このすば*Elona 作:hasebe
――機動要塞デストロイヤー。
元々は対魔王軍制圧兵器として、古の魔道技術大国ノイズで建造された巨大ゴーレムの事である。
国家予算から巨額を投じて作られたこの巨大なゴーレムは蜘蛛の様な形状をしており、その大きさは小さな城ほど。
装甲は軽量にして頑丈な魔法金属で覆われており外見に反して移動は機敏。八本の巨大な脚で馬以上の速度を出す事が出来る。
踏まれればドラゴンのような大型のモンスターといえども挽肉にされ、ノイズ国の技術の粋により常時対魔法用結界が張られているため魔法攻撃はほぼ意味を成さない。
あまりのサイズ差と速度で接近戦はほぼ不可能。
上空からの攻撃は備え付けのバリスタで迎撃される。
そんなデストロイヤーが暴れている理由だが、研究開発を担ったノイズ国の責任者が機動要塞を乗っ取り永い時を経た今も機動要塞の中枢部にてゴーレムに指示を出していると伝えられている。
まず最初にノイズ国を滅ぼしたデストロイヤーによって荒らされた事の無い地はこの大陸には殆ど存在せず、その巨大な八本の脚でどのような悪路も走破し人間もモンスターも蹂躙していく。
故にデストロイヤーが接近してきた場合はさっさと諦めて街を捨てて相手が過ぎ去るのを待ち、そして再び街を建て直すのが常識となっている。
建造目的にして制圧対象の魔王軍だが、彼らは魔王城の結界に護られているのでデストロイヤーは完全に放置しているのだとか。結果、被害を被っているのは人類側だけ。酷い話もあったものである。
ちなみに懸賞金は三十億エリス。
これがあなたの知るこの異世界において天災とよばれるデストロイヤーの概要だ。
ノースティリスにおけるエーテルの風のように、手の施しようが無い天災と諦められている点ではあなたや友人達と同じなのでデストロイヤーに若干の親近感が湧かなくもない。
ただそんなものが自分達の住む街に接近してくるとなれば話は別である。
警報では現在デストロイヤーは街の北西から一時間と少しの距離から接近中との事らしい。
つまり時間には多少の余裕があるという事だ。
シェルター内で作戦会議をする程度には。
ちなみにゆんゆんは話を聞くやいなや挨拶もそこそこに飛んで帰ってしまった。
逃げる事は無いだろう。そういう目はしていなかった。
「さて、そんなわけで機動要塞デストロイヤーがこの街に来てしまっているわけですが……どうします?」
真剣な声色でウィズがあなたに問いかけてくる。
それは決してデストロイヤーから逃げるか、それとも断固として戦うかという三人のこれからをあなたに委ねようとしている者の声ではなかった。
ウィズは端からアクセルの街を護る為に戦おうとしている。どれだけ相性が悪い相手だろうと、勝算など知った事かとばかりに。
彼女はあくまでもあなたがこれからどう行動するつもりなのか尋ねてきたのだ。
無論あなたもデストロイヤーと戦うつもりである。
ギルドが街中の冒険者は戦えと依頼してきているし、更に
「……ありがとうございます」
ウィズはそう言ってほっと安堵の息を吐いた。
よもやここで臆病風に吹かれて逃げ出すような腰抜けだと思われてはいなかっただろうが、それでも不安だったのだろう。
「戦うのはいいのだが、ご主人はどうするつもりだ? 流石にさっきの話みたいに都合よくはいかんぞ」
先ほどまであなたとデストロイヤーの話をしていたベルディアがそんな事を言った。
「……あの、それはどういう意味ですか?」
「アンデッドナイト召喚や死の宣告を使えば首が繋がっていようとも即人外バレする俺、リッチースキルを使った時のウィズと同じように、ご主人も不特定多数の目の前で全力を出したり異世界の道具や技術をひけらかすのは問題があるのではないのか、という話だ」
確かにベルディアの言うとおりである。
先ほどの思考実験と違いこれは他の冒険者やギルド職員の目がある戦いだ。
そこの所も考慮していかなければならない。
「私はあなたが魔法を使うのは見ましたがまともに戦うのを見た事が無いですからね……ベルディアさん、実際の所はどうなんですか?」
「本気で戦えばデストロイヤーが相手だろうと九割九分ご主人が勝つ。ご主人がその気になれば何の心配もいらない戦いだなこれは」
あっけらかんと言い放ったベルディアにウィズが目を丸くする。
「じょ、冗談ですよね?」
「本気も本気だ。ご主人の使う剣は魔王様の加護がかかった俺の鎧を一撃で文字通り粉々に粉砕する程の攻撃力に加え、魔法威力の強化の度合いがもう意味不明なレベルでぶっ壊れてる。頭おかしいんだよアレ……」
「ですがデストロイヤーは馬と同等の移動速度、何より対魔法結界がありますよ?」
「物理一本で押し通せるから攻撃魔法なんぞいらん。ご主人の使う異世界の魔法には速度上昇や攻撃力上昇、防御力上昇といった自己強化魔法が存在する。馬程度の速度じゃ話にならん。脚を一本ずつバラされて終わりだ。というか結界が無ければウィズでも単騎でやれるだろうに」
「……それは、まあ。デストロイヤーの脅威の大半は対魔法結界ですし」
そう、デストロイヤーを倒すだけならば簡単なのだ。
手っ取り早く、かつ確実に終わらせたいのならあなたが愛剣を抜いて各種魔法を使い一人でデストロイヤーに突っ込めばいい。たったそれだけで話は終わる。
時停弾を使って中枢部に乗り込むもよし、圧倒的速度差にものを言わせて脚を一本ずつ切り落とし達磨にするもよし、正面からガチンコで戦うもよしだ。
単騎でデストロイヤーを倒せるかと聞かれれば、ノースティリスの道具や魔法、技術を惜しみなく使用すれば余裕だろうとあなたは睨んでいる。愛剣を用いた全開状態ならば如何様にも料理出来るだろうとも。
無論これは自分の知るデストロイヤーの情報が全てだとするならば、という前提条件の下での話であるのだが。
あなたの思いつく限りの最適解としてはまず接敵前に愛剣を抜いて各種補助魔法を使用。同時に野生召喚などで適当な的を捕獲しておく。
デストロイヤーが目前まで来たら捕まえた的に時停弾を撃ち込み時間停止発動。停止中に脚を伝ってデストロイヤーの上に乗る。
乗ったらそのまま暴れ回り中枢部を一気に制圧。デストロイヤー内に全開状態のあなたが勝てない相手がいた場合を除けば勝利確定である。
制圧してもデストロイヤーが止まらない場合は内部から破壊してしまえばいい。
多分これが一番楽だと思います。
「でも、それをやってしまえばあなたは……」
「懸賞金三十億を独り占めでウッハウハ。更に最初のうちは英雄扱いされるだろうな、最初のうちは」
そう言ってベルディアがけたけたと哂い、ウィズが沈痛な顔をした。
ベルディアには謂れの無い罪を押し付けられて処刑された過去がある。
彼が哂うのは過去の己か、あるいは己を謀った者か。
「過ぎた力は禍を呼ぶ。他の者と共に戦うならまだしも、デストロイヤーを単騎で討伐しようものならどう足掻いてもご主人に政治絡みの厄介ごとが降りかかってくるのは避けられんだろう。というか第二の魔王として国から指名手配される可能性すらあると俺は思っている。……まあご主人なら全部蹴散らせるだろうがこの街にはいられなくなるだろうよ」
「…………それは、それだけは絶対に駄目です」
「しかしデストロイヤーを単騎で、それも爆裂魔法のようなイカレた方法ならともかく物理で討伐可能な技術と戦闘力の持ち主など上に立つ者達が恐れない理由が無い。俺も程度は違えど似たような経験をしてデュラハンになったから良く分かる。あの清々しいまでの掌返しはいっそ笑えてくるぞ?」
「…………」
この世界ではそういうものらしい。
罪を犯さずとも指名手配されてしまうとは何ともはや。
世界中に自分が異世界人と知られて目立つだけならいい。この世界にはニホンジンという異世界人もいるのだからそれにイルヴァの人間が増えるだけだ。
しかし国際的に指名手配されるのは流石に勘弁してほしいというのがあなたの率直な感想である。
あなたは現在異世界生活を満喫している最中なのだ。指名手配などされてしまっては全てが台無しだ。
襲い来る敵対者や職務に忠実な衛兵を片っ端から八つ裂きにするような生活はノースティリスだけで十分間に合っている。特に衛兵はレベル上げと称して何度も殺しすぎたせいかたまには犯罪者落ちしろとあなたを煽ってくる始末である。
ちなみに他者に存在を気取られないように戦うというのはあなたであっても不可能である。
まず隠密スキルは戦闘行動を取った瞬間に解除される。
そしてこの世界には遠くの物を見る魔法や映像および画像記録を残す魔道具が若干高価とはいえ民間に普及する程度には存在するし、何より現在進行形でアクセルに接近中のデストロイヤーがギルドに監視されていないわけがないのだから。
あなたには最悪時間停止さえ出来れば勝つ自信がある。しかし停める事の出来る時間が本当に短い以上、どこまで監視の目が届いているか分からない状態で博打は打ちたくない。
「正体を隠して戦うっていうのはどうですか? 鉱石を売った時に使った魔法がありますよね?」
確かにインコグニートの魔法を使えば直接的な身バレは防げるだろう。インコグニートのストックもまだ残っている。
しかしそれはそれでアレは一体何者なのだという話になり、捜査なり指名手配は避けられない。
更に懸念事項として、この街にはウィズを一目でリッチーと看破した女神アクアがいる事が挙げられる。
どこまで誤魔化しきれるかは甚だ疑問だし、相手は神なので最悪インコグニートが何の効果も成さなくても不思議はない。実際にあなたの信仰する女神はあなたが変装しても普通に見破ってくる。
映像や画像記録に残されるであろうあなたの姿を女神アクアが見た時どうなってしまう事か。
「これも駄目ですか……」
「まあ素性バレが致命的なのは俺らも同じなんだけどな。俺はアンデッドだとバレるだけならまだしも他人に懸賞金三億の元魔王軍幹部だと知られたら終わる。本当に終わる……」
「私もアクア様達以外にリッチーで現役魔王軍幹部って知られちゃったら絶対高額の賞金がかかりますからね……というかアクア様も私が魔王軍幹部だって事までは知らないですし……」
ベルディアとウィズが一気にお通夜ムードになった。
あなたの家には脛に傷を持つ者が集まりすぎである。
実際問題、あなたが賞金首になってしまった日にはあなたと懇意にしているウィズにも多大な迷惑がかかるだろう。
迷惑どころか普通にウィズが人外でリッチーだと知られてしまいかねない。
あなたは自分だけに被害が来るのならまだしも、それだけは決して許容出来なかった。
ウィズの身の安全とアクセルの街ならあなたは当然ウィズを選ぶ。
住人の避難勧告は出ている。建物が全て破壊されて更地になっても建て直せばいいのだ。
現在更地になっているウィズの家や店と同じように。
そういうわけでこの戦いではノースティリスの技術と装備は使用出来ない。
この世界の道具と技術だけでデストロイヤーに安全かつ確実に勝つ為には他の者と協力しつつ、かつベルディアの首を分離スキルで飛ばす必要があるだろう。
「あれ? 死に過ぎでいよいよ俺の耳がおかしくなったのか? 今分離スキルがこの世界のスキルって聞こえた気がするんだが?」
ベルディアを適当に布で包むなりして姿を隠し、ダンジョンで手に入れた飛行する使い捨ての魔法道具だと誤魔化してしまえばいい。無論その場合はモンスターボールに回収はしないのでベルディアは死ぬ。どうせ復活するので問題ない。
そうして一度デストロイヤーの上に乗ってしまえばあとはこちらのものだ。
「うぃずごすをとめろください」
「…………頑張ってください」
「オイオイオイ。死ぬわ俺」
ベルディアの切実な懇願にウィズは沈痛な面持ちで目を逸らした。
しかし先ほど話したように分離スキルの飛距離や積載限界の検証を全くやっていないしそんな時間的余裕も無い。
ぶっつけ本番で試すにはあまりにもリスキーな行為だ。残念だが止めておこう。
しかしあれも駄目、これも駄目と八方塞がりになってきた感がある。どうしたものか。いっそ
「……あの、一度ギルドに行ってみませんか? 召集で人が集まっているでしょうし、何かいい案が出ているかもしれません」
ウィズの提案にあなたは頷いた。
どの道他の者と戦う以外の選択肢は無いのだ。
「ところで実に今更なんだが、俺はどうすればいい?」
ベルディアの発言を受け、あなたは顎に手を当てて考え込む。
置いていくという選択肢は無しだ。
モンスターボールに入れて連れて行くのも出す時に悪目立ちするだけなので却下。
キョウヤ達とゆんゆん、カズマ少年はベルディアの存在を知っている。ゆんゆんに至っては数分前に会っている。
何故いないのか、どこに行ったのか、何故モンスターボールに入っていたのかという話になってしまうだろう。
「ベルディアさんはこのままここで待機。一度私達だけでアクア様に話を通しておき、後で合流するというのはどうでしょうか。一緒にギルドに行くというのは危険だと思います」
一度でもアクア様に叫ばれたら終わりですし、と気まずそうに続けるウィズ。
普通にベルディアをアンデッド呼ばわりしてターンアンデッド発動。場が阿鼻叫喚になりそうだ。
キョウヤとゆんゆんには装備を整えているから遅れるとでも伝えれば良いだろう。
「この期に及んで一人で待っているというのも気が進まんし、俺はそれでいいぞ。……しかし大丈夫なのか? アクシズ教の女神なのだろう?」
「だ、大丈夫ですよ。アクア様は決して話が通じない方ではありませんから! 私だって見逃してもらえましたし!」
「不安だ……とても不安だ……」
そういうわけでベルディアについてはウィズの案を採用する事になった。
考え方によってはこれはいい機会でもある。
首も繋がった事だし、女神アクアさえ乗り切ればベルディアもウィズと同じように外を出歩けるようになるだろう。ただし休みの日限定で。
ちなみにあなたはベルディアが魔王軍幹部であるデュラハンだとバレるとは思っていなかった。
合体スキルの恩恵で首が繋がっているし、今のベルディアは象徴である鎧もくろがねくだきも装備していない。
元同僚であるウィズにすら知らない人扱いされたくらいなのでむしろ人類には鎧が本体と思われているかもしれないとすら考えている。
■
ベルディアを自宅に残して数分後。
ウィズと共にアクセルの街を駆け抜けたあなたはギルドの建物に到着した。
数分全力疾走しただけで息を荒くするウィズに後衛職とはいえ運動不足が過ぎるのではないかと思いながらも中から無数の人の気配がするギルドの扉を勢い良く開け放つ。
音に反応して振り返り、あなた達に集中する数多の冒険者達の視線。
それに臆する事無くウィズが声高に名乗りを上げる。
「すみません遅くなりました! ウィズ魔道具店の店主です! 私も一応冒険者の資格を持ってますので、この人と一緒にお手伝いに……」
しかしウィズの名乗り声を掻き消すように、ワッという大小様々の歓声が建物を支配した。
「店主さんだ!」
「貧乏店主さんが来た! 頭のおかしい奴と一緒に来た!」
「頭のおかしいエースと貧乏店主さんが来た! これで勝てる! それはそれとして爆発しろ!」
「二人して最高のタイミングで来てんじゃねえぞコラァ!!」
男性冒険者からは特に熱烈な歓迎を受けている。
まるでこれで勝利が確定したと言わんばかりの熱狂にあなたとウィズは顔を見合わせた。
ウィズが高名なアークウィザードだというのは周知の事実だが、それを差し引いてもこれは少し異常だ。
「今の私って店主なんですかね……お店が物理的に無くなっちゃったんですけど……あ、でも貧乏はもう脱出しましたから! その、あなたのお陰で借金も完済出来ましたしご飯もちゃんと食べてますし!」
違う、そうではない。
何故今になってそんな話をするのか。それも同居している相手に。
ウィズが借金生活を脱出したことも食生活が改善した事もあなたはよく知っている。
もしかしたらウィズは軽く混乱しているのかもしれない。
「キテル……」
「エレウィズキテルネ……」
「キテル!」
そして相変わらずあなたとウィズが一緒にいるのを見ると謎言語で話し始める女性陣は何事なのか。
何も来ていないし頼むからそういうのはエヘカトルの狂信者だけで勘弁して欲しい。
あのお喋りが大好きな癖に喋るだけで格下を発狂させる毒電波を放つ心優しい友人はアレとは反対に会話は可能だが言葉が通じないのだ。
「ウィズ魔道具店の店主さん、これはどうもお久しぶりです! ギルド職員一同、お二人の参戦を歓迎致します! さあ、こちらにどうぞ!!」
「あ、はい!」
職員に促されるままあなた達は中央のテーブルの席に座らされる。
あなた達が席に着くと、冒険者達は期待を込めた目で、進行役のルナを見る。
「では、お二人にお越し頂いた所で、改めて作戦を説明します!」
ルナの視線を追えば、その先にはカズマ少年達一行の姿が。
どうやら女神エリスも一緒なようだ。
「……まず、アークプリーストのアクアさんが、デストロイヤーの結界を解除。そしてめぐみんさんが結界の消えたデストロイヤーに爆裂魔法を撃ち込む、という話になっておりました」
どうやら結界を破る手段があるらしい。
結界が無くなれば魔法が通じる。ウィズがいる以上これなら勝ち確だろう。
この分ではあなたの出る幕は無さそうだ。
それにしても多少残念な所があるとはいえ流石は国教になっている女神の先輩である大物女神である。結界破りという己には決して出来ない技術を持つ女神アクアにあなたは尊敬の眼差しを送った。何とか自分にも習得出来ないだろうか。
「いいわよ、もっとこの美しい私を尊敬しなさい! いっぱいいっぱい甘やかして崇め奉りなさい! でも結界を破れるっていう確約は出来ないからもし失敗しても怒らないでください!!」
女神アクアは尊大な態度とは裏腹に発言は微妙に謙虚だった。
隣に立つ女神エリスも苦笑しっぱなしである。
「……結界を破れるのなら爆裂魔法で脚を破壊した方が良さそうですね」
ルナの話を聞いてから口に手を当てて考え込んでいたウィズがおもむろにそう言った。
「デストロイヤーの脚は本体の左右に四本ずつ。これをめぐみんさんと私で左右に爆裂魔法を撃ち込むというのは如何でしょう。脚さえ破壊してしまえば後はどうとでもなると思いますが……」
ウィズの提案に職員もコクコクと頷いた。
脚さえ破壊してしまえばこちらのものである。本体に乗り込んで速攻で中枢を制圧してしまえばいい。
「なあ、わざわざゴーレムが配備されてるらしい危険な本体に乗り込まなくても良くないか? 外から監視してめぐみんの一日一爆裂の的にするなりして攻略すればいいと思うんだけど」
あなたの言にカズマ少年が不思議そうに疑問を呈した。
しかし中にはデストロイヤーを開発した研究者がいるという話である。
これほどの頭がおかしい変態技術者であればデストロイヤーに自爆機能の一つや二つはつけていてもおかしくない。
「自爆……」
「自爆! 爆発は芸術ですよ!」
「分かる、分かるわ! 確かに自爆は巨大ロボのお約束よね!」
顔を青くするカズマ少年と目を輝かせるめぐみんと謎のテンションを発揮しだした女神アクアだが、あなたとて何の根拠も無くこんな事を言っているわけではない。
あなたのよく知るマニ信者の友人作の機械人形には漏れなく核が搭載されているのだ。それも攻撃ではなく自爆用に。曰く自爆はロマンらしい。
人体に害を及ぼす青色のエーテル粒子を撒き散らしながら高速で動く機械人形達はあんなものを作って喜ぶか、変態が! とあなた達からは大好評の作品群である。
その後、ウィズとあなたの提案を元に作戦が組まれた。
冒険者達や職員から街の前に罠を張る、バリケードを造る等の様々な案が出され、あなたも爆裂魔法の射程に来る前に
無意味だからではなく、万が一有効だった場合のデストロイヤー内の研究者の反応が分からないかららしい。可能な限り反撃する間を与えず速攻で決めてしまいたいというのが現場の総意だった。
ならば結界解除が失敗した時の事を考えて誰かにデストロイヤーの上空に飛ばしてもらいたいと言えば頼むからお前はウィズの隣で彼女を応援していてくれと懇願までされてしまった。
まさかのお荷物宣言に遺憾の意を示したい所である。
最終的に結界解除後に爆裂魔法で脚を攻撃。万が一残った場合は前衛職がハンマーなどで脚を破壊し尽くした後に全員で本体に突入、という事になった。無難といえば無難な作戦である。
■
「あの、少しよろしいですか?」
会議を終えて皆がデストロイヤー迎撃の為に慌しく出て行く中、あなたとウィズが女神アクアに話しかけようとした所で真剣な面持ちのキョウヤと仲間達があなたに話しかけてきた。
キョウヤの様子からしてどうやら重大な話があるようだ。
あなたがアイコンタクトを送るとウィズは頷いて女神アクアに向かっていった。ベルディアの話はウィズに任せる事にしよう。
「忙しい中お時間を取らせてしまってすみません。単刀直入に言います。……この戦いの間だけで構いません、グラムを返して頂けませんか?」
何を言い出すかと思えばそんな事かとあなたは肩透かしを食らった気分になった。
デストロイヤー討伐の間、という条件ならば勿論構わない。
キョウヤと真の力を発揮したグラムの力があれば制圧やゴーレムの駆逐が楽になるだろう。
無論持ち逃げした場合は覚悟してもらうが。
窃盗未遂をやらかしたフィオを見ながら笑顔で警告したあなたに何故かフィオが青い顔で怯えて一歩引き、キョウヤがフィオを護るようにあなたの視線を遮る。
「ええ、はい。それはもう……」
分かっているのなら何も言う事は無い。
しかし何故キョウヤは今になって話しかけてきたのだろう。
あなた達は自宅にいたのだ。警報が鳴ってすぐに来た方が良かったのではないだろうか。
「いえ、僕もギルドに向かう前にお宅に伺ったんですが誰もいらっしゃらなかったみたいでしたので……」
どうやらあなた達がシェルターで作戦会議をしていた時にキョウヤは来ていたらしい。
なんというか、つくづく間が悪い青年である。そういう星の下に生まれているのかもしれない。
■
アクセルの街の正門前の平原。
デストロイヤーを迎撃する予定の場所になったそこでは現在冒険者達だけではなく街の住人も集まって突貫作業で即席のバリケードが組み上げられている最中だ。
バリケードの更に前にはダクネスが一人で佇んでおり、カズマ少年が離れるように説得を行っている。
カズマ少年はこの作戦の指揮を任されている。
作戦の要である結界破壊を担当する女神アクアと火力担当の片割れであるめぐみんを抱えているパーティーのリーダーなのが理由だ。
他の知り合いは魔法使い達が集まっている場所で何をするでもなく一人でぽつんと寂しそうに佇むゆんゆん、突入組の一角に一時的に帰ってきたグラムを心底嬉しそうに磨くキョウヤとそんな彼を見つめるフィオとクレメアの姿。女神エリスの姿は今の所見つける事が出来ていない。
バリケードを作っている人間にはあなたが外壁拡張の依頼で知り合った土木会社の人間の姿もちらほら見受けられ、その中には竜鱗武具一式を装備して働くベルディアの姿もある。
こうして見渡して思うのだが、この場にはあなたの予想以上の数の冒険者や住人達が集まっている。
警報では全員集合と言っていたがあなたは最悪アクセルの街に固執するウィズ以外の街の住人は冒険者達を含めて全員が街を捨てて逃げ出してもおかしくないと思っていた。
相手は天災として名高いデストロイヤーである。
貴重品などを保管する自宅を守る為に戦うというのならあなたも分かるのだが、まさか皆が皆そんな理由で集まっているわけではないだろう。駆け出し冒険者達は基本的に宿や馬小屋暮らしだ。
ならばそれほどアクセルという街そのものに愛着があるというのか。
自宅ではなく街そのものへの愛着。それは街が核や終末で瓦礫の山と化しても三日もあれば元通りに復興するノースティリスの住人であるあなたにはまるで理解出来ないものだった。
「ベルディアさん、良かったですよね」
驚愕とも困惑ともいえない感情に支配されているあなたを知ってか知らずか、あなたのすぐ右隣、デストロイヤー迎撃地点の脇で待機しているウィズがぽつりとそう言った。
その高い膂力を活かしてバリケード構築に八面六臂の大活躍を見せるベルディアが魔王軍の幹部のデュラハンだとバレている様子は無い。それどころかベルディアは大歓迎されている現状に戸惑っているようにも見える。
「なんだかんだでアクア様もベルディアさんを受け入れてくださいましたし、やっぱり話せば分かってくださる方なんですよ」
やはりというべきか、女神アクアの説得はかなり難航したらしい。
既にリッチーというアンデッドの頂点がいるのだからもう一人くらい増えても誤差の範囲だろうというわけにはいかなかったらしい。
ベルディアが強力な戦士という事もあって、少しでも多くの戦力を欲しがったカズマ少年の口添えもあって辛うじて説得には成功したものの、ベルディアを見逃す見返りとしてあなた達は定期的に高級酒を奉納する事を要求されている。
借金を帳消しにするか減らせと言われるかと思っていただけにこれは些か驚きである。
無論あなたはペットの為に女神アクアに王都の酒をたんまりと奉納する所存である。
そんな女神アクアは迎撃地点を挟んだ反対側に立っており、責任重大なポジションに多大なプレッシャーを感じているのかガチガチに緊張している様子のめぐみんを宴会芸で必死に励ましているようだ。
それを見たあなたとウィズは顔を見合わせて笑い合う。
めぐみんと違ってウィズは程よくリラックスしているように見受けられる。
緊張していないようで何よりである。
「こうしてあなたがすぐ傍で見てくれていますからね。私だってたまにはいい所を見せたくなる時があるんですよ?」
ウィズは微笑みながらそんな嬉しい事を言ってくれた。
それはいいのだが、ウィズの頭は大丈夫なのだろうか。
「な、なんでそんな酷い事言っちゃうんですか! 私はそんなに頼りないですか!? 貧乏店主は大切な友人にいい所を見せちゃいけませんか!?」
笑顔から一転して半泣きでぽかぽかと殴りかかってくるウィズだが、あなたは本気でウィズの頭を心配していた。
貧乏とか頼りないとかそういうのは今はどうでもいい。
何故なら先ほどからウィズの頭のてっぺんからぷすぷすと白い煙が上がっているのだ。心配しないわけが無い。ウィズの頭は本当に大丈夫なのだろうか。
「あ、ああ……頭が大丈夫ってそういう意味ですか……」
いい所を見せると言うが実際にあなたが見せられているのは極めてシュールな光景だ。
あなた達が立っている場所は他の冒険者から離れた大きな正門の上なので、他の者にはウィズの頭から煙が上がっているのは見えていないと思われるのは幸いである。
「これはその、良く晴れた天気の中、長時間直接お日様の下に晒されているのでどうしてもこうなっちゃうんですよ。ベルディアさんみたいに帽子や兜で頭を保護していないですしね……」
ウィズは見慣れた紫色のローブを羽織っているが、今日のローブにはフードが付いていない。
後でこっそりウィズの頭に回復魔法をかけておこう。
ノースティリスの回復魔法はアンデッドだろうが機械だろうが問答無用で癒す。毎日瀕死のベルディアを癒しているのでこの世界のアンデッドにも通じるのは実証済みである。
「でも、あなたも大概余裕ですよね。いつも通りの自然体って感じです」
無駄に気を張っても仕方が無いだろうとあなたは肩を竦めた。
あなたは作戦の要の一人であるウィズの応援係に任命されてしまったので大詰めであるデストロイヤー突入までやる事が無いのだ。
バリケードの構築を手伝いに行ったら突入に備えてコンディションを完璧にしておけと言われる始末。
駆け出し冒険者の街なので仕方が無いがこの場に上級職のエレメンタルマスターが一人もいないのが実に悔やまれる。風の精霊に働きかける事で人一人くらいなら空に飛ばせるらしいのだが。
「その方法だと速度が出せなくてあなたがバリスタに狙い打ちにされますから止めてください。さっきだってあなたが一人で特攻するって言った時アクア様含めて皆さんドン引きしてたじゃないですか」
エレメンタルマスターに飛ばしてもらう方法だと高度は出せても速度は出せないらしい。
やはり速度と高度を兼ね備えたベルディア射出がベストという事だろう。
「異世界の人だからって、そういう無茶な事ばっかり言ってるから他の皆さんに頭がおかしいエレメンタルナイトって言われちゃうんですよ?」
本当に仕方ないんですから、と苦笑するウィズはそろそろあなたの行動や発言に慣れてきた感がある。
そんなこんなで暫しの間、嵐の前の静けさといった穏やかな時間を過ごした後。
冒険者達が可能な限りの迎撃準備を終えたまさにそのタイミングで、あなたは足元から響くような、軽い震動を感じた。
ほんの僅かな揺れだが、確かに足元が震えている。
「……来ました」
右隣で佇むウィズが真剣な面持ちで集中状態に入り、チリチリとした殺気と魔力が溢れ出す。
それから遅れる事数秒。魔法で拡大されたルナの声が広い平原に響き渡った。
『冒険者の皆さん、そろそろ機動要塞デストロイヤーが見えてきます! 街の住人の皆さんは、直ちに街の外に遠く離れていてください! それでは……冒険者の各員は戦闘準備をお願いします!!』
まるでルナの声が聞こえていたかのようなタイミングで遠く離れた丘の向こうからそれは姿を現した。
機動要塞デストロイヤー。
馬ほどの速度で移動し、魔法を無効化する城ほどの大きさの機械仕掛けの蜘蛛。
言ってしまえばそれだけだが、ニホンジンが名付けたというその姿はまさしく要塞の名に恥じぬ威容を誇っていた。現に迎撃する冒険者達は明らかに動揺している。
そんな玄武に負けず劣らずの巨体を持ち、大地を揺るがしながら馬ほどの速度でこちらに近付いて来るデストロイヤーを見たあなたはウィズの手前努めて表情や声には出さなかったが、この世界に来て初めて、本当に、心の底から嘆き悲しんでいた。
何故この世界では敵を殺しても剥製が手に入らないのか。
欲しい。アレの剥製が欲しい。是非とも欲しい。この場で破壊するなんてもったいなさすぎる。
嗚呼神よ、何故この世界では斯様な無法が罷り通ってしまっているというのか。
おかしい、一介の剥製コレクターとしてこんな事は許されない。
この世界にやってきて何度思ったか数えていないが、ノースティリスに帰った後願いでデストロイヤーの剥製が手に入る事を切実に祈るばかりだ。
しかしそこまで考え、ふとあなたに稲光にも似た閃きが舞い降りた。
もしかして自分は天才ではないだろうかと自惚れたくなるほどの大胆な閃きが。
デストロイヤーの中にはデストロイヤーの製作者がいるではないか。
そいつをサンドバッグに吊るして死ぬ痛みを与え続ければ設計図を描いてくれるかもしれない。
むしろそうしよう。そうするべきだ。どうせ相手は悪名高い賞金首の製作者なのだ。拷問を手加減する必要は無い。
そして設計図を手に入れた暁にはマニ信者の友人に今のデストロイヤーに足りていない火力と機動力を補ったデストロイヤーMK-2や量産型デストロイヤーを造ってもらえばいい。
デストロイヤーの想像以上の巨体が齎す威圧感に冒険者達がパニックを起こしかけている中、あなたは一人ノースティリスの大地を駆ける無数のデストロイヤーを想像して愉悦の笑みを浮かべるのだった。