このすば*Elona   作:hasebe

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第34話 見通す悪魔、襲来

 ウィズの友人である魔王軍の幹部、バニルから手紙が届いて数日後。

 

 日雇いの土木工事の依頼を終えたあなたは見知らぬ何者かがウィズの店跡地で呆然と立ち尽くしているのを発見した。

 黒いタキシードに身を包んだ長い金髪の大柄の男性は何をするでもなく、ただ工事の予定日とウィズ魔法店及び店主に御用がある方はこちらへお願いします、というあなたの家の住所が書かれた看板を見つめ続けている。

 

「…………」

 

 店の前から動かないことといい、ウィズの知り合いだろうかとあなたが声をかけてみると、男性は幽鬼の如くゆらりと振り返った。

 紅魔族よりもずっと赤い瞳があなたを射抜き、不可視の重圧が全身に襲い掛かってくる。

 

 

 強い。あなたは素直にそう感じた。

 

 

 感じられる重圧から察するに、男性の戦闘力は恐らくウィズとほぼ互角。

 つまり目の前の彼は玄武や冬将軍のような超級の存在である。

 金髪の男性は何者なのだろうといぶかしむあなたの頭の天辺から足の先まで眺め、やがて興味深いと言わんばかりに目を丸くし、重圧を霧散させた。

 

「まるで見えんな。それどころか……ふむ、何故貴様のような者がこの始まりの街にいるのかは分からんが今はそんな事はどうでもいい」

 

 男性は看板を指差した。

 

「我輩はこの場所に店を構えていた古い友人に会いに来た者だ。この看板に書かれている場所に覚えは無いか?」

 

 やはり男性はウィズに用事があったようだ。

 あなたは数秒ほど思案し、正直に看板に記載されているのは自分の家の住所だと教える事にした。

 彼が何者でウィズに何の用があったとしても、どうせ住所が明記されている以上はこの場で誤魔化しても意味は無いと判断したのだ。

 万が一ウィズに害意を抱く者だったとしても、二人掛かりで仕留めてしまえばいいだろうと判断して。

 

「……つまりあれか、貴様は店主と同居している者だと?」

 

 男性はあなたの発言があまりにも予想外だったようで大きくその赤い瞳を見開き、あなたの家への案内を頼んできた。

 敵意や殺意は感じなかったものの男性はあなたが何を言っても黙して語らずあなたを観察し続け、微妙に気まずい帰宅となった。

 

「お帰りなさい、今日は早かったんですね」

 

 そんなあなた達を出迎えたのは長い髪を一つ結びにしてロングスカートにセーターという以前ゆんゆんに今日のウィズさんってお嫁さんみたいな格好ですね、と言われた姿のウィズだ。

 ちなみにお嫁さんと言われたウィズは照れ隠しにクッションをライト・オブ・セイバーで刹那の間に十七分割してゆんゆんを戦慄させたが今はどうでもいいだろう。

 

 しかしウィズはあなたの横に立つ男性を視認した瞬間、不思議そうに首を傾げた。

 

「えっと……そのタキシードはバニルさん、ですよね……? お久しぶりです。いつもの仮面はどうしたんですか?」

 

 ウィズの目が節穴でなければどうやら男性の正体はウィズの友人である魔王軍幹部、見通す悪魔バニルだったようだ。アクセルに着いていたらしい。

 

 魔王軍幹部、予知と予言という強力な力を持つ見通す悪魔バニル。

 ウィズと違い手配書にも示されている高額の賞金首である。

 

 悪魔は人間の悪感情を糧にしている生命体であり、例によって神々とは争いあい蛇蝎の如く互いを嫌い合っているという話だ。

 女神アクアのアンデッドへの対応を見るにそれは当たっているのだろう。

 更に女神エリスは特に悪魔に容赦が無いのだとか。

 

 幹部としてのバニルは特に人間を殺傷したという記録は残っていないが、あなたが調べた情報によると異常なまでにしぶとく、人間への嫌がらせに長けており厄介で鬱陶しいらしい。

 

 そんなベルディアが絶対に会いたくないと吐き捨てる程にイイ性格をしているという大悪魔はウィズが声をかけた瞬間、頭をグニャリと歪ませた。

 長い金髪のマスクを捨て去ったバニルは短い黒髪に変わり、更に先日あなたの家に送られてきた手紙の印に酷似した白黒の仮面を被っている。今までの姿は変装だったようだとあなたは一人納得した。

 

「…………」

「あの、黙ってないで何か言ってほしいんですけど……も、もしかしてお店の事で怒ってるんですか? えっと、あれは不幸な事故だったといいますか……」

 

 恐る恐るバニルの顔色を窺うウィズを無視して、バニルは一歩前に出ると懐から一枚の小さな紙を取り出した。ひらひらとウィズに注目させるように紙を揺らしながら。

 

「おおっと、何とこんな所に年増店主のイケイケ武闘派魔法狂だった現役時代の写真が残っていたとは! 読めなかった……魔王軍幹部にして、悪魔達を率いる地獄の公爵、この世の大抵の事を見通す大悪魔、バニルの目をもってしても!!」

 

 バニルは自己紹介と共にとてもとても興味深い話を始めた。

 ウィズが危険なら止めようかと思っていたがこれは止めるわけにはいかない。

 バニルの話を聞いたウィズの顔がいつも以上に真っ青になったがきっと気のせいだろう。気のせいに決まっている。

 

「え、現役時代って……ちょっ、待っ……なんでそんな写真が残ってるんですか!?」

「我輩が当時の貴様との戦闘中に撮ったに決まっておろう! 貴様と親しくなった相手に貴様の黒歴史をひけらかす為にな! 更に言うならばこれは店を潰した穀潰しリッチーへの我輩なりの仕置きであり嫌がらせである! 今の貴様には殺人光線よりこちらの方が効果がありそうなのでな!!」

「……なんとなくそんな気はしてましたけど! 実際に効果抜群ですけど!!」

 

 あなたとバニルの手の内の写真を見比べながら露骨にうろたえ始めるウィズ。

 バニルの後ろに立つあなたからは写真を見る事ができないが、ウィズには見えているようだ。

 よほど見られると拙いものが写っているのだろうか。

 見ては駄目だと言われれば見たくなるのが人の、そして冒険者の性というもの。

 

「はてさて、案内のお礼とお近づきの印に貴様にはこの写真を進呈しようではないか!」

「ライト・オブ・セイバーッ!!」

 

 しかしバニルの首があなたの方を向いた一瞬の隙を突いてバニルとの距離を詰めたウィズが光の剣で写真のみを器用に消し飛ばす。

 自身と同等の力量を持つ友人相手とはいえ躊躇無く攻撃魔法を行使するあたり余程の代物だったようだ。

 だが自宅の中でこの二人が戦闘を始めると軽く家が吹き飛ぶと思われるので止めてほしい。かなり切実に止めてほしい。

 

「ぬぐうっ!? 貴様わざわざこんな時の為だけに我輩が後生大事に持っていた珠玉の一枚を!!」

「ふっふっふ……やらせません、やらせはしませんよバニルさん。お店が壊れちゃったのはごめんなさいとしか言えませんがあんな恥ずかしい物を見せるわけにはいきません! この人にだけは絶対に!」

 

 普段の温厚な彼女はどこへやら。

 瞳をギラギラと輝かせながら不敵に笑うウィズに対してバニルはこれぞまさに悪魔といった邪悪な笑顔で彼女を嗤い、懐に手を伸ばす――――

 

「相変わらず詰めが甘いわ愚か者め! 我輩は見通す悪魔! こんな事もあろうかと二枚目くらい用意しているに決まっておろうが! 受けとれっ!!」

「きゃああああああああああああ!?」

 

 今度こそライト・オブ・セイバーを華麗に回避しながら勢いよく投げつけてきた写真を二人とも楽しそうだな、などと考えながら受け取る。

 魔法を解除したウィズが半泣きで写真を奪い取ろうとあなたに襲い掛かってくるが残念な事にウィズのその手は届かないし届かせない。

 

「駄目です! 駄目ですってばぁ!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねながらあなたの背中に全身を押し付けるようにのしかかって写真を奪おうと試みるウィズに構わずあなたは手にした写真を見る。

 いい年こいてこれではまるでいじめっ子のようだと自嘲しつつもあなたはウィズに写真を渡す気は無かった。過去を掘り返されてうろたえる今のウィズはとても可愛い。

 

「あーっ! わぁあああーっ! お願いですから見ないで捨ててくださいぃ!」

「フハハハハハ! その懇願は全くもって逆効果と言う他無いな!」

 

 そう、ウィズは気付いていないようだがバニルの言うとおりである。

 再度繰り返すが見ては駄目だと言われれば見たくなるのが人の性というものなのだ。勿論あなたもその例に漏れる事は無い。

 

 魔導カメラで写されたのであろう写真に写されていた者はあなたもよく知る、しかし別人かと見紛う程に印象の違う友人の姿。

 写真の中のウィズは杖を構え、凛々しい顔つきで魔法を唱えているように見える。

 その美貌は今と変わらぬまま目つきだけが猛禽類のように鋭く、表情は冷たく張り詰めている。

 というかこれは本当に誰なのだろう。

 

「当時二十歳だった頃の店主である。氷の魔女とかいう我輩からしてみれば片腹大激痛な異名で呼ばれておったぞ」

 

 氷の魔女。言われてみれば写真の中のウィズにしっくり来るネーミングである。

 いかにも出来る女といった印象を抱かせる写真の中のウィズは誰もが注視し、自ずと従わずにはいられないようなカリスマに溢れていた。

 人に好かれそうな性質はそのままに、おっとりふんわりな今のウィズとは180度正反対だ。

 ちなみに今のウィズの異名はぽわぽわりっちぃとかそこら辺が似合いそうだとあなたは思っている。リッチーではなくりっちぃなのがポイントである。

 

「ちなみに当時の店主は生真面目な性格やその写真から見て分かる通りの張り詰めた表情から他の冒険者に怖がられ、老後は一人になるのではないかと焦っていたのだ!」

「あああああああああ!!!」

 

 ウィズの過去を晒し上げながら高らかに笑うバニル。

 

 確かにこれでは幾ら美人でも異性は近付きにくいだろう。

 むしろ逆に高嶺の花扱いされていそうだ。

 友人であるあなたをしてこれは双子の姉妹ではないのだろうかと疑う程に写真の中のウィズと現在あなたの背中に必死にのしかかって手を伸ばしているウィズは違う。

 

 写真のウィズの露出度がやけに高いのもその予想を加速させる一因だ。

 

 大きな胸を強調し、上下共に非常に丈の短い服を着ている当時のウィズは階段を上るだけでパンツが見えてしまうのではないかというほどに短いスカートを穿いており、臍や脇腹、太股といった部分が丸出しになっている。

 

 風の女神という最早露出度がどうこうでは済まされない格好の存在を知っているあなたからすれば特にからかう気は無いが薄着などという話では済まされない露出度にちょっとウィズを見る目が変わってしまいそうである。本当にイケイケだ。

 あなたが悪くはないと思うけど今の落ち着いたウィズの方が親しみがあっていいと思うし自分は好きだと正直な感想を話すとウィズはあなたの背中の上でいよいよ声にならない呻き声をあげながら両手で耳まで真っ赤になった顔を覆ってしまった。

 

「だから、だから見ないでって言ったのに……いっそ殺してください……」

「フハハハハハ! 極上の羞恥の感情、ご馳走様である!!」

 

 そんなウィズを見てバニルが呵呵と笑う。

 ベルディアが絶対に関わりたくないと言った理由がとてもよく分かった。バニルは本当にイイ性格をしているし、隙あらば全力で煽っていくスタイルはどこかノースティリスの友人達を髣髴とさせる。

 

 ねえどんな気持ち、ねえどんな気持ち、一緒に暮らしてる仲の良い異性の友人にイケイケで好戦的だった時の自分の格好を知られてねえどんな気持ちと軽快なステップを踏みながら友人を煽り続ける畜生(バニル)を見て彼とは仲良くやっていけそうだとあなたは穏やかに笑った。

 

 

 

 

 

 

「では改めましてこんにちは! 我輩こそがそこで恥ずかしい己の過去を暴露されて撃沈しているポンコツ店主の友人、魔王よりも強いかもしれないと評判の見通す悪魔、魔王軍幹部のバニルだ。趣味は人間にうわあと言わせる事。特技はバニル式殺人光線と目ビーム」

「…………昔の話はいいんですけど、あの格好を見せる事は無いじゃないですか……おなか丸出しとかあの頃の私は何を考えてたんでしょう……」

「おおっと、中々の悪感情ご馳走様である」

 

 恨みがましくバニルを睨みつけるウィズとそれを軽く受け流すバニルの関係を見るに、余程仲がいい事が分かる。あなたとノースティリスの友人の関係を鑑みるにこれだけは間違いないと考えながらあなたは簡単に自己紹介を行う。

 

 ところでこうしてアクセルの街にやってきたバニルだが、彼はウィズの手紙でどこまで話を知っているのだろうか。それによって話す内容がかなり変わってくるのだが。

 

「実の所、全くと言っていいほど把握しておらん。店主からの手紙には貴様の事など何一つ書かれていなかった故な」

「……手紙は検閲されるかもしれませんからね。私は遊びに来てください、みたいな事しか書いてなかった筈です。というか聞くより見た方が早いんじゃないんですか? バニルさんそういうの得意ですよね?」

 

 バニルの相手に慣れているのか早くも気を取り直し、しかしどこかやさぐれ気味なウィズの提案にバニルは首を横に振って否定した。

 

「ここに来る前にも試してみたがまるで見えん。確かに我輩は大抵の事を見通す悪魔だが、貴様のように()()()()と同等以上の強さの相手は見通せんのだ」

「ああ、そういえばそうでしたね……。とりあえずこの人は私がリッチーで魔王軍の幹部な事は知ってますよ。あとバニルさんが私のお友達な事も知ってます」

「それくらいは言われんでも分かる。流石に貴様も己の素性を隠したまま同居なんぞせんだろうし悪魔である我輩と同じ卓に着く事も無かろうよ。だがしかし……」

 

 バニルは人差し指でこつこつとテーブルを叩きながらあなたの瞳を覗き込む。

 名前の通り、あなたの何かを見通すように。

 

「こやつは本当に人間なのか? 見通せないだけならまだしも、()()()()()()のような相手を見たのは我輩も初めてだぞ」

「…………多分?」

 

 何故疑問系なのか。

 そこは人間だと断言してほしかったとあなたは苦笑した。

 あなたはイルヴァという異世界の人間である。

 更にバニルの言う底無しの迷宮とやらに覚えがないわけでもない……というかむしろ有りすぎて困るくらいである。

 あなたはこの世界に飛ばされる直前までまさにその終わりの無い迷宮にいたのだ。

 

 すくつ……無と呼ばれる事もある、時空から切り離されたある種の特異点。

 

 恐らくそれらの要素がバニルの能力に何らかの作用をしているのだろうとあなたは予想した。

 未だにレベルとステータスの表記がバグったままの冒険者カードのように。

 

「ふむ、我輩が呼ばれたのはその異世界の事を聞く為か」

 

 あなたは肯定してバニルに何でもいいのでイルヴァについて知っている事は無いかと尋ねた。

 ノースティリスを始めとするイルヴァの地名や国々、そしてあなたの住んでいた世界で信仰されている神々の名前と共に。幾つかのノースティリスの道具や装備を添えて。

 

 そして数分後、あなたのノースティリスの話を大方聞き終えたバニルは差し出された道具を弄り回すのを止め、静かにこう切り出した。

 

「本来であれば悪魔に願いを叶えてもらう際には対価が必要なのだが……」

 

 心地よい悪感情を食せたし、中々に面白い物を見せてもらった故これを対価としよう、とひとりごちる。

 

「さて、我輩は今でこそこうしてある目的の為に魔王軍の幹部なんぞやっておるが、本来であれば神々と世界の終末を賭けて争う地獄の公爵、七大悪魔の第一席でもある。……つまりそれなり以上に神々や世界の真実については知見を得ているわけだ」

 

 ああ、やはり明るい話題ではないのだろうな。

 バニルの話を聞きながらあなたは既にそんな事を考えていた。

 

「その上で、見通す悪魔の名に懸けて断言するが……貴様の言う世界や神は我等悪魔や神々の知覚している領域内や歴史の中には存在しない。恐らく貴様は神々の管理する世界群、その外側から来た存在なのであろう。そういう意味では永く生きた我輩をして非常に興味深い存在であるな」

 

 バニルの無情とも言える宣告だが、電波や願いが届かず、女神アクアや女神エリスに聞いても掠りもしなかった時点であなたはなんとなくそんな予感がしていた。故に落胆は無い。

 ただ自分は本当に、本当に遠い場所に来てしまったのだなという若干の感動が入り混じったある種の諦観があるだけだ。

 冒険者冥利に尽きるといえば聞こえはいいが、どうしたものか。

 帰還を諦める気は全く無いが、あるいは長期戦を覚悟する必要があるかもしれない。

 

「ところでバニルさん、バニルさんはこれからどうされるんですか?」

 

 話が終わったと判断したのか、お茶を淹れながらニコニコと笑うウィズがそんな事を尋ねた。

 彼女は久しぶりに古い友人に会えた事がよほど嬉しいようで相当にご機嫌な様子である。

 そんなウィズにあなたは若干の違和感を覚えたが、やはり友人の動向が気になるのだろうとそれ以上気にする事は無かった。

 

「…………」

「どうしました?」

 

 バニルは無言でウィズをじっと見つめ、やがて首を横に振って溜息を吐いた。

 呆れたように。頭痛を抑えるように。

 

「……いやなに。これからの予定だが実は我輩は汝の召喚に応じた以外にも用事があってな。この地に赴くのならついでに頼むと魔王に首無し中年を倒した人間の調査を命じられているのだ。我輩も占ってみたが、首無し中年を倒した者は真っ暗で何も見えなかったのでな」

 

 首無し中年。言うまでも無くベルディアの事だろう。

 今はブッピガンする首有り中年だが。

 そしてあなたを見るウィズに何かを察したのか調査は必要無いようだな、と一人ごちるバニル。

 

「えっと、バニルさん。この人の事を報告するのは、その……」

「言われずとも報告する気は無い。一応調査を請け負ってはいるものの、あくまでも我輩はこの地で店を経営しているどこぞのリッチーの下で働いて金を貯め、その資金を元に夢を叶えるつもりだったのだ。だったのだが……肝心の店が更地になっていてなあ。あれには驚いた。本当に驚いた。店の場所を間違えたのかと思ったぞ。むしろ間違っていてほしかったのだが」

「うぐっ……」

 

 痛いところを突かれたとでも言うように胸を押さえてよろめくウィズ。

 しかし大物悪魔がそこまでして求める夢というのは何なのだろうか。

 そんなあなたの疑問にバニルはうむと頷くと、朗々と語りだした。

 

「もう限りなく永く生きてきた我輩には、昔からとびきりの破滅願望があるのだ。それは、至高の悪感情を食した後、華々しく滅び去りたいというもの」

 

 友人が死にたいと言っているにも関わらずウィズは特に驚く事も無く苦笑してバニルの話を聞いている。周知の事実なようだ。

 

「我輩は考えた。一体いつからそんな事を考え出したのかも忘れてしまったくらい遠い昔から考え続け……そしてある時思いついたのだ。我輩好みの至高の悪感情を食する方法を」

 

 ニヤリと仮面の悪魔がふてぶてしく笑う。

 

「まず、ダンジョンを手に入れる。そしてダンジョンには我が部下である悪魔達を待機させ、苛烈な罠を仕掛けるのだ! そこに挑むは歴戦の凄腕冒険者達! 我がダンジョンに何度も挑戦し、やがていつかは最奥に辿りつく者が現れるだろう!」

 

 大きく手を振りテンションを上げて熱弁するバニルを他所に、あなたは何度も挑戦するくらいならいっその事核でボス部屋までを全部吹き飛ばすのは駄目だろうかと考えていた。

 製作者の思惑を完全に無視して壁を採掘してショートカットを作ったり、迷路や罠を核で吹き飛ばすのは台無し感が溢れていてとても愉しいし気持ちがいいのだが、流石に怒られそうだ。

 

「そしてダンジョンの奥で最後に待ち受けるのは勿論我輩! そこで言うのだ、『よくぞここまで来たな冒険者よ! さあ、我を倒し、莫大な富をその手にせよ……!』と。そして始まる最後の戦い! 我輩は冒険者との死闘の末、遂に打ち倒されてしまう。そんな我輩の背後には厳重に封印された宝箱が。意識が薄れていく我輩の目の前で、苦難を乗り越えた冒険者達はそれを開け……!」

 

 冒険者の英雄譚とはかくありき、というバニルの迫真の弁も相まって実に手に汗握る話である。

 話しているのが畜生(バニル)でなければあなたもさぞ興奮していただろうと思えるほどに。

 

「…………箱の中にはスカと書かれた紙切れが。それを見て呆然とする冒険者達を見ながら、我輩は滅びたい」

 

 名前に違わずバニルは本当に悪魔だった。

 軽く予想は付いていたとはいえあまりにも悪辣極まりない嫌がらせにあなたは顔を顰めた。

 もしそんな目にあった場合は絶対に滅んだバニルを復活の魔法で生き返らせねばなるまい。

 

「一人でダンジョンを作れれば話は早いのだが、生憎我輩にそんな能力は無い。故にこの魔法に関しては凄まじい才能を持つポンコツ店主にダンジョンを作ってもらう予定だったのだが……」

 

 バニルはウィズを一瞥したかと思うと深い溜息を吐く。

 金を稼ぐも何も肝心の店が無い現状に心を痛めているのだろう。

 

「さて、ポンコツ店主よ。店の借金は一体幾らにまで膨れ上がったのだ? 貴様の何かに呪われているとしか思えない商才の無さに家と店の再建代を合わせればそれはもう酷い事になっているのであろう? だが目を離していた我輩が愚かだったと特別に今回ばかりは目を瞑ってやろう」

「し、借金は無いです。1エリスも」

 

 ウィズのおずおずとした返事を受けてバニルは大笑した。

 まるでおかしくておかしくてたまらないといった風である。

 

「フハハハハハ! 使えない物を仕入れてくる事と赤字を生み出す事に関しては類稀なる才能を持つリッチーよ! 貴様中々笑える冗談を言うようになったではないか!! ……今はそういうのはいいからさっさと借用書と帳簿を持ってこい。我輩に怒られるのが嫌だからといって子供みたいに隠すと為にならんぞ。具体的には我輩のバニル式殺人光線が火を噴く事になる」

「本当に無いんですってば! この人のお蔭で! だからバニルさん、殺人光線を撃つ構えは止めてください!!」

 

 謎の構えを取るバニルに慌てたウィズは流れるような自然さであなたの背中に隠れた。

 殺人光線、そこはかとなく物騒なネーミングである。

 やはり当たったら即死するのだろうか。

 

「……と穀潰し店主は言っておるが、実際の所はどうなのだ? 貴様等は見通せない故、正直に言ってくれると我輩としては非常に助かるのだが」

 

 あなたは胡乱な視線を飛ばしてくるバニルに今までの経緯を話し始めた。

 

 宝島を二人で採掘して六億エリスを得た事。

 自分には蒐集癖があり、それを満たす為にウィズの店の品……バニルの言う使えない物ばかりを買い漁っていた事。

 ウィズが大金を得ても食生活が改善されないので介入した事。

 不幸な事故で店と家が半壊したのでこうして同居している事。

 店が半壊した時に駄目になった商品代と工事費で今までの黒字は全て吹き飛んだが、その代金は帰ってくる予定だし現在ウィズが保有している資金は一億エリス弱で借金は本当に無い事。

 残り一億六千万エリスほど手に入る当てがある事。

 

 そして数分後。

 幾つかの質問を挟みながらもあなたの話を聞き終えたバニルはすっと立ち上がった。

 ウィズが再びあなたの背中に隠れるが、バニルの表情は仮面に覆われており窺う事が出来ない。

 今度は何をしでかすのだろうといぶかしむあなたを相手にバニルは予想外の行動に出た。

 

「いつも格別の御愛顧を賜りまして厚く御礼申し上げますお得意様ぁ!!」

 

 お辞儀。まさかのお辞儀である。

 バニルはあなたに向けて腰を九十度曲げ、それはもう見事なお辞儀をしてみせたのだ。

 

「おいロクデナシ店主、何をやっている! さっさとお得意様にお茶を出さんか気の利かん奴め!!」

「…………」

 

 あまりの態度の変わりっぷりに白い目でバニルを見やるウィズ。

 カップが空になっていたのでおかわりを貰っておく。

 

「……ところで失礼ながらお得意様はハーブか何かやっておられる? もしくは金をドブに捨てる奇特な趣味でも持っているのか? あと店主の舵を取ってくれているお礼に我輩お手製のバニル君人形をやろう」

 

 仮面の悪魔はとても心配そうにあなたの顔を窺ってきた。本気で失礼だった。

 生憎だがそんな趣味は無い。

 ノースティリスの金であればドブに捨ててもいいと思っているが。

 

 あとバニル君人形はありがたく受け取っておく。

 玄武や女神エリスの人形と同じ所に置いておけばルゥルゥもきっと喜ぶだろう。

 

「受け取っちゃうんですね……」

「どこでこんな都合のいい優良物件を引っ掛けてきたのだ? 汝の店を黒字にするなど相当だぞ」

「そこまで言わなくてもいいじゃないですか!?」

「だが嘘偽りの無い事実だ。まさか貴様、あまりの赤貧に耐えかねて店の品を買わせるべく魅了(チャーム)でもかけたのか?」

「バニルさんは私を何だと思ってるんですか! この人は私と趣味が合うから私のオススメの品を買ってくれてるんです!」

「馬鹿な、貴様と趣味が合う者がいるだと!?」

 

 バニルは大袈裟なジェスチャーと共に仰け反り、ウィズの目がスっと据わった。

 パキン、という音と共にあなたのカップの中身が一瞬で液体から氷になる。流れ弾が当たってしまったようだ。

 

「何ですか、バニルさんは私と趣味が合う人がいるっていうのがそんなにおかしいんですか」

「おかしいに決まっておるだろう。お得意様の戦闘力的に駆け出し冒険者に見合わぬ高値とはいえまともな品を買うというのなら分かる。だが産廃ばかりを好んで買い漁る客だと? そんな事は忌々しい神々や我等悪魔であっても有り得ん話だ。よほど頭のネジと理性が飛んでいる輩でもない限りはな」

 

 断言されてしまった。ウィズがむくれ、拳がぷるぷると震えだす。

 神々や悪魔も見向きもしないとは随分と大きく出たが、当の大悪魔本人が言っているので説得力が凄まじい事になってしまっている。

 決して認めたくはないが理性はともかくこの世界の者から見て自分の頭のネジが飛んでいる可能性については否定出来ない。

 頭のおかしいエレメンタルナイトという異名がそれを証明している。

 

「いや、頭がおかしかろうがネジが飛んでいようがお得意様は我輩にとっては最高に都合の良い存在ではある。なるほど、割れ鍋に綴じ蓋というやつか。この広い世界、誰しも一人くらいは同好の士がいるもの……いや違うか、お得意様は別世界の人間だったな。つまりこの世界に貴様の同好の士はいないわけだ。ならば我輩も安心である」

「何が安心なんですかね……というか幾ら私でもそろそろ怒りますよ? バニルさんと戦うのは人間だった頃以来ですが、本気でやり合いますか?」

「もう怒っておるではないか。そら、悔しかったらお得意様以外の贔屓にしてくれている客の名前を挙げてみせるがいい」

「――――ッ!!」

 

 言いたい放題のバニルにいよいよ堪忍袋の緒が危険な事になってきたようで、ウィズは笑顔のまま目だけが笑っていない。あなたはまあまあと魔力で髪をうねらせるウィズをなだめて落ち着かせる。

 どれだけウィズの仕入れる品は不評なのだろうか。

 ある程度ノースティリスに浸かった者ならば色々な意味で大好評間違い無しなのだが。

 

 

 

 

 

 

 バニルが帰った後のあなたの家は台風一過とでも言うような有様であった。

 特に家の中は荒れたり散らかったりしたわけではないが、住人の疲労と心労的な意味で。

 

 あの後、同居している以上は会わせないわけにもいかないだろうとバニルはベルディアとの顔合わせを行ったのだが、それはもう筆舌に尽くし難い畜生っぷりを発揮してバニルはあなたの下僕となったベルディアを煽り続けたのだ。

 特に合体と分離スキルの存在を知った時の爆笑っぷりはそれはもう歴史に残りそうなほどの凄まじさであった。

 疲労とストレスで発狂してバニルに襲い掛かるも簡単にあしらわれるベルディアの姿はあなたも流石に悪い事をしてしまったと思わず反省したくらいである。

 

「つ、疲れました……」

「……ごすはなんで修行を中断させてまで俺を呼んだの? 馬鹿なの? 死ぬの? 俺の胃と心が死ぬわ馬鹿野郎。アイツとは会いたくないって言っただろ……終末の方がよっぽどマシだぞ……」

 

 そうしてその後も散々バニルにオモチャにされ、心労からテーブルに突っ伏す二人を尻目に、あなたは二人から少し離れた場所で別れ際にバニルに渡された手紙を読んでいた。絶対にウィズに見せないように、と念を押された手紙を。

 

 ――さて、金蔓……もといお得意様には是非とも我輩の為にこれからもあのポンコツリッチーの店に金をじゃぶじゃぶと注ぎ込んでいただきたい。これは我輩も伏して願う事である。

 

 店も更地になっていた事だしアクセルの街に来る途中に面白い物を見つけたので我輩はそこに行ってみよう、と言っていた見通す悪魔のしたためた手紙は、そんな身も蓋も無い内容で始まっていた。

 

 ――お得意様も知っておるだろうが、あの店主は放っておくと赤字を生み出しまくる、それはもう厄介な呪いを患っており我輩としても大層手を焼いておったのだ。我輩が必死に金を貯めても産廃を仕入れて赤字にしてしまう。善意でやっているからなお性質が悪い。故にお得意様が欠陥店主の手綱を取ってくれるのは非常に助かる話なのだが……。

 

 バニルは余程ウィズの商才の無さに苦労してきたのだろう。

 文章の所々から様々な感情が滲み出ている。

 

 ――今回お得意様が我輩を呼んだのは元の世界に戻る為の手段を知る為だと考えている。つまりお得意様はいずれ元の世界に帰るつもりなのであろう。

 

 合っているとあなたは内心で頷いた。

 あなたはノースティリスへの帰還の手段を探るべく異世界に詳しいというバニルを呼んでもらったのだ。

 今すぐに、というわけではないがやはり帰還の手段を知っているのといないのでは大分変わってくる。

 

 ――その仮定の上で忠告しておくが、我輩の見立てではこのままではいずれお得意様という友人にして理解者を得た今のウィズは()()()()()のには耐えられても()()()()()のは耐えられなくなるであろう。恐らく今ならばギリギリ間に合う。だがこれからもウィズとよろしくやっていくつもりならば、努々その事を忘れぬようにする事だ。アレは我輩の友人でもある故にな。なおこの文書は自動的に消滅する。 byバニル

 

 手紙を読み終えたあなたが宙に放った瞬間、手紙は音も無く一瞬で燃え尽きた。


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