このすば*Elona 作:hasebe
カズマ少年とめぐみん、更に複数の冒険者からアクセルの周囲に魔物や動物が戻りつつあると知らされたアクセルのギルドは事態の究明のためにすぐさま廃城への調査を派遣する運びになった。
あなたももしものときのための戦力としてギルドから指名を受けて廃城に足を運んだわけだが、勿論廃城に魔王軍の幹部がいるはずが無い。
なぜならば件の魔王軍幹部、ベルディアは来る終末デスマーチに備えてあなたの家にあるシェルターの中で濁った瞳のままあなたと組み手などの自己鍛錬を行っているのだから。
廃城は全ての階の床の一部が崩落していたものの、死体や血痕といった戦闘の痕跡は全く残っておらずに調査チームの首を傾げさせる結果に終わった。
調査後も厳戒態勢は続いたが、一週間何も起きなかったことでそれも解除。
冒険者達も通常通りに依頼を受注できるようになって生活に困ることは無くなった。
後のことは王都からの本格的な調査班待ちということで完全に魔王軍の幹部騒ぎが終わったわけではないが、こうして一先ずアクセルの街は平穏を取り戻したのだ。
「俺は全然平穏じゃないけどな」
いつも通り組み手であなたに半殺しにされたベルディアがぼやいた。
「というかご主人。俺はそろそろウィズの店に挨拶に行きたいぞ。同じ街に住む元同僚として挨拶は当然だろう?」
どこかウキウキしながらベルディアがそんなことを要求してきた。
確かにモンスターボールを使えばベルディアも外に出られる。
だが今のベルディアはウィズから出禁を食らっている身だ。連れていくわけにはいかない。
「えっ、俺出禁なの!? 初耳なんだけどどうしてそうなった!?」
ベルディアはウィズの体やペットにとても興味があるようだと告げ口したらそうなっただけだ。
何でも身の危険を感じたらしい。当然の結果である。
「びっくりするほど致命的!! なんで本人に言っちゃうの!? ご主人には血も涙も無いのか!?」
流石にベルディアの自業自得ではないだろうか。
首をわざと転がしてスカートを覗く輩への対応としてはだいぶ優しいものだと思うのだが。
「…………バレてたのか」
ベルディアは真っ白になっていた。
ちなみにあなたは自分の目の前でそんな真似をしたら容赦なく愛剣で切り刻むつもりである。
「ご主人がウィズのことを好き過ぎる件について」
確かにウィズは大事に思っているがそれ以上にペットの不始末は主人の不始末なのだ。
ペットが街に放火しようものならそれはあなたの責任になってしまう。
火炎瓶を投擲して街を火の海にするお嬢様にはあなたも大層手を焼かされたものだ。
「ご主人と会話してると頭がおかしくなってきそうだ……」
頭を抱えるベルディアは今日もとても元気だ。
はやくまともな育成を開始してやりたいが、王都まで行ってもあなたの要求を満たす装備は無かった。
あるにはあったが一式を揃えようとすると今のあなたではとても手が届かない額である。
ベルディアのような大物賞金首を複数狩る必要が出てくるだろう。
さて、この世界で売っている装備品は基本的にノースティリスと比較すると一定の質が保証されている。
ノースティリスの装備品には属性への耐性や能力が弱体化するといった負のエンチャントを持った装備が当たり前のように売っているが、こちらではそれが紅魔族産以外存在しない。
駆け出し冒険者のための街の武具屋で売っている装備であっても使用に耐えられないほどのどうしようもないゴミが存在しないのだ。
その代わりなのだろうか。この世界において質のいい装備は桁を幾つか間違えているのではないかと問い詰めたくなるほどに値段が高い。
ダンジョンで発掘されるような強力な品になると余裕で億超えである。
ノースティリスでは無限に生成されるネフィアから幾らでも装備が発掘されるので、質こそピンキリだがそこまで法外な値段にはならない。
これは両世界における需要と供給の差なのだろう。
そんなわけであなたは自分で使う装備品に金をかけておらず、今は王都で買った
確かに悪くはないのだが、あくまでも高レベルの上級職なら最低でもこれくらいは使っていないとおかしいというレベルの装備でしかない。
あなたからしてみれば装備スキルと同じく対外的なアピールのためだけに使っているようなものだ。
それでも値段を見て思わず眉を顰めた程度には値段が高い。
あなたはソロで活動している高給取りであるにもかかわらずその程度の装備しか使っていないのでアクセルの受付嬢であるルナなどにはよく装備品の更新を勧められる。
しかしあなたは現状その必要性を感じていない。
今のところ
幸いにしてあなたには愛剣を筆頭に長年愛用している装備品の数々がある。いざとなったらこちらを使うだけでいい。
ゆえに強力な武具を大枚叩いて購入するくらいならばウィズの魔法店で面白い珍品、危険品を買い漁る方があなたにとっては何千倍も有意義なのだ。
だが残念なことにあなたが今まで使っていた剣はベルディアとの戦いで折れてしまった。
当然どこかで買い直さなければならないわけだが、この先も破損することを考えると市販品を何度も高値で買い直すというのはどうも二の足を踏んでしまう。
かといって駆け出しが買うような安物ではあっという間に駄目になってしまうのは火を見るよりも明らかだ。
ノースティリスと同じく愛剣を使うのが最適なのだが、愛剣は元魔王軍幹部であるベルディアが狂乱する程度には異常な代物だ。愛剣自身の危険性も極めて高い。軽々しく人前で使うべきではないだろう。
ベルディアの持っていたくろがねくだきもベルディアの愛剣として有名な品物だったので選択肢には入らない。
そして肝心のベルディア本人の装備も問題だ。
強化された終末に使えるような装備一式を購入しようとしたらどれほどの金額が必要になることか。
装備品を自作できれば手っ取り早いのだが生憎とあなたにそのような技術は無い。
考えただけで頭を抱えたくなるが幸いにしてあなたにはこういった知識に関して非常に頼りになる友人がいる。
そう、困ったときの神頼みならぬ困ったときのウィズ頼みである。
■
「そういうことであれば、やっぱり工房に直接素材を持ち込むのがいいと思います。だいぶ安くなりますよ」
相談を受けてすぐに回答してくれたウィズになるほど、とあなたは目から鱗が落ちる思いだった。
ノースティリスの冒険者であるあなたにはオーダーメイドという発想が全く無かったのだ。
勿論ノースティリスにも鍛冶屋や普通の武具店は存在するが、ネフィア産の奇跡品質や神器品質の装備と比べるとどうしても見劣りしてしまう。
なのであなたを含めたある程度の階級の冒険者にとって装備品とは基本的にネフィア産の商品を並べている
「素材としてはそうですね……アダマンタイト、ミスリル、聖銀あたりが候補になると思います」
ウィズが候補に挙げたのはあなたにも馴染み深い素材ばかりだ。
あなたは採掘力には自信があった。これらの鉱石が採れる鉱山を探すとしよう。
「私としましては特に竜の素材をお勧めしたいですね。竜は血から骨に至るまで全てが優秀な素材として活用できますし、お肉もすっごく美味しいんですよ。冒険者のときに一度食べたんですけどほっぺたが落っこちるかと思いました」
何か余計な情報が混じった気がするが、あなたはあえて何も言わなかった。
ただ次回の食材にドラゴンの肉を追加しておこうと心の中にメモしておく。
それにしてもこの世界でも竜が優秀な素材として使われているなら話は早い。
当然竜鱗装備はノースティリスでも使われている。
この世界に存在しない竜の素材は使えないかもしれないが、レッドドラゴンに類する竜はいたので最悪それだけでもいい。
「あ、素材の当てはあるんですね。もしよろしければ私が冒険者だった頃にお世話になっていたドワーフの方の工房を紹介しますよ。ちょっと王都から離れた場所に住んでらっしゃるんですけど、どうされますか?」
あなたはありがたくウィズに紹介状を書いてもらうことにした。
結局何から何までウィズのお世話になってしまった。
持つべきものは経験豊富な友人である。
「な、なんか経験豊富な女って頻繁に男遊びしてる感じがして凄く嫌です……」
ウィズは変な受け取り方をしてしまったらしい。
あなたは経験豊富な友人とは言ったが経験豊富な女とは一言も言っていないのだが。
「男遊びなんかしてませんよ……というか私は生まれてこのかた一度も彼氏どころか異性とデートすら……いったい私の何が悪かったんでしょうか……リッチーな今はともかく人間で冒険者やってた時も何故か皆私のこと怖がってましたし。仲間は優しいからウィズなら彼氏の一人や二人はすぐに見つかるって言ってくれたけど私はこのままお嫁さんにもなれずに一人でお婆ちゃんになっちゃうのかなって……パーティー組んでた仲間は皆いい雰囲気になってたり両思いになって結ばれたりしてたんですけど……今にして思えばなんか私って戦いばっかりの灰色の青春送ってましたね……え、もしかして灰色なのは今も同じ? あ、なんかちょっと泣きそう……リッチーがウェディングドレスとかありえないですよね実際……」
ウィズは表情に暗い影を落としてブツブツと何かを呟いているが男遊び云々以降は殆ど聞こえなかった。
それにしてもあなたはウィズの地雷を踏んでしまったらしい。今の彼女は明らかに何か悪いスイッチが入ってしまっている。
大変よろしくない傾向だ。このままではウィズが衝動的に首を吊りかねない。
あなたはウィズが男遊びをしているとは思っていないと慰めることにした。
最近まで極貧で食生活も酷い有様だったウィズにそんな金があるわけがない。
そもそもウィズに男がいるならウィズの生活はもっと楽になっていただろう。
恋人、あるいは友人があんな目を覆いたくなる大惨事になっていたのに平気で放っておけるような男は絶対に人間ではない。それは悪魔だ。
「そ、そういう慰め方ってちょっとどうかと思います。確かに今まではちょっと酷い生活をしていましたが、今はあなたのおかげでちゃんと三食美味しいご飯を食べることができてますから大丈夫ですよ」
あの限界状態をちょっと酷いと言えるウィズは流石リッチーだと思わざるを得ない。
あなたはウィズと同じ状況に陥ったとき、三日も耐えられずに街の外に狩りをしに行く自信があった。
「慣れって怖いですよね。私だって最初の頃は普通のご飯を食べてたんです。でもお金が無くなって食費を切り詰めるたびに私は無茶しても簡単には死なないから大丈夫だって少しずつ自分の中でハードルが下がっていったんです。そしたらいつの間にかあんな食生活に……あなたのご飯を食べなかったらどうなってたんでしょうか」
ウィズは遠い目をしながらそんなことを言った。
綿の砂糖水以下の食事があるとは考えたくないものである。
「次は霞ですかね……」
霞を食んで生きるようになったらいよいよ行き着くところまで行った感がある。
存在するかは定かではないが、リッチーの上位種に届きそうな勢いだ。
名前はエルダーリッチーとかマスターリッチーが妥当だろう。
「こうしてあらためて考えたら私、あなたにお世話になりっぱなしですよね。お店とか宝島とかご飯のこととかアクア様のこととか」
店は面白い品を扱っているから通っているし購入している。
宝島はウィズが最適の人選だったから選んだだけだ。
食事を助けるのはお気に入りの店への投資の代替行為。
そして危機に陥った友人を命がけで助けるのはあなたの中では常識中の常識である。
どれもこれもあなたにとっては普通のことでしかない。なのでウィズが気にすることは何も無いと思うのだが。
そんなあなたの主張にウィズは苦笑した。
「それはあなたが異世界の人だからですよ。今回みたいにあなたの方から私を頼ってくれるのは凄く嬉しいんですけど、私はこれくらいじゃ今までのお礼には全然足りてないなあって思っちゃうんです」
それを言われてしまうと弱いところだ。
彼我の常識には大きな隔たりがあるというのはあなたも多分に自覚している所である。
「あなたは私に何かしてほしいことはありませんか? 私にできることなら何でもしますから遠慮なく言ってくださいね。お世話になってばっかりじゃ友達として心苦しいですから」
私、頑張っちゃいますよとウィズは可愛らしく気合を入れた。
あなたとしてもウィズの申し出はありがたいのだが、いきなりしてほしいことと言われてもすぐには中々出てこないものである。
以前であれば家事を頼むところだったのだが今はベルディアがいる。
彼はあれで意外と器用で几帳面なので留守中の家事を任せるのに不足は無い。
これが付き合いの長いノースティリスの友人だったら何でもするという言質を盾に全力でアホな願いやスケベな願いをネタで迫れるのだが、ウィズを相手にそんな真似をするのは非常に躊躇われる。
こういう場面で言っていい冗談と悪い冗談があることくらいはあなたも分かっているし、ウィズは純粋にあなたの助けになりたいと思ってくれているのだ。
ニコニコとあなたを疑いもせずに微笑む彼女の信頼を裏切りたくはない。
この尊い笑顔をよりにもよってアホなセクハラで曇らせた日にはあなたは餅を貪ってその場で命を絶つだろう。
考えただけで軽く死にたくなってくる。
それに万が一にでも承諾されてしまったら気まずいなどという話では済まない。
というかウィズは本気でやりかねない。暴走したウィズの行動力はあなたも身に染みている。
ここはノースティリスへの手がかりが得られそうなものにすべきだろう。
女神二柱に直接聞いても空振りだったのであまり期待はできないかもしれないが。
「異世界に詳しい人を紹介してほしい、ですか……。私の友達にそういったことに詳しそうな物知りな方がいます。でもその、彼はちょっと変わっていると言いますか。言ってしまうと悪魔で魔王軍の幹部なんです」
あなたは変人には耐性がある。
相手が悪魔だろうがアンデッドだろうがドンとこいである。
「あ、勿論人間に危害を加えるような方では無いですよ? 魔王軍の幹部も辞めたがってるくらいですし」
ウィズの友人であるのだからそこに不安は無い。
むしろあなたは自分の方が直接的な危険度は高いだろうという確信があったがあえて口には出さなかった。
「……ふふっ、ありがとうございます。じゃあ私の方からお手紙を送っておきますね」
そう言ってウィズはどこか嬉しそうに笑った。
友人に会えるのが嬉しいのだろう。あなたにもウィズの気持ちはよく分かる。
それにしても女神二柱に魔王軍幹部が三人。
これからアクセルの街はどうなってしまうのだろうか。
両者の決戦が始まったらとりあえずウィズに付こうとあなたは心の中で決意するのだった。
「ところで今日は何か買っていかれますか? 凄いものを入荷してるんですけど」
世間話が終わって商売時と見たのか、自信ありげにウィズが取り出したのは一本の杖。
一見すると普通の魔法の杖のように思える。
「なんとこれ、とても有名な紅魔族のアークウィザードの方が爆発魔法を封じ込めた杖なんです。一回っきりの使い捨てですけど、戦士の方でも凄い威力の爆発魔法が使えちゃうんですよ」
説明だけ聞けば優秀な魔法道具なように思える。
だがウィズが仕入れた品なのだ。どうせ致命的な問題や欠陥を抱えているのだろう。
当然あなたはいつものように即金で購入した。
「はい、毎度ありがとうございます!」
あなたはニコニコ顔のウィズに爆裂魔法の品は置いていないのか尋ねた。
あるだけ買うので無ければ仕入れてほしいとも。
「流石に爆裂魔法は置いてないですね。あれは危険すぎますし使える魔法使いも少ないですから。……爆裂魔法、お好きだったんですか?」
いつになく強い反応を示したあなたが気になったらしい。
だが違う。あなたは爆裂魔法が好きなのではなく使えるようになりたかったのだ。
どこかに爆裂魔法の魔法書でも存在しないだろうか。
「……じ、実は私は使えるんですよ、爆裂魔法!」
あなたが無念極まりないといった声色で自身の持つ爆裂魔法の所感を説明すると、何故かウィズが唐突に大声で自慢を始めた。
両手を腰に当て大きく胸を張り、お手本のような綺麗なドヤ顔である。
「実は私は使えるんですよ、爆裂魔法!!」
何故か二度言った。
ウィズが爆裂魔法が使えるのはとても羨ましいが驚きはない。
彼女ほど高位のアークウィザードなら当然習得していて然るべきで、習得するまでにも相応の努力も苦労も重ねてきたはずだ。
あなたは素直にウィズを労って称賛を送った。
「あ、ありがとうございます。……いえ、そうじゃなくて。ですからね、その……」
どこか躊躇するようにウィズはもじもじとし始めた。
「もし依頼や冒険で爆裂魔法が必要になったら、私がお手伝いしますよ、なーんて……」
ウィズは何かを期待するようにちらちらと上目遣いで提案してきたが、あなたにはウィズが何故こんなことを言い出したのかまるで分からなかった。
先ほど自分を頼ってくれて良いといったのは他ならないウィズ本人だ。
あなたはウィズに言われるまでも無く、本当に爆裂魔法が必要になったときはウィズに協力を要請するつもりだ。
勿論反対にウィズが困ったときはいつでも自分を頼ってくれて構わないと思っているし実際に助けるつもりでいる。
「あ……はい!」
大輪の花が咲く、とでも言えばいいのだろうか。
ウィズの眩しい笑顔はそんな感想をあなたに抱かせるのだった。
ちなみに肝心の杖の詳細だが杖を中心に爆発魔法が発動するので使用者は絶対に巻き込まれるらしい。
ウィズが自信を持って凄いと薦めてきただけあってかなりの産廃性能である。
ウィズは人前で使うときは気を付けてくださいと言っていたが何をどう気を付けろというのか。
人はこういうものを攻撃用魔道具ではなく自爆用魔道具と呼ぶ。
爆裂魔法ではないとはいえ、生半可な使用者では確実に死ぬだろう。
これでは店が繁盛しないのも当然である。
当然あなたは在庫を含めて全て買い占めた。
ベルディアなら使っても死なないだろう。もしものための最終手段として持たせても面白そうだ。
あなたはついでにもし爆裂魔法の魔法道具があったら買い占めるので可能な限り仕入れてほしいと念入りにウィズに頼んだのだが、やはり店で暴発すると危険すぎる魔法ゆえなのか、爆裂魔法が封じられた魔法道具はこの後一度もウィズの店に入荷されることは無かった。
《餅》
elonaにおける最凶の食べ物。
食べると時々窒息する。ペットが助けてくれなかったらそのまま死ぬ。
最強の力を持っていても窒息に抗う術は無い。
13盾と呼ばれる無敵状態だと死にたくても死ねないので考えるのを止めたカーズ状態になれる。