このすば*Elona   作:hasebe

146 / 148
第143話 第四層(裏):千年王国

【2】

 

 滅びゆく定めにある国に生まれたお姫様は、とても、とても優れた才能を持って生まれました。

 何において?

 全てにおいてです。

 この世界において、これほどの人間が何の作意も無しに生まれる事は二度とないだろうと神々が驚嘆し、認めざるを得ないほどに、お姫様は完璧でした。

 

 外交、内政、軍事、文化、芸術、学問、魔道、武芸、容姿、人品。

 公人として。私人として。

 ありとあらゆる要素において非凡すぎる才覚を示したお姫様は、まさしく万能の天才と称える以外の術が無く。

 当然のように父の後継者として選ばれ、幼くして国の柱、女王として戴冠しました。

 

 完璧だったお姫様は、誰よりも強く、気高く、優しく、美しく、賢く、それでいて親しみやすく。

 己の国と民を深く愛した女王は、民からもまた深く敬愛されていました。

 

 

 

 

 

 

 千年王国。

 現代においては歴史の片隅に名を残すのみである超大国。

 世界を統一したといわれているにも関わらず、彼の国について記された資料、残された痕跡はあまりにも少ない。いっそ不自然なほどに。

 

 だがしかし、ただ一点。

 栄華の果ての最期、どのような形で滅びたのかという事だけは疑いようの無い歴史として認識され、周知されている。

 

 千年王国の王都に住まう民、総勢数百万。

 その全てが一夜にしてアンデッドと化すという、最低最悪の形で。

 

 

 

 不死王に招かれるまま、無貌の亡霊が闊歩する古代の死都に降り立ったあなた達ネバーアローン。

 右も左も不明なまま行動する事を嫌った三名は最初に出会った衛兵に薦められたように近場の宿を探し、今後の予定を含めた情報のすり合わせを行う事になった。

 意図せずして久方ぶりに文明らしい生活に触れる事になったわけだが、しかしネバーアローンの空気はお世辞にも良いとは言えない。

 

「…………」

 

 重苦しい雰囲気を発するウィズがその原因である事は言うまでもないだろう。お通夜だってもう少しマシな空気になる。

 

 宛がわれた部屋のベッドに座り込み、目を瞑って沈黙を保ち思索に耽る不死者の王は、ともすれば激発しそうな自身の感情を押さえつけているようにも見えた。

 記憶に無い師の姿に、ゆんゆんもどう言えばいいのか対処に本気で困っているようで、お願いですからなんとかしてくださいとあなたに必死に目線で訴えてくる始末。

 あなたとしても声をかける事自体は吝かではないのだが、今はウィズの心に寄り添うタイミングではないと思っていた。

 それどころか自身の経験から、この類の手の施しようの無いアンデッドはとりあえず本人か親玉を死ぬまで徹底的に磨り潰してぶち殺せば救われる(浄化される)はずだと本気で考えているあなたではアンデッド絡みの案件だとウィズに共感を示すことが出来ない。どれだけ頑張っても心にも無い薄っぺらい言葉が上滑りするだけで終わるだろう。相手を不快にさせるだけだ。

 ゆえにあなたはゆんゆんの視線と無言の懇願を黙殺した。放っておけばウィズもそのうち気持ちを切り替えるだろう。

 

「ひ、ひとでなし……!」

 

 あなたを非難する少女の言葉そのものに否定する要素は無い。

 だがそれはそれとして、竜の谷の影響なのか、どうにも最近ゆんゆんの毒気が強まっている気がしたあなたは、近いうちに毒消しポーションを溺れるほどがぶ飲みさせようと思った。正直今でもかなり際どいレベルだというのに、これ以上変な方向にグレたりすると再会した時にめぐみんがショックで寝込みかねない。

 

 人知れず今後の予定を立てたあなたは窓の外の風景を楽しむべく視線を向ける。

 改めて観察しても驚かされる、数多の異種族達が共存しているとは思えない、賑やかで、平和な街だ。

 当たり前のように不死者が日の下を歩き回り、全ての住人の顔が黒で塗り潰されている事を除けばの話だが。宿の従業員も他の宿泊客も、当然のように顔が塗り潰されていた。

 

 何の変哲も無い青空も、爽やかな風も、眩い陽光も、紛い物ではない、正真正銘真実のもの。少なくともあなたの目にはそう見えているし感じている。

 とても地の底に封じられているとは思えないが、世界のどこかに転移したというわけではないだろう。

 あなたは現在自分達がいる場所について、彼の不死王が作り上げた箱庭のようなものだと推察していた。

 つまり敵地のど真ん中なわけだが、相手側からの接触は今の所無い。観察されているような気配も感じ取れない。言葉の通り、あなた達が自身の下に出向いてくるのを待っているのだろう。

 

 ウィズがかつてない激憤と敵意を向けた不倶戴天の相手は、死と血と呪いに満ちた冒涜の頂であなた達を……いや、己の同胞を待っている。

 

 邪悪に満ちた不死王の居城はともかく、相手も伊達や酔狂や皮肉で楽しんでほしい、などと嘯いていたわけではないようだ。

 一目見ただけでイルヴァやこの世界の現代よりも洗練されていると分かる文明の町並みは、軽く百年は先を行っていた。

 アクリ・テオラのように意識して機械に偏らせたものでも、ましてやノイズのように明らかに何かがおかしい(転生者の介入による)ワープ的進化を遂げたものでもない。

 魔法の存在する世界が長い年月をかけて平和かつ順当に繁栄していけばこうなるだろう、という万人が思い描くお手本のような姿は、古代都市よりも未来都市という言葉こそが相応しい。

 これを自身の治世で成し遂げたというのであれば、なるほど素直に称えるしかない。

 

 遥か地下深くの遺跡に封じられた、滅びたと伝わっている栄華を極めた古代の都。

 ウィズの手前空気を読んで大人しくしているが、実のところ今のあなたは本気でいつ宿から飛び出してもおかしくない状態だ。首輪が外れた瞬間、雪景色を目の前にした犬よろしく大興奮で探索を始めるだろう。

 あなたは断言する。この最高のシチュエーションに興奮しないなど有り得ないと。そんな冒険者は今すぐ足を洗うべきだと。

 それこそ女神アクアよろしく「はああああ? ここで盛り上がらないとか何の為に冒険者やってるんですかー? 脳はご無事でおじゃるか? 埋まって記憶と価値観をリセットするべきでは?」と煽り散らす事すら辞さない構えだ。

 

「すみません、取り乱しました」

 

 そうしてしばらく風景を眺めたり写真に収めながら背中を小突いてくるゆんゆんをはいはい可愛い可愛いと雑にあやしていると、ある程度感情を飲み込んだのか、若干調子を取り戻したウィズが頭を下げた。

 適当に手を振って気にしていないと答えたあなたは根本的な質問を発した。

 つまり、無貌の亡霊の正体とは何なのかと。

 あなたの隣で窓の外から見える街の景色を眺めながら、若き不死王は口を開く。

 

「私もあくまで感覚で捉えているだけなので言語化するのが少し難しいのですが。顔の無い亡霊、彼らはあまりにも永い時間の果てに魂が朽ち果て、意思の全てが擦り切れ、それでも不死王に魂を支配束縛されているが故に消滅出来なかった者達です。彼らには砂粒ほどの自我すら残されていません。空っぽなんです」

 

 意思を、心を、自我を喪失した魂。

 だがあなたが感じる限り、亡霊達はいずれもしっかりとした違和感の無い、普通の人間のように柔軟性のある受け答えをしている。

 決められた動作しか出来ない人形とは違うようにあなたの目には見えた。

 

「そうですね。その感想は正しいものです。いわば彼らは生前の情報を完全にコピーしたものですから」

 

 完全にコピーしているのであればそれはもう本物なのでは? とはいかない。

 精神と肉体は密接な関係にある、なんていうのは当たり前の話。

 たとえ肉体が生きていても、精神を失ってしまえば肉体は動かない。イルヴァにおいて心を持たぬモノが這い上がれないように。

 だが無貌の亡霊はどういうわけかそれをやってしまっている。

 それが亡霊という精神体でもやっている事に変わりは無い。彼らは本来あるべき自我を持たず、体だけで動いているのだという。だからこそどうしようもなく惨たらしいのだとも。

 

「傍から見れば生きているような振る舞いをしていても、彼らは精神を失った肉体が生前の知識と人格を再現、模倣しているだけに過ぎないんです。彼らは永遠の停滞の中にいます。今いる場所から前にも後ろにも進めない。これ以上の変化が無い。それは、怨嗟に塗れたアンデッドよりもずっと悲惨で、救いが無い事……少なくとも、私はそう思っています」

 

 隔離された不死王の領域という特殊すぎる環境の影響も大きいだろう。

 通常このような事は起こりえないとウィズは言う。

 

 ふと鬼畜メガネとTSチキチキマニアが手を組んで似たような実験をしていた事をあなたは思い出した。

 確たる人格も理性も本能も持たず、しかし人格を持っているかのように振舞うもの。

 彼らは自身が生み出したそれを哲学的ゾンビと名付けていた。

 当然ながら自我が無いので這い上がれない。失敗作として処分された悲しきモンスターである。

 

「あのリッチーのせいでそうなってるんですか?」

「消滅出来ないせいでこうなっているのは確かなんですが、相手が最初からこれを想定していたかはちょっと分かりません。不死王に操られているわけでもないようですし、何より私自身ここまで手の施しようの無いアンデッドは初めて見ましたから。個人的には偶発的なものであってほしいと願っていますが……」

 

 仮に偶発的であっても、現在進行形で亡霊達を束縛、放置している時点で相手が邪悪なリッチーである事に変わりはない。

 まず有り得ないだろうが、相手が説得に応じるのであれば良し。どうしようもなければ不死王をミンチにして亡霊達を解放すればいいだけの話だ。

 あっけらかんとしたあなたが出した、とりあえずぶち殺せば解決するだろうという典型的ノースティリスの冒険者丸出しの結論にウィズは肩の力を抜いて笑って頷いた。

 

 いやウィズさん、そこ笑って同意する所なんですか? っていうかなんでこの二人は朗らかな雰囲気で明らかにやばい級のリッチーをぶち殺すなんて超絶物騒で血腥い話をしてるんだろう……と言わんばかりの表情をしていたゆんゆんには二人仲良く気付かなかったフリをした。

 

 

 

 

 

 

 いざ決戦の地へ。

 意気込むウィズにあなたは待ったをかけた。

 

 確かに、突撃、隣の晩御飯! みたいなノリで不死王の居城に特攻するのは簡単だ。

 しかしあなた達は冒険者である。未知の地域の探索を行わないなど言語道断。いくらなんでも拙速が過ぎると。

 再三繰り返すが、件の不死王は自身の国を存分に楽しんでほしいと言っていた。

 そしてあなたはまだまだ千年王国を見て回りたいと思っている。

 

「そこまで言ってたかな……ストレートに受け取ればそういう風に言ってた気がしないでもないけど……」

 

 そして霧湖の経験からして、不死王を始末したが最後、解き放たれた千年王国も軍艦と同じように崩壊する可能性は十二分にある。

 亡霊達から譲り受けた物品の数々は不思議とそのまま残っているが、太古の都が現存している今の内に存分に堪能、満喫したいというのがあなたの偽らざる本音だった。

 

 とまあ、こんな時ばかり容赦なく知恵の泉が尽きず湧き出るが如く怒涛の勢いで口が回るあなたの理路整然とした一分の隙も無い完全無欠に説得力に溢れた言葉の数々によって始まったネバーアローンによる千年王国探索。

 この世界の歴史家が発狂して奇声をあげながら地面にのたうち回った挙句美麗なブリッジを決めて羨むであろうその一歩目は、この箱庭がどこまで広がっているのかという調査で始まった。

 転移した門から最初に出会った衛兵に見送られる形で中枢都市と呼称される千年王国の最深部を出立し、中枢都市の外に広がる数多の外郭都市を各種公共交通機関などを使って足早に素通りする形で、たっぷりと時間をかけて王都の端と呼ばれる場所にまで足を運んだあなた達。

 だがしかし、現代における世界最大の都市を遥かに超えた規模を超えても、箱庭の果てには辿り着けなかった。

 ここまで来ると最早都市ではなく一つの国家とすら呼べるだろう。

 核爆弾の効果範囲にして既に四桁は優に届こうかという規模の箱庭に、彼の不死王が持つ影響力、そして封印の規模が垣間見える。

 

「まだ続いてますね……幻覚というわけでもないようです」

 

 年輪状に広がっていく広大な外郭都市を抜けた先には、黄金色の小麦畑と綺麗に整備された道路がどこまでも続いていた。

 周囲を観察してみれば、麦藁帽子を被ったゴブリンと思わしき小柄な人型が家畜の世話をしているのが遠目に見える。妙な能力でも所持しているのか、明らかに両手がメートル単位で伸びている始末。

 まるでノルマのようにここまで欠かさず遭遇してきたゴブリンを第四層では見かけなかったので、あなたは少しだけ安心した。まあここまでの例に漏れず顔は黒く塗り潰されているわけだが、そんな事は些細な問題だろう。ここまで作ってきた竜の谷図鑑に麦藁ゴブリンと新たに記載しておく。

 ついでに家畜に関しても不死者と化しており、同様に顔が塗り潰されていた。

 

 箱庭の果てを目指して先を進むあなた達。

 時折すれ違う人々の顔面さえ無視すれば非常に長閑で牧歌的な時間だったのだが、農村を二つ越えた先でそれは終わりを告げる事になる。

 

 何の目印も気配も無く、あまりにも唐突にあなた達の周囲の空間が歪んだのだ。

 そして心構えや態勢を整える間もなく、気付けばあなた達は全く別の場所に強制転移させられていた。

 

 はじめ、あなたは痺れを切らした不死王が無理矢理呼び寄せてきたと思ったのだが、景色こそ変化しているものの、周囲に不審な点は見受けられない。

 あなた達が先ほどまで立っていた、人里を繋ぐ普通の道と同じであるように思えた。

 

 ふと思い立ったあなたは二人に断りを入れ、一歩その場から後退する。

 すると再び景色が歪み、先ほどまであなた達がいた場所に戻ってきた。

 また一歩進むと再び転移し、二人の元に。

 

 何が起きてもおかしくない場所だとはいえ、要領を得ない事態に首を傾げずにはいられないあなた達。

 答えが得られたのは転移した先を進んでしばらくの後。

 

 あなた達は中枢都市の東門を抜け、ひたすらに東進を続けていた。

 にも関わらず、転移した先で都市の西側に辿り着いたのである。

 

 

 

 

 

 

 この箱庭はループしている。

 空間的にも、時間的にも。

 そんな結論をウィズが出すのはそれなりに早かった。

 

 恐らく周期は一年。

 亡霊達は終わりの無い停滞の日々を繰り返しているのだという。

 

 では本人達が知覚不可能であろう時間のループはまだしも、空間のループという明らかな異常事態に巻き込まれた場合、亡霊はどのような反応を示すのだろうか。

 ふとそんな事を考えたあなたによって、道行く亡霊に道案内を頼むという形で数度の実験が行われたわけだが、ループ地点まで来ると亡霊は強制的に消失、自宅などに再配置されるという結果に終わった。そして亡霊達は周囲を含めてその事に何の違和感も抱かない。抱く事が出来ない。おかしいと思う事が出来ない。あなた達がどれだけ物証をかき集めて言葉を尽くしても、全く通じる気がしなかった。

 

 箱庭の統制はどこまでも歪でありながら、同時に完成されたものだった。

 人形劇の舞台としては上等だろう。

 ノースティリスの冒険者としては亡霊を殺した場合、それを目撃した他の亡霊の反応が気になるところだったが、生前の人格から逸脱しない反応、つまり普通に怒り狂うか犯罪者を恐れて逃げ惑うだろうというウィズの回答が返ってきた。絶対にやらないでくださいね、とも。

 釘を刺さないとあなたは実際にやるタイプの人間だと彼女は理解していた。

 亡霊に対してさほどの興味も感傷も憐憫も同情も抱いていないとも。

 そしてそれはどこまでも正しい。

 顔が黒で塗り潰されているのを見ても少し不気味、くらいにしか思っていない。

 

 ともあれ小世界と呼ぶに相応しい箱庭の概要を把握したあなた達は、再度中枢都市の探索に舵を切った。

 広大が過ぎる外縁都市の全てをたったの三人で調査するというのは現実的ではない。時間がどれだけあっても足りはしないだろう。

 

 そしてあなた達が最初に足を運んだのは本屋や図書館といった書物が置いてある場所。

 千年王国が都市としての機能を十全に維持している以上、これらの施設も当たり前のように完全な形で亡霊達の手によって運営され続けている。

 

「古代の亡都なんて物凄いシチュエーションなのに情報収集が簡単すぎる……職員の幽霊の人とか滅茶苦茶親切に教えてくれましたよ」

 

 そんな図書館内にて、山積みになった文献を前にテーブルに突っ伏したゆんゆんがやるせなさ全開の台詞を吐いた。

 地図や歴史書を筆頭に、滅亡と同時に完全に失伝した知識と技術の数々は積み上げた金銀財宝より遥かに価値があるもの。

 だが遠い未来に生きるあなた達と違い、千年王国の亡霊達にとってここは現在だ。

 後世の人間にとって自身の目と正気を疑う仰天モノの情報の価値も、彼らにとってはごく普通の日常を構成する常識の一部に他ならない。

 

「街の様子やこれを見てしまうと、この国が滅んだ後に何が起きてしまったのか、みたいな事を考えちゃいますよね……」

 

 その最たるものの一つ、世界地図を見ながらウィズが言う。

 規模自体はノイズの軍艦で見た地図よりかなり小さいそれは、世界の開拓が進んでいなかった時代である事を指し示している。現に地図は西、南、北と満遍なく未踏領域が広がっていた。

 

 だが、しかし。

 地図の中央。世界の中心と記されている場所。

 つまりこの時代においては千年王国となるわけだが、彼の国はあなた達がよく見知った場所にあった。

 現代では極東と呼ばれている、ノイズとベルゼルグが存在する地域に。

 

 だが千年王国の跡地に直接ノイズが生まれたわけではない。

 現ベルゼルグ領域からさらに東。

 大陸を縦断する山脈の向こう側。

 つまるところ、現代では魔王領と呼ばれる地域に千年王国は在った。

 

 そして東方に関しては現代の地図より開拓が進んでいると、現役魔王軍幹部であるウィズは感嘆を込めて説明してくれた。

 無論この現代の地図とは人類側の地図ではない。

 ベルゼルグ以東を支配する魔王軍側の地図である。

 

 

 

 

 

 

 千年王国の建国史曰く。

 滅び行く泡沫の国を救うべく、一人の少女が立ち上がったのだという。

 誰よりも強く、優しく、賢い、黄金の姫が。

 

 少女はその類稀なる才覚で国内を纏め上げ、知恵と力と勇気と愛を以って様々な異種族と手を取り合い、国を豊かにし、他国の干渉を撥ね退け、仲間と共に戦い、遂には世界の覇権と恒久的な平和を手に入れた。

 あなた達が知った王女の冒険と戦いと栄光の軌跡。

 それは完全無欠の英雄譚であり、誰もが夢見る幻想譚であり、この国の民にとっては現在進行形で続いている華々しい叙事詩であった。

 誰もが認める英雄であり、勇者であり、賢者であった少女が戴冠してから千年が経った事を記念し、国名を千年王国に改める程度には。

 

「その、いいお話でしたよね」

「そうですね。お姫様が今も生きていると言われなければ私も素直にそう思いました」

 

 偉大なる英雄姫にして建国の母は千年の時を経た今も生きている。

 道行く亡霊に尋ねればそんな答えが当たり前のように返ってきた。

 しかも彼らの中で女王は人間のままだった。

 在りし日の女王がウィズのように不死者と化し、それを周囲に隠していたというのは流石に無理があるだろう。ウィズとあなたが共に抱く見解である。

 ウィズのように隠れ住んでいるわけでもない、当時の世界の頂点に立つもの。

 そんなものが邪悪な不死者と化せば、世界の管理者たる神々が放置するわけがないのだから。

 

 どんな手段を用いたにせよ、人間のまま千年の時を生きた女王は間違いなく人類史に燦然と輝く偉人で超人だったのだろう。

 

「……やっぱりこのお姫様がリッチーになったんですか?」

「十中八九、そういう事になるのでしょう」

 

 だがかつての黄金姫は千年を超える生の果てに錆付き腐り堕ちた。

 邪悪な不死者と化した女王によって国は滅び、広大な、しかし世界と比せばちっぽけな箱庭の中で、かつての栄華の残影だけが人知れず今も続いている。

 

「女王に何があったのかは分かりません。彼女が何を考えて暴挙に走ったのかも。それでも、こんな永すぎる悲劇は終わらせる必要があります」

 

 更に強くなった不死王の決意にあなたとゆんゆんは頷いた。

 ゆんゆんはその正義感から。

 あなたは物欲から。

 

 ノースティリスの冒険者であるあなたは、件の不死王をぶち殺したら絶対に最高品質の激レア神器が手に入ると確信していた。

 

 

 

 

 

 

 ~~ゆんゆんの旅日記・千年王国編~~

 

 λ月λ日

 千年王国を探索(エンジョイ)するチャンスを逃すつもりがこれっぽっちも無い、筋金入りの冒険者の提案によって情報収集を終えた後も純粋に観光する事になった私達。

 神話に足を突っ込んでいるような古代の都市は個人的にも興味は尽きない場所だけど、顔の無い亡霊は普通に不気味だし、事実を知れば悲惨で痛ましいと思う。

 ウィズさんも最初ほどではないにしろ、亡霊を見るたびに心を痛めている感じがする。

 だというのに一人だけ亡都を満喫しまくり、あろうことか亡霊達と普通にコミュニケーションを図るどこかの誰かさんはお願いだから空気を読んでほしい。切実に。大興奮してキラキラ輝く満面の笑顔とか見せていいタイミングじゃないから。亡霊に対して何の感傷も抱いてないのが分かる。人の心とかお持ちではないのだろうか。

 

 愚痴はさておき、私達は千年王国からしてみれば未来人で、他国人だ。

 千年王国で何をするにしてもお金は必要であり、当然千年王国で流通しているお金なんてこれっぽっちも持っていなかった。

 となると現地調達するしかないわけで。

 最初に転移して宿に行く時にその事に気付いたあの人はどこからともなく金塊を出したかと思うと両替屋に直行。エリス換算で2000万くらい手に入れていたのだけど、更に倍プッシュで8000万ほど作った挙句全員分の身分証まで作っていた。ここでだから書けるけど絶対に非合法だと断言可能な手段で。

 

 あまりのやりたい放題っぷりにウィズさんですらドン引きしていたけど、気持ちはとても分かる。少しは自重してくださいと言ったら普段は自重してるから異世界産の鉱物は売却はしていないし身分証も合法的に手に入れたという答えは返ってきた。

 

 幸いにして今日はこれといって事件は起きなかったけど、明日以降、いきなり亡霊をぶっ殺したらどうなるんだろう? みたいなノリで白昼堂々凶行に及んでも私は他人のフリをしてやり過ごしつつ前からやる人だと思ってましたと街頭インタビューで正直に答えようと思う。

 外付け良心であるウィズさんが正常に機能してくれる事を願うばかりである。

 

 

 λ月ヽ日

 今日は朝から一日中買い物をした。

 ベルゼルグやトリフと比較しても遥かに大都会と呼べる中枢都市での買い物は、正直大満足という感想しか出てこない。思う存分楽しんでしまった。

 ただ折角買っても不死王を倒して国が解放されたら商品が消えちゃうのでは? と思ったけどノイズの軍艦で譲り受けた遺品の数々が綺麗な形で残っていたように、消える事は無いだろうとの事。停滞した時間が流れ始める前に所有権が移ったからどうのこうのとウィズさんが言っていた。

 

 それ以外だと亡霊に対してちょっとだけ開き直ったウィズさんが目の色を変えて魔道具店の商品を買い占めようとしていたのが印象的だった。

 元気が戻ったのは嬉しいけど、都市全体の魔法店を買い占めるにはどれだけお金があっても足りないとさめざめと泣くのは反応に困るのでやめてほしかった。

 

 喫茶店に寄ってお茶やデザートも堪能したけど、これ食べても本当に大丈夫なのかな……ってちょっとだけ思った。

 

 他にも色々見て回ったけど、少なくとも武器防具に関してはベルゼルグ王都の方が質が良い物を売っているように感じた。私より遥かに高位の冒険者である二人も同意見だったので間違っていないと思う。

 これは世界を統一して何百年も経ち、長い平和で武具の需要が少ない千年王国と現在進行形で魔王軍と戦争をやっているベルゼルグとの違いだと思う。

 

 

 λ月ヾ日

 今日は劇を見た。

 建国の女王を称える冒険活劇を。

 

 それは滅び行く国に生まれた小さなお姫様が沢山の仲間と出会い、国を大きくしていく物語。

 お姫様の仲間には人間がいた。エルフがいた。ドワーフがいた。妖精がいた。ゴブリンがいた。ラミアがいた。人魚が、鬼が、スライムが、ドラゴンが、天使が、悪魔がいた。

 

 現代では絶対にありえない、無数の種族が黄金のお姫様の下に集い、手を取り合って数々の困難に立ち向かう。

 英傑達による笑いあり、涙ありの劇は紆余曲折を経てハッピーエンドで幕を下ろした。

 夢のような物語。けれどこの国の人たちにとっては過去に起きた出来事。

 リッチーになってしまったのだというお姫様がこの劇を見たら何を思うんだろう。夕暮れの帰り道、私はそんな事を思った。

 

 

 λ月ゝ日

 千年王国の時代にも冒険者はいたらしい。

 冒険者といっても現代よりも戦闘の比重がずっと軽い、時に戦い、時に宝を捜し求め、時に広い世界を探索、開拓していくという文字通りに冒険をする人たち全般を指していたけど。

 ウィズさんは子供の頃からそういう冒険者になりたかったらしい。

 魔王軍がなければウィズさんは夢を叶える事が出来たんだろうか、とちょっぴりしんみりしたけどウィズさんは今まさに夢を叶えている最中ですから大丈夫ですよ、と笑っていた。

 

 竜の谷の冒険に誘ってもらったのはウィズさんにとってとても嬉しい事だったみたい。

 珍しく、本当に珍しく善行が出来ましたね! と心の底から褒めたのにお返しに毒消しポーションを山ほど口に突っ込まれた。

 なんで? 流石におかしくない?

 私の毒を消そうと思った、とか本気で理解の外すぎた。どこからどう見ても健康体なのに失礼すぎる。

 

 相変わらずの奇行はさておき、魔王軍といえば、どれだけ聞いたり調べたりしても千年王国時代に魔王や魔王軍のマの字も存在しなかった。

 それどころか異種族が手を取り合って活動する、というのがお姫様が活躍するまではありえない事だったらしい。現代では人類側と魔王軍側に分かれてこそいるけど、当たり前のように沢山の種族が共存しているのでこれには驚いた。

 少なくとも千年王国時代に魔王はいなかった。これは間違いない。

 じゃあずっと昔から今に至るまで人類と戦い続けている魔王と魔王軍はどのタイミングで、どんな理由で生まれたんだろう?

 

 

 λ月$日

 この国では結構な頻度で竜を見かける。現代で人類種と呼ばれている種族よりは少ないけど、それでも珍しいものではない。

 空を飛んでいたりお酒を飲んでいたり銀行で働いていたり。

 高位の竜は人の姿を取る事もあるというし、きっと私が思う以上の数が住んでいるのだろう。

 私と友達になってくれるドラゴンも人の姿になってほしい。一緒に住めるだろうから。

 

 そんなドラゴンと心を通じて一緒に戦う人を竜騎士、ドラゴン使いと呼ぶ。

 私は騎士じゃないからドラゴン使いを目指しているわけだけど、中身は殆ど同じといっていいと思う。

 私の世代だと世界最年少でドラゴンナイトの称号を手に入れたライン・シェイカーさんが有名だろうか。

 ドラゴン使いの勉強の一環として読んだ、月刊ラブラブドラゴンとかいうドラゴンへの愛が迸りすぎてだいぶ気持ち悪い事になっているかなりキワモノな雑誌で何度か名前を見た。思い返せば竜のアギトに名前を残していた気もする。

 

 現代の竜騎士事情はさておき、この国を作ったお姫様は竜と心を通わせたのだという。

 じゃあパンナ・コッタさんじゃなくてお姫様が世界最古の竜使い、あるいは竜騎士という事になるんだろうか?

 そんな事を私は考えていたのだけど、別にそういうわけではないらしい。

 心を通わせて仲間にしたけど、ドラゴン使いみたいにドラゴンの力を身に纏うとかそういうのはやってなかったみたい。

 

 お姫様は騎士として戦った事もあるのだという。

 姫で騎士。姫騎士。私には例のアレしか思い浮かばない。

 姫騎士と竜騎士の因縁じみた関係を考えるとなんだか微妙な気分になったりならなかったり。何もかもアクシズ教が悪いと思った。

 

 

 λ月〇日

 それなりの日数が経ったけど、なんだかんだで千年王国の探索というか観光を楽しんでしまっている私がいたりする。

 亡霊だとか不死王だとかを考えなければ実際ここは楽園だ。

 悲劇に終わってしまったとはいえ、遠い昔にこんな素晴らしい国があったのだと思うと感動すら覚える。

 

 不安だったウィズさんも亡霊を表面上は気にしていない感じ。

 個人的にこの国で一番凄いと思ったのは食事。

 平和だと食文化の発展も著しいのか、見た事も聞いた事も無い美味しい料理が次から次へと見つかっている。

 自分が信仰する女神様の為に勉強していたらいつの間にかお菓子作りが趣味の一つになっていたというあの人も、大量のレシピ本を購入していた。半分以上はお菓子の本だったと思う。

 お菓子と聞いてウィズさんが毒見役に立候補しつつチラチラ一緒に作りたいアピールをしていたけど、私はあえて見て見ぬフリをした。

 

 

 

 

 

 

 さて、思い思いに千年王国を堪能するネバーアローンだったが、ふと思い立ったあなたの提案によって、職人街に足を運ぶ事になった。

 ここは千年王国が世界に誇る技術者達の工房が軒を連ねる地域であり、当時の世界最先端をひた走っていた場所でもある。

 現に耳を澄ませば今もあちこちから物作りの音が聞こえてくる。無貌の亡霊と化した職人達は、魂が擦り切れてもなお、自慢の腕を振るい続けているのだろう。

 停滞した箱庭の中で、成長する事も衰退する事も無く、永遠に。

 

「曲がりなりにも物作りに携わる者としてこの地域も興味深くはありますが、あなたはどうしてここに?」

 

 ウィズの当然の疑問に対し、あなたは回答の代わりとして一本の剣を取り出した。

 あなた達の中で唯一、千年王国と縁があるとされる神器、すなわちダーインスレイヴを。

 

「あー、なるほど……」

「それは……」

 

 納得を示すゆんゆんとは対照的に眉根を顰めるウィズ。

 自身の血を一ヶ月間吸い続けてきた忌むべき魔剣が相手となれば、流石のウィズも思うところが出てくるらしい。

 

《――――》

 

 少し前、夢の中であれほど多弁だったダーインスレイヴは不思議と沈黙を保ち続けている。

 確かにあなたでは直接彼女の声を聞き届ける事が出来ないが、それだけではない。

 平時でもそれなりに意思表示をしていたにも関わらず、今のダーインスレイヴは、いっそ頑ななまでに己の意思と感情を閉ざしていた。見ざる言わざる聞かざるとばかりに。

 しかしだからこそ、それは彼女の何よりの意思表示でもあった。

 全くの無関係であればこうも露骨過ぎる反応を示すはずが無いのだから。

 

 最早ダーインスレイヴが千年王国と縁深い武器である事は明らかだ。

 しかしあなたは道行く亡霊に彼女について尋ねようとはしなかった。

 

 あなたがダーインスレイヴと深い交感を果たすほどの主だからだろうか。

 なんとなく直感で分かるし、伝わってくるのだ。

 自分の進む先に、ダーインスレイヴが求めて止まない、しかし同時に恐れて止まない何かがあるのだと。

 

 仮に彼女が行きたくない、お願いだから止めてほしいと懇願するのであれば、あなたとしても考慮しなくはなかった。あなたはそこまで鬼畜ではない。

 だが健気な魔剣はあなたの意思を尊重するとばかりに意思を示さない。

 故にあなたは完全なる興味本位で行動していた。

 

 

 

 

 

 

 やがて、あなた達は一軒の鍛冶屋に辿り着いた。

 周囲の家屋と比較すると若干古めかしいが、特別目立つほどでもない、風景に埋没した石造りの建物だ。アシュトン鍛冶店、と名の書かれたシンプルな看板がかかっている。

 扉を叩いて声をかけるも、中からの反応は無い。

 ドアノブを回せば当たり前のように扉は開いた。あなたは中を覗いてみたが、カーテンがかかった仄暗い店内には多種多様の武具や雑貨が所狭しと並んでいる。

 だが店員は誰もいないようだ。この期に及んで泥棒も何もあったものではないが、それはそれとして中々に無用心である。

 

「留守ですかね? お休みなのかも」

「あ、ここに定休日が書かれてますね。えーと、今日は……」

 

 今日は営業日、という事になっている。

 軽く探ってみれば建物の中からは人の気配が感じ取れた。

 留守というわけではないようだ。ウィズ魔法店のように店の裏が自宅になっているようなので、そっちにいるのだろう。

 

《――――》

 

 強い、強い焦燥感が伝わってくる。

 アシュトン鍛冶店に辿り着いてからというもの、探知機代わりに使っていたダーインスレイヴからはいよいよ悲痛なまでの感情が殺しきれずに漏れ出ているようになった。

 あなたの考えが正しければ、彼女が期待と恐怖で板ばさみになるのは当然といえるだろう。

 

 後の世に数々の破滅を齎してきたダーインスレイヴは、千年王国末期に生み出されたとあなたは推察している。

 少なくとも亡国となるまで、彼女の産みの親が存命だった可能性は十分あると考える程度には終わりに近い時期に作られた神器だ。

 国が滅びる前に親が故人となっているのであれば、こうも実家に帰ってくる事を恐れる理由が見当たらない。

 

 あなた達は店の裏手に回り、ドアをノックした。

 返事は無い。

 三十秒ほど待った後、あなたは再びドアを叩いた。

 やはり返事は無い。

 また三十秒待った後、あなたは強くドアを叩いて中に声をかけた。

 いるのは分かってんだぞ開けろオラァ! みたいなノリと勢いで強くドアを叩く。

 これでダメならあなたはドアをぶち破るつもりだった。

 どうせ相手は亡霊だし別に構わないだろう。あなたが真面目にそんな事を考えていると、中からどたどたと足音が聞こえてきた。

 

「いやかましいっ!! そんなガンガンぎゃあぎゃあ騒がんでも聞こえとるわ!!」

 

 まさしく怒り心頭といった空気を揺るがす大声と共に、蹴破らんばかりの勢いでドアが開く。

 

「ったく、どこのクソバカじゃい……人が気持ちよく昼寝しとったっちゅーに……死ねよ……とっくに死んどるけど」

 

 そしてその瞬間、ダーインスレイヴから複数の感情が爆発的な勢いで同時に流れ込んできた。

 歓喜。疑問。悲哀。安堵。

 

「んあ? …………あぁ?」

 

 出てきたのはドワーフの老人の亡霊だった。

 筋骨隆々で、背は低く、長く白い髭を蓄えた彼は、あなた達の姿を見て()()()()をしていた。

 

「…………顔?」

 

 そしてそれはあなた達三人も例外ではない。

 あなたも、ウィズも、ゆんゆんも。

 老人を見て驚嘆に言葉を失っていた。

 

 老人は亡霊である。これは間違いない。

 彼一人が悲劇の中で生き延びていたなんて事は無い。

 彼にも等しく死は訪れている。

 

 だが、彼は顔が黒で塗り潰されていなかった。

 あなた達が表情を読み取る事が出来た。

 

「……顔がある。いや、それどころか……お主等、まさか……生者……なのか?」

 

 何よりもあなた達の存在を、自分の現状を正しく認識していた。

 かくしてネバーアローンは、生きとし生けるもの全てが等しく悠久の時に擦り潰された無貌の都の中で、ダーインスレイヴの産みの親と目される工匠と、ただ一人、今もなお擦り切れる事無く自我を残す亡霊との出会いを果たした。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。