このすば*Elona   作:hasebe

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第41話 ゆんゆんの初体験

「……あ、あのっ!」

 

 ゆんゆんが突然声を上げた。

 どうしたのだろう。

 

「わ、私、実は初めてなんですっ! ……なので、どうかお手柔らかにお願いします……」

 

 ゆんゆんは真っ赤な顔で服の裾を掴み、上目遣いでそう言った。

 健全な男であれば庇護欲を掻き立てられずにはいられない仕草だ。

 

 確かにゆんゆんであればこれが初めての経験であってもおかしくない。

 むしろ経験豊富と言われた方が驚く。

 しかしあなたは初体験のゆんゆんが相手だろうとガンガン激しくやっていく予定である。

 

「そんな酷いっ!? 私初めてなんですよ!? これが初めての体験なんですよ!?」

 

 ゆんゆんが悲痛な声をあげるが、あなたは初めてだからこそ思いっきりやるべきであると考えている。

 彼女が後でどんな目に合ってもアレに比べれば大した事は無いと思えるように、といういわばあなたなりの思いやりである。

 それに思いっきりやるとはいってもゆんゆんが壊れてしまうまでやる気は無い。

 

「ううっ、こんな事になるのならせめてウィズさんも一緒だったら良かったのに……」

 

 あなたの説得にすごすごと引き下がるゆんゆん。

 初めてで不安なのは分かるがノースティリスの冒険者であれば誰だってやっている事だし、一度やってみれば案外あっけないものである。

 

 

 

 

 

 

 ゆんゆんのレベルを上げるべくあなたが提示したパワーレベリング法を聞いたゆんゆんはこう言った。

 

「あの……実はあなたも紅魔族だったりします? それってどう考えても()()ですよね?」

 

 養殖とは紅魔族が行うパワーレベリングの名前である。

 仕組みは非常に単純で効果も絶大なのだがあなたはアクセルでこれが行われているという話を聞いた事が無いし見た事も無い。

 高レベル冒険者を対象に養殖の依頼があってもおかしくないと思うのだが、引率や稽古の依頼が精々だ。

 

 養殖の具体的なやり方を説明すると、紅魔族の大人がモンスターを死なない程度に痛めつけて弱らせたり麻痺や氷漬けなどの身動きが取れない状態にしてから子供などレベルを上げさせたい対象にトドメを刺させて経験値を与える。たったこれだけである。

 上げ膳据え膳でレベルだけ上昇させるという文字通りの養殖行為だ。

 

 紅魔族の里の周囲のモンスターは強力なものが多く、ゆんゆん曰く里の魔法学校では実習と称してこの養殖で生徒のレベルを上げて能力を伸ばしているのだとか。

 レベルが上がるだけで能力が上がりスキルも習得出来るというイルヴァと比較すると羨ましいを通り越してインチキとしか思えない法則の下に成り立っているこの世界ならではのレベリング手段だ。

 能力を上げてスキルを覚えるだけでは身につかない技量や経験についてはレベルを上げて死に難くなった後に伸ばせばいいという考え方なのだろう。

 命の価値が重い以上非常に理に適ったやり方である。

 

 にも関わらず駆け出し冒険者の街であるアクセルで養殖が採用されていないのはレベルだけ上がっても意味が無いとギルド側が判断しているからだと思われる。

 確かに経験を積まず技量(スキル)も鍛えずにレベル、ノースティリスであれば主能力だけが上がった状態の冒険者がどれくらい役に立つのかと聞かれればあなたとしても激しく疑問だ。レベルを上げた後にアクセルでじっくり経験を積むべきだろう。

 だがアクセルは実入りが悪いのでレベルが上がった冒険者は王都などもっと稼ぎのいい他の街に行ってしまう傾向がある。アクセルには男性限定で高レベルの冒険者がそこそこいるがそれはさておき。

 

 稼ぎが良いという事は比例して依頼の危険度も上昇するわけで、多少レベルが高くとも未熟な冒険者はあっという間に屍を晒す羽目になるだろう。

 そんな者とパーティーを組めば他の冒険者の足を引っ張るばかりで迷惑も甚だしい。

 故にギルドは引率はともかく養殖は推奨していない、というのがあなたの推測である。

 

 ゆんゆんは紅魔族以外で大っぴらに養殖が採用されていないのは非人道的すぎて良心が痛むからだと思いますと言っていたが、あなたはゆんゆんが何を言っているのか分からなかった。

 冒険者の殺しに人道的も非人道的も無いのではないだろうか、と。

 ましてや相手はモンスターだ。どうせ殺してしまうのだから同じと思うのだが。

 選んで殺すのは上等で無差別に殺すのは下等なのだろうか。あなたには分からない。

 

 趣味で人間相手に殺戮を行う者は狩られて当然だしサンドバッグにモンスター以外の者を吊るして死ねないまま放置するのはとても非人道的な行為だが。

 

 この断崖絶壁と思えるあなたとゆんゆんの意識の差は二つの世界の命の重さの違いから来る死生観の差を如実に表しているのだろう。

 やはり自分はどこまでいっても異邦人であり、骨の髄までノースティリスの冒険者なのだとあなたが強く実感させられた一幕である。

 

 そんなノースティリスでのパワーレベリング、あるいは手っ取り早く能力やスキルを鍛える手段として最も有名な方法は《バブル浴》と呼ばれる無限乱獲である。

 

 ノースティリスにはダメージを受けると分裂するモンスターがいるのだが、その特性を利用する。

 手順としては分裂するモンスターを痛めつけてサンドバッグに吊るす。

 サンドバッグに吊るされた分裂モンスターはサンドバッグから解放されない限り不死となるが、ダメージを受けると分裂するという特性までは消えない。

 そして分裂したモンスターはサンドバッグに吊るされていないし不死でもない。

 よってサンドバッグを殴るだけで無限にモンスターが湧くようになるのでこれを狩り続ける。

 

 バブル浴はわざわざモンスターを探す手間が省けるので非常にお手軽で効率もいいのだが街中でやると迷惑を通り越してテロ行為になるので注意が必要だ。

 ましてや高レベルの分裂モンスターでやろうものなら控えめに言って大惨事になる。

 街中にモンスターが溢れ返るのでぶち切れた他の冒険者や衛兵が犯人に襲い掛かってくる可能性も非常に高く、テロ目的でなければシェルターなどの限定空間でやるのが一般的である。

 

 かくいうあなたも育成用のバブルの他に超高レベルのキューブをテロ、もとい敵対者への嫌がらせ専用のペットとして確保している。

 

 キューブとは見た目はその名の通り巨大な立方体のモンスターである。

 分裂する癖に対処の難しい攻撃方法を持ち、更に純魔法属性以外の属性攻撃を無効化するというノースティリスでも指折りの害悪枠だ。

 冒険者達の間では立方体の中には美少女が入っているという噂がまことしやかに囁かれているが、少なくともあなたはそのようなものは確認した事が無い。

 そして増殖したキューブは強いとか弱いとかではなくただひたすらにめんどくさい。

 

 他のペットと同様にキューブもノースティリスに置いてきたままなのだが、仮にこの世界の王都でペットのキューブを放し飼いにしたらどうなるのだろう。どうなってしまうのだろう。

 

 可能になったとしても絶対にやるつもりは無いが興味は尽きない。あなたのキューブは強化終末が裸足で逃げ出すレベルなのでやらないが。

 だが久しぶりにキューブで溢れ返って阿鼻叫喚に陥る人里を見てみたくもある。絶対にやらないが。

 

 

 

 

 

 

 さて、カズマ少年達と別れた後めぐみんに内緒でゆんゆんのレベリングを行う為に再度鉱山街に舞い戻ったあなた達はその足で冒険者ギルドに訪れていた。

 

「ここ、ですか?」

 

 ゆんゆんが若干疑問系なのはアクセルのギルドと比較すると建物が小ぢんまりしているからだと思われる。

 アクセルが駆け出し冒険者の街と呼ばれているのと同じように、ここは鉱山の街だ。

 装備品を調達するならともかくここを拠点にしようという冒険者はそこまでいない。

 周辺のモンスターが強力な事もあってごく一部の物好きくらいだろう。

 

 アクセルのギルドと違い酒場が併設されていないのも建物が小さめな理由の一つだろう。

 といっても駆け出しとはいえ《冒険者の街》の冒険者ギルドと比較するのが間違っている気がしないでもない。その証拠に鍛冶ギルドなどはこことは比較にならない程に大きいし賑わっている。

 

 扉を開けて中に入ってみれば、やはり冒険者の姿は殆ど見えない。

 入り口からだと歳若い男女が三人ほどだ。

 ここが王都から遠く離れた辺境の地で、更に今が冬季というのも関係しているのだろう。

 

「あれ? あの人たちってもしかして……」

 

 だが奇遇な事にその三人はあなたとゆんゆんの見知った顔だ。

 相手もあなたに気付いたようでこちらに近付いてくる。

 

「どうも、ご無沙汰してます」

 

 青い鎧を纏った茶髪の青年、槍を持った戦士の少女、盗賊の少女の三人組。

 グラムを手に入れる為に神器を求めてアクセルを発ったキョウヤ一行である。この街に来ていたらしい。

 神器入手までの代替品を買いに来たのだろうか。

 

「隣のキミはデストロイヤー討伐の時にも見た顔だね。すまない、名前を教えてもらっても構わないかな」

 

 キョウヤの頼みを受けて、ゆんゆんは一歩前に出た。

 そしてコホンと小さく咳払いをすると――。

 

「我が名はゆんゆん! アークウィザードにして上級魔法を操る者! やがて一族の長になる者にしてアクセルのエースであるエレメンタルナイトとアクセルで魔法店を経営するアークウィザードの垂訓を受ける者!!」

 

 マントを派手に翻し、真面目な顔でワンドを構えて決めポーズを見せ付けながら紅魔族式の自己紹介を行うゆんゆん。

 狐につままれたような顔になるキョウヤ達。

 彼等は紅魔族の風習に詳しくなかったようだ。

 

 端的に言うとゆんゆんの渾身の自己紹介は盛大に事故ってしまっていた。

 

 流石は()()バニルにネタ種族と笑われている紅魔族。

 彼等特有の名乗りに常識人のキョウヤはどう反応していいのか分からないのだろう。

 フィオとクレメアは無言で互いの顔を見合わせ、キョウヤはこの空気から解放してほしいとばかりに助けを求めるようにあなたに視線を飛ばしてきた。

 

 ここでゆんゆんに頭のおかしいエレメンタルナイト呼ばわりされようものならフォローを拒否してだんまりを決め込むつもりだったのだが、特にそういう事は無かったので素直に助け舟を出す。

 ゆんゆんの名乗りはあくまでも彼等紅魔族独特の風習であってゆんゆんがキョウヤ達に喧嘩を売っているわけでも彼女の頭がおかしくなったわけでもないので何も言わずに流してあげてほしい。

 

 あなたのフォローにキョウヤは普通に頷いたがゆんゆんが紅魔族と知った瞬間にフィオとクレメアが半歩引いた。

 アクセルで悪名高い頭のおかしい爆裂娘を思い出したのかもしれない。

 

「えっと、じゃあそういうわけで改めて。初めましてではないんだろうけどよろしく。僕は御剣響夜。この人の仲間のベアさんに時々稽古をつけてもらってるから、そういう意味ではキミと似たもの同士なのかな」

 

 確かにそう言われてみればそうなのかもしれない。

 キョウヤはベルディアの弟子と言えなくもないのだ。

 肝心のベルディアは仲間の少女達に嫌われているが。

 

「そうだ。確かキミはソロで活動している冒険者だったね。今もパーティーが決まっていないというのなら、もしよかったら修行が終わった後にでも僕のパーティーにどうだい? 僕達にはキミのような魔法職がいなくてね。仲間になってくれるのなら大歓迎だよ」

「えっと、ありがとうございます。で、でも、それは結構です……」

 

 ゆんゆんは爽やかに笑いながら差し出してきたキョウヤの手をおっかなびっくりと掴んで軽く握手したものの、パーティーの誘いはキッパリと断った。

 

「だ、大丈夫よ! キョウヤには私達がいるじゃない!」

「そうそう! アークウィザードが入ってくれればバランスはいいけど仕方ないって!」

「いや、僕は別にそこまで傷ついてるわけじゃないんだけど……」

 

 苦笑するキョウヤを慰めるフィオとクレメア。

 彼等は本当に仲のいいパーティーだと感心する。

 しかし四人は年齢も近いし悪くない提案だと思うのだが、ゆんゆんはキョウヤのような男性が苦手なのだろうか。後で聞いてみよう。

 

「ところでお二人はこの街には何をしに?」

 

 あなたがこの街に訪れた目的を説明すると、キョウヤは頷いてこう言った。

 

「でしたらダンジョンに潜るのがいいと思います。ここら辺の討伐依頼は腕試しやフィオとクレメアのレベル上げを兼ねてもう僕達が粗方受けてしまったので」

 

 どうやらあなた達は一足遅かったようだ。

 あなたはキョウヤの勧めどおり素直にダンジョンに潜る事にした。

 

「もしよろしければ僕たちもお付き合いしますが」

 

 折角の申し出だがその必要は無い。

 あなたにとっては少数の方が動きやすいのだ。

 

「そうですか……。あなたに限ってあまり心配はしていませんが気を付けてくださいね。最近は王都から遠く離れたここら辺にも魔王軍の関係者が来ているという噂が流れていますので」

 

 

 

 

 

 

 キョウヤ達と別れたあなた達は街を出て山岳地帯へと足を踏み入れる。

 場所を教えてもらったダンジョンへの道すがら、キョウヤの誘いを断った理由を質問してみると彼女はやや逡巡した後にこう答えた。

 

「えっと、あの人達は仲が良さそうでしたので、私みたいなのがお邪魔したら悪いかなって。それに私なんかが入っても、迷惑を掛けてしまいそうなので……」

 

 気を使いすぎではないだろうかと思わないでもないが、ゆんゆんがそれでいいのなら言う事は無い。

 どうしても仲間が見つからなかった時はあなたとウィズでゆんゆんがソロでもやっていけるように鍛えればいいのだ。

 あなたは人知れず気合いを入れなおした。

 

「ところで今更なんですけど本当にダンジョンに潜るんですか? 盗賊の方がいないんですけど。いざとなれば私の魔法がありますけど……」

 

 死にたくなかったらダンジョンには最低一人は盗賊を連れて行け。

 この世界の常識である。

 だが罠に関してはあなたがどうにかするので問題無い。

 

 それにキョウヤが討伐依頼を片付けてしまっている以上、街の外でレベルを上げるのは効率が悪いだろう。

 危険度の低いモンスターを狩ろうとするならばあなたの予定しているやり方では一帯の生態系を破壊してしまう恐れもある。

 この街の住人の事を考えると止めておくのが賢明だろう。最悪指名手配されかねない。

 

「生態系って何をやるつもりなんですか!?」

 

 勿論モンスターをひたすらに狩るのだ。

 パワーレベリングとくればモンスターの乱獲と相場が決まっている。

 

 紅魔族の養殖は大人が魔法を使ってモンスターを動けなくし、トドメだけ刺させるもの。

 対してあなたの行う養殖はみねうち。みねうちあるのみである。

 瀕死のモンスターをゆんゆんが殺すのだ。

 

 

 

 

 

 

 さて、キョウヤに場所を聞いたダンジョンは街から小一時間ほど歩いた場所にあった。

 キールのダンジョンのように山肌に入り口こそあるものの奥に続く道は無く、その代わりに十メートルほど掘り抜かれた先に青く輝く魔法陣がぽつんとあるばかり。

 この魔法陣で転移するのだろう。珍しいタイプのダンジョンである。

 

 そしてあなたとゆんゆんが魔法陣に乗った瞬間、あなたの目に映る景色は全く別の物に変わっていた。

 ダンジョン内の一室だろうか。

 四方が五メートルほどの正方形の部屋だ。

 

 あなたから見て正面には、ダンジョンに続いているのであろう扉がぽつんとある。

 扉の両サイドには魔道具と思わしき光源が固定されている。

 

「……あ、あのっ!」

 

 あなたが扉を開けようとした瞬間、ゆんゆんが声をかけてきた。

 どうしたのだろう。

 

「わ、私、実は初めてなんですっ! ……なので、どうかお手柔らかにお願いします……」

 

 ゆんゆんは真っ赤な顔で服の裾を掴み、上目遣いで突然そう言った。

 健全な男であれば庇護欲を掻き立てられずにはいられない仕草だ。

 しかしあなたは初体験のゆんゆんが相手だろうとガンガン激しくやっていく予定である。

 

「そんな酷いっ!? 私初めてなんですよ!? これが初めての体験なんですよ!?」

 

 ゆんゆんが悲痛な声をあげるが、あなたは初めてだからこそ思いっきりやるべきであると考えている。

 彼女が後でどんな目に合ってもアレに比べれば大した事は無いと思えるように、といういわばあなたなりの思いやりである。

 それに思いっきりやるとはいってもゆんゆんが壊れてしまうまでやる気は無い。

 

「ううっ、こんな事になるのならせめてウィズさんも一緒だったら良かったのに……」

 

 あなたの説得にすごすごと引き下がるゆんゆん。

 初めてで不安なのは分かるが一度やってみれば案外あっけないものである。

 

 

 

 あえて言うまでも無いだろうが、これはダンジョンアタックの話だ。

 あなたとゆんゆんの会話に淫猥は一切無い。

 

 

 

「うわっ、真っ暗……!?」

 

 あなたが扉を開けてみれば、その向こう側は無明の世界が広がっていた。

 光源があるのはここだけという事だ。

 

 アークウィザードであるゆんゆんは暗視スキルを持っていない。

 あなたが肩を叩きながらゆんゆんの名前を呼ぶと彼女は可愛らしい悲鳴をあげて飛び上がった。

 やけに大袈裟なリアクションだが、どうやら驚かせてしまったらしい。

 

「お、驚かさないでください!」

 

 半泣きになったゆんゆんに謝罪しながらあなたは暗闇の中に身を躍らせる。

 

「ちょっと待ってください。今私が魔法で照らしますから」

 

 今日はゆんゆんのレベリングに来ているのだ。余計な魔力の消耗は抑えるべきだろう。

 故にあなたはダンジョンに持ち込んだスクロールを読み上げた。

 無事に周囲を照らす魔法が発動する。

 

「あ、ライティング魔法のスクロールを持ってたんですね」

 

 このスクロールはウィズの店で購入していた物だ。

 深夜になってもレベリングを続ける時の為に持ってきていたのだが、想定外とはいえ思わぬ形で日の目を見た形になる。

 一見すると役に立ちそうなアイテムなのだが、購入の際にウィズがこれは良い品ですよと太鼓判を押していた。つまりこの世界の人間にとっては紛う事無き産廃である。

 

 爆発魔法(自爆)の杖のような致命的なデメリットがあるわけではない。

 効果が切れても魔力を込めるだけで再利用が可能とむしろ非常に便利ですらある。

 ただ暗所ではそもそも巻物が読めず、僅かな灯りでもあると巻物の効果が無いだけだ。

 何の為に作ったのか分からない。

 ウィズは何を思って良品だと判断したのか。魔力を込めれば何度でも使えるからか。

 

 だがあなたはこのような暗所であっても問題無く巻物が読めるので、スクロールを存分に有効活用する事が可能である。

 ウィズにも使用感の報告を頼まれているので褒めちぎっておこう。

 

 そしてあなたは今回のゆんゆんのレベル上げに際してもう一品ほどウィズの店で購入していたアイテムを持ち込んでいる。

 その名はモンスター寄せのポーション。

 

 これは服用する事で効果を発揮し、モンスターはおろか街の人間や親や仲間でさえも皆が皆服用者を憎み襲い掛かってくるようになるというポーションだ。

 流石はウィズの店の品だけあって人間が服用するには些か以上に問題があるポーションである。

 とてもではないがまともな神経をした人間が使っていい代物とは思えない。

 こんなものを飲んで喜ぶのは被虐性癖持ちと虐殺者くらいだろう。

 

 勿論あなたはウィズが入荷した1ダース全てを購入している。

 

 確かにこれは使用に難のありすぎるポーションである。

 だが人間が服用するから問題なのであって、モンスターに服用させるとなると話は大きく変わってくる。

 もしやこれはフィールドやダンジョンでのモンスター狩り、あるいはレベリングにぴったりなのではないだろうかとあなたは考えたのだ。

 

 こちらにもポーションの効果が及んでしまう不具合については鎮静の効果を持った魔道具で対処する。

 

 モンスターが素直にポーションを飲んでくれるのかという問題についてだが、はいどうぞとポーションを渡して飲んでくれるわけが無い。当たり前だ。

 なので適当なモンスターをみねうちで半殺しにしてからポーションを無理矢理飲ませてしまえばいい。

 

 瀕死である以上飲ませたモンスターが逃げ出す事は無いだろう。

 だがポーションの効果でモンスターが大挙して押し寄せる事になった場合、乱戦中に瀕死のモンスターが他のモンスターに狙われて殺される可能性は非常に高い。

 そちらについては瀕死のモンスターをサンドバッグに吊るして不死化させる事で対応する。

 

 後は集まってくるモンスターをあなたがみねうちで淡々と処理していき、半死体のモンスターにゆんゆんがトドメを刺すだけの簡単なお仕事だ。

 

 サンドバッグに吊るされた者は自力での脱出が不可能になるので逃げる事も抵抗する事も出来ず、出来上がるのはポーションの効力が切れるまで敵を誘き寄せ続ける為のエサ。もとい経験値ホイホイ。

 

 一石二鳥とはこの事だろう。二鳥どころの騒ぎではないが。

 

 懸念があるとすれば魔道具を使っているにも関わらずあなたとゆんゆんがポーションの力に呑まれて敵をそっちのけでサンドバッグに集中してしまう事だがそればっかりは一度試してみなければ分からない。

 もし駄目だったら素直にサーチアンドみねうちしながら対処していく予定だ。

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 青い顔のゆんゆんが血みどろで倒れ伏した身の丈三メートルほどの人型のモンスター、オーガの首筋に短剣を突き刺す。

 半死体のオーガは抵抗する事も悲鳴を上げる事も無く、ただ最期にビクリと一際大きく痙攣してあっけなく絶息した。

 

「……ふうっ」

 

 乱獲に良さそうな広い場所を探しながらモンスターを狩り続け、これで十五匹目を処理した。

 命を吸い続けたゆんゆんの銀色の短剣は赤黒い血に染まってしまっている。

 鍛冶屋で買った新品のミスリルの短剣は使わない事にしているようだ。

 

 それはいいのだが殺すたびに謝罪する必要はあるのだろうか。

 そのせいかまだ少数しか狩っていないというのに早くもゆんゆんの瞳は濁ってきている。

 紅魔族の里で慣れていると思っていたのだが。

 

「普通に戦ってやっつけるならまだしも、動けない死にかけのモンスターにトドメを刺すのって何か自分が凄く酷い事をしている気分になるんです……目が合わないだけ楽なんですけど」

 

 遠い昔の自分と照らし合わせてゆんゆんの言葉に理解を示す事は出来る。

 だが最早作業で殺戮を行えるようになった今のあなたでは全く共感出来ない話だった。

 

 動けなくなった瀕死のモンスターにトドメを刺すのと、正面から万全のモンスターを殺すのに何の違いがあるというのだろう。そう考えてしまう。

 ゆんゆんはむしろ苦しむ敵を楽にしてやるくらいの気概でやった方がいいと思うのだが。

 でなければこれから辛いだけだろう。どれだけの数の命を奪うか分からないのだから。

 

 

 

 

 

 

 ――ダンジョンの地下二階。

 

 

 

「あの、あそこに何かあります」

 

 階層が丸ごと迷路というノースティリスのピラミッドを思い出す階層の探索中、そろそろ壁を掘ってぶち抜きながら進もうかと思い始めた所でゆんゆんがそう言った。

 指さす方を見れば分かれ道の片方、袋小路になっている奥に何かがある。

 箱状の物体だ。

 

「宝箱ですよ!」

 

 無警戒に宝箱のある方に歩いていくゆんゆんを押し止める。

 お宝に目が眩んで何か忘れているのではないだろうか。

 

「……すみません、そうでした。えっと、トラップ・サーチ。エネミー・サーチ」

 

 ゆんゆんが少し離れた場所から魔法を発動させる。

 

「罠はありませんが敵判定、ダンジョンもどきです……」

 

 危うくゆんゆんが捕食されるところであった。

 

 ダンジョンもどきとは鉱石もどきの仲間で鉱石もどきのように移動は出来ないが身体の一部を宝箱や宝石、壁に擬態させ、その上に乗った生き物を捕食する立派なモンスターである。

 場合によっては身体の一部を人間に擬態させ、冒険者を襲うモンスターも捕食する。

 ノースティリスには存在しないタイプのモンスターである。

 

 それはさておきあなたはダンジョンもどきに近付いていく。

 

「えっ、敵ですよ!?」

 

 だからみねうちで痛めつけてゆんゆんが狩るのではないか。

 

「ああ、はい。そうですね……お気をつけて」

 

 若干諦め気味なゆんゆんを尻目にあなたが宝箱に近付くと周囲の壁と床が突如蠢いた。

 軟体の巨大な身体で宝箱ごとあなたを丸呑みにするように包み込む。

 

「――――!」

 

 ゆんゆんが息を呑んだ。

 まさかここまでの巨体とは思っていなかったのだろう。

 

 だがあなたの敵ではない。

 みねうちで正面の壁を切りつけるとダンジョンもどきはあっけなく前方に吹き飛んでいく。

 その先は降り階段が続いている。ダンジョンもどきが隠していたようだ。おかげで道が開けた。

 

 

 

 

 

 

 ――ダンジョンの地下三階。

 

 

 

 長い降り階段の先は上階の大迷路とうって変わって今度は階層がまるごと一つの部屋になっていた。

 あまりにも広く、登り階段の位置からは反対側の壁は見えない。

 

「こ、ここ……幾らなんでも危なくないですか……!?」

 

 そしてそんな大部屋のあちこちには多種多様なモンスターが闊歩している。

 超大型のモンスターハウスといったところだろうか。

 ゆんゆんが怯えたようにあなたの背中に隠れたがあなたはここを本格的な狩りの場所に定めた。

 まるでモンスターを乱獲する為に作られたような階層である。

 だがここではモンスター寄せのポーションは使えないだろう。

 押し寄せてくるモンスターの波にゆんゆんが飲まれてしまう可能性が非常に高い。

 それを差し引いても良い場所だ。

 

「……あの、何かおかしくないですか? 私にもよく分からないんですけど、何か違和感が……」

 

 ゆんゆんの言うとおり、モンスターの群れはあなた達に気付いているものの襲い掛かってくる様子はない。

 あなたが階段から広間に近付くとモンスターは一様に臨戦態勢に入るのだが、階段に戻ると警戒態勢に戻る。

 明らかに普通ではないが、ゆんゆんの疑問の答えはそこの者が教えてくれそうである。

 

「えっ?」

「……ほう、気付いたか」

 

 あなた達の背後。

 階段横の壁から現れたのは魔族と思わしき銀髪の男。

 

「たった二人でここまで来た事といい、少しは腕が立つようだ。しかし残念だがこの階層、そして俺の姿を見られたからには生かしてはおけん」

 

 男が酷薄にあなた達を嗤い、気圧されたゆんゆんが一歩後ずさりながらもワンドを構えた。

 

「魔法使いの人間よ、よりにもよってスライムメタルの俺に見つかった己が運命を呪うがいい!」

「スライムメタル!? あらゆる魔法や状態異常を無効化するっていうあの!?」

 

 スライムメタル。メタルスライムではなくスライムメタルだ。

 膨大な経験値を持つ流動する金属質のモンスターである。

 金属製のボディは魔法を跳ね返し、スライム特有の弾力で物理攻撃にも強い耐性を持っている。

 

「そして冥途の土産に知って死ね! 我が名は――――」

 

 それはさておき自分から経験値になりに来てくれたようなのでありがたく狩っておこう。

 美味しい敵を残していてはもったいないお化けが出てしまう。

 

 一足で距離を詰めたあなたが音も無く刀を抜きそのまま振り抜くと名乗りを終える前にぼとり、とスライムメタルの首が落ちた。会心の一撃である。

 そのまま液体金属の身体は人の形を保てずにバシャリと弾け、地面に光沢を放つコーティングと化した名も知れぬスライムメタル。

 

 大仰な名乗りの割に一撃であっけなく死んでしまった。

 口上の途中だったようだがどう考えても敵を前に隙を晒している方が悪い。

 そして生物は首を狩れば死ぬ。

 ノースティリスだろうが異世界だろうが、機械だろうがスライムだろうがかたつむりだろうが変わらない。

 

「…………」

 

 何故か杖を構えたまま不服そうにあなたを見つめるゆんゆん。

 もしかしたら経験値の為にみねうちでぶっ飛ばしてほしかったのかもしれない。

 しかしノースティリスのベル系のモンスターと同じようにスライムメタルは逃げ足が速いことで有名なのだ。

 瀕死でも逃げ出したという記録も残っている。

 経験値を逃したゆんゆんには申し訳ないが逃げられるくらいならこちらで狩った方が良いだろう。

 どうせこれから幾らでも経験値を稼ぐのだから。

 

「いえ、経験値が欲しかったわけじゃなくて」

 

 他に何かあっただろうか。

 幾らゆんゆんがゲロ甘でチョロQだといっても彼女は冒険者だ。

 まさか言語を解するモンスターだから殺すのを止めろと笑える事を言い出すとは思えない。

 というかそんな者は致命的に冒険者に向いていないので死ぬ前に廃業して別の道を探した方がいい。

 

「せめて殺す前に最後まで話を聞いてあげても良かったんじゃないかなって……」

 

 おかしな事を言うものだとあなたは薄く笑った。

 何故敵の話を聞く必要があるというのだろう。因縁を抱えている相手というのなら考えなくもないが。

 それに見られたからには生かしておけないと言い出す相手など即殺しない理由が無いし、今はゆんゆんの養殖中なのだ。安全の為に手早く終わらせるに越した事は無い。

 

「そ、そう……ですかね……? でもあまりにも空気が読めてないっていうか色々と台無しになっちゃった感じが……ごめんなさい、やっぱり何でもないです……」

 

 気を取り直してあなたは養殖を開始するべくモンスターハウスに侵入する。

 

 恐らくあのスライムメタルがこの階の魔物を統率していたのだろう。

 呑気に話しているにも関わらずあなた達に襲い掛かってくる様子を見せないし、それどころか魔物達の間には明らかに動揺が広がっている。

 あなたは階層中のモンスターを狩り尽くす為に一歩足を前に踏み出した。

 

 その後の話はあえて記すまでも無いだろう。

 繰り広げられたのはモンスターハウスを一掃するまで続いた作業と作業と作業。そして作業である。

 

 

 

 

 

 

 それからおよそ半日ほど養殖を続け、あなたとゆんゆんはアクセルに戻ってきた。

 時刻は早朝、そろそろ朝日が顔を出そうかという時間帯。

 まだまだ街全体は寝静まっており、ひんやりとした空気と誰もいない街中に自分達だけという独特の感慨深さがあなたを襲う。

 

「はい、私頑張ります。頑張ります。苦しむ可哀想なモンスターを殺して救います。頑張ります。頑張ります。ガンバリマス」

 

 アクセルに戻ったというのに完全に目の光が消えたままのゆんゆんがそう言った。

 血染めの短剣を手が真っ白を通り越して青くなるほどに硬く硬く握り締め、機械のようにガンバリマスと連呼するゆんゆんはかなり怖い。

 もう終わったとあなたが告げるとゆんゆんはガクガクと震え出した。

 

「ガンバリマス、頑張ります、ごめんなさ――――」

 

 見かねたあなたが首筋に手刀を当てるとゆんゆんはあっけなく意識を落とした。

 崩れ落ちたゆんゆんを背負い帰宅する。

 向かう先は彼女が泊まっている宿ではなくあなたの自宅。

 起きた時に錯乱したりガンバリマスロボのままだと面倒な事になりそうなので、メンタルケアを兼ねて自宅に連れて行くのだ。二、三日寝るか温泉にでも浸かれば治るだろう。

 

 瀕死のモンスターを介錯した数が100を超えたあたりでゆんゆんはこうなった。

 ゆんゆんがもう止めようと言わないので多少やりすぎてしまったかもしれないが、壊れてはいないので問題無い。そもそもガンガンやっていくと最初に宣言している。

 

 長時間の養殖の甲斐あってゆんゆんのレベルは大幅に上がった。

 具体的な数値を言うとなんと36。初めて会った時のキョウヤに届かんとする領域だ。

 今のゆんゆんはレベルだけなら立派な上級冒険者と言えるだろう。

 

 養殖の開始前がレベル20ちょっとだった事を考えるとあまり上がっていないように思えるが、生まれつき弱いものや才能の無い者ほどレベルが上がり易いというのがこの世界の常識だ。

 ゆんゆんが生まれつきアークウィザードの素養を持つという紅魔族に生まれ、その中でも上位に食い込む才能を持っている事を鑑みればたった一日でこれだけのレベルアップは破格ですらある。

 代償としてゆんゆんがガンバリマスロボと化してしまったが、これは高速レベルアップの為の致し方無い犠牲。いわゆるコラテラルダメージというものだ。そういう事にしておきたい。

 

 そんな軽度の精神汚染と引き換えに大幅なレベルアップを果たしたゆんゆんだが、なんとあなたのレベルも上がっていた。

 モンスターハウスは終始みねうちで押し通したのでスライムメタルを狩った事で条件を満たしたらしい。

 長らく戦っていたがこの世界でのレベルアップは初めてである。

 

 今まであなたの冒険者カードのレベルの部分には《eふeふzえろ》、ステータスは全ての項目に《nあnあでぃーzえろ》という文字が刻まれていた。

 だが現在あなたのレベルは《eふeふitい》に、ステータスは全項目が《nあnあでぃーitい》に変化している。

 あなたはレベルが上がったと思っているが確信があるわけではない。

 スキルポイントにも変動があったのだが、これで実はレベルが下がっていたなどという話だった場合はとんだお笑い種である。

 

 特に何かが変わったという自覚は無いが、それでも自分が成長するというのは嬉しいものだ。

 思えばノースティリスでレベルが上がって喜ばないようになったのはいつだっただろうか。

 まるで駆け出しの頃のような懐かしい気分であなたは白い息を吐きながら自宅に向かった。

 

 

 

 

 

 

 新鮮な気分で自宅の前まで戻ってきたあなただったが、なんと家の明かりが点いている。

 ベルディアは死んでいるので彼が起きているという事は無い。

 いつもであればまだ眠っている時間なのだが、ウィズはもう起きているのだろうか。

 あるいは明かりを点けたまま眠ってしまったか。

 

 考えても仕方ないとずり落ちてきたゆんゆんを背負い直してウィズを起こさないように気配を念入りに断って静かに扉を開ける。

 

 流石にウィズがずっと起きたままあなたの帰宅を待っていた、などという冷や汗モノの展開は待っていなかった。もしそうだった場合はウィズとの今後の付き合い方を真剣に考え直す必要に迫られる事になっていたので一安心である。

 

 だが起きてはいなかったものの、あなたの目に飛び込んできたのは居間のテーブルに突っ伏したまま眠ってしまっていたウィズの姿だった。

 テーブルの上には夕食だったのであろう、全く手が付けられていない食事の数々が並んでいる。

 あなたの分だけではなくウィズの分も減っていない。

 彼女はわざわざあなたの帰りを待ってくれていたようだ。

 ちゃんと日を跨ぐかもしれないとは言っていたのだが。

 

 あなたはうなされているゆんゆんをソファーに横たわらせて暖炉に火を入れる。

 そして毛布をかけたら今度はウィズをお姫様抱っこで彼女の部屋に運ぶ。

 

 抱きかかえたウィズの身体は柔らかく、しかしいつも以上に冷たいという印象をあなたに抱かせた。

 少しずつ春が近付いてきているとはいえこんな所で眠っていたら風邪を引いてしまうだろう。

 ウィズはアンデッドだが筋肉痛になるくらいなのでその可能性は高いと思っている。

 

「んっ……」

 

 一瞬起こしてしまっただろうかと焦ったがどうやら違っていたようだ。

 寝ぼけているのだろう。あるいはあなたの体温に惹かれたのか。

 ウィズはまるで猫が甘えてくるように自分の頭をぐりぐりとあなたに押し付けてくる。

 微笑ましい気分になりながらも彼女の髪の毛からはふんわりと甘い匂いがした。

 

 魅了の効果でも働いているのか、あなたは衝動的にウィズの髪に顔を埋めたい衝動に駆られた。

 だがやってしまえばそれは言い逃れの出来ないセクハラなのでノースティリスの生活で培った鋼の精神と自制心で自重する。

 

 あなたはウィズの部屋に彼女を連れて行き、ベッドに寝かせて布団を被せる。

 無断で入ってしまったが非常時だと思って勘弁してほしい。あなたの部屋に寝かせるよりはマシだろう。

 

 ウィズを寝かしつけたあなたは遅すぎる夕食、もとい早い朝食をとろうと居間に戻ろうとしたのだがいつの間にかウィズの手があなたの服の胸元を堅く掴んでいた事に気付いた。

 何時の間に捕まえていたのだろう。

 やんわりと手を解こうと試みるも眠っているウィズのどこからそんな力が出ているのかと思うほどしっかりと握っている。

 

 あなたは苦笑しながらもウィズの手を無理矢理解く事を諦め、子供をあやすようにウィズの長く柔らかい髪を撫で付ける。そっと壊れ物を扱うように繊細に。

 特に意図したわけではなかったが、撫で付ける度に少しずつ少しずつウィズの手が解けていく。

 

「…………ぅ?」

 

 もう少しで手が解けるだろうという所でウィズがうっすらと目を開ける。

 やりすぎて起こしてしまっただろうか、とあなたが後悔するももう遅い。ウィズと目が合った。

 

「…………ふふっ」

 

 しかしあなたの姿を確認したウィズはまっすぐとあなたの目を見つめてほにゃり、と心底から安心しきった蕩けた笑みを浮かべ、あっさりと服から手を放したかと思うと今度はそのままあなたの右手を強く掻き抱いて枕にして再び眠りについてしまった。

 あなたの手に伝わるウィズの手と頬はやはり冷たい。

 

 などと呑気な事を考えている場合ではない。

 流石にこれはあなたも焦る事頻りである。

 無理矢理引き剥がそうものなら今度こそウィズを起こしてしまうだろう。

 明らかに自業自得だった。

 

 考えてもどうにもならないのでいっそどうにでもなれとあなたは流れに身を任せる事にした。

 相手が眠っているからと迂闊な真似をしたあなたが悪いのだ。

 甘んじて起床したウィズに叱られる事にしよう。

 

 開き直ったあなたは暫しウィズの幸せそうな寝顔を堪能する事にした。


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