このすば*Elona 作:hasebe
あなたの遊び相手にしてウィズの新しい友人であるゆんゆんだが、彼女は同じ紅魔族のめぐみんのライバルである。
紅魔族の族長の娘にして次期族長であるゆんゆんは族長に相応しい人間……つまり同世代のナンバーワンになるべく地道に努力を積み重ねてきた。いわば秀才だろうか。
そんなゆんゆんの前に立ちはだかるのは頭のおかしい爆裂娘。
ゆんゆんが秀才だとするのならばめぐみんは不世出の天才。
ゆんゆんは同世代ナンバーワンであるめぐみんを相手に事あるごとに勝負を挑み、そして敗北を積み重ねてきた。
あなたから見てゆんゆんとめぐみんが戦う場合、ゆんゆんはかなり分が悪い戦いを強いられる事になるだろう。
直接的な戦闘力ではなく精神面と駆け引きの部分で。
確かにめぐみんは強かな少女だがそれだけではない。
あまりにもゆんゆんがチョロすぎるのだ。はっきり言ってチョロ甘である。
あなたはゆんゆんと知り合って間もない間柄だがゆんゆんのチョロさは嫌というほど身に染みている。
カードゲームをしようものなら顔に出るし、チョロっと友人を強調されると大抵の願いは聞き届けてしまう。
きっとこうやって今までめぐみんにあしらわれてきたのだろう。悲しい性である。
具体的にゆんゆんがどれくらいチョロいかというと、以前ゆんゆんがお友達になってくれたお礼に何かプレゼントを、とあなたとウィズに向けて言った事がある。
勿論ウィズは友達とはそういうものではないとゆんゆんを優しく諭したがあなたは一度どれほどゆんゆんがチョロいのか確かめるべくゆんゆんのパンツが欲しいと真顔で強請ってみた。
無論あなたは本気だった。冗談でこんな事は言わない。
ゆんゆんは年若い少女だ。つまりギャルである。
ノースティリスにおいてギャルのパンティーはとても優秀な投擲武器なのだ。
適正距離、同素材で比較した場合は近接、遠隔といった殆どの武器を上回る攻撃力を叩き出すといえばどれほどパンツが強力な武器なのかは分かってもらえるだろう。
おまけにパンツは敵に当たると幻惑属性の追加ダメージを発生させて敵を発狂死させる。
強力なエンチャントが付与された生きたギャルのパンティーといえば投擲使い垂涎の品である。
どうでもいい話だが男の下着は装備品にはならず、どこまで行ってもただの下着である。
女尊男卑にも程があるのではないだろうか。
そして見目麗しい女性のパンツが優秀な装備なのはノースティリスだけでなく、この素晴らしい異世界においても同様だ。
これはエリス神のパンツが極めて優秀な頭防具な事からも容易に結びつける事が出来る。
つまりゆんゆんの下着もきっと優秀な装備なのだ。非の打ち所の無い完璧な推論である。
……とはいってもやはり下着は下着である。
どれほど強くても正面から欲しいと強請ればセクハラだと怒られない道理は無い。
硝子製の透き通るギャルのパンティーを積極的に集めて自宅に飾るような輩は女性冒険者から白眼視されて当然である。
勿論パンツを強請ったあなたもウィズに頭を叩かれて滅茶苦茶怒られてしまったわけだが、ゆんゆんは涙目で真っ赤な顔をしながらこう言った。言ってしまった。
「い、今穿いてるのは駄目です! でも私なんかのパンツで喜んでもらえるのなら後で持ってきますね!」
きっとその場のノリとか勢いに任せてつい口から出てしまったのだろう。
あえて言うまでも無いだろうがゆんゆんはウィズに友人だからって何でもハイハイと言う事を聞くのはよくないし何より自分をもっと大切にしてくださいと懇々と説教される事になる。
そしてこの瞬間、あなたは本気でゆんゆんの将来が不安になった。
絶対にこの純朴な少女を平気で食いものにするような冒険者が跳梁跋扈するノースティリスに連れて行ってはいけない。
駆け出し冒険者が神器を背負ってやってくる、とばかりにあっという間に食いものにされてしまうだろう。二重の意味で。
ゆんゆんちゃん美味しいです、なんて展開になった日にはウィズとめぐみんが曇る事請け合いである。
あなたは慣れているので問題ない。人肉嗜好は無いのでゆんゆんを食べる気も無い。
さて、そんなゲロ甘でチョロQなゆんゆんだが、彼女は上級魔法を使えるようになるまで修行し、そして上級魔法を覚えた暁にはめぐみんと長きに渡る因縁に決着を付けようという約束をしているのだという。
現在ゆんゆんは中級魔法を使える将来有望なアークウィザードだがライバルのめぐみんが使うのはご存知爆裂魔法。
今の自分ではめぐみんに挑むのは不足だと感じたゆんゆんは決着を先延ばしにしている状態だ。
ちなみに負けても挑むらしい。決着を付けるとは何だったのか。
まるであなたとノースティリスの友人達のように勝負そのものが一つのコミュニケーション手段と化している可能性がある。
なのであなたの家に遊びに来たゆんゆんがある日突然こんな事を言い出しても、それはある意味で当たり前の事だった。
「あなたは、その……上級魔法を使う事が出来るんですよね?」
ゆんゆんは何故かアークウィザードのウィズではなくあなたにそう言ったように思える。
あなたが自分に言っているのかと問えば実際ゆんゆんは頷いた。
といってもエレメンタルナイトであるあなたは基本スキルから途中までしかスキルツリーを進める事が出来ないのだが。
しかしそれがどうしたのだろうか。
「いえ、もし宜しかったらその……私に修行を付けてほしいな、なんて……も、もし駄目なら結構ですから!」
恐縮したように身体を小さくするゆんゆんはいつも通りだ。
茶菓子を齧りながらあなたとウィズは顔を見合わせる。
「……あっ、勿論アクセルのエースであるあなたにタダ働きをしてほしいとは言いません! 修行を付けてもらう対価としてこれをお渡しします!」
ゆんゆんが懐から取り出してあなたの前に置いたのは小さな宝石だった。
ウィズの専門にしてある意味あなた達の関係の始まりとも言えるマナタイト鉱石によく似ている。
「マナタイト鉱石を精錬したマナタイト結晶ですね」
ウィズの発言になるほど、とあなたは頷いた。
品質は良いように思えるがどうなのだろう。
「私の見た限りではかなりの純度の一級品ですね。指輪やイヤリングに加工すれば優秀な装備になる、魔法使いなら喉から手が出るほどの品ですよ。この大きさでも末端価格で数百万エリスは行く筈です」
そんな物をどこで手に入れたのかはともかく、どうやらこれはゆんゆんの依頼らしい。
しかし同じアークウィザードのウィズはともかく、職業が違う自分に教える事などあるのだろうかとあなたは疑問に思った。
あなたはノースティリスの魔法使いの定石と立ち回り方なら幾らでも教える事が出来るがこの世界の魔法使いの立ち回りなど分からない。何故ウィズを選ばないのか。
「私は確かにアークウィザードですけど、ナイフと体術も使って戦うんです。だから魔法戦士のあなたにって……」
言われてみれば確かにゆんゆんは銀色の杖と短剣で武装している。
あなたはウィズが武器を持っているのを見た事が無い。
店主なのだから当然なのだが実際の所はどうなのだろう。
「杖術や接近戦の心得はあります。私もライト・オブ・セイバーとか使ってましたから。でも今同じ事をやれと言われるとちょっと……相当鈍ってる自信がありますし激しく動いたら多分翌日は筋肉痛が酷い事に……」
伝説のリッチーはとても情けない事を言い出した。
筋肉痛に苦しむアンデッドとは何なのか。想像しただけで悲しくなってくる。
「えっと、それで……どうでしょうか? 期間は長くても春までで結構ですから……」
なるほど、これは依頼だ。
実際にマナタイト結晶という形で報酬も提示されている。
あなたはゆんゆんの依頼を受ける事にした。
「あ……ありがとうございます!!」
「待って下さい」
早速詳細をゆんゆんと詰めようとした所でウィズからストップがかかった。
どうしたのだろうか。
「ゆんゆんさん、水くさいじゃないですか。私も一緒にお手伝いしますよ。これでも私はアークウィザードなんですから、魔法の理論や運用に関してはこの人より上手く教える事が出来る自信がありますよ」
「えっ、でも私にはもう支払えるものが無くって……ごめんなさい……」
ウィズは悲しそうに俯くゆんゆんの頭をぽん、と撫でた。
「もう、そんな悲しい事言わないでください。対価なんていりませんよ。私達はお友達なんですから、困った時に助け合うのは当たり前じゃないですか」
「…………っ!!」
ウィズの透き通った綺麗な笑顔を受けてゆんゆんは感極まったように両手で口を押さえた。その目尻からは光る滴が浮かんでいる。
あなたはそんな二人を尻目にマナタイト結晶を懐に収める。
ウィズが無償でやるからといって自分まで無償でやる必要は無い。
ゆんゆんがあなたに修行の依頼を申し出た以上は報酬が必要だからだ。
無論依頼であるからには一介の冒険者として微力を尽くす所存である。
「あ、あの……お二人とも、本当にありがとうございます! こんなに私なんかに親切にしていただいて……私、別に可愛くもないし、一緒にいて面白くもないのに……」
「ゆんゆんさんはとっても可愛いですよ。私が保証します! ……といっても私なんかに保証されても嬉しくも何ともないでしょうけど」
ウィズの自嘲にゆんゆんは勢い良く首を横に振った。
「そ、そんな事ありません! ……でも、本当ですか……?」
「本当です。あなたもそう思いますよね?」
あなたは何も言わずに頷いた。
一般的に見てもゆんゆんは十分美少女に分類されるだろう。
あなたからしてみれば何故こんなにも自己評価が低いのか謎である。
「あ、ありがとうございます……」
頭から湯気が出そうなほどに顔を真っ赤にするゆんゆん。
それを見てニコニコと笑うウィズに、ゆんゆんは何を思ったのか爆弾発言を投下した。
「わ、私はウィズさんもすっごく美人だと思います!」
「へっ?」
「あなたもそう思いますよね!?」
つい十秒前に似たような台詞を聞いた気がする。
あなたは先ほどと同じように肯定した。
「え、えっと……その……ありがとうございます……私、お世辞でもとっても嬉しいです……!」
えへへ、とはにかみながら髪の毛を左手の指先でくるくると弄るウィズ。
更に右手でボスボスと照れ隠しにソファーの上のクッションを殴る様は美人というよりは可愛いと表現した方が良かったかもしれない。
「ウィズさんとあなたは友達同士なんですよね?」
ほっこりしていると若干死んだ目をしたゆんゆんがあなたに耳打ちしてきた。
勿論である。あなたとウィズは友人である。
「あ、駄目だ。そういえばこの人の友人判定って普通じゃなかった……!」
今に始まった事ではないがゆんゆんは地味に失礼である。
紅魔族とは皆こうなのだろうか。
■
数分後、準備を整えたあなた達三人はシェルターの中にいた。
ゆんゆんは初めて入る異空間に興味津々なようできょろきょろと周囲を見渡しており、ウィズは草原と化した地面にしゃがんでいる。
「うわ、凄い……こんなに広い空間を作る魔道具があるなんて……」
「いつ見ても不思議な道具ですよね、これ。シェルターとホームボードでしたっけ?」
惜しい。ハウスボードだ。
ゆんゆんはめぐみんをびっくりさせたいのでばれないように修行したいと言うので、今日の所はベルディアも休みなのでシェルターを開放したというわけである。
どうせキョウヤパーティーにはシェルターの存在を知られているので今更だ。
「ゆんゆんさん、ここならどんなに凄い魔法を使っても大丈夫なんですよ」
「え、じゃあめぐみんの爆裂魔法も?」
それどころかウィズが全力で爆裂魔法を撃っても大丈夫だろう。
ここは外界から完璧に隔離された異空間なのだから。
あなたの発言にゆんゆんはしかしそれ以外の事に食いついてきた。
「ウィズさん、爆裂魔法取っちゃってるんですか!?」
「え、ええ、まあ。上級魔法とかテレポートとか、必要なスキルを全部習得した後にですけど」
マジかお前と言わんばかりにゆんゆんはウィズを凝視している。
ゆんゆんの過剰な反応は近場にめぐみんという爆裂狂がいるのと同時に、この世界において爆裂魔法は殺傷力ばかり大きくて使い辛いネタ魔法扱いされているのが大きい。ノースティリスの住人であれば喉から手が飛び出るほど素晴らしい魔法なのだが。
ちなみにウィズが爆裂魔法を習得したのは現役を引退した後、つまりリッチーになってからだという。
勿論ゆんゆんはそんな事は知らない。
「めぐみんみたいに最初に覚えるならともかく爆裂魔法を最後に覚えるだなんて……ウィズさんって凄いんですね! 紅魔族にだってウィズさん程のアークウィザードはいませんよ! こんなにお若いのに、どんな修行を!?」
「う゛っ……」
キラキラとウィズを尊敬の眼差しで見つめるゆんゆん。
ウィズは何を思ったのかあなたにアイコンタクトを送ってきた。
(わ、私は二十歳ですけど何故かとっても心が痛くて辛くて苦しいです……)
ウィズは少し二十歳を強調しすぎである。
というかもう正直に自分はリッチーだとぶっちゃけてしまえばいいのではないだろうか。
人外でも話が出来れば友達になってほしいと言うほどにゆんゆんは色々と拗らせているし、例えウィズが何者であってもゆんゆんはあまり気にしないと思うのだが。
いい話だ。感動的だ。実に有意義だ。
(それが出来れば苦労はしませんよ……ううっ、助けてくださいエレえもん!)
しょうがないなあウィズ太ちゃんは。
あなたは苦笑して罪悪感から泣きが入ってきたこの可愛らしい友人の頼みを聞き入れた。
幸いにしてこの世界は所々ノースティリスに近しい。
誤魔化す方法など幾らでも思いつく事が出来る。
そんなあなたはゆんゆんに言った。
ウィズは常人には真似出来ないドーピングを行っているのだと。
「常人には真似出来ないドーピング、ですか?」
スキルポイントはレベルが上がるたびに増える。
そしてレベルは上になるにつれて上がりにくくなっていく。
つまりポイントが入手し難くなっていくのだ。
なので限界まで鍛えた後にあえてレベルを下げる。
レベルを下げても覚えたスキルは忘れない。
ノースティリスでは下落転生と呼ばれている、誰もが一度は考えるが殆どの者があまりの敷居の高さに膝を屈する事になる裏技である。
しかしこの世界のそれは下落転生よりも危険度が高い。
何故ならばノースティリスではレベルが上がっても生命力と魔力量が上昇するだけだがこの世界ではレベルと各能力が直結しているからだ。
ここら辺もこの世界が特殊な法則の上に成り立っているとあなたに確信させている理由でもある。
あなたは今の所一度もレベルの数値が動いていないので実感していないが、ウィズ達はレベルが上がるだけで強くなる。
能力を上げるのにヒィヒィ言っているあなた達からしてみれば思わずふざけんな反則だろと一斉にブーイングを飛ばしたくなってくる、恐ろしくインチキ染みた仕様だ。
しかし同時にウィズ達はレベルが下がると弱くなってしまう。
今のウィズだろうとレベル1になれば駆け出し同然の能力になってしまうのだ。
ノースティリスの冒険者のように何度でも死ねるのであればそれでもやる者はやるだろうが、この世界の冒険者には二度死ねば終わるという絶望的なまでの死のプレッシャーが立ちはだかる。
駆け出しが死にやすいというのはノースティリスもこの世界も変わらない。
プレッシャーを越えていざレベルを下げようと思ってもレベルドレインを使うモンスターは伝説と呼ばれるような極めて強力なモンスターばかりだ。
つまり余程強力な冒険者でもない限り遭遇イコール死を意味する。
遭遇しても死なない冒険者ならば金には困らない。
つまりスキルアップポーションを買えば事足りる。
そんなわけでレベル下げは思いついても普通はやらないしやれない。
ウィズはそれをやったとあなたは告げようとした。
勿論ゆんゆんを誤魔化す為の出鱈目である。しかし……
「分かりました! ドーピングってスキルアップポーションの事ですね?」
ゆんゆんはあなたの説明の前にパン、と手を叩いて笑顔でそう言った。
「確かに紅魔族の里の外で出回ってるスキルアップポーションは高額ですが、ウィズさんみたいな高レベルの冒険者の方ならスキルアップポーションを買うのに苦労はしないですよね」
「え、ええそうです! 実は高額賞金首を討伐した時にたまたま見つけたスキルアップポーションを大人買いしちゃったんですよ!」
ウィズは豊かな胸を張ってあなたに再びアイコンタクトを送ってきた。
(ありがとうございますエレえもん!)
ゆんゆんとウィズ太ちゃんは何かを盛大に勘違いしているようだ。
レベルドレインからの再育成など端から除外しているように見えるのは恐らくそれだけレベルドレイン育成が有り得ないものなのだろう。ノースティリスの冒険者と異世界人の意識の差を感じ取れなかったあなたの大誤算である。
まあ自分の考えていた方法とは違ったが、結果的にゆんゆんを誤魔化す事には成功したしウィズも満足しているようだから別にいいかとあなたはなげやりに考え……ふと思った。
レベルドレインが使えるのは伝説のモンスターだけ。
つまり伝説のアンデッドなリッチーであるウィズも使えるのではないだろうか。
もし使えるのならばベルディアの育成を手伝ってもらう事があるかもしれない。
そんな事を考えたのがいけなかったのだろうか。
シェルターに何者かが侵入してきた。
「ご主人、ウィズ、ここにいるのか? 起きたのに俺の飯が用意されてなくて俺はひもじいぞ……?」
ぼやきながらシェルターに入ってきたのはベルディアだ。
初対面のゆんゆんとばっちり目が合ってしまったがこれは大丈夫なのだろうか。
「……誰だ?」
「は、初めまして……ゆんゆんって言います」
「……ベアだ」
何とも言えない独特の空気が二人の間に流れる。
不憫枠の会合。あなたの脳裏にそんな怪電波が流れてきた。
「一応聞いておくが、その目と名前は紅魔族だよな?」
「は、はい……ごめんなさい……あなたの事はウィズさん達から聞いてますごめんなさい……」
「別に怒ってはいないんだが……そうか、紅魔族か……」
ベルディアが小さく溜息を吐き、ゆんゆんがびくりと身体を震わせてウィズの背中に隠れた。
何も装備していない私服姿のベルディアは色黒で身長二メートルほどの目つきの鋭い大柄の男だ。
ゆんゆんのような気弱で人見知りのする少女には厳しいかもしれない。
「こ、紅魔族でごめんなさい……」
「いやすまん、お前が悪いわけではない。ただ紅魔族にはちょっといい思い出が無くてな……」
ベルディアはうっへりとした顔を隠しもしない。
どこかの頭のおかしい爆裂娘を思い返しているのだろうか。
「ベアさん、ゆんゆんさんを苛めないでくださいね? 私のお友達なんですから」
「……ウィズの友達だと?」
ベルディアが露骨に嫌そうな顔をしてゆんゆんから一歩引いた。
ゆんゆんとウィズがショックを受けたように驚きを顕にする。
「なんで私の友達ってだけで引くんですか!?」
「だってお前の友人って基本的にアレだろ。俺が知ってるだけでも某何でも見通すアイツとかご主人とかさあ……コイツも絶対まともじゃないだろ。紅魔族だし」
「普通です! ゆんゆんさんはまともで普通の女の子ですから!!」
おおっと、ウィズにまともでも普通でもないと言われてしまった。
全くもってその通りである。クリティカルすぎて返す言葉も無いとあなたは苦笑いを浮かべた。
「ウィズさん、その言い方だとあの人も……」
「……え? あ、ああっ!? 違うんです、今のは決してそういう意味じゃなくて!」
「いや、そういう意味だろ。実際ご主人は頭おかしいしまともじゃないから安心して良いぞ」
「ベアさんはちょっと静かにしててください! 違いますから、ほんとに違いますから!!」
■
若干カオスになった状況から十数分後。
現在あなたはキッチンでベルディアの食事を作っている最中である。
ゆんゆんが最初はウィズがいいと言うので彼女がゆんゆんの魔法の指導を行っている。
「ミツルギに続いて今度は紅魔族の娘がご主人とウィズに指導されるのか。一方俺は一人寂しく終末で死に続けているわけだが」
やさぐれるベルディアは平常運転である。
キョウヤのように普通に努力するよりも圧倒的に早く強くなっているのだからいいではないか。
「……まあアイツが定期的に来るから相対的に自分の成長を実感出来るからいいんだけどな……たまには冬将軍みたいな賞金首と戦ったりしてみたいぞ。ほら、例えばご主人やウィズと協力したり合体技的な物を編み出したりしてだな……」
合体技とはこれまた面白そうなテーマである。
「まあご主人にはあの頭のおかしい剣があるからな。剣自体の攻撃力もさることながら魔法強化の倍率が狂ってやがる。あんなの反則だろ反則」
では愛剣は使わない条件で。
しかし冬将軍では荷が勝ちすぎるので仮想敵は……今回は機動要塞デストロイヤーでいくとしよう。
デストロイヤーとは城ほどの大きさを持った巨大な機械蜘蛛だ。
「デストロイヤーとはまた随分と大物を選んだな……」
ベルディアが頬をひくつかせるがあなたは首を傾げた。
三十億エリスという巨額の賞金首の割にかなり容易い相手だと思うのだが。
「無茶言うな! 三十億って俺の十倍だからな!?」
所詮賞金額など“人類にとってどれほど脅威か”で決められているに過ぎない。
戦闘力でベルディアを圧倒する冬将軍の賞金がベルディアに負けているのがいい例だ。
懸賞金三億のベルディアが二億の冬将軍に勝てるかと聞かれると、まあ普通に無理だ。
十人いても蹴散らされるだけだろう。
「うわあ、あってるけどおれはなきそうだぞごす」
というわけで特に意味の無い頭の悪い思考実験である。
まずデストロイヤーの強さとは何だろうか。
「簡単に言ってしまえばインチキじみた巨体と硬さ、そんな巨体に見合わない速さだな。……ああ、あと超強力な対魔法結界もあったか? ウィズのような魔法使いでは相性は最悪だろうな。まあ俺のような近接物理型は近づいただけで轢き潰されて荒挽き肉団子にされて死ぬだろうが。どうしろってんだこんなの」
ではデストロイヤーの武器は。
「まずはその圧倒的な巨体と機動力。ただ移動するだけで国を滅ぼせるなんて真似は魔王様にも不可能だ。武装と言えるのは……少なくとも現在確認されている武装は自立型のゴーレムと飛来物を打ち落とすためのバリスタくらいか。……こうしていざ挙げてみると武装面は貧弱だな」
そう、デストロイヤーはただ移動するだけで甚大な被害を発生させるものの、デストロイヤー本体の攻撃能力自体は体当たりを除けばそれは非常に低いものでしかないのだ。
少なくとも玄武や冬将軍とは比較にならないだろう。
「比較対象がおかしい。というかその体当たりを食らったら俺達は即死だからな?」
そんなわけでデストロイヤーを相手にする時のベルディアとの合体攻撃、およびあなたが決めた作戦はこうだ。
まず最初にベルディアを見張り台などの高所に配置する。
「俺を?」
配置したベルディアは高台にうつ伏せで寝そべってもらう。
そしてあなたが横になったベルディアの後頭部に乗る。
「オイちょっと待て」
待たない。説明を続ける。
「もう嫌な予感しかしない」
そしてデストロイヤーが接近してきた所でベルディアとあなたが同時に気合いを入れて分離スキルを発動するのだ。GetRide!
デストロイヤーの上空に向けて首だけ射出する事であなたとベルディアの生首が超高速でデストロイヤーに接近する。GetRide!
「ほら見ろやっぱりな! 絶対そう来ると思った!」
ちょうどいい位置に着いたらあなたがベルディアから飛び降りる。ベルディアは余裕があったらモンスターボールに回収。
あなたはゴーレムが放つバリスタを迎撃しながらデストロイヤーの胴体に着地。
そのままデストロイヤー内部に侵入して破壊。勝ち確である。
あなたはドヤ顔でベルディアに感想を求めた。
「ははーん、ご主人、さては貴様馬鹿だな?」
よく言われる。言われるが随分と失礼な台詞である。
折角ベルディアのリクエスト通りの合体攻撃を考えてあげたというのに。GetRide!
「こんなの合体攻撃じゃない、ご主人が特攻して廃スペックでゴリ押ししてるだけだ! 何がゲットライドだ喧嘩売ってんのか!?」
ベルディアは合体攻撃がしたい。
あなたはベルディアに乗って特攻する。
そこに何の違いもありはしないではないか。
「違うのだ!」
どんな手段を使おうが勝てばいいのだ勝てば。
餅を喉に詰めようとも呪い酒でゲロ塗れにしようとも勝ちは勝ち。
勝利に貴賎は無い。
「いやあるだろ……というか俺は頭に乗るならウィズに乗ってほしいぞ?」
ウィズでは駄目だ。彼女は純魔法職なのでこの方法は使えない。
よしんばバリスタを防いでデストロイヤーに降りたとしても、そこでゴーレムと戦う際に魔法結界に阻まれてしまうだろう。相性最悪と言ったのはベルディアではないか。
「くっそ、なんでふざけまくった戦法を提案してくる癖にそういう所だけ正論を突きつけてくるんだ……」
ふざけてなどいない。
自分は大真面目である。
「…………本気か?」
勿論冗談だ。
あなたは命知らずのノースティリスの冒険者だが、流石にこんなガバガバにも程がある作戦に己の命運を預けたくは無い。
「……やれやれ。そういう冗談は笑えんぞ?」
すまなかったとあなたはベルディアに謝罪する。
ベルディアの頭を何度も飛ばして飛距離と速度と積載限界を調べるのが先だ。
射出してもデストロイヤーに届きませんでしたでは笑い話にもならない。
「やる気満々じゃねーか! 何が笑い話だふざけんなバーカ! 滅びろ人類!!」
テーブルに突っ伏して泣き喚くベルディア。
今日もベルディアの突っ込みは絶好調である。
彼の昔の職場を思うと台詞は若干洒落になっていないが。
「……というかもう俺いらんだろ。ご主人なら自力で動くデストロイヤーに登れるんじゃないのか」
あなたはデストロイヤーを目視した事が無いのでそれは何とも言えない所である。
愛剣があれば幾らでも無茶が出来るがそこの条件は愛剣縛りだ。失敗イコール死の可能性がある以上無茶な真似はしたくない。ウィズが泣く。
這い上がれる確証があれば幾らでもやるのだが。
「無茶したくないとかどの口が言ってるんだか」
全くだとあなたは笑った。
無茶をしないという言葉ほどノースティリスの冒険者に似合わない言葉はそうそう無い。
まあデストロイヤーに安全に登るには時間でも停める必要があるだろう。
「時間を停める、か……確かにそれなら俺だって登れるだろうな。しかし流石にご主人も時間を停めるなんて無茶な真似は無理だろう?」
無論あなたは時間停止が可能である。
というよりも、ある程度強くなったノースティリスの冒険者で時間停止の発動装備を持っていない方が少ない。
「えっ」
しかし普通の武器に付与された時間停止能力では発動が運に左右されるのであまりあてにならない。
戦闘中に発動したら文字通りラッキーという程度だろう。
故にあなた達は時間停止弾というものを使う。
これは名前通り当たれば確実に自分以外の時間を停めることが可能な極めて強力な弾丸である。
弓矢や銃といった射撃武器を扱うものならば時停弾は必携レベルだ。
現在あなたが狙って時間を停める事が出来るのはわずか七回だけだ。
そして一回につき五歩、つまり五回行動しただけで停止は終わる。
「そんなに」
そう、ベルディアが驚くように五手分のアドバンテージが無条件で得られるというのはあまりにも大きいものだ。
無論弾丸を回避されれば無意味だが、愛剣があなたのみに扱う事を許された
当たりさえすれば不利な状況を一手で覆す事が可能なのであまり無駄遣いしたくないというのが正直な所である。ノースティリスに戻れれば幾らでも補充出来るのだが今はそうもいかない。
故にベルディア射出で何とかなるならそれを推したいのだ。
「だからその本気の目を止めろ! ……まあでもデストロイヤーなんて大物賞金首がこんな街に来るなんてある筈が無いからその作戦は無しだな! あっはっはっは!!」
《――――デストロイヤー警報! デストロイヤー警報! 機動要塞デストロイヤーが現在この街へ接近中です! 冒険者の皆様は、装備を整えて冒険者ギルドへ! そして、街の住人の皆様は、直ちに避難してくださーいっ!!》
ベルディアの笑いを掻き消すように、突如ルナの悲鳴にも似た大声が拡声器を通じて街中に響き渡った。
数瞬の後、外からは住人のものであろう、悲鳴と怒号が聞こえてくる。
無言で見つめ合うあなたとベルディア。
《再度繰り返します! デストロイヤー警報! 機動要塞デストロイヤーが現在この街へ接近中です! 冒険者の皆様は、装備を整えて冒険者ギルドへ! そして街の住人の皆様は直ちに街の外へ避難してくださいっ!!》
どうやら悪戯やドッキリ、ギルド側の勘違いではないようだ。
冒険者は来いとの事なのであなたは調理を途中で止める。
ぽかんと間抜けに口を開けたまま固まったベルディアを放置して。
「…………うぇあ?」
やれやれ、ベルディアが変なフラグを立てたせいで本当にデストロイヤーが来てしまったとあなたは笑った。きっとベルディアが滅びろとか言うからこんな事になってしまったのだろう。
ベルディアはウィズを含めたアクセルの街の住人全員にごめんなさいした方がいいのではないか。
「俺のせい!? これ俺のせいなのか!? でもデストロイヤーの話題振ったのご主人だろ!? 俺は悪くないぞ!!」
縋り付いてくるベルディアを無視してあなたは完全防音仕様故に警報も聞こえていないであろうウィズとゆんゆんに声をかけるべくシェルターに潜る。
デストロイヤーは神器を持っているのだろうか、なんて事を呑気に考えながら。