このすば*Elona   作:hasebe

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第2話 eふeふzえろ

 辿り着いた冒険者ギルドは、あなたが思っていたよりもずっと清潔な場所だった。

 年季を感じさせる建物にも(かかわ)らず、壁に血痕も補修跡も無い。

 周囲には果物や野菜の露店は並んでいるが、ボロ雑巾と化した半死半生の乞食はいない。

 

 余程領主が善政を敷いているらしい。

 改めてこの街の治安の良さに感心しながら扉を開ける。

 

 ギルド内には酒場が併設されているようで、昼間だというのに、同業者と思わしき者達で溢れていた。

 

 仲間同士で盛り上がる者。

 他所のテーブルの同業者と呑み比べする者。

 酔い潰れて突っ伏している者。

 肩の出た露出度の高い服を着たウェイトレスの尻に手を出そうとして、グーでぶっ飛ばされている者。

 

 とても昼間とは思えない有様だが、あなたの知る冒険者とはそういうものだ。

 世界が変わっても変わらないことはある。少しだけ嬉しくなった。

 

 建物の中に入っていくと、新参者のあなたが目に入ったのか、ところどころから注目されているのを感じる。

 だがすぐに興味を失ったようで、視線はあっという間に散っていった。

 軽装に着替えて正解だったらしい。同時にやはりここは異世界なのだと、強く実感させられた。

 

 何故なら、友人を除くノースティリスの同業者は、あなたやあなたと同格の冒険者を視認した瞬間に全力で逃走を図るからだ。

 あなたの方から話しかけようものなら、即座に泣いて命乞いを始めるか、絶望のあまり神に祈り出すという衝撃の二択。世の中乱れすぎである。

 

「いらっしゃいませ、お食事なら空いてるお席へどうぞ! お仕事関係なら奥のカウンターにお願いしまーす」

 

 赤毛のウェイトレスの言葉通りに奥に目を向ければ、受付らしきカウンターが。

 四箇所あるようだが、うち三つは昼休憩中の看板と共に閉め切られており、残った一つには金髪の女性が座っている。

 早速向かおうと思ったあなただったが、《冒険者のてびき》なる小冊子が配布されているのを発見した。

 

 どうやら初心者向けに配布しているこれには、冒険者の心得やギルドに所属するに際してのルールといった、ごく基本的な事柄が記載されているようだ。

 子供でも読めるように作られているのか、挿絵もあって分かりやすい。

 

 この世界の常識も知らないあなたにとって、これはとても助かるものだった。

 折角なので話を聞く前に読んでおこう。

 

 

――冒険者とは一言で説明するなら何でも屋だが、主な仕事は街の外に存在するモンスター、もしくは人間に害を為すモノの討伐を請け負う者である。

 

――冒険者は、各々が就く職業を選ぶことができる。

 

――冒険者は討伐を繰り返すことで経験値が溜まり、レベルアップする。

 

――冒険者はレベルアップによってポイントが増え、新たなスキルなどを獲得することができる。

 

 

 冒険者そのものについての説明は、大体このような感じだった。

 非常にありがたいことに、ノースティリスにおけるそれと殆ど差は無い。

 これなら違和感無くやっていけるだろう。

 

 呑気に考えながら冊子を読み進めていたあなたはだがしかし。

 最後の一文が目に入った瞬間、ピタリと思考を停止させることになる。

 

――なお、冒険者登録には1000エリスが必要です。受付窓口にてお支払いください。

 

 エリス。

 散策中に露店などで何度か見かけた、この世界の貨幣単位だ。

 果物やパンの価格を勘案するに、1000エリスはせいぜい一食分。

 冒険者ギルドへの所属が身分証明を兼ねると考えれば、それこそ破格の値段と言えるだろう。

 

 ……なのだが、これは困ったことになった。異邦人であるあなたは勿論1エリスも持っていない。

 身分証明のために冒険者として活動すると決めている以上、どうにかして金を稼ぐ必要がある。

 

 命綱に等しい装備品や物資を売り払うのは論外。

 ノースティリスの貨幣は金貨なので、いざとなったらそれを換金するという手もあるが、ここは素直に現地調達を行うのが正解だろう。

 方法は幾つか思いつく。さて、どれを実行すべきだろうか。

 

「おうおう、見ねぇ顔だなぁオイ。ようこそ駆け出し冒険者の街、アクセルへ」

 

 演奏も悪くないが、手っ取り早いのは窃盗か強盗だろうと考えが纏まりかけたところで、あなたの隣に半裸でモヒカンの酒臭い男が座ってきた。

 感じ取れる力量はそれなり。しかし彼もまた、ギルド内にも稀に見かける駆け出しではない人間のようだ。

 

「さっきから見てたけどお前あれだろ、最後のページに書いてた登録料を払えなくて悩んでるんだろ? たまにいるんだよなあ、お前みたいなのが」

 

 挑発的に笑いながらも、あなたに絡む男から悪意は感じない。

 これで的外れな理由だったら笑い種なのだが、彼の言うとおりなので頷いておく。

 

「だろ? そこで提案だ。昨日ギャンブルに勝って懐が暖かい俺が、お前の代わりに払ってやるよ」

 

 男は酒を呷りながらおかしなことを言いだした。

 彼からはやはり悪意は感じないが、初対面のあなたに施しを行う意図が読めない。

 突っぱねるのも排除するのも簡単だが、さて。

 

「ああ、別に何かしようとか恩を着せようだなんて考えてるわけじゃねえ。理由の無い善意なんて怪しくてしょうがねえって思うのも分かる。でも一応理由はあるんだぜ?」

 

 不意に、男は懐かしそうに目を細めた。

 

「俺も駆け出しで素寒貧だったとき、今のお前さんみたいに助けてもらったかんな」

 

 当たり前と言えば当たり前だが、この男にも駆け出しの時期があったらしい。

 勿論あなたにもあった。

 

 具体的には遭難したところを助けてくれたエレアに人肉を食わされて発狂したり金を稼ごうと店を構えたのはいいが税金を払えずに犯罪者堕ちしたりガイドのアドバイスに従って自宅で魔法書を読んで大惨事になったりスライムを倒してくれという依頼を受けたら装備をボロボロにされた挙句骨まで酸で溶かされたり酒場で演奏したら聴衆の投石で頭蓋が爆散したりミノタウロスの王に辻斬りされたりした。

 他にも挙げれば幾らでも出てくる程度には散々な目にあってきたが、どれも今となってはいい思い出である。

 

「だからよ、お前さんも余裕があって気が向いたときだけでいい。同じように立ち往生してる奴を見つけたら助けてやってくれや」

 

 そう言いながら硬貨を数枚差し出してくる。

 何かを企んでいるわけではなさそうだ。

 あなたは素直に頭を下げて礼を言うことにした。

 

「なぁに気にすんな。冒険者たるもの困ったときはお互い様ってな!」

 

 あなたの背中をバンバンと叩き、ガハハハと豪快に笑いながら、男は自分のテーブルに戻っていく。

 見た目がパンクそのものとはいえ、親切な人間もいたものだ。

 天使か聖人だったのかもしれない。

 丁度よく目の前に現れたので、財布を盗むか、あるいは店の裏に連れ出そうと思っていたのだが。

 彼のおかげで余計な手間が省けた。

 

 

 

 

「初めての方ですね、本日はどうされましたか?」

 

 完璧な営業スマイルを浮かべる、金髪の受付嬢に硬貨を差し出し、冒険者登録を行う旨を伝える。

 

「はい、1000エリス丁度いただきます。では簡単にですが説明を始めさせていただきますね」

 

 目の前まで近づいて分かったのだが、この受付嬢、やけに露出度が高い。

 かなりの美人ではあるのだが、冒険者の情婦や娼婦と言われた方がよほどしっくり来る。

 現に今も、男性冒険者達から熱っぽい眼差しを送られているようだ。

 

「まず、冒険者ですが……」

 

 にっこりと魅力的な笑顔を浮かべながら、小冊子に書かれていたのと同様の説明を行う受付嬢。彼女は肩を二の腕付近まで、更に豊かな胸の大部分を露出させた衣服を着ており、ウェイトレス以上に煽情的だ。

 今は見えないが、この分では下半身もかなりきわどい格好をしていると思われる。

 

「次にこちらのカードをご覧ください。このレベルという項目ですが……」

 

 あなたの知る風の女神ほどではないが、精一杯控えめに表現しても露出癖持ちの痴女にしか見えない。

 というか、彼女は本当に正規のギルド職員なのだろうか。

 ギルドの顔が美人というのは、広告塔という点で理に適っているが、それにしたって彼女はやりすぎだ。

 こんな全方位に色気を振りまくような格好をしていては、悪戯に媚薬をぶつけられて卵を産まされても文句は言えないだろう。

 

「ここまでのことで何か質問はございますか? はい、では次にこちらの用紙に身長、体重、年齢などの身体的特徴を……」

 

 いや、もしかしたらそういった性質の悪い冒険者の目を一身に集める役目を背負っているのかもしれない。

 人畜無害な振る舞いで近づき、油断させたところを背後からグサリ、というのはどこにでも転がっている話だ。

 

 一見すると平和な街の闇に触れた気がする。あなたは用紙に自分のことを記入しながら、彼女の露出度について詮索するのは止めておこうと決心した。

 

「はい、ありがとうございます。ではこちらのカードをどうぞ」

 

 受付嬢が差し出してきた金属製のカードにはレベル、筋力、生命力、魔力、器用度、敏捷性、知力、幸運の文字が刻まれている。

 どうやら能力の項目はノースティリスのものとほぼ同じらしい。

 あちらの項目に知力は無いが、当て嵌めるなら習得だろう。

 

「そのまま触れていただければあなたのステータスが分かりますので、その数値に応じて就きたい職業を選んでいただきます」

 

 言われるままに触れてみる。

 どういう仕組みになっているのか、光と共にカードに文字が刻まれた。

 

「はい、ありがとうございます。ステータスは……おお、全体的に平均値を上回っていますね。中でも生命力はかなりのものですよ。お若いのに凄いですね」

 

 どうやら良好な数値が出たらしく、受付嬢の声色が一段高くなった。

 長くノースティリスの第一線で戦っていた身なので、能力面ではあまり心配はしていなかったが、ここは異世界であなたは異邦人だ。どんな結果が出てもおかしくない。

 かたつむり観光客以下のゴミクズですね、冒険者なんてさっさと諦めて国に帰った方がいいのでは? などと言われる可能性もあった。

 

 ほっと安心しながらカードを受け取ると同時に、あなたは瞠目した。

 レベルの部分には《eふeふzえろ》、ステータスは全ての項目に《nあnあでぃーzえろ》という文字が刻まれているように見える。

 

 ムーンゲートの翻訳が突然仕事をボイコットしたらしい。

 記述の意味がさっぱり分からず、内心で首を傾げる。

 

 確かにカードには偽造防止のための技術が使われていると説明されたが、特別な暗号でも用いられているのだろうか。

 特に高いと言われた生命力も《nあnあでぃーzえろ》だし、文字の色や形も完全に同一に見えるのだが。

 

 比較対象が欲しくてカードのサンプルを見てみれば、どの項目も普通に読めるしレベルもステータスも二桁の数字が書いてあった。

 

 どうやらあなたの特異な出自が、カードに不具合を起こしているらしい。これでは能力が高いとか低いとかそれ以前の問題だ。

 受付嬢の目にあなたのカードはどう見えているのか激しく気になるものの、胸の内に留めておこう。

 あなたはこの世界の身分証明書を手に入れに来たのだ。わざわざ藪を突いて蛇を出す必要は無い。

 

「それで、職業はどうされますか? このステータスなら今すぐ上級職、とまではいきませんが大抵の職に就けますよ」

 

 ニコニコ顔の受付嬢が提示してきたリストには戦士、魔法使い、神官、盗賊、魔法戦士といったあなたにもおなじみの職業がずらりと並んでいる。

 残念なことにピアニストは無いようだ。

 だが冒険者が選ぶ職業の中にまで、冒険者が混じっているのは何故なのか。

 

「ああ、ええと……冒険者はですね。唯一全ての職業のスキルを習得し、使うことができます。ですがスキルの習得には大量のポイントが必要になりますし、他の職業なら得られる補正が無いので威力は本職には及びません。ですのでその、あなたのような全体的にバランスのいいステータスをお持ちの方は、なんといいますか……」

 

 必死に言葉を濁しているが、露骨にお前は他に色々選べるんだからそれだけは止めておけと言っている。

 職業の冒険者はノースティリスにおける観光客ポジションらしい。

 明確な差異である、全てのスキルが習得可能という所に強く惹かれるものの、ただでさえあなたは色々とワケありの身だ。

 駆け出しは駆け出しらしく、素直に受付嬢の忠告を聞いておくことにした。

 

「……はい、魔法戦士ですね。あなたなら遠くないうちに上級職に就くことも夢じゃありませんよ」

 

 結局あなたは魔法戦士を選んだ。

 武器も魔法も扱うあなたは、自分にはこれが最も無難な選択だろうと判断したのだ。

 

「では改めまして。冒険者ギルドへようこそ。スタッフ一同、あなたの冒険者としてのこれからの活躍をお祈りしております」

 

 無事に登録が終わったわけだが、どうやらカードに書かれたあなたは他者と比較しても有望な新人らしい。実際はさておき。

 その証拠に受付嬢があなたに向ける笑顔、仕草、声からは媚びが若干含まれているように感じる。

 

 本気で目を付けられたわけではなさそうだが、初対面の流れ者相手にこの反応。

 彼女はやはりバイトで受付嬢をやっているだけで、本業は娼婦かギルドの始末屋なのではないのだろうか。




《受付嬢》
ルナさん可愛い。

《ピアニスト》
演奏を生業とするもの。
選ぶと初期装備にグランドピアノが追加される。すごい。
別にピアノしか弾けないわけじゃない。ハーモニカとかも使う。
むしろ荷物を圧迫しまくるピアノなんて使わないピアニストが殆ど。
初心者が人前で演奏するとぶっ殺される。やばい。

《かたつむり観光客》
かたつむりは最弱種族。観光客は最弱職。
最弱種族+最弱職=強制縛りプレイ。
一見無理ゲー臭が漂うが抜け道は幾らでも存在する。

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