このすば*Elona   作:hasebe

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第139話 夢中の会遇、霧中の遭遇

 ふと気がつくと、あなたは見知らぬ場所にいた。

 年季を感じさせる、石造りの部屋だ。

 

 あまり広い場所ではないが、少なくとも牢獄でない事は分かる。恐らくは居間に類する場所だろうとあなたはあたりをつけた。

 暖炉の火で照らされてはいるものの、周囲は夜中のように薄暗く、使用感のある家具や道具が雑多に散らかっている。

 道具の傾向からして、部屋の主は何らかの職人といった物作りに携わる者である事が見て取れる。

 だが掃除は苦手らしい。

 

 ここはどこなのだろう。

 自分は何をしていたのだったか。

 

 そんな事を考え始めたあなたは、自分がソファーに寝転んでいる事に気がついた。

 何者かに膝枕をされ、慈しむような手つきで頭を撫でられている。

 微かに頭上から聞こえてくる子守唄からして女性のもの。

 あなたは心地よい睡魔を振り切るようにソファーから起き上がり、隣を見やる。

 

「あっ……」

 

 あなたは思わず目を奪われ、言葉を失った。

 

 そこにいたのは、空色の瞳を持つ、美しい白銀の少女だった。

 腰まで届く銀の長髪、日の光を知らぬが如き色素の薄い肌、火に煌く純白のドレス。

 薄暗く卑近な部屋の中、まるで彼女だけが光り輝いているかのように異彩を放っている。

 

 触れただけで折れてしまいそうな華奢な体は、地に積もる白雪にも似た儚さを思い起こされる。

 散々美しいものを見てきたあなたですら目を見張るほどの、完成された神造のヒトガタ。

 触れるどころか近づく事すら躊躇われる。しかしだからこそ自分の手で汚してしまいたくもなる。

 そんな相反する感情を抱かずにはいられない、胸を締め付けられるほどに無垢で、不可侵で、神秘的な少女だった。

 全てが人外的。そうとしか形容できない相手。

 あなたが知る中において最も彼女に近しいのは、幸運の女神の狂信者だろう。

 あなたにとっては掛け替えの無い大事な友の一人だが、数多の邪神に愛される激ヤバ存在である事に変わりは無い。

 

「おはようございます、マスター」

 

 あなたと目があった少女は、とても、とても嬉しそうに微笑んだ。

 言葉では到底言い表せないほどの万感の思いを、あなたに向けて。

 

「……えへへ、嬉しいな。私、ずっとマスターとこうしたかったんです」

 

 触れ得ざる神聖が零した人間味は老若男女の心を等しく奪い、愛という名の劫火で焼き尽くし、狂わせる。

 この愛しい笑顔を自分だけのものにしたい、他の全てを犠牲にするのだとしても、喜んで捧げようと。己が命すらも。

 

 そんな魔性ともいえる笑顔を向けられたあなたは誰かに教えられるまでもなく即座に理解した。

 謎の超絶美少女から自分への好感度が大変な事になっていると。

 好かれる分には一向に構わないのだが、その理由どころか相手の正体すら不明な現状において、これはちょっとした恐怖ですらあった。

 

 ヤンデレ。

 メンヘラ。

 SMプレイ。

 監禁。

 無理心中。

 

 物騒な語句を頭で並べ立てながら、あなたは自身が最も気になっている事を尋ねた。

 

「ここですか? ここは私がこの世に生を受けた場所です。正しくはその記憶を再現したもの。自分にこんな機能があるなんて私も知らなかったんですけど、マスター特典? とかいうので一度だけ許されたご褒美なんだとか」

 

 あなたは戦慄と共に一つの確信を抱いた。

 間違いない、これは押し売り強制主従契約である。

 気取られる事なく無理矢理契約を結ぶなど、あなたは色々な意味で恐ろしい相手に出会ってしまったようだ。

 異教徒にゴリ押しだの洗脳だのと呼ばれている、12月のノイエルで行われるきぐるみバイトによる癒しの女神の宗教勧誘だって一応は相手の同意が必要だというのに。地味にノルマが辛いあの仕事を同胞は必死に頑張っているというのに。あなたも頑張ったというのに。

 

「私のこの姿も特典によるものだそうです。マスターが私に抱くイメージを反映させているとかなんとか……あっ! あの、マスター、今さらなんですけど、私の事、分かりますか……?」

 

 初見のイメージを塗り替える、控えめで不安を隠そうともしない言葉と態度に、あなたは寒空の下、道端に捨てられ震える哀れな子犬の姿を幻視する。

 普段のあなたであれば、このような人を人と思わぬ邪悪な下種は問答無用でミンチにしている所だ。相手の好意など知ったことではない。

 しかし何故だろう、不思議とそのような正義の鉄槌を振り下ろす気にはなれなかった。

 

 それは彼女が結んだという契約の効力なのかもしれない。

 あるいは恐る恐る問いかけてくる少女から、砂粒ほどの悪意も害意も感じ取れないからかもしれない。

 もしくは、あなた自身が、こんな()()()()()()を体現するかのような雰囲気を持つ少女を、敵だと思いたくないと感じているのか。

 

 ……ふと、何かがあなたの意識に引っかかる。

 もし、もしも。あなたと彼女に本当に面識があるのだとするなら。

 たった一つだけ思い当たる名前が浮かんだあなたは、その名前を口にした。

 

「――はいっ!! えへへ、気付いてもらえて良かったあ……お前なんか知らんとか言われたら泣いちゃうところでした」

 

 不安げだった少女は途端にはにかみ、心から安心しきった様子であなたの肩に顔を埋めて頬ずりする。

 とてもではないがぶち殺すつもりだったとは言えない雰囲気だ。

 実際に殺せるかはさておき最低野郎の烙印待ったなしであった。

 

「マスター。私はずっと、あなたにお礼を言いたかったんです。本当に、本当にありがとうございますって」

 

 心中で冷や汗を流すあなたを他所に、少女は静かに言葉を紡ぎ始めた。

 

「私はここで生まれ、使命を与えられました。そして長い長い時の中で、幾度と無く出会いと別れを繰り返してきたんです。何度も信じて、何度も力を貸して、何度も裏切られて、何度も自分自身の性に何度も何度も絶望して、それでもそういうものとして生み出された私には自分の在り方を変えられなくて。なんとかしようと足掻いても、それは裏目に出るばかりで。どれだけ祈っても、願っても、血と死に彩られた悲劇しか生み出せない。壊したくないもの、失いたくないものばかり壊してしまう。失ってしまう。……私は、そんな私が他の何よりも大嫌いでした」

 

 言葉の内容はどこまでも抽象的で、しかし積もりに積もった、暗く、昏い、果ての無い諦観と絶望に満ちたもの。

 あなたはそっと少女の頭を撫でる。

 彼女に対し、今までに何度か行ってきたのと同じ手つきで。

 少女は全身の力を抜いてあなたに体を預けてきた。

 

「……ありがとうございます。マスター、あなたに出会う事が出来て本当に良かった。あなたのお傍にいられるおかげで、私は今、とても幸せです」

 

 彼女の言葉を信じるのであれば、この会遇に二度目はない。

 たった今だけ許された、本来は有り得ざる刹那の奇跡。

 それでもあなたが感傷を抱く事は無い。

 彼女はこれから先、あなたと共に在り続けるがゆえに。

 

「はい、私はあなたのものです。あなただけのものです。だからどうか、これからも末永くよろしくお願いします。私はあなたの一番にも特別にもなれないけれど、それでいいんです。それがいいんです。あなたが私の唯一で特別であってくれるなら、ただそれだけで。だからこれから先、ずっとずっと、私は、マスターだけを――」

 

 与えられた時が終わりに近づいているのだろう。

 少しずつ、しかし確かに崩壊を始めた部屋の中、どこまでも健気に微笑む少女は目尻に大粒の涙を浮かべ、綺麗な両手をそっとあなたの頬に伸ばし――

 

 

 

 少女があなたに触れようとした、まさにその瞬間。

 ぐわっしゃーん、と。

 盛大な破砕音を響かせて壁をぶち抜いて超高速で飛来した青い閃光が、少女を背後から強襲した。

 

「ぅぐっへぇええええぇぇー!?!?」

 

 奇声、もとい悲鳴をあげ、勢いのまま前方にぶっ飛び部屋の外に消える白の少女。

 根元まで突き刺さった、青白い大剣を胴体から生やしたまま。

 

 死ねよやぁー!!!! といわんばかりの、およそ殺意しか感じられない勢いで飛来した閃光の正体をあなたは完全に捉えていた。

 エーテルの魔剣ことあなたの愛剣である。

 まるで下手糞な演奏に対して投石でミンチにするという形で返礼するどこぞの軍人の投擲のような惚れ惚れする速度で、全身に怒りと殺意を漲らせた愛剣がどこからともなくかっ飛んできたのだ。

 

 当然ながらあなたの知る愛剣に自律で飛翔して相手をぶち殺すような機能は無い。

 コロナタイトパワーによって四次元の中で人知れずおぞましい進化を遂げた妹の再現は頼むから勘弁してほしいとあなたは思った。

 かなり本気かつ切実な願いだった。

 

「お兄ちゃんに呼ばれて飛び出るあいあむぷりちーしすたー!!」

 

 愛剣が爆砕した壁の向こうは無明の闇が広がっており、先が見通せない。

 そんな闇の中から現れたのは妹。

 これっぽっちも呼んでなどいないが頼もしくはある。

 あなたは状況を把握しているのであれば教えてほしいと告げた。

 

「状況も何もこれは夢だよ。もう朝だからそろそろ起きよう? 夢中じゃなくて霧中の冒険がお兄ちゃんを待ってるぜベイベー!」

 

 なんだ夢か。

 部屋が崩壊する中、あなたは妹が手渡してきた真紅の包丁で首を掻き切った。

 躊躇無く自傷行為に走る様はあまりにも手慣れたものだが、それもその筈。

 夢から覚めるならこれが一番手っ取り早い事をあなたはよく知っているがゆえに。

 

 ――ごめんなさいごめんなさい! でも仕方ないじゃないですか! 嬉しかったんだもん! マスターと直接お喋りしたかったんだもん! お礼を言いたかったんだもん!

 ――!!! ――――!!!!

 ――違います先輩誤解ですそんなんじゃありません! あとお願いですからその呼び方だけは止めてくださいって何度も! 淫乱尻軽クソビッチとかマスターに呼ばれたら私この先生きていけません!

 

 どこかから聞こえてくる、悲鳴にも似た白の少女――ダーインスレイヴの化身の抗議を耳に、愛剣と会話が出来るのは羨ましい、なんて考えながら。

 

 

 

 

 

 

 あなたは自身に宛がわれた寝室で目が覚めた。

 ベッドの他には小さなテーブルしか置かれていないという、本当にただ眠るためだけの場所だ。

 

 先ほどまで見ていた夢の影響なのか、妙にすっきりとした心地の良い朝を迎えたあなたは軽く顔を洗い、寝室を後にする。

 自身の意思で動いたりしない愛剣を携えて。ほっと一安心である。

 

「おはようございます。ゆんゆんさんはまだ起きてませんよ……っと、何かいい事でもありました?」

 

 不寝番を勤めていたウィズに朝の挨拶を行うと、ご機嫌なあなたの表情を見た彼女はくすりと笑った。

 あなたは正直に答える。

 目の覚めるような清楚系博愛超絶美少女から情熱的な永遠の愛の告白を受ける夢を見たと。

 

「そういうのは正直に答えなくていいです。非常に反応に困るので」

 

 真顔でぴしゃりと言い切られてしまった。

 言葉のキャッチボールは絶好調だ。軽快で洒落たシティボーイの軽口にウィズの友好度がガンガン上がっていく音が聞こえる。

 

「霧を吸っても幻聴や精神錯乱の効果はありませんよ」

 

 今日も朝から華麗なパーフェクトコミュニケーションをばっちり決めてみせたあなたは、自分が寝ている間に何かあったか尋ねてみた。

 

「これといって特に何も。湖中から大小様々な生き物の気配は感じ取れども姿は見えず、敵襲も無し。相も変わらずの霧景色です」

 

 ウィズの言葉通り、甲板から見える景色に変化は無い。

 どこまでも続く白霧があなたの視界を妨げている。

 竜の谷第三層、最果ての霧湖。

 血みどろの鍛錬で心身を鍛え直したネバーアローンが湖の探索を本格的に始めて早半月。

 今日も今日とて湖上は完全な凪。魔法によって生み出された風、そして船が湖を掻き分けて進む音のみが静かに聞こえてくる。

 

 甲板、船。そう、あなたは船上の人となっていた。

 白夜焦原に耐熱装備を用意していたのと同じように、あなた達は湖の渡航手段として港町で購入した小型の帆船を持ち込んだのである。

 

 例によって竜の谷の探索に耐えられるよう、ここまでの探索で集めた素材を用いてウィズから強化と呼ぶ事すら憚られる魔改造を施されている。

 船自体の強度もさることながら船外に満ちる霧を防ぐ結界が張られていたり無風かつ素人でも操船が可能だったりと、造船技師に見せれば「お前マジふざけんなよこれガワ以外完全に別物になってんじゃねえか!?」と膝を突いて嘆かれる事必至である。

 

 だがそんな先人の知識を用いた事前準備もこれで打ち止め。

 以降は完全に手探りで探索を進めていく必要があるわけだが、それはあなたとしても大いに望むところだった。

 

 

 

 

 

 

 ~~ゆんゆんの旅日記・最果ての霧湖編~~

 

 $月¥日

 進めども進めども霧が晴れる事は無く、どこまでも続く湖に終わりは見えない。

 本当に前に進んでいるのかすら分からない毎日が続いている。

 これまでの階層とは別の方向で第三層は辟易する。

 今更引き返そうとは思わないけど、せめて風景くらいは変化があってくれてもいいんじゃないだろうか。

 

 

 $月Ю日

 狭い船内でやれる事は多くない。

 軽い運動くらいなら大丈夫だけど、魔法を交えた激しい訓練なんてもってのほか。

 こういう時にシェルターが使えれば楽なのに、空間ごと隔離されるせいで外で何かが起きても分からなくなるからダメとの事。

 じゃあ釣りでも、と考えたけど大物を釣って船が壊れたり沈んだら大変だからとこれも却下された。

 こういう時だけ真面目な冒険者みたいな事を言わないでほしい。

 

 

 $月;日

 第三層で素材を採取する機会は少なくなるだろうという二人の予測は正しかった。

 魔物すら碌に出てこない。

 本当に出てこない。

 あれだけ竜の河で見かけた生き物達はどこに消えてしまったのだろう。

 

 

 $月☆日

 霧の湖を眺めていると魂が吸い込まれそうな錯覚を覚える。

 二人がいるからいいけど、船上に一人で置き去りにされたら私は恐怖で一日ももたず発狂する自信がある。

 まあ戦闘力という意味では圧倒的に置き去りにされているわけだけど。

 船旅を始める直前に28倍速で行われていた地獄の訓練で二人は更に強くなった。

 二人はどこまで行けば満足するのだろう。

 向上心は素晴らしいと思うけど、追いかける身としてはお願いだから勘弁してほしい。

 いや本当に勘弁してくださいお願いします。

 

 

 $月%日

 甲板にマンボウが降ってきた。

 ビダァァァン! みたいな勢いで降ってきた。

 怖ぁ……。

 マンボウはそのまま苦しんだかと思うと死んでしまった。

 怖ぁ……。

 

 

 $月!日

 朝起きたら、船首の先に立って腕を組んだゴブリンが真っ直ぐ船の進む先を見つめていた。

 なんで?

 半日くらいして満足したのか、ゴブリンはそのまま湖に帰っていった。

 でっかい真珠を残して。

 だからなんで?

 

 

 $月Μ日

 気付いてしまった。

 きっとこの霧には生き物の頭をバカにする作用があるのだ。

 多分アクシズ教徒の人たちは大丈夫だろうけど、あんまり吸わないようにしておこう。

 

 

 

 

 

 

 泥のような大湖を進む船旅の時間がどれほど経っただろうか。

 

「……んあ?」

 

 最初にそれを発見したのは、ぼーっと景色を眺めていたゆんゆんだった。

 

「なーんだ、ただの船か。何かと思った」

「船!?」

 

 少女の言葉にあなたとウィズは強く反応する。

 すぐさまゆんゆんの傍に近寄って目を凝らすも、深遠の白霧には何一つ影が見えない。

 

「ゆんゆんさん、本当に、本当に船が見えたんですか!?」

「え、はい。ちらっとだけど、確かにあっちの方角に船が見えました。でもそれがどうしたんです?」

「しっかりしてくださいゆんゆんさん! 一大事ですよ! 船なんですよ!?」

「あれれ? 私また何かやっちゃいました? えへへーまいったなーめだっちゃったなーこまっちゃうなー」

 

 自己陶酔が極まったアホ面でヘラヘラ笑うゆんゆんの姿はあまりにも痛々しく見ていられない。

 刺激の無さすぎる船旅のせいで、気付かないうちに彼女の頭はだいぶバカになっていたようだ。

 正気に戻れとあなたは少女の頭を強めに引っ叩く。ウィズもあなたの行為を咎めなかった。

 

「あべし!!」

 

 甲板に沈むゆんゆんを放置し、あなたは指し示した方角に船を進める。

 あなたは頭がバカになったゆんゆんの幻覚という可能性も考慮していたのだが、程なくしてその不安は裏切られた。

 

「……見えました! 確かに船影です!!」

 

 深い霧の果てに微かに映る影は、まるであなた達から逃げるような形で霧の中を進んでいた。

 しかし速度自体はあなた達の船が遥かに上だったのか、間もなく影ではなくその全貌が露になる。

 

「これは、軍艦? どうしてこんな場所に……」

 

 最果てと呼称された、時空が歪む前人未到の霧の湖上で遂にあなた達が出会ったもの。

 それは、あなた達の乗る帆船が玩具に見える規模の巨大な船舶だった。

 

 

 

 

 

 

『ダメ、振り切れない』

「クソがよ。よりにもよってあんなチャチな船に足で負ける日が来るとはな」

『どうするの?』

「どうもこうもねえよ。わざわざご足労いただいたんだ。あちらさんのお望みどおり会ってやるさ。それともなにか? まさか戦えってのか?」

『貴方がそれを望むなら私は従う』

「なんとも心強いね。だが一応聞いておく。正直に答えてくれ。勝ち目はあると思うか?」

『…………私の命と引き換えに相手の船を沈めるくらいなら、なんとか』

「オーケー分かったもういい。頼むぜ相棒、先走って手を出してくれるなよ」

『くれぐれも気をつけて。相手は正真正銘の化け物だよ。私が足元にも及ばないほどの』

「お前ほんとそういう事言うなよ。怖くて泣きたくなるだろマジで……」

 

 

 

 

 

 

 追いついて並走を始めると同時、相手の船は緩やかに速度を落とし、やがてその場に停止した。

 十分に警戒して接舷を行うも、相手は反応を見せない。

 

 頑健な印象を受ける漆黒の船体のあちこちには白線で模様が描かれている。

 外部から見る限り、老朽化や風化は一切していない。

 損傷も無し。現役の船そのものといった姿が一層に不気味さを煽る。

 

 総金属製である船の全長はおよそ500メートル。

 舷には無数の砲塔が顔を覗かせていた。

 だが通常の大砲とは様相が異なっている気がする。

 

「恐らくは魔導砲ですね。学園の文献で見た覚えがあります。ノイズ時代に猛威を振るったという兵器で、遺失技術の一つです。……一つくらい回収しちゃっても大丈夫ですかね?」

 

 冒険者らしく物欲に駆られたウィズはさておき、あなたは強い違和感を覚えた。

 あなたの知識による時系列はこうだ。

 

 紅魔族誕生→デストロイヤーによりノイズ滅亡→紅魔族が竜の巣である霊峰を襲撃→辟易したドラゴンが一斉に夜逃げ→夜逃げ先がなんやかんやで異界化して竜の谷に

 

 仮にこれがノイズ時代の軍艦なのだとすると、辻褄が合わない。

 時空が歪んでいるせいだと言われてしまえばそれまでだが、それにしたってどこから迷い込んできたのかという話である。

 

「……うわーっ!? 船だこれ!? 何コレでっか!? ええええええ!? なんで船!?」

 

 正気を取り戻したゆんゆんは全身全霊で驚愕していた。

 あなたの気付けは効果があったようだ。一安心である。

 軽く事情を説明し、乗り込む準備を行う中、ウィズがあなたに耳打ちしてきた。

 

「ところで気付いていますか? 見られてますよ」

 

 あなたは頷いた。

 船に近づいたその時から、あなた達はずっと見られている。

 

 船の上から、ではない。

 船の中から、でもない。

 船の下から、それもずっと下からだ。

 湖の底から、強い力の持ち主による、敵意と警戒が多分に含まれた視線があなた達に注がれている。

 

「正直あまり戦いたくはないですね」

 

 単純な強さでいえばあなた達が圧倒している。戦えば問題なく勝てる。

 だがその過程でこの船は確実に沈むだろう、と確信を抱く程度には強い。

 

 不幸中の幸いは、ヴォーパルや蒼黒の不死鳥のような手合いではなさそうなところだろうか。

 確かに敵意は感じられるのだが、警戒の度合いの方が遥かに高く、そして怯えが混じっている。

 そう、視線の主は、あなた達に怯えていた。

 廃人とリッチーに意識を向けられている、今この瞬間も。

 

 

 

「おーい!」

 

 上から声が聞こえてきた。

 野太い男の声だ。

 あなた達は視線を向ける。

 

「あんたら大丈夫かー!? 今ロープを下ろすからちょっと待っててくれー!」

 

 船の縁から体を乗り出した水夫があなた達に勢いよく手を振っている。

 その体は青白く透けていた。

 

 

 

 

 

 

 軍艦に乗り込んだあなた達は、無数の視線に晒された。

 

「……ッ!」

「ゆんゆんさん、大丈夫ですから落ち着いて」

 

 水夫の死霊。

 軍人の死霊。

 魔法使いの死霊。

 商人の死霊。

 冒険者の死霊。

 死霊、死霊、死霊。

 

 どこを見回しても船上には死霊しか見当たらない。

 誰も彼もがあなた達に警戒を向けている。

 

「いやすまん。どいつもこいつもちょっと気が立ってるみたいでな」

「いえ、当然かと」

「そう言ってくれると助かる。……おら散れ散れ! 船長と我らの守り神が認めたお客様だぞ!」

 

 水夫が叫ぶと、空気が一気に弛緩した。

 死霊達は時折あなた達を見やりながらも、思い思いに甲板で過ごし始める。

 

「あんたらも嵐に巻き込まれてここを彷徨ってたクチだろ? 災難だったな」

 

 安心させようと笑顔を向けてくる水夫に、あなた達三人は顔を見合わせ、同時に頷いた。

 ここは相手に話を合わせよう、と。

 

「すみません、助かりました」

「なあに、気にすんな。この大海原、困った時はお互い様さ。悪党は別だけどな。何よりアンタみたいな美人さんを案内する役目を仰せつかって役得ってな!」

 

 ガハハ、と笑って先を進む男。

 まずこの船の船長に会ってほしいのだという。

 あなたがウィズに目配せをすると、彼女は周囲を見渡して小さく頷いた。

 

「あなたが思ったとおりです。それは間違いありません」

 

 船からは生者の気配がしない。

 ほぼ間違いなくこの軍艦は幽霊船だ。

 そして船員達は、自分が死んでいる事に気がついていないときている。

 

「で、でも、それならどうして……」

 

 怯えるゆんゆんの言うとおり、不死者の王であるリッチーはただそこに在るだけでアンデッドを引き寄せる性質がある。

 にも関わらず、亡霊達はウィズの影響を受けていないようだ。

 

「私もこのような事象は初めて経験するので分かりませんが、恐らくは既に何者かの影響下にあるのかと……」

 

 そんな話をしているうちに、あなた達は船長室に辿り着いた。

 話では船長があなた達の船を捕捉し、出迎えるように命じたのだという。

 今も湖中の底にある気配とどんな関係があるのだろうか。あなたは水夫が言っていた守り神という何者かが引っかかっていた。

 

「船長、客人をお連れしました」

「おう、お疲れさん。下がっていいぞ」

「へい」

 

 死霊に船長と呼ばれ、あなた達に対峙するものは、やはりというべきか、アンデッドだった。

 幾つもの勲章をぶら下げた純白の軍服に身を包み、鯨の印章が刻まれた白の軍帽を被ったスケルトンである。

 

「さて、俺の船にようこそお客人」

 

 アンデッド案件はウィズの担当だ。

 一行を代表してウィズが一歩前に出る。

 

「お招きいただき、ありがとうございます。私達は……」

「そちらの挨拶は必要ない。状況は把握しているつもりだ」

「そう、ですか……」

「そういうわけなんで、遠路はるばるご足労いただいたところ大変申し訳ないんだが、速やかにお引取り願いたい」

「……理由を、お伺いしても?」

「聞きたいか? ならハッキリと言わせてもらおう」

 

 虚ろの眼孔に寒々しい青い火が灯る。

 ひりつく空気が瞬時に船室に満ちる。

 スケルトンらしからぬ流暢な言葉には有無を言わさぬ絶対的な拒絶だけがあった。

 そしてその決意に溢れた声と敵意は、あなたにではなく、ましてやゆんゆんにでもなく。

 

「失せろバケモノ。たとえこの身が不死者に堕しようとも、かつて我らが掲げた正義と信念と矜持に懸けて、俺の魂も、俺の仲間も、誰一人として貴様のような邪悪には渡さない。絶対に、絶対にだ」

 

 ただ一人、ウィズだけに向けられていた。

 

「…………」

「…………」

 

 互いに無言。

 誰もがぴくりともせず、睨み合いが続く。

 

「…………ば、バケモノでも邪悪でもないんですけど!? 変な言いがかりはやめてくれませんか!?」

 

 沈黙の末、抗議の声をあげたのはウィズだった。

 よほどショックだったのか半泣きだ。

 相手の雰囲気がガチなせいで滅茶苦茶効いてる、とあなたは思った。

 

「……バカにしてんのか? 不死王が何言ってやがる」

「そ……そうですけども! 確かに私はリッチーですけども! でも清く正しく人畜無害で人と自然に優しいリッチーなんですよ!?」

「えぇ……なんだこいつ……狂いすぎだろ……何千年生きてたらこうなるんだよ……俺もいつかこうなっちまうのか? やべえ怖ぇ……」

 

 とても何か言いたそうなゆんゆんにあなたは無言で首を横に振った。

 

 清く正しく人畜無害で人と自然に優しいリッチー。

 ウィズは何一つとして嘘を言っていない。

 ただちょっと世に仇なす魔王軍幹部の一角なだけである。




 ・六連流星
 ダーインスレイヴ装備時に使用可能。
 速度と命中率に上昇補正がかかる六回連続攻撃。
 一回の攻撃ごとに66d66+666を加算する。
 任意発動不可能。
 自身も66d66+666の無属性ダメージを受ける。


 ・六連流星(真)
 ダーインスレイヴを必要としないほどに心技体が極まった真なる適正者がダーインスレイヴを装備した時のみ使用可能。
 速度と命中率に大幅な上昇補正がかかり攻撃対象の回避率を減算する六回連続攻撃。
 一回の攻撃ごとに6d6+6を乗算する。
 任意発動可能。
 消費コスト無し。


 ・ダーインスレイヴちゃん
 使命と誇りを胸に、人魔の戦いで混迷を極める世界に慈悲と救済をもたらすべく舞い降りたもの。
 そのあり方はどこまでも強く、気高く、美しく。
 しかしてその実態は真性にして魔性のサークルクラッシャーならぬ人生クラッシャー。
 彼女は力を求める者に等しく全力をもって応えたが、彼女に魅入られた者は周囲を巻き込んで悲惨で凄惨な最期を遂げた。
 献身と信頼が裏切られた回数は数え切れず。
 自らが生み出す破滅の螺旋に心は折れて久しく、それでも自らの業は止められず。
 終わりの無い絶望と諦観に朽ち逝く中で、今まで彼女が出会ってきた誰よりも彼女の力を必要としない冒険者に掬い上げられた、身も心も血と汚濁に染まった白銀の聖女。

 そんな設定が似合いそうな大清楚博愛子犬系薄幸不憫健気感情激重銀髪碧眼超絶美少女。
 もといダーインスレイヴの化身。

 経緯としては、一ヶ月間に及ぶ血で血を洗う濃密な鍛錬においてあなたがダーインスレイヴを使い続けた結果、晴れて習熟度が上限に到達。武器の補助抜きでも六連流星を完全な形で行使する事すら可能になった。好感度は最早限界突破の青天井。
 そんなこんなで彼女の産みの親の仕込みが発動。
 あなたと言葉を交わし直接礼を言うべく、決して二度目は無い一夜限りの奇跡の会遇を果たした、世界で一番幸せな血塗られた聖剣(女の子)

 化身の姿形はその性質やダーインスレイヴに纏わる数々の逸話からあなたがイメージしたものが反映されているが、性格や口調は正真正銘本人のもの。
 かーっ! 見んねホーリーランス! 卑しか女ばい!! エーテルの魔剣は突然キレた。

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