このすば*Elona   作:hasebe

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第30話 二人は魔女キュア -Max Explosion-

 ずしん、ずしんと。

 大地を揺るがしながら城ほどの巨体でアクセルの街に迫り来る機動要塞デストロイヤー。

 

「…………」

 

 いよいよデストロイヤーが迫ってきているというのにダクネスは依然バリケードの前からぴくりとも動く様子を見せない。カズマ少年の説得は失敗していた。

 よもやこの期に及んで彼女が街の存続よりも己の被虐趣味を優先しているとは思えないが、さて。

 

「クリエイト・アースゴーレム!!」

 

 そんなダクネスから離れた場所で、クリエイターと呼ばれる職業に就いている者達が地面の土でゴーレムを作り出す。

 ノースティリスやこの世界で何度か戦ったゴーレムとは比べ物にならないほど小さい、十数体の人間大のゴーレム達は最前線で立ちはだかるダクネスの背後へと向かい、彼女に付き従う騎士であるかのように整列した。

 

 デストロイヤーの巨体を相手に土のゴーレムというのは些か頼り甲斐が無い。

 熟練者になればあなたにも馴染み深い巨大な鉄やミスリルのゴーレムを作れるらしいがアクセルの街は駆け出し冒険者の街だ。そんな人材が都合よくいるわけもない。

 ちらほらと高レベルの冒険者が散見されるだけ御の字といった感じだろう。

 

 しかしそれでも迎撃部隊の大多数はレベル二十にも満たない者ばかり。

 その影響は早くも出始めていた。

 

「でけえ! それに速え! 予想以上に怖え!!」

「全員頭を低くしろ! 潰されないように絶対にデストロイヤーの前には出るな!!」

 

 恐慌を起こしかけている前衛に場慣れしているベルディアを始めとする高レベルの冒険者達が叱咤激励するが、駆け出しにそれを聞いている余裕など無いようで早くも士気は崩壊しかけている。

 そしてそれは彼らと同じ駆け出しである火力担当も例外ではなかった。

 

「あっばっばばばばば……」

「おいめぐみん、少しはあっちの自然体な二人を見習って落ち着けって。ミスっても誰も責めないさ。もし失敗したら街を捨てて皆で逃げりゃいいだけだ。あんまり深刻に考えるな」

「だだだだ、だいじょぶ、だいじょびでしゅ! わぎゃばくれつまほうでけっけけけし、消し飛ばしちぇくれるわっ!」

「ちょ、ちょっとめぐみん……大丈夫? 大丈夫よね? 花鳥風月しましょうか?」

 

 騒ぎと距離のせいでここからではあちらの会話はよく聞こえないが、遠目にもめぐみんがいっぱいいっぱいになっているというのは分かる。

 尋常ではないプレッシャーに押し潰されかけているようだ。

 

「めぐみんさん、大丈夫でしょうか……?」

 

 対してこちらのウィズは集中すれどもそれ以外はいつも通りである。

 デストロイヤーを前に気負っている様子も無い。

 むしろガッチガチなめぐみんを心配する余裕すらあるようだ。

 

「ええまあ、これでもそれなり以上に場数を踏んでいますから。死線を潜ったのだって一度や二度じゃないですし……何より私はリッチー、最上位のモンスターの一人ですからね。アクア様が結界さえ打ち破ってくれれば後はお任せください」

 

 そこまで言ってウィズは若干不安そうに女神アクアに目を向けた。

 

「ですが、万が一にでもアクア様が失敗した時は……」

 

 仮に女神アクアが失敗した時も何とかなるだろうとあなたは気軽に言い放った。

 不幸中の幸いとして、現在のデストロイヤーの侵攻ルートはこの町一番の高所である正門を通過するものだ。そして正門にはあなた達が陣取っている。

 

 ここからならばノースティリスの道具と技術を使わずとも直接デストロイヤーに乗り込めるだろう。

 メンバーは現在門の上に立っているあなたとウィズと女神アクアとめぐみんとカズマ少年。

 たった五人だが、まあ速攻をかければ何とかなるだろう。むしろあなたとウィズと女神アクアだけでお釣りが来るレベルだ。

 

 門と街はある程度破壊されてしまうだろうが、街が更地になるよりはずっとマシではないだろうか。

 そんなあなたの発言にウィズはパン、と掌を合わせた。

 

「なるほど、その手がありましたか。とってもいいアイディアですね!」

 

 あはははは、うふふふふ。

 数秒ほど朗らかに笑い合った後、突然真顔に戻ったウィズは女神アクア達に向かって大声で叫んだ。

 

「アクア様、お願いですから結界を破ってください! この人アクア様が失敗したら門の上の私達で直接飛び移って乗り込もうって言ってるんです!」

「はぁ!? 私は絶対に逃げるから特攻ならアンタ達だけでやりなさいよね!」

「そんな酷い!? 皆で仲良く土に還りましょうよ!」

「冗談じゃないわよ! 本当に冗談じゃないわよ!!」

 

 ウィズはあなたの作戦がお気に召さなかったようだ。

 何がいけなかったのだろうか。かなり勝ちの目のある合理的な案だという自負があるのだが。

 

「あなたは行けるかもしれませんけど私達に動いてるデストロイヤーに飛び移るなんて無茶な真似は無理ですって! 一緒に走ったから分かってると思いますけど私はそこまで運動神経凄くないですからね!?」

 

 ならばウィズだけでも自分が抱えて飛べばいいのではないだろうか。その程度の身体能力はある。

 あなたのそんな至極尤もな意見にウィズは狐につままれたような顔をした。

 

「え、えぇ~……確かにそれなら行けるかもしれませんけど……と、とりあえずおんぶでお願いします」

 

 若干頬を朱に染めたウィズに了解したとあなたは頷いた。

 横抱き……いわゆるお姫様抱っこでは動きにくくなるので妥当な線だろう。

 つまりウィズがあなたに騎乗するのだ。

 

「……ところでここのメンバーだけで倒せたら報酬の分け前ってどうなるんだ?」

「カズマ!?」

「じょ、冗談だよ。あっちの二人に全部任せて分け前だけ貰おうだなんて思ってないって。最悪お前だけ送り込んで借金返済してもらおうだなんて俺は考えてないから。本当に考えてないぞ? ……でもやってみる価値はあると思う。頑張れアクア」

「仕舞いにゃマジでぶっ飛ばすわよこのクソニートぉ!! 絶対アンタも道連れにしてやるわ!! 私達、死ぬ時は一緒よカズマさん!!」

「俺がミンチより酷い事になっちゃうだろ!! っていうかお前が結界破壊に成功すりゃいいんだよ成功すれば!!」

「そ、それもそうよね! やってやるわよこちとらアクシズ教徒の御神体、女神アクア様なのよこんちくしょー!!」

 

 何があったかは知らないが一気に士気が高くなった女神アクア達。

 若干やけっぱちになったようにも見える。

 

「来るぞー! 各員戦闘準備ー!!」

 

 突然大声で叫んだのはあなたの知らない冒険者の男だ。

 いつの間にかデストロイヤーはかなり近くまで接近していた。

 

 胴体をまな板の様に平らにし、その上に砦の如き巨大な建造物を載せ、他にも所々にバリスタとゴーレムを搭載したデストロイヤー。

 それは事前に侵攻ルートに仕掛けられた数々の罠をあっさりと踏み潰しながら、アクセルの街を蹂躙すべく真っ直ぐと迎撃地点へと突っ込んできた。

 正念場である。

 

『アクア! 今だ、やれっ!!』

 

 現場に指示を出す為にギルドから預けられた拡声器で、カズマ少年が全体に聞こえるように合図を放つ。

 

「セイクリッド・スペルブレイクッ!!」

 

 一瞬、魔法を放った女神アクアの周囲に複雑な魔法陣が浮かび上がったかと思うと、その手にはとても強い魔力を放つ白い光の玉が浮かんでいた。

 女神アクアは両手を前にかざすと気合いと共に息を吐き出し、光の玉をデストロイヤーに向けて勢い良く撃ち出す。

 

「ハアッ!!」

 

 高速で撃ち出された光の玉がデストロイヤーに触れるかどうかというタイミングで、突如デストロイヤーが唸りを上げた。

 デストロイヤーの全身を覆う紋様の入った薄い膜、恐らくあれこそがデストロイヤーを難攻不落の賞金首たらしめていた対魔法結界なのだろう。

 

 しかし、そんな機動要塞デストロイヤーを今日まで守り続けて来た結界は数瞬の間だけ光の玉に抵抗したものの、呆気なく硝子が割れる様に粉々に砕け散った。

 この作戦における最も重要なポイントを無事に越えた事を瞬時に理解したウィズが安堵の息を吐く。

 しかしまだ終わってはいない。デストロイヤーは健在でアクセルに接近中である。

 結界を破られて尚搭乗員は引く気が無いようだし、再び結界が張られない保証も無い。

 

『よし! ウィズ頼む! そっちの脚を吹っ飛ばしてくれ!』

 

 指示を出し終えるとカズマ少年は緊張で震えて縮こまっているめぐみんの近くに歩み寄っていく。彼女に発破をかけるつもりなのだろう。

 こちらも何かウィズを応援した方がいいだろうか。

 そういう役割を担ってあなたはここにいるのだから。

 

「……いえ、結構です。私はあなたがここにいるだけで十分応援になってますから」

 

 ウィズは静かに笑って首を振った。

 あなたは鼓舞スキルでも使おうかと思っていたのだが、どうやら余計なお世話だったようだ。

 

「……では、行きます」

 

 ウィズが誰に言うでもなく呟くと共に、朗々と力強く爆裂魔法の詠唱を始める。

 計ったわけでもなく、めぐみんと完全に同じタイミングで。

 

「黒より黒く、闇より暗き漆黒に、我が深紅の混淆を望みたもう――」

 

 歴戦のアークウィザードにして小さな魔法道具店の店主、そして今は友人であるあなたの家の居候である伝説のアンデッドの王ことリッチーのウィズ。

 

「覚醒の時来たれり、無謬の境界に堕ちし理、無形の歪みと成りて現出せよ――」

 

 己の人生の全てを爆裂魔法に捧げた、すっかりあなたの流した頭のおかしいアークウィザードの異名が定着してしまった紅魔族随一の天才めぐみん。

 

「踊れ踊れ踊れ、我が力の奔流に望むは崩壊なり。並ぶ者なき崩壊なり。万象等しく灰塵に帰し、深淵より来たれ――」

 

 その二人の、この世界において最強最大の攻撃魔法がデストロイヤーに放たれる。

 この期に及んでようやく二人を脅威と認識したのか、デストロイヤーのバリスタが門の上の二人に照準を合わせるが、あまりにも遅い。

 

「――――エクスプロージョン!!」

 

 目も眩まんばかりの閃光、そして轟音。

 全く同時に放たれた二人の爆裂魔法は、長年に渡って人類に辛酸を嘗めさせてきたデストロイヤーの脚をいとも容易く粉砕した。

 

 

 

 

 

 

 一瞬にして脚部を失ったデストロイヤーは轟音をあげて平原のど真ん中に腹を叩き付けられ、そのまま慣性の法則に従ってこちらに突っ込んでくる。

 破壊してなお止まらないデストロイヤーに冒険者達が悲鳴を上げるものの、デストロイヤーはバリケードに届く前、最前線で一歩も引かずに立つダクネスの目と鼻の先で動きを止めた。

 あと一秒でも脚の破壊が遅ければダクネスは巨体の餌食になっていただろう。

 

「ふうっ……」

 

 ウィズが緊張から解放されたように小さく息を吐いた。

 その様子からはまだまだ余裕がある事が窺える。

 

 めぐみんの担当した脚は三本が粉砕。当たり所が良かったと思われる前足がギリギリ辛うじて脚としての機能を果たせそうな程度に大破。爆砕した巨大な脚の無数の破片が冒険者達の頭上に降り注いでいるようだ。

 一方ウィズの担当した脚は四本とも跡形もなく、綺麗さっぱり消し飛ばされていた。

 誰が見ても最早走行不可能だと理解出来る損傷である。

 

 めぐみんも然ることながら、ウィズ程のアークウィザードが爆裂魔法を放つとここまでの威力を叩き出すのかとあなたは静かに唸った。

 流石は威力ばかりが無駄に高いネタ魔法として周知されているだけの事はあり、伝説と謳われるリッチーの魔力であった。

 爆裂魔法を強化する自動発動(パッシブ)スキルは習得しているだろうが、自己強化魔法やめぐみんのような魔法威力を強化する装備無しにこれはいっそ法外なまでの火力である。

 

 いや、ここはむしろ人間のまま、発展途上の身でたかだか己の全てを捧げただけにも関わらずウィズに喰らい付かんとするめぐみんの類稀なる才覚に驚嘆すべきだろうか。

 ゆんゆんはこれに勝たなければならないのかと思うとあなたとて彼女の前途に幸あれと思わずにはいられない。とりあえず正面からの魔法の打ち合いで勝負するのだけは止めておくべきだろう。

 

 あなたが労いの言葉を送りながら水を渡すと、ウィズは小さく微笑んでそれを受け取った。

 

「ありがとうございます。……流石に魔力をかなり持っていかれちゃいましたね。まだまだあなたの突入に同行するくらいの余裕はありますが、今すぐテレポートを使ったりもう一発爆裂魔法を撃てと言われたらちょっと勘弁してほしい所です」

 

 自分の担当した部分を眺めながら水を呷るウィズ。

 前足を大破させたとはいえ残し、今もパラパラと大小様々な破片が周囲に降り注いでいるめぐみんの側と違い、欠片の一つもそこには残されていない。完全に消滅している。

 

「少し魔力を込めすぎましたかね……やっぱりブランクがあるとここら辺の見極めと調整が甘くなっちゃいますか……」

 

 確かに破片一つ残らないというのは若干オーバーキル気味だ。

 結界無しならデストロイヤーを単騎で破壊出来ると言っていたのは伊達ではない。

 この分ならば脚を破壊してデストロイヤーの機動力を奪うだけならもう少し威力を抑えても余裕だっただろう。むしろ本体ごと殺れている。

 

 だがこれに関しては仕方が無いだろう。何せ今回の作戦はリハーサル無しのぶっつけ本番で相手の耐久力がどれ程のものかなど分かっていないのだから。

 手加減して脚を破壊出来ませんでしたでは笑い話にもならない。

 

「それもそうですね。……とりあえず一度下に降りましょう」

 

 ウィズの言葉にようやく出番が来たかとあなたは大きく背伸びをした。

 何をするでもなくただ見て待っているというのはあなたの性に合っていなかったのだ。

 

 作戦通りにデストロイヤーの脚を破壊したからには次は楽しい楽しい突入、制圧、場合によっては拷問の時間である。

 

 製作者が自害していた場合は貴重な復活の魔法を使ってでもデストロイヤーの設計図を入手するのだと固く心に決めながらあなたに付いてくるウィズと共に門の下に降りると、あなた達は同じように階下に降りてきていたカズマ少年と女神アクアと門の前で出くわした。

 

「あれ? めぐみんさんは一緒じゃないんですか?」

「アイツはぶっ倒れたから上で休ませてるよ。爆裂魔法撃った後はいつも倒れてるから心配はいらない」

「いやまあ、確かに爆裂魔法は尋常じゃなく魔力を消費しますけど。それにしたって一発撃つだけで倒れるのは無茶しすぎですよ……」

「いつもの事だから俺は慣れたけどな。俺としてはむしろあれだけやったのにこうしてぴんぴんしてるウィズに軽くびびってる」

 

 降り注ぐ破片の雨も収まり、ようやく状況を把握し始めた冒険者達から感嘆の声が聞こえ始める。

 そんな中、デストロイヤーが完全に沈黙したと判断したのか女神アクアが大声をあげた。

 

「…………よし、やったわね!」

 

 ウィズと歓談していたカズマ少年、そしてあなたがビクリと身体を震わせた。

 

 やったか!? とはノースティリスの冒険者の間でも使ってはいけない台詞の一つにして、あなた達が友人とのじゃれ合いで特に理由も無く頻繁に放つ台詞だ。

 

 やったかの類義語には「これ程の攻撃を受けて無事でいられる訳が無い」や「フッ、いくら廃人と言えどこの至近距離からの魔力の嵐ではひとたまりも……なにっ! まさか!?」などがある。

 

 つまりやったか、と言った時は大抵やってないし相手のどんでん返しが待っているのだ。

 謎の力が突然覚醒したり仲間が駆けつけたり愛の力で蘇ったりこんな事もあろうかと用意していた秘密兵器が出てくる。

 そして発言した奴は死ぬ。

 

 ちなみに相手を完全に仕留めた後に何度も何度もやったか!? 帰ったらパーティーでもやろうぜ! などと死体の前で煽る様に連呼する輩もいる。

 いるというかあなたと友人達全員なのだが。

 

 

「何よ、機動要塞デストロイヤーなんて大層な名前しておきながら全然大した事無かったわね! この勢いでちゃっちゃと中も制圧してパーッと宴会しましょ宴会! 相手は一国を滅ぼした賞金首なんだから、報酬が今から楽しみよねカズマ!!」

「馬鹿ッ! ほんっと馬鹿だろお前!! もしかしてわざとやってんのか!?」

 

 

 あなたと同じくそれを知っていると思われるカズマ少年が必死に女神アクアの口を押さえようとしたが、既に遅かったようだ。

 

「……揺れてる?」

 

 あなたの傍に近寄ってきたウィズが不安そうに呟き、ずずず……という不穏な音と共に振動するデストロイヤーの巨体を見上げた。

 

 

――この機体は機動を停止致しました。この機体は機動を停止致しました。

 

――排熱、及び機動エネルギーの消費が出来なくなっています。

 

――搭乗員は速やかにこの機体から離れ、避難してください。

 

――繰り返します、この機体は機動を……

 

 

 突然デストロイヤーから流れ出した警告メッセージを聞いて、これは確実に爆発するだろうな、と長年核が日常的に飛び交う世界で生きてきたあなたは一瞬で直感した。

 中の製作者であれば動力を切る事が可能な筈だが、あるいは事故でも起きているのか。

 

「ほら見ろこの馬鹿! お前が変な事言うから大変な事になっただろこの馬鹿チャンプ!! どうすんだよこれ!?」

「待って待ってねえ待ってそんなに馬鹿馬鹿言わないでよカズマさん! 今回私まだ何も悪い事してないわよ!? とんだ濡れ衣だわ!!」

 

 少々状況は悪い方に傾いてしまったようだが、あなたがやる事は何も変わらない。

 相手はこんなものを作り出す面妖な変態技術者である。あなた達も最初からこうなる可能性があるというのは分かっていたのだから。

 

「……行くんですね?」

 

 無論である。このままデストロイヤーを放置しても状況は決して好転しないだろう。

 故に突入あるのみである。

 

 他の全員が逃げ出そうともあなたは一人でデストロイヤーに突入して制圧するつもりだった。

 機動力を失ったデストロイヤーが相手ならば単騎で制圧してもそこまで異端視はされないだろう。

 そして制圧して自爆を止めたら考え付くあらゆる手段を以って搭乗者に設計図を描かせるのだ。

 

 善は急げとばかりに、あなたは何度も何度も警告音を繰り返すデストロイヤーに向かって一切臆する事無く全速力で駆け出した。

 

「待っ……私も……!」

 

 背後から聞こえてきた、あなたを呼び止めんとするウィズの声を置き去りにして。

 

 止まらない警報にざわつく迎撃部隊を通り抜け、バリケードを飛び越え、デストロイヤーに肉薄するあなたの足音と気配に気付いたのか、おもむろにダクネスが振り返った。

 

「行くのか? ……いや、皆まで言わなくてもいい」

 

 擦れ違い様にそんなダクネスの声が聞こえた気がした。

 あなたはそのまま大破したデストロイヤーの前脚を伝って胴体に躍り出る。

 

 デストロイヤーの上に昇ったあなたはまず最初に玄武の採掘の時の事が思い浮かんだ。

 玄武の甲羅ほどの広さは無いが、しかしそれでも相当に広大な面積の胴体である。

 

 胴体にはあちらこちらにバリスタが設置され、最奥、蜘蛛が糸を吐く箇所に該当する位置には巨大な建造物と入り口と思わしき閉ざされた扉がある。

 

 デストロイヤーの胴体に装備されているバリスタの砲撃を警戒していたあなただったが、ウィズとめぐみんによる爆裂魔法の余波で損傷してしまっているのか、一機たりとも稼動している様子は無かった。

 しかしその代わりに、無数の小型ゴーレムや戦闘用のゴーレムが侵入者を撃退せんとすべくあなたの前に立ちはだかっている。

 

 思いの外ゴーレムの数が多いとあなたは舌打ちした。内部にゴーレムの製造ラインでもあるのかもしれない。一体一体破壊していく時間など無い。最短ルートで奥まで突っ切っていくべきだろう。

 

「デコイ!!」

 

 あなたが神器を抜くと同時に、あなたと同様に前足を伝ってきたのであろうダクネスが周囲の敵意を集めるスキルを発動させた。

 周囲のゴーレム達が一斉にあなたの背後のダクネスに狙いを定め始める。

 

「ここは私に任せて先に行け! 私の事は気にするな!!」

 

 あなたの道を切り開かんとするダクネスの台詞はまさに騎士の鑑と言えるとても立派なものだった。

 鼻息を荒くし、瞳を情欲に濡らしていなければ、の話だが。

 ぐへへへへとゴーレムを前に笑うダクネスはこんな時でもいっそ清々しいまでにいつも通りだった。

 

 だが囮になってくれるというのであればありがたい。

 本人が置いて行けと言うのであなたは遠慮なくダクネスを置いて行く事にした。

 あなたとダクネスに触発されたのか、他の冒険者達が雄叫びをあげてこちらに迫ってきているので大丈夫だろう。頭のおかしいのとダクネスさんに続け、という声がここまで聞こえてくる。

 

「くうっ……! いいぞいいぞ、己の目的の為ならば一片の躊躇も見せずに騎士とはいえ私のような婦女子すら見捨てる様! それでこそエースだ!!」

 

 ダクネスに狙いを定めたゴーレムを無視して先に進むあなたにダクネスがそんな事を言った。

 間違ってはいないが、見捨てるとは随分と酷い言い草である。

 

 

 

 雑魚に興味は無いと適当に蹴散らしながら一直線に進んだあなたはデストロイヤーを乗っ取った製作者が立て篭もっていると思われる建造物の下に辿り付く。

 他の冒険者達もデストロイヤーの胴体に乗り込んできたようで、あちらこちらから戦闘音や炸裂音が聞こえてくる。

 

 ふと後方を見渡せば最前線ではキョウヤとベルディアが次々と戦闘用のゴーレムを一刀の下に切り捨てており、そこから少し離れた場所ではゆんゆんが雷の魔法で小型のゴーレムを薙ぎ払っていた。

 

 この分ならばゴーレムの駆逐はあっという間だろうとあなたは硬く閉ざされた扉に意識を戻す。

 この扉に鍵は付いていないようなので鍵開けスキルでは解錠不可能だ。

 つまり強行突破あるのみである。開かない扉は壊すのが常道であるが故に。

 

 あなたは数度、扉に向けて無造作に神器、遥かな蒼空に浮かぶ雲を振るう。

 キキン、という甲高い金属音と共に扉はあっけなくバラバラになった。

 冬将軍の持っていた神器なだけあって流石の切れ味である。

 

 

 

 巨大な建物の中にはやはり無数のゴーレムが配備されていたが、やはり相手になる筈も無く作業のようにあなたに一刀で破壊されていく。

 

 デストロイヤーの建物の中は複数階構造となっており、あなたは研究者を探して内部を片っ端から探し回った。

 内部には食堂やトイレ、搭乗員の寝室に食料庫と思わしき部屋もあったがいずれも空振り。デストロイヤーの製作者はおろか人っ子一人見当たらない。

 

 そして探索を続けるあなたは徐々にこの場所に強い違和感を覚え始める。

 ここからはまるで打ち捨てられた廃墟のように生活臭、あるいはこの場所を人が使っていたという気配がしないのだ。話では乗っ取った技術者がここにいる筈なのだがいずれの部屋も新品同然で使われた痕跡が残っていない。

 

 建物に配備されていたゴーレムが掃除をしていたようで内部自体はとても綺麗なのだが、それが却って寒々しい印象を与えてしまっている。

 もしやこの建物はダミーで研究者は別の、例えば機体の内部に隠れているのだろうか。

 そんな事を考えながらもあなたは最奥に到達する。

 

 だが、あなたを待っていたのはあまりにも予想外のものだった。

 

 

 ……それは、白骨化した人の骨。

 

 あなたの使う復活の魔法はどれだけ死体が損壊……いっそ消滅していても蘇生可能だが、ここまで時間が経っている死体を蘇生するのは無理だろう。

 念の為に魔法を使ってみたが、やはり魔法は不発してしまった。

 

 

 猛烈に嫌な予感を感じ始めたあなたが部屋の中を見渡せば、大きめの机の上に乱雑に積み重なった無数の書類の山と、書類に埋もれた一冊の手記を見つけた。

 

 長い年月が経っているにも関わらず書類も手記も一切風化している様子を見せていないのはデストロイヤーを製造したノイズ国の高い技術力の賜物なのだろうか。

 書類を数枚流し読みし、手記を手に取った所で何者かの怒鳴り声と足音が聞こえてきた。どうやらアクセルの冒険者達がやって来たらしい。

 

 

 

 

 

 

「や、やっと追いつきました……」

 

 カズマ少年達が奥にやってきたのはそれから数分後。

 既に最奥の部屋にはかなりの冒険者達が集まっていた。

 あなた以外の彼らは皆一様に沈んだ表情を見せ、部屋に突入してきた時の暴徒のようなテンションは鎮火してしまっていた。燃え尽きたように壁にもたれかかって座ってしまっている者までいる始末だ。

 

「もう、どうして一人で行くなんて無茶を…………あの、何があったんですか? お通夜みたいな空気なんですけど」

 

 カズマ少年と共にやってきたウィズが若干引きながらあなたに尋ねてきたのであなたは白骨死体を指差した。

 あなたを含むこの場の冒険者達は誰一人として口を開く気力が湧かないくらいには酷い事実を知ってしまったのだ。

 

「あれは……もしかしてデストロイヤーを乗っ取ったという研究者ですか?」

「成仏してるわね。アンデッド化どころか、未練の欠片もないぐらいにそれはもうスッキリと」

「いや、未練くらいあるだろ。こんなとこで一人で死んでるんだから」

 

 あなたはカズマ少年の問いに手記を渡す事で答えた。

 女神アクアが首を傾げながらそれを受け取り、あなたが一度冒険者達の前で読み上げた内容を再度音読し始めた。

 

 

「○月×日。国のお偉いさんが無茶言い出した。こんな予算で機動兵器を作れという――――」

 

 

 諸悪の根源が書き記した機動要塞デストロイヤーの誕生秘話。

 それは聞いたあなた以外の冒険者達が舐めんなと怒鳴った後にあまりの馬鹿馬鹿しさとどうしようもなさに崩れ落ちたくなってしまうやるせなさの溢れるものだった。

 

 

 ――機動兵器を作れと命令されたが無理なのでヤケクソで蜘蛛を潰した紙を提出したら受理された。

 

 ――完成した機体で酒盛りをして酔った勢いで動力に煙草の火を押し付けた結果、機体は今日まで暴走。

 

 ――研究者は控えめに言って馬鹿だった。

 

 

 この後先考えていない頭の悪さは開発者はもしかしたらノースティリスの冒険者だったのかもしれないとあなたが思ってしまうほどには酷かった。

 ノイズ国を始めとする今までデストロイヤーに滅ぼされてきた街や国の犠牲者も浮かばれないだろう。

 とりあえずこの件は全員が墓の下まで秘密を持っていく事に合意した。笑い話にもなりはしない。

 無論手記を譲ってもらったあなたはノースティリスで友人達と笑い話にする予定である。

 

 

 

 

 

 

「これがコロナタイトか。ってか、これどうすりゃいいんだよ」

 

 機動要塞デストロイヤーの中枢。

 他の者を全員脱出させ、作戦メンバーから選ばれたあなたとウィズと女神アクアの三人、それに作戦指揮を任されたカズマの四人は動力炉に足を運んでいた。

 

 動力炉内には機体にエネルギーを送る為の無数の管が走っており、その中心にはまるであなたの持つ遺伝子複合機にそっくりな巨大な円筒がある。

 そして円筒の中には今も機動要塞デストロイヤーに動力を供給し続けているであろう、爛々と赤く燃える球体……永遠に燃え続けると言われている伝説の鉱石、コロナタイトが安置されている。

 ウィズに聞いた所売れば億は余裕で超えるらしい。鑑定のストックを使うまでも無く貴重品である。

 無論あなたはこの鉱石も持って帰るつもりだ。デストロイヤーの動力なのだから当然である。

 

 しかし持って帰るのはいいが一つだけ問題があった。

 こうして少し離れた場所からでもコロナタイトの熱が伝わってきそうなのだが、果たしてこの円筒は破壊してしまってもいいものなのだろうか。

 破壊してもいいのなら一瞬で取り出せるのだが。

 

「えっと、コロナタイトは暴走してますし、この筒の中にはエネルギーが充満しています。なので乱暴に取り出そうものなら恐らく……」

「シリンダーごとぼんってなるのか。取り出すような装置も無いし、どうしたもんかな……っとそうだ」

 

 カズマ少年が何かを閃いた様で、おもむろに右手を突き出す。

 

「スティール!」

「――今すぐ手を離してくださいカズマさん!!」

「へっ?」

 

 ウィズの叫びを聞いたあなたは反射的にカズマ少年を抱えて後方に跳躍する。

 ぐえっというカエルの潰されたような声が聞こえた瞬間、ゴトリという重い物が地面に落ちた音がした。

 

「ごほっごほっ……な、なんだ? 何があった!? 一瞬なんか滅茶苦茶熱い物を持った気がしたんだけど!?」

「あのままだとカズマの手にコロナタイトが焼き付いて、焚き火の中に手を突っ込んだ時よりも酷い事になってたから無理矢理引っ張ってスティールの発動場所から逃がしてくれたのよ。……カズマって普段は結構知恵が働くと思ってたんだけど、さっきのゴーレムの件といい、実は馬鹿なの?」

 

 反射的に動いたのでまるで意味が分からなかったが、どうやらウィズの発言はそういう意図の下に行われたものだったらしい。

 そんなウィズは足元に転がってきたコロナタイトに慌てて魔法をかけていた。

 

「フリーズ! フリーズ! ……すみません! コロナタイトに氷魔法をお願いします!!」

 

 ウィズが初級魔法を使っているのは爆裂魔法で減った魔力がまだ戻っていないのだろう。中級の氷魔法では範囲は広いが狭い範囲を凍結させるのには向いていない。

 あなたはコロナタイトに向かってアークウィザードが使えるカースド・クリスタルプリズンの下位魔法である上級魔法、氷棺(アイスコフィン)を発動させる。

 

 その名の通り氷で作られた棺が瞬時にコロナタイトを覆い、氷に封じられたコロナタイトはなんとか鎮火した。

 しかし数秒後には再び爛々と燃え始め、急速に氷の棺を溶かしていく。

 完全に溶け切る前にあなたは再び氷棺(アイスコフィン)を詠唱する。

 再び燃えるので溶け切る前に氷棺(アイスコフィン)

 それを繰り返すがコロナタイトの暴走が収まる気配は無い。

 

 さて、カズマ少年のおかげで無事にコロナタイトを取り出す事に成功し、何とかこうして小康状態を作り出すことには成功した。こうして魔法を使っている間は爆発の心配は無いだろう。

 

 氷棺(アイスコフィン)を使い続けながら気付いたのだが、いつの間にか先ほどまで鳴っていた不吉な警告音は止んでいる。やはりこのコロナタイトがデストロイヤーの全ての動力を担っていたらしい。

 直径十数センチほどの球体が長年デストロイヤーを動かしていたと思うとあまりの凄まじい出力と持続性に驚嘆を禁じえない。是が非でも手に入れなければ。

 

 あなたが欲望に目をギラつかせていると、ウィズが不安そうに声をかけてきた。

 

「……あの、あなたはどこにテレポートを登録してますか? 私はアクセルの街と王都とダンジョンなんですけど」

 

 どうやらウィズはテレポートの魔法でコロナタイトを捨てるという案で行きたいようだ。

 それは止めて頂きたい。かなり切実に。

 

「なあウィズ、そのダンジョンとやらにコロナタイトを送ればいいんじゃないのか?」

「それがその、私が転送先に登録しているダンジョンは、魔法の素材集めにちょくちょく利用していた世界最大のダンジョンでして……今では迷宮を名物にした一大観光街に……」

「迷惑すぎる!」

「一応ランダムテレポートという、転送先を指定しないで飛ばす物もあるのですが、これは本当にどこに飛ぶのか分からないので下手をすれば人が密集している場所に送られる事も……」

「最後の手段にしたいよな……。それで、そっちのテレポートはどうなんだ?」

 

 カズマ少年の問いかけに、あなたは魔法の練習用に人のいない、人の来ない場所に登録している所がある、と答えた。

 

「…………魔法の練習用?」

 

 あなたの言葉にカズマ少年と女神アクアは全身の力を抜き、ウィズだけが眉根を寄せながら何かを言いたそうにあなたを見つめてきた。

 

 そう、ウィズが察している通り今のはカズマ少年と女神アクアを誤魔化すための嘘八百である。

 魔法の練習用ならシェルターがある。普段はベルディアが使っているとはいえわざわざ貴重なテレポートの枠を使ってまで登録する必要は無い。

 あなたのテレポートはウィズと同様に王都や港町といった人のいる場所にしか登録していないのだ。

 

 なのであなたはウィズに口の動きだけで四次元ポケットの魔法を使う、と告げるとウィズは深い溜息を吐いた。どうやら伝わったらしい。

 

「……本当に、本当に危険は無いんですよね?」

 

 念を押すように問いかけてくるウィズにあなたは力強く頷いた。

 四次元ポケットの中では物体は完全に停止するのでコロナタイトが爆発する恐れは無い。

 愛剣やアレの意識は四次元の中で連続している以上中で時間は経過するが、物体としての性質は完全に停止しているのだ。

 故に何年入れっぱなしにしていても食料が腐る心配は無い。

 

 言うが早いか、あなたは氷漬けのコロナタイトにテレポートを使う……と見せかけて転送直前に魔法をキャンセル。四次元に送り込んだ。

 

「…………大丈夫、だよな?」

「……みたいね」

「終わったああああああぁ……」

 

 コロナタイトという目に見える脅威がようやく消えた事でカズマ少年がその場に座り込んだ。

 

 このまま持ち帰ってシェルター内で万全のウィズと共に暴走を止めるか、それでも駄目なら四次元ポケットに入れたまま放置してノースティリスに持ち帰ればいい。

 友人達やあなたの信仰する女神と知恵を出し合えば何とかなるだろう。丸投げとも言う。

 万が一四次元の中で爆発しても危険は無い。せいぜいコロナタイトを失ったあなたが嘆き悲しむだけで済む。とてもつらい。

 

「さぁカズマ、こんな辛気臭い場所からはさっさとおさらばして今度こそ帰って宴会よ! 二人は約束した高級なお酒を奉納する事を忘れない事!!」

 

 楽しそうに駆け出す女神アクアに三人で顔を見合わせて誰とも無く苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 ……もしかしたら女神アクアがあそこで新たにフラグを立ててしまったのかもしれない。

 

 あなたはあたふたと慌てるウィズ、言い争うカズマ少年達、そして装甲を赤熱化して振動するデストロイヤーを前に半ば現実逃避気味にそんな事を考えた。

 

「お前が! お前があの時あんな事言ったからまたこんな事に!!」

「ねえ待って! だから私今回はまだ何もやってないじゃないの!!」

 

 脚を失い、動力炉を失い、それでもデストロイヤーは終わっていなかった。

 なんとあなた達が全員デストロイヤーから脱出したのを見計らったかのようにデストロイヤーが再び振動音と共に震え出したのだ。

 ここまでしつこいといっそ感心してしまう。契約の魔法でもかかっているのだろうか。

 

 大物の討伐を終えて各々の武勇伝を語り合っていた周囲の冒険者達も異変に気付いたようで、慌ててデストロイヤーから距離を取り始めた。

 

「っていうか何が起きてんの!? さっきまでは確かに停止してたしコロナタイトもちゃんとぶっ飛ばしたじゃない!!」

「こ、これは恐らくこれまでデストロイヤーの内部に溜まっていた熱が外に漏れ出そうとしているんです。このままでは街が火の海に……!」

「あーあー聞きたくなーい聞きたくなーい!!」

 

 デストロイヤーからアクセルの町までの距離は相当に近い。

 仮にこの巨体が爆発してしまえば被害は甚大なものになってしまうだろう。

 

 あなたは自分が破壊すべきか、と考えて自分の攻撃手段では状況との相性が悪すぎるとすぐに悟った。

 愛剣などを使えば破壊自体は容易だがデストロイヤーの爆発は避けられないだろう。結局街に被害を与えてしまう。

 街に被害を出さない為には一撃でデストロイヤーを消し飛ばすほどの攻撃でなければならない。

 核を多重起爆すればいけるだろうが確実にアクセルは滅ぶ。本末転倒にも程がある行為だ。

 

「あ、あの……! あなたの魔力を分けてもらってもいいですか……?」

 

 ウィズが唐突にあなたにそんな事を言い出した。

 あなたには彼女が何をしようとしているのかはすぐに分かった。

 しかしウィズがドレインタッチを使うのだけは駄目だ。

 あえて口には出さなかったが、例えアクセルの街が火の海に包まれようともあなたはそれだけは断じて許容出来なかった。

 

「お、おいウィズ! 今お前がそれを使うのは駄目だろ!」

 

 カズマ少年の言うとおり、今この場には数多くの冒険者達の目があり、遠くからとはいえあなた達の一挙手一投足に注目しているのだ。

 何故アンデッド特有のスキルをアークウィザードであるウィズが使えるのか、という話になった時に誤魔化す事が出来ない。

 

「ですが、魔力を吸える私しかアレを止める事は……!」

「ドレインタッチなら俺も使える。俺が誰かから魔力を吸って、それをウィズに渡せばいい。それしか無いだろ」

 

 何故カズマ少年がドレインタッチを、と考えたところであなたは思い出した。

 ウィズがあなたの家の居候になった原因の発端はカズマ少年にドレインタッチを教えたからだったという事を。

 確かに全てのスキルを習得可能な冒険者であるカズマ少年ならば怪しまれても適当なアンデッドが使っているのを見て覚えたとでも言えば誤魔化す事が可能だ。

 

「肝心の魔力を吸う相手だけど……あっちでダクネスに逃げようとか言ってる自称何とかの方がいいよな。さっき上級魔法連発してたしテレポートも使ったし」

 

 カズマ少年があなたに確認してきたが、心配には及ばないと笑った。

 魔力はまだ底を見せていないし、女神アクアの魔力がリッチーであるウィズと相性がいいとは思えない。

 

「いや、確かにそうかもしれないけど……俺は嫌だぞ、また頭がぴゅーってなるのを見るのは」

「えっと……私もアクア様じゃなくてあなたの方がいいかなーって……」

「ちょおーっと待ったあああああ!!」

 

 突然の乱入者に場の全員の注目が集まる。

 果たして、あなたがこの世界にやってきた時、無一文だったあなたに千エリスを恵んでくれたモヒカンの男に背負われてやってきたのは……。

 

「真打ち登場っ!!」

 

 爆裂魔法に人生を捧げた、紅魔族のアークウィザードだった。

 

 

 

 

 

 

「……で、結局最後の美味しい所はあの頭のおかしい紅魔族の娘が持っていったと」

 

 数時間後の自宅にて。

 ワインをグラスに注ぐベルディアが忌々しそうにそう言った。

 

 土壇場で突然現れためぐみんはカズマ少年を通して女神アクアから大量の魔力を吸い取り、見事に爆裂魔法でデストロイヤーを粉砕してみせた。

 魔力を送るのはあなたでも良かったのだが、めぐみんの宿敵であるあなたの魔力だけは使いませんという謎の拘りにより女神アクアが魔力を供給する事になったのだ。

 

 しかしそのお陰とでも言えばいいのか、女神アクアの魔力でブーストされた爆裂魔法は先のウィズのものを凌駕する威力を叩き出してデストロイヤーを粉砕してみせた。

 かくして難攻不落の機動要塞は消滅し、駆け出し冒険者の街アクセルは崩壊の危機を乗り切る事に成功したというわけである。

 当然の如く街中は大騒ぎになり、ウィズは既に疲れて眠ってしまっている。明日は筋肉痛かもしれない。

 

「ふん、まあ構わんがな……紅魔族の娘に五日間便秘になる呪いはかけたし」

 

 ぼそり、とベルディアは最後に何か独り言を言ったようだが数時間前を回顧しながら書類を検分していたあなたの耳には届かなかった。

 

「ところでご主人。さっきから気になっていたんだが、何を読んでいるんだ?」

 

 あなたは紙束から無造作に一枚だけ抜いてベルディアに渡す。

 千金の価値がある紙なのでくれぐれも大切に扱うように、と教えて。

 

「千金とはこれまた大きく出たな……って何だこれ。棒の設計図か? いや、それにしては複雑すぎる。むしろ何かの脚のようにも見える気が……いや、待て。ちょっと待て待て待て待て!!」

 

 ベルディアは顔中から冷や汗を流してあなたが渡した紙を凝視している。

 一目で気付いたようだ。渡した紙が分かりやすいものだったとはいえ流石に勘がいい。

 

「えっ? ひょっとしてその紙の山全部!? 全部がそうなのか!? 嘘だろ!?」

 

 あなたはあえて肯定も否定もせずに静かに笑い、ベルディアはテーブルの上で頭を抱えた。

 

「ご主人、バッカお前、ほんと頭おかし……なんで誰も燃やさなかったんだ……つーか気付けよ……」

 

 無論誰かに燃やされる前にあなたが回収したからである。

 紙束の存在に気付かれなかったのは知られる前に四次元ポケットに入れたから。

 

「最悪だ……ご主人が世界の敵すぎてやばい……もう知らん知らん、俺は何も見てないからな」

 

 自棄酒を始めたベルディアだが、あなたはこれを使ってこの世界をどうこうする気など毛頭無かった。

 そもそもそんな技術も持っていない。

 

「じゃあなんでそんなもんを回収した!? デストロイヤーの設計図とかほんともう……俺はどうなっても知らんからな!」

 

 足音荒く自室に戻っていくベルディアにあなたは苦笑する。

 

 これはノースティリスに戻った時に使う玩具の設計図だから心配などいらないというのに。

 まあ、いつかあなたと共にノースティリスに赴くであろうベルディアがこの設計図を参考にして作られる事になる玩具の相手をする可能性は非常に高いわけだが。

 

 

 

 数時間前、あなたは機動要塞デストロイヤーの最奥、開発者が白骨化していた部屋で書類の山と手記を発見した。

 手記に関しては今更説明の必要は無いだろう。

 書類の方だが、あなたは数枚流し読みして具体的な内容の理解は出来ずともこの書類の山が自身の目的の物である事を悟った。

 手記と共に残された書類の数々はデストロイヤーの各部の設計図やスペックを記したものだったのだ。

 書類が自身にとって宝の山であると知ったあなたは後続の冒険者達に発見される前に全ての書類を四次元ポケット内に収納し、こうして自宅に持ち帰る事に成功した。

 

 こうして改めて検分してみると無数の図面からは装甲や動力、なんと結界の術式について記されていると思わしき部分も見受けられる。

 

 何故研究者が他者に利用されるであろうこの書類を廃棄していなかったかは謎だが、恐らくあなたの友人であればそれまでに培ってきたノウハウを生かして十分デストロイヤーを作れるだろう。

 装甲についてはめぐみんが破壊した脚の破片を幾つか回収しているのでそれを渡すつもりだ。

 暴走状態とはいえ動力炉であるコロナタイトも回収した。

 

 

 

 かくしてあなたはおよそ考え得る限り最高の形で機動要塞デストロイヤーの討伐を終えたのだった。


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