このすば*Elona 作:hasebe
「ふーん、やっぱり貴方にもあの子が見えてたのね。貴方の頭に乗ってあんなポーズ決めてるからまさかとは思ったけど」
除霊騒ぎが収まって暫く経ったある日の午後、あなたはカズマ少年と女神アクアと行動を共にしていた。
今日のあなたはカズマ少年からある場所への同行を打診されている身である。
最初は何故自分なのだろうかと思ったが、カズマ少年があなたにこっそりと見せてくれた紙……あなたのとてもよく見知った場所が記載されているそれを見て深く納得した。
確かにそこに行くのならばあなたが共に行った方が面倒が無いだろう。
カズマ少年と行動を共にする女神アクアはあなたが同行すると知ると若干渋ったものの、意外にもあっさりとこれを了承。
「あの子も貴方を信頼してたし、少なくとも悪い人じゃないみたいだから……リッチーはともかく」
とは先日と打って変わって態度が軟化した女神アクアに疑問を抱いたカズマ少年に何か心境の変化があったのかと問われた際の返答である。
アンナが女神アクアとあなたの橋渡しをしてくれたようだ。
そして話をしていて分かったのだが、女神アクアはアンナの声が聞き取れるらしい。
流石は女神。悪霊対策に透明視の装備をしていた故にアンナの姿が見えていたのであろうあなたとは大違いである。
「なあ、二人はさっきから何の話をしてるんだ?」
「こないだの屋敷の除霊の時に私が霊視した女の子がいたじゃない? あの子の姿をこの人も見てたみたいで仲良くなってたみたいなのよ」
「確かアンナ……だっけ? 絶対お前の大法螺かと思ったのにお墓に名前があってびっくりしたわ。どんな感じの子なんだ?」
「除霊騒ぎの時はこの人の頭の上で荒ぶる鷹のポーズを決めてたわね。ちなみに昨日はカズマの背後でヒゲダンスを踊ってたわ」
「アンナちゃんどんだけアグレッシブな幼女幽霊なんだよ! 病弱設定じゃなかったのか!?」
「生前が病弱だったからはっちゃけてるのよ。よくある事だわ」
「はっちゃけすぎだ!!」
そんな他愛も無い話を続けながらあなた達が辿り着いた場所。そこは珍品危険物を求めてあなたが足繁く通っている、他の人間にはともかくあなたからしてみれば王都の店すら凌駕するこの国随一の魔法道具店。
その名は――――
「……ねえカズマ、思いっきり看板に《ウィズ魔法店》って書いてるんですけど」
「そうだな。絶対に暴れたりするなよ?」
「確認の為に一応聞いておくわ。ここってもしかしなくてもあのリッチーがやってる店よね?」
「そうだな。絶対に喧嘩するなよ? その為にわざわざ付いてきてもらってるんだから」
女神アクアは苦虫を噛みつぶしたような顔であなたを見て溜息を吐いた。
「なんでこの人を同行させてるのかと思ったら……でもなんでよりにもよって私を連れてきたのよ。来たきゃカズマ一人で来なさいよ一人で」
「俺が一人でウィズの所に行ったとか知ったらお前どうするよ」
「勿論アンタをぶっ飛ばした後に浄化するわ。女神の従者がリッチーの虜になるとか断じて認めるわけにはいかないもの」
「従者はともかく、そう言うと思ったから連れてきたんだよ。それにめぐみんとダクネスはともかくお前は目を離しとくと大変な事になりそうだしな。今の俺は屋敷を買ったせいで無一文だから何かあったらマジでどうしようもないんだ。もう冬になるって時期に借金なんぞ死んでも御免だぞ」
「私が金銭トラブルを起こすの前提で話をするの止めてくれない!? 私女神なんですけど!? 神様なんですけど!?」
「こないだの悪霊騒ぎの原因が誰だったかちょっと言ってみろよ。誰が街の皆に迷惑かけたか言ってみろよオイ」
「……私です。こんな女神で本当にすみませんでした……」
仲良くじゃれあう二人を微笑ましく思いながらも放置して扉を潜る。いつものようにあなたの来店を知らせる鈴の音にウィズがパタパタと店の奥から駆けてくる。あなたが何度も見てきたいつもの光景である。
「いらっしゃいませ! いつもご愛顧ありがとうございます! 今日はどんな……ご、ご用でしょうか……?」
頑張って接客こそ出来たものの、女神アクアの姿を視認した瞬間にウィズが反射的に安全と逃走経路を確保しようとあなたにアイコンタクトしてきたのをあなたは見逃さなかった。
「……ちょっとカズマ。今このリッチーびっくりするほど露骨に態度が変わったんですけど。エレメンタルナイトの人見た時めっちゃ嬉しそうだったのに私を見たら一瞬で曇ったんですけど。とても客への態度だとは思えないんですけど」
「迷惑な客が来たって思われたんだろ、どう考えてもお前の自業自得だ。俺はお前を連れてきてしまった事であの心の底から幸せそうなウィズの笑顔を曇らせてしまった罪悪感に早くも後悔し始めてる」
「表に出なさいカズマ。女神アクアの名に懸けて汝を星の彼方にぶっ飛ばしてあげましょう」
「ごめんなさい違うんですちょっとびっくりしただけで決して迷惑だなんて!!」
■
「今お茶を淹れますので少しお待ちくださいね」
「……ふん、リッチーの癖に中々殊勝な心掛けじゃないの」
「そこまでしなくていいって。客にお茶を出す魔道具店がどこにあるんだよ」
カズマ少年の至極尤もな言葉にしかしウィズはあなたに視線を投げて飛ばす事で答え、カズマ少年は何かを察したように口元を歪めた。
「ああ、はいはい。なるほどね……そりゃあそうなるよな」
いよいよ冷やかしの客が全滅したウィズ魔法店はあまりの客の少なさに暇を持て余した
そんなあなた達の話を聞いた女神アクアが舌打ちした。
「客の前でイチャイチャとか普通に止めてほしいんですけどー。何、この店は店主が客に嫌がらせすんの? 私が殴る壁の用意は出来てる? ゴッドブロー見せるわよゴッドブロー」
「ち、違いますよ!? この人の他に本当にお客さんが来ないからやる事が無いんですよ……」
何が悪いかといえば全ては品揃えとウィズの商才の無さが悪い。
ウィズ目当ての冷やかしが来なくなった以上この閑古鳥の鳴きっぷりはある意味当然である。
「客が来ない? 素人目で悪いけどそんなに品揃えが悪いようには見えないけどな。この青いのとかいかにも凄そうなポーションだけど、これ何なんだ?」
「それは傷を癒すポーションですね。お値段は400万エリスですよ」
瀕死の重傷も癒せる強力なポーションだ。
しかし同等以上の回復魔法が使えるあなたには必要の無い品である。
「たっけえ……魔剣の売値でも買えないのかよ。こっちのは?」
「毒を治すポーションです。250万エリスです」
致死の猛毒だろうと治せる強力なポーションだ。
しかし毒を無効化する装備を持っているあなたにはこれも必要の無い品である。
「…………これは?」
「あ、それは凄いですよ。一回きりの使い捨てですが魔法の威力を跳ね上げるポーションなんです。ちなみにお値段は500万エリスです」
このポーションは若干買ってもいいかなと思わなくも無いが、魔法の威力を大幅に、そして無限回数上げる事が出来る愛剣があるのであなたには今の所必要の無い品である。他の珍品や危険物を優先したいしウィズの助力が必要になった時にもし必要になったら買えばいいくらいに思っている。
「どれもこれも高すぎだろ! こんな駆け出し冒険者の街じゃなくて他所で売れよ!!」
「で、でも本当にいい品なんですよ!? 確かにちょっと高いかもしれませんが、きっと買ってくれるお客さんがいる筈なんです!! いざという時の為に持っておくと役に立ちますから!!」
ウィズは期待するようにあなたをチラ見してきたが、聞かぬ知らぬ一切存ぜぬとばかりに黙殺する。彼女はあなたにとって大切な友人だがそれはそれ、これはこれである。
「ううっ、私のオススメの商品はいっつも喜んで買ってくれるのに……」
あなたのいつも通りの塩対応にウィズがへぅぅ……と弱々しく鳴いたが断じてあれらを買うつもりは無い。
こんな蒐集欲を掻き立てない普通の品はあなたには無用なのだ。
■
「それで、本日はどうされたんですか?」
気を取り直してお茶を淹れたウィズがそう切り出した。女神アクアはリッチーの淹れた茶なんてどうせ、と軽くいちゃもんを付けながら茶を口にしたが味の良さにぐぬぬ……と唸っている。ウィズのお茶の美味しさはあなたもよく知る所である。
「それなんだけどさ。以前共同墓地で会った時にリッチーのスキルを教えてくれるって言っただろ? ポイントに余裕が出来たから何か教えてもらおうと思って」
「ハアアアアアアアアア!? ちょっとアンタ何考えてんの!? 言うに事欠いてリッチーのスキルを覚えるですって!? そんなもん覚えなくても普通のスキルにすればいいじゃない! ここに丁度
女神アクアが叫んであなたを指差す。
教えるのは構わないが以前教えたもの以外のスキルになるとコストが重くなるのだが少年的にそれは大丈夫なのだろうか。
「この人にはもう幾つか教えてもらってる。けどダクネスがうるさいから
「……ごめんなさい、私が軽率だったわ」
「普通に謝るなよ! 分かってても悲しくなるだろ!?」
超火力だが一発で息切れする魔法使い。
とても硬いが攻撃が当たらない被虐性癖持ち。
アークプリーストというある意味パーティーの要であるにも関わらず不運で頭が弱いと称されてしまった女神。
一点豪華主義と呼ぶにはあまりにもアクが強すぎるメンバーである。カズマ少年がリッチーのスキルで現状を打開しようと思うのもむべなるかな。
「えっと……あの日見逃してもらった恩返しにスキルを教えると言ったのは私ですので、それは構わないんですけど……」
「何か問題でもあるのか?」
「私のスキルは相手がいないと発動しないんです。ですので誰かに放つ必要があるんですが……」
「へえ、そうなのか。じゃあアクア、頼んでもいいか?」
「……はぁ? なんで私がリッチーのスキルを受けなきゃいけないわけ? 確かに冒険者のカズマだとすぐ死にそうだけど他に適任がいるじゃないの」
三人の視線が店内を物色中のあなたに集中した。話の流れを読むに、どうやらあなたにウィズのスキルの的になってほしいという事らしい。それくらいなら別に構わないとあなたは了承した。
リッチーのスキルに興味が無かったといえば大嘘になるし、自分で食らっておけば他のリッチーと戦う時の対策もしやすくなるだろう。ウィズと組んだ時にも作戦が組みやすくなる。
「えっと……じゃあドレインタッチのスキルを使いますね。手を出してもらっていいですか?」
言われるままに右手を差し出す。ドレインタッチは対象の生命力、魔力を吸い取ったり他者に移す事が出来るスキルらしい。
あなたはてっきり普通に握手をするのかと思ったのだがそうではなかった。
なんとあなたの予想に反してウィズはあなたの手に自分の両手を被せてきたのだ。何故か女神アクアとカズマ少年の視線の温度が若干下がった。
長い戦いで傷だらけになったあなたの手を、ウィズは繊細な雪細工に触れるかのようにそっと優しく包み込む。
アンデッドだからだろうか、ひんやりとしたウィズの体温と極上の絹のような滑らかな手触りがあなたの右手に伝わってきた。
「……あなたの手は、温かいですね」
「…………うげぇ」
「女神ってどっちだったっけ? ……ぼ、暴力は止めろぉ!」
ウィズが微笑み、女神アクアは女神がしてはいけない顔をして、カズマ少年がウィズと女神アクアを交互に見比べて女神アクアに締め上げられていた。
「…………」
そうして暫くウィズと手を繋いでいたのだが特に何も起きない。魔力も生命力も減っていないのだ。あなたが気付いていないというわけではなく、本当にこれっぽっちも減っていない。
「なあ、カードに反応が無いんだけど」
カズマ少年がああ言ってるのでやはりドレインタッチは発動はしていないようだ。
それに先ほどからウィズはあなたの手の感触を確かめるようにぎゅっと強めに握ったり慈しむように撫で続けたり傷跡を指でなぞっている。
非常にくすぐったいし気恥ずかしいのだが、実は傷からの方が吸収率が良かったりするのだろうか。あるいはあなたの手がウィズの内なる性的嗜好を刺激してしまったのか。
「……へ?」
あなたの疑問にウィズはぽかんとした表情を浮かべた。
自分の行動に本気で気付いていなかったような顔である。無意識でやっていたらしい。
「あ、えっと……すみません。なんか、つい止まらなくって。今スキルを…………ひゃあっ!?」
謝罪しながらもあなたの手を弄り続けるのを止めないウィズにお返しとばかりにあなたが手を強く握り返すとウィズが可愛らしい悲鳴を上げた。女性らしい程よく柔らかい手だ。あなたには手に欲情するという性的嗜好は無いがこれは少し癖になるかもしれない。
「んっ……やっ、ちょっと、駄目、ですってば。そんなに握られたら、くすぐったいですから…………って痛い痛い! それ痛いですって! そんなに力入れたら私の手潰れちゃいますから! いいんですか私リッチーとっておきの必殺スキル使いますよ!? 使ったら大変な事になるから止めろって言われてるスキル使いますよ!?」
そんなやりとりをしながら互いの手で戯れるあなた達の様子に女神アクアとカズマ少年は遠巻きからヒソヒソ話を始めた。光の消えた目で、ご丁寧にあなたとウィズに聞こえるような大きさの声で。
「カズマさんカズマさーん、私無性に壁を殴りたくなってきたんですけどー」
「奇遇だなアクアー。実は俺もなんだー。こんな事ならめぐみんも連れてくりゃよかったわー。…………爆裂しろ畜生め」
「っていうかもう完全に二人の世界よね。私達がいるのを忘れてるんじゃないかしら。あまりのイチャイチャっぷりに強い怒りで悪堕ち覚醒しそうだわ。無言で腹パンだわ」
「一体前世でどんな大罪を犯したらこんなほのぼのラブコメディを目の前で見せつけられるという憤死確定の罰を食らわされるんだよ。いかん死にたくなってきた。スキル覚えたら出て行くからさっさと使ってくれってんだクソッタレ」
二人はイチャイチャだというがあなたには全くそんな自覚は無かった。あなたはただウィズにされた事をやり返しただけである。
しかしウィズの手に夢中になって女神アクアとカズマ少年の存在を忘れていたのは事実なので反省する事頻りである。ミイラ取りがミイラになってしまったとはこういう事を言うのだろう。
そして二人の揶揄を聞いた事でようやく自分が何をしていたのか自覚出来たのか、ウィズの顔面がぼふんという音が聞こえてきそうな勢いで朱に染まった。
瞳をぐるぐるにしてあうあうと呂律の回っていないウィズにあなたはとても嫌な予感がした。具体的には女神アクア達と共同墓地で対峙した日の事が脳裏に過ぎったのだ。
「りゃ、りゃあひきまひゅね! ドレインターッチ!!」
何かを誤魔化すようなウィズの叫びと共にごっそりと魔力と生命力が持っていかれる感覚があなたを襲う。
ウィズの力量とあなたが完全にウィズを受け入れているというのもあるのだろうが、それを差し引いても凄まじい勢いで吸われている。
このままでは数分ほどで確実にあなたは死ぬだろう。流石はリッチーだと言える危険度のスキルである。
「なあアクア、俺の目がおかしいのかな。ウィズの血色が良くなってる代わりにエレメンタルナイトの人の顔色が悪くなってる気がするんだけど」
「そりゃあんな勢いで生命力と魔力を吸われれば顔色の一つや二つ悪くもなるでしょうよ。…………というかよく生きてるわねあの人。私ならともかくカズマだったら一秒でカサカサのミイラになってる勢いよアレ」
「マジか、どっちも凄いな。……でもそれなら呑気に見てないで止めた方がよくないか?」
「…………吸われてる方が何も言わないんだし別にいいんじゃない?」
秒単位でガンガン吸われているのだが流石にこれは気合いを入れすぎではないのか。それとなく注意しようとしたが声の代わりにあなたの喉から出てきたのはごほりという咳だった。
口を押さえたあなたの左手には赤い滴が垂れていた。見せるだけにしては明らかにやりすぎである。
もしかして知らないうちに何かウィズの恨みを買うような真似をしてしまったのだろうか。まさか先ほどまでの仕返しだったりするのだろうか。
「え、ちょ、おいウィズ! スキルは見たからもういい! それ以上はやばいって!!」
「早く止めないとその人吐血してるわよ!? っていうかあなたも黙って吸われてないで手を離しなさいよ!!」
流石に吐血は焦ったのか、大声をあげた二人にウィズが我に返り、どうやって謝ったものかと悩むあなたの口元の赤を見て一瞬で顔を青くした。
「ごごごごめんなさい! 今お返ししますから!!」
ウィズがパニックに陥った状態で行動すると基本的に碌な事が起きない。
いい加減学んだあなたは落ち着いてからでいいと言おうとしたのだがそれは間一髪間に合わなかった。
吸われた時より遥かに強い勢いで生命力と魔力が返ってきた事による強烈なリバウンドがあなたを襲う。
歯を食いしばって再度吐血する事だけは辛うじて耐えたが、強い眩暈と共に視界が白に染まりぷつんと何かが切れた音が聞こえた。
これならば無理矢理にでも手を解くべきだったかとあなたは自身の選択ミスを悔やむ。世界はいつだって優しくない事ばかりだ。特にノースティリスの冒険者には。
遅きに失したがこのままではまずいという己の直感に従ってあなたがウィズを突き飛ばすと同時に頭頂部から噴水のように勢いよく出血し、あっという間にあなたの全身と店の床が真紅で染まった。
頭が爆散する可能性も考えていただけにこの程度で済んだのは僥倖と言う他無いだろう。あなたはほっと安堵の息を吐いた。
「――――きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「ぴゅーって! 頭から血がぴゅーってなってる!! アクアあああああ!!」
「ヒール! なんでアンタ平気な顔して突っ立ってんの!? ヒールヒールヒール!!」
にも関わらず絶叫して血みどろのあなたの周囲で右往左往する三人。
誰も彼も頭から血が噴き出したくらいで大袈裟すぎである。この程度の出血では自分の命には届かないとあなたは苦笑した。
死に慣れているあなたは自分の命がどこまで保つのか、自分はどこまでやれば死ぬのかなど、嫌というほど知り尽くしている。確かに三人はその事を知らないだろうが、それにしたって冒険者ならば大量出血は日常茶飯事だろうに。
なのであなたは自分はまだ全然大丈夫だと、この程度でウィズの友人は決して死にはしないのだと無傷なのに罪悪感からか死にそうな顔になっているウィズににっこりと笑いかけた。
そう、あなたは戦闘中だろうが相手を恐怖させない笑顔を身に着けているのだ。時折自宅に訪問する謎のプロデューサーに「いい……笑顔です……」と太鼓判を押されるくらいに笑顔には自信がある。
「――――きゅうっ」
にも拘らずウィズはまるでとても恐ろしいものを見たかのように顔を強張らせて気絶してしまった。
瀕死の敵でも逃げ出さない完璧な笑顔だった筈なのに何がいけなかったのだろうとあなたは首を傾げる。
「何言ってんの!? ちょっと待って本当に不思議そうな顔で何を言ってるの!?」
「あんなん逆効果に決まってんだろ常識的に考えて! そんな血みどろの顔で満面の笑みとか滅茶苦茶怖いわ!!」
どうやらそういうものらしい。確かに血みどろの状態でああやって穏やかに笑う事は殆ど無かったとあなたは納得した。
それにしてもこの血の量では汚してしまった床を掃除するのが大変だ。
商品が血塗れにならなかったのは不幸中の幸いだろう。そう思いながらあなたは口に入ってきた血を舐める。
何度味わったか覚えていない、いつもの鉄の味がした。