いても、温泉を楽しみにしているウィズの為、そして異世界の温泉を地味に楽しみにしている自分の為。あなたは金に糸目をつける気など一切無かった。

 

「まあご主人の事だ。慰安の為とか言いながらも、その実どうせ自分がこの宿に泊まりたかったから選んだに決まっている。高レベル冒険者は基本的に金銭感覚が狂っているからあまり気にしない方がいいぞ」

 

 大体合っている。

 無論高いから良い、安いから悪いと断言する気は無いが、あなたは初めてドリスに来たのだから、穴場や秘湯など知っている筈も無い。故にこうしてある意味では無難に、宿泊費が高くとも評判の良い旅館を選んだわけだ。

 

 

 

 

 あなた達が旅館に足を踏み入れると、割烹着を着た金髪のエルフがあなた達を出迎えた。

 微妙に違和感が凄いが、事前に話し合っていた内容を告げる。

 

「四名様……三泊四日、朝食と夕食つきですね」

 

 今回の旅行にあたり、あなた達は部屋を二つとる事にしている。

 勿論男部屋と女部屋だ。

 ゆんゆんはお金が勿体無いので一部屋でいいと遠慮がちに主張したが、多数決で二部屋に決定した。当たり前である。

 

 これがあなたとウィズとベルディアの三人しかいないのであれば、一部屋だった可能性は無くはない。三人は元より一つ屋根の下で生活しているし、ウィズとしても折角の旅行で一人寂しく寝泊りするというのも退屈だろうから。

 

 しかしゆんゆんは冒険者とはいえ、まだ十三歳と年若く、引っ込み思案で恥ずかしがり屋な少女である。

 無論あなたはゆんゆんを性的にどうこうするつもりなど一切無いが、そんなゆんゆんに大の大人の男であるあなたやベルディアと一緒の部屋で寝泊りさせるというのは、些か酷というものだろう。あなたにもそれくらいの思いやりは出来るのだ。

 日々を終末で過ごし、基本的に休日は寝て過ごすせいであまりゆんゆんとの絡みの無いベルディアはともかくとして、あなたはゆんゆんの友人だがそれはそれ、これはこれだとあなたは思っている。

 

「……あの、本当に私、お金を払わなくていいんですか?」

 

 カラフルな着物を着た女中達に荷物を預け、案内された部屋に向かう途中、おずおずとした声でゆんゆんがこう言った。

 宿泊の際、宿代を全額あなたが負担したのでその事を気にしているらしい。

 人数と宿泊日数を合わせてそれなりの額になったのは確かだ。

 しかし今回の湯治は一応だが彼女の修行の一環として来ているのだから、引率者としてあなたが金銭面で面倒を見るのは当たり前である。

 そして一連の報酬はマナタイト結晶という形で前払いされている。ゆんゆんに自腹を切らせる理由はどこにも無い。まあ土産物くらいは自分で買ってもらうつもりだが。

 

「あ、明らかに報酬額に見合ってないと思うんですけど……レベルも凄く上がっちゃってるし……」

「こういう時は素直に甘えておくものですよゆんゆんさん。お金は大事なんですから」

 

 恐らくはこの面子の中で圧倒的に金を溝に投げ捨てる技術に長じているであろう、かつて凄まじいまでの生活苦に襲われていた、アクセルでも評判の極貧リッチーがしたり顔で何かを言っていたが、あえてそれに言及しないだけの優しさがあなたやベルディア、そしてあなた達との世間話でそれを知っているゆんゆんにも存在した。

 

「あの、どうして皆さん揃って明後日の方角を見てるんですか?」

「気のせいだぞ」

「え、でも……」

「気のせいですよウィズさん」

 

 最後、あなたに視線を投げかけてきたウィズに向けて無言で頷く。

 ウィズの気のせいである。

 

「えぇー……」

 

 そういう事になった。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ早速だが、俺は温泉に入ってくるかな!」

 

 男部屋に案内され、適当に荷物を整理したところでいそいそと着替えを持って出かけたベルディアを見送る。

 全身から期待感を溢れさせていたようだが、彼は彼なりに温泉を楽しみにしていたのだろうか。

 あなたの家で過ごす限り、別段ウィズのように入浴が好きとは思えなかったのだが。

 

 ……だが、あなたはそこでふと聞き込みを行った時の事を思い出した。

 そう、混浴である。この旅館の温泉には混浴が存在するのだ。

 

 あなたはどうするかと考え、すぐに何もしなくていいかと結論付ける。

 混浴を期待して温泉に突貫したなど、流石に邪推が過ぎるというものだ。

 あなたはベルディアの主人だ。しかし仮にベルディアがスケベ心を出して混浴に入ったのだとしても、それを止める権利は無い。

 真正面から堂々と混浴に行っただけであって、覗きを働くわけではないのだ。少なくとも直接触らない限りは合法である。

 彼に裸を見られたくないのならば、普通に女湯に行けばいい。

 

 さておき、一通り荷物を整理したあなたはウィズ達が泊まっている部屋に向かう事にした。

 混浴に入るのであれば止める気は無いが、一応注意だけはしておくべきだろう。

 そう考えたあなたが部屋を出た所で、偶然にも同じタイミングで隣の客室から出てきたウィズ達と顔を鉢合わせる事になった。

 二人が持っている荷物と着替えを見るに、早速温泉に入りに行くのだろう。

 あなた達が泊まっている宿は街でも有数の温泉を引いていると聞いて、ウィズが目を輝かせていたのをあなたはよく知っていた。

 

「あれ? ベアさんは一緒じゃないんですか?」

 

 小首をかしげながらのウィズの問いかけに、ベルディアは一足先に温泉に行った旨を告げる。

 ところで二人は女湯と混浴のどちらに行くつもりなのだろうか。

 もし混浴に行くのであれば、ベルディアがいる可能性が非常に高いので気をつけてほしいのだが。

 

「こ、混浴!? ウィズさん!?」

 

 ゆんゆんが顔を朱に染めて一歩引き、ウィズが苦笑を浮かべた。

 

「勿論私達が行くのは女湯ですよ。ゆんゆんさんがいますし、何より混浴は、なんていうか、その……正直ブレイブが足りてないといいますか……他の男の方に見られるのは普通に嫌ですし……」

「……あれ? でもこの紙には、このお宿の混浴時間は深夜だけって書いてますよ?」

 

 ほっとした様子のゆんゆんに言われるまま、壁の張り紙を見る。

 確かにここの温泉は、あまり客が温泉に入らなくなる深夜帯になると、温泉の掃除の為に日替わりで混浴になる仕組みになっているようだ。

 張り紙には偶数日に女性、奇数日に男性風呂が混浴と書かれている。

 今日は奇数日なので男湯が混浴だ。

 

 ベルディアの真意はさておき、三人とも温泉に行くのであればあなたは暇になってしまう。

 かといって一人で観光するのも味気ない。昼過ぎと、入浴するには中途半端な時間だが、あなたも三人と同様に温泉に浸かる事にした。

 

 

 

 

 

 

 着替えを持ち、温泉の入り口でウィズ達と別れ、

 やはり時間が時間なのか、あなたとベルディア以外の入浴客はいない。

 広い温泉が貸切である。実に素晴らしい。

 

「……なんだ、ご主人も来たのか」

 

 なのだが、先に温泉に浸かっているベルディアのテンションが尋常ではなく低い。

 もうこの時点で何を期待していたのかは分かってしまうのだが、あえて何も言わないだけの情けがあなたにも存在した。

 ベルディアは自分の欲望に正直、あるいははっちゃけすぎだと思わないでもないが、幹部をやっていた時からセクハラ三昧していたそうなのでこれが彼のデフォルトなのだろう。

 彼は体格も良く、程よく野性味を感じさせるイイ男だ。性格もいいし、スケベ心を抑えて黙っていれば割と女性に人気が出ると思うのだが。

 

『凄いですね、ゆんゆんさん!』

 

 あなたが温泉を堪能しながらベルディアの考察を行っていると、エコーがかかったウィズの声が聞こえてきた。

 ベルディアと声が聞こえてきた方角に顔を向ける。

 どうやら仕切りの向こう側が女湯になっているようだ。

 やけに楽しそうな声色といい、男湯と同様に貸切状態なのかもしれない。

 

 ふと、あなたは愚にも付かないイタズラを思いついた。

 ここで女湯に向けてベルディアの頭を放り投げたらどうなるのだろうか、と。

 頭部が切り離せるデュラハンならではのアイディアである。

 

「――――殺気!?」

 

 熱い温泉に入っているにも関わらず、身体をブルリと震わせて周囲を警戒するベルディア。

 中々に勘が鋭い。

 勿論あなたはそんな真似をやるつもりは毛頭無かった。今はウィズが女湯に入っているのだから当然だ。

 

 ……まあ、ウィズがおらず、ここがノースティリスであればやっていた可能性はあるのだが。ベルディアは死ぬ。

 

 ちなみに男湯と女湯を隔てる仕切りには覗き防止の結界魔法が張られていた。

 ベルディアを投げ込もうものなら消し炭になっていただろう。

 

 

 

 

 

 

 一方そのころ、女湯では。

 

「凄いですね、ゆんゆんさん!」

「……そうですね」

 

 家の風呂やアクセルの公衆浴場とは比べ物にならない、広大な乳白色の温泉の感動に目を輝かせるウィズとは対照的に、ゆんゆんの瞳はまるで温泉の湯のように加速度的に濁っていっていた。

 その瞳の先に映るものは敬愛すべき己の友人にして、紅魔族すら上回る力量を持つ魔法の師匠。その一部分だ。

 

「そうだ、ここの温泉は飲んでも美味しいらしいんです!」

「そうですね……」

「温泉卵もとっても美味しいらしくて……」

 

 道中で仕入れた薀蓄をニコニコと笑顔で語るウィズ。

 友達が楽しそうにしているのは、ゆんゆんとしても自分の事のように喜ばしい。

 喜ばしいが、それとこれとは話が別だ。

 

(……大きい)

 

 そう、大きい。

 とても大きかった。

 何がとは言わないが、ウィズはとても大きかった。たゆんたゆんでバインバインである。

 にも関わらず本人の人柄もあって下品さは一切感じさせない。むしろ神聖さすら感じる。

 

 大きいのは最初から知っていたが、まさかこれほどとは思わなかった。

 今はタオルを巻いているが、最初にソレを見た時、着痩せするにも程があるだろうとゆんゆんは世界の不平等を呪いたくなった。銀髪の神々しい少女が頻りに頷いている幻覚が見える。

 

(大きいだけじゃなくて、真っ白で、形も綺麗で……腰もすっごく細いし……)

 

 視線を下に向け、ウィズのソレと自分のソレを見比べる。

 

(か、勝てない……勝てるわけないでしょこんなの……!?)

 

 完敗だった。

 何がとは言わないが、ゆんゆんは絶望的なまでの戦力差に打ちひしがれ、泣きたくなった。

 

(何を食べたらああなるの? ウィズさんって最近まですっごく貧乏だった筈じゃ!?)

 

 ゆんゆんの名誉の為に記しておくと、ゆんゆんが持っているソレも十二分に女性の嫉妬を集めるに相応しいモノである。同じ紅魔族の友人であるめぐみんと比較した場合、確実にめぐみんが悲しみを背負う事になるくらいにはゆんゆんも立派なモノを持っている。更にゆんゆんの年齢による成長性を鑑みれば、決して悲観すべきではないだろう。

 

(分かってる、そんな事は私にも分かってるの……でも……でも……!)

 

 だが、そんなゆんゆんをしてウィズは圧倒的だった。

 まるで彼我の魔導の力量差の如きレベルの違いである。

 

 嵐の如く荒れ狂う内心を押し隠し、頭と身体を洗い、温泉に浸かる。

 至福の笑みを浮かべるウィズはゆんゆんの熱い視線に気付いていない。

 気付いていれば頬を赤くして苦笑しただろうが、そんな様もまた魅力的なのだろう。ゆんゆんは漠然とそう感じた。

 

(ぷかぷかって浮いてる……おっきくなるスキルとかあるのかなあ……もっとレベルを上げれば私もあんな風に……)

 

 心地よい温泉に浸かりながらも、軽く現実逃避を始めるゆんゆん。

 記憶には残っておらずとも、養殖の影響は確かに残っていたのだった。

 

 

 

 余談だが。

 これより数年後、大人となったゆんゆんは色々な意味でウィズの愛弟子に相応しいモノを身に付ける訳だが、紅魔族とはいえ未来を見通す術を持たない彼女にそれを知る由はない。

 

 

 

 

 

 

 一年以上ぶりとなる、久しぶりの温泉を堪能したあなたは女湯から出てきたゆんゆんと出くわした。

 ウィズの姿は無い。ベルディアと同様に先に部屋に戻ったのだろうか。

 

「ウィズさんはまだ中にいますよ。お風呂は一緒に出たんですけど、まだ髪を整えてます」

 

 ゆんゆんはウィズが出るのを待っているようだ。

 あなたも彼女を待つ事にした。

 

「……あの、私の頭に何か付いてますか?」

 

 あなたの視線を感じ取ったのか、ゆんゆんがそう言った。

 いつもは編み込みとリボンで綺麗に整えられたゆんゆんのヘアースタイルは、今は完全に下ろしきった自然形になっている。

 中に白い浴衣を着込み、その上から紺色の浴衣を羽織っている事もあってか、あなたはまるで別人のような印象を彼女に抱いた。きっと露出度が急激に下がったからだろう。

 にも関わらず、背中にまで届く緑の黒髪は湯上りという事もあってか、仄かに色気を感じさせる。

 彼女のいつもの髪型はどこか実年齢相応の幼さを感じさせていたのだが、今のゆんゆんはそんな事は全く無く、非常に大人びていた。

 いつもの髪形のウィズと並べば、それこそ本当に姉妹にしか見えないのではないだろうか。

 

 あなたは素直に大人っぽいし浴衣も似合っていると褒めた。

 サラサラの髪が綺麗だとも。

 

「そ、そうですか?」

 

 えへへ、と可愛らしくはにかむゆんゆんに温泉の感想を聞いてみる。

 今回の旅行はゆんゆんの慰安が発端になっている。気に入ってもらえているといいのだが。

 

「……凄かったです」

 

 ゆんゆんは突然真顔になってこう言った。

 心なしか影を背負っているような……むしろ絶望しているようにも見える。

 彼女にとって、そこまでのものだったのだろうか。

 

「はい。白くて、大きくて……信じられないくらい綺麗でした。……なんていうかもう、凄かったとしか私には言えません」

 

 なるほど、確かにこの温泉の湯は乳白色であった。

 露天風呂はとても大きくて綺麗に手入れされており、温泉を頻繁に更地にしていたあなたとしても感動したものだ。

 しかし温泉の話で何故そんなに負け犬がするような顔になってしまうのだろうか。

 これが分からない。

 

「…………まだまだこれからだよね、将来に期待だよね」

 

 あなたの疑問に答えず、何故か俯いて自分の胸に手を当てるゆんゆん。

 彼女なりの風呂上りの健康法だろうか。

 とてもではないが十三歳には見えない今のゆんゆんがそれをやると、そこはかとなく淫靡な雰囲気を醸し出してしまっているのだが。人気が無いのは不幸中の幸いである。

 

「…………」

 

 実際問題、外見はともかく内面は普通の子供であるゆんゆん本人にそのつもりは無いのだろうが、部位が部位なだけにまじまじと見つめ続けるというのもバツが悪いだろう。

 あなたが目の前にいるというのにも関わらず、大胆にも発育のいい胸を浴衣の上からふにふにと揉み始め、しかし何故かテンションを下げていくゆんゆんを放ってあなたは売店で買い物をする事にした。

 ラーナでも売られていた品を見つけたあなたは即決でそれを購入し、マッサージを続けながらぶつぶつと何かを呟き続けていたゆんゆんの頬にぴとりと当てる。

 

「ぴゃあああああ!?」

 

 突然の冷たさに飛び上がって可愛らしい奇声をあげるゆんゆんに思わず笑ってしまう。

 

「び、びっくりさせないでください!」

 

 あなたがゆんゆんに当てたのは、冷やした牛の乳に果汁を加えた飲み物、フルーツ牛乳である。

 コーヒー牛乳も売っていたので購入しておいた。

 ノースティリスでも温泉の後にはこれらを飲むのがお約束である。ちなみにどちらも瓶入りで一本100エリスだった。

 

「これを飲んで大きくなれと?」

 

 ゆんゆんはフルーツ牛乳を選び、どこか濁った瞳であなたを見つめてきた。

 何を言っているのかよく分からないが、自分のおごりなので遠慮なく飲んで欲しいと適当に流してあなたはコーヒー牛乳を一気飲みする。

 量は若干物足りないが、味はノースティリスで飲んだそれよりもずっと美味であった。

 やはりメシェーラに汚染された牛とはモノが違うという事だろう。まあ、ノースティリスではこういう飲み物に混じっている乳は牛の乳とは限らないわけだが。冷静に考えてみると恐ろしい話である。

 

「……えっと、じゃあありがたくいただきます」

 

 あなたの真似をするように、腰に手を当てて勢い良くフルーツ牛乳を一気飲みするゆんゆんに男らしいと感心していると、女湯の赤い暖簾を掻き分けてウィズが出てきた。

 

「お二人とも、お待たせしました。待っててくださってありがとうございます」

 

 体中からほこほこと湯気を立てている彼女はニコニコとご機嫌顔だ。その証拠に頭頂部のアホ毛もぴこぴこと左右に可愛らしく揺れている。

 風呂好きであるウィズは温泉が余程気に入ったのだろう。ドリス各地の温泉巡りをしたりするのかもしれない。

 そんなほかほかりっちぃは髪を下ろしたゆんゆんとは対照的に、彼女はその長くボリュームのある栗色の髪を真っ白いうなじの部分に緩く一まとめにしていた。

 

 同居しているという関係上、あなたが風呂上りのウィズの姿を見るのはこれが初めてではない。

 だというのに、今のウィズがやけに新鮮に思えるのはゆんゆんと同じく、浴衣とバスローブを足したような温泉地用の簡素な衣服を着ているからか。

 血色の良くなった肌は温泉の効能なのだろうが、やけに艶々しているようにも見受けられる。普段よりも魅力が五割増といったところだ。

 そしてゆったりとした長袖の浴衣ではウィズの豊かな胸の圧力と主張を止める事など到底不可能なようで、歩くたびにその双丘がぽよんぽよんと浴衣の下で小さく揺れていた。

 

 ぽよぽよりっちぃ。

 ぽよぽよりっちぃである。

 ぽわぽわでぽかぽかでぽよぽよでぷりてぃなりっちぃである。

 

 あなたの言語体系が激しく劣化してしまっていたがさもあらん。率直に言って、非常に眼福であった。

 思わず彼女を抱きしめたらどんな感触がするのだろうか、と考えてしまうほどに。

 日頃の不健康さが綺麗さっぱりどこかに行ってしまったウィズ。これはある意味反則ではないだろうか。

 

「…………凄いですよね、ほんとに」

 

 あなたの隣でゆんゆんがぽつりと呟いたが、幸いな事にあなたもウィズもその声を聞き取る事は無かった。

 

 ウィズが常識と良識をこれでもか、といわんばかりに兼ね備えた善人である事をあなたは今だけは悔やむ。ノースティリスの友人達のような、ぐうの音も出ない畜生であれば一切気兼ねせずに良かったのだがそうもいかない。

 あえてどこへ向かってとはここで明言しないが、信頼が厚いあなたが万歳突撃という蛮行に及べばウィズはきっと泣くだろう。それはもう盛大に泣くだろう。死にたくなる事請け合いである。むしろ死んで詫びなければなるまい。

 

 そんな欲望と理性の狭間で揺れ動く内心を完璧に押し隠し、あなたはウィズにコーヒー牛乳を手渡す。無邪気に喜ぶウィズの可憐な笑顔に、あなたの薄汚れた欲望が一瞬で浄化(―― KO ――)された。


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