このすば*Elona   作:hasebe

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第3話 宝島と極貧リッチー

 あなたが異世界の冒険者となって、早くも二ヶ月が経った。

 討伐、料理、他の街への配達、行商の護衛、外壁の拡張工事と様々な依頼をこなし続けているあなたは、今ではアクセル有数の魔法戦士として名を馳せている。

 

 早くもギルド職員からはアクセルのエース、みたいな目で見られ始めているが、他の冒険者にお前なんでこの町にいるの? みたいなことは言われなかった。

 どうにも終始ソロで活動しているので、寂しい奴だと思われている節がある。

 

 そうして依頼を受け続ける日々を送っていると、ある日突然に条件を満たしたらしく、魔法戦士の上級職であるエレメンタルナイトになった。

 ただレベルもステータスも、あなたの目には変化していない。

 相変わらずバグったままだ。壁を越えた感触も無い。

 

 スキルのポイントも読めなかったが、こちらに関しては文字が変化したし、実際にスキルを習得できた。

 今は《zえろ》の文字が刻まれている。1ポイントのスキルを選んだが何も取得できなかったのでゼロなのだろう。

 

 さて、肝心のスキルについてだがあなたは片手剣スキル、両手剣スキル、盾スキル、魔法スキルといったように、魔法戦士として活動するのに対外的に都合がいいと思われるものを一通り揃えた。

 その中でも特筆すべきもの。それは初級魔法スキルとテレポートだろう。

 

 初級魔法スキルは殺傷力皆無の火、水、土、風属性の魔法が使えるようになるものだ。

 あなたはそれをクリエイトウォーターのためだけに習得した。

 言ってしまえば、ただの綺麗な水を出すだけの魔法である。

 

 しかしノースティリスで消毒せずに飲めるような綺麗な水は、迷宮の中で拾うか雪国の特定の井戸で汲むなど、入手する機会が非常に限られている。

 それが魔力を使うだけで、文字通り湯水の如く手に入るのだ。

 初級魔法スキルを覚えたままノースティリスに戻れれば、暮らしが楽になること請け合いである。

 

 テレポートの魔法はノースティリスにも存在するが、あちらは数十メートル以内にランダムで転移するものだ。主に敵に囲まれたときに一時離脱するために使う。

 こちらのテレポートは登録した場所に転移するというもので、自宅や“ある場所の自身が到達した最下層”などの特定の拠点に戻る《帰還の魔法》に近い性質を持っている。

 

 場所に登録が可能で上書きが可能。これまた非常に利便性が高く幾らでも悪用できそうなのだが、比例して取得コストが非常に重い。

 あなたは最初からこのスキルを狙っていたのだが、初期ポイントのあまりと二か月分の戦果のほぼ全てを注ぎ込むことになった。

 成長速度も、他と比べて圧倒的に遅いらしい。

 

 聞けば初級魔法はこの世界の冒険者にとって重要視されていないらしく、殆どの者は最初に中級魔法を習得するのだとか。

 あなたは一応中級魔法も覚えているが、覚えてしまえば魔力を消費するだけで何回でも使えるこの世界の魔法は信じられないほど画期的だ。

 

 使用回数に応じて熟練度が伸びて威力や精度が上昇するのは同じだが、魔法書を買い漁ってストックを増やす必要がないだけで、こんなに便利にもなるとは知らなかった。

 今のところ、威力は長年使い込んできたノースティリスのそれに遠く及ばないが、差し引いても夢のような魔法と呼べるだろう。

 

 

 

 

 

 

 とまあ、このようになんだかんだで異世界を堪能しているあなただったが、ある日とんでもない事件に出くわした。

 それは初心者殺しと呼ばれる、駆け出し冒険者がよく殺される狡猾な魔獣の討伐依頼を終えた日のことだ。

 

 獲物の解体を終えて帰ろうとしたところ、唐突に地下深くに強大な気配が発生したのだ。

 それを受けてあなたは最初、地殻変動が発生して迷宮(ネフィア)が発生していると錯覚した。

 気配が地下から地上に昇っていき、地響きと共に数十メートル先の大地が隆起していくのだから、これが尋常の事態ではないことは明白だ。

 

 

 そうして数分後、警戒を強めるあなたの目の前に、丘とも小山とも呼べるものが出来上がっていた。

 

 否、あなたの眼前のこれは丘でも山でもない。

 長く冒険者を続けていたあなたですら初めて見るほどの巨大な生物……大亀が、あなたの目の前に姿を現したのだ。

 

 突如あなたの目の前に現れたソレは、竜など歯牙にかけない、凪いだ海のように深く、大きく、そして静かな力を発している。

 あなたであれば逃げるのは容易い。

 だが戦って仕留めるというのならば、この世界で初めて本気で戦う必要が出てくるだろう。

 少なくとも今あなたが装備している、多少高価な市販品程度の装備で戦っていい相手ではない。ただの自殺行為だ。

 

 だが今のところ、喧嘩を売られている様子ではない。それどころか山ほどもある巨体を横たえ、じっとあなたの目を見つめている。

 あなたに何かを求めているようにも思えるが、あなたが何を言っても反応は無かった。

 

 偶然あなたの前に現れたわけではないだろう。大亀は今もなお、じっとあなたのことを見つめ続けている。

 目の前の神獣とも呼べる存在は、明確な理由の元、あなたに会うために地上に出てきたのだ。

 

 討伐依頼にこのような生物の情報は書かれていなかった。性質も生態も一切不明。

 大亀はただ何かを待つかのように、静かに横たわっている。

 

 あなたは魔物の情報は大方調べたが、このような生物の存在は知らなかった。

 調査と見通しが甘かったようだ。もっと色々な図鑑を読みこんでおくべきだったのだろう。

 あなたが腕を組んで悔やんでいると、おもむろに大亀がブルリとその巨体を震わせた。

 

 すわ何事かと構えれば、甲羅から何かの固まりがぽろぽろと地面に降り注いでいく。

 あなたは近くに落ちた中でも一際目を引いた鉱石を拾い上げた。

 強い魔力を放つ、拳大の鉱石だ。

 

 売ればそれなり以上の金額になりそうだ。ありがたく頂戴しよう。

 あなたは最近無駄な買い物をしすぎて金欠気味なのだ。

 

 大亀の思わぬ贈り物に感謝しつつ、他に落ちた物を拾いに行こうとあなたが姿を翻すと、大亀が再度、今度は少し強く体を震わせた。

 

 ふと、あなたは頭上から気配と敵意を感じた。

 見上げれば、人体ほどの巨大な鉱石のようなものが降ってきている。

 だが鉱石ではない、確かに生物の気配がする。

 

 直撃コースのそれを、あなたは回避しながら片手剣を抜き両断した。

 緑色の体液を撒き散らしながらあっけなく絶命したのは、あなたのよく知るイスの眷属によく似た、無数の触手を持った軟体生物。

 図鑑で見たことがあるモンスターだ。確か鉱石モドキとかいう、擬態能力を持った魔物だったか。

 

 何のつもりだと大亀を見上げ睨みつければ、本来甲羅であった場所はビッシリと鉱石や苔やキノコで覆われているのが分かった。

 甲羅というより、あれではまるで踏み固められた大地だ。

 

 あなたの視線が甲羅にいったのが分かったのか、大亀は三度その身を震わせる。

 土や鉱石が甲羅からポロポロと零れ落ちてくるが、積もりに積もった全てを落とすにはとても足りない。

 甲羅からは、鉱石モドキと思わしき気配もちらほらと感じる。

 

 なんとなく分かってきた。

 乗っているものはくれてやるから、甲羅を掃除してくれ。そういうことなのか。

 

 そんな意を込めて大亀と視線を交わす。四度身震いすることは無かった。

 ただようやく気付いてくれたのかと、あなたの察しの悪さに呆れたように、大亀は鼻から息を漏らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 大亀の上に登り、時折出てくる鉱石モドキを始末しながら暫くのあいだあなたは採取と採掘を行い甲羅の掃除を続けた。

 積もりに積もった地層の如き厚みの土や岩や鉱石を掘り続ける。

 採掘自体はよく迷宮ネフィアの中でもやっている。慣れたものだ。

 

 掘って、掘って、掘って、獲って、獲って、焼いて、切って、掘って、掘り続ける。

 

 

 そうして数時間。時刻が昼に近づきだした頃。

 一息ついたあなたは決意した。

 

 効率が悪すぎる。方法を変えよう。

 

 一人でチマチマ掘っていては、とてもではないが終わりが見えない。

 あなたは大きな富は独占せずに等しく分配されるべきである、などと考えてはいないが、人間と小山サイズの大亀だ。甲羅の面積に対して人手が圧倒的に足りていない。

 ついでに言うと、この世界の採掘師としてあなたは素人以下。つまりゴミと売れる鉱石の区別が殆ど付かないのだ。

 しかし、こうして手当たり次第に拾っていくしかないというのは面倒すぎる。

 

 アクセルに戻って応援を呼ぶべきではないのか。あなたはそう考えたものの、ここからアクセルは徒歩で一日ほどの距離がある。

 こんな宝の山の存在が知れたら、懐寒い冒険者は挙って集まるだろう。集まらない理由が無い。

 それはいいのだが、間違いなく数日間に渡ってギルドが機能不全に陥る。

 

 ならばいっそ核でも使って一掃すべきだろうか。

 どうせこの大亀相手ならば核程度かすり傷にしかならない。

 普通にやるよりさぞ綺麗になることだろう。

 

 あなたはそこまで考え、核ではこの宝の山を消滅させてしまうと気付いた。

 本末転倒にも程がある愚行である。亀は満足するだろうが、自宅も手に入れていない今のあなたにそんな金銭的余裕は無い。

 

 この大亀は賢い。人間風情を利用して甲羅の掃除をしようとする程度には。

 だが甲羅の掃除をしてほしいのならば、それこそアクセルのような人里にでも行けばいいのだ。

 鉱石モドキがいるので一般人には厳しいだろうが、それでもアクセルの冒険者総出で採掘すれば山分けしてもかなりの稼ぎになるし十分綺麗になると思われる。

 

 にもかかわらずこうして地中から出てきたのは、あなたが地中の相手の力量を察したのと同じく大亀も地中からあなたの力を察したからなのか。

 お前ならまともにやるより綺麗にしてくれるだろう、と言われている気がした。

 

 真意はどうあれ、あなたが大亀に甲羅の掃除を頼まれたのは事実。つまり依頼を受けたのだ。

 報酬はこの鉱石の山。先払いで魔力の篭った鉱石を受け取った。

 

 ゆえに冒険者としてのプライドがあなたに依頼を投げ出すことを許さない。

 安いプライドだと言われればそれまでだ。

 だがあなたは冒険者としてどんな依頼だってこなしてきた。これまでも、そしてこれからも。

 

 とはいえ、やはり手伝ってくれる人手は欲しい。

 核以外の方法は思いついた。

 

 追加人員には主に鉱石の仕分けを頼む予定なので少数でいい。あなたでは逆立ちしても高価な鉱石の判別などできない。

 核ほどではないが無茶な真似をする予定なので、万が一巻き込まれても平気な頑丈な奴がいい。

 口が堅いとベスト。

 

 しかし駆け出し冒険者の街であるアクセルに、そのような都合のいい人物などいただろうか。

 諦めて自分だけで頑張るべきだろうと思ったその瞬間、あなたに天啓が降りた。

 

 

 

 …………いや、いた。

 

 

 

 確かにアクセルにもあなたの要求を満たす人物がいる。

 知識が豊富で鉱石モドキをものともしないであろう腕前で、更にあなたが無茶をしても平気と思われる者が。

 

 そうと決まれば善は急げである。

 今もアクセルにいるといいのだが。

 ついでに採取したものを詰め込むために大量の荷物袋も買っておこう。

 まだ一箇所しか無いテレポートの転移先に大亀の甲羅の上を登録し、一度準備のために戻るので少し待っていてほしい旨を大亀に告げる。

 大亀は了承したとばかりに目を閉じ、静かな寝息を立て始めた。このまま昼寝するらしい。

 

 この様子なら暫くどこかに行くことは無さそうだ。安心したあなたは帰還の魔法を唱えてアクセルの街に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 あなたは雑貨屋で道具と袋を買い込み、アクセルの街の一角にぽつんと立っている、小さなマジックアイテムを販売している魔法店に入った。

 扉を開けると同時にちりんちりんと店員に来客を告げる鈴が鳴り、奥からぱたぱたと駆け足で女性がやってくる。

 

「あっ、いらっしゃいませ! いつもご愛顧ありがとうございます! 今日は何をお求めですか?」

 

 あなたの姿を確認した瞬間、ニコニコと嬉しそうに挨拶してきた女性の名前はウィズという。

 全身を覆うゆったりとしたローブを纏い、ウェーブのかかった長い茶髪な青白い顔をした彼女はこの《ウィズ魔法店》の店主で凄腕の魔法使いだ。

 

 ちなみに最上位アンデッドであるリッチーでもある。この世界では伝説とまで言われる凶悪な存在だが、街の人間には隠して生活しているらしい。

 一目で見抜いたあなたにどうか秘密にしていてほしいと頼んできた。

 人外が街中で生活しているというのは少なくともあなたにとっては当然のことなので普通に受け入れている。

 

「爆発シリーズに新しいのを入荷したんですよ。魔力を流すと爆発するポーションなんですがいかがですか?」

 

 そして実は何を隠そう、あなたは頻繁にこの店で買い物をしているお得意様である。

 冷やかしに落ち込む彼女の姿を愛でるという悪趣味な者達からは地味に睨まれているが、それはそれ。

 

 ウィズはあなたを同好の士と認識しているし、実際それは正しい。

 ノースティリスでも見ないような珍品を見かけるとつい手が伸びてしまうのだ。

 

 ただ期待しているところ非常に申し訳ないのだが、今日はあなたは買い物に来たわけではない。

 

「そうなんですか……あ、今お茶……は切らしてるのでお水をお出ししますね」

 

 しょんぼりと寂しそうに微笑んで店の奥に引っ込もうとするウィズを手で制する。

 世間話もいいが、ウィズに依頼したいことがあると告げた。

 

「私にですか? あの、私みたいなのではなく普通の冒険者の方の方がいいと思うのですが……」

 

 首を横に振る。

 お世辞にも広いとは言えないあなたの交友関係の中で、あなたが要求する能力を持つであろう者はウィズしかいない。

 こちらの世界でもリッチーは魔法耐性に優れた種族だ。

 あなたが多少無茶をしても問題ないと判断した。

 

「……分かりました。あなたにはいつもお世話になっていますから。でも私は何をすればいいんですか?」

 

 承諾が得られたので、話の前にウィズの鉱石についての知識について確認しておく。

 

「鉱石ですか? はい、結構詳しいですよ。特にマナタイト鉱石は魔法使いに必携ですから沢山勉強しました」

 

 安心してあなたは大亀が落とした魔力の鉱石を出して見せる。

 瞬間、ウィズの目の色が変わった。

 

「こ、これ……マナタイト鉱石ですよ!? それもこんなに高純度の……どこで手に入れられたんです?」

 

 ウィズはこの鉱石の専門家だったらしい。あなたは本題である亀のことを話すことにした。

 小山ほどの大きさで強大な力を持ち、背中の甲羅に大量の鉱石や魔物がこびりついた大亀のことを。

 ウィズはこの世界の住人でアークウィザードなので知識は豊富だろうと踏んだのだ。

 

「そっ……それって宝島ですか!? 宝島が出たんですか!? どこ、どこに出たんですか!?」

 

 結果、ウィズの目の色が攻撃色に変わった。

 おっとりほんわかしたいつもの彼女からは想像もつかない剣幕であなたに詰め寄ってくる。

 

 ちなみにウィズの特記事項として、リッチーである他に極貧であることが挙げられる。

 ここ二ヶ月はあなたがそれなりに金を落としているにもかかわらず極貧である。

 

 原因は世間話をしただけで理解できる、ゼロを超えて負の方向に振り切れている商才の無さ。

 ウィズは働けば働くほど貧乏になる脅威の特殊能力を持っているのだ。

 更にこの街に見合っていない高性能の代物か、珍奇すぎるか危険すぎてあなたのような者以外買う気すら起きないものばかりを仕入れてくるのだから堪らない。

 

「今何時ってあああああああもうお昼過ぎじゃないですか! 準備! 準備しますから今すぐ行きましょう! 早く行かないと間に合いませんよ!?」

 

 あなたに発言する間を与えずに店の奥に消えるウィズ。

 家中をひっくり返しているのか、何かが割れる音まで聞こえてくる。

 

 あの亀の話を聞くのは現地でお願いしよう。今のウィズは話が通じない。

 

 

 

 

 

 

 採掘準備を終えたウィズとテレポートで大亀の甲羅に飛ぶと、いよいよウィズのテンションが大変なことになってきた。

 

「ほっ、ほああああぁ……本当にこんな所に宝島が……すごい……ああっ、あそこにフレアタイトが! ここが天国ですか!?」

 

 天国ではなく文字通りの宝島である。

 あなたは興奮するウィズを宥め、大亀の詳細な説明をしてもらった。

 

「た、宝島は玄武の俗称です。十年に一度、甲羅を干すために地中から出てくると言われています。これは普段地中で生活している玄武が甲羅のキノコや害虫を日干しするためだと言われていますが、詳細は分かっていません」

 

 どうやらあなたは十年に一度のタイミングにエンカウントしてしまったようだ。

 運が良いのか悪いのか。

 

「玄武は暗くなるまで甲羅を干します。そして希少な鉱石類を食料にするため、甲羅には希少な鉱石が……鉱石が沢山……ふぁあっ、あんなにおっきいマナタイト鉱石まで……! これが全部ひとりじめ……ふたりじめ……!?」

 

 トリップを始めたウィズを再度落ち着かせ、早速作業を行うことにした。

 玄武が暗くなると地中に戻るとなれば、時間にあまり余裕は無い。

 もう少し早く単独での採掘を切り上げて彼女に助力を頼むべきだったと悔やむのは簡単だが、今は一刻も早く採掘を進めるべきだろう。

 

「あ、あの、ところで私達しかいないんですけどいいんですか? 後で怒られたりしませんか……?」

 

 もしや玄武の発見者には報告義務があったりするのだろうか。

 もしそうなら黙っていてほしいのだが。

 

「いえ、そんな話は聞いたことが無いです……そもそも十年に一度しか地上で活動しない幻のモンスターですし」

 

 ならば問題ないだろう。

 それに怒られるも何も、ここは最寄の街であるアクセルから一日も離れた場所にある。

 人を集めて一々テレポートしていては日が沈んでしまう。選ばれた者と選ばれなかったもので無用な争いになりかねない。

 

「そ……そうですよね! 二人しかいないですけど仕方ないですよね! 遠いですもんね!」

 

 そういうことになった。

 極貧リッチーの良心が詭弁と金銭欲に屈した瞬間である。

 

 最後に大事なことを一つ聞いておく。

 玄武はどこまでやっても怒らないのかを。

 

「えっと……昔、高名なアークウィザードが爆発魔法を使ったそうなんですが、それでもダメージを与えられずに全くの無反応だったとか。あと聞き忘れてたんですけど、私はどうしてここに呼ばれたんでしょうか? 確かに凄く嬉しいですけど」

 

 満足の行く答えを得たあなたは、ウィズにあなたが掘った鉱石を分別してほしいと告げる。

 これからあなたは威力を絞った広域攻撃魔法を甲羅に向けて撃ち込んで、鉱石ごと地面を吹き飛ばす作業に入るのだ。

 リッチーのウィズならば、万が一あなたが魔法の制御を誤って魔法に巻き込まれても問題ないからこその人選である。

 

「り、理由は分かりました。でも一応暗黙の了解で玄武への攻撃は止めておこうって決まってるんですが……」

 

 ウィズが玄武に怯えたようにあなたを窘めてくるが、爆発魔法で無反応なら問題無い。

 万が一暴れ出したら命を懸けて止めるつもりだとウィズに告げる。

 

「…………分かりました。お手伝いすると言ったのは私です。責任をもってお付き合いします」

 

 剥き出しになった大きめのマナタイト鉱石の前に膝立ちになり、地面に手を当てる。

 更に忘れずにウィズに袋と耳栓を渡し、自分から離れておくように伝えておく。

 

 何か覚悟を決めたような緊張の面持ちでウィズがあなたを見ているが、あなたは玄武が反応しないと確信している。

 ウィズの手前止めると言ったが、愛剣の強化無し、更に鉱石が砕けないように意図的に威力も絞るので甲羅に傷が入るかすら怪しい。

 故に躊躇なく魔法を発動させた。

 

 

 

 

 

 

 かくして轟、という空を揺るがす爆音とともに。

 あなたの視界は土色に覆われる。

 

 発動した魔法があなたを中心に無色の爆発を発生させ、玄武にこびりついた全てをめくりあげながら周囲一帯を綺麗に吹き飛ばしたのだ。

 

 案の定あなたは砂塗れになったし口の中もジャリジャリする。

 しかし一瞬で剥き出しになった甲羅は黒く美しい光沢を放っており、全くの無傷。

 鉱石も特に砕けているようには見えない。大成功だ。

 無茶とも言える行為がもたらした結果にあなたは満足して頷き、クリエイトウォーターで口の中を濯いだ。

 これなら余裕で日没に間に合うだろう。

 

「…………」

 

 ふと気付けばウィズが鋭い表情で周囲を警戒している。

 が、一分ほどすると安心したようで安堵の息を吐いていつもの表情に戻った。

 

「じゅ、寿命が縮むかと思いました……リッチーですけど」

 

 玄武の反応を警戒していたらしい。

 問題ないと判断したようだ。

 

「ところで今のは炸裂まほ…………いや…………空気、あるいは音の爆発、ですよね?」

 

 一目見ただけでネタが割れてしまったらしい。

 凄腕アークウィザードにしてリッチーの面目躍如といったところか。

 

 あなたが使った魔法の名は《轟音の波動》。

 詠唱者を中心に音属性の爆発を発生させる広範囲攻撃魔法だ。

 

 音属性魔法はこの世界には系統すら存在しない、問答無用で異世界の技術。

 だがあなたはウィズがリッチーだということをアクセルの住人に黙っている。

 いわば弱みを握られている形になるので、ヘタにばらされることは無いだろう。

 よしんば周囲に知られて面倒ごとになったときはなったときだ。逃げるか、あるいは全てを蹴散らすか。

 所詮あなたは寄る辺も無ければ仲間もいない異邦人だ。あなたを縛るものは何も無い。

 

「でも、アークウィザードどころかリッチーのスキルにすらそんなもの……複数の魔法とスキルを組み合わせればあるいは……」

 

 ウィズが妙な誤解をしているが、残念ながらあなたにそんな器用な真似はできない。

 あなたにできるのは覚えた魔法を使うことだけだ。

 この期に及んで彼女に隠し立てする気も無い。質問には終わった後で答えると告げ、あなたは地面の爆破を続けるために甲羅の上を移動するのだった。

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時。

 甲羅の隅々にまで轟音の波動を打ち込み、甲羅をピカピカの状態にしたあなたとウィズは採掘を終えた。

 

 見上げれば黒く輝く玄武の甲羅が夕日を反射して目に眩しい。

 

 あなたが頭のてっぺんから足の先まで砂塗れになりながら綺麗に掃除しても、10年後にはまた玄武の甲羅は元通りになっているのだろう。

 だがそれでいい。

 あなたは玄武から依頼を受けたに過ぎないのだから。ここまで完璧な状態にしたのだって所詮は自己満足だ。

 

 あなたがそう考えたところで玄武がおもむろに立ち上がった。

 気持ちよさそうに大きく伸びをした後に一際大きく身震いしたが、今度は何も落ちてこなかった。

 

 玄武はそのままあなたを一瞥すると、礼を言うように一声だけ低い声で鳴き、出てきた穴にノシノシと歩いていった。

 どうやら依頼は玄武の満足の行く結果に終わったらしい。

 

 玄武が去り、この場に残されるのはあなたとウィズと無数の袋に詰められた鉱石とキノコの山。

 全てを換金すればウィズと山分けしても相当な金額になるだろう。

 持ち運びはとりあえず四次元ポケットに全部詰め込むとして、売却方法も考えなくてはいけないというのは贅沢な悩みだ。

 

 ただ、その代償として数時間連続で唱え続けた轟音の波動のストックが底を突いた。

 轟音の波動の魔法書は一冊だけ持っているが読める回数は残り一回。ウィズに読ませるつもりなので魔法書の入手の当てが無い以上、恐らくノースティリスに戻るまで二度と使えない。

 願いの杖が使えれば魔法書も願えるのだが、産廃と化した以上無いもの強請(ねだ)りに過ぎない。

 

 異世界に来てたったの二ヶ月で特に使い慣れた魔法の一つが使えなくなったのは痛いが、こうして玄武の依頼は無事に完遂したのだ。後悔は無い。

 あなたは清々しい気分で地面に潜っていく玄武を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなに、こんなにいっぱい……半分も……お願い、夢なら、夢なら覚めないでぇ……ぅわ、ふわあぁぁぁぁぁぁああああああ~~~……」

 

 ちなみにウィズは袋に詰めても詰めても減らない稀少鉱石の山に精神のキャパシティが限界を超えたのか、採掘の半ばからずっとトリップしていた。




《玄武》
web版に登場。
書籍版におけるキャベツイベントを担当。
アクアが沢山のクズ石を回収した。

《あなたの使う魔法について》
魔法書を読む事でその魔法のストックと呼ばれる固有の数値が増える。
魔法を使うとMPとストックの両方を消費し、ストックは必須。
MPは無くても使えるが反動でHPダメージを受ける。

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