このすば*Elona 作:hasebe
これはキョウヤ達があなたの元に訪れる一週間前、まだベルディアの心と目に微かに希望や光が灯っていた頃の話である。
「倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても敵が減らない。終わらない。死ぬ。死んだ。アンデッドなのに死んだ。三回も死んだ」
首が繋がって装備も手に入った事で遂に始まった終末狩りの初日。
一時間も経たずに早くも三度死んで三度復活したベルディアは青かった顔を土気色にして部屋の隅でガタガタ震えながら三角座りになっていた。
この世界のアンデッドも肉体の疲労はせずとも精神は磨耗するらしい。
生きているのだからそれも当然かと納得し、あなたはシェルターを指差した。
ベルディア、行け。
あなたの言葉にベルディアは怯えたようにビクリと震えた。
「…………ご、ご主人。俺は今まで必死こいてドラゴンの群れや巨人達と戦っていたのだ。後世に無限の敵に奇跡の孤軍奮闘、全ての騎士はベルディアの如く在るべしと伝説に謳われて然るべき戦いを繰り広げてきたのだぞ?」
関係ない。行け。
傷は癒したしアンデッドに肉体的な疲労は無いと言ったのはベルディアである。終末の中で戦えるように装備もこうして整えた。
そんなあなたの言葉が本気だと分かったのだろう。元魔王軍幹部のデュラハンはいつかのように形振り構わない行動に出た。
「二度目の作戦ターイム!」
認める。
ベルディアは疲労を押し流すような深い溜め息を吐いてこう言った。
「疑っているわけではないが……いや、ハッキリ言って俺はご主人を疑っている。勿論ご主人が俺を圧倒するほどに強いというのは分かっているが、俺をあんな地獄に放り込んでおいてご主人はアレを本当に駆逐出来るのか? ご主人が愛剣と呼ぶあの頭のおかしい剣じゃなくてラグナロクを使うなら他はどんな手を使ってもいい。ちょっと一回俺にお手本を見せてほしいのだが」
あの程度を駆逐するのは造作も無いとあなたはベルディアを笑う。
「な、何がおかしい!?」
ベルディアはあなたを自分が出来ない事をペットに強いるような鬼畜だと思っているのだろうか。
いい機会だとあなたは一度ベルディアに自分の本気を見せる事にした。
二度とベルディアがおかしな不安を覚えないように。
そして、数え切れない程の己と敵の屍を越えた果てに手に入る力がどういうものなのかを教える為に。
装備は愛剣を筆頭にノースティリスで使い続けた本気のそれを解禁する。
「……その剣を見ているから今更防具が全身神器揃いなことに驚きは無いが、武器はラグナロクを使ってくれと言ったぞ」
神器ではなく神器品質なのだが、今のベルディアに言っても分からない話だろう。
それにわざわざ言われなくてもあなたは愛剣で戦うつもりはないし攻撃魔法も使うつもりはなかった。
愛剣は補助魔法の強化に使うために抜いただけである。
「……むう、なら構わんが」
ベルディアに呼び出してもらったアンデッドナイトをラグナロクでちくちくと突っついて終末を起こす。
そして終末の発生と同時にこの世界のものではなく、ノースティリスの各種補助魔法を使用。
「さて、ご主人…………!?」
瞬間、ベルディアの目からあなたの姿が掻き消える。
別にテレポートしたわけではなく、ただ自身の速度を限界まで引き上げて更に愛剣で強化された加速の魔法を使ったあなたの速度がベルディアの動体視力をぶっちぎっただけである。
勢いのまま跳躍し、あなたは魔物の一団に向けてラグナロクを振るう。
一筋の剣閃は音もなくエーテルに満ちた大気を切り裂き、次の獲物を求めてあなたが通り過ぎた後思い出したように巨人と竜数体の首がズれてそのまま崩れ落ちた。
竜という力の象徴が更に強い力によって蹂躙される。
それはまるで悪い夢のような光景だった。
亀と兎以上の絶対的な速度差の前に竜たちはあなたをまともに捕捉する事も叶わず、ただあなたの過ぎ去った後には一刀の元に斬殺された竜と巨人の死体が量産されていく。
ラグナロクを使っている以上、当然終末は発生し続けるし竜も巨人も尽きる事は無いが、それは敵という脅威としてではなくただ流れ作業の如く始末される為に出てきているに過ぎない。
そこには戦闘者として本来あるべき戦術も駆け引きも存在しない。
磨き続けた技術と身体能力に任せきった単純な……悪く言えば稚拙な正面突破によるゴリ押しだった。
だがそれはシンプルであるが故に対処が難しく、純然な戦闘能力をもって敵の数の差や連携、策といった戦術の全てを無慈悲にあざ笑いながら真正面から押し潰す。
同格の者と対峙するのならば流石に話は変わってくるだろう。
だが今のあなたとドラゴン達にはそれが可能なだけの差が存在し、無限に続く迷宮の深層で無数の敵を相手に戦い続けるあなた達の戦いとはつまりそういうものだった。
十分後、シェルター内部は無数の肉塊と赤黒い血で埋め尽くされていた。
シェルター内部に存在する生き物はあなたとベルディアだけ。
思うがままに殺戮の限りを続け、そろそろベルディアも満足しただろうと判断してラグナロクではなく愛剣を使って狩りを終えたあなたは補助魔法を解除する。
「何だ、これは……ありえるのか……こんなモノが……」
ベルディアにはどうやら満足してもらえたようだ。久々に思いっきり身体を動かせてあなたもご満悦である。装備を解除して思い切り背を伸ばす。
放心して立ち尽くすベルディアにラグナロクを残してあなたは地上に戻る事にした。
エーテルの風の中で大立ち回りを演じたので念のためにエーテル抗体を呷り、ウィズにお裾分けする分を含めても暫く困る事は無い程度の竜の死体を持って行きながら。
そしてこの件の後からベルディアは鬼気迫る真剣さで終末狩りを行うようになった。
比例して心身の消耗も激しくなったがあなたとしては鍛錬に身が入ったようで万々歳である。
同時に暫くの間、ベルディアがあなたを見る目が英雄やバケモノを通り越してヒトのカタチをしたナニカに変化した。あなたにとってはとても馴染み深いものである。
ノースティリスでは稀にアイツらは天才だから俺たちとは違う、などと言われる事があったがあなたはそうは思っていない。
強くなるのに才能は必要ないし、少なくともあなたは自分の才覚はどこまで行っても並でしかないと思っている。ただ三食ハーブ漬けの毎日を送りながら己の心と体と命を顧みずに戦い続ければ誰だっていつかはあなた達と同じ域に立てるのだ。
それをあなたや友人達はペットの育成というこれ以上無い形で証明している。
努力を続ければどこにでもいる平凡な少女やカタツムリであっても目を瞑ったまま鼻歌混じりに終末の竜を掃除出来るようになるし、実際にあなたと最も付き合いの長いペットの少女はそうなった。
■
ベルディアとの手合わせを終えたまま目を覚まさないキョウヤをあなたはベルディアの部屋のベッドに寝かせる事にした。
流石に居間の床に寝かせるのはどうかと思うし、ベルディアの部屋はあなたの部屋や物置と違って見られて困る物は置いていないので問題ないだろう。
一週間使っていないベッドは若干埃っぽくなっているがそこは我慢してもらうしかない。着ている鎧はどうしようかと数秒ほど考えて脱がすのも面倒なのでそのままにしておこうと判断。
後は気が付いた時の為に水と果物でも用意しておけば良いだろう。
「うっ……ここは……?」
あなたがリンゴの皮を剥いているとキョウヤが目を覚ました。
何秒間か周囲を見渡していたが、すぐに落ち込んだように頭を垂れてしまった。
「……そうか。僕は、負けたのか」
女神アクアに選ばれたという誇りを持つキョウヤはベルディアの正体を知らない。
どこの馬の骨とも知れぬ相手に完敗を喫してしまったというショックは大きかったのかもしれない。
ここに仲間の少女がいれば慰める事も出来たのだろうが、生憎どこかに行ってしまったままである。
ベルディアをけしかけた張本人であるあなたはキョウヤを慰める口を持たない。
「…………」
慰める事が出来ないのであなたはグラムの話をする事にした。
確かに負けはしたがグラムの交換に応じる条件は仲間と戦う事であって勝利する事ではない。
ベルディアも私怨で壁を一つ越えたようだしキョウヤは十分以上にあなたの望みに応えてくれたわけである。
残念な事に、キョウヤは疲れたような苦笑を返すだけだったが。
「ベアさんの剣からは強い怒りが伝わってきました。一撃一撃からお前にその地位は相応しくないって怒鳴られているような気がしたんです」
だが数分ほど目を瞑って黙った後、キョウヤはぽつぽつと語りだした。
己の中で何かしらの答えを出したらしい。
「……当然ですね。今なら分かるけど僕はグラムを使っていたんじゃない。グラムに使われていたんだ」
自嘲するキョウヤだが、ベルディアは全くもってそんな事は考えていないだろう。
もしキョウヤがベルディアの剣から怒りを感じ取ったというのなら、それは可愛い女の子の仲間と仲良くやっているキョウヤへの醜い嫉妬、そして女っ気が欠片も無い自分の環境とキョウヤを比較して行き場の無い感情を持て余した結果だ。
つまりベルディアは私怨丸出しでキョウヤに八つ当たりしただけである。
普通にみっともないし最低だった。
「……レベルが上がったからって思い上がっていました。今の僕なら魔王軍の幹部にだって負けはしない、なんて考えていたんです」
キョウヤに正直に教えた方がいいのだろうかと数秒悩んだが、あなたはあえて黙っておく事にした。
どうやら前向きに受け取ってくれているようだし、わざわざお前は女連れだったから嫉妬されていたのだと本当の事を話してキョウヤにやるせない思いをさせる事もないだろう。
「僕の前にも多くの転生者がいたというのにまだ魔王は生きているし戦いは続いている……」
顔を上げたキョウヤは強い決意をその目に湛えていた。
つい先ほどまで敗戦のショックに打ちひしがれていた筈の彼はもうどこにもいない。
異常なまでに立ち直りが早いのは己が女神アクアの使徒という自負がある故だろうか。
「ベアさんが主人と言っているからにはあなたはきっとベアさんよりも強いんでしょうね…………僕はまだまだ弱い。今度こそグラムに本当に相応しくなれるように一から鍛え直さないと」
キョウヤは線が細い割に前向きというか、物語の主人公のような人間だった。
自分達のような者は主人公はおろか、とてもではないが物語に出せないと自覚しているあなたからすればキョウヤは若干眩くすらある。
「もしよろしければ、またベアさんと戦わせてもらっても構いませんか?」
キョウヤの申し出はあなたにとってもとてもありがたいものだった。
あなたや終末以外での戦闘はベルディアにとってもいい刺激になるだろう。
ただキョウヤが強くなるようにこれからもベルディアは地獄を見続けるのでどこまで両者の差が縮むかは分からないが。
「ベアさんの休みが八日に一日だからその日なら、ですか。……ありがとうございます」
ベルディアは休日が潰れる形になるが我慢してもらおう。
もう少し休んでいくといいとキョウヤに告げ、あなたは席を立つ。
そろそろ夕食の時間である。よかったら食べていくといい。
「いえ、折角ですが出て行ってしまったフィオの事が心配です。そろそろお暇させてもらい…………えっ?」
そんなあなたを見て、キョウヤがとても不思議そうな声をあげた。
まるで有り得ない物を見たとでもいうかのようにその表情はポカンとしている。
「あの、すみません。ちょっといいですか?」
キョウヤはおずおずとあなたの腰を指差した。
「あなたが腰に着けてるそれって、もしかしなくてもアレですよね?」
その視線は紅白の球体に釘付けになっている。
キョウヤはこれの事を知っているのだろうか。
「それです。それってあの有名なポケッ……携帯出来るモンスターのゲームとかアニメに出てくる、捕獲用のアレですよね。モンスターぼ……げふんげふん」
キョウヤの言っているポケットなモンスターが何なのかは知らないが、これはモンスターボールという道具である。
「うわああああああああああああ言っちゃった!! ちょっとマズいですよ、止めてくださいよ本当に!! 何の為に僕が必死に名前をぼかしたと思ってるんですか!?」
キョウヤは何をそんなに慌てているのだろうか。ホウムブがどうのこうのと騒いでいる。
モンスターボールは若干使いにくいが決して危険な道具ではない。
キョウヤが何にそんなに焦っているのかは知らないが、知っているのなら見せても構わないだろうとあなたはキョウヤにモンスターボールを渡す。
「うわ、うわあ……本当にそっくりそのまんまだ……。えっ、これって中に何が入ってるんですか? まさか身長40センチで体重6キロで十万ボルトが代名詞な黄色い電気ネズミは入ってないですよね?」
恐る恐る、それでいて興味津々なキョウヤだがそれはどんなネズミなのだろう。
恐ろしい、まるでバケモノではないか。
モンスターボールの中身は空っぽであると空けて見せてキョウヤに証明する。
現在中身は終末狩りの真っ最中である。嘘は言っていない。
「良かった、流石にリアルでピカ……アレを見せられた日には僕も正気じゃいられませんよ……」
確かに40センチの黄色のネズミというのは想像してみるとかなり気持ち悪い。
しかしキョウヤがどこか残念そうなのは何故なのか。
まさかそんなクリーチャーを見てみたかったとでもいうのだろうか。
「……少しだけ。子供の頃から大ファンだったんです。ネットを使って対戦だってやってました。こう見えてレートも結構いいところまで……ってすみません、こんな事言っても分かんないですよね」
キョウヤは気恥ずかしげに頭を掻いて子供のように笑う。
ネットだの対戦だのの意味は不明だが、そんなクリーチャーのファンというのは実に驚くべき話である。
他者の趣味に口出しする気は無いが、まるでノースティリスの妹が好きで好きでたまらない友人のようだ。
「でもやばいな、ちょっとこれは懐かしすぎる……。というかここまでゲームとかアニメのまんまの形すぎると逆に不安になってくるぞ。これ偉い人に怒られたりしないんだろうか……というか訴えられたら絶対負けるだろこれ……」
郷愁と困惑に瞳を潤ませるキョウヤだったが、不意に目付きが鋭くなった。
「……あれ? でもそういえばグラムを貰った時見た神器のリストの中にこれがあった気がする。それも確か前任が選んだリストに……って事は、もしかしてあなたも僕と同じようにアクア様に選ばれた日本の転生者だったんですか?」
勿論違う。ニホンジンなる者の事は聞いた事があるが、あなたはキョウヤのような境遇ではない。
あなたはニホンジンとはまた別の世界の者なのだが、それを話す必要は無いだろう。
適当にダンジョンで見つけたと出鱈目を教えるとキョウヤは納得したようだった。
「そうでしたか。じゃあこれはきっと僕の前任の方の物ですね……明らかにあなたは日本人の名前や顔じゃないですし、もしかしたら外国人の方なのかなって思ったけど」
若干寂しそうに苦笑しながらキョウヤはあなたにモンスターボールを返却してきた。
同郷の者に会えたと思ったのかもしれない。
「それ、きっとグラムと同じようなアクア様が僕達にくださった神器の一つです。どれくらい性能が落ちているかは分からないですけど大事に扱ってくださいね」
キョウヤの言葉に思わず鑑定の魔法を使うと、なんと確かに★《モンスターボール》になっていると分かった。
これは間違いなくあなたが土産屋で購入したモンスターボールなのだが、どういうわけか神器に変化してしまっているようだ。
この特別なモンスターボールはいわゆるユニーク、つまり神であっても捕獲可能な代物らしい。
正統な所有者は購入したあなたなので劣化は無しで捕獲したペットを逃がせば無限に再利用が可能。捕獲したペットが死ぬと瀕死の状態になってボールの中に自動で戻る。
まさに神器と呼ぶに相応しい凄まじい
「あなたはそれの使い方を知っていますか?」
あなたはキョウヤから手渡されたモンスターボールを手慰みに宙に放りながら肯定する。
相手を逃げる事も抵抗する事も出来ないくらい本当にギリギリ死なないくらいにまで痛めつけた後にモンスターボールを投げつけたら相手を捕獲出来るのだ。
「言葉にすると酷すぎる!? 確かにそれで合ってますけど! 僕もよくやってましたし捕まえやすくする為に眠らせたり凍らせたり麻痺させたりしてましたけどね!?」
正義感に溢れた好青年なキョウヤにもヤンチャな一面があったらしい。
昏睡や麻痺、凍結状態にまでして嬲るとは中々の悪辣っぷりである。
あなたや友人であっても遊んでないでさっさと殺すか捕まえろと呆れて悪態をつくレベルだ。
「ゲーム! 僕がしてるのはゲームの中の話です!!」
平然とゲーム感覚で他者を痛めつける事が出来ると声高に宣言するキョウヤにあなたは眉を顰めた。
確かに正義なんてものは個人個人で変わってしまうしあなたも自分が正義だとは思っていないが、彼のような好青年を地で行く者が遊びで他者を害する事の出来る人間だと知ってしまってはあまり良い気分はしない。
善なら善でいい。悪なら悪でいい。
しかし正義や使命感に溢れている一方で他者をゲームで痛めつけられるなどと言うキョウヤは酷く歪だ。
あなたから見てもキョウヤはまっすぐな青年だというのに、誰か彼に善悪について教えてあげるものはいなかったのだろうか。
それともキョウヤの心の闇はそんなにも深いものだったというのか。一度仲間の少女達にメンタルケアしてもらうべきである。
「違うんですなんでそうなるんですかってばああああんもおおおおおおお!!!」
あなたの哀れむような言葉と視線にキョウヤは何故か頭を掻き毟って絶叫した。