このすば*Elona   作:hasebe

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第22話 とあるぼっちの宣戦布告

 目が覚めて最初にあなたが感じたもの、それは焼きたてのパンの香りだった。ジュウジュウと肉の焼ける音と匂いもする。

 

 寝起きの空きっ腹にこれはちょっとした毒ですらある。あなたはごくりと生唾を飲んだ。

 しかし家の近所にパン屋はあっただろうかと覚めきっていない頭で考えながら窓に目を向けるが部屋の窓とカーテンはしっかりと閉め切られていた。今は冬なのだから当たり前の話である。

 

 となると、どうやらこの匂いはあなたの家の階下から漂ってきているようだ。早く目が覚めたベルディアが焼いてくれているのだろう。いつの間にやら戦闘力だけではなく料理技能に磨きをかけたらしい。満足そうにあなたは頷いた。

 

 

 

 

「あっ、おはようございます。朝ご飯もうすぐ出来ますから、席について待っててくださいね」

 

 しかし二階の自室から下りたあなたを出迎えたのはベルディアではなく、なんと《ウィズ魔法店》の店主であるウィズだった。

 

 声を出さずに驚愕するあなたに気付く事の無いウィズは長い髪を後ろに一つに纏め、ポニーテールのような髪型にしている。

 更にいつものゆったりとしたローブではなく上は白のブラウスに紺のセーター、下は黒のロングスカートを着ており、更に猫の刺繍がされたエプロンを付けてあなたの家のキッチンに立っていた。

 

 ウィズに促されるまま椅子に座りながら、あなたは何故ウィズはここにいるのだろうと心の中で疑問符を浮かべる。

 ここは紛れもなく自分の家である。彼女とそういう関係になった覚えは無いのだが、記憶が途切れているのだろうか。もしくは自分は夢の中にいるのか。

 

 何がそんなに楽しいのか、ご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら料理を作るウィズを眺めながら考える事数十秒。

 あなたはなぜウィズがこんな朝から自分の家の中で料理を作っているのかを思い出す事に成功した。

 

 そう、昨日ウィズの家はある意味で不幸な事故……というか人災により店ごと半壊してしまったのだ。

 そして廃墟と化した店で途方に暮れる彼女を見かねたあなたはウィズを自宅に招き、家事を担当してもらうのと引き換えにウィズの家と店が再建されるまで自分の家で面倒を見る事になったのだ。

 

 朝から自宅にウィズがいるという光景に頭が麻痺していたようだ。

 危なかった。自分から家に招いておきながらどうしてここにいるのかなどと聞いてしまってはウィズにどんな顔をされてしまうか分かったものではない。控えめに言って最低である。

 

 

 

 朝食を三人分テーブルに並べ終え、あなたがベルディアを起こそうと席を立った所でタイミングよくゲッソリと頬をこけさせたベルディアが起きて来た。食事はストマフィリアを食べているので精神的なものだろう。

 

「うぼあ……今日からまた辛い七日間が始まる……んあ?」

 

 ベルディアはウィズを見てとても不思議そうな顔をした。

 まるで駆け出しの時に妖精のアドバイス通り自宅で魔法書を読んだら野生のドラゴンが出現したり、本を読んだだけで自分に生き別れた血の繋がっていない妹が発生した時のあなたのような表情である。いつ思い出しても怖気が走る記憶である。

 しかしそれもその筈。昨日がたまたま休みの日だったベルディアは丸一日眠っていたのでウィズがあなたの家に居候する事になったのをまだ知らないのだ。

 なのでベルディアの方はいいのだが何故かウィズも訝しげにベルディアを見ている。まるで変態や不審者を見るような目である。嫌われすぎではないだろうか。

 

「おいご主人。なんでウィズがいるんだ? ブラボー。なんだ夢か覚めたくない」

 

 ベルディアは静かに混乱していた。もしかしたら疲れが残っているのかもしれない。だが終末には行ってもらう。

 

「……あの、あなたはどちら様ですか? どこかでお会いした事がありましたか……?」

「おおっと辛辣ぅ!! 誰って俺だよベルディアだよ! というか俺ってそんなに嫌われてたのか! 朝っぱらから俺の心はボロボロだぞご主人!!」

 

 ベルディアの自業自得ではないだろうか。心当たりが無いとは言わせない。

 

「ご主人、それを言ったらお終いだろみたいな返しは止めてくれないか……」

「あっ、ああ……すみません。ベルディアさんだったんですね!」

 

 パン、と合点がいったような顔で手の平を合わせるウィズ。

 本気で他人扱いだったのだが、ウィズとベルディアは同僚ではなかったのだろうか。

 

「私、ベルディアさんの鎧姿しか見た事無かったんですよ。それにデュラハンなのにこうして首が付いているものですから本当に誰だか分からなくて……何があったんですか?」

「鎧はともかく、ご主人から聞いてなかったのか? 色々あって俺の首は着脱可能になったのだ」

「色々とは?」

「……人体改造。なんか変なスキルも覚えた」

 

 愉快な宴会芸こと合体と分離スキルに思う所があるのか、ベルディアが忌々しそうに吐き捨て、ウィズがあなたをちらりと見たので首肯する。人体改造と言うか正確には遺伝子合成の結果である。

 

「く、首の話ですよね?」

「勿論だ。分離」

 

 宣言と共にベルディアの黒い首に一筋の線が入り、ベルディアが己の頭を持ち上げると首無し騎士(デュラハン)らしい姿に戻った。やはりベルディアはこちらの姿の方がしっくり来る。

 

「まあこんな感じだな。原理はさっぱりわからんがこれで慣れると結構便利だったりも…………あっ」

 

 何度かぽーんと生首を宙に放っていたベルディアだが、不意に首がぽろりと手から転げ落ちた。首が落ちる先はなんと偶然にもウィズの足元である。

 それを見たあなたは即座に愛剣の柄だけを異空間から出して制裁の準備に入った。

 

 ベルディアはかつてあなたが行った忠告を忘れているのか、あえて無視しているのか。あるいはウィズの前でそんな無茶はしないと甘く見ているのか。

 どちらにせよベルディアがこんなに勇気のある者だとは知らなかったとあなたは感心した。そしてどうやらベルディアは愛剣の切れ味がお気に召したらしい。ついでに絶対に死なないようにサンドバッグに吊るしてやろう。なあに、かえって耐久力が上がる。

 

「ちょ、待っ…………っしゃああああああおらああああああ!!」

 

 己だけに向けられたあなたの鋭い殺気を感じ取ったのか、ベルディアは一瞬で零れ落ちていく頭を鍛え上げた反応速度で回収して勢い良く胴体に乗せる。

 人のいいウィズは今のは事故だったんですね、と安心したようだし実際に未遂だったのでサンドバッグは止めておこう。本当に事故だった可能性もゼロでは無い。あなたは愛剣を異次元に戻しながら静かに殺気を収めた。

 

「セーフ……いや、今のは本当に事故だったし……とりあえず俺、超合体!!」

 

 

 

 ――――ブッピガン!!

 

 

 

 あなたの耳に馴染みの無い謎の音がベルディアの首の接合部から鳴り、あなた達三人の間にえもいわれぬ沈黙が舞い降りた。ブッピガン。

 もう一度言う。ベルディアの首の接合部から音が鳴ったのだ。ブッピガン。

 

「…………今、なんか凄い音がしなかったか? ブッピガンって聞こえたんだが」

「しましたね。あと音が鳴った瞬間、首のくっ付いた所が一瞬だけピカって光ってましたよ……」

「なんだこのスキル!?」

 

 慌てて首周りを押さえるベルディアだが何かが起きる筈もない。もう一度分離して合体するというのはどうだろうか。合体時に気合いを入れていたので今度はシェルターの中で。

 脅威の謎スキルを会得してしまったベルディアの運命はこの先どうなってしまうのか。主人として、また一介の冒険者としても興味は尽きない。ベルディアの行き着く末が今からとても楽しみだ。

 

「うわあ、ご主人がめっちゃイイ笑顔してる。ふふふ、怖い……」

「そうですか? 私の店で買い物する時に結構あんな感じになりますけど」

「マジか……マジか……」

「何で私から距離を取るんですか!?」

 

 

 

 

 

 

「自宅が吹っ飛んだから冬の間だけご主人のお世話になる、と……いやまあ俺は全然構わないっていうか選択する権利とか無いし……うん」

 

 食後の一時、シェルターに潜る前にベルディアへの説明が行われた。

 ちなみにウィズの用意した朝食はあなたとベルディアの期待を裏切る事無くとても美味しかった。これからの食事がとても楽しみである。

 

「といっても俺は殆どシェルターの中にいるからな……顔を合わせる機会なんぞこうした休み明けか飯時くらいしか無さそうだ。おれはとてもつらいぞごす」

 

 早くも壊れ始めて乾いた笑いを上げるベルディアにウィズが若干引いた。

 ちなみにウィズはあなたとの世間話の中で力を求めてあなたの仲間になったベルディアが普段どんな事をやっているか聞かされている。既に何回も死ぬような目に遭っている事も。

 

「ところで一度ウィズに聞いておきたかったのだが、魔王軍で俺は今どういう扱いになっているんだ?」

「えっと、私も最近知ったんですけどベルディアさんは死んだ事になってるみたいです。結界に若干の綻びが出たと私にも通知がありましたので」

 

 どうやら一度死ぬと魔王城の結界は担当しなくてもいいらしい。同様にウィズも結界の維持から解放出来るのだろうが論外である。ウィズ本人に頼まれれば考えなくも無いが。

 死人扱いについてだが、実際にベルディアは毎日死んでいるのでそれも当然だろう。

 

「アンデッドの身で死人扱いとは笑えん話だが、都合がいいといえばいいのかもしれんな。俺が生きていると知られたら面倒な事になりそうだ」

 

 しかし幹部のベルディアが駆け出し冒険者の街の何者かに敗北した事を重く見た魔王軍はアクセルに大軍や次の幹部を送ってくるのではないだろうか。

 

「こんな辺境に大軍を送り込んでくる可能性は低いぞ。来るとしたら俺のような幹部だろうな。複数来る可能性はあるが……まあどうせ誰が来ても結果は同じだろう」

 

 ベルディアは何故か投げやりにそんな事を言った。

 元同僚に思う所は無いのだろうか。

 

「無くはないが……俺は自分の事で手一杯だから正直割とどうでもいい」

「それなんですけど。ベルディアさんはこの人の事をどこまで聞いているんですか?」

「一通り聞いていると思うぞ? 簡単に言うとご主人はノースティリスとかいう異世界の者なのだろう?」

「はい。実はその件について何か知っているかもしれないバニルさんに来てもらうようにお手紙を出してるんです。なので増援は恐らくバニルさんが来るのではないかと……」

 

 ウィズの友人の名前を聞いて、ベルディアはとても嫌そうな顔をした。

 

「……よりにもよってアイツが来るのか。俺アイツが苦手っていうか……うん、苦手なんだよな」

「え、えっと……バニルさんはいい人……いい悪魔だと思いますよ?」

「魔王軍幹部でも随一の性悪なアイツがか? アイツ悪感情を得ようと絶対俺の事煽って笑ってくるだろ。何なら賭けても良いぞ」

 

 ジト目のベルディアからウィズは黙って目を逸らした。バニルという名のウィズの友人はいい悪魔だがそれはそれとしてとてもイイ性格をしているようだ。

 

「というかバニルがウィズとご主人に会いに来るのなら、元を合わせて魔王軍幹部が三人も集まるのか。いよいよこの街もやばくなってきたな。駆け出し冒険者の街とは一体……うごご……」

「アクシズ教の女神、アクア様も降臨されてますし……つくづく凄い事になっちゃってますね」

 

 ウィズの溜息交じりの呟きにベルディアは劇的に反応した。

 椅子をガタンと倒して立ち上がるベルディアはこれでもかと目を見開き手が震えている。

 

「……ベルディアさん?」

「あ、アクシズ教ってあのアクシズ教か!? 悪名高い紅魔族と並んで危ないから見るな触るな関わるながモットーのロクデナシが揃ったアクシズ教か!? アレの元締めがいるとか俺は聞いてないぞ!?」

 

 軽く錯乱するベルディアに確かに女神アクアの存在をまだ教えていなかったとあなたは気付く。

 終末狩りで自宅に監禁状態のベルディアには特に話す理由も機会も無かったので当然である。あなたは女神アクアがこの街に降臨したのはベルディアが廃城に来る一月ほど前の話だと教える事にした。

 

 更に言うと女神エリスも降臨しているのだが、それはウィズも知らない。そういえば最近姿を見かけないが女神エリスは今どこで何をしているのだろうか。

 

「アクシズ教の女神がいるとかそんな話聞きたくなかった……」

 

 あなたの話を聞いたベルディアは頭を抱えてしまった。

 それにしても凄まじい嫌われっぷりである。仮にも人類の敵であった元魔王軍幹部にここまで拒絶されるとはアクシズ教徒とやらはどれだけ凄まじい連中なのか。

 あなたからしてみれば女神アクアを温かく見守り続ける、確かに少し変わってはいるもののしかし親近感の湧くとても信心深い異教徒達なのだが。

 YESアクア様NOタッチとは彼らがあなたに語った言葉である。

 あなたの信仰する女神の狂信者、それも過激派の連中に彼らの爪の垢を煎じて飲ませたい。

 

「……そうか。俺がここに派遣されたのは確実にその女神が原因だろうな。ご主人の言ってる降臨した時期と予言にあった時期が完璧に一致している」

 

 実はウィズは女神アクアの降臨をあなたを通してかなり初期の段階から知っていたのだが、ウィズは魔王軍にその情報を流していない。疑っていたわけではないが、彼女は本当に魔王城の結界の維持しか担当していないようだ。

 

「それで、その女神アクアとやらはどんな奴なのだ?」

「どんな……え、えっと……お願いします……」

 

 言葉に窮したのか、ウィズはあなたに救いを求めるような視線を送ってきた。

 確かにウィズの目線からではあまり楽しい話にはならないだろう。ウィズが女神アクアと言葉を交わしたのは二回だけだし一度目は問答無用で浄化されかけた。そして今回の二度目である。ここは自分が一肌脱ぐべきだ。

 

 女神アクアは強大な力を持ち、不運で若干頭が弱くて調子に乗りやすい女神である。

 更にウィズはあなたの関係者だからか手を出す事はなくなったが基本的にアンデッドを見たら即浄化すべし、みたいな考えを持っている。デュラハンであるベルディアも例外ではないだろう。

 

「……水と浄化とか俺では相性が悪すぎるし色々な意味でヤバそうな奴だな。あんまり関わり合いになりたくないぞ、これだからアクシズ教は嫌なんだ」

 

 若干やさぐれた様子のベルディアは何故か戦う事前提で考えているようだが、そんな機会があるのかは甚だ疑問である。

 ちなみにウィズの店と家を半壊させてウィズを家無しにしたのも女神アクアである。背負った借金は二億五千万エリス。

 

「…………」

 

 あなたの話を聞いたベルディアの顔から少しだけ険が取れた。

 女神アクアがウィズの家を破壊したからこそウィズは今ここにいる。それに気付いてしまったのだろう。それと多額の借金への同情も混じっているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 状況の説明を終えてベルディアを終末に叩き込み、あなたもギルドへ向かう時間である。

 

 季節は冬だがあなたは他の冒険者のように貯蓄を切り崩してゆっくり生活する気など毛頭無い。

 ノースティリスにも冬はあるが誰も彼もいつも通りに活動するものだし、何よりあなたはこの世界の冬を経験するのは初めてなのだ。冬季限定の依頼だってあるのだから行動しない理由は無い。それこそがあなたのライフワークであるが故に。

 

 皿洗いをしていたウィズだが、あなたがいつも通りにギルドへ仕事へ向かうと声をかけると玄関先まで見送りに来てくれた。

 相変わらず髪も服装もそのままで、しかし見慣れぬやや大きめの包みを持って。

 

「行ってらっしゃい。寒いですから、身体には十分気をつけてくださいね……あとこれ、お弁当です。もしよかったらお昼に食べてください」

 

 ありがたく包みを受け取って四次元ポケットに収納する。早くも昼時が楽しみだとあなたは心を弾ませた。

 

 それにしてもウィズは何がそんなに楽しいのか、ニコニコと嬉しそうに笑っているが冒険者に身体に気をつけろというのは無茶な話ではないだろうか。

 確かにあなたは仕事を選ばない事で有名だが、この世界においても冒険者の基本は切った張ったである。そんなあなたの指摘にウィズは苦笑した。

 

「確かにそうですけど……ならせめて、ちゃんとここに帰ってきてくださいね? ここはあなたの家なんですから」

 

 ひらひらと手を振るウィズは格好も相まってまるで新婚の女性のようだとあなたは感じたが、勿論あなたとウィズはそのような関係では無い。

 ただ、ウィズのような女性と結婚する相手は幸せ者だと。あなたは心の底からそう思った。

 

 

 

 

 

 

 さて、冬の……それも早い時間という事もあってかギルドの中は普段とは比べ物にならないほどに閑散としていた。というか本当に人がいない。

 空いている受付窓口は一つだけだし、酒場のウェイトレスも殆ど姿を見かけない。

 冒険者達はまだ暖かい宿で過ごしているのだろう。昼になればもう少し人も集まってくるのだが。

 他の街、例えば王都では冬だろうが活動する冒険者はそれなりに存在するのだが駆け出し冒険者の町ではそうもいかない。

 

 いつも通りに依頼は選り取り見取りだとあなたはご機嫌で依頼の掲示板に向かったのだが、そこには一人の先客がいた。

 あなたを除けば現在唯一ギルドの中にいる冒険者である彼女は、高難易度の依頼ばかりが張り出された掲示板の前でぽつんと立ち尽くしている。

 

「ううっ……幾ら冬だからってどうしてこんなに難しい依頼ばっかりしか無いの……? 私でも大丈夫そうなのって雪精討伐くらいしか……でももしアレが出てきたら……」

 

 セミロングの黒髪をリボンで束ね、どこかで見た事のある黒一色のローブを纏った年若い少女である。

 年齢は十代半ばから後半といった所だろうか。どこかめぐみんを髣髴とさせるがめぐみんよりも若干背が高い。発育の良さは比較にすらならない。

 しばらくして依頼の受注を諦めたのか、暗い顔で振り返った少女だったがその瞳は赤かった。もしかしたらめぐみんのような紅魔族の者なのかもしれない。

 

「…………!!」

 

 一瞬少女とあなたの目が合ったのだが、少女は何も言わずにそそくさとテーブルに座ってしまった。あなたと少女以外に誰もいない、この寒いギルドの中でぽつんと一人で。ウェイトレスを呼んで何かを頼もうとする様子も無い。

 言葉の様子を鑑みるに彼女は若いにも関わらず一人で活動しているようだ。随分と変わった少女だと自分の事を棚に上げて考えつつも依頼掲示板の前に立ったあなただが、ふと背中に熱い視線を感じた。

 

「…………」

 

 視線の主は言うまでも無く黒髪の少女である。

 彼女はあなたに声をかけるでもなくひたすらにあなたを見つめ続けている。

 

 どこかで会った事がある人物だろうか、とあなたは暫く記憶を探ったが全く引っかからなかった。

 辛うじてギルドの中で彼女に似た人物を見た事があるような気がしないでもないが、少なくともあなたと彼女が会話をした事は一度も無い。

 

「…………っ!!」

 

 自分に何か用事だろうかとあなたが振り向くと、少女はバっと勢い良く顔を背けてしまった。しばらくそのまま見つめていたがプルプルと震えだしたので視線を掲示板に戻す。あのままだと少女に泣きが入る予感がしたのだ。

 

「…………ほっ」

 

 しかし少女は再びあなたに視線を飛ばしてきた。それどころか今度は席を立ってあなたの視界に入る位置からチラチラとあなたを窺ってくる始末。

 凄まじく露骨な自己アピールにあなたはそう来たか、と内心で唸った。これは歴戦の冒険者であるあなたをして初めて出会うタイプの相手である。まるで対処法が思い浮かばない。

 用事があるのならば何か言ってほしいのだが、やはり少女の方からあなたに声をかけてくる気配は無い。という事はまあ、少女が喧嘩を売っているのでなければこれはつまりそういう事なのだろう。

 

「えっ……あ、えっ……?」

 

 どうやらこちらから声をかけてほしがっているようだし、いい加減にこのままでは埒が明かないのであなたは自分から少女に話しかける事にした。先ほどから自分を見ているようだが何か用があるのかと。

 

「あ、あぇ……その……あの……えっと…………ひ、一人、なのかな、って……」

 

 そこまで言って少女は俯いて両手で服の裾をぎゅっと握ってしまった。

 とても庇護欲、あるいは嗜虐心をそそられる仕草だが今はそれどころではない。

 あなたは溜息を吐きそうになったが辛うじて堪える。どうにもこの少女は引っ込み思案なようだ。それにしては妙な所で行動力があるようだが。

 

 緊張しているのはあなたが年上だというのも関係しているのかもしれない。

 どうしたものかと考えていたが互いに黙りこくったまま澱んだ空気が流れ始める。まずい、これは些か自分の手に余る手合いだ。

 あなたは今すぐウィズに増援を頼みたくなった。彼女ならきっと何とかしてくれるのではないだろうかという半ば無責任な信頼の下に今すぐ丸投げを行ってしまいたい。

 

 しかし、あなたはそこで先ほど少女が依頼掲示板で独り立ち尽くしていた時に言っていた事を思い出す事に成功した。

 

 ――ううっ……幾ら冬だからってどうしてこんなに難しい依頼ばっかりしか無いの……? 私でも大丈夫そうなのって雪精討伐くらいしか……でももしアレが出てきたら……。

 

 なるほど、つまり彼女は合同で依頼を受ける相手を探していたのだろう。そして自分と同じくソロで活動しているあなたに目をつけたのだ。他に誰もいないというのもあっただろうが。

 あなたは活路を開くべく、どの依頼を受けるつもりなのか少女に問いかけてみた。

 

「えっ、あ……わ、私なんかとパーティーを組んでくれるんですか!?」

 

 おかしい、一気に話が飛んでしまった。誰もそんな事は言っていない。

 どうやらあなたが若干勘違いしていたようだが、パーティーを組みたいのならば掲示板で募集すればいいのではないだろうか。冬季なので厳しいだろうが可能性はある。

 

「…………」

 

 あなたの素朴な疑問に少女は無言でパーティー募集の掲示板を指差した。そこには随分と前から残っているのか、だいぶボロボロになった張り紙が一枚だけ残されている。

 見ろと言っているようなので内容を確かめるべく掲示板に足を向けたあなただが、そこにはこんな事が記されていた。

 

 

 

 《パーティーメンバーを一名募集しています》

 《優しい方、真面目な方、私の話を聞いてくれる方、名前を笑わない方、趣味の合う方、年齢が離れすぎていない方、休日は私と一緒に遊んでくれる方、ご飯を一緒に食べてくれる方 (以下延々と続く)……を希望しています》

 《レベルや職業は問いません。こちらアークウィザードです》

 

 

 

 ああ、これは駄目なやつだ。それもとびっきり駄目なやつだ。

 

 張り紙の内容を読んだあなたはうぼあ、と小さく呟いた。思わず両手で目を覆いたくなるようなやるせない気持ちでいっぱいになってしまった。

 これではパーティーメンバーの募集ではなく友人の募集だし、友人の募集にしてもこれは酷すぎる。用紙にビッシリと友達の条件を書き連ねるような者と関わり合いになるくらいなら他を選ぶだろう。誰だってそうする。

 

 この募集を見て応募する者は頭がどうかしている。むしろこんな募集で人が来ると思っているのならそっちの方がどうかしているだろう。

 あなたは未だにこの世界の常識に疎い部分が多いが、そんなあなたにもこれがいわゆる“核地雷”だという事は容易に理解出来る。決して踏んではいけない。

 

 まさかあの少女がこの募集の主なのだろうか。振り返ると期待に目を爛々と輝かせた少女が至近距離からあなたを見つめていた。

 おお、なんという事だろう。あなたはどうやらとびきりの地雷を踏んでしまったようだ。

 

 

 しかしあなたは現在パーティーメンバーは求めていない。そもそも他者の助力が必要になった時は真っ先にウィズに願い出ると彼女と約束しているのだ。あなたは平気で嘘をつける人間だが友人との約束を違えるつもりは無い。

 

「ふ、不束者ですがこれからよろしくお願いします……!」

 

 深々と頭を下げる彼女の中ではあなたと自分がパーティーを組むのは確定事項になっているようだ。まるで意味が分からない。本を読んだだけでお嬢様が無理矢理仲間に加わるかのような唐突さと強引さである。

 これ程の強引さがあれば仲間などすぐに捕まるだろうに、と若干呆れながらもあなたは少女に申し訳ないが自分ではこの募集要項を満たせないし、そもそも自分はパーティーメンバーを必要としていないと正直に告げた。

 

「あっ、え…………ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 格好を見るに恐らく彼女は紅魔族なのだろう。仲間や友人が欲しいのならあなたの知り合いにめぐみんという紅魔族の少女がいるので紹介する事が出来るがどうだろうか。

 

「えっ……めぐみん……?」

 

 少女はその名を聞くとぽかん、と口を開けた。

 もしかして知り合いだったのだろうか。確かに二人の年齢は近いが。

 

「し、知り合いというか……その……あなたは……めぐみんのお友達の方だったんですか?」

 

 友人ではない。それなりに仲はいいと思っているが彼女に一方的に敵視というかライバル視されているだけの知り合いである。

 

「ライバル……。……あの、あなたの名前をお聞きしても宜しいですか?」

 

 あなたの名を聞いた瞬間、ギラリと少女の赤い目が血のように鮮烈な赤に染まった。

 

「そう、ですか……あなたが、あの……あのアクセルのエース……!」

 

 あなたを見つめる少女の紅瞳に強い決意の火が灯り、ばさりとその黒いマントを翻す少女の姿はまるでかつてのめぐみんを再現するかのように瓜二つだった。

 

「わ……我が名はゆんゆん! アークウィザードにして上級魔法を習得せんとする者! やがて紅魔族の長になる者にして…………紅魔族随一の魔法の使い手であるめぐみんの生涯のライバル!!」

 

 声高に名乗った紅魔族の少女、ゆんゆんがあなたに指を突きつけてくる。

 あなたを親の仇の如く睨みつけてくる姿に先ほどまでの気弱な少女の面影はどこにもない。

 

 

 

 

「アクセルのエースにしてめぐみんが宿敵と見なす者よ!! 我が宿敵、めぐみんの随一のライバルの座を賭けて……私はあなたに勝負を申し込みます!!」


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