このすば*Elona 作:hasebe
竜の谷で致命傷を負ったまま行方不明となり、最早生存が絶望視されていたカイラム国の第一王女、カルラ。
愛娘の悲報を知ったせいで頑なに治療を拒んでしまい、刻一刻と病状が悪化していく王妃。
事情を知る誰もが暗澹たる未来を想像せずにはいられない中、泡を食ってカイラム王城に駆け込んできたトリフ担当の大使館職員がある一報をもたらした。
なんとフィーレ近隣の川を流れる瀕死の重傷を負った王女を救助、保護したと証言するベルゼルグの冒険者が、王女直筆の手紙を携えてやってきたというのだ。
青天の霹靂と呼ぶに相応しいその報告は、天地を揺るがす衝撃をもってカイラムの首脳陣に届けられる事となる。
緊急に開かれた会議はかつてないほどに紛糾した。
──手紙は本物なのか!?
──手紙を持ってきた冒険者について至急ベルゼルグに照会を!
──悠長が過ぎる! 一刻も早く姫様を迎えに行くべきだ!
──姫様が消息を断って何日経ったと、そしてどれだけの距離があると思っている……竜の谷からフィーレだぞ? 大陸の半分以上を流され続けたということだ。あまり言いたくはないが、耳聡い魔王軍や良からぬ者の策謀なのではないか……?
──それは……。
残酷な、しかしあまりにも現実的な意見に誰もが沈黙する中、一人の男が立ち上がった。
これ以上付き合っていられないとばかりに。
──カルラの迎えには私が赴く。二名供を選抜せよ。
──陛下!?
──どうかお気を確かに! まだ手紙の筆跡鑑定すら済んでおりません!
──仮に手紙が真実でも姫の現在所在地はフィーレ、つまり国外なのですぞ! 法に則り手続きを踏む必要があります!
──やかましい止めるなぶっ飛ばすぞ!
──ご乱心! 陛下ご乱心!!
会議は踊る、されど進まず。
飛び交う怒号と拳、乱れ舞う椅子と重臣。
重要人物たるベルゼルグの冒険者を放置しての喧々囂々の大騒ぎは、かれこれ一時間にも及んだ。
無駄に時間がかかった原因の大半は国王のせいだが、それでも誰も彼もがカイラムの至宝と謳われる美姫の生存に歓喜したくても信じきれなかったのだ。
ただ一人、直筆の手紙の内容と筆跡からカルラの生存を確信した国王を除いて。
■
かくして王女は死地より奇跡の生還を果たし、王妃はエリー草の効能でみるみるうちに快方に向かっている。
一両日を経ても喜びと興奮の火がいまだ消える事の無いカイラム王城、その執務室。
つい先日までカイラムで最も重く暗鬱な空気に支配されていたそこは、今ではすっかり平時の姿を取り戻し、ただ小さな紙をめくる音が聞こえてくるだけの場所となっていた。
「…………」
執務室に現在いるのは今日の勤めを終えたカイラムの王にしてカルラの父、カイラム・ブレイブ・ワンド・シリウスただ一人。
彼はつい先ほど届いた、ベルゼルグの冒険者ギルドによって記されたあなたのプロファイルを読み込んでいる。
口さがない日本人はギルドの閻魔帳と呼んで憚らないそれは、カルラの手紙を持ってきたあなたの素性を探るべく、いの一番にベルゼルグの冒険者ギルドに請求されていた資料である。
それゆえにあなたの同行者である紅魔族の少女、ゆんゆんの資料は届いていない。
王女と王妃の命の恩人という、今カイラム王城で最もホットな人物の片割れ。
そんなあなたのベルゼルグ冒険者ギルドにおける評価は、このようなものとなっていた。
■
【1/4 個人情報】
冒険者No.:非公開項目
種族:人間
性別:男
信仰:不明
職業:エレメンタルナイト
本拠地:アクセル
出身地:不明
犯罪歴:器物損壊1件
依頼受注数:662(XXXX年7月30日現在)
依頼達成数:662(同上)
【2/4 詳細】
アクセルを拠点としてベルゼルグ各地で活動する冒険者。
出身、履歴は全て不明。アクセルにて冒険者登録をおこなった日より前のあらゆる記録が存在しない。
登録から常にソロで活動していたことで有名だったが、現在は二人パーティーを組んでいる。
本人の気質は基本的に冷静かつ温厚。
協調性は決して低くないが同じ冒険者からの評判は悪い。
後述の納税の一件を除けば冒険者ギルドや国家に対しても礼儀正しく従順。高レベル冒険者にありがちなプライドの高さ、横暴さは見受けられない。
ただし行動と言動の節々から独特の価値観が窺え、法に触れない範囲で手段を選ばない非常識さ、狡猾さを見せることがある。
また要注意団体、アクシズ教団および紅魔族と懇意にしているとの噂がある。
冒険者としては非常に多芸多才。
採掘、採取、演奏、釣り、調理、交渉など、スキルに頼らない技能を幅広く保有している模様。
登録日から考えると常軌を逸した依頼受注数と依頼達成数がソロ冒険者としての彼の優秀さ、そして頭のおかしいエレメンタルナイトというある種の不名誉な異名の所以を物語っている。
また受注する依頼の分野は多岐に渡り、自身が専門外と認めたもの以外は選り好みしない。活動拠点であるアクセルにおいては主に雑用と緊急性の高い討伐依頼を受注している。
個人戦闘力はベルゼルグの冒険者の中でも突出していると言える。
それゆえか彼が王都で受注する依頼は討伐が過半数を占める。討伐履歴は別途参照のこと。
ベルゼルグ王都防衛戦において七度の参戦が確認されており、その全てで指揮官や精鋭を単独撃破。さらにはアルカンレティアにおいて魔王軍幹部、デッドリーポイズンスライムのハンスを討伐。多大な戦果をあげている。
ただし戦闘力とその異名に反してエレメンタルナイトとしての技量、才覚は平凡の域を脱するものではなく、特筆すべき点は見当たらない。
XXXX年4月末、ギルドが徴税のために派遣した上位冒険者十七名が彼と交戦。瞬く間に全滅した。
上記の全ては冒険者カードから読み取れるステータスでは到底不可能とみなされており、上述の技能と同じく冒険者カードに記載されていない何らかの異能を持つ可能性が非常に高い。
【3/4 盗賊殺し】
彼にスティールを仕掛けた冒険者計55名が原因不明の恐慌に見舞われており、その全てが盗賊として再起不能に陥っている。
事態を重く見たギルドが真偽を定かにする魔道具を用いて事情聴取を行うも、具体的な理由は今も判明していない。
また対人戦への忌避感、単純な危険度の高さ、魔王軍と比較して低い優先順位、報酬額の低さなどの理由から一般的に冒険者から敬遠されている、盗賊や山賊といった犯罪者の討伐依頼も厭わず受注する傾向があり、上述の件と併せて彼が一部で
本人は普通に依頼を受けているだけであり、特別賊徒に恨みを抱いているわけではないと証言しているが、実際に彼が壊滅させた盗賊団、山賊団の数は(検閲済)に及ぶ。
賊徒への対応はギルド内外で長年の課題となっていたのだが、これによって一般人への被害が激減。
結果だけ見ればベルゼルグ国内の治安が大きく改善されることとなった。
【4/4 検閲済】
■
エルフの王は書類を机に放り、椅子に背中を預ける。
「ふむ、なるほど……」
やはり尋常の冒険者ではない。
直接顔を合わせた印象、そして紙面から読み取ったあなたの情報を総括し、シリウスは簡潔にそう結論付けた。
しかしそれは最初から分かりきっていたことでもある。
なにせ面倒を見ている少女をドラゴン使いにすべく、魔王領をも超える危険地帯、竜の谷に好き好んで赴こうというのだから。話を聞いたシリウスはかなり本気で自身の耳とあなたの正気を疑った。
なるほど、あのベルゼルグにおいてなお頭のおかしいエレメンタルナイトと呼ばれるだけのことはある。
「だからどうしたという話だがな」
ふんと鼻を鳴らし、誰に向けるでもなく呟かれた独り言が静寂に溶ける。
国王であるシリウスにとって、あなたは最愛の妻と目に入れても痛くない自慢の愛娘の命を救ってくれた大恩人のうちの一人。
魔王軍に所属していない。賞金首のような重犯罪者ではない。国家転覆を目論む工作員ではない。
それだけ分かっていれば彼にとっては十分であり、なんならあなた達がアクシズ教徒でも構わないとすら考えていた。
(だからこそ、竜の谷で死んでもらっては困るのだが……)
思い描くのは数時間前の非公式的な会見でのこと。
一国の王として、一人の夫、父として。
シリウスはあなた達に心からの謝恩の言葉を送り、カイラム国内における様々な特権、そして竜の谷探索における最大限のバックアップを確約した。
本音を言えば城に召抱えるなりこの後のカイラムにおける厚遇も約束したかったのだが、あなた達はあくまでもベルゼルグという他国の冒険者だ。
そして冒険者ギルドが国営の機関である以上、一国の王といえどもその所属員を許可なしに好き勝手にはできない。
何よりそれとなく移籍を打診してもやんわりと断られてしまった以上、無理強いは出来なかったしするつもりもなかった。
代わりというわけではないが、国王の名の下に謝礼はそれなりに奮発した。
愛娘であるカルラからそういう約束をしていると聞かされており、床に伏せたまま動けない自分の代わりにと頼まれていたのだ。
無論シリウスはその願いを一にも二にもなく受け入れた。
どれだけの大金をもってしても到底返しきれる恩ではないが、それでも何もしないよりはずっといい。シリウスは考えていた。
「誠意は言葉よりも金額、だったか? なるほど、流石は勇者だ。いい言葉を残す」
王侯貴族には守銭奴と揶揄された、しかしデストロイヤーの被害者などに寄付を惜しまなかったいにしえの勇者の言葉を諳んじた国王は人好きのする笑みを浮かべ、執務室を後にするのだった。
■
肖像画を描いてもらうのはゆんゆんがドラゴン使いになるまで一時延期になった。
カイラムきっての宮廷画家に肖像画を描いてもらえる事になっているとはいえ、一朝一夕で完成するものではない。完成まで待っていては闘技大会が終わってしまう。
それに、自分はともかくとして、ゆんゆんは一緒にドラゴンがいた方が絵的に栄えておいしいだろうとあなたは考えたのだ。まさしく天才的な閃きである。
画家は描く前に死なれては困るとぶっちゃけすぎた発言をしてエルドルに怒られていたが、描いたすぐ後に死ぬのもそれはそれで縁起が悪すぎるのであまり差は無いだろう。どの道死ぬつもりも無い。
カイラムとしては、あなた達がカイラムを発ったしばらく後、正式にこの件について国内に知らせる方針なのだという。
王女と王妃については現在影武者を立てているし、城内には緘口令が敷かれている。
しかし大勢の騎士や術師を動員して国外で竜の谷およびカルラの捜索をさせているし、そのことをリカシィも知っている。いつまでも国民に隠し通せると考えるのは浅慮が過ぎるというものだろう。
そういうわけなので、あなたもゆんゆんも、彼らの意向に異を唱えることはしなかったものの、辛うじて匿名を死守する事だけは成功した。
人の口に戸を立てるのは不可能なので多少は漏れるかも知れないし、事情を知る者からの救国の英雄および賓客扱いは不可避だ。
それでも今後の冒険者活動への影響は最小限に抑えられたといえるだろう。
そんなこんなで短くも濃密だったカイラムでの滞在も終わりを告げ、王宮を出立する日がやってきた。
終わってみればあなたは神器を、ゆんゆんはカルラという新しい友人、そして国家の後ろ盾という非常に得難いものを手に入れた。共に万々歳といえる結果に終わったのではないだろうか。
現在あなたとゆんゆんは餞別を受け取り、せめて見送りだけでもベッドから起き上がってやりたいと身支度をしているカルラを待っているところだ。
「おとーさん、おかーさん。おげんきですか。わたしはげんきですうそですごめんなさいあんまりげんきじゃありません」
つい先ほどまで、新たに得た友人との別れを若干名残惜しそうにしていたゆんゆん。
しかし今、その小市民メンタルは一足飛びで女神エリスの御許に誘われようとしていた。
『まただよ』
文字にすれば(笑)とでもなりそうな、嘲笑じみた妹の呆れ声。
確かに最近のゆんゆんはメンタルブレイクの頻度が高い。それだけ大事に巻き込まれているともいえる。
果たしてトラブルメーカーなのはあなたなのか、それともゆんゆんなのか。少なくともカルラを川から引き上げると決めたのはゆんゆんなので、自業自得ではある。
ちなみに今回は知る人ぞ知る救国の英雄になった件やドラゴン使いの肖像画などの上がり続けるハードルで精神的な限界に至ったわけではない。
「わたしはついせんじつ、ものすごいけがをしたきれいなおんなのひとをたすけました。かるらさんというえるふのおんなのひとです。あとでしったけどなんかおうじょさまでした。えるふのくにかいらむのおうじょさまです。いっぱいびっくりしたけどわたしとおともだちになってくれました。すごくうれしかったです。あといのちをたすけたおれいとしてにじゅーおくえりすぶんのおかねをもらいました」
ゆんゆんをこうしたのはつい先ほど渡された、餞別という名の莫大な礼金である。
正確には礼金が入った口座なのだが、意味合いとしては同じだ。
カイラムは今回の礼として、エリス(貨幣単位)に換算して20億という大金をあなた達に譲渡した。かつて3億エリスで卒倒したウィズが聞けば発狂しかねない話だ。
資金以外にもトリフでの宿の手配やレンバスのような食料をはじめとした物資の補充、カイラムで活動する際の税金の撤廃をはじめとした各種特権などなど。
まるで子煩悩な母親のように面倒を見てもらっているが、ゆんゆんを壊したのはあくまで20億という直接的な数字の暴力である。
彼女の分け前は10億だが、そんなものは何の慰めにもならない。
返金についてだが、絶対にやってはいけないとあなたが念をおしておいた。
かつてない真剣な様子のあなたの姿に、ゆんゆんは相当の失礼にあたるからだと解釈したが、実際は契約不履行とみなされて普通にカルラが死ぬからだ。
まさかゆんゆんもカイラム側もカルラが自分の命を担保にしているとは夢にも思わないだろう。つくづくやってくれたという感想しか出てこない。
「いちげきひっさつだいしゃりん。おくまんちょーじゃのなかまいりです。かいらむにこうざをつくったのでぜいきんはかからないといわれました。こまっちゃいますね。わたしはいますごくこまっています。たすけてくださいおねがいします」
がりがりがりがりごりごりごりごり。
一心不乱に日記帳に齧りつき、鬼気迫る勢いで文字を書き殴り音読する紅魔族の少女。
そのうち若白髪が生えたり円形脱毛症になりそうな勢いである。若い身空でそれはあまりに忍びない。
天界への道は善意と現金で舗装されている。
やがて日記を書き終えたゆんゆんはペンを放り投げ、虚ろに笑い始めた。
ガンバリマスロボ化、もとい闇堕ちしていないのでまだ若干の余裕がある。
大金は口座に振り込まれているので少しだけ現実感が薄いのだろう。これが現金一括払いだった場合は間違いなくアウトだった。
「……ふ、ふふっ、20億。20億だって。これってもう人生の勝利者なんじゃない? ゴール見えちゃってない? ねえめぐみん聞いてる? 20億よ20億。二人で分けても10億なのよ? 私こんなお金貰ってどうすればいいの? お願い誰か答えて、誰か私を助けて、こんなんじゃ私頑張れない……!」
誠意は言葉より金額。
以前あるえがカツアゲされていると勘違いした時にゆんゆんが言ったこの言葉は、とある勇者が残した金言だ。故郷の有名人の受け売りらしい。
それに則ってみればなるほど、カイラムはあなた達に誠意を見せたといえるだろう。
「誠意にも限度ってものがありますよ!? これって誠意という名の札束でぶん殴ってきてますよね!?」
がおーと吼える精神的に不安定なゆんゆんに異論は無いと頷く。
命を救った見返りとして、カルラはあなたに国宝級ではない神器を三つ、そして多少の金銭を支払うという契約を交わした。
今となっては金額を明瞭にしなかったのは失態だったと大いに反省している。
あなた自身は割と日常的にやっていることだったりするが、まさかここまで露骨に契約の抜け道を突いてくるというか、恣意的な解釈をしてくるとは思わなかったのだ。
確かにカルラは、カイラムは、あなたと交わした契約を違えてはいない。
間違いなく多少の金銭を謝礼として渡してきた。
問題はそれが国家規模だったことだ。
なるほど、国家規模で見れば20億エリスは多少の金銭だ。
決してはした金ではないがそこまで大袈裟な額でもない。亡国の危機を救った報酬と考えればなおのこと。
しかし恐るべきはエルフの国カイラムか。
普通に考えてそれはやらないだろう、という行為を平然と行ってきた。実に遠慮が無い。どれだけカイラムがカルラと王妃の命を救った件を重要視しているかが分かろうというものだ。
あなたとしても久しぶりにいっぱい食わされて清々しい気分である。中々どうして侮れない。
「どう考えても清々しい気分の原因の大半はレアアイテムを貰えたからですよね」
図星を突かれたあなたは硬直した。
どこか見覚えのある、しかしあなたが所持するものとは細部が異なる紅白の球体が手の平からこぼれ落ちてテーブルに転がった。
彼女はいつの間に読心能力を身に着けたというのだろう。
「見れば分かりますよ! さっきから嬉しそうにニコニコしてテーブルの上に並べたアイテムを眺めたり触ったりしてるんですから!」
言葉からは若干の棘が感じられた。
ゆんゆんからしてみれば自分が寝ている間にあなたがカルラと交わした契約のせいで億万長者となってしまったわけで、流石に思うところがあったらしい。
もしくは神器が欲しかったりしたのだろうか。
幸いにしてこの中から選んでくださいと渡された目録はまだ手元に残っている。あなたは既に自分の分を選んでしまったが、まだまだ他にも興味深い品は残っていた。
「違います! ちーがーいーまーすー! ちょ、やめっ、だからやめてください! リストを見せないでくださいってば! 私にはこれがオススメとか言われても受け取れませんから! これ以上私を追い詰めるとあれですよ! ほんとあれですよ! 大変ですよ! 泣きますよ! みっともなくぎゃん泣きしますよ! いいんですか!?」
たとえ友人が相手でも拒否という名の立派な自己主張を覚えた今のゆんゆんの姿を見れば、めぐみんも少しはこの危なっかしい少女に不安を覚えることが少なくなるだろう。
あなたとしても可愛い弟子兼友人の積極的な精神的自立を促すため、こうして容赦の無い無茶振りをしている……わけではない。完全に素でやっている。
■
「カルラさん、カイラムのみなさん、色々と親切にしてもらって本当にありがとうございました」
トリフの大使館に飛ぶテレポート陣の前で、あなたと
見送りの中には国王や病み上がりの王妃も混じっているが、代表は当事者である娘に任せ自分達は背景に徹するつもりのようだ。
「こちらこそ、私の、そして母の命を救ってくれて本当にありがとう」
車椅子に座ったカルラがあなた達の前に出てきて別れの言葉を告げる。
なんとなくあなたが国王の隣の女性、カルラと同じく車椅子に座る王妃に目を向けると、なるほどカルラの母だと一目で分かる青髪の美しいエルフが微笑みを浮かべて頭を下げた。
一見するとたおやかで淑やかな線の細い女性だが、病身をおしてカルラに拳骨を落とした挙句、国王の出る幕が無いほどに散々説教を食らわせたのだという。人は見た目によらないものだ。
「二人とも元気で。あなた達が無事に竜の谷から戻ってくることを、私達カイラム一同、強く願っているわ。どうか無理だけはしないで」
頷いたあなたは竜の谷の土産話、そしてドラゴンを従えたゆんゆんの勇姿をどうか楽しみに待っていてほしいと答える。
まるでピクニックに行くような気軽さで魔窟に赴くあなたの姿に、何人かの騎士が痛ましいものを見る目を向けた。恐らくはカルラと共に現地に行った者だろう。
「ええと、ゆんゆん……その、頑張ってね?」
「はい……カルラさんもお体に気をつけてくださいね」
積極的にハードルを上げて退路を断っていくあなたにカルラが苦笑し、ゆんゆんが肩を落とす。
カルラが生き返ってから今日まで一週間も経っていないが、二人は随分と仲良くなったようだ。
「ありがとう。体がちゃんと動くようになったらアクセルを案内してくれるというゆんゆんとの約束、楽しみにしているわね?」
突然投下された爆弾にその場の全員が反射的に、そして勢いよくゆんゆんに目を向ける。
あなたとしても完璧に初耳である。確かにアクセルはゆんゆんが一人で出歩けるくらいに平和な街だが、それにしたってあなたに相談も無しになんという事をやっているのか。
果たせる見込みが薄い約束はすべきではないと咎めようとしたあなただったが、何故かゆんゆんも驚愕していた。
「え、ちょっと待って、私そんな約束した覚えは……あります、はい。確かにしました。でも……」
「まああの時のゆんゆんは私が王女だって気付いてなかったみたいだけど」
悪戯っぽく笑うフットワークの軽さに定評のあるエルフの王女。
彼女が蘇生して間もない時にそんな話をしたようだ。
なるほど、とあなたは少しだけ安心した。いくらゆんゆんが紅魔族でも、他国の王女を自分が住む町を案内する為に招くような軽率な真似はしなかったようだ。だがめぐみんなら普通にやるだろう。
「でも大丈夫なんですか? こう、いろんな意味で」
「渡航の口実についてはほら、魔王軍と戦うベルゼルグの人たちへの慰安目的とか命を落としかけた軽率な王女への罰とか……」
「軽率って自分で言っちゃうんですか?」
「自分のことだから言えるのよ」
あなたと参列したエルフ達が確認の意を込めて国王夫妻にアイコンタクトを送ると、二人はにっこり笑って両手で大きくバッテンを作った。
さもあらん。カルラには説得を頑張ってほしいとしか言いようがない。
■
かくしてあなた達はカルラと別れ、カイラムを後にした。
次に彼女に会うのは竜の谷から帰還した後で、その次は完全に未定。むしろ互いの身分を思えば二度と会えない可能性の方がずっと高い。
だが何故だろうか。
普通に考えればありえない話なのだが、あなたはアクセルでカルラと再会する予感がしてならなかった。
それはまるでかつてラーネイレと出会った時と同じように。
【4/4 とあるベルゼルグ冒険者ギルド幹部による記述】
最初に書いておくが、本項は全て日本語で記述されている。
防諜ってほど大袈裟なもんでもないが、俺達日本人の転生者について触れているからだ。
閲覧権限を持っているのは日本人のギルド幹部だけだが、そこんとこをよく理解しておくように。
……さて、この冒険者にはある時点より前の記録、辿るべき足跡が一切存在しない。
これは俺達日本人の転生者と同じ特徴だ。
だがこいつは少なくとも日本人じゃない。名前と顔を見りゃご同輩じゃないのは分かる。
なら在日外国人? もしくは日本以外からの転生者? 姿が変容するタイプのチートを貰った?
どれもありえないとは言えないが、俺は違うと思っている。
調べた限り、現代地球人にしてはあまりにもこのふざけたエセ中世ファンタジーの世界に順応しすぎているからだ。
かくいう俺も一度本人と話をしたことがあるが、穏やかで愛想がよく社交的。受け答えも明瞭、正気で平静を保った理性的な人物だった。
少なくとも巷で言われているような気が違った人間には見えなかった。
チンピラや半グレみたいな犯罪者予備軍に片足突っ込んだ冒険者どもとは比較にならない。
……なのだが、非常にセンシティブであるがゆえに本人以外がそれを知るには専用の手続きとそれなり以上の権限が必要となっている
この項目における人間ってのは普通の人間、エルフ、ドワーフといったいわゆる人類種を総括したものであるわけだが。
これを書いている現在で809人。それだけの数をあいつは殺している。
809人。言うまでもなくベルゼルグはおろか世界中の現役冒険者の中でもぶっちぎりのトップだ。
2位(冒険者歴35年の超ベテラン)が163人な事を思うとサイコキラーが裸足で逃げ出す勢いで盗賊やら山賊をぶち殺してやがる。
もうチンピラとか半グレとは比較にならない。悪い意味で。
だが実のところ、別にこれ自体はおかしい数字じゃなかったりする。こいつが潰してきた賊共の規模と数を見れば十分理解できる範疇にあるからだ。
かといって納得出来るかと聞かれればふざけんなアホかよって感じだが。
幾ら相手が犯罪者だからって、冗談抜きで老若男女見境なしだからな。そりゃ盗賊被害も減るってもんだ。片っ端から根切りにされてるんだから。
石ころ一つぶんでも考える頭を持っている奴なら足を洗うか他国に逃げる。
おかげさまでベルゼルグの治安は大幅に改善された。恐怖政治か何かか。
信じられるか? こいつ冒険者登録してまだ一年とちょっとしか経ってないんだぜ? その間にこんだけ人殺しをやって平然としてる奴を俺は同じ地球人だと思えないし思いたくない。
数十にも及ぶ盗賊の生首を魔物の討伐証明よろしくギルドに提出してくるような人間を俺は他に知らない。
繰り返すが、当人はいたって温厚かつ理性的であり、断じてこの手の輩にありがちな血に酔っていたり殺戮に飢えている人間ではない。
だからこそ恐ろしくおぞましい。
一体全体どこでどういう経験を積めばこんな頭のネジが飛びまくったイカレポンチが生まれるのか甚だ理解に苦しむ。理解したくもないが。
手口といい躊躇の無さといい明らかに殺しに慣れすぎてる。草刈りや害虫駆除のノリで人殺しが出来る人間が、まだ犯罪者しか殺してないのは奇跡としか言いようがない。
つーか神様もこんな明らかに紙一重なやつを転生はさせないだろ、常識的というか俺らの転生理由的に考えて。下手したら魔王軍よりタチ悪いぞこいつ。
更に恐ろしいのはこれだけ殺っといても犯罪者扱いされないってところだ。法治国家出身としてはこの世界のゆるがば法律はクソとしか言いようがない。
あとこの項目を閲覧できる奴ならとっくに知っているだろうが、ギルド幹部にして鑑定のチート持ちの神原の爺さんがこいつを視たせいで再起不能になった。スティールを使った盗賊達と同じように、だ。あるいはもっと酷いかもしれない。具体的にどうなったかは伏せさせてもらう。ちょっとここには書けない。とりあえず死んではいない。
まあ神原の爺さんが神様印の鑑定チートを悪用して他人の弱みを握りまくってたファッキン俗物クソジジイなことを思うと正直いいぞ良くやったって気分ではあるんだが。
辛うじて判明しているのは、あいつに鑑定スキルを使うと緑色の髪の少女が視えるという一点だけ。鑑定対策の攻性防壁的な独自魔法、あるいはチートなのかもしれない。
これ以外にもステータスを大きく逸脱した戦闘力といい、このろくでもないイカレた世界の人間から頭がおかしいと評される精神性といい、俺はこいつが地球でもこの世界でもない、第3の異世界人の可能性があると推察している。
無論こいつがただの現地人ならそれに越したことは無い。
全ては俺の杞憂で笑い話のうちに終わる。
だが地球人でも現地人でもないとしたら?
残念ながらあまり愉快な話にはなりそうにない。
今までの転生者は日本人だけだったからまだよかった。
日本人同士の争いも諍いもあったが、それでも政治、民族、宗教的イデオロギーという根本的な和解が限りなく不可能に近い問題とはほぼ無縁だったからだ。
ちょっと調べりゃ分かるが、この世界にはかつて日本人以外の転生者がごまんと存在した。
だが現在この世界で確認されている地球人は日本人だけだ。ここらへんは間違いなく神様の采配だろう。
複数の国家から呼ばれた転生者達が対立する事となった場合の悲惨さはこの世界の歴史が雄弁に物語ってくれている。
まして世界が違えば何をか言わんや、だ。
だが最後に日本人の転生者が確認されてからもうすぐ一年が経過しようとしている。
一向に改善されない現状に神が匙を投げたのか、たまたま異世界転生ではなく輪廻転生や天国行きが選ばれ続けているのか。もしくは俺達が新たな転生者に気付いていないだけなのか。
いずれにせよ、こいつ以後も日本、ひいては地球以外からの転生者が送り込まれてくる可能性だけは考慮しておくべきだと俺は思う。
結論、あらゆる意味で最上級の要注意人物。
ただし殺人対象があくまで犯罪者に限定されていること、敵対した際の被害が未知数すぎることなどから、現状は不干渉を徹底しておくように。
下手に藪を突いて竜を出す必要は無いだろう。元魔王軍幹部、バニルの抑えでもあるわけだしな。
あとここに書くまでもないことかもしれないが、レアアイテムに目が無いらしいので転生特典に神器を選んだやつは取られないように注意しておけ。
御剣響夜が一度盗まれた神器をこいつに回収され、返してもらうまでに死ぬほど苦労したそうだ。