SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第8話 初めて見た涙と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すみません!手数料は全部返金しますので…!本当に…本当にすみません…っ!」

 

 

目の前の鍛冶師が地に手を付けて頭を下げる。それを見た、先程のあり得ない光景を見て呆然としていたケイは我に返り、しゃがんで鍛冶師に近づいて口を開く。

 

 

「待ってくれ!強化失敗のペナルティは最悪でも数値が1引かれるだけのはずだ!ウィンドフルーレ+4が+3になるだけなのに、どうしてこんな事が起こる!?説明してくれ!」

 

 

ケイを見上げる鍛冶師の目が恐怖に揺れている。だが、そんな事に構っていられない。

あのウィンドフルーレを手に入れた時のアスナの顔。それを知っているからこそ、どうしてもこの出来事を受け入れられなかった。もっとショックを受けて、泣きたくなるくらい混乱している存在に、この時のケイは気が付いていなかった。

 

 

「せ、正式サービスで、新しいペナルティが追加されたのかもしれません…。前に一度だけ、同じ事があって…、物凄く確率が低いんでしょうけど…」

 

 

「…っ、お前…っ」

 

 

そんな事をしてもどうにもならないのに、ケイは理由が分からずおどおどする鍛冶師の胸倉を掴んで引き上げようとする。

 

だが、ふと後ろから誰かに上着の裾を掴まれる。

 

アスナだ。顔を俯かせたアスナが、ケイの上着を裾を掴んで体を震わせていた。

 

 

「…わかった。だが、手数料は全額返せ。一コルたりとも誤魔化すな」

 

 

「は、はいっ」

 

 

アスナの目の前にウィンドウが現れる。それはこの鍛冶師にアスナが払った手数料が返還された事を示す証。だが、アスナはそのウィンドウに目もくれず、可視時間を過ぎたウィンドウは音も無く消える。

 

 

「さっきは怒鳴って悪かった」

 

 

「い、いえ…。こちらこそ、本当にすみませんでした…」

 

 

ケイは今も上着の裾を掴むアスナの手を握り、鍛冶師に怒鳴り散らしたことを謝ってから歩き出す。

 

鍛冶屋があった裏道を抜け、大きな街道を出る。ケイはアスナの手を握ったまま、NPCにぶつからないよう配慮しながら上にかけられている看板を見回していた。そして、INNと書かれた看板を見つけると、迷わずアスナを連れてその宿屋へと入っていった。

 

 

『お部屋をお選びください』

 

 

受付の女性NPCに話しかけると、ケイの眼前に部屋設定のウィンドウが浮かぶ。宿泊客は一人、シングルルームを選択。その後、割り当てられた部屋の階層と番号を確認し、階段を上ってその部屋を目指す。

 

203号室。その扉を受け付けNPCから受け取った鍵を使って開けてアスナの方に振る変える。

 

 

「武器を失った状態で圏外に出るのは危険だ。今夜はここで休むんだ。…剣は明日、また探せばいい」

 

 

鍛冶屋からずっと茫然自失の状態のアスナが、とぼとぼと部屋の中へと入り、ケイとつないでいた手がするりと離れる。

 

 

「…っ」

 

 

その直後、ケイは腕を伸ばして再びアスナの手を掴んだ。驚いた様子のアスナが、目を丸くして振り返ってくる。

 

 

「自意識過剰かもしれないけど…。置いてったりしないからな」

 

 

「っ…」

 

 

アスナの瞳が揺れ、唇がピクリと震える。

 

アスナの身体がゆっくりとケイの方へと向き、ケイとつないでいた方の手をそっと上げる。アスナはその手にもう一方の手を乗せると、さらに上へと持っていき、額に当てた。

 

 

「っ…ぅぁっ…」

 

 

「…」

 

 

アスナの身体の震えがケイにも伝わってくる。アスナの目から零れる涙の冷たさが、ケイの手から伝わってくる。

 

それは、アスナと出会ってからケイが初めて見た、彼女の涙だった。

 

 

 

 

 

 

あの後、アスナをベッドに寝かせて落ち着かせた後、ケイはすぐに宿屋を出てある人と連絡を取った。その返事のメッセージに記された場所と時間を確認し、ケイはその場所へと急ぐ。

 

とある酒場の表口の裏側。本当なら約束の時間はもっと先なのだが、どうしてもじっとしていられず指定された場所へと来てしまった。じっとしていられないのなら、圏外に出て狩りでもすれば良かったのに。約束の時間まで、じっと待たなければいけない事はわかってたはずなのに。

 

 

「オーオー、早いネー。そんなにケイ坊が急いでるとこは初めて見るナー」

 

 

「…さすが鼠。隠蔽スキルが高いな」

 

 

「ニハハ。そりゃあこちとら隠蔽も大事な商売道具だからネ。片手間のスキルで見破ろうなんて十年早いサ」

 

 

あそこまでの情報を素早く集めるアルゴだ。隠蔽スキルもそうだが、看破スキルに索敵スキルもアルゴの右を出る者はもういないだろう。

 

 

「それより、ずいぶん早く来たけど…。頼んどいた件は大丈夫なんだろうな?」

 

 

「…そんなに熱くなるなヨ。これでもかなり急いで情報集めて「熱くなんかなってない!」…ハイハイ」

 

 

そうだ。熱くなんかなってないぞ。確かにアスナのウィンドフルーレが壊れた時は冷静さを欠いたけど…、今は大丈夫だ。俺は冷静だ。クールだ。koolだ。

 

 

「…まぁいいヤ。商売人がこんな短納期に応えちゃうのは考え物だけど…、今回は特別だヨ?」

 

 

アルゴは一度呆れたようにため息を吐いてから、壁に背を預けてしゃがみ込みながら口を開く。

 

 

「結果で言うヨ。ケイ坊から連絡を貰ってからの短時間、その間で受け取った返事の中だけでも、七件。攻略組を中心に先駆者が主武装を失ってル。それも、鍛え上げられたレア装備ばかりダ」

 

 

「っ!」

 

 

「多分、ケイ坊の予想は正しいヨ。これは偶然じゃない」

 

 

ケイが何となく違和感を感じ始めたのは、あの第二層フィールドボス攻略の様子を窺っている時からだった。あのフィールドボス攻略の参加者の中で、第一層のボス攻略に参加していたメンツがやけに少なかったのだ。その代わりに、新参者が多くいたおかげでレイドは汲めたようだが…。

 

それに気付けた理由は、そのフィールドボス戦に参加しなかった古参者の中にエギルのパーティーがなかったのが切欠になった。

 

そして、アルゴからの情報と照らし合わせて、確信する。誰かが故意で、この状況を作り出しているのだという事を。

 

 

「だが、一体何の意図で…。最前線の戦力を削いでどんな得がある?そんな事をすれば、ゲームクリアがさらに遠のくだけなはずだが…」

 

 

しかし、理由が分からない。そんな事をして何の得があるか。そして、何よりも誰が得をするのか。

 

 

「削ぐ…意外に目的があるのかもしれなイ。そもそも<武器破壊>なんていうペナルティは<武器強化>には存在しなイ。これはベータテストだけでなく正式サービスでも実証済みなんダ」

 

 

「は…?だけど、俺の目の前で確かに、アスナの武器は…!」

 

 

すっくと立ちあがりながら言うアルゴに疑問をぶつけるケイ。そんなケイを、アルゴはにやりとした笑みを向けて、さらに続けた。

 

 

「そウ。確かに武器破壊は起こっタ。けどそれは、強化失敗のペナルティなんかじゃなかったんダ」

 

 

「なに…?」

 

 

ケイに歩み寄り、その肩をぽんと叩いて言ったアルゴの言葉にケイは目を見開く。

 

 

「武器強化の中で武器破壊が起こる条件はただ一ツ。<強化対象の武器がすでに強化上限回数に達していること>。つまり、エンド品の強化を施行した場合のみなんだヨ」

 

 

まるで鳥肌が立ったような感覚、ケイの全身がぶるりと震える。

 

 

「まさか…、アスナのウィンドフルーレが、そのエンド品とすり替えられた…?」

 

 

「そう考えるのが妥当だネ」

 

 

確かにアルゴの言う通りに考えを組み立てると辻褄が合う。だが…、わからないのはどうやってすり替えたかだ。それに…

 

 

「あの状況で…一体どうやって…?」

 

 

ケイもアスナも、あの鍛冶師が強化作業をしている最中はずっとウィンドフルーレから目を離さなかった。そんな状況の中で、どうやってウィンドフルーレ+4とエンド品をすり替えたというのか。

 

 

「思い出せケイ坊!強化の最中にすり替えられるタイミングはなかったカ?」

 

 

「…」

 

 

アルゴが問いかけてくる。ケイは右拳を顎に当て、左手を右腕の腋で挟む体勢で考え込み、あの時の様子を思い浮かべる。

 

 

「剣を手渡してかラ」

 

 

「…」

 

 

「最後の一打ちまでの間ニ」

 

 

「…」

 

 

「誰もが目を離すようなタイミングが…」

 

 

「…!?」

 

 

アルゴの言葉通りに、順序立てて強化を依頼した時の光景を思い浮かべる。まずアスナが話しかけて、強化を依頼し、料金を渡してから武器を手渡した。そして────見つけた、ケイもアスナも、僅かな間ではあったが手渡したウィンドフルーレから目を離した瞬間が。

 

鍛冶師が薪を焚き、火が燃え上がった時。あの時、ケイ達は確かに武器から目を離した。

 

 

「あった…。タイミングがあった!」

 

 

「ほ、本当カ!?一体どんな…」

 

 

「それは後だ!まずは俺に教えてくれ!」

 

 

アルゴが、ケイが思い出した武器をすり替えられるタイミングを聞いてくるが、そんな暇はない。

 

 

「何か方法があるんだろ!?一旦相手の手に渡った武器を、取り戻す方法が!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ベッドの上で寝転がり、仰向けの状態で月の光が射し込んでくる窓を見上げる。ケイが部屋を出ていってから、アスナは眠ることもなく、ただずっとベッドの上で寝転がったままの体勢でいた。

 

 

「…涙、見せちゃった」

 

 

最後に泣いたのは、もういつだったか忘れてしまった。だけど、もう二度と泣くもんかと決意したのだけは覚えてる。

 

 

「…ひどい顔、見せちゃったな」

 

 

第一層の迷宮区で初めて出会って。攻略会議も一緒に参加して。ボス戦で、互いにパートナーだって認め合って。第二層に着いてから少しの間、顔を合わせる事はなかったけれど、今日また再会できて、一緒にご飯食べて。

 

何だかんだ、自分は彼の事を気に入ってたりしてるのだろうか────

 

 

「~~~~…っ!

 

 

ダメだ、涙を堪えろ。気持ちを切り替えろ。悲しい出来事で萎えた心は新たな不幸を呼び寄せる。立て直さなければダメだ。次の不幸が来る前に。

 

今は寝なければ。瞼を閉じて、眠りに着こうとする。

 

けたたましい轟音が響いたのは、その時だった。

 

アスナはびくりと体を震わせながら目を開けて起き上がる。視界に飛び込んできたのは、何故か開いた部屋の扉から漏れる光と、そこで立つ何者かの人影。その人の息は、荒く、どこか体がふらついているように見えるのは気のせいか。

 

 

「っ!?」

 

 

扉がぱたん、と閉められる。人影は…、部屋の中に入っている。

 

心臓がどくん、どくんと緊迫で高鳴る。

 

ぎしっ、ぎしっ、と床を踏みしめる音が近づいてくる。

 

 

「ウィンドウ、出せ」

 

 

「────」

 

 

男の声だ。その声を聞いた瞬間、アスナは左手を伸ばした。いつもならば剣が置かれているその場所に。しかし、アスナの手は空を切る。

 

 

(そうだ…っ、剣は…!)

 

 

相棒は、すでに失われている事を思い出す。目の前で、ポリゴン片となって四散したあの光景が蘇る。

 

恐怖でアスナが動きが固まる、その間に謎の人影はアスナが座るベッドに上がってきた。そしてその人影の手が、アスナの肩を叩く。

 

 

「ひっ…!」

 

 

小さく悲鳴を上げて、両目を瞑る。

 

どうしてこんな事になったのか。何で自分がこんな目に遭うのか。

 

 

「…な!あ…!」

 

 

自分はもう、現実世界に戻るどころか…彼と顔を遭わせる事すらできなくなるのか。

 

 

「アスナ!」

 

 

「っ!…ケイ…君?」

 

 

自分の名前を呼ぶ、慣れ親しんだ声がすぐ傍から聞こえてくる。驚きと共に瞼を開けたアスナの目に飛び込んできたのは、かなり焦った様子でこちらの顔を見下ろすケイ。

 

 

「え…え?わたし、かぎ…」

 

 

「宿屋のドアはデフォルト設定ならパーティーメンバーは解除できるんだと!でもそれよりも急いでくれ!時間がない!」

 

 

ケイに急かされたアスナは訳も分からず、だがケイならば…という気持ちが働き、言う通りにウィンドウを開いて可視モードにする。

 

 

「よし!後一分しか残ってない!急ぐぞ!」

 

 

「は、はいっ」

 

 

「まずはストレージ・タブに移動!それからセッティングボタンをタップ!」

 

 

ケイの言う通りにウィンドウを操作していくアスナ。

 

 

「サーチボタン!そこの下から三番目にあるマニュピレート・ストレージボタンをタップ!」

 

 

早口のケイの指示を聞きとって、指示通りのボタンをタップしていくアスナ。さっきまでの緊迫や驚きも忘れ、ずいぶん複雑な操作をしてきたなぁと呑気な事を考え始めたその時、この操作の最後は訪れる。

 

 

「何か出た…」

 

 

「イエスをタップ!!!」

 

 

アスナの眼前にイエスかノーかを問いかけるウィンドウが表示され…、そしてケイの言う通りにアスナはイエスをタップした。それが、どんな事態を引き起こすかも知らずに。

 

 

「…ん?」

 

 

アスナはウィンドウの上部分に書かれた英文を見た。そして目を丸くし、呆然と声を漏らす。

 

 

「<コンプリートリィ・オール・アイテム・オブジェクタイムズ>…?」

 

 

コンプリートリィ、オールアイテム。そして、オブジェクト。

 

 

「あ、あの…オールアイテムって、どこまで…」

 

 

「全部、ありとあらゆる何もかも」

 

 

見上げたケイの顔は、まるで自分がやるべきことはすべてやり切ったと言わんばかりにすっきりした表情を浮かべていた。その直後────

 

ベッドの脇の空中で光が灯る。そこから、アイテムが…、アスナがこれまで手に入れた全てのアイテムが一気にオブジェクト化された。

 

ガシャン、ガコン、バサッ、ファサッ、と順番に響き渡る重い音から軽い音。

それを耳にしていたケイが、ふと口を開いた。

 

 

「さてアスナ。ここからは自分で探し当てた方がいい。今そこに出来上がったアイテムの山の一番下を探してみてくれ」

 

 

本人はそれで免罪符のつもりなのだろうか。アイテムの山ができた方とは逆の方向に顔を向けて、さらに目を瞑っているケイに向かって、アスナは凍り付くような視線を射す。

 

 

「ねぇ…。もしかして死にたいの…?君って、殺されたいヒトなの…?」

 

 

「まさか!…後でどんな罰でも受けるから、今は俺の言う通りにあのアイテムの山を漁れ」

 

 

「…」

 

 

ふざけているようには聞こえない。それに、ケイが自分に対して疑われるような行為をするとも思えない。アスナは渋々ベッドから降り、ケイの言う通りにオブジェクト化されたアイテムの山を漁り始める。

 

そして、アスナの手がアイテムの山の一番下層辺りに差し掛かった時だった。

 

 

「────っ!」

 

 

その手に、慣れ親しんだ、もう二度と触る事がないはずだった感触が伝わってくる。アスナは急いでその何かを掴み、アイテムの山から力一杯引き抜く。

 

 

「…うそ」

 

 

目を見開いて、呆然と呟く。彼女の手には、確かにあった。

 

アスナの目がジワリと涙で潤む。もう二度と泣くまいと決意したのに、まさか一日で二度も涙を流すことになるとは。

 

アスナの手には、羽のように軽く、手に馴染む感触を齎す剣、ウィンドフルーレが存在していた。

 

アスナは涙で濡れた目をケイの方へと向ける。ケイはこちらに背を向けてベッドに座っていた。だが右腕だけをアスナに向かって伸ばし、そして右手の親指が上げて何かを伝えてくるケイ。

 

 

「なんなのよ…もう…」

 

 

結局、この部屋にケイが来襲してから訳の分からない事の連続だった。このアスナのウィンドフルーレだって、正直何が起きてるかわからない。

 

だけど、これだけは。今までで一番愛した手放したくないと思った物が、再び自分の手に戻ってきたことだけは、呆然とする頭の中で理解できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




寝る前にもう一話投稿します。<宣言>

(…よし、投稿しろよ俺。宣言したからな?これで投稿しなかったら読者たちにぶっ叩かれるぞ?)み

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