このすば*Elona   作:hasebe

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第4話 採掘を終えて

 玄武の姿が地中に消えた後もウィズがトリップから帰ってくる様子を見せないので、あなたは一人で鉱石の回収作業を始めた。

 よく考えてみれば、ウィズは四次元ポケットの魔法が使えない。つまりもうやることが無いのだ。

 

 あなたは最早何一つ隠すことなど無いと言わんばかりに、ウィズの目の前で四次元ポケットの魔法を使う。

 四次元ポケットに収納されていく、鉱石やキノコが詰まった大量の袋。

 すると不思議なことに、袋が減っていくごとにウィズは正気に戻っていった。

 

 

 

「ああ、消え、お金、消え……」

 

「やっぱりこれ、夢……」

 

「お願い、待って、待ってぇ……」

 

「ああっ、ダメ、行かないでぇ……」

 

「お願い、まだお店の借金がいっぱい……」

 

「また暫く綿の砂糖水しか食べられなくなっちゃいますから……」

 

 

 

 もしかしたら正気を失っていっているのかもしれない。

 悪夢にうなされるように呟き続ける、悲壮感に満ちた極貧リッチーの涙声を聞きながら、あなたは黙々と作業を進めていく。

 

 夕暮れは人を感傷的にさせるというが、そのせいなのだろうか。

 玄武の依頼を完璧に終えて宝の山も手に入れた。

 万々歳だったはずだ。なのに、あなたは無性に悲しい気分になった。

 

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。ウィズが嗚咽まで漏らし始めたところで、あなたは釣られて熱くなってきた目頭を押さえた。

 綿に含めただけの砂糖水は断じて食べ物ではない。飲み物ですらない。

 

「あ、あぁ、もうこんなに…………はっ、ここは誰っ、私はどこっ!?」

 

 八割ほどを収納したところで、ウィズの意識が現世に復帰した。まだ若干言動が怪しいが。

 同時にウィズの視界の先でまた一つ鉱石袋が消えた。

 

「……え、ええっ!?」

 

 呆けた頭が吹っ飛ぶほどの衝撃の光景だったらしい。目の前でずっと同じことをやっていたのだが。

 あなたは簡潔に、自分の世界の魔法で収納しているところなので、自分のもとに袋を持ってきてほしいと告げる。

 

「じ、自分の世界の魔法……?」

 

 未だ事態が飲み込めていないウィズから鉱石袋を受け取り、作業を進めながらあなたは訥々と語り始めた。

 曰く、自分はいわゆる異世界の人間である、と。

 

 ノースティリスと呼ばれる場所で冒険者をやっていたこと。

 およそ二ヶ月前、転移事故でこの世界に迷い込んだこと。

 現状ノースティリスに帰れる目処は全く立っていないこと。

 玄武の上で使った爆発魔法や鉱石を収納したのはあなたの世界の上級魔法であること。

 あまり食費を切り詰めるといくらアンデッドとはいえ心が荒むので、衝動買いは控え、玄武の稼ぎもいくらか貯蓄に回した方がいいこと。

 綿に含めただけの砂糖水は絶対に食べ物ではないし、飲み物でもないこと。

 

 一度口から出してしまえば、驚くほどスラスラと話すことができた。

 

 異邦人である今のあなたは誰よりも自由であるが、ある意味では誰よりも孤独だ。

 あなたは自分が異邦人であると誰かに知っていてほしかったのかもしれないと思った。

 

「異世界の人、だったんですか……? 確かに、あの爆発も袋がどこかに消えていく魔法も、私ですら初めて見る魔法の反応ではありましたけど」

 

 ウィズの物言いを見るに、この世界にも一応四次元ポケットに類する魔法はあるのかもしれない。

 ウィズがお望みならば他にもいくつか見せてもいい。

 どの魔法も一度や二度で尽きるストックではない。

 

「えっと、じゃあ宝島で見たのを……あれはもう無理? よく分かりませんけど、それなら危なくないやつをお願いします」

 

 注文の通りに魔法を行使する。

 結果を見たウィズは、あなたの予想通りに目を丸くした。

 

「え、えぇ……? これってドア、ですよね? ごく普通の」

 

 あなたが使ったのはドア生成の魔法だ。空間に固定されているので、ウィズが押しても引いても倒れることは無い。

 鍵付きのドアをその場に発生させるだけの魔法。

 流石にこんな魔法は類似品すらこの世界にも存在しないだろう。

 

 ある意味初級魔法スキルよりも使い道が無い魔法だが、一応狭い通路で敵が寄ってくるのを一時的に防いだり鍵開けを鍛えるのに使える。

 とはいえ、これはあなたが最も使わない魔法の一つだ。自宅の改装中に使うくらいか。

 あなたがドアを強めに蹴飛ばすと、ドアはあっけなくバラバラになって消えていった。あなたにもこの魔法の原理はよく分かっていない。分からないが使えるので使っている。

 

「えっと、あなたのことはよく分かりました。嘘も言っていないと思います。でも、本当に私なんかに話してしまってよかったんですか……? その、私、リッチーなんですけど……」

 

 ウィズが伝説のアンデッドであるリッチーなら、あなたは異世界人だ。物珍しさという点ではどっこいどっこいだろう。

 それにこの期に及んで良いも悪いも無いだろうとあなたは笑った。

 あれだけ派手に魔法を使った以上、今更何でもありませんでは済まないし、ウィズも表面上ではともかく、内心では納得しないに決まっているのだから。

 

 確かに積極的に他者に触れ回ってほしい類の話ではないが、必死になって隠すべきほどのことでもない。

 そんなに他者の注目を浴びたくないのならば、最初から冒険者になどならなければいいのだ。

 大体あなたが受けた依頼を手伝ってくれたウィズに対して何も教えなかったり出鱈目を話すのは幾らなんでも不誠実が過ぎる。

 

「その……はい、私なんかにそこまで言ってくれて光栄です……でいいんですかね? ってこの本は……? え、依頼を受けてくれたお礼、ですか?」

 

 全ての鉱石袋の収納を終えたあなたは、今も突然の重大告白に戸惑っている様子のウィズに轟音の波動の魔法書を差し出した。

 

 これは玄武の上で自分が使っていた魔法の魔法書なので、もしもウィズが読みたかったら読んでもいい。読めればウィズにもあれが覚えられるだろう。

 ただウィズが読めるかは分からないし、そもそも異世界の魔法書なので何が起きるか分からない上、一回読んだら無くなるから読むのなら十二分に注意してほしいと教えて。

 

「…………えっと、じゃあ、折角ですので」

 

 ウィズはおっかなびっくりといった様子で魔法書を受け取り、ぱらぱらとページをめくり始めた。

 凄腕アークウィザードとしての知識欲と研究欲が警戒心を上回ったらしい。

 魔法書は目で読むものではないので異世界人のウィズでも問題ない。轟音の魔法書は魔力と読書スキルで読むものだ。

 

 あなたは周囲に視線を飛ばす。魔法書の読書に失敗すると魔物が召喚される場合があるのだが、あなたの見る限りでは何かが起きる気配は無い。

 ウィズにも異常は無い。轟音の魔法書を読むのはそれなりに難易度が高いのだが、アークウィザードもしくはリッチーは膨大な魔力で読書スキルが無くても魔法書を読めるという事なのか、もしくは読書スキルと互換性のあるスキルを習得しているのか。

 

「あっ……」

 

 暫くの後、最後のページを読み終えたのと同時に魔法書はぼろぼろになって崩れ去った。

 何か変化はあったか尋ねてみる。

 

「多分ですけど、あなたが宝島で使っていた上級魔法が私にも使えるようになったと思います。……でも、二十回くらい使ったら二度と使えなくなりそうな感じです」

 

 初めての感覚なのか、ウィズは目を白黒させている。

 異世界人が読んでもストックの仕様は踏襲されるらしい。

 

「もうさっきの魔法が使えないっていうのは、こういう意味だったんですね」

 

 一瞬でストックという概念を理解してくれたらしい。

 ウィズの聡明さに内心で敬意を抱きながら説明する。

 

 この世界の魔法やスキルは、必要なポイントを貯めて支払えば自動で習得できるし魔法のストックも無限。覚えるだけで即戦力として運用できる。

 あなたからすれば、反則的なまでに簡単かつ便利ではあるのだが、難点を挙げるとすれば、各スキルの習得が職業と本人の資質に大きく左右される点だろうか。

 

 例外はあるだろうが、基本的に戦士は戦士よりのスキルしか取れないし、魔法使いは魔法使いよりのスキルしか取れない。

 

 だが、あなたの世界の魔法やスキルは違う。

 習得しようと思えば誰でも魔法も好きなスキルも習得できる。

 

 魔法書を読んで理解できれば、魔法使いも、戦士も、冒険者も、一般人も。誰でも同じ魔法を使うことができる。

 魔法書を理解するためには読書スキルが必要で、まともに魔法を運用するなら詠唱スキルと暗記スキルが必要になるが。

 おまけに本人の能力と魔法の習熟度も魔法の効果を大きく左右する。

 

 各スキルはギルドの専属トレーナーに指導してもらうことで本当に必要最低限の技術だけ覚えるもの。

 覚えただけで即戦力になるわけではない。そこから自力で習熟する必要があるし、習得も習熟もこれが控えめに言っても苦行だ。

 

 そして何より大事なこととして、ノースティリスにおいて職業はあくまで肩書きとその職業としてある程度の技量を保証するものであって、本人の戦闘能力やスキルを左右するものではない。

 魔法しか使わないかたつむり戦士だっているし、楽器を弾けば聴衆から石が飛んでくる底辺ピアニストが無双の銃使いだったりするのも日常茶飯事。

 ただ無敵の魔法使いだろうがストックが尽きるとその魔法は使えなくなってしまい、再度ストックを補充する必要がある。

 

 習得スキルがある程度限定されるが、習得も習熟も楽なこの世界。

 習得スキルは限定されないものの、習得も習熟も死ぬほど辛いノースティリス。

 この世界のスキルもノースティリスのスキルも一長一短だろう。

 

「一度使いきった魔法は補充するまで使えない…………えっ、さっきの魔法書ってあとどれくらい残ってるんですか……?」

 

 そこまで説明したところでウィズがおずおずと質問してきた。もっと欲しいのかもしれない。

 あなたは軽く笑って、悪いがあの一冊が自分の持つ最後の魔法書だと答える。あなたは轟音の魔法書以外は持っていなかったのだ。

 

 そもそもあなたは魔法書や願いの杖以外の魔法の杖を持ち歩かない。

 無駄に荷物を圧迫するくらいならさっさとストックや魔力に変えていた。

 

 轟音の波動の魔法書は、転移前にネフィアで拾ったものに過ぎない。

 拾ってすぐ読まなかったのは探索を優先していたからで、今日まで残していたのは魔法書はストックの有無で補充量に差があるから。

 轟音の波動のストックが切れてから、魔力を充填するなりして読もうとしていたのだ。

 ウィズに渡すと決めたので、一発で破裂する可能性を考慮して魔力の充填も控えた。

 

「そんな大事な物だったんですか!?」

 

 あまりにも予想外のウィズの反応にあなたはたじろいだ。

 今のはウィズがそこまで必死になるような話だったのだろうか。

 あなたにとって轟音の魔法書自体は貴重でも何でもないのだが。

 

「あ、当たり前じゃないですかそんなの。魔法使いなら誰だって必死になりますよ……。だって、上級魔法が一つ使えなくなっちゃったんですよ……?」

 

 普段以上に血の気の引いたウィズにそれはどういう意味だと問いかけようとして、あなたはそういうことかと得心した。

 一度魔法を覚えればずっと使い続けられるこの世界において、上級魔法が二度と使えなくなるという事実は確かに重い。

 手札の一枚が完全に死ぬのは冒険者にとって腕一本とは言わずとも、指一本がもがれたに等しい。

 

 だが、それにしたってウィズの反応は大げさすぎな気もする。

 価値観の違いといってしまえばそれまでだが、と空を仰いで、ふと一つの可能性に思い当たった。

 

 ティンダー、と呟くと同時に小さい炎があなたの指に灯る。

 攻撃力の無い、魔法使いなら誰でも覚えられる着火の初級魔法だ。

 

「あっ」

 

 それだけでウィズはあなたが言いたいことを察してくれた。

 

 ウィズはあなたが異世界人だったという衝撃が大きすぎて、あなたの表向きの肩書きを忘れていたらしい。

 以前クラスチェンジしたと話したときは微笑みながらおめでとうございますと言ってくれたのだが。

 今日だってテレポートでウィズを宝島に送ったのもあなただ。

 

 あなたは異世界(ノースティリス)の魔法を扱う冒険者だ。

 だが同時にこの世界の上級魔法戦士(エレメンタルナイト)でもある。

 

 あなたはどれだけ戦っても上級職になっても能力は伸びなかったが、スキルはこの世界のものを習得できる。

 各種武器スキルは慣れ親しんだ自前のものを使えばいいし、慣れていないこの世界の魔法はこれから習熟すればいい。

 スキルの習熟はあなたの十八番だ。なんとも素晴らしいことに魔法のストックは無限にある。

 

 たかが使い慣れた魔法が一つ使えないからといって何も問題は無い。普段使わない魔法の出番が来たと思えばいい。

 主力の各種強化魔法も、最も信を置く攻撃魔法もストックは健在。

 だからウィズが気にすることは何も無いのだ。

 

 そう告げると、ウィズは色々と忘れて取り乱した自身を恥じたのか顔を赤くして身を縮めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「今日は本当にありがとうございました」

 

 ちょうど月が空に顔を出し始めた時間帯。あなたとウィズはアクセルに戻ってきた。

 ウィズは自分の取り分の鉱石は私的に必要な一部の高品質マナタイトなど以外は全てあなたに換金を任せてくれるという。各鉱石の相場もちゃんと教えてくれるらしい。

 日頃魅力的な品を仕入れてくれるこの極貧リッチーに少しでも楽をさせるため、これは高値で売り払わねばならないとあなたは人知れず気合を入れた。

 

 あなたにとってお気に入りの店に投資するのは当然の行為である。

 ノースティリスの武器防具屋(ブラックマーケット)に億単位の金を注ぎ込んだこともある。

 そして再度繰り返すが、綿に含んだ砂糖水は断じて食べ物でも飲み物でもないのだ。

 

「こんな滅多に無い、夢みたいな機会に私なんかを誘っていただけて嬉しかったです。それに、久しぶりに色んなことを知れてとっても楽しかったです」

 

 まるで昔に戻ったみたいで、とウィズは最後に小さく呟いたが。

 その声は街の喧騒に掻き消され、あなたの耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 別れる直前、あなたはまた今回のようにウィズの知識や力が必要になったと感じたら頼りにしてもいいか尋ねてみた。

 あまり彼女に頼る場面があるとは思えないが、一応確認はしておきたかったのだ。拒否された場合他の手段を探しておく必要がある。

 だがそれはとんだ杞憂だったらしい。

 

「えっと、お店もあるのであんまりたくさん誘われると困っちゃいます。……でも、お店がお休みの日でしたら、いつでも誘ってくださって構いませんよ。……あなたはお得意様で、お店の恩人ですから」

 

 そう言ってウィズは何かを懐かしむように。

 伝説のアンデッドの王であるリッチーとは思えないような、どこまでも柔らかい微笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 それから暫くの後、あちこちの街で一つの噂が流れた。

 

 王都をはじめとする大きな町や都市に大量の貴重な鉱石などを持ち込む人間が複数確認されたというものだ。

 性別も年齢も背格好もバラバラな彼らは不思議とその全員が一様に交渉に長けており、足元を見ようとした商人から相場以上の金額を巻き上げたとのこと。

 

 各地の勘のいい熟練の冒険者やギルドの職員は今年は宝島が地上に出現する年だと察していたが、どの街でも宝島が発見されたという話は聞かなかったので首を傾げた。

 宝島は主に人里に姿を現し、宝島が去った後その街は例外なく異常な好景気に包まれ祭もかくやという大騒ぎになるからだ。

 

 だが所詮人の噂など煙のようにあっという間に流れて消えていくもの。自身に関係が無いと来れば尚更。

 すぐに誰も彼も謎の鉱石売人に興味を無くし、次の噂話に花を咲かせることになるのだった。

 

 真実を知るものは誰もいない。

 あなたに億を優に超えるエリスを渡されて卒倒した、ある駆け出し冒険者の街で小さな魔法道具屋を経営する極貧リッチーを除いて。




《読書スキル》
魔法書を読む際に必要。
スキルレベルが魔法書の難易度に届かないと色々酷い事になる。

《詠唱スキル》
魔法の発動成功率が上昇する。
elonaの魔法は確率で不発する。

《暗記スキル》
魔法書を読んだ時に得られるストックが増える。

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