このすば*Elona 作:hasebe
――共同墓地に出没するゾンビメーカーの討伐。
キャベツの収穫から数日が経ったある日、あなたはギルドでおかしな依頼が貼り出されているのを発見した。
ゾンビメーカーとは質のいい死体に憑依する悪霊の一種で、他の死体を手下として操ることができるモンスターだ。
脅威度は低く、一般的に駆け出しの冒険者パーティーでも十分討伐が可能とされている。
そんなゾンビメーカーの討伐依頼なのだが、何がおかしいかというと出没している場所がおかしい。
あなたが知っている共同墓地とはウィズが定期的に魂を天に還す儀式を行っているという場所なのだ。
実際に儀式を見たことは無いが、彼女からそんな話を聞かされた記憶がある。
アンデッドの王とも呼ばれるリッチーであるウィズは彷徨える魂達の声を聞くことができ、碌に葬式もしてもらえなかったことで現世に留まり続けている魂を解放しているのだとか。
あなたはウィズが魂やゾンビを使ってよからぬことを企んでいるとは露ほどにも思わなかった。
その程度にはあなたはウィズを信用も信頼もしている。
だが実際に依頼はこうして出されている。
ギルド側の勘違いという可能性もあるが、ここは一度ウィズに話を聞いてみる必要があるかもしれない。
■
「……えっと、それ、多分私だと思います」
あなたからゾンビメーカーの話を聞いたウィズは、とても気まずそうにそう言った。
「私が墓地に行くと、まだ形が残っている死体が私の魔力に反応して勝手に目覚めてしまうんです。恐らくそれがゾンビメーカーと勘違いされてしまったのではないかと……儀式自体はずっと誰も起きていないような深夜に行っていたんですけど」
たまたまその時間に通りかかった何者かに知られてしまったということなのだろう。
今まで知られていなかったのは運が良かったに過ぎない。
「と、討伐依頼を出されているのならこのまま儀式を続けるというのはまずいですよね。でもそうなると彷徨える魂達が……」
確かに討伐依頼が出ている以上、ウィズはいずれ冒険者と鉢合わせることになる。
恐らく出てくる相手は駆け出しなのでウィズであれば口封じなり記憶操作なりでどうにでもなるだろう。控えめに言って善人なウィズがその手段を取れるかどうかは別として。
だがそもそもの話、その儀式をウィズがやる必要はあるのだろうか。
「勿論これは本来プリーストの方がやるべき仕事です。ですが、この街のプリーストさん達は拝金主義……いえその、そういったお金の無い人達は後回しにしているといいますか……」
あなたからしてみれば特に珍しい話でも無いと思うのだが、ウィズにとっては同胞とも呼べる死者の魂が放置されているというのは許容しがたいらしい。
「私としては埋葬されている人達の魂が迷わず天に還ってくれれば墓地に行く理由も無くなるんですが……ど、どうしましょう……?」
あなたは回復や呪いを弾く魔法は使えるが死者の魂の浄化などできないしやり方も分からない。
アンデッドだろうが死者の魂だろうが綺麗さっぱり消滅させる自信ならばいくらでもあるのだが。
「あの、お願いですから共同墓地の魂を相手にはやらないでくださいね? ほんとに駄目ですからね?」
こうして暫くあなたとウィズが話し合った結果、最終的にウィズがギルドを通してプリーストに墓地の浄化の依頼を行うということに決まった。
ボランティアだから誰も手を付けないのであって、依頼ならば誰か一人は引っかかるだろうという計算だ。
ゾンビメーカーはたまたま通りがかったウィズが退治したことにしてしまえばいい。
ウィズは高名な魔法使いの冒険者だったとアクセルの一部の冒険者のあいだで有名なのはあなたも知るところである。
そんなウィズが何故リッチーになってアクセルの街で魔法道具屋を経営しているのか。
興味が無いわけではないが、あなたはそれをウィズに聞いたことは一度も無い。
およそ明るい理由とは思えない。ただの興味本位であなたが聞いていい話ではないだろう。
そして翌日、あなたは買い物ついでにウィズから次に食べたい食材のアンケートを取るためにウィズの店に向かった。
依頼の件がどうなったのかも尋ねてみたのだが、なんと驚くべきことにたった一日で依頼を受けてくれる相手が見つかったらしい。
ちなみに依頼の報酬だが、ウィズが自腹を切ることになっている。
幾らウィズが相手でも流石にそこまで面倒を見る気は無かった。ウィズはあなたの子供でも配偶者でもない。
それにしても、依頼になった途端にこれである。
現金なものだとウィズとあなたは苦笑した。
その現金な相手は何者なのだろうか。
「えーっと……依頼を受けてくださったのは、冒険者のサトウカズマさんのパーティーですね」
ギルドから届いた用紙を見ながらのウィズの台詞にあなたは思わず頭を抱えたくなった。
ウィズが引いたのはよりにもよって最悪の相手だったのだ。
「サトウカズマさんのパーティーにはとても優秀なアークプリーストの方がいらっしゃるそうなんです。それで墓地の浄化は自分のための仕事だととても張り切ってらっしゃったとか」
確かに他に類を見ないほどに優秀だし、使命感にも溢れているだろう。なにせ相手は不運とはいえ本物の女神だ。
この場合運が悪いのはウィズなのか女神アクアなのか判断に困るところだが。
あなたは一度魂の浄化というものを見てみたいという異世界人の特権をフルに駆使してウィズに同行することにした。
依頼を受けるパーティーは自分の知り合いなので恐らく大丈夫だろうと話すとウィズは快諾してくれた。
勿論それは建前であって、本命はウィズの身の安全の確保だ。
時刻は夕方。
あなたとウィズは街から外れた丘の近くにある共同墓地にいた。
「どんな方たちなんでしょうね。四人中三人が上級職らしいですよ」
結局ダクネスはパーティーに加わったらしい。
女神エリスはどこで何をしているのだろうか。
そんなことを話していると、四人の気配が近づいてきた。
あなたの心に少しずつ重たいものが積もっていく。
しかし希望はまだ失われてはいない、とあなたは感じた。
女神アクアがウィズの正体に気付かないというささやかな希望が。
「ああああああああああーーーーっ!!」
「…………ひっ!?」
希望は儚く砕け散った。
知ってた。所詮こんなものだろうとあなたは自嘲する。
あなた程度でも初見でバレるのだから大物女神にバレない道理は無い。
「おい、いきなりどうしたんだよアクア!」
「リッチーよカズマ! リッチーがノコノコこんなとこに現れるとは不届きな! 成敗してやるっ!!」
互いを視認した瞬間、女神アクアはこちらに向かって走り出し、ウィズはあなたの背中に隠れた。
以前髪の色や格好を詳細に教えていたので一目であれが女神アクアだと看破したのだろう。
「おのれリッチー! 人質とは卑怯な……ってあれ?」
「アクア、私には頭のおかしいエレメンタルナイトとアクアに怯える人間の女性にしか見えないのですが」
「えっと……よく分かんないんだけど、あんた達が依頼を出したのか?」
正確には後ろで震えているウィズである。
あなたはただの付き添いだ。
「何、知り合い? アンタは知らなかったのかもしれないけど後ろのそいつはリッチーなの。汚らわしいアンデッドなの。分かった? 分かったらそこをどきなさい。私が墓地ごと浄化してやるんだから」
やはり女神アクアにとってアンデッドは受け入れられない存在のようだ。
神と悪魔やアンデッドは天敵同士だとウィズから聞いていたので何となく予想はついていたが、まさかここまで敵意を丸出しにしてくるとは。
他のアンデッドがどうかはともかく、ウィズ本人に人類や女神への敵対の意思は無い。
それでもなお受け入れられないというのだろうか。
「当たり前でしょ。そいつらアンデッドは自然の摂理に反してるの。存在自体が罪そのものよ」
「…………」
敵と話す舌など持たぬと言わんばかりの態度だ。ウィズはいよいよ俯いて押し黙ってしまった。
あまり気は進まないが仕方が無い。
女神アクアが自身の都合を通すのと同じように、あなたはあなたの都合を押し付けさせてもらう事にした。
無言で抜剣することでそれを女神アクアへの返答とする。
ウィズを背に庇ったまま、あなたは女神アクア達に相対する。
知り合いに剣を向けるという感傷は無い。最初からこうなることは覚悟の上であなたはこの場に立っているのだから。
静寂に包まれた一帯に生ぬるい風が吹き、女神アクア達四人はあなたに気圧されたかのようにごくりと固唾を呑んだ。
「な、何よ。私達とやる気なの? お世話になった相手だからって容赦しないわよ!?」
「バカ止めろアクア! あの人目がマジだ!! っつーか俺達まで巻き込むなよ!!」
「私だってめっちゃマジなんですけど! 女神としてマジであのリッチーを浄化するつもりなんですけど!」
「挑発するようなこと言わないでください! あの人本気でやりますからね!?」
当たり前の話だが、あなたは彼らに殺意など抱いていないし敵だとも思っていない。
だがウィズを殺そうとするのならば話が別だ。
本人がそれを望んでいない以上、彼女を殺させるわけにはいかない。
「あ、あの……なんとか穏便に話し合いで……」
「はぁー!? こっちにはリッチーと話すことなんて何も無いんですけど!?」
「はぅっ……」
あなたとウィズはテレポート持ちだ。はっきり言ってこの場から逃げるのは容易い。
ウィズが生き残るだけならどこか別の街に拠点を変えるだけで事足りる。
だがウィズはいかなる理由かこの街に固執している。
どれだけ店に閑古鳥が鳴いて借金まみれになっても、更に自身の天敵である女神が同じ街にいると理解していてもなおアクセルに居を構え続けているのだからその覚悟は筋金入りだ。
女神アクアがこの町を出ない限り、逃走はいつか訪れる結末を先延ばしにするだけだろう。
ウィズがリッチーだと知られたまま彼らを放置するのも良くない。最悪ウィズがこの街から追われることになる。
「それは……そうですけど……」
ゆえにあなたはこの場で何かしらの決着を付ける必要があると考えていた。
女神アクアが仲間たちやあなたの説得に応じてウィズの殺害を思いとどまるのならばよし。
だが女神アクアに引く気が無く、ウィズを絶対に殺すつもりだったりウィズの正体を触れ回るというのならば是非もない。
あなたは全身全霊で女神アクア達と剣を交えることになるだろう。
たとえウィズ自身が流血を望まず、その先にどんな結末が待っていようともだ。
女神アクア達一行とウィズではあなたは一片の躊躇無くウィズを選ぶし、たとえ見知った相手であろうとも敵として立ちはだかるならば殺すことができる。
とはいえ相手は女神だ。もし本気でやるというのならば今使っている市販品ではなく愛剣を抜く必要があるだろう。
そんな機械のように冷たい思考はウィズがあなたの服の裾を弱々しく引っ張ってきたことで中断させられた。
「あの、私なんかのためにありがとうございます。でも私はリッチーですから……」
ウィズがリッチーだから何だというのか。自分を見捨てろとでも言いたいのなら知ったことではない。
あなたは諦観の笑みを浮かべるウィズを無視して、再度四人に向き直る。
「ちょっと離しなさいよ二人とも! ゴッドブロー食らわすわよ!?」
「おいめぐみん絶対離すなよ! 俺は彼女も作らずにこんなとこで死にたくない!!」
「私だって爆裂魔法を極めずに死にたくないですよ、っていうかダクネスも手伝ってください!!」
少年とめぐみんが暴れる女神アクアを必死に押さえていた。
一人静寂を保ったままだったダクネスがあなた達に近づいてくる。
「以前あなたに話したように、私はエリス教徒のクルセイダーだ。アンデッドがアクセルにいたという事実は、まあアクアほどではないが正直かなり受け入れがたいものがある」
「その上で一つ聞きたい。後ろの彼女は、あなたの仲間なのか?」
真剣な面持ちで放たれたダクネスの問いかけを静かに否定する。
ウィズは決してあなたの仲間ではない。
「…………っ」
それを聞いたウィズがあなたから一歩後ずさり、掴んでいた服の裾を放す。
ダクネスは納得いかないと言わんばかりに眉を顰めて鼻を鳴らした。
「ならば、どうしてあなたは彼女をそうまでして護ろうとするんだ? 今のあなたからは己の命に代えてでも彼女を護ろうという不退転の覚悟を感じる。そんな目をしている」
「……え?」
ウィズを、大切な友人を守るのに理由は要らない。
あなたは彼女を守るためならば例え相手が神であっても引くつもりは無かった。
「友人? 彼女はリッチーなのだろう?」
そう、ウィズはあなたの仲間ではない。
あなたにとってウィズは、友人で、同好の士で、この世界であなたの素性を知っている唯一の女性だ。
ウィズがあなたをどう思っているかは定かではない。
だがあなたはこの平和な世界においても一際善良なウィズを放っておけない、そしてかけがえの無い大切な友人だと思っている。
強くなれば強くなるほど畏怖され、隣に立つ者が減ると共に孤独に陥っていくノースティリスの冒険者達。
数多の死を越えて強くなったことに後悔は無い。
だが今もなおあなたの横に立つ数少ない友人達はあなたにとって金銀財宝の山よりも遥かに尊いものだった。
そしてあなたにとって友であるウィズが生命の危機に瀕した以上、彼女を守るためならばあなたはあらゆる手段を躊躇うつもりは無い。
友のためならば自分の軽い命など惜しくはないし、友の種族などあなたにとっては何の意味も為さないものだ。
人間だろうがリッチーだろうがゴブリンだろうが友は友。そこに何の変わりもありはしない。
「わ、分かった。えっと……その、うん……そっか……」
どうやらあなたが抱くウィズへの想いはしっかりと伝わったらしく、ダクネスがそのまま後退していく。
ダクネスは赤面していた気がするが、あなたには夕焼けのせいにも思えた。
あなたがウィズのことをどう思っているか、ウィズを含めた他人に打ち明けるのはこれが初めてだ。
わざわざ話すようなことでもないし、あなたの狭い交友関係では当然といえば当然なのだが。
食料の一件でかなり無茶な真似をやらかした自覚があるので実際のところウィズ本人はどう思っているのだろうかと考えたところで服の裾どころか背中を両手で思い切り掴まれていることに気付いた。
どうやら幸いなことにあなたはウィズに拒絶はされていないらしい。
だがこのままでは戦うのに支障が出てしまうだろう。
「……ごめんなさい。ありがとう、ございます」
あなたが服を離してほしいと告げる直前、掠れた声でウィズが小さく呟いた。
それを聞いて少年とめぐみんとダクネスがなじるような視線を女神アクアに向け始める。
「な、何よ。三人してそんな目で私を見て。私が悪いっていうの? 相手はリッチーなのよ? 神意に背く邪悪なアンデッドなのよ?」
「神意とかアンデッドがどうとか置いといて、俺は今この場で一番邪悪なのはあの女の人のあんな顔を見てもやる気満々なお前だと思う。流石に引くわ」
「すみませんアクア、ちょっと擁護できないです」
「私が言うのもどうかと思うが、少しアクアは空気を読んだ方がいいな」
「なんでよー!? 私は絶対悪くないんですけど!?」
深くフードを被って俯くウィズの表情は終ぞ見えなかったが、彼らの見たウィズはどんな顔をしていたのだろう。
ただあなたの背後からは、ウィズの何かを堪えるくぐもった声とぽたぽたと水滴が地面に落ちる音だけが聞こえてきたのだった。
■
現在、落ち着いたウィズがちらちらと気まずそうにあなたを見ながら女神アクア達に自己紹介と事情の説明を行っている。
ウィズが人間を襲わない安全な存在であるとあなたが保証したのと仲間の三人の説得の甲斐あってか、一応だが和解は成立した。
未だに女神アクアのウィズへ向ける視線は鋭いし些か当たりも強いが、それは彼女の都合上仕方が無い。
神敵討つべしとばかりに問答無用で浄化するような様子が見られないだけマシというものだろう。
それは大変喜ばしいのだが、現在あなたの服の背中はウィズの乙女的な何かでべちゃべちゃになっている。
どういうわけか服を強く握り続けていたウィズが突然あなたの背中に顔を押し付けてきたのだ。
服がべっとりと背中に張り付く粘着質な不快感と冷たさにあなたは思わず眉を顰めて嘆息した。
(カズマさんカズマさん、あの人滅茶苦茶機嫌悪そうなんですけど。超怖いんですけど)
(お前に恋人を消滅させられかけたんだからそりゃああんな顔にもなるわ。今だってお前性質の悪い田舎のチンピラみたいな態度だし)
(私達じゃリッチーが相手なだけで絶望的なのに頭がおかしいエレメンタルナイトまで追加とか本気で死にますから勘弁してください。というかあの人はよくリッチーの恋人なんかやれてますね)
(ひとえに愛だな、愛。そうでなければあそこまで堂々とした啖呵は切れないだろう)
女神アクア達がヒソヒソと何かを囁きあっているようだが、意識が背中に集中しているあなたの耳には届かない。
あなたは全身に水や血を浴びるのは慣れているが背中だけ濡れるという状況にはまるで慣れていないのだ。
更に背中以外は無事というのが逆に意識を集中させる形になって違和感と不快感を倍増させている。
当然この場に着替えなど持ってきていない。帰ったらすぐに着替えようとあなたは心に誓った。
「今はその人に免じて見逃してあげる。でもこれから一回でも人間に手を出したら女神アクアの名にかけて問答無用で退治するから覚悟しておきなさい!!」
女神アクアは墓地の浄化を終えた後、そう宣言して去っていった。
これからは彼女が定期的に墓地の浄化を行ってくれるらしい。それも無償で。
やはり女神だけあってアンデッドや彷徨える魂は自分が何とかすべきだと考えているようだ。
同時に睡眠時間が減ると若干ごねてもいたが。
「あの……本当にごめんなさい。私のせいでアクア様や知り合いの方々と仲違いを……」
墓地からの帰り道、無言で苛立った表情のままのあなたにウィズが泣きそうな声で謝罪してきた。
だがそんなことはどうでもよかった。誰も致命的な結果にはならなかったのだから。
ウィズの身が無事ならあなたはそれで良かった。
「でも、あなたは今だってそんなに辛そうにしてるじゃないですか……」
辛いのはびしょ濡れになっている背中だけである。
ただあなたは今はとにかく早く家に帰って着替えたかったのだ。
いよいよ違和感が限界になってきた。ウィズの目の前で服を脱ぐことも辞さない。
「ごごごごごめんなさいごめんなさいっ!? 汚した服はちゃんとお洗濯して返しますっ!!」
あなたがずっと仏頂面だった理由を知ったウィズがあなたに謝罪してきたが、その提案は大胆にも程があるものだった。
洗濯して返すというがウィズはあなたにこの場で服を脱げと言っているのだろうか。
それともこのまま自分の家に来いと言っているのか。
もしそうだとして、ウィズの家で服を脱いだ後にどうしろというのか。
あなたには女性の家に上半身裸で外泊するような趣味は無い。
それならばあなたは半裸で帰宅する方を選ぶだろう。
「な、なら私があなたの家で洗濯しますね! それなら何も問題無いですよね!?」
ウィズは本気だった。本気でいっぱいいっぱいだった。
どこをどう考えれば何も問題無いのか分からない。
明らかに正気では無かったが流石に自分で洗うので必要ないとは言い辛い雰囲気だ。
あなたは素直にウィズの厚意に甘えておくことにした。
「頑張って真っ白になるまで洗いますね!」
それは止めてほしい。
あなたが今着ている服は白色ではないのだ。
あなたの家に着くなり大量のクリエイトウォーターと火炎魔法を使って一瞬で風呂を沸かしたウィズは有無を言わさぬ勢いでゴリ押ししてきた。
「ゆっくり疲れを癒してください! あなたがお風呂に入ってるあいだに全部終わらせますから!」
まるで天井の染みの数を数えていれば終わるような言い草である。
実際背中は気持ち悪かったのであなたはありがたく風呂に入ったのだが、問題があったのはそれからだった。
風呂あがりにあなたの目に飛び込んできたのは若干溜め込んでいたものを含めて完璧に終わった洗濯とテーブルに並べられた夕飯だった。
材料はウィズの家から持ってきたらしい。誰もそこまでやれとは言っていない。
移動時間を考えると恐ろしいほどの手際の良さである。加速の魔法を使ったとしか思えない。
当然だがあなたは一言も夕飯を作ってくれとは頼んでいない。むしろウィズはさっさと帰って寝た方がいいのではないかと思っている。
だがウィズは瞳をグルグル回したままいっぱいいっぱい頑張りましたと笑うのであなたは何も言わずにおいた。
ウィズがいっぱいいっぱいなのは確かだったし、下手に突っ込んで正気に戻すと爆発しかねないと判断したのだ。
余談だが、ウィズが作った夕飯はとても美味しかった。
とても極貧生活を送っていた女性だとは思えないほどに。
更に余談だが、それからウィズは三日ほどあなたと目を合わせようとはしなかった。
暴走した自分の行動がよほど恥ずかしかったらしい。