このすば*Elona   作:hasebe

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第33話 頭のおかしいエレメンタルナイト

『魔王軍襲撃警報、魔王軍襲撃警報!』

 

 ある日の朝、王都中に響く大音量のアナウンスを聞いてあなたは盛大に舌打ちした。

 何故よりにもよってこのタイミングで来るのか。

 最悪である。魔王軍にはもう少し空気を読んで頂きたい。

 

『騎士団は出撃準備! 今回の襲撃は規模が大きいため、王都内の冒険者各位にも参戦をお願い致します! 高レベルの冒険者の皆様は、至急王城前へ集まってください!』

 

 静かだった外は急に騒がしくなり、警報は未だ鳴り止まない。

 あなたはとある事情の為に数日ほど王都中を駆け回り、満足のいくクオリティの品を売っている店をようやく見つけ、今まさに商品を買おうとしていたのだ。

 そのタイミングでまさかのこれである。

 

 寡黙な店主はあなたに何かを言う事無くあなたが買おうとしていた商品を引っ込めてしまった。

 襲撃が終わってから改めて来い、という事らしい。

 あなたが商品の取り置きを頼むと店主は黙って頷いた。

 

 さっさと終わらせて買い物をしなければ。

 あなたは意を決して王城へと向かうのだった。

 

 

 

 あなたが王城前に辿り着くと、そこには重装備で身を固めた騎士団が整列しており、更に王都で活動している数多の冒険者で溢れていた。あなたも今までに何度か見た光景だ。

 カズマ少年のようなニホンジンと思わしき黒髪黒目の冒険者も数多く存在しており、かつてはキョウヤもこの中の一員だったのだろうが彼はアクセルの街で修練中、最近になってようやくアクセルの街を発ったらしい。

 久しぶりにグラムを手にした事により何かしら思うところがあったようだ。

 あなたとしては代替の神器が手に入れば後はどうでもいいのでキョウヤには是非とも頑張ってほしいところである。

 

 さて、魔王軍と人類が戦争をしているこの世界だが、人類側の戦況はあまり……非常に良くない。

 王族の住む国の中心が侵攻を受けている時点で終わりかけているのでは、と異世界人のあなたから見ても危険域である。

 今回のような王都への魔王軍襲撃は初めてではない。むしろ頻繁に行われているしあなたも何度か迎撃に参加している。

 

 まあノースティリスの王都パルミアは核や終末やその他諸々で頻繁に更地になっているのだが。

 王都のガードのレベルは相当に高いがそれでもなお更地にされる。

 

 こう考えてみるとパルミアは詰んでいるとかそういうレベルではない。

 狂気度が上がりそうだがそれでもパルミアは問題なく運営されている。

 この国の王侯貴族は少しノースティリスの貴族のバイタリティを見習ってみてはどうだろうか。

 

「…………」

「…………」

 

 そんな事を考えていると、いつからか周囲の冒険者の多くがあなたに注目していた。

 日頃アクセルの冒険者達から向けられている、呆れが多分に交じったものとは全く違う質の視線。

 あなたや友人達がノースティリスで散々味わってきた視線に込められた感情は警戒、あるいは畏怖。

 何故異世界くんだりまで来てこんな目で見られねばいけないのかと思わないでもないが一応理由は分かっている。

 

 王都で活動する際、最初の内はアクセルでそれなりに名の知れた冒険者という事で所詮は井の中の蛙、雑魚専と侮られたり煽られたりしていたあなただったが、上級職揃いのパーティーでも死闘になり、ソロでは確実に死ぬと言われている高難易度の討伐依頼ばかりをこなし続ける内にいつからかこのような事になってしまっていた。

 あなたのようにソロで活動している冒険者は決していないわけではない。

 だが依頼の難易度と依頼達成率100%という数字と受注頻度が問題視されているようだ。

 

 かといってあなたは自重する気は全く無かった。

 この国の中心である王都はヒトやモノの数に比例して様々な種類の依頼で溢れ返っており、わざわざ酒場のキッチンに立ったり外壁の拡張工事に行ったり迷子の子猫を探したり露店の売り子に立つ理由は無い。アクセルと違って制限も無いので討伐依頼は受け放題なのだ。

 

 そう考えると紛う事なき自業自得ではあるのだが、あなたは誰かと恒常的にパーティーを組む気は一切無かった。

 前衛要員が必要な時は終わらない終末を過ごし続けて大分仕上がってきているベルディアがいるし、後衛には言わずと知れたウィズがいる。

 贅沢を言えば後一人、回復役が欲しいのだがこのベルディアもウィズもアンデッドだ。

 この世界のプリーストでは二人を回復させる事が出来ない……が、助力を必要とする機会に恵まれていない今は考えても詮無い話だろう。

 

 それはさておき頭のおかしい奴扱いだけは何とかしたいものである。

 アクセルでもそうなので半ば諦めているが、考えるくらいならタダだ。

 

「頭のおかしいエレメンタルナイトだ……王都に来てたのか」

「相変わらずソロってやっぱり頭おかしいわね」

「おい新人、死にたくなかったら絶対目ぇ合わせるなよ。アイツに絡んだ奴は良くて再起不能、殆どは死ぬって有名なんだ」

 

 これはもしかしてイジメなのだろうか。

 どこに行っても付き纏う異名に軽く苛立ったあなたが周囲を軽く睨むと全員が露骨に目を逸らして口笛を吹き出した。芸人だろうか。

 頭のおかしさを存分に見せ付けるべくチンピラのように絡んでみようかと一歩足を前に踏み出すと進行方向の人間達が三歩退く。

 気付けばあなたを中心に場にドーナツ状の空洞が出来ている始末。

 王都における冒険者のあなたへの対応がよく分かる一幕である。

 ノースティリスのように目視した瞬間に脱兎の如く逃げられるよりはマシだが、そういう問題ではない。

 

 アクセルのように雑用依頼を受けていなかったり人となりを知られていないのが悪いのだろうかとあなたは内心で溜息を吐いた。

 あなたはどうにも高難易度の討伐依頼にしか興味の無い狂人だと思われている節がある。

 

 これはあなたからしてみれば酷い誤解だった。

 

 あなたは神器のような貴重な武器や道具、更にそれを持っているニホンジンにも興味があるのだ。

 一体何を持っているのだろうとあなたがニホンジンと思わしき気の弱そうな黒髪を三つ編みにした少女を興味深そうに見つめると、少女は膝をガクガクと震わせて半泣きになってしまった。

 パーティーメンバーなのであろうこれまた黒髪の年若い少年が少女を背に庇いあなたを睨みつけてくる。

 

 おかしい。すこぶるおかしい。

 あなたには別に少女を取って食うつもりは無かった。

 少女はそれなりにスタイルがよく食いでがありそうだがあなたに人肉を食す嗜好は無いのだ。

 

 王都のギルド職員が冒険者達に指示を出す中、あなたは晴れ渡った青空を眺めて現実逃避を始めるのだった。

 

 

 

 

 ちなみに襲撃は掃討戦も含めて一時間ほどで終わった。

 

 精鋭部隊と共に最前線に出張ってきた脳の沸いているとしか思えない豪奢な鎧を纏った魔王軍の指揮官を信頼と安心の単騎特攻であなたが秒殺して敵の士気はあっけなく崩壊。そのままなし崩し的に掃討戦に移行。

 指揮官と精鋭部隊を討伐したあなたには特別報酬が支払われた。

 

 時給に換算すると非常においしい仕事だったわけだが、あなたは数を頼みに押し寄せてくるだけしか能の無い有象無象未満のモンスターの群れを他の冒険者や騎士達と共に作業のように殺戮し続けていただけなので面白みのある仕事ではなかった。そういうのは分裂モンスター狩りでお腹いっぱいなのだ。

 何より敵の指揮官が神器持ちでなかったのが残念でならない。

 魔王軍には人類を裏切ったニホンジンもいるらしいのでどうにかして会いたいものである。

 そして八つ裂きにして神器を奪取するのだ。

 

 

 

 

 

 

 とまあ、そんなちょっとしたイベントがあった日の昼下がり。

 場所は王都から移って駆け出し冒険者の街、アクセルの郊外。

 その共同墓地から少し離れた場所に存在する一軒の大きな屋敷。

 かつて幽霊騒ぎがあり、現在はカズマ少年達が住む拠点となっているそこにあなたはある約束を果たす為に久しぶりに足を運んでいた。

 

 屋敷の敷地内の片隅にはとある貴族の少女の小さな墓があり、カズマ少年達が定期的に掃除しているのか墓石は綺麗に保たれている。

 あなたは墓にお供え物を捧げ、暫し黙祷した。まあ墓の主は今も健在――幽霊を健在と言っていいのかは若干疑問だが――なのだが。

 黙祷を終え、屋敷の方に歩を進めるとあなたはどこかから視線を感じた。

 屋敷の方、二階からだ。

 

《…………!!》

 

 見上げて目を凝らして見れば、墓の主にして幽霊少女のアンナがぶんぶんとあなたに手を振っているのを見つけた。

 幽霊でも元気いっぱい、未だ成仏とは無縁なアンナにあなたは手を振り返しながら敷地内を進み、屋敷のドアノッカーを叩く。

 

「はいはーい、どちらさまですかー?」

 

 返ってきたのは女神アクアの声だ。

 先日カズマ少年があなたの家に9000万エリスを持ってきたので恐らくドラゴンの卵(仮)は買っていないと思われる。

 残りの200万エリスは四人で分けたのだろう。

 

「宗教と新聞の勧誘はお断りしてますよっと……」

 

 とてもではないが現役の女神とは思えない発言をしながら扉を開ける女神アクア。

 宗教の勧誘といえば時々家のポストにアクシズ教徒の勧誘のチラシが入っていたりする。

 とんだ迷惑行為だ。ゴミを押し付けてくるのは止めてほしい。

 

「…………」

 

 目が合い、あなたが会釈すると女神アクアはバタンと扉を閉じてしまった。

 内側からガチャリと鍵を閉めた音が聞こえる。

 まさかの門前払いに流石のあなたも困惑を隠せない。

 

「お、お金なら無いわ! ちゃんとこないだ9000万エリス払ったでしょ!? 残りのお金はちゃんと払うからもう少し待っててください!! 誰が何と言おうと神具だけは絶対に売らないからね!!」

 

 どうやらあなたは借金返済の催促に来たと誤解されてしまっているようだ。

 別件だし今後も催促に来るつもりは無い。

 ウィズが借金取りをやって欲しいと言うのなら話は別だが、今日あなたはデストロイヤー戦でした約束を果たしに来たのだ。

 

「……約束? ……あっ、お酒! お酒ね!?」

 

 勢いよく玄関を開け放ち、満面の笑みの女神アクアが出てきた。

 

「中々来ないからすっかり忘れてたか借金を盾にすっぽかされたのかと思ってたわ!」

 

 あまりにも明け透けに物を言う女神アクアに遅くなった事を謝罪しながらあなたは酒瓶が幾つも収められた木箱を屋敷に運び込んだ。

 

「こんなにいっぱい!?」

 

 デストロイヤー戦で女神アクアはあなたのぺットにしてアンデッドであるベルディアの存在を見逃す代償として高級酒の奉納を要求してきた。

 今日はその分を支払いに来たのだ。

 

「分かる。水の女神である私には分かるわ……これは全部かなりのレベルのお酒ね! やっぱり王都のお酒ともなると一味違うみたいね」

 

 この酒の購入だが、実はかなり難儀していたりする。

 あなたは王都に存在する様々な酒屋を訪ねたのだがどうにもピンと来る酒……アクセルにはマイケルという男性が経営している酒屋があるのだが、中々そこで売っている酒に匹敵するものを売る店が見つからなかったのだ。ようやく見つけて朝早く買いに行ったら襲撃がある始末。

 故にこうして少し時間がかかってしまった。

 

「へぇ、そうなんだ。確かにマイケルさんとこのお酒美味しいもんね。私もよくお世話になってるわ」

 

 早速一本の酒瓶の封を開け、くんくんと鼻を近づけて香りを堪能する女神アクア。

 

「うーん、いい香り。こういう所をどっかのカズマさんにも見習ってほしいもんだわ。……今からでも遅くないからアクシズ教に入信しない? 今なら特別待遇で迎えてあげるけど」

 

 女神直々の勧誘を丁重にお断りする。

 前にも言ったかもしれないが、あなたは改宗する気は一切無かった。

 

「そう? もし入信したくなったらいつでも言ってね?」

 

 もしあなたが異教徒になったと知ってしまったら、あなたの信仰する女神はきっと泣いてしまうだろう。

 それはあなたの望む所ではない。

 

 実の所、あなたと癒しの女神の付き合いは最古参であるペットの少女の次に長かったりする。

 まだ駆け出しだった頃、戦いや冒険のノウハウも碌に知らず、魔法やポーションといった回復手段も碌に持ち合わせていなかったあなたは日常的に死んでいた。

 

 弱いからすぐ死ぬ。

 すぐ死ぬから金を稼げない。

 金を稼げないから装備や道具を調達出来ない。

 装備と道具を調達出来ないからいつまで経っても弱いまま。

 そして弱いからすぐ死ぬ。

 

 そんなどうにもならない負のスパイラルをどうにかしようと癒しの女神を信仰したのが始まりである。

 ちなみに信仰の際にこんな電波が飛んできた。

 

 ――べ、別にアンタの活躍なんて期待してないんだからねっ!

 

 当時まだノースティリスに染まりきっていなかったあなたは初めて女神の声を聞いた時になんだこのイロモノは、と己の選択を激しく後悔したものである。今でもよく覚えている。

 そんなあなたも今では立派な癒しの女神の狂信者だ。

 それどころか女神本人が定期的に自宅に文字通り羽を伸ばしに遊びに来る始末。

 目を離すとあなたの部屋のベッドでぐっすり眠ったりしているので中々どうして侮れない。

 

「~~♪」

 

 あなたが遠い過去を想起していると、ふと鼻歌を歌いながら酒瓶を回収する女神アクアの頭に小さい卵が乗っているのに気付いた。

 かなり驚きの光景である。思わず二度見してしまった。

 

「ああ、これ? ドラゴンの卵よ」

 

 あなたの視線に気付いた女神アクアはあっけらかんと言い放った。

 

「名前はキングスフォード・ゼルトマン。この子はいずれドラゴン達の帝王になる定めを持っているの。この子を呼ぶ時はゼル帝とでも呼んであげて」

 

 女神アクアはそう言いながら、頭上の小さな卵に手から柔らかい光を放っていた。

 その表情はまさに女神に相応しい母性に溢れたもので、その美貌も相まって誰もが振り返らずにはいられないだろう。

 

 しかしあなたの目には女神アクアが暖めているのは鶏の卵にしか見えなかった。

 というか女神アクアは例の店で買ってしまっていたようだ。

 値段はどうだったのだろう。

 

「商人の人が凄く親切でね? 私がお金が足りなくなったから買えないって言ったら、持ち金と交換で良いって言ってくれたの。50万エリスで買ったわ。お買い得でしょ?」

 

 へにゃりと笑う女神アクアの背後にアンナが立っている。

 アンナはあちゃーと言わんばかりに目を覆っている。卵の正体はお察しだ。

 

「あら、もう行くの? お酒ありがとうね」

 

 女神アクアにその商人の露店の場所を聞き、屋敷を後にする。

 ドラゴンの卵(仮)を買う気は少しも無いが少しだけ気になったのだ。

 

 そして帰り際、あなたは女神アクアに教えられた場所に行ってみたのだがなんとそこには鶏を焼いた串焼きの屋台があった。

 なんというか、悪い意味で意味深というか想像力を掻き立てられる店である。

 というかこれは本当に大丈夫なのだろうか。女神アクアの神罰が下りそうだ。

 

「前にこの場所でやってたドラゴンの卵の露店? ああ、あれならアクシズ教徒に滅茶苦茶にされちまったんだよ。そんでその騒ぎの際になんやかんやあって、店主が詐欺をやってた事がバレてとっ捕まっちまったんだとさ」

 

 屋台の店主に話を聞いた所このような答えが返ってきた。

 神罰は女神アクアの知らない所で下っていたようだ。

 自業自得だろう。仮にあなたの信仰する女神が同じ目に遭ったとしたらあなた達によってサンドバッグに吊るされて目を覆わんばかりの刑に処されるのは確実である。

 

 余談だが買った串焼きはとても美味しかった。

 ゼル帝もきっと美味しく育つ事だろう。

 

 

 

 

 

 

「うっ、ううっ……! めぐみんが、めぐみんがぁ……!」

「よしよし、大丈夫ですよゆんゆんさん。もう臭ってませんから。とっても綺麗ですしいい匂いです」

 

 鶏の串焼きに舌鼓を打ちながら帰宅したあなたを待っていたのはウィズに優しく慰められながらぐすぐすとべそをかくゆんゆんだった。

 ゆんゆんがウィズに会いにあなたの家に来るのは割と珍しくないので別にいい。

 しかしゆんゆんはいつもの紅魔族の黒いローブではなくウィズの服を着ている。

 背丈やスタイルの差から若干ぶかぶかだ。

 彼シャツならぬ彼女服、なんて意味不明な電波をあなたは唐突に受信した。

 

「お帰りなさい。すみません、今ちょっと手が離せなくて」

 

 見れば分かるので大丈夫である。

 ゆんゆんに何があったのだろう。

 めぐみんに酷い目に遭わされたというのは分かるのだがこうしてウィズに泣きつくほどとは。

 

 

 彼女はつい先日上級魔法を習得した。

 デストロイヤー戦でレベルが上がり、上級魔法の習得まで残り1ポイントとなったところで露天で売られていたスキルアップポーションを買っていたのだ。

 未鑑定でお値段は一千万エリス。

 デストロイヤーの報酬で懐が潤っていたとはいえかなり勇気が必要な行為である。

 偽物だった場合は一千万エリスを溝に捨てるわけなのだから相当である。

 

 ともあれ無事に上級魔法を習得したゆんゆんはかねてからの約束どおり、ライバルであるめぐみんと久しぶりに遊ぶ為に会いに……もとい勝負を挑みに行く事になっていた。

 

 不世出の天才であるめぐみんに勝利し、紅魔族随一の座を手に入れる為に。

 紅魔族の長となる際に誰にも文句を言わせない為に。

 家柄だけの子だと誰にも言わせない為に。

 

「ううっ……」

 

 その結果がこれである。

 余程手酷く負けたらしい。

 半べそをかきながらウィズによしよしと頭と背中を擦られる、まるで幼い子供のようなゆんゆんの姿がそこにあった。

 

 しかし実際ゆんゆんは十三歳なので子供と言ってもいい年齢だ。

 彼女はかなり発育が良く見た目は十代半ばから後半なのだが人は見た目によらないものである。

 

 一方ゆんゆんを慰めているウィズは二十歳。

 リッチーになってから何年経っているか不明だが少なくとも外見年齢は二十歳だ。

 年齢を気にしているらしいウィズ本人の手前決して言わないが、もしウィズがリッチーになっていなかったら今頃はゆんゆんほどの年の娘がいてもおかしくはなかったかもしれない。

 

 

 

 

 暫くの後、泣き止んだゆんゆんはぽつりぽつりとあなたに語り始めた。

 上級魔法を習得したゆんゆんはめぐみんに勝負を挑む為に今日の朝から屋敷の外でタイミングを見計らっていたらしい。

 めぐみんが一日一回街の外で爆裂魔法を撃つのは有名な話だが、早朝から一人でいつ出てくるかも分からない相手を待ち続けるのはどうなのだろう。冬将軍の時といい、ゆんゆんは少しおかしい。

 

 さておき、無事にカズマ少年と爆裂魔法を撃ちに外出しためぐみん。

 街の外まで出た所で宿命のライバルらしく颯爽と登場しようとしたゆんゆんだがここで誤算が発生した。

 

「カエルがいっぱいいたんです……」

 

 本来であれば冬眠中のジャイアントトードが連日の爆裂魔法で叩き起こされたのか、大量に地上に這い出てきていたのだ。

 爆裂魔法でまとめて駆除したものの、案の定ジャイアントトードの生き残りに丸呑みにされるめぐみん。

 

「そこを私がライト・オブ・セイバーで助けました。いえ、助けたわけじゃなくてライバルがカエルなんかにやられたりしたら、私の立場がないから仕留めただけで……」

 

 こうして無事に一番の親友、もといライバルとの再会を果たし知らない子扱いされたりといった一悶着の末にめぐみんに勝負を仕掛けたゆんゆん。

 

 勝負を受け入れ、ゆんゆんの得意な体術勝負を持ちかけためぐみんは例によって強かだった。

 めぐみんは寸前までジャイアントトードに丸呑みにされていたため粘液塗れだったのだ。

 

 臭くて生温かくてねばねばしているジャイアントトードの粘液に塗れためぐみんが腰の引けたゆんゆんに襲い掛かる。

 特殊な性癖の持ち主が喜びそうなシチュエーションだが生憎ゆんゆんはそのような嗜好を持ち合わせていなかったようだ。

 汚れるのを嫌い即降参したゆんゆんだがあえなく寝技に持ち込まれ粘液塗れに。

 あまりにも酷い負け方をしたのと粘液の生臭さと不快さに傷心中の所を偶然通りがかったウィズに拾われてあなたの家の風呂に入れられた、というのが事態の全容だ。

 あなたの家の浴室はハウスボードで改修しているのでそこら辺の宿や公衆浴場よりも立派なものになっている。

 実は風呂好きだったりするウィズもご満悦である。

 

 

 

 そしてあなたが帰った時の光景は風呂上りにウィズに温かいココアを飲まされて優しく慰められてしまったのでつい涙が出てきてしまったらしい。

 今も落ち込んでいるゆんゆんとそれを慰めるウィズはまるで本当に姉妹のようである。

 

 そんなあなたの感想に二人はきょとんと顔を見合わせた。

 

「姉妹ですか。私はそういうのに縁が無かったからなんか憧れちゃいますね」

「私も一人っ子なので、少しだけ……」

「ふふっ……。私の事をお姉ちゃんって呼んでくれてもいいんですよ?」

「そ、それはちょっと。その、恥ずかしいので……」

 

 美人アークウィザード姉妹。

 冒険者としてさぞかし有名になりそうなフレーズである。

 

「じゃあ私達が姉妹だとするとあなたはやっぱり……」

「……お義兄さん?」

「ゆんゆんさん、今イントネーションがおかしくなかったですか?」

「き、気のせいだと思いますよ?」

 

 不思議そうなウィズの視線から目を逸らすゆんゆん。

 そして……。

 

《お兄ちゃんお兄ちゃん、私紅魔族は悪い種族だと思う! 私が晴れて自由の身になった暁には絶対に紅魔族を……潰す!!》

 

 予想通りの毒電波が飛んできた。妹と聞くと電波を飛ばしてくるアレは勘弁してほしい。

 しかし今回はあなたがゆんゆんを妹だと認識していないのでゆんゆんに電波は漏れていないようだ。一安心である。

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

 服が乾きメンタルを持ち直したゆんゆんをウィズと共に宿まで送り、夕飯の買出しを終えて帰宅したあなた達はポストに一枚の手紙が入っているのを発見した。

 

 女神エリスから神器収穫のお知らせだろうか、と期待しながら見てみれば宛先はウィズの店になっている。

 差出人は不明。マスク、あるいは仮面のような形の印が押されているだけだ。

 ウィズの店への配達物はあなたの家に届くようになっているのでおかしい話ではないが、誰が送ってきたのだろう。

 

「私のお店宛ですか? ……ああ、バニルさんからのお手紙ですね。この印はバニルさんのつけてる仮面を模してるんですよ」

 

 あなたが手紙を渡すとウィズは一目で手紙の差出人を看破した。

 その場で封を開けると内容を読み上げる。

 

「えーっと…………何も書かれてないですね。白紙の手紙です。バニルさんはこういう悪戯をよくする方ですから」

 

 突然真顔になったウィズは手紙を風魔法でビリビリに破いてしまった。

 一瞬行き遅れリッチーという文字が見えた気がしたがきっと気のせいだろう。

 

 

 

 今回手紙を出してきたイイ性格らしいウィズの友人は大抵の事を見通すという悪魔だという。

 果たしてノースティリスの存在、そしてノースティリスへの帰還の手段を見通す事は可能なのだろうか。

 

 若干頬を朱に染め、憤慨した様子で先に家に入って行くウィズを眺めながら、あなたはそんな事を考えるのだった。


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