このすば*Elona 作:hasebe
あなたの自宅の一角に設置された異空間、シェルターの中。
本来であれば無機質な鈍色の床はハウスボードの効果で芝生に変換されており、まるで街の外の草原のような光景が広がっている。
そんなこの世界の常識から外れた場所であなたと対峙しているのは紅魔族のゆんゆんだ。
ゆんゆんはやけに緊迫した雰囲気を漂わせているが、ただの組み手の最中である。
デストロイヤーが来襲した日に受けたゆんゆんに修行をつける依頼は今も尚続行中なのだ。
ウィズも運動不足の解消の為にトレーニングに付き合っているが、まだ組み手までは行っていない。
「――ッ!」
そしてあなたは今日も今日とて鋭い呼気と共に繰り出される拳と足、そして逆手に持った短剣を交えたゆんゆんの素早い連撃を時にひらりと回避し、時に打ち払いながら器用に捌いていく。
互いに鍛錬用に刃を潰した短剣を使っての組み手。
ベルディアのように直接的なレベルアップにはならないが、それでもあなたとウィズの教えによってゆんゆんの技術は確かに磨かれ続けている。
アークウィザードという後衛職、そしてゆんゆんの体躯も相まって彼女の攻撃はソロ活動でそれなりにレベルが高くなっているにも関わらず軽めだ。同レベル帯の前衛職には及ばないだろう。
そこを彼女は速度と手数、隙あらば積極的に急所を狙っていくスタイルで補っている。
ちなみに急所狙いはあなたが徹底的に手ほどきした結果である。
最大の急所である首を狩れば生き物は死ぬのだ。少なくともノースティリスでは。
だが露骨に急所を狙い過ぎては相手としては逆に与しやすくなってしまうので注意が必要である。
戦うスタイルは両者共に魔法戦士と呼べるあなたとゆんゆんだが、組み手の際は魔法の使用は厳禁になっている。
頑丈なあなたはともかく後衛職のゆんゆんが攻撃魔法を食らうととても危険だからだ。
そんなわけで魔法の運用を指導するのはゆんゆんと同じアークウィザードであるウィズの担当である。
少なくともノースティリスの魔法戦士――職業の魔法戦士ではなく、魔法と武器を併用するという意味で――としては歴戦であるあなたも時折口を出す事があるが、それでもこの世界の魔法に関してはあなたよりも圧倒的に熟知しているウィズがメインで教えている。
ゆんゆんとしても凄腕として名を馳せたウィズの指導を受けるのはいい刺激になるらしく、紅魔族の学校より、ずっと凄い! と目を輝かせていた。
話を聞くに紅魔族の魔法学校は色々な意味で濃い場所だったらしく、常識的なゆんゆんは浮いていたのだとか。
何故同じ里で育ってなぜゆんゆんだけがあのような性格になるのかは定かではないが、めぐみんのノリを見るにゆんゆんはさぞ生き辛かった事だろう。
そんなゆんゆんにウィズはこのままならこの国の歴史に名を残すかもしれませんね、と太鼓判を押していた。
バニルやベルディア曰く才覚や力量という点では現役時代のウィズは確実に人類史に残るレベルだったらしいのだが、そんな彼女に妹分が相手という贔屓目を差し引いてもそこまで言わせるとは驚きである。
更にゆんゆんは勤勉で飲み込みが早いのでとても教えがいがある、というのがあなたとウィズの共通の認識だ。
かといってゆんゆん本人もあなた達に教えられた技術や知識を鵜呑みにせず、自分なりに上手く噛み砕いて吸収している辺り彼女の優秀さとこれまでの努力の跡が窺える。
長年に渡って地味で泥臭い努力だけを続けてきた、己の才覚はどこまでいっても凡人に過ぎないと認識しているあなたとしては舌を巻くばかりだ。
全てはめぐみんに勝利し、胸を張って紅魔族の長となる為に。
遠距離戦、足を止めて魔法をヨーイドンで打ち合うならば爆裂魔法を使うめぐみんが勝つだろう。
しかしそれ以外の状況下で普通に一対一で戦うのならばゆんゆんが勝利すると思うのだが、いかんせん彼女は押しに弱くゲロ甘でチョロQだ。
なんだかんだと強かで頭のおかしい爆裂娘に言いくるめられてガチンコ以外の方法での勝負になって負けてしまいそうである。
あなたとしてはベルディアのようにギリギリの所で死ぬような戦いを十回ほどやればちょっとやそっとでは動じないメンタルが手に入ると思っているのだが、残念な事に蘇生に極めて厳しい制限がかかっているこの世界ではそうもいかない。
ゆんゆんはベルディアと違ってあなたのペットではないしモンスターボールの在庫も無い。限りなくストックの少ない復活の魔法を乱発はしたくない。
みねうちでゆんゆんを半殺しにした所で彼女のメンタルは強くならないだろう。
それは折れるだけだ。
真剣な表情で攻撃してくるゆんゆんをいなしながらゆんゆんのメンタルトレーニングを考えるが、別に必要は無いかもしれないと思い直す。
時に攻撃を捌き、時にこちらから攻撃を仕掛けながらもあなたは先ほどからゆんゆんの下半身が目に入ってしまって仕方がなかった。
今日のゆんゆんはフリフリのピンクのミニスカートを穿いている。
ミニスカートを穿いたまま近接格闘を行っているのだ。
いつもは鍛錬を行う日はホットパンツやスパッツ着用などの激しく動いても問題ない服装だったのだが、今日はミニスカだけである。
ゆんゆんは同年代に比べて発育がいいが、まだまだ十三歳の少女だ。
肌寒くとも生足を曝け出して戦うのは若さの証だろう。
しかしミニスカートのまま激しく動き回っているので白い太ももが眩しいし、何よりスカートの奥から時折白い何かがチラリと見えてしまっているのであなたとしては気が気ではない。
恥ずかしがっては戦いにならないのは確かなのだが、年頃の少女としてもう少しその格好はどうにかならなかったのだろうか。
生死を賭けた戦闘中ならそんな事を言ったり考えている余裕などどこにも無いのだが、生憎と今は鍛錬中である。どうにも気になってしょうがない。
下だけではなく上も胸の上の部分が見えてしまっている色気が高めな服を着ているあたり、ゆんゆんは普段は押しの弱い控えめな性格に反して服装自体はかなりイケイケである。まるで往年のウィズのように。
彼女本人は性格や顔だけ見ればいかにも清純派、といった感じなのだが。
似合っていないとは言わない。だが服装がゆんゆん本人の趣味だとしたらかなりアンバランスな少女である。常識的に見えても紅魔族の一員であるのは伊達ではないという事だろうか。
そうこうしていると不意にゆんゆんが足を止めた。呼吸を整えながらあなたの出方を窺っている。
現在の立ち位置としては中央のゆんゆんをあなたとウィズが挟んで一直線に並んだ形になる。
あなたはふと気になって、先ほどから黙ったまま未だ飼い主が見つかっていない子猫の隣で横座りになっているウィズに意識を飛ばしてみた。
「…………」
ウィズはあなたを見ていた。
間にゆんゆんを挟んでいるにも関わらず、ウィズは確かにこちらだけを見ているとあなたは一目で理解してしまった。
とはいってもこれは決して彼女があなたに見惚れているなどといった色気のある話ではない。
ウィズは何か文句を言うでもなく、ただひたすらにゆんゆんの背後からジトっとした半目であなたを見つめていたのだ。恐らくはあなたが視線に気付く前からずっと。
抗議するかのように静かに突き刺さるプレッシャーとジト目を受けて、あなたの背中に冷や汗が流れる。
(ゆんゆんさんのスカートの中身に興味がおありですかそうですか。そうですね、確かあなたは以前ゆんゆんさんにパンツが欲しいって言ってましたもんね。……私には言った事無いですけど)
ウィズはそんな事を言っている気がした。
これはどうやら鍛錬中にちょくちょくあなたの視線と意識がゆんゆんの太ももとスカートの中身に行っていた事がバレていたようだ。ゆんゆん本人は気付いていないというのに。
しかしちょっと待ってほしい。これは不可抗力であるとあなたは声を大にして主張したかった。
ゆんゆんは真剣にトレーニングを行っているのだろうが、あんな短いスカートでぴょんぴょん飛び跳ねたり、更にあろうことか大胆に回し蹴りを仕掛けてくるなど完全に逆セクハラである。
あと自分はゆんゆんにやましい気持ちなど一切抱いていない。
やましい気持ちは抱いていないが、ゆんゆんのスカートの中に鑑定の魔法は使った。
結果は残念ながらハズレ、ごく普通のパンツだった。
ゆんゆんが現在穿いているパンツは頭に被っても効果は無いし投擲武器にも適していない。実に残念である。
あなたとしてはウィズの下着にもとても、それこそゆんゆんのパンツ以上に興味があった。
だが窃盗してそれが発覚しようものなら恐ろしい事になりそうだし流石に同居人の友人の下着を無断で拝借するほどあなたは落ちぶれてはいない。
交渉すれば手に入るのだろうか。
それはそれとしてあなたは許しを得るべくゆんゆん越しにウィズに弁解という名のアイコンタクトを送る。男の前であんな格好で立ち回るゆんゆんに問題があるのだと。
ウィズはややあってゆんゆんの短いスカートに目をやり、やがて仕方ないですね、とばかりに額を抑えて溜息を吐いた。ウィズとしてもゆんゆんの高い露出度からの大立ち回りには若干思うところがあったようだ。この後ゆんゆんにはウィズによるお説教タイムが待っているかもしれない。
あなた達に挟まれたゆんゆんはそんなやり取りに気付く事無く、しかし集中を切らしてもいない。
一瞬でも集中を切らせば容赦なくあなたから攻撃が飛んでくると知っているからだ。
そしてあなたの隙を窺うべく目を光らせてチャンスを待っていた。
「――――しっ!!」
完全にウィズに注意が向いたあなたの意識を刈り取るべくゆんゆんがこめかみを狙って鋭い爪先蹴りを放つ。思いっきり急所狙いである。
腰の入ったいい蹴りであるとあなたの浮ついた意識が一瞬で切り替わる。
後衛職とはいえゆんゆんのレベルや体術も相まって、蹴りが直撃すれば大の大人であっても昏倒は不可避だろう。直撃すれば。
そんなゆんゆんの乾坤一擲の蹴撃に対し、あなたは流れるような動きで迎撃を行う。
「えっ、きゃあっ!?」
蹴りを片手で受け流しながらゆんゆんのもう片方、軸足を払う。
己の身体を支える物が無くなったゆんゆんは芝生に勢いよく尻餅を付いた。
「あいたたた……」
転倒した拍子にゆんゆんのスカートが捲れて白が見えた。
思わずやってしまったが、やはりこれはセクハラになってしまうのだろうか。
あなたがウィズになんとかしてほしいと視線で懇願すると、ウィズは真剣な表情で頷いた。
「あの、ゆんゆんさん。こういう事もありますし、やっぱりそんな格好で近接格闘を行うというのは私はどうかと……」
硬い声のウィズの言葉にゆんゆんは何を言われているのか分からなかったようだが、すぐに破顔してこう言った。
「大丈夫ですよウィズさん、いつもみたいに見られても大丈夫なようにホットパンツを穿いてきてますから。ほら、今日のはおニューの紺色なんですよ?」
「ちょっ!? あなたは見ちゃ駄目です!」
立ち上がったゆんゆんはウィズの方を向いたかと思うと両手でスカートの裾を持ち上げた。
いわゆるたくしあげである。
あなたの方からその中身がどうなっているかは窺い知る事が出来ない。
だが顔色を変えて叫んだウィズを鑑みるに、きっと見ない方がいいのだろう。
ここで移動してゆんゆんの前に立ったり寝そべってみようものならば今度こそ友人兼同居人に物凄く怒られて夕飯を抜きにされてしまう。そんな気がする。
「何やってるんですかゆんゆんさん!? スカート下ろして早く隠してください! 見えちゃってます! 丸見えですから!!」
「えっ? 丸見え?」
泡を食ったウィズにぽかんとした表情を浮かべるゆんゆんはスカートを下ろしてお尻に手を当てた。
ちなみにあなたが垣間見たスカートの中身は紺色ではなく白である。
もう一度言おう。
ゆんゆんのスカートの中は紺色ではなく白である。
「あれっ?」
数秒ほど動きを止めたゆんゆんはやがて何かに気付いたのか、バっと勢いよくスカートを押さえて地面に蹲ってしまった。
「――――きゃあああああああああああああああああああ!?!?」
シェルター内にゆんゆんの甲高い悲鳴が響き渡り、ウィズの隣で気持ち良さそうに眠っていた子猫がすわ何事かと飛び起きた。
「……あのですね、確かにゆんゆんさんはまだ十三歳かもしれません。でももう十三歳なんです。ゆんゆんさんはもう一人の冒険者で可愛い女の子なんですから、もっとご両親に頂いた身体と自分を大事にしなきゃ駄目だと私は思うんです」
「はい……」
「別にロングスカートや長ズボンを穿けと言っているわけではありません。冒険者とはいえ女の子なんですから、オシャレに気を使うのはいいと思います。ただゆんゆんさんはもう少し自分が男性に見られているという自覚をですね……。ゆんゆんさんは自分なんかを見る人はいないと思っているのかもしれませんが、全くそんな事はないんですから……」
ホットパンツを穿き忘れていたゆんゆんに待っていたのは悲しそうな顔をしたウィズお母さんによる本気のトーンのお説教だった。
ゆんゆんは真っ赤な顔で粛々と説教を聞き入れている。
時折助けを求めるかのようにあなたの方をチラチラと見てくるが今のウィズに何を言えというのか。
そもそもあなたはゆんゆんのスカートの中を図らずとも何度か見てしまっているわけで、何かを言う資格があるのかという疑問もある。
これがバニルなら現役時代にあんなイケイケな格好をしていたウィズが異性に見られているのを自覚しろなどと一体どの口が言い出すのか、くらいは言いそうだ。全力で煽りながら。
あなたとしても今のウィズは激しくブーメランを投げていると思っている。
だがそれを口に出した瞬間確実にこちらにも説教は飛び火してくるだろう。しないわけがない。
触らぬ神ならぬ、触らぬリッチーに祟り無し。
あなたはゆんゆんから目を逸らして無言を貫く事を決めた。
見捨てられたとでも思ったのか、ショックを受けたように目を見開くゆんゆん。
実際見捨てた形になるわけだが、ゆんゆんはソロで冒険者活動を行うあの年頃の少女にしてはあまりにも隙が多すぎである。わざとやっているわけではないのが性質が悪い。
寄らば斬る、寄らなくても寄って斬ると言わんばかりの怜悧な美貌と雰囲気を纏っていた当時のウィズならともかく、気弱でゲロ甘でチョロQなゆんゆんは平和なアクセルでなければ性質の悪い冒険者にちょろっとナンパされて酔わされお持ち帰りされた挙句あれやこれやされていただろう。
ウィズにお説教される事でゆんゆんのような少女がソロで冒険者活動を行うという事がどういう意味を持つのかを肝に銘じて警戒心というものを強く持って欲しい。あなたは切実にそう思った。
■
お説教から解放されたゆんゆんがウィズに指導されているのをあなたは先ほどまでのウィズのように芝生に腰を下ろした状態で眺めている。
元凄腕アークウィザードにしてリッチーであるウィズの講義や各種魔法の運用方法はあなたからしてみてもとても新鮮で刺激を受けるものだ。
そしてそれは紅魔族であるゆんゆんも同様らしい。
魔法に関しては真剣と書いてガチと読む、相手を仕留める気満々なウィズの魔法運用は時に悪辣さすら感じさせる。現役時代の氷の魔女の異名は伊達ではない。
頭のおかしいご主人とあのウィズが直々に指導した優秀な紅魔族とかもう嫌な予感しかしないとはベルディアの感想だ。
そんな彼は現在あなたがおやつに作ったカリカリモフモフのメロンパンを頬張りながらウィズとゆんゆんの鍛錬をあなたの横で観察している。
「しかしなんだな。こうして見ていると切実に思うのだが……ウィズはリッチーになってからは本当に腑抜けたというか牙が抜けたというか。魔族殺すべし慈悲は無いと凄腕アークウィザードとして俺達を狩っていたあの頃とは本当に別人だ」
バニルも同じ事を言っていたし当時の写真を見たあなたとしてもそれには同意せざるを得ない。
だが今はゆんゆんがいるのだからリッチーの件についてはあまり大声で言ってくれるなとあなたはベルディアを目で制する。
あなたとしてはゆんゆんに教えてもいいのではないかと思っているのだが、ウィズはまだまだ踏ん切りが付いていないらしい。
ウィズの己が人外であるというコンプレックスは根深い。
だがそれも致し方ないだろう。
女神アクアという大物の神が問答無用で敵視して浄化しようとする程度にはリッチー、ひいてはアンデッドは人類にとって厄ネタなのだから。
そしてその元凶がこうして一つ屋根の下にいるというのはいかなる運命の皮肉だろうか。
「なんだ? メロンパンはやらんぞ」
子猫にじゃれつかれるベルディアを見てあなたは強く思う。
腑抜けたのはベルディアも一緒なのではないだろうか。
「というかご主人はあの紅魔族の娘をどれくらい強くしたいのだ?」
それはゆんゆんの頑張り次第である。
あなたとしては可能ならば第二のウィズになってほしいと思っているのだが、流石にそれは時間も経験も圧倒的に足りないだろう。
それこそ四六時中あなたも付きっ切りで終末に放り込む必要が出てくる。
更に人体改造もフルに行って三食おやつ全てをハーブ漬けにしなくてはならない。
爆裂魔法も覚えてもらいたい。是非に。
まあこれはゆんゆんの依頼で行っている事なのでやらないが。
「俺達、というかご主人の陣営でパーティー組んだら酷い事になりそうだな。全員上級職だし」
ベルディアの生前の職業は
キョウヤが就いているソードマスターを防御寄りに、あるいはダクネスが就いているクルセイダーを攻撃寄りにした上級職だ。
それを鑑みても自分達でパーティーを組むと攻撃的すぎる編成になるのではないだろうか。
エレメンタルナイトが一名。
アークナイトが一名。
アークウィザードが二名。
地獄の公爵が一名。
前衛後衛のバランスはいいがあなたからしてみれば回復役が欲しい所だ。
しかしアンデッドに悪魔という回復魔法と相性が悪そうなのが三名もいるのでいかんともしがたい。
「入れちゃうか。あいつも入れちゃうのか。……いや、確かに強いけどな? というか本当になんだこの面子。紅魔族の娘を除外してもひっどいなコレ。国でも滅ぼすつもりか」
この国を滅ぼすだけならウィズだけで十分お釣りが来るだろう。
相性最悪な女神というとびきりのイレギュラーを考慮しなければの話だが。
……というかどこかに魔王の加護のような光や浄化の魔法を打ち消す、あるいは効果を弱める装備は無いのだろうか。
積極的に女神アクアや女神エリスに敵対するわけではないが、この件については一度バニルに相談してみてもいいかもしれない。
あなたが一人今後の予定を固めているとベルディアが遠い目でウィズを見ていた。
「ん? ……ああ、いや、なんだ。ああやって武器を持って魔法を使っているウィズを見ていると、俺としては色々と思うところがあってな……」
二人が本当の姉妹のようで微笑ましくなるのだろうか。
あなたの問いかけにウィズがリッチーになった原因である元魔王軍幹部は首を横に振った。
「そうではない。昔の事を思い出して胃が痛くなるのだ。今にも当時の恨みを晴らすとか言い出しはしないだろうかと」
無用な心配にも程がある。
万が一そんな事になった場合はあなたはウィズを説得するつもりだった。
「お、おう……。だがそんな事を言いつつ駄目だったら潔く諦めろとか言うんだろ? 俺は知ってるぞ」
よく分かっている。
どうせ死んでも生き返るのだから憂さ晴らしに付き合ってあげてもいいのではないだろうか。
散々ウィズにセクハラを行ってきたのだから一回くらい命を差し出すくらいは安いものだろう。
聞けばベルディアは女子トイレに生首を置き忘れた事もあるという話ではないか。
バニルに聞かされた時はちょっと何を言っているか分からなかった。
「本気で死ねばいいのにって言ってるのに悪意が感じられなくてどうにかなりそうだ。でも実際命なんて安いもんだから困る。特に俺のはな……」
背中を煤けさせるベルディアを無視してあなたは懐から一冊のノートを取り出す。
思うが侭に記述を重ねているとベルディアが声をかけてきた。
「それは何だ?」
その疑問に答える事無くあっという間に記載を終え、手帳を渡す。
ベルディアはそれをいぶかしみながらも素直に中身を声に出して読み上げ始めた。
「冒険者のカズマ、水の女神のアクア、盗賊のクリス、紅魔族のめぐみん、クルセイダーのダクネス(ララティーナ)、ギルド受付嬢のルナ。……なんだこれ。人物の名前ばかりが書かれているようだが人物名鑑か何かか?」
別に人間だけが書かれているわけではない。手帳の後ろ半分を見てみれば分かる。
あなたがそう言うとベルディアは更に手帳を読み進めていく。
「む、確かに他のもあるな。スライム、ゴブリン、ゴーレム、初心者狩りに一撃熊。冬将軍。……目に付いたものを片っ端から書いてる感じがあるな。無節操にも程がある。というか悪魔を含めて存在が確認されている全てのモンスターが書かれてないか? デストロイヤーもあるし」
流石に網羅はしていないだろうとベルディアの疑問を否定する。
図鑑に書かれている種族や名前は大体記述している筈だが。
「しかしこれだけ色々書かれているというのに見たところウィズの名前が無いようだが、これは? あそこで修行中の紅魔族の娘の名前すらあるというのに」
ウィズの名前は後で消したので書かれていない。
最初のページに塗り潰された箇所があるが、それがウィズである。
あなたがそう言うとベルディアは納得したように頷いた。
「成程、これがウィズだったのか。書き間違って塗り潰した部分かと思ったぞ。だがどうしてウィズだけ消してあるんだ?」
ウィズは友人だからだとあなたは簡潔に答えた。
今の所友人をその手帳に記述する予定は立てていないのだ。
「ふむ、友人だから書かれていない。という事は俺の名前は……やはりあるな。バニルの奴もあるのか。他の幹部は無しと」
二人は友人ではないので勿論ある。
この先バニルが友人になればウィズのように名前を抹消されるだろう。
そろそろ手帳について説明が欲しいならするが。
「いや、もう少し自分で考えてみたい。下僕……もとい仲間の俺は記載しても友人だけを除外する理由……ほう、玄武の名前まであるのか」
どうやらベルディアは玄武を知っていたようだ。
魔王軍でも有名だったのだろうか。
「流石にな。宝島とも呼ばれる十年に一度地上に出てくる巨大な亀だろう? しかしこの玄武とデストロイヤーの名前の横に書かれてる大きすぎるので拡張工事必須っていうのが気になるぞ。……いや、説明しなくていいからな」
ベルディアがそう言うので説明はしないが、書かれているのは文字通りの意味である。
あの二体は大きすぎてそのままでは屋内に入りきらないだろうから。
「とりあえずこれから殺す予定の奴リストではないのは確かだな。デストロイヤーの名前があるし」
幾ら頭がおかしい頭がおかしいって言っても、流石にそこまでご主人は狂ったサイコ野郎じゃないよなと冗談めかして笑いながら言うベルディアにあなたは何も言わずに笑い返し、内心で惜しいとベルディアの勘の良さに称賛を送る。
この世界がノースティリスと同じ法則と同じ倫理観の元で運営されていたのならばそうなっていた可能性は十分にあったのだが、この世界はご存知の通り生死に関しては中々シビアな法則と倫理観、法律が敷かれているのでそうはならなかった。
ノースティリスと同じように殺しても容易に生き返る世界で殺人が許され殺せば剥製とカードをドロップするのならばあなたに躊躇う理由はどこにも無い。その瞬間にこの素晴らしい世界における剥製回収の旅が始まっていただろう。
そう、ベルディアが唸りながら見ている手帳に書かれているのはあなたがいずれノースティリスに帰った時に願いで入手し、博物館に飾る予定の剥製およびカードのリストである。
人間については知り合いや有名人の名前を載せており、モンスターは図鑑や生で見た事があるものだけを記載している。
ウィズはこの世界に来て最初の頃は書いていたのだが彼女が友人となった時に消した。
神々の剥製は飾っているが、存命中の友人の剥製を博物館に飾る気は無い。
飾るとしても自宅が精々だろう。