このすば*Elona   作:hasebe

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第14話 14へ行け

「結局のところ、ご主人はいったい何者なのだ?」

 

 ベルディアを仲間にしたその日の夜。

 夕食の席でベルディアはあなたにそんなことを尋ねてきた。

 

「あの異常な剣といい俺を圧倒した戦闘能力といい、本当にこの世界の者とは思えん」

 

 ベルディアはナイフとフォークを使って食事を器用に口に運んでいく。

 首が取れていても食事は普通にできるようだ。

 あなたとしては採用できる育成の幅が狭まるのは好ましくないので非常に助かる話である。

 

「もし言いたくないのであれば二度と聞かん。今の質問は忘れてくれ」

 

 ベルディアが肩を竦めるが、正式なペットに隠す話では無い。

 何故ならあなたのペットになるということは、いずれ共にノースティリスに行くということだからだ。

 あなたは自分がノースティリスという異世界の冒険者であることをベルディアに打ち明けることにした。

 

「ノースティリス? ご主人はニホンジンではないのか?」

 

 ニホンジン。あなたが初めて耳にする響きである。

 この世界固有の異世界人の名称だろうか。

 

「いや、たまにいたのだ。ニホンジンと名乗る何処の者とも知れぬ連中が。魔王様は奴らを異世界から呼び出された住人と言っていたか。実際俺も何度か戦ったことがあるのだが、楽な相手は一人もいなかったな」

 

 それでも今もなお生きているのだから全てを打ち破ってきたのだろう。

 感心するあなたを尻目にベルディアは話を続ける。

 

「奴らは皆一様に神器や強力な能力を持っていた。てっきりご主人もその類かと思っていたのだが……ご主人の反応を見るに、どうやら違うようだな」

 

 この世界にはあなたの他にも異世界人がいるようだ。

 もしかしたらノースティリスの者に出会えるかもしれない。

 友人以外の冒険者だった場合は間違いなく逃走されるだろうが。

 

「それで、異世界人なご主人はその力を以ってこの世界で何を為すつもりだ? 世界でも征服するのか」

 

 ベルディアの懸念を笑って否定する。

 あなたは使命や野望など持っていない。

 今のあなたはこの世界を楽しむことだけを考えている、ただのエレメンタルナイトだ。

 

「……なんか、楽隠居した老人みたいだぞご主人」

 

 実感は無いが、似たようなものなのかもしれない。

 あなたの肉体年齢は二十代だが、生きてきた年月はこの世界の人間からしてみれば既に老人と呼ばれてもおかしくないだろう。

 

 ベルディアの言葉に一人納得すると同時に、あなたはふと思った。

 見た目こそ二十歳前後なウィズだが、アンデッドでリッチーの彼女は実際何歳なのだろうと。

 今度直接聞いてみてもいいかもしれない。

 

「平和、平和か……確かにご主人ほどの強さがあれば大抵の場所は平和になるだろうな」

 

 ベルディアは妙な勘違いをしていた。

 そういう意味ではないのだが、あえて指摘するまでも無いだろうとあなたは捨て置くことにした。

 ペットになったばかりの今のベルディアでは何を言っても理解はできないだろうと判断したのだ。

 

 放っておいても本人が育成を希望している以上、どうせベルディアは嫌でも思い知ることになる。

 命の価値が硬貨一枚並に軽い場所で戦う冒険者のペットとして生きるというのは、果たしてどういう意味を持つのかを。

 

 

 

 

 

 

 さて、元魔王軍幹部のベルディアをペットにしたあなただが、実のところ問題はかなり多い。

 本格的にやるなら育成環境を整える必要があるし、何より魔王軍の幹部、デュラハンのベルディアといえば音に聞こえた人類の大敵である。図鑑にも名前が載っていた。

 あなたの大切な友人のように名も知られていないなんちゃって幹部ではない、現役の高額賞金首だ。

 

 非戦闘員には手を出していないらしいが、人間を殺していないわけではない。

 ベルディアを憎む者など数え切れないほど多く存在するだろう。

 

『なんだご主人、早くも後悔しているのか?』

 

 あなたが街のベンチに座って空を眺めていると、頭の中に腰に付けたモンスターボールに入っているベルディアの挑発的な声が聞こえてくる。

 後悔など有り得ない。ナイスジョークと笑い飛ばしたいところだ。

 

『……ふん、どんな目に遭わされるか精々楽しみにさせてもらおう』

 

 さし当たってはベルディアを外で呼ぶあだ名を考える所から始めるのがいいだろう。

 対外的にベルディアのままというのはどう考えても論外だ。

 

『あだ名か。まあ当たり前だな』

 

 とりあえずポチでどうだろうか。

 

『ポチ!? 今ポチっつったか!? なんでそうなった!?』

 

 騎士=忠義に厚い=主人に従順=犬=ポチ。

 非の打ち所の無い完璧な論法である。

 

『もしその名前で呼んだら俺は首を括るからな』

 

 今のはベルディア渾身のデュラハンジョークだろうか。

 あなたとしてはかなり大爆笑である。

 

『ちげーし!! ふざけんなし!!』

 

 冗談はさておき、どうやらベルディアはあなたの決めた名前がお気に召さなかったようだ。

 割とぴったりだと思ったのだが。

 

『……ご主人の劣悪なネーミングセンスは置いといて、今の俺は命惜しさに、あるいは力を求めて魔王軍を抜けた裏切り者だ。どう見ても忠義に厚いとは言えんだろ』

 

 なるほど、前半はともかく後半については異論を挟む余地は無い。

 ではベルディアから二文字抜いてベアで。

 

『なんか昔そんな名前の騎士がいたな。剣の回避スキル、パリイの達人だったか……おいご主人、誰か来たぞ』

 

「……えっと、どうも」

 

 ベルディアの声に空を見上げるのを止めたあなたの目の前にはカズマ少年とめぐみんが立っていた。

 だが二人はあなたの知る格好ではない。

 カズマ少年はあの珍妙な服装ではなく普通の服を着ていたし、めぐみんは杖を新調したと見える。

 

「こないだはうちのバカがすみませんでした。あの後よく言って聞かせておきましたんで」

 

 ベルディアに気付いていないような素振りだが、実際少年を含めて誰もベルディアの存在には気付いていない。

 彼の声はあなたにしか聞こえていないのだ。まるで電波である。

 

 少年が言っているのは共同墓地でウィズを浄化しようとした一件だろう。

 女神アクアは自分の本分を果たそうとしただけだ。あなたは彼女に隔意は持っていない。

 結果的にウィズには何も無かったわけだし、当事者であるウィズが何も言わないのならばあなたから言うことは何も無い。

 あなたがそう言うと二人は安堵の息を吐いた。ウィズを命の危機に晒したことを気にしていたようだ。やはりこの世界の命の価値は重い。

 

『……なんだ、ご主人はウィズの知り合いだったのか。そういえば冒険者の街で店をやっていたな。しかし駆け出しがウィズに戦いを挑むなど自殺もいいところだ』

 

 彼らのパーティーにはリッチーやデュラハンの天敵である女神がいるわけだが、ベルディアはそれを知らない。

 ところでその女神アクアはどうしたのだろう。

 あなたの中では彼らは三人、最近は四人で行動しているイメージがあったのだが。

 

「アクアは借金を抱えたんでバイト中です。ダクネスは実家に帰って筋トレすると言ってました。そして私達はこれから丘の上の廃城に爆裂魔法を撃ち込みに行くところです」

『……はああああああああああ!!??』

 

 やはりあの爆裂魔法はめぐみんのものだったらしい。

 そして案の定とでもいうべきか、めぐみんの発言にベルディアが発狂した。

 当然めぐみん達にベルディアの声は聞こえていないのであなたにうるさいだけでしかない。

 

『お前か! お前がやったのか!! ほんとふざっけんなよ! 俺とご主人だったからよかったものの普通死んでるからな!?』

 

 めぐみんには聞こえていないのにベルディアは興奮のままに説教を始めた。

 ベルディアはデュラハンなのに妙なところで常識的というか人がいい。元騎士だからだろうか。ウィズのスカートの中を覗こうとした破廉恥騎士だが。

 

 それにしてもめぐみんの無謀さには流石のあなたも頭が下がる思いである。

 きっとめぐみんならノースティリスでも立派にやっていけることだろう。

 

「む、無謀とは何ですか無謀とは全く失礼な。魔王軍の幹部の影響で近隣の魔物は逃げ出しましたし、廃城にだって誰も住んでいないのだからいいではないですか」

 

 そういう意味ではないとあなたは苦笑する。

 めぐみんは街を騒がしている魔王軍の幹部がどこに住んでいるのか知らなかったのだろうか。

 

「勿論知っていますとも。あまり私を馬鹿にしないでください。魔王軍の幹部はアクセルの街の近くにある廃城に……廃、城に…………」

『そう! あそこには俺がいたんだ! お前が爆裂魔法をぶちこんだ廃城にな!』

 

 魔王軍の幹部が廃城に住みついているというのはアクセルの住人にとっては周知の事実である。

 更に言うならばアクセルの近隣に廃城など一つしか存在しない。

 自分達が何をしでかしたのか気付いためぐみんとカズマ少年の顔が一瞬で青くなった。

 

「おっ、おう……私じゃなくて人違いかもしれないですし! ですよねカズマ!?」

「あいつがやったのかもしれない! 誰かは知らないし、もしめぐみんがやったとしてもまだ一発だ! 一発だけなら誤射かもしれない!!」

「知らないです私じゃありません。でも誤射しないように今日からは別の場所で爆裂魔法を撃ちましょう!」

「済んだことだもんな! いや別にめぐみんがやったって決まったわけじゃないけど!」

『何が誤射だ馬鹿にしてんのか!?』

 

 二人は滝のような冷や汗を流しながら乾いた笑いを上げている。

 まあ件の魔王軍の幹部はここにいて、めぐみんの犯行をバッチリ知ってしまったわけだが。

 

『くそ、頭のおかしい爆裂娘め……今度一週間便秘になる呪いをかけてやるから覚悟しておけ……』

 

 駆け出し相手に本気になる大人気ない元魔王軍幹部を無視して、あなたは二人の爆裂魔法の試し撃ちに付いていっていいか尋ねてみた。

 ベルディアが廃城にいなくなった今、アクセル近隣の生態系がどうなったのか確かめておこうと思ったのだ。

 もしこのまま何も変わらないようならベルディアだけ遠い地で鍛錬を行わせる予定である。

 

「どうする? 俺はいいけど」

「いいんじゃないんですか? 宿敵に以前の私とは違うということを見せ付けるいいチャンスです」

「……なあ、お前もし魔王軍の幹部が出てきたらこの人を囮にして逃げようとか考えてないか?」

 

 少年の指摘にめぐみんがびくりと反応した。

 図星だったようだ。めぐみんは外見に似合わず強かである。

 

「わ、私はアクセルのエースであるエレメンタルナイトの力を信頼しているだけです」

「こないだいつか絶対我が爆裂魔法でぶっ飛ばすって言ってたよな」

『おいご主人! この小娘最低なこと言ってるぞ!?』

 

 実際爆裂魔法で吹き飛ばされかけたので彼女の目標は半ばほど達成されているのだが。

 それはそれとしてめぐみんには頑張ってもらいたいものだ。

 絶対にパーティーは組みたくない手合いだが、あなたには彼女の行く末には大変興味があった。

 

「おいめぐみん。この人自分を吹っ飛ばすって言ってる奴を笑顔で応援しだしたぞ……」

「だから言ったじゃないですか。この人頭おかしいんですよ」

『そればっかりは俺も異論は無い』

 

 あなたとしては遺憾の意を表明したいところである。

 そんなこんなであなたはめぐみんと少年とおまけのベルディアと共にアクセルの街を出立した。

 

 

 

 

 

 

 アクセルを出立して少し出歩いたところで、あなた達は周囲の異常に気付くことになった。

 

 

「……なあめぐみん、なんか昨日と違って普通に敵感知に反応があるんだけど」

「そうですね、モンスター以外の動物の気配や鳴き声もします。魔王軍の幹部が討伐されたという話は聞いてないですし、これはどういうことなのでしょうか」

 

 三人で首を傾げる。あなたの疑問の理由は二人とは違うが。

 ギルドではアクセルの周囲の生き物が逃げ出したのは魔王軍の幹部が原因と言われていた。

 だがベルディアはここにいる。にもかかわらずこうして動物達は戻ってきている。

 

『この一帯の生物が逃げたのは俺が原因ではない。ある意味俺のせいではあるのだが』

 

 ベルディアは唐突にそんなことを言い出した。

 

『俺の愛馬は地獄に住む高位魔獣なのだがな。あれは気性が荒い上に生物の魂を食う。ゆえに弱いモンスターや動物は危険を本能的に察知して逃げ出してしまうのだ』

 

 どこか誇らしげにベルディアが自慢する。

 先日ベルディアと相対したときは見なかったが、城の最上階で馬に乗って戦うアホがいるわけないだろうとはベルディアの言である。

 

『契約者の俺が呼べばすぐにでも来るが、ご主人が攻め込んできたときに地獄に戻してそのままだ。この地域の生物は一日経っても愛馬が戻ってこないから少しずつ自分の本来の縄張りに戻ってきているのだろう』

 

 なるほど、ベルディアがいてもアクセルの街の冒険者の生活は大丈夫なようだ。

 そしてベルディアの本体が馬なら一緒にペットにしてもいいかもしれない。

 あなたはむしろ地獄の高位魔獣に興味が湧いた。

 

『た、戦ったら俺の方が強いぞ!? 俺はデュラハンだからな!!』

「幹部は帰ったのか? まさか爆裂魔法にびびって逃げたってことは無いだろ」

「分かりません。でもこのことはギルドに報告した方がいいかもしれませんね」

 

 真面目な顔で魔王軍幹部の行方について話し合うめぐみん達とその横で必死に自分の優位性をあなたに説く元魔王軍幹部。

 両者の板ばさみになったあなたとしてはかなりカオスな状況だった。

 

 

 

 

 

 

 めぐみんが爆裂魔法を撃った後の帰り道もベルディアは俺は愛馬より弱くないとしつこく食い下がってきた。

 適当に流すあなたにヤケになったのか、ベルディアは帰ったら早速鍛錬を始めると言い出した。

 やる気があるのはいいことだとあなたはベルディアの言を了承。死ぬ時間である。

 

 

 さて、突然だがあなたのペット育成方法は友人達に爆笑される程度の評価だったりする。

 

 大地の神の信者曰く「効率厨乙」

 元素の神の信者曰く「これだから脳筋は」

 収穫の神の信者曰く「三食ハーブは常識だけど他はちょっと引きます」

 風の女神の信者曰く「ご褒美すぎて俺みたいなドM以外心が耐えられない」

 機械の神の信者曰く「最初に電脳化してブレインウォッシュとチキチキしないとかお前の常識を疑う」

 

 とまあこのように言いたい放題だ。かくいう友人達もあなたと同等のことをしているのでとんだブーメランであるとあなたは思っている。

 後一人、幸運の女神の信者がいるのだが電波に脳を汚染されているのであなたでは彼女がちょっと何を言っているか分からないのだ。

 ただ、もっとペットは大事にしてあげて、のような意味合いのことを言っていたのだと思う。

 

 彼女には悪いがあなたにとって育成とはこういうものなので諦めてもらう他無い。

 ただし、それでも本人がやるというのならあなたはペットが強くなれるように全力で力を貸すと決めている。

 そう、ベルディアが本気で強さを望むというのならば。

 

「ああ、よろしく頼む。俺は本気だぞ」

 

 気炎を上げるベルディアにあなたはダクネスと同じように選択肢を突きつけることにした。

 

①:サンドバッグ状態で敵にリンチにされ続け頑丈さを鍛える。

②:死ぬほど頑張って①の敵と戦う。

③:朝昼晩の三食の全てをハーブ(能力は上がるがゲロマズ)にする。

④:人体改造(手足や頭といった体のパーツが増える)

 

 一つでもいいし、勿論全部選んでもいい。

 あなたのおススメは二番目以外を全部同時にやる、である。

 

「……ハーブとやらの味はどれくらい酷いんだ?」

 

 ハーブはノースティリスの冒険者のあいだではギリギリ食べる気にならない雑草の味、あるいは腐った食い物よりはマシと大好評である。

 腹は膨れるし栄養価も高いのだが、あなたはウィズにこれを食させる気は無い。パンの耳の方がまだマシだ。

 あなたはハーブばかり食べていた時期があったので慣れているが今は可能な限り普通の食事を摂取している。それくらいに不味いのだ。貧しい食生活は恐ろしい速度で心を荒ませる。

 

「とりあえず二番目だけで」

 

 即答だった。

 ベルディアの防具は砕いてしまったのだが今のままでいいのだろうか。

 

「構わん。防具が無くても俺は十分に戦える。光と水は勘弁だがな」

 

 若干不安だが力量自体に問題は無いだろう。これからの敵に光や水を使う相手はいない。

 この世界で“あれ”を行うのは初めてだが、さてどうなるか。

 

 

 

 

「俺を閉じ込めるのに使っていた道具か。それで何をするんだ?」

 

 家の一室にシェルターを建設し始めたあなたをベルディアは不思議そうに眺めている。

 あなたはこの中でベルディアを鍛えると教え、アンデッドの召喚は今も可能なのか質問した。

 

「ああ、アンデッドナイトの召喚は今も可能だ。魔王様に与えられた力ではないからな」

 

 ならば毎回あなたが付き添いでシェルターに同行したり、サンドバッグを用意する必要は無いだろう。

 後始末の面倒が無くていいと安心しながらあなたがやや古ぼけた一本の剣を渡すとベルディアはその紅い両目を大きく見開いた。

 

「……いいのか? これはご主人の使ったあの頭のおかしい青い剣ほどではないが、これも十分に神器と呼ぶに値する剣だろうに」

 

 あなたは無論だと頷いた。

 むしろベルディアが強くなるためにはこの剣でなければいけない。

 

「分かった、感謝する。……だがこれで何をすればいいのだ?」

 

 シェルターの中でその剣で召喚したアンデッドに攻撃してもらう。

 軽く刺すだけでいいと告げるとベルディアは眉を顰めた。同族に剣を向けるのはあまり良い気分はしないらしい。

 

「……やれと言われれば従う。だがその理由は?」

 

 どうせすぐに分かるのであなたに話すつもりは無かった。

 この育成を始めるときに毎回行うちょっとしたサプライズだ。

 どうせベルディアはこの後何回もシェルターに逝くことになる。初回くらいは前情報無しで逝ってもらおう。

 

「今、何か違わなかったか? 何か判らんがおかしくなかったか?」

 

 ベルディアは訝しげだがきっと気のせいだろう。

 あなたは何も嘘は言っていない。

 

「……まあいい。俺を正々堂々の一騎打ちで破ったご主人を信じよう」

 

 シェルターに潜る直前、あなたは一つ大事なことを思い出した。

 あなたはベルディアに服を脱ぐように命じる。

 

「ち、血迷ったかご主人! 俺にそんな趣味は無い!!」

 

 ベルディアは何を言っているのだろう。

 面倒なので無理矢理ひっぺがす。

 

「いやああああああああああああ!!!」

 

 顕になった胸板に《聴診器》を当てる。

 ベルディアの生命力とパスが繋がったのを確認する。

 これであなたはどこかでベルディアが死んだときはあなたに分かるようになったのだ。

 

「……汚されてしまった。というかご主人、それは楽しいのか? 俺は全然楽しくも嬉しくもないぞ。こういうのはウィズにやるべきだろ、絶対嬉しいから。ウィズと知り合いなら俺の言ってる言葉の意味が分かるよな?」

 

 ベルディアが何か言っているが知ったことではない。

 大体にして、ウィズはあなたのペットではないので聴診器を使う理由は無いのだ。

 

「ペット……ウィズがペット。それいいなそれはすっごくいい響きだな素晴らしい世界だな夢が広がるなご主人アンタ最低だけど最高だな!!」

 

 ベルディアはウィズの話になると早口になる。今のベルディアの反応は後でウィズに教えておこう。

 突然興奮するベルディアを促してあなたはベルディアと共にシェルターに入っていく。

 

 これからのために、そしてベルディア自身が今よりも強くなるために。

 自分や数多の先人と同じく混乱と絶望の中でのた打ち回って無様に死ね。

 

 あなたはこれ以上に効率のいいやり方など知らなかったし、あなたが育成の指揮を執る以上他の手段を採用するつもりは微塵も無かった。

 無数に積み重なった己の屍こそが最も大きな糧となると知っているがゆえに。

 

 

 

 

 

 

「おいご主人! 本当にこれでいいのか!?」

 

 現在ベルディアは召喚したアンデッドナイトを剣先でちくちくと刺している最中である。

 物言わぬアンデッドナイトは微動だにしないものの、どこか責めるような視線をベルディアに送っている。

 

「ぬぅ……こんなことを続けることで何の意味が……」

 

 そうして動かないアンデッドを刺し続けて数分後。

 あなたももしかしたらこの世界では発生しないかもしれないと思い始めたとき、ようやくそれは来た。

 

「えっ」

 

 突如、ベルディアが持つ剣から魔力でも神力でもない、説明のできないおぞましい何かが迸ったのだ。

 異世界の者であるベルディアが知るはずも無い未知の力は波紋のようにシェルターの全てを蹂躙し、壁を崩し、無数の青く輝く光の柱を発生させ、シェルター内を炎上させていく。

 

 まるでムーンゲートのような光の柱からは猛烈な勢いで青白く発光する風――エーテルが吹き込んでおり、シェルター内はあっという間に高濃度のエーテルで満ちていく。

 

「なんだ、なんなのだ、これは……おいご主人! これがご主人の見せたかったものなのか!?」

 

 異界の現象にベルディアがあなたに助けを求めるように叫ぶがまだ終わっていないとあなたは首を横に振った。

 そして、一帯がエーテルで満ちた所で光の柱からそれは現れた。

 

「な、ドラゴンだと……!?」

 

 大小様々なドラゴンと玄武ほどではないが人間とは比較にならない大きさの人型。

 数えるのも億劫になるほどのそれがシェルター内に出現する。

 思えばこの世界ではドラゴンはかなり珍しいモンスターらしい。

 これほどの数に囲まれたベルディアはさぞ驚いているであろう。

 

――■■■■■■■■■■!!!!

 

 獲物を前にした獣達の咆哮がシェルター内に響き渡った。

 青白く発光するエーテルに満ちた空間に、異次元から召喚された竜と巨人の軍勢が絶え間なく押し寄せてくる。

 それはとても幻想的で、しかし同時に世界の終わりとしか言いようの無い、どうしようもなく絶望的な光景だ。

 

 これがノースティリスにおいて《終末》と呼ばれる現象である。

 

「うそだろなにこれきいてない! たばかったなごすずん!!!!」

 

 突然の世界の終わりに錯乱するベルディアはレッドドラゴンの吐いた紅蓮の炎(ドラゴンブレス)に包まれた。

 驚いたからといって油断しすぎではないだろうか。

 

「……ぬわーーっっ!!」

 

 ブレスが終わった後、ベルディアの存在の痕跡はどこにも無かった。

 パスを確認するまでもなく死んでしまったと分かる。あなたはベルディアのあまりの脆さに思わず首を傾げる。

 防具が無いとはいえ、能力的にはもっと粘れると思っていたあなたにとってこれはあまりにも予想外の結果だった。

 

 ドラゴン達が一斉に、首を傾げるあなたに襲い掛かってくる。

 どうやら今度はあなたを獲物と見定めたようだ。

 邪魔な獣を一度一掃すべくあなたは愛剣を抜く。

 ベルディアのときはおあずけを食らったせいだろうか。数ヶ月ぶりに獲物の血が吸えると愛剣が殺戮の歓喜に震えて啼いた。

 

 

 

 

 

 

 さて、あなたがベルディアに渡したのは終末の剣(ラグナロク)と呼ばれる神器(アーティファクト)の一つで、ベルディアに課したのは同業者内で《終末狩り》と呼ばれる行為である。

 全方位を囲むドラゴンと巨人の群れを正面から打倒する力量が必要になるそれは未熟者が手を出せば一瞬で死を招く。

 

 だがここが異世界だからなのか、先ほど試しに呼び出してみたドラゴン達はあなたの知るそれよりも遥かに強化されていた。

 強化ドラゴンの強さは最低で通常の二倍、最大で五倍に届くだろう。

 

 通常の終末狩りでは物足りないと思っていたのでこちらはいい意味で誤算だった。

 魔王軍で幹部を張っていたベルディアなら防具があれば大丈夫だろう。むしろ丁度いいくらいだ。

 

 ちなみにあなたも終末狩りを始めた瞬間に思い出したのだが、ノースティリスにおいて殺したドラゴン達は魔法書を初めとする道具をよく落とす。

 そのはずだったのだが敵は魔法書はおろか何の道具も剥製も落とさなかった。肉や残骸だけだ。

 世界の蘇生の法則はこのような所にまで影響を及ぼしているようだ。

 そうそう美味い話は無いということらしいが、終末を呼べるだけでもマシだろう。

 

 そして死んだはずのベルディアだが、なんと瀕死の状態でモンスターボールの中に戻っていた。

 どうやらこれが酒場の代替になっているらしい。

 

 あなたはドラゴンを駆逐した後ベルディアを復活させるために酒場に向かったのだが、そこで初めてこの世界ではペットが死んでも酒場に転送されるわけがないということに気付いて冷や汗をかく羽目になった。

 ペットになったベルディアを一度殺しておかなかったのはあなたのミスだ。

 今回は運よくモンスターボールが酒場の役割を果たしてくれているが、これは猛省せねばなるまいとあなたは自分を戒めた。

 復活の書は持っていないし、復活の魔法のストックは精々数回分しかないのだ。育成のために無駄撃ちはできない。

 

「ひ、酷い目にあった……」

 

 さて、回復したベルディアだが、案の定ゲッソリと血の気を無くして憔悴していた。初めての終末が余程衝撃的だったようだ。

 恨めしげにあなたを睨むベルディアに対し、あなたは無言でシェルターを指差す。

 

 ベルディア、行け。

 

「な、なあご主人、俺はつい先ほど消し炭になってきたばかりなのだが」

 

 そんなものはあなたも見ていたので知っている。だがあなたには関係ない。

 きつくてもやるといったし強くなりたいと言ったのはベルディアだ。

 そんなあなたの言葉が本気だと分かったのだろう。元魔王軍幹部のデュラハンは形振り構わない行動に出た。

 

「作戦ターイム!!」

 

 認める。

 

「ご主人、ハッキリ言おう。恥ずかしい話だが何度やっても今の俺にアレは無理だ」

 

 確かに初見とはいえ秒殺はあまりにも早すぎた。

 強化されているとはいえ、あなたは全力を尽くせば圧殺されるまで最低三十分はもつと踏んでいただけにこれは驚きの結果だ。

 ベルディアは強い。力量そのものに不足は無いはず。何か別の要因があったのだろうか。

 

「ご主人、知らないのか? アンデッドは水や光以外にも火が致命的な弱点なのだぞ……」

 

 敗因を聞けば納得の答えが返ってきた。

 なるほど、初手のレッドドラゴンが鬼門だったようだ。

 だがベルディアは先ほど水と光が無ければ問題無いと言ったのだが。

 

「……あ、あんなのが出てくるとか聞いてないし、魔王様の加護が無くなったのを忘れていたのだ」

 

 確かに言っていない。一度死んでもらうつもりだったので当然だ。

 そして今まであったものが突然無くなればそのことを忘れてしまうのも道理だろう。あなたの先ほどの酒場と同じように。

 幸いにも都合よく火炎に耐性のつく護符を持っていたので貸し与えることにした。ブレス一発で即死では育成どころではない。

 他に欲しい物があれば言ってほしい。あなたは可能な限り都合をつけるつもりだった。

 

「いいのか? ……なら無くなった代わりの兜や鎧といった装備一式が欲しいところだな。今まで使っていたものとは言わんからそれなりの質の物が。くろがねくだきも持ってたら返してくれ」

 

 ベルディアの装備を砕いたのはあなただ。主人として買い与えるのは当然構わない。

 

 防具一式は許可しよう。だが武器は駄目だ。あくまでもベルディアには終末の剣で戦い続けてもらう。

 あなたはベルディアには死ぬまで無限に湧き続けるドラゴンと戦い続けてもらう気でいるのだ。

 

 だが都合よく防具一式を所持しているということは無かったので残念ながら終末に耐えられるだけのベルディアの装備を見繕うまでは自主的に特訓してもらう形になるだろう。

 

「ご主人の言ってることが絶望的すぎて死にたくなってきた」

 

 またデュラハンジョークだろうか。

 かなりの大笑いである。

 

「いや、今度は本気だぞ」

 

 ベルディアは重く深い溜息を吐いた。

 どちらにせよ、ベルディアはどうせこの先何度でも死ぬことになるので安心して無数の己の屍の山を積み重ねてほしい。

 死の感触など十回くらい死ねばすぐに慣れる。

 発狂しても絶望して倒れてもベルディアが本気で諦めない限りは無理矢理立ち上がらせて続けさせる。

 あなたも他のペット達もそうやって幾度と無く死を迎えながら今まで生きてきたのだ。

 だから何度でも絶望して死ね。

 

「生きるって大変」

 

 ベルディアの目が猫の神のような速度で濁っていく。

 今までに幾度と無く見てきた光景なのであなたは何も気にしなかった。




《猫の神》
初期状態で比較すると常人の6倍以上の速度で動く。
速度以外の能力もべらぼうに高い。極まったプレイヤー以外には最強の種族。

《強化された終末》
改造版であるomake_overhaul、通称オバホの要素。
終末に限らず、オバホではレベルが2~5倍の敵が出現する事がある。

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