このすば*Elona   作:hasebe

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第21話 住み込みメイド(仮)

 女神アクアの必死の治療により出血は止まったが、相変わらずあなたの姿は自身の流血で無惨極まりない事になっているしウィズは昏倒したまま目を覚まさない。

 

「そりゃあさ、俺は確かに爆発しろとは思ったけどさ。もっとこうプークスクスざまぁ的な展開を期待してたわけで、こんなR-18G展開なんか決して俺は見たくなかった」

「なんかもう壁とかどうでも良くなってきたわね。カズマは平気?」

「……すまん、実はちょっときつい」

 

 顔を真っ青にしてカズマ少年が店の外に出て行く。むせ返るような血の臭いを嫌がったのか鼻と口を押さえ、必死にあなたと床を見ないように目を背けながら。

 まるで血を見慣れていないような反応である。カズマ少年は冒険者な筈だがどうしたのだろう。

 

「あー……カズマは、その、なんていうか……貧弱というか軟弱坊やだから血に慣れてないのよ。冒険者になってから一度も大怪我とかした事も見た事も無かったしね」

 

 確かにカズマ少年は年齢の割に体があまり作られていない。今まで何をやって暮らしていたのだろう。まるで上流階級の子弟のようだ。

 

「大体その考え方で合ってるわ。……というか私達も一回出ない? そっちも一回帰って頭洗って着替えてきた方がいいと思うの」

 

 その提案に否やは無いが、ウィズはどうするべきだろうか。

 この血の海の中でウィズを放置しておくのは良くないが、自分が抱えては血で汚れてしまうという発言に、女神アクアは嫌そうに貸し一だからねと言ってウィズを運んでくれた。

 

 着替えに帰る道中、道行く人々が血みどろのあなたを見てざわついていた。恐怖、というよりは興味津々といった雰囲気なのが謎だったが、特に憲兵に問い詰められる事は無かったので万々歳である。

 

 

 

 ――なにあれこわい。え、返り血?

 ――痴話喧嘩だ……貧乏店主さんと痴話喧嘩したんだ……。

 ――あれ絶対痴話喧嘩の傷だろ……。

 

 ――ウィズさんって愛が重い人なのね。私そういうの嫌いじゃないわ!

 ――エレウィズキテル……。

 ――キテルネ……。

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさい。結構早かったわね」

 

 あなたが自宅で血を落とし、着替えを終えてウィズの店に戻ってもウィズは気絶したままだったし、女神アクアとカズマ少年の二人は屋敷に帰らなかったようだ。

 

「いや、駄目だろ。この状態でウィズほっといて帰るのって……なんかもう人として駄目だろ」

「起きた時に大怪我させた相手がいなくなってたら錯乱しそうだからあえて起こさなかったのよ。リッチーの相手はそっちでなんとかしなさいよね」

 

 言われるまでも無いとあなたは頷いた。この大惨事の原因は選択肢をミスした自分にもあるとあなたは考えていたのだ。もう少し強引な手段を取っていればここまで大事にはなっていなかっただろう。

 

「まあウィズの事はそっちに任せるとしてさ。これはどうしようか……」

 

 カズマ少年が店内を見てそう言った。

 吹き出たあなたの血液は既に赤黒く染まっており、とてもではないが買い物に来た客が足を踏み入れたいと思える状態ではない。

 

「まるで殺人現場だ。いや、俺は殺人現場とかアニメやゲーム、ドラマでしか見た事無いけど。……家政婦、もとい女神は見たって感じで二時間ドラマが組めそうだな」

犯人(ホシ)はリッチー。被害者(ガイシャ)のエレメンタルナイトは頭部に強い衝撃を食らっていたわ。犯行の動機は浮気を疑った犯人と被害者の口論の末にリッチーがついカッとなって手を出した衝動的なものね」

「救えない事に浮気を疑われた女の子は被害者の妹で、犯人に送るプレゼントの相談をしていただけ。全ては犯人の勘違いだったんだ」

「全てが明らかになった時、なんと被害者が犯人に送るはずだったプレゼントが見つかるの。絶望に崩れ落ちるリッチー、周囲に響き渡る懺悔と慟哭……」

「酷すぎる事件だったな。後味が悪すぎる」

 

 二人の会話には幾つもあなたには理解不能な単語も混じっていたが、少なくとも考えるだけで気が滅入ってきそうな話であるのだけは確かだ。

 カズマ少年がそんなあなたと気絶して魘されているウィズを交互に見て力なく笑った。

 

「……で、二人はどっちがリッチーなんだっけ?」

「流石の私でもそれはちょっと分からないわね。どっちもアンデッドって事でいいんじゃない?」

 

 女神アクアの発言は中々言いえて妙であるとあなたは感心した。ノースティリスの冒険者であるあなた達は限りなく不死者(アンデッド)に近い。この世界で死ねばどうなるかは分からないが。

 

「ウィズを煽ったのは俺達だしやっぱ掃除した方が良いよな。でも血の汚れって落ちにくいんだよな……」

 

 カズマ少年のめんどくさそうな声に女神アクアがドヤ顔で反応した。

 

「カズマ、ここは私に任せなさい。ここはいっちょ客の前でキャッキャウフフする不届きなリッチーの鼻を明かしてやるのも悪くないわ」

「……余計な事すんなよな」

「はぁ? ちょっとカズマ。私が誰だか忘れちゃったの?」

「宴会芸の神様だろ? もしくは穀潰しの神様」

「ぶっ飛ばすわよこのクソニート! 私はアクア。水の女神アクア! ちょろーっと本気を出せば汚れ掃除なんてお茶の子さいさいなんだから!!」

 

 女神アクアの助力があるのは心強い。女神アクアは酒好きらしいのであなたは王都で一番高い酒を奉納すると約束した。

 

「そう、これよこれ! 私はこういうのを待ってたのよ! もっとこの麗しき女神である私を崇めなさい! 称えなさい! そして掃除が終わったら美しい私に美味しいお酒を献上しなさい!! 私のスペッシャルな固有魔法を見せてやるからカズマはもっとこの人みたいに私を敬う事ね!! あーあーエレメンタルナイトの人がアクシズ教徒だったら良かったのになー!!」

 

 あなたの鼓舞に絶好調になって気合いを入れた女神アクアは後光すら射しそうな満面の笑みで詠唱に入る。

 

「……なあ、これはあくまでも善意から言っておくんだけどさ。あんまりアクアを甘やかさない方がいいぞ。アイツは少しくらい雑に扱う程度で丁度いいんだよ。ちょっと煽てるとすぐ図に乗って大変な事になるんだ……」

 

 よく分からないと首を傾げるあなたとまあいつか分かるとだけ言って溜息を吐くカズマ少年。

 女神アクアがウィズの店内で血塗れの床に向けてどこからか取り出した杖を向け、声高々にその魔法を唱えた。清浄な魔力の波動が一帯に満ち、かくして神の奇跡は顕現する。

 

「ピュア・クリエイト・ウォーター!!」

 

 カズマ少年は言った。女神アクアが調子に乗ると酷い事になり、それはいつか分かる時が来ると。

 パーティーを組んでいる本人が言うのだから間違いは無いだろうとあなたは自分を戒めたが、それはいつかであって今だとは思っていなかった。

 

 

 

 端的に言うと、水の女神アクアの固有魔法は大惨事を引き起こした。

 

 

 

 

 

 

「加減しろ莫迦!!」

 

 店内にカズマ少年の怒声が響き渡り、女神アクアが身を竦めた。

 

「お前の足りてない頭でもちょっと考えればこうなる事くらい分かるだろ!! お陰でウィズの店はこの様だ! オラッなんとか言ってみろこの馬鹿チャンプ!!」

「だって、だってこうすればすぐに終わると思ったのよー!!」

 

 水を司る大物女神が使う固有のクリエイトウォーターはあなたはおろか、ウィズのクリエイトウォーターとも比較にならない程に強力なものであり、瀑布の如き水の流れは一瞬でウィズの店の汚れを綺麗さっぱり洗い流す事に成功した。

 女神アクアの宣言通り、確かに店は綺麗になった。ウィズの店は本当に綺麗になった。血塗れの床はピカピカになったのだ。そこに嘘は無い。

 

「確かにすぐ終わったな! 血塗れの床ごと店を洗い流しやがって!! 洪水にでもあったのかってレベルで滅茶苦茶じゃねえか!! 商品どころかウィズの家も駄目にしちまってお前どう責任取るつもりだよこれ!?」

 

 あなたはカズマ少年の言葉、そして女神アクアの頭の残念さを甘く見ていたという事を存分に思い知る事になってしまった。

 高い能力を持つにも関わらず知力が低いというのはどういう意味を持つのか。知力の低い高レベルが調子に乗ると何を仕出かすのか。よもやここまでの大惨事になってしまうとは。

 

「あ、あの……元はといえばドレインタッチを使った私が原因ですから……商品はかなり駄目になっちゃいましたけどお店はなんとか壊れずに済みましたし……ちょっと家の方は凄い事になっちゃってますが……」

 

 瀑布の轟音で飛び起きたウィズがカズマ少年を宥める。気絶する前の死にそうだった顔は今は無い。

 あなたは怪我も血の染み一つも無い状態だしウィズ本人もそれどころではない、というのが正直な所だろう。何せ目が覚めたら自分の家と店が滅茶苦茶になっていたのだから。

 しかしウィズは壊れずに済んだと言っているが、あなたの目には家を含めて半壊しているようにしか見えない。壁も所々派手に崩壊してしまったし、これはもう修繕するよりもいっそ一から建て直したほうがいいのではないだろうか。

 

「ううっ……ご、ごめんなさい……」

 

 あなたの指摘に女神アクアが半泣きで謝ってきた。

 今の言い方では少し当てつけの様になってしまったかもしれないとあなたは困ったように頭を掻いた。

 

「じ、実際にやらかしたのはこの馬鹿なんだ。何とかして店の修理代と商品は弁償するよ……時間はかかるだろうけど……」

 

 じゃないとエレメンタルナイトの人にマジで俺達は全員ぶち殺される、という戦々恐々とした彼の小さい呟きは誰の耳にも届かなかった。

 

「で、ですがカズマさん。駄目になっちゃったのは高価なポーションやスクロールといった魔法道具ばかりなんですけど……」

「は、払う。家と店の修繕費もどれだけ時間がかかっても頑張って払う……アクアが。それで、代金は?」

「…………本当によろしいんですか?」

 

 カズマ少年が無言で頷く。決死の覚悟を感じさせるその表情だが、ウィズは困ったように懐から一枚の紙を取り出した。

 

「……ええと、家とお店の修理代も一緒にしますと……簡単に計算しただけなのでいくらか前後するとは思いますが、全部でおよそ二億五千万エリスになります……」

 

 駄目になった商品のリストを渡しながらウィズが決死の覚悟すら容易く打ち砕く無慈悲な宣告を放つ。

 カズマ少年と女神アクアは巨額の借金に石像と化したかの如く硬直し、二人の顔からはぶわっと汗が噴き出した。

 

「におく……」

「ごせんまん……」

 

 二億五千万エリス。自他共に認める高給取りのあなたからしてみてもちょっと支払いを踏み倒したくなるレベルで冷や汗物の大金である。

 実際に一瞬ベルディアの賞金額と照らし合わせてしまったし少なくともカズマ少年のような駆け出し冒険者がポンと払える額では無い。

 

 建物の代金がどれくらいかは分からないが、あなたが珍品危険品を買い漁った結果ウィズの店に売れ残ったのは高価で有用な使い捨ての魔道具ばかり。

 それが積み重なって相当な額になってしまったという事だけは分かる。

 

 おまけに現在カズマ少年は屋敷を買う為に無一文の状態だ。仮に他のパーティーメンバーの資金を掻き集めてもその額は到底億にすら届かないだろう。

 

「あ、あの、返済はいつでも大丈夫ですので……」

 

 同情した様子のウィズを無視してカズマ少年はひそひそとあなたに耳打ちしてきた。

 

「…………なあ、アクアの使ってる羽衣ってなんでも超凄い神具らしいんだけどさ。借金返済の足しにする為に買ってもらえたりしないか?」

 

 女神アクア本人を目の前にとんでもない提案である。この少年はなんと恐ろしい事を言い出すのかとあなたは戦慄した。

 しかし女神エリスのパンツ以外に女神がその身に直接纏う神器を入手出来る機会が来るとは思わなかったあなたは勿論大賛成である。

 あなたが喜んで借金を全額負担すると告げるとカズマ少年は嬉々として女神アクアに笑いかけた。

 

「おいやったなアクア! お前のその便所紙以下の役に立たないビラビラを売る時が来たぞ!! 心優しいエレメンタルナイトの人がお前の借金全額肩代わりしてくれるってさ!!」

「わああああああああーーーーっ!! ごめんなさいごめんなさい!! 私いっぱい頑張るからこれだけは許してください! これ本当に私が女神っていう最後の証なの!! これ無くなったら私女神じゃなくなっちゃうからあ!!」

「うるせえこの駄女神が! こちとら本気で命の危機なんだよ!!」

 

 必死に羽衣を庇って泣き喚く女神アクアにカズマ少年が襲い掛かる。

 どうやら女神アクアの羽衣はあなたにとっての愛剣や聖槍に等しい物だったらしい。これでは何を用意しても交換は無理だろう。実に残念である。誰でもいいので窃盗してくれないだろうか。

 

 

 

 

 

 

「なんじゃこりゃあ……」

「うわ、ひっでえなオイ……」

 

 騒ぎを聞きつけた住人達と共にウィズの店と家の片づけを行う。

 カズマ少年の怒声により女神アクアが何かをしたというのは伝わっていたようで、始めのうちはかなりの冷たい視線と敵意が二人を襲う事になった。

 しかし女神アクアが触った水の魔法道具の暴走でこうなったとあなたが嘘の説明をすると「ああ、久しぶりだな……何年ぶりだっけこういうの……」という諦観にも似た雰囲気が野次馬の全員に満ちた挙句二人は若干同情すらされていた。

 

 どうやらウィズの店が酷い事になるのは今回が初めてではなかったようだ。

 流石に家まで半壊するというのは初めてだったようだが、今ばかりは世間一般的にどうしようもない品ばかりを入荷するウィズの凄まじい商才の無さに感謝しておきたい所である。

 

 

 

 

「しかしウィズさん、これからどうすんだい?」

「…………どうしましょうかね」

 

 半壊した自宅を片付けている最中、住人の声にウィズがぽつりと弱音を吐いた。

 自宅まで半壊したダメージが遅れてやってきたのか、今のウィズはいつになく弱々しい。

 

「……お店や家は壊れても建て直せます。荷物はいざとなれば貸し倉庫があります。でも家が直るまで住む場所は……今あるお金はお店と家の再建に消えるから余計なお金は使いたくないし……やっぱり馬小屋ですよね……寒いけど……」

 

 今にも泣き出しそうな声で暗い影を背負うウィズに、目を背けたカズマ少年と女神アクア以外全員の視線があなたに集中する。

 

 ――お前が何とかしろ。絶対に何とかしろ。死ぬ気で何とかしろ。死んでも何とかしろ。

 ――ウィズさん泣かせたらマジで許さんからな。

 ――頑張って! 頑張ってエレメンタルナイトさん!!

 ――エレメンタルナイトさん、僕にウィズさんの下着を売ってください! お金なら幾らでも払いますから!!

 

 彼らは物言わずとも瞳でそう語っているように思える。ちなみに最後の者は冷たい笑みを浮かべた屈強な男と女性達に囲まれてどこかに消えてしまった。

 他者が宿代を払うといってもウィズは絶対に受け取りを拒否して馬小屋に寝泊りするだろう。彼女はそういう女性だ。

 それを分かっているからこそ誰もウィズに何も言わないのだろうし、実際にあなたは直接食材を手渡しているのだから。

 

 幸いにしてどうにもならないわけではないし心当たりが無いでもない。しかし本当にいいのだろうか。

 あなたは全く気にならないがウィズがそうだとは限らない。食材を無理矢理押し付けた時とは話が違いすぎる。

 

 かといって傷心のウィズをこのまま放置しておくわけにもいかない。幾らなんでも友人が馬小屋で凍えながら越冬するのを見過ごすなんていうのは論外にも程がある。

 あなたは覚悟を決めて途方に暮れるウィズに向かって全部の荷物を置いておける場所とウィズが温かく越冬出来る場所に心当たりがあると告げる事にした。

 

「ほ、本当ですかっ!?」

 

 まるで砂漠でオアシスを見つけたかのような反応のウィズに何故か周囲の人間はウィズから目を背けた。

 かくいうあなたも若干良心が痛んだが、嘘は言っていないので大丈夫だと頑張って自分をごまかした。

 

 

 

 

 

 

 ウィズの家の片づけが終わったのは日がどっぷり沈んだ頃。夜中にも関わらず住人達は荷車を引いてあなたとウィズに付いてきてくれた。彼女の人徳が伺える。

 

 一方で片づけが終わるとカズマ少年と必死の形相の女神アクアは早速借金返済の為に行動すべく冒険者ギルドに向かっていった。

 今の季節は冬だ。この世界では冬の間は弱いモンスターは冬眠してしまい、活動するモンスターは手ごわいものばかりになる。

 ギルドの依頼の数も全体的に減少しているというのに彼らはこれから馬車馬の如く働くのだろう。

 

 自分にも全く責任が無いわけではない。時々彼らの依頼を手伝った方がいいのかもしれない、とあなたは荷車を引きながらそんな事を思った。

 

 そうして幾つもの荷車を引き連れたあなたが向かった場所とはどこにでもある大きめの一軒家だった。

 大人二人ほどが楽に暮らせる大きさの、二階建ての庭付きの家だ。

 新築ではないがそう年月が経っているわけでもなくどちらかというと当たりの物件と言えるだろう。

 

「あの……ここって……」

 

 困惑した様子のウィズだが無理も無い。

 何せあなたが選んだのはあなたの家なのだから。

 

 あなたは一言もウィズに嘘を言っていない。

 あなたの家はそれなりに広いしまだ部屋も余っている。いざとなれば四次元ポケットもあるので全部の荷物を置いても大丈夫だしあなたはウィズに快く寝泊り出来る部屋を提供するつもりだ。

 カズマ少年の屋敷は駄目だろう。両者が罪悪感で死にかねない。

 

「…………なんか、前にもこんな事あった気がするんですけど。あなたが私の食事の面倒を見てくれるって言った時にもあなたは同じような事を言いましたよね?」

 

 複雑な表情でウィズがあなたを見つめてきたが、あなたはあえてそれを無視した。ウィズの発言に何故か先ほどからざわついていた周囲が一斉に押し黙る。

 

 あなたは冬だろうが問題なく各地で依頼を受けるので四六時中自宅にいるわけではない。

 ここにはあなただけではなくベルディアも住んでいるが、シェルターごと連れ回すかウィズが滞在している間だけモンスターボールに入れて倉庫に突っ込んでおけばいいだろう。

 

 ウィズは呆れたように溜息を吐いたがあなたは食料の時と違ってウィズに自宅への滞在を強要するつもりはなかった。

 あなたはノースティリスの住人だがそれくらいの分別はあるのだ。

 

 なのでどうしてもウィズが嫌だというのならばウィズの寝泊りする馬小屋を普通の宿くらいにまで居心地をよくするだけの話である。言うまでも無いがこれはウィズが拒否しても強行するつもりだ。

 

「普通に馬小屋の管理人さんに迷惑すぎるのでそれは止めてください……」

 

 

「ウィズさんはこの人の事が嫌いなの? 嫌いになっちゃったの?」

 

 頭を抱えるウィズに片づけを手伝ってくれた一人である年若い少女が突然そんな事を言った。

 

「そ、そんなわけないじゃないですか!? 嫌いになるだなんて絶対にありえませんよそんなの!!」

 

 とんでもないとばかりに勢いよく首を横に振るウィズにあなたはほっと安心し、少女を始めとする女性達が生暖かい視線を送る。

 

「やっぱりキテル……」

「エレウィズキテルネ……」

「えっと、何が来てるんですか?」

 

 突如女性陣の間で飛び交い始めた謎言語に首を傾げるあなたとウィズを尻目に男性陣は死んだ目で一斉に荷車からテキパキと荷物を降ろして帰り始めた。何故か荷車を残す事無く。

 

「ええええええええ!? ちょっ、なんで皆さん帰っちゃうんですか!? 待って下さいよ!! 私この荷物どうすればいいんですか!? せめて荷車一台だけでも!!」

「すまんなウィズさん。この荷車は一人用なんだ。そこで突っ立ってる家主に全部家の中に運んでもらいな。それでいいじゃないか」

「物凄い理不尽な事言ってませんか!?」

 

 困惑するウィズを放って彼らは男女とも全員があっという間に本当に帰ってしまった。あなたの家の前には大量の荷物とぽつんと佇むウィズだけが残される。

 

「なんでしょう、この突然梯子を外された感は……もしかして私、自分で気付いてなかっただけで皆から嫌われてたんでしょうか……? ごめんなさい、私今ちょっと本気で泣きそうなんですけど……」

 

 へぅ……と項垂れるウィズの背中をさすりながらあなたはそれだけは絶対に無いと断言した。

 

「……そう、でしょうか?」

 

 涙目かつ上目遣いであなたを見つめてくるウィズに首肯する。

 嫌われていたらわざわざこんな時間まで片付けを手伝ってくれる筈が無いのだ。少なくともあなたは嫌いな相手の家の掃除など絶対にしない。むしろ率先して自宅にモンスターを召喚するしバレないように核を置く。

 

 彼らは皆ウィズの事を大事に思っているが故に、あなたと同じようにウィズが馬小屋で凍えながら寝泊りするのを耐えられなかったのだろう。

 

「だと、いいんですけど……」

 

 ぐしぐしと目を擦るウィズだが、それで実際の所ウィズはどうするつもりなのか。

 このまま荷物を家の中に運んでもいいのならば今すぐそうするが。

 同居が嫌だと言われてしまえば仕方ないので四次元に収納して倉庫に持っていくつもりだ。

 もしくはこちらが宿暮らしになればいい。

 

「……いえ、一緒に住む事については全然構わないんです。勿論知らない方や仲の良くない方と一緒に住めと言われたら絶対にお断りしますけど、あなたは違いますし。冒険者やってた時は仲間と同じ部屋に泊まるとか結構普通にやってましたしね。ベルディアさんは、まあ……セクハラさえされなければ」

 

 若干それとこれとは違う気がするが、ウィズ本人がそう言うのならばそうなのだろう。

 ベルディアがセクハラしてきたら地獄を見せると言っている。

 しかしそれならば断る理由が無いと思うのだが。

 

「だってこのままじゃ私、あなたにお世話になりっぱなしじゃないですか……今日だって私のせいであんな事になっちゃいましたし……」

 

 ドレインタッチについては殆ど事故のようなものだ。

 ウィズが気にしいなのは今更だが犬に噛まれたとでも思ってさっさと忘れた方がいい。少なくともあなたは全く気にしていなかった。むしろドレインタッチを食らえて良かったとすら思っている。

 しかしそこまで本当に迷惑をかけて申し訳ない、心苦しいと思うのならウィズの気が済むまで住み込みで料理や掃除といった家事でもやってくれればそれでいい。むしろ全力でお願いしたい。今まで家事を担当していたベルディアは現在育成中なので面倒なのだ。

 

「もう。それって結局同じ意味じゃないですか。…………でも、ありがとうございます」

 

 そこまで言って、ウィズは空を見上げた。

 互いの吐く息は白く、確かな冬の到来を感じさせる。

 

「……じゃあ、そこまで言ってくださる友達の申し出を断るのは申し訳ないので……冬の間だけ、もしくは私の家とお店が直るまで、しばらくの間あなたのお世話になりますね。なんだかんだ言いましたが、やっぱり馬小屋で凍えながら冬を越すのは……リッチーでも辛いですし……」

 

 諦めたような、それでいてどこかホッとしたように笑ってウィズがぺこりと頭を下げた。

 あなたは余計な事は言わずにこれからよろしく、とだけ簡潔に伝えて荷物の回収作業に入る。

 

 

 

 ――――あなたは、本当にいつも私を人間みたいに扱うから。私、時々勘違いしそうになっちゃうんですよ?

 

 

 

 背中越しに、そんな声が聞こえた気がした。

 ウィズに何か言ったか聞いても不思議そうに首を傾げられたので、きっと気のせいだったのだろう。

 

 

 

 

 

 かくして《ウィズ魔法店》の店主にしてリッチーであるウィズはあなたの家に家事手伝い、あるいは住み込みメイド(仮)として居候する事になったのであった。


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