このすば*Elona 作:hasebe
【挿話1 勇者伊吹】
転生者にしてリカシィの勇者、伊吹は確信をもって断言する。
この世界において、本当に正しいのは魔王軍であると。
異世界という地で文字通り第二の人生を歩む事になった彼は、最初の頃は転生について、降って湧いた人生の余暇のようなものと考えており、自身の生死にあまり頓着していなかった。
ステータスやスキルが存在する剣と魔法の世界という、彼からしてみればまるでゲームのような世界だったことが現実感を希薄にさせ、魔物や魔王軍という人類の敵すらどこか他人事のように思えてしまっていたのだ。
地球では旅をすることが好きだった彼は、多くの転生者とは違い、戦闘系や生産系ではなく、万里靴という、どれだけ歩いても疲れなくなる能力を持った神器を特典として選んだ。
テレポートを使うのではなく、自らの足で異世界の様々な国を旅し、多くの人に触れ合っていく。
無論、楽しいことばかりではなく、常識や文化の違いに辟易させられることは何度もあったが、それでも気付けばあれほど希薄だった世界は眩しいほどに鮮明になっていた。
ベルゼルグという最前線ではなく、大国リカシィを第二の祖国として定めて腰を据えた彼は、旅で培ってきた経験と与えられた特典を有効に使い、名声と栄光を積み上げることになる。
そうして前回の闘技大会で優勝を果たし、リカシィの勇者として華やかな栄達を手に入れた。
勇者として認められてからも精力的に働いていた彼の運命が動いたのは二年前。
彼が帝城の図書室で発見したのは一冊の古ぼけた手帳。
その名は転生者カウンター。
冗談のような名前だが、これでもれっきとした神器であり、転生者に与えられた特典の一つである。
彼はこの真新しい手帳を相当に古い代物だと即座に看破した。
何故ならば、本来の持ち主、あるいは別の転生者が残したと思われる、この世界においては完全なる未知の言語であるアラビア語による解説書が同封されており、解説書には
筆者の名前はアラビア言語圏特有のもの。そして日本人以外の転生者は数百年ほど観測されていない。
アラビア言語圏に旅をすることもあった伊吹は、最低限とはいえアラビア語の読み書きが出来る人間であり、宝物庫の片隅で放置されていたこの道具の効果とその使い道を知ることができた。
はるか遠い昔、転生者同士の凄惨な戦争が起きてしまった時、どんなに強力な神器や異能よりも転生者達から恐れられた神器の使い道を。
神器が持つ機能は三つ。
一、転生者の数をカウントする。
転生者の累計数と現在生存中の転生者の数が分かる。
二、転生者に手帳を向けると、その転生者の名前とステータス、スキル構成、選んだ転生特典が分かる。
射程は視界範囲内。だが視界範囲外でも半径10キロ圏内にいる転生者の探知が可能。
転生者以外には効果を発揮しない。転生者の子供や子孫であっても探知は不可能。
三、探知した転生者が持つ転生特典の効果、性能、そして転生者カウンターの所持者にとって現実的な範囲内での対処法が分かる。
無敵の特典など存在しない。あらゆる特典には攻略方法がある。
だが転生特典とは選んだ者によって千差万別であるがゆえに、初見殺し性能が極めて高い。
この道具はその優位性を完全に消し去るものだった。
完全に対転生者戦に特化した神器。
何故こんな神器が存在するのか?
その理由はまさしく神のみぞ知るといったところだろう。
だが事実、この神器はこれ以上ない形で活躍をした。同じ星からやってきた者達を殺すという形で。
さて、再度繰り返すが、あらゆる特典には対処方法が存在する。
これは転生者カウンターも例外ではない。
転生者同士の戦争で無敗を誇ったかつての所有者は、戦後、この世界の現地人……つまり転生者ではない人間からの暗殺という形であっけなく命を落とした。
話を戻そう。
伊吹がこの道具を発見した当時、カウンターには10149の数字が記載されていた。
つまり、伊吹がカウンターを発見した時、この世界には累計で10149人もの転生者が送られていたということになる。
伊吹はこの数字を理解した瞬間、愕然とした。
一万人以上の地球人がこの世界に送り込まれているという事実に。
そして、これだけのチート持ちを使っても魔王軍を打ち倒せないどころか、ようやく魔王軍と拮抗しているという現状に。
追い討ちをかけるように10150に変化する数字。
まさしく今この瞬間、新たな転生者がこの世界にやってきた事を知らされた彼は、二つの感情を胸に抱く事になる。
地球人を送り続けるだけで本気で介入しようとしない神への不信。
そして、転生者を送り続けることは本当に正しいことなのだろうか、と。
その後、勇者としての伝手を用い、カウンターの数字が増えるたびに転生者の調査を行ったが、転生者カウンターが正しく機能しているという無常な事実が明らかになるだけだった。
葛藤と思索の果て、彼は一つの結論に至る。
すなわち、この世界において本当に正しいのは魔王軍であると。
善悪の話ではない。
正義の在り処にも興味は無かった。
互いが互いを憎みあって戦争をしている以上、それを語ることはあまりにも不毛だと思ったから。
それでも自分にとって正しいのは魔王軍だと確信を抱いていた。
異世界より招かれた勇者が世界を救う、といった物語は現代地球において溢れかえったものだ。
異世界と言わず、事態と関係の無い相手に事態の解決を乞い願うという形であれば古今東西の物語や歴史で見かけられる。
外様に頼らず、自分の力だけで解決すべきだとは伊吹も思っていない。
誰だって出来ることと出来ないことがあり、そして人に頼ることは大事だと知っている。
だが、それでも。
身の丈に余る力を与えた転生者を千年以上に渡って一万人も送り込んで魔王軍に勝てないどころか、拮抗という形で無理矢理延命をしているこの世界……いや、この世界の人類は、どう考えても間違っている。彼はそう結論付けた。
転生者はしばしば特典をチートと呼称するが、なるほど、まさしくこれは
これならいっそ滅んでしまった方がいいと思った。むしろ魔王軍に同情すらした。倒しても倒してもどこからともなく強力な力の持ち主が出てくるのだから、ズルだろふざけるなと文句の百や二百……いや、一万は言いたくなるだろう。
伊吹は勇者としての権限と転生者カウンターを使って自然な形で転生者を帝都から遠ざけ、準備を万端に整え、入念な計画を実行した。
ベルゼルグで謀反を起こした転生者とコンタクトを取り、魔王軍、そして魔王軍の伝手で地獄の高位悪魔と共謀し、カイラムの王女に竜の谷への探索行について情報を裏から流した。
彼にとっての不幸は二つ。
この世界の人間でも地球人でもない、第三の異世界人の存在。
重大な事故を引き起こしたせいで凍結、破棄され、既に忘れ去られて久しい神々の計画によって偶然この世界に迷い込んだ、招かれざる者。真なる異邦人。
地球であれば
まさしく運が悪かったとしか言いようが無い。
そして、もう一つ。
彼は何故転生者に特典を与えるという間接的で中途半端な形でしか神々が世界に介入しないのかを知らなかった、知る術を持たなかった。
大規模な介入が行われないのには、神々からしてみれば相応の理由がある。
それは――。
■
【挿話2 悪魔について】
――アクセルの街、冒険者ギルドにて。
「今日はお前たちに悪魔について簡単に教える」
ギルドに併設されている酒場で昼食を取りながら、ベルディアが口を開く。
テーブルの対面に座っているのは魔剣の勇者の仲間であるフィオとクレメア。
二人はあなたの推薦でベルディアに体力作りの修行をつけてもらっている最中である。
生前は騎士団で部下を鍛えていた彼の指導は厳しいながらも確かなものであり、キョウヤをボコボコにするせいでゲイのサディスト野郎と隔意を抱いていたフィオとクレメアも今はそれなりに素直になっていた。
体力作りだけでなく、空いた時間にはこうして最低限の知識も詰め込んでいるあたり、ベルディアは相変わらず面倒見が良い人間だった。今はアンデッドだが。
「お前らは悪魔をどれくらい知っている?」
微妙な面持ちで互いの顔を見合わせるフィオとクレメア。
二人がレベル1になったのは悪魔が原因なのだからある意味では当然の反応である。
「地獄っていうこことは別の世界に住んでて、人間の悪感情を食べる趣味が悪い生き物」
「あとエリス教の人たちが滅茶苦茶嫌ってる」
彼女達が語ったのは一般常識の範囲内である。
エリス教徒の話を含めて。
「悪魔の習性や生態を挙げるが、これは大きく三つに分類できる。すなわち食性、契約、残機だ。まず食性、つまり悪感情を糧に生きるってことだが、これはお前らも知ってるくらい悪魔を悪魔足らしめる最も有名な要素だからな。今更説明しなくていいだろう。それでもあえて言うなら悪感情の為なら命を惜しまない悪魔は割と多いってくらいか。あと人間だけじゃなく魔族の悪感情も普通に食べる」
「……クソじゃない?」
「超絶にクソだが? 身をもって理解してるだろ?」
悪感情目当てにレベルドレインを食らった二人は無言で頷いた。
あまり思い出したくない記憶だったが、同時に再起を図るには決して避けては通れないものでもあった。
「次、契約。悪魔は何よりも契約を重んじる。相応の対価さえ用意できれば、一度交わした約束は絶対に破らない」
「それってなんで?」
「そういう文化で、そういう生き物だからとしか答えようがないな。勿論契約するかは悪魔の意思次第だ。お前らが契約を盾に爵位持ち悪魔を顎で使うのは奇跡をダース単位で用意しても無理だろう。万が一契約出来たとしても、それは気まぐれの産物に過ぎず、願いの内容によっては対価として死んだ方がマシな目に遭わされるぞ」
高位の悪魔と契約を交わそうというのであれば、相応の力量が求められる。
冒険者時代のウィズが死の淵にあった仲間を救うべく公爵級であるバニルと契約を交わした時、残りの寿命の全てを使って戦いを挑み、その上で運否天賦に身を任せるしかなかったほどに。
バニルという人間に無害な悪魔であってもこのレベルだったのだから、他の高位悪魔との契約の難しさは推して知るべし。
「相手が契約を反故にした場合、当然悪魔も契約を遵守しなくなる。あるいは契約者と悪魔のどちらかが死亡した場合、交わしていた契約は強制的に解除される」
魔王軍幹部として働く契約を交わしていたバニルは、めぐみんの爆裂魔法で残機を一つ減らした結果、契約が解除されて自由の身になった。
同時にウィズとの契約も解除されており、ウィズもバニルもそれを理解しているわけだが、それでも彼は今もウィズの店で働いているしウィズもバニルの終の棲家となるダンジョンを作るべく店を経営している。
契約が終わっても、彼らは互いを友人だと思っているがゆえに。
「んで最後、残機だ。悪魔は命のストックを持っていて、殺してもその数だけ復活することができる。だからなのか、人間とも魔族とも異なる独特の死生観を持つ」
残機に加え長寿でもある悪魔は、高位になればなるほど趣味人としての側面を持ち合わせるようになる。
最高位の悪魔であるバニルが最高の死を迎える為に汗水流して働いているのがいい例だろう。彼らは好みの悪感情を得るためならばあらゆる努力を惜しまないのだ。
自身の欲望に素直かつ趣味に生きるがゆえか、高位悪魔は陽気な者が多い。
悪魔は明るく楽しく生きている。
「あと高位の悪魔ほど残機は多い傾向にあるな。お前らが遭遇したレベルドレインが使える悪魔くらいになると、下手したら三桁近くになるだろう」
「うへえ……」
クレメアは嫌そうな顔を隠そうともせず、フィオはリベンジの難しさに頭痛を覚えながら問いを投げかけた。
「一回減った残機って回復しないの?」
「するぞ。主に時間経過や精力、魔力、生命力、悪感情を摂取すると増える。だから残機が少なくなった悪魔は専ら地獄に引き篭もるようになる」
「クソクソのクソじゃん。エリス教徒が目の色変えるわけだわ」
「エリス教徒はエリス教徒で普通じゃないけどな。ちなみに復活できる場所はある程度自分で自由に決められる。テレポートの座標登録みたいなもんだ。人間界では復活できる場所に厳しい制限がかかるけどな」
「具体的には?」
「たとえばアクセルの中で悪魔が復活しようとするなら、サキュバスやグレムリンといった最下級の悪魔が路地裏みたいな人気の無い場所に自分のテリトリーを構築してようやく可能になる。高位の悪魔であればあるほど、ダンジョンの奥深くや闇が濃い場所といった人里離れた場所でしか生き返ることができなくなるわけだ」
ここで彼はただし、と付け加えた。
「悪魔の本拠地である地獄の場合、この制限が解除される。好きな場所で復活出来るようになる」
「こっちの話じゃないなら、あんまり意味なくない?」
「そうでもないぞ? たとえば人間界に転移可能なポータルを作って、ポータルの前を復活場所に登録した悪魔の軍勢を並べるとする」
「……そしたら、どうなるの?」
「どんだけぶっ殺してもぶっ殺しても残機の限り復活して攻めてくる、悪魔の軍勢と戦わないといけなくなる」
二人の少女は顔を青くした。
彼女達にとって、それは絶望としか言いようがないからだ。
「つっても地獄に繋がるポータルとか、十全に準備を整えても一日か二日維持するのが限度だろうけどな」
「十分すぎない? 悪魔がこの世界に溢れ出るってことでしょ?」
「いや、ポータルの維持が不可能になる前に悪魔は地獄に戻る。単独ならまだしも、軍勢規模でやりすぎると天界の神が直接介入してくるからな」
「神様が?」
「そうだ。何故悪魔がこの世界に来るか知っているか?」
「何故って、そりゃ悪感情を食べるためでしょ」
頷くベルディア。
クレメアの言葉は正しい。
だがそれだけではないということを、元魔王軍幹部である彼は知っていた。
「これは以前戦った悪魔から直接聞いた話なんだが、この世界は神と悪魔の両方にとって要所の一つにあたるそうだ」
人類にも魔王軍にも知る者は殆どいないが、この世界は天界と地獄の両方から近い場所に存在している。
ゆえに神々と悪魔は、最終戦争に向けて互いの勢力が足がかりとすべく介入を重ねているのだ。
そう教えられたフィオが当然の感想を口にした。
「神様にとって大事な場所なら思いっきりやっちゃえばいいじゃん。サクっと魔王軍だの悪魔だの滅ぼして世界を平和にしてほしいんだけど」
「光と闇は表裏一体。神と悪魔もまた同じように。つまり天界の神が直接人類に介入すれば、悪魔も同等に介入可能になる。俺たちが生きる世界にはそういう法則が敷かれている。そして両勢力が本格的に介入しようものならば、この世界で小規模な最終戦争が勃発し、勝敗とは無関係にこの世界は滅びる。それは世界の管理者である神々の望むところではないんだろうよ」
「ふーん、じゃあ悪魔が本気を出さない理由は?」
「人間や魔族の悪感情が悪魔にとっての食料だからだ。悪魔は悪感情目当てに生き物を殺したりするが、世界を滅ぼしたいとまでは思っていない。人間が家畜を食っても絶滅させないのと同じだ」
「なに、私らは牛や豚と一緒なわけ?」
「悪魔にとってはな」
互いに世界を滅ぼしたくないので、特典を与えた転生者を使うことで間接的に手を下したり、最小限の人員で魔王軍に協力したり召喚に応じるという形で人類にハラスメント行為を行う。
それぞれの思惑は妙な部分で合致し、介入は最小限に止まっていた。
結果としてこの世界における人魔の戦争は泥沼とも呼べる、長きに渡る拮抗状態に陥っているわけだが、それはあくまで人間の視点であり、十万や二十万歳程度ではまだまだ若造扱いな神と悪魔にとってはごく短い時間に過ぎない。
なお、高位の神格である女神アクアの降臨という特大の介入についてだが、これが世界へ与えた影響は最小限で済んでいる。
これは彼女が偶然という神の意思が介在しない形で特典として選ばれた上で、力を大きく落とされた結果だった。創造神の見事な采配と言えるだろう。
それでも降臨を察知されて魔王軍幹部が直接動いたあたり、彼女の女神としての格が窺えた。
■
【挿話3 デーモンスレイヤー】
鉤爪を使って屋敷の壁をよじ登る修行をしていた俺は、不覚にも足を滑らせて頭からおっこちた。
例によってエリス様がいる天界に送られたわけだが、今日のエリス様はいつもと違って少し様子がおかしい。
「あらあらあらあら、カズマさんってばまた死んじゃったんですか? ふふっ、本当にしょうがないんですから。あ、お茶飲みます? お菓子もありますよ」
そう、やたらとテンションが高いのだ。
遠足前の子供のようにそわそわウキウキしているエリス様を見ていると、俺まで嬉しくなってくる。正直滅茶苦茶可愛い。
こんなエリス様が見られるのならもう少し死んだままで、いや、毎日死んだっていいかもしれない。
「エリス様、めっちゃ嬉しそうに見えるんですけど。なんかいいことでもあったんですか?」
「はい! 悪魔がたくさん死んだんです!」
「…………はい?」
「悪魔がたくさん死んだんです!」
俺は猛烈に生き返りたくなった。
そんな血生臭い事を、初めて見るレベルの素敵な笑顔かつ道端に綺麗な花が咲いていたんです、みたいなノリで言わないでほしい。どんな顔をすればいいのか分からなくなる。
「しかもなんと! エリスポイントの最大獲得数が大幅に更新されて、現在53375640ポイント! この数字の殆どをたった一日で稼いだっていうんだから驚きですよね! ダブルアップチャンスだったとはいえ、これは過去数百年更新されていなかった数字を大幅に上回る、空前絶後で前人未到、史上最高の大記録なんです! 凄くありませんか!? ゴミを皆殺しってところも語呂が良くて最高に素晴らしいですね!」
「いや、知りませんけど。というかなんなんですか、そのエリスポイントってのは」
軽く引いていた俺の姿を見て自分の興奮っぷりに気がついたのか、エリス様は少し恥ずかしそうにこほんと咳払いをした。
「エリスポイントとは、悪魔を殺したり残機を減らしたエリス教徒の方に私がつけている独自の点数です。実は今回の方は私の信者ではなかったのですが、私に祈りを捧げていたのと非常に篤い信仰心の持ち主だったので特別にカウントしました。高位の悪魔、強い悪魔を殺すほどポイントが増える仕組みになっていて、上位入賞者、いわゆるランカーの方にはデーモンスレイヤーの称号が贈られます。当代のエリス教の教皇や聖女もランクインしてますね」
「ポイントを貯めたりランカーになったらなんかいいことあるんです? 特典とかあります?」
俺はエリス様の信者ではないが、エリス様に合法的にセクハラしても許されるのなら、俺としてもそのエリスポイントとやらを貯めるのは吝かじゃない。
これはもちろん世界平和の為にであって、邪な気持ちは一切無いということを明言しておく。
チート? そんなものはいらん。いや欲しいっちゃ欲しいんだが、チートのために努力するとか本末転倒が過ぎるだろ。忍者プレイはちょっと楽しくなってきたからセーフだ。
「特典ですか? 私が喜びます。とっても、とーっても喜びます!」
ぺかーと輝くエリス様の笑顔を見て俺は……ガッカリした。
■
【挿話4 回る運命の輪】
「……以上の結論として、御身の次元βへの渡航は御身のみならず両世界間に極めて重篤な問題を引き起こすものだと予想されます」
遠い遠いどこかの世界。
誰かが誰かに向かって報告書を読み上げていた。
「お気持ちはお察しいたしますが、やはり彼については自力で帰還するのを待つのが最善かと」
「…………」
「あの、ジュア様?」
報告書を読み上げていた、騎士のような出で立ちをした壮年の男が恐る恐る声をかける。
ジュアと呼ばれた、少女にも大人の女にも見える姿の持ち主は、いかにも不機嫌といった様子であり、男の報告に気分を害したことを示していた。
「言いたいことは分かったわ」
「分かっていただけましたか」
ホッと安堵の息を吐く。
「つまりギリギリまで力を落として探しに行くのはセーフってことよね?」
「全然分かってないじゃないですか」
安堵の息は嘆息に変わった。
「少なくとも生きているのはハッキリしているのでしょう? 彼のことですからここぞとばかりに異世界をエンジョイしてますよ。ほっといたらそのうちひょっこり帰ってきますって。彼のペットや私の同僚だって皆そう思ってます。そんなに心配してるのはジュア様だけですからね?」
「べ、別にアイツのことなんて何とも思ってないし! 心配してるわけじゃないんだからねっ!」
「そういうコテコテの照れ隠しはいいですから」
「じゃあハッキリ言うけど。私以外の神から粉かけられてる気配を感じるの! 具体的には三柱くらいから! 水系と運勢系とあとなんか弱くてよく分からないの!」
「大人気ですね。そりゃそうか」
現在話題になっている人物は、信仰を力とする神にとって代替不可能な存在である。
山のような金銀財宝や神器などより遥かに価値のある、心身共に極まった信仰者。
異界の神とはいえ、惹かれるのも不思議ではない。
「あの子が異世界でどっかの馬の骨とも知らぬ神に寝取られたらどうするつもり? イルヴァ七柱が六柱になりかねないのよ?」
「いや、無いでしょ。彼に限って改宗は天地がひっくり返っても有り得ませんよ。もうちょっとご自身の最愛の信者を信じてあげましょうよ」
「あるかもしれないじゃない! あの子の信仰を疑ってるわけじゃなくて、私の声が聞こえなくて寂しい思いをしてるところにスっと入り込んで洗脳するような性質の悪い神がいるかもしれないでしょ!? あの子レベルの信者を得るっていうのは私達にとって何より大事なことなんだから!」
「そいつは間違いなく彼の手でぶっ殺されますね」
平然と神殺しに言及するが、過去に実績があった。ありすぎた。
廃人の中で最も凡庸でありながら、廃人の中で最も運命に愛された彼は、冒険の中で幾度も神を弑逆してきた経験を持つ。
そして壮年の男、防衛者と呼ばれる癒しの女神の眷族は主に無慈悲な真実を突きつける。
「というか彼と会えなくて寂しいのはジュア様の方でしょうに」
「別に寂しいなんてこれっぽっちも思って……なくはないけど! 顔が見たいとか声を聞きたいとかちょっとは思ってるけど!」
「ついでに沢山甘やかしてほしいとかお菓子を作ってほしいとも思ってますよね? 下界で羽を伸ばすのは結構ですが、また体重増えても知りませんからね」
「女神ぱんち!!」
――説明しよう! 女神ぱんちとは癒しの力を拳の一点に集中して放つ幻の必殺技である! 相手は全回復した後に死ぬ。
いたいけで純粋で繊細な乙女心を傷つけた防衛者は痛みを感じる間もなく
彼らの業界ではご褒美だし、どうせ3分で復活するので何も問題は無い。
「はあ……会いたいなあ……寂しい……早く帰ってきなさいよ……ああ言われたけど、やっぱり探しに行っちゃおうかな……」
静かになった神域で、膝を抱えた癒しの女神は弱弱しく呟く。その姿はさながら子離れできない母親、あるいは弟離れできない姉のようで。
今にも消えてしまいそうなほどに儚くか細い、しかし確かに感じられる彼との繋がりを、大事に大事に胸の内で抱きしめながら。