このすば*Elona   作:hasebe

17 / 148
第17話 魔剣の勇者vs首無し騎士

 ミツルギキョウヤと名乗り、見事な土下座を決めた青年はあなたにグラムを失った経緯を説明した。

 

 自身に力を授けてくれた女神アクアが檻の中に閉じ込められていて、犯人の冒険者の少年に喧嘩を売ったことや少年と女神アクアをめぐって決闘したがグラムを奪われて敗北したことなど。

 

 話を聞いてあなたは知らないとはいえ随分と余計なことをしたものだ、と思った。

 女神アクアは地上で冒険者生活を満喫中なのだ。

 彼のような敬虔な使徒が直接手を出しては何のためにアクシズ教徒が遠巻きから見守っているのか分からなくなってしまう。

 

 しかし自身の信仰する女神が檻に閉じ込められていたのなら助け出そうとするのも無理は無い。

 今は若干煤けているが、キョウヤはいかにも正義感の強そうな青年だ。

 自身を女神アクアに選ばれた勇者と言っていたし、きっと魔王から世界を救うという使命感にも溢れているのだろう。

 

 ノースティリスにも彼のような者はたまにいた。

 彼らは皆己の力に絶対の自信を持っていて、その瞳は未来への希望やネフィアの謎を解き明かすのだという使命感に溢れていた。

 

 かくいうあなたにも自分ならきっと上手くやれる、なんて根拠の無い自信に溢れていた時期があったのだ。

 最初の依頼でスライムに全身を溶かされたときに存分に身の程を思い知らされたわけだが。

 今となっては酒の肴にする程度の他愛ない話である。

 

 そんなあなたの中で最も記憶に残っている者は、何を勘違いしたのかあなたに首を紐で縛ったペットの妹を解放しろと迫ってきた年若い少年だ。

 剣を抜いて喧嘩を売ってきたので少年を敵と判断した妹本人の手によって四肢を断ちて五臓六腑を七砕せんとばかりにズタズタのギチョギチョに惨殺されたわけだが、それ以後は姿を見なくなった。

 盗賊ギルドに喧嘩を売って身包み剥がされた挙句サンドバッグの刑に処されたと風の噂で聞いたが、彼はどうなったのだろう。

 

「あの……どうしました?」

 

 青年の声に我に返る。ここはノースティリスではなくアクセルの街にあるあなたの家だ。

 どうやらあなたは望郷の念に駆られていたようだ。らしくもないと苦笑する。

 

「ま、まさか……グラムは既にどこかに売ってしまったとか……?」

 

 青い顔になったキョウヤの言を否定する。

 どれだけ劣化していようとも貴重な神器を売り払うなどあなたからしてみれば到底有り得ない。

 

「良かった……お金は幾らでも払います。ですからどうかグラムを……」

 

 しかし彼は何を言っているのだろう。あなたは呆れたように鼻を鳴らした。

 もしかしてキョウヤは自分を馬鹿にしているのか、あるいは救いようの無い馬鹿だと思われているのか。

 元所有者とはいえ、女神から賜った神器を金銭と引き換えに返してほしいなど馬鹿げた提案にも程がある。

 金銭に困っていない蒐集家(あなた)に金など幾ら積んでも無駄である。

 

 あなたがグラムの返品に応じる際に要求するものはただ一つ。

 それはあなたにとってグラムに匹敵、あるいはグラムよりも価値のある神器だけだ。

 

「そんな……! あれはアクア様に頂いた本当に特別な武器なんですよ!?」

 

 それはキョウヤがグラムに抱く価値であってあなたがグラムに抱く価値ではない。

 別に全開状態のグラムに比肩する性能の武器を持ってこいとは言っていないのだ。

 

「で、ですが、グラムほどの武器なんてそうそう見つかるはずが……」

 

 確かにそうだ。全くもってキョウヤの言葉通りであるしあなたも異論を挟むつもりは無い。

 神器がそこら辺に転がっているはずも無いし女神アクアに選ばれた勇者だと自称するキョウヤにとってグラムは何物にも代え難い武器なのだろう。

 だからこそ問うが、キョウヤは本当にグラムを金を積んだら買える程度の武器だと思っているのだろうか。

 もしそうならそれは女神アクアへの大いなる侮辱に他ならないしグラムそのものを貶めている。キョウヤが女神アクアに選ばれたというのならば尚更だ。

 

「…………」

 

 仲間の少女達があなたに物申そうとしているがキョウヤの手前それは我慢しているようだ。

 

 既に購入した以上、たとえ使いこなせなくても現在のグラムの所有者はあなたである。

 あなたはこれでも女神に賜った神器を奪われたキョウヤの不憫な身の上に同じ信仰者、同じ意思を持つ武器の担い手として多少なりとも同情して譲歩しているつもりだ。

 これがくろがねくだきのような普通の神器だった場合は知ったことかと問答無用で家から叩き出しているところである。

 

 あなたには女神に下賜された武器を盗まれたキョウヤが悪いと言って交渉に応じないという選択肢だって採ることができる。

 実際、もしあなたの持つホーリーランスに手を出そうとする輩がいようものならあなたは犯人を生まれたことを後悔する目に遭わせると誓っているのだ。

 愛剣はどうせ手を出した瞬間あなたと相手が生まれたことを後悔する羽目になるので問題ない。

 

「……そう、ですね」

 

 俯いたままのキョウヤはポツリとそう呟いた。

 

「アクア様にあれだけの不敬を働いた挙句、肝心のグラムまで金銭で譲ってもらおうものなら僕はアクア様に合わせる顔が無くなってしまう。……あなたの仰るとおり、僕は必ずグラムに見合うだけの品を手に入れてきます。ですからどうか、どうかそれまでグラムを手放さないでいただけますか?」

 

 わざわざキョウヤに言われるまでもなく承知している。

 神器を自分から手放すなど断じて有り得ない。

 

「ありがとうございます。……クレメア、フィオ、行こう」

「……ねえ、ちょっといい?」

 

 キョウヤがあなたの提案を受け入れて帰ろうとしたそのとき、それまで沈黙を保っていた盗賊の少女があなたに声をかけてきた。

 

「あなたは本当にグラムを持ってるの? 売ってないっていうんならちょっと私たちの目の前に持ってきてほしいんだけど」

 

 キョウヤが少女を諌めるがあなたは別に構わないと告げてグラムを三人の前に持ち出した。

 確かに一度は実物を見せておいた方が彼らのモチベーションを上げてくれるだろう。

 

「……良かった。グラムを大事に扱ってくれているんですね」

「…………」

 

 自身のコレクションである以上、グラムの手入れは当然欠かしていない。

 新品同然になった愛剣の無事な姿を確認したキョウヤと戦士の少女は安心した様子を見せ、盗賊の少女は若干の罪悪感、そしてそれを塗り潰す強い決意を目に湛えていた。

 目は口ほどに物を言うというが、あなたにとって少女のその目はとても見覚えがあるものだった。

 ゆえに少女がこれから何をしようとしているのかも手に取るように分かる。

 

 どうしても欲しい物がある。だがそれは今の自分では決して手が届かないもので、それでも手に入れたい。

 ならばどうすればいいのか?

 

「……フィオ、どうしたの?」

 

 戦士の少女が様子のおかしくなった少女に訝しげに声をかける。

 だがフィオと呼ばれた少女はあなたに向けて右手を突き出すことでそれに応答した。

 

 

 

 ……正確には、あなたの持つグラムに向けてだが。

 

 

 

「悪く思わないでよね! スティーr――」

 

 フィオは奇襲を仕掛けたつもりなのだろう。

 しかしあなたは恐らくこうなるだろうとは思っていた。ノースティリスでは珍しくも何ともない展開である。

 あなたは分かっていてフィオを止めなかった。そんな義理も無い。

 

 そしてフィオがあなたの持つグラムに向かって宣言するのと同時に、あなたのフィオに向ける視線の温度が反射的に絶対零度に切り替わる。

 今の今まで殺す必要が無い者(キョウヤの仲間)を見る目だったものが、殺していいモノ(マヌケなゴミ)を見るそれに。

 あなたの冷たい殺意を感じ取ったのか、グラムが何かを訴えるかのように一瞬だけ震えたが強く柄を握り締めて封殺する。

 

「止めろッ!!」

 

 果たしてそれはどちらへ向けた言葉だったのかあなたには分からない。

 ただ、フィオがスティールを発動する直前。キョウヤはフィオの頬を手の平で叩いていた。

 

「フィオ。君は、君は……自分があの人に何をしようとしたのか分かっているのか……?」

「キョウヤ……だって、だってアイツだって……!」

「アレは勝負の結果ああなっただけで、この人は金銭は受け取らないが交換に応じると言ったんだ。だというのに君は今、本当に最低なことをしていたんだぞ……」

 

 キョウヤは信頼する仲間の行いに、どこまでも悲しそうな顔をしていた。

 正義感の強いキョウヤにはフィオの騙し討ちとしか言いようの無い窃盗行為はよほど受け入れ難いものだったのだろう。

 

「――――ッ!!」

「あ、フィオ!!」

 

 フィオはそんなキョウヤから逃げるようにどこかに駆け出していき、それを戦士の少女が追いかけていく。

 残されたのは激しく憔悴したキョウヤとあなたのみ。

 

「……あの、本当に申し訳ありませんでした。僕の仲間が……」

 

 居た堪れないといった面持ちのキョウヤがあなたに謝罪してくる。

 深い溜息を吐いたあなたにビクリと肩を震わせるが、むしろフィオのスキル構成次第ではキョウヤはフィオの命を紙一重のところで救っていたわけで、あなたはそこに安心したのだ。フィオの無鉄砲な行動のせいで危うく大惨事になるところだった。

 

 フィオはキョウヤのためにスティールを行おうとしたのだろう。

 あなたが穏便に済ませようとしたのをいいことに、酷い目には遭わされないだろうと高を括っていた様子ではあった。

 あるいはカズマ少年がグラムを盗んだのだから、自分だって同じことをやっても構わないと思っていたのかもしれない。

 

 仮にスティールが成功していたのならあなたはフィオの腕前を称賛して盗み返していただろう。

 ホーリーランスや愛剣に手を出すなら話は別だが、それ以外は盗まれる方が間抜けなのだとあなたは考えているがゆえに。

 

 だがフィオが窃盗(スティール)を発動させ、失敗していた場合。

 あなたはフィオを本気で八つ裂きにしてしまうつもりだった。

 あの瞬間のあなたは間抜けな犯罪者を殺した後でどうなるかなんて自分の知ったことではないと真面目に思っていたのだ。

 

 窃盗を見咎めたら失敗した間抜けをその場で殺してもいい。

 窃盗を見咎められるような間抜けはその場で殺されても文句は言えない。

 命の価値が軽いノースティリスにおける不文律にしてあなたが他の冒険者を殺害する数少ない理由の一つである。

 時々暇を持て余したあなた達は友人に喧嘩を売る際にこれをわざと失敗している。まるで決闘を申し込む、とばかりに。

 

 この世界には窃盗のスキルが当たり前のように普及している。窃盗を見咎めたら殺して構わないなんてルールがあるはずがない。

 だが長年の常識として骨の髄にまで染み付いた慣習はたった数ヶ月そこらで抜け切るものではないのだ。

 

 アクセル以外の町で活動する際、何度かあなたにスティールを試みようとした連中はいたが、全員が一様にスティールが発動する直前にあなたから逃げ出した。

 盗賊には敵感知スキルが存在する。恐らくそれが反応しているのだろう。

 そんなわけでどちらにとっても幸いなことに、この世界では今のところ一度も窃盗失敗による死人は出ていない。

 

 まあ欲しければ奪うという考えは嫌いでは無いがあなたは金の代わりに代替の神器を持ってこいと言っただけで返却に応じないとは一言も言っていない。

 にもかかわらず相手が交渉のテーブルに着く気が無いというのならば是非も無い。仲間の失態はリーダーの失態だ。

 残念だがお引取り願おう。どうしてもグラムを欲しいというのならばフィオのように盗むかあなたを殺して奪えばいい。

 女神アクアに選ばれた勇者として正しくあろうと振舞い、仲間の失態にあれほど辛そうな顔をするキョウヤにそれが可能なのかは別として。

 

《――――》

 

 しかしあなたが顔を絶望に染めたキョウヤを叩き出そうとした瞬間、異空間の中で愛剣が小さく啼いた。

 

 女神に賜った神器というエリートな箱入り娘にもかかわらず盗まれて質に出されるほどに落ちぶれた今のグラムの境遇に同族、つまり同じ意思を持つ剣として色々と思う所があるらしい。

 愛剣はあなたが武器を買っただけで臍を曲げるくせに同族に甘いというか入れ込みやすいという、とにかくそれはもうめんどくさい性格をしている。

 だがそれは決して愛剣が慈愛に溢れているというわけではなく、むしろ落ちぶれた箱入り娘に対して自分がいかにあなたに信頼され大切に扱われているのを見せ付けたいというドス黒い優越感が根底に存在しているわけだが。

 

 愛剣はあなたが持つ武器は自分だけいればいいと思っている節があり控えめに言っても性格が悪い。

 グラムのようにあなたが使う気のないコレクションに対しても積極的に彼我の上下関係を教え込もうとする辺り筋金入りである。

 ちなみに弓や銃、手榴弾やパンツといった自分のポジションを脅かさない遠距離用の武器や防具全般に対してはこの限りでは無い。むしろ強い仲間意識を持っている。

 

 しばらく考えた後、妥協案としてあなたは自分の仲間と手合わせしてくれたら他の神器との交換に応じるとキョウヤに告げた。

 ベルディアが終末狩りを始めて既に一週間が経っている。ここらで一度仕上がりを確認しておくのも悪くないだろう。

 

 

 

 

 

 

「あなたに仲間がいるという話は初めて知りました……懇意にしている女性がいるから命が惜しかったら絶対に手を出すなというのはアクア様や仲間の方から聞いていましたが」

 

 現在、草原と化したシェルター内で青い鎧を纏ったキョウヤと竜の素材を惜しげもなく使った装備一式を纏ったベルディアが相対している。

 この装備を作るのにも一悶着があった。

 古い馴染みであるというウィズの紹介もあって装備を作るのに苦労はしなかったのだが、あなたの提供したレッドドラゴンの素材がこの世界のファイアドラゴンと合致するものではないと一目で看破されてしまったのだ。

 げに恐ろしきは熟練のドワーフ鍛冶師の目利きということだろう。

 不幸中の幸いとでも言うべきか、未知の竜の素材を扱えると知って大興奮したドワーフはあなたに素材の出所を問うことは無かったし広める真似もしないと誓っていた。

 それどころかそんなものを持ち込んだあなたもウィズが信頼する友人ならと素性を問われてもいない。

 そんなこんなで他の竜の素材もあるなら使わせろというドワーフにあなたが提出したレッドドラゴン以外の終末産の竜の素材も使って装備は完成した。あなたもベルディアに折られた剣の代わりに竜鱗の剣が手に入って万々歳である。

 いよいよウィズの家の方角に足を向けて眠れなくなってきたのではないだろうか。

 

 さて、そんな経緯を経て手に入れた装備を纏っているベルディアだが武器は現在ラグナロクや竜の素材を使った大剣ではなく組み手のときに使う安物の大剣を使っている。

 キョウヤも同等の質の剣を装備しているので得物の差は無い。

 

「ベアさん、でしたっけ。手合わせよろしくお願いします」

「…………」

 

 キョウヤが握手をしようと右手を差し出すが反応は無い。

 何かが途切れたかのように無言でその場に佇むベルディアの姿はさながら幽鬼の如く。

 

 今のベルディアは心身共に限界を超えている状態だ。

 キョウヤはあなたのペットではないのでくれぐれも殺すなと伝えてあるが大丈夫だろうか。

 もしものときはあなたが介入する必要があるかもしれない。

 

「せ、せめて何か言ってほしいんですが……」

「Gぃひiっ」

「……え?」

 

「――――ぐギャッぱぎゃキャキャキャひゃひゃひゃひゃあはははっあはははははははハハハははははははあはハハ!!!」

 

 血走った目を爛々と輝かせ、口からダラダラと涎を垂れ流しながら頭のネジが全部飛んだとしか言いようが無い狂笑をあげはじめたベルディアにキョウヤは怯えたように数歩後ずさった。

 今のベルディアは完全に徹夜明けのテンションだ。

 あなたが育成を始めたばかりのペットは皆こうなると経験則で分かっている。

 適度に食事は与えているがそれ以外昼夜を問わず不眠不休で終末狩りを行っている上に十や二十では到底足りないほど死んでいるので多少心が壊れていても仕方が無い。

 

 幸いベルディアはまだまだ元気いっぱいで余裕もあるが今のままでは意思の疎通さえおぼつかないし手元が狂ってしまうかもしれない。

 あなたは気つけのためにベルディアに雷魔法を放った。装備で耐性が付いているが無効化まではされず、ベルディアがびくんと強く痙攣する。

 

「あガぁっ!? …………死ねええええええっ!!」

 

 あなたは反射的に斬りかかってきたベルディアを投げ飛ばし、再度雷魔法で追撃する。

 起き上がったベルディアは身体をふらつかせながらも意識を取り戻していた。

 

「ああ……なんだ、ご主人だったのか。すまん敵かと思った」

 

 あなたには攻撃してくるモノ須らく殺すべしというベルディアの気持ちがとてもよく分かった。

 そして肉体の疲労は無くとも戦い続ければ頭は疲労するし睡眠も必要である。

 人間は眠らない日々が続くと感情の制御が利かなくなるし青空が黄色くなる。

 知っているがそれでも戦ってもらう。人はどんなに過酷な極限状態だろうと身を浸し続ければ慣れるものだとあなたは己の身をもって知っていたし、その先で得られる力もある。

 

「空気がうまいな、ここは……青くも赤くもないし血の臭いもしない……で、なんだっけ……俺は終わりの無い戦いの最中で全部八つ裂きにしようって……でもいつもの相手と違うよな。……なあご主人、これは組み手か? 飯は? 今何時だ? 時間の感覚が無いのだ。俺はまだ生きているか? 敵はどこだ? 敵はどこだ敵はどこだ敵はどこだ」

「か、彼は本当に大丈夫なんですか!? というか僕は本当にこんなのと戦わなけりゃいけないのか!?」

 

 魔法の効きがイマイチだったのか、再度おかしくなってきた様子のベルディアに気圧されているキョウヤ。

 大丈夫ではないが命に別状は無い。

 

 今度は弱点であるクリエイトウォーターで頭を濡らしてから氷魔法のフリーズで頭を冷やし、更に強めに雷魔法を放つことでようやくベルディアは正気に戻ったが、何故かキョウヤはぷすぷすと煙を上げるベルディアではなくあなたにドン引きしていた。

 だがベルディアを心配するくらいならこれから壊れかけの彼と戦う自分の心配をするべきだ。

 とりあえず絶対にみねうちで戦えとベルディアに念を押しておく。

 

「……で、俺がこいつと戦う理由は何だ?」

 

 あなたがキョウヤの事情を教えるとベルディアはたまらず、といった面持ちでキョウヤを哂った。

 

「このハーレム野郎……いや、盗まれた品を返せときたか。己の命に等しい神器を手放した者にそんな世迷言を吐く権利があるのか?」

「ぐっ……」

 

 ベルディアがキョウヤを嘲笑い、冷めた視線を送る。

 煽るのは勝手だが神器を手放すかどうか決める権利はベルディアには無い。

 あなたは御託はいいからさっさと戦えとベルディアを戒めた。

 

「ご主人が戦えと言うならば戦おう。かつての俺であっても得る物があるとは思えんがな」

 

 やれやれと肩を竦めるベルディアだがあなたは対人戦で今の仕上がりを確認したいだけである。

 あなたがベルディアと戦ってもいいのだがそれはいつでもできるし傍から見て分かることもあるだろう。

 

「……確かに僕はアクア様に選ばれるまでは一度も命のやりとりなんかしたことが無かった男だ。けど今はレベル37のソードマスター。グラムが無ければ戦えないと思っているなら大間違いだぞ」

「だが神器の無い今の貴様はただの上級職に過ぎんだろうに。……まあ殺しはしないから安心して死ぬ気でかかってこい」

 

 嘆息して手招きするベルディア。

 言外に貴様では相手にならないと語っていた。

 完全に舐めきった態度にいきり立つキョウヤは知らないがベルディアはキョウヤのような神器持ちを含む数多の戦士を相手にして勝ち残ってきた歴戦の元魔王軍幹部である。

 

 レベルや職業が必ずしも勝敗を決めるわけではないということなど嫌というほど知っているだろうに、ベルディアの煽り方はあまりにも露骨だ。

 さっきからベルディアは何が気に入らないのか、妙にキョウヤへの風当たりが強い。キョウヤが気付いていないだけで実はウィズのように因縁でもあったのだろうか。

 ベルディアにあいつは一人で戦っているのかと小声で聞かれたからキョウヤには互いに信頼し合っているであろう同じ年頃の少女が二人仲間にいると教え、二人とも美少女なのかと問われたので肯定しただけなのだが。

 

「…………」

 

 剣を構え、緊張感をあらわにするキョウヤに対してベルディアは剣をダラリと下げたまま構えようともしない。

 先ほどまで散々挑発し煽ってきた者とは思えない、まるで深く眠っているかのように静かな佇まい。

 更に感情を完全に殺した表情と兜の奥から垣間見える昏く澱んだ赤目が不気味な威圧感を発しているようでキョウヤは手を出せずにいるようだ。

 

「なんだ、来ないのか? ……ならばこちらから行かせてもらうぞ!!」

 

 瞬間、ベルディアの全身からどす黒い闘気が噴出する。

 それを見たあなたはベルディアの仕上がりに満足そうに頷いた。

 流石のポテンシャルとでも言えばいいのか、ベルディアはあなたの予想以上に仕上がっている。

 しかしこの分では神器のない今のキョウヤではあっという間に終わってしまうかもしれない。

 

 

 

 

 そんなあなたの予想に反してベルディアとキョウヤの戦いはベルディアが圧倒しているとはいえまともな勝負になっている。

 決して両者の実力がそれくらい近しいというわけではなく、ベルディア側が手加減こそしていないがまるで本気を出していないのが原因だ。

 今のベルディアは廃城であなたと対峙したときと同じ程度の力しか出していない。

 

 キョウヤを嬲って楽しんでいるわけではなさそうだが、どういうつもりなのか。

 眉を顰めるあなただったが、答えはベルディア本人がすぐに明かしてくれた。

 

「……ハハハハハッ! そうか、そうか俺はこんなにも!! あの地獄の日々は決して無駄ではなかった!!」

 

 ベルディアの喜色満面といった声になるほどそういうことかとあなたは得心する。

 確かに時間の感覚も無くなるほど戦って死に続けていれば自身の成長を実感しにくいのも当たり前だろう。ノースティリスのペットであればこの世界の冒険者カードのようなもので成長を実感できるのだが、ベルディアにそんなものは無い。

 だがベルディアがシェルター内に篭っていられる時間は順調に伸びているとあなたは知っている。

 

「ぐっ、強いっ……!?」

 

 対するキョウヤの戦い方は安易にグラムの威力に頼りきらずに修練を重ねてきたことを窺わせるものだったが、それでもやはりグラムを使っているつもりで剣を振るっているのであろう場面がところどころで見られる。

 

 神器無しで武闘派として有名な元魔王軍幹部を相手にするのは時期尚早だったようだ。

 そう思えばキョウヤは防戦一方とはいえよく戦っている方だろう。

 そんなキョウヤにあなたは悪いことをしただろうか、と少しだけ反省する。

 絶え間なく地獄と死を経験し続けたベルディアの底はまだ見えない。心がポッキリ折れてしまわないといいのだが。

 

 

 

 

「……弱い! 弱い弱い弱い弱い弱すぎる! なんだなんだもう終わりか!? これはどういうことだ貴様俺を舐めているのか!?」

 

 結局、自身の力を試すようにギアを少しずつ上げ続けたベルディアの猛攻の前に三分ほどでキョウヤは力尽きてしまった。

 あまりにもあっけない終わりにベルディアが咆哮するが彼我の実力を比べれば至極順当な結果といえる。

 キョウヤがグラムを持っていればもう少しまともな勝負になったのだろうが、無ければこんなものだろう。

 

「あれだけでかい口を叩いておきながらなんだこの情けないザマは! 貴様は仮にも神器の所有者ではなかったのか!?」

 

 死亡蘇生終末時々飯というヘビーローテーションを一週間こなし続けたベルディアは今では数時間ほど終末の中で生き残れるようになった。

 慣れだけでこうはいかないことはあなたがよく知っている。

 終末は慣れで乗り越えられるほど甘いものではない。しかも今の終末は大幅に強化されている。

 騎士とはお世辞にも言えないほどに精神と言動が荒み、腐りきった泥のように目が澱むのと引き換えに数値で測れない経験が確実にベルディアを強くしていた。

 

 今のキョウヤでは狩りはおろか強化された終末すら越えられない。

 二人の少女が今のキョウヤに伍する力量を持ち、更に真の力を発揮したグラムの力があればあるいは、といったところだろう。

 たとえベルディアのコンディションが最悪に近いものだったとしても負ける理由は無い。

 

「というか可愛い女の子二人も侍らせやがってクソ羨ましい! しかもめっちゃ慕われてるらしいし、もう……俺なんか……俺なんかなあ!! 毎日お前みたいなハーレム野郎なんかが想像もできないほど酷い目に遭ってんだぞ! この後また地獄にぶち込まれるんだぞ!? 辛いんだよ眠いんだよ心がゴリゴリ削られていくんだよハーブは本当にゲロマズだったし!」

 

 ベルディアがかつてあなたと対峙していたときにも見せなかった凶悪な威圧感を発している。

 この瞬間、また一つ壁を越えたらしい。原因は嫉妬と私怨だが。

 ハーブの件はベルディアが何も食べたくないと言うので現在彼の食事は味は最悪だがこれだけ食べていれば腹はパンパンに膨れるし十分生きていけるという栄養価の高い万能ハーブ、ストマフィリアになっている。直訳すると胃袋に欲情する変態性欲である。

 

「お前あれだろ、この後仲間の女の子達に慰めてもらうんだろ!? いいなあ羨ましいなあ俺なんかこれからも毎日絶対「ベルディア、行け」が続くんだぞ!? そりゃあ頼んだのは俺だしこうして強くなったから文句は無いけどなんだこの環境の落差はおかしいだろ絶対! 俺だって……俺だってなあ……! ウィズもなんかご主人といい感じらしいしさあ!! クソッタレがああああああ!!!!」

 

 ここが完全防音のシェルターの中で本当によかったとあなたは思った。

 色々と溜まっていたのか本音を炸裂させすぎである。

 

 そして血を吐くような叫びとともに放たれた渾身の一撃が意識を失ったままのキョウヤに襲い掛かるが、あなたは愛剣を使ってそれを防ぐ。

 既に決着は着いている。みねうちを使っていたとしてもこれ以上の追撃は必要ない。

 

「虚しい。あまりにも虚しい勝利だ……勝ったからといって何が得られるというのだ……だが一回も死なずに勝てるって素晴らしいな……」

 

 完勝したにもかかわらず背中が煤けているベルディアを労う。

 ペットが勝利する姿は何度見てもいいものだ。

 

「ふん、勝ったぞご主人。ご覧の有様だが言われた通り殺していないから構わんのだろう?」

 

 どこかあなたを煽っているような物言いだが、まさか嫌味の一つでも言われると思ったのだろうか。

 言いつけ通り、ちゃんと殺していないのだからあなたが言うことは何も無い。

 神器のためにベルディアと戦うのを了承したのはキョウヤの方だし、瀕死までならどうせ魔法で治せる。

 

「……そうか、ご主人はそういう人間なのだな。俺はずっと元魔王軍でデュラハンでウィズの仇だから風当たりが強いのかと思っていたのだが」

 

 あなたが傷だらけのキョウヤを回収して治療を施すのを呆然と眺めながらベルディアが呟くのであなたは噴き出してしまった。

 おかしなことを言うものだ。出禁はともかくとしてあなたはウィズとベルディアの因縁に口出しをする気は毛頭無い。

 ウィズ本人が恨みを晴らしたいというのなら二人が戦う舞台程度は整えるし、ベルディアがウィズを害そうとするのならばその時はその時だ。

 

 それに風当たりが強いというが、あなたは死ぬほど辛いと最初にベルディアに教えている。

 ベルディアが通っている道はあなたも他のペット達も等しく通ってきた道だ。止めたいならいつでも言えばいい。

 

 終末狩りはベルディアが強くなりたいと頼んだからさせているだけであなたが強制しているわけではない。

 自分の力だけで強くなりたいならそれはベルディアの自由だ。主人としてベルディアを応援しよう。

 

「…………いや、いい。実際に俺が強くなっているのはこうして理解できた。これからも宜しく頼む」

 

 続けるというのならばそれはそれでよし。

 あなたは治療が終わったが今も気絶したままのキョウヤを抱えてシェルターから退出する。

 季節はそろそろ冬に差し掛かろうとしている。

 こんな場所に放っておいたら風邪を引いてしまうかもしれないし、何よりキョウヤがこのままベルディアが行う終末狩りに巻き込まれてしまっては大変だ。

 

「そうだな、俺も手伝おう。元騎士として起きるまで看病でもしてやるか」

 

 ドサクサにまぎれてベルディアがシェルターから出てこようとしたのでその場に留める。

 ベルディアはこのまま終末狩りである。

 

「ごす、いきるってきびしいな」

 

 ちなみに一週間続けたので明日は一日休みである。

 惰眠を貪るなりして英気を養ってもらう。

 

「やばい、嬉しすぎてちょっと本気で泣きそう」

 

 シェルターによって閉じた天を仰ぐベルディアを見てあなたは不意に思いだした。

 あなたの友人曰くあなたの鍛錬法はマニ信者の友人の好むチキチキとは別の形の洗脳だという。

 ペットは強制的に電脳、義体化させてチキチキで快楽漬けにするのが趣味な彼、もとい彼女と同じ扱いとは納得し難い話である。

 鍛錬を止めるという選択肢だって与えているというのに。

 




《敵感知》
 ノースティリス勢にスティールを試みようとする際に失敗判定が出ると強制発動。
 無視して実行したら相手から問答無用で殺害対象にされる。

《マニの狂信者》
 あなたの友人の一人。性別は女。
 遺伝子合成じゃなくて人体改造(物理)とか平気でやる。
 ペットは仲間ではなく武器や防具のような所有物だと考えており自分を含めて全て義体化、電脳化させている。拒否権は無い。
 本人の本来の性別は男なのだが願いで性転換して自分の好みの美少女ロリっ子ボディに換装した。
 ペットにチキチキするのが大好き。自分にチキチキするのも大好き。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。