SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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お久し振りです。
こっちの方も更新再開します。







第83話 二人の憩い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋から冬へと移り、肌を刺すような寒さが続く季節。しかし、ここ最近の冷え込みとは打って変わって、今日は心地好い日差しが降り注ぎ、過ごしやすい気温になっていた。

 

空も雲ひとつない青空となり、その下。六本木駅付近にある乙女像の前で、明日奈は慶介を待っていた。

 

周りには明日奈と同じように待ち合わせと思われる人達が多くおり、さらにその周りでは日曜日午後の雑踏が。雑踏を眺めていた明日奈は、不意に左手首の腕時計の文字盤に視線を下ろした。

 

二〇二五年十二月七日 二時五二分 日曜日

 

現在の日付と時刻だ。まだ約束の三時まで十分近くあるな、と考えた所で、明日奈はもう一度日付を見直した。

 

十二月七日

 

──────そっか…、もう一年経つんだ。

 

別に何かの記念日とかそういう訳ではない。ただ去年の今日、SAOがクリアされたのだとふと気付いた、それだけだ。ただ、思い出した瞬間、あの世界での日々を思い出し、どこか懐かしく思えてしまう。仮想の世界で過ごした、本物の日々を──────

 

「おーい?アスナさーん?」

 

「っ!うわぁ!?」

 

いつの間にか心ここにあらずな状態になっていたらしい。慶介が眼前まで来ていた事にも気が付かないとは。

 

慶介が手を振りながら明日奈の顔を覗き込んでようやく気付き、そして驚いて大声を上げてしまう。そして慶介はそんな明日奈の様子を見て、にこりと微笑みを浮かべるのだった。

 

「やっと気付いたか。どうしたんだよ、珍しくボーッとして?」

 

右手を腰に当てながらそう問いかけてくる慶介は、明日奈が気付くまで無視され続けていたという事には全く気にした様子はない。ただ、それでも明日奈が慶介を無視し続けていたという事実は変わらない。

 

「ご、ごめんなさい!えっと…何か話してた…?」

 

「いや?まあアスナって何度か呼んだけどさ」

 

「…ごめんね、気付かなかった」

 

「いや、もういいから。でもどうしたんだよ。何かあったのか?」

 

慶介が再び問いかけてくる。

 

「…ううん、別に何かに悩んでるとかそういうのじゃないよ?ただ…」

 

「ただ?」

 

「今日で一年だなって」

 

「…あぁ」

 

明日奈の簡潔な返答に、慶介も去年の今日が何の日か思い出したようだ。慶介の目が細まり、瞳に何かを懐かしむ色が浮かぶ。

 

「そうか。もう一年か」

 

「うん」

 

「…早いな」

 

「…うん」

 

慶介の言う通り、あの日から今日まで、特に自分が現実に戻ってきてから過ぎた日々はとても早く感じた。SAOに飛び込む前にはいなかった友人が、恋人が傍にいた日々は駆けるように過ぎていった。

 

毎日が楽しくて、満たされて、あっという間に過ぎた時はいつの間にか一年を刻んでいたのだ。

 

「そういえばさ。今日のアスナの服装、何か思い出すよな」

 

「え?なにが…、あ」

 

不意に慶介に言葉を掛けられた明日奈は、自分の服装を見下ろして、慶介が言いたい事を悟った。

 

アイボリーのニットと赤いアーガイル・チェックのスカート。その上に白いコートを身に付けている。意図した訳ではないのだが、今日の明日奈の服装はかつての血盟騎士団の制服の色合いと重なっていた。

 

「そうだね…、レイピアはないけど…。そういうケイ君は…、何も重ならないね」

 

自分がそうなら慶介も、と改めて彼の服装に目を向けるも、アインクラッドでのケイの服装とは掛け離れていて、ほんの少し気持ちが落ち込んでしまう。

 

「あー、何かすまん…。でも紺一色って、ちょっとどうなんだ?」

 

「あ、別に期待してた訳じゃないよ?だから謝らなくていいの!」

 

苦笑しながら謝ってくる慶介を慌てて留める。いや、期待してしまったのは事実だが、だからといって別に今日はあの頃カラーの服装で会おうとか約束した訳でもあるまいし、慶介が謝らなければならない事なんて何もない。

 

というか、実際アインクラッドで紺一色の格好で外出てた人が何を言ってるのやら。

 

「それより、いつまでも話してないでそろそろ行こ?時間が無くなっちゃう!」

 

「ん…、それもそうだな」

 

気づけばもう十五分はその場で話していたらしい。腕時計を見下ろせば、待ち合わせ時間をとうに過ぎていた。慶介も同じく腕時計で時刻を確認してから、頷いて明日奈に手を差し出した。明日奈はその手をとり、どちらからともなく足を踏み出し歩き出した。

 

歩きながら慶介と話したのはとりとめもない日常について。この一週間に起きた面白い出来事や、驚いた出来事。二人の前で起きた事について改めて話したり、それぞれで見た互いが知らない事についてだったり。ALOで底無し沼の上にドロップしたレアアイテム欲しさに、沼に足を踏み入れたキリトを助けるために苦労した話や、リズベットが請け負った大量の依頼を手伝うために、素材を集めに各地を回った話。それと、他の人には内緒にしてほしいと前置きしてから、司がしつこく告白してきた先輩を徹底的に一刀両断した、という話を慶介がした。その先輩というのは元サッカー部のエースで成績も優秀、周りの女子からの評価も高かったらしい、ただ司曰く、「何であの人がモテてるのか解らない」との事。

 

「司が愚痴ってたよ。もう少しで卒業って事で、告白してくる先輩が増えたって」

 

「司ちゃん可愛いもんねー。好きな人とかいないのかな?」

 

「さあなー。…もしいるのなら家に連れてこいって言っとかなきゃな」

 

「ケイ君…」

 

これはこの一年で知った事だが、慶介はかなり妹好き、所謂シスコンだ。そして司もまたかなりのブラコンである。見てて危なく感じるほどではないのだが、こうして互いが互いについて話しているのを聞いてると、つい苦笑いが浮かんでくるほどだ。

 

ちなみに慶介と司の父である健一もまた、かなり司を溺愛している。恐らく、司に彼氏ができたと聞けば家に連れてこいと司に命じ、そして慶介と一緒に司の彼氏と三者面談するんだろうなと簡単には想像できるくらいには。

 

「アスナ、今何か言ったか?」

 

「っ、ううん!何でもないよ?」

 

無意識に声に出ていたらしい。首を傾げている慶介にはききとれなかったようだが、危うく聞かれていた所だった。まあ別に聞かれてたとしてもどうという事でもないのだが。

 

さて、話している内に二人も今日の目的地であるデパートに着き、中へと入っていく。これまで何度も二人で出掛けてきたが、あまりこういった賑やかな場所は行かなかったし、ショッピングも二人ではほとんどした事がなかった。明日奈自身、静かな場所で慶介と二人でゆったり過ごすというのも好きなのだが、やはり明日奈も女の子だ。好きな人に自分に似合う服を選んでもらったり、何かペアの装飾品を買って一緒に身に付けたりといった事には憧れる。

 

「…あと一時間くらいか」

 

「え?何が?」

 

「ああいや、ちょっと行きたい所があってな。丁度良い時間まであと一時間くらいなんだけど…」

 

「へぇ…。珍しいね?ケイくんが進んでどこかに行きたがるなんて」

 

時計を気にする慶介にどうしたか聞くと、行きたい場所があるという。それが少々意外で、明日奈は目を丸くする。

 

こうしたデパートでデートする場合、大抵慶介は明日奈の行きたい場所についていく。たまに何か買いたい物がある時は例外なのだが、こうして()()()()()()()()なんて言ったのは初めてじゃないだろうか。

 

「どこに行くの?」

 

「あーいや、まだ行くには早いし…、それは着くまで秘密って事で。まあ、明日奈が喜んでくれるかは解んないけどな」

 

慶介が言っているのは何処なのか、聞いてみるが慶介は曖昧に笑ってはぐらかした。そんな慶介の顔を見た明日奈は、ふっ、と微笑みながら立ち止まり、明日奈につられて立ち止まった慶介の方へと体を向け、両手を後ろ手に組みながら、不安げな慶介の顔を見上げる。

 

「私は、ケイくんと一緒ならどこにいても幸せだよ?」

 

そう口にすれば、慶介の動きが一瞬固まり、呆気にとられた顔でこちらを向いた。その様子が可笑しくて、つい笑みを吹き出してしまう。

 

「…それなら良かった。なら遠慮なく連れてかせてもらうわ。後で文句言っても受け付けないからな」

 

「はーい」

 

前を向いて、歩き出しながらぶっきらぼうに言う慶介におどけた様子で伸ばした返事を返す明日奈。言い方は冷たいが、明日奈に気にした様子はない。何故なら、前を向いた慶介の横顔は、僅かに赤く染まっていたのだから。

 

 

 

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 

 

 

 

そうしてショッピングを初めて一時間。その間、明日奈の服を二人で選んだり、駅前での話を思い出して、試しに紺一色のコーデを考えてみようと服屋を回ったり。久しぶりに人が多く出入りする場所でのデートは楽しく、恙無く進んでいた。

 

ちなみに、紺一色は案外いけるという結論に至った。次のデートは慶介も一緒にあの頃カラーで歩こうと約束した。そのための服とズボンも購入済みで、それらが入った袋が慶介の手に握られている。

 

「じゃあ、そろそろ行くか」

 

慶介がそう言ったのは、その紺のコーディネートを考え、購入して店を出た時の事だった。そこで明日奈はもう一時間経ったのかと自覚した。

 

いつもそうだ。慶介と二人でいる時は、どんな瞬間よりも時が流れるのが速い。勿論それは明日奈の感覚での話だし、実際に時の流れが速くなるなどあり得ないのだが。それでも、いつも慶介とのデートの終わりや、もうすぐ別れる時になるとその度に名残惜しさを感じてしまう。

 

「アスナ」

 

「あ…、ケイくん?」

 

すると、慶介が持っていた袋を持ち替えて、明日奈の手を握った。まるで、自分が何を思っているのか、見透かされたかのようなタイミング。視線を上げ、慶介の顔を見て。

 

事実、見透かされているのだと悟った。

 

「…行こ?」

 

「あぁ」

 

手を繋いだまま歩き出した二人は、洋服店が並ぶ通りを抜けて上りのエレベーターへと乗り込んだ。慶介がボタンを押し、目的の階層を定めてから扉を閉める。

 

慶介が押した階層は一番上の階層、展望デッキだった。慶介が言った、自分に見せたいモノ。それは、ここの展望デッキから見える景色の事だったのだろうか。

 

あれこれ考えてる内に、自分達が乗る前からいた人、乗った後から乗り込んできた人も皆降りて、後にいるのは自分達だけとなった。チーン、と目的の階層へと着いた事を報せる音が鳴り、開いた扉から二人で出る。

 

明日奈自身、来たのは初めてだが今いるデパートの事は前から知っていた。展望デッキがある事も。かなり人気のあるスポットのため、混んでいるのではと勝手に思っていたのだが、その予想に反して、辿り着いた場所はほとんど人のいない静かな空間だった。

 

「ここに来る人は大抵、ここから見える夜景を目当てにしてんだ」

 

意外そうに目を丸くする明日奈の心境を悟ったのだろう慶介が、悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう言った。

 

「…なによ、そのしてやったりと言わんばかりの顔は」

 

「ん?いや、実際してやったりと思ってるから」

 

「…」

 

笑みが込み上げてくる。いつもは落ち着いていて、どこか年齢離れしている印象を受ける慶介だが、たまにこうして年相応の…というか、年以下の子供っぽさを醸し出す事がある。そのギャップというか、そういった所が明日奈に愛おしさを覚えさせる。

 

「?何だよその顔。俺何か面白い事言ったか?」

 

「ううん、何でもないよー」

 

感情が顔に出ていたらしい。明日奈の表情に疑問を覚えた慶介が首を傾げながら問いかけてくる。その問いに首を横に振りながら答えた明日奈は、慶介よりも一歩前に出てから、振り返って慶介に笑いかけた。

 

「それより、早く行こ?時間なくなっちゃう」

 

気付けば、もうすぐ明日奈が帰らなくてはならない時間が迫っていた。まだもう少し余裕はあるし、こうして慶介とギリギリまで話し続けるのも明日奈としては幸せな時間なのだが、せっかく慶介が自分に見せたいと言ってくれた景色をこの目で見てみたい。

 

慶介に手を引かれ、歩く明日奈。幾十秒も経たずに着いたその場所で、明日奈の視界に広がったのは茜色に染まった空だった。視線を僅かに下ろせばこれまた茜色に染まった町並み。目を巡らせると、遠くの方に建設から十五年が経った電波塔。

 

「…」

 

明日奈はどうしても、未だに大人気スポットであるそれから目が離せなくなった。似ても似つかないはずの、だが夕陽に照らされるその塔が、かつて見たあるものと重なって見えたからだ。

 

「思い出すだろ」

 

「ケイくん」

 

「全然似てないのにな」

 

慶介が見せたかったのは、これなのだと、ようやく呆けていた思考がはっきりとしだした明日奈は悟った。決して似ているわけではない。だが、陽に照らされ、朱く染まりながらそびえ立つ巨大な塔。今立っている場所は、地上から離れた高所。そして、隣にいるのは慶介。

 

あの世界が崩壊していく様を二人で見つめたあの時。

 

「あの時は、もうアスナに会えない。これでお別れだって思ってたのにな」

 

「…うん」

 

「でも、俺は生きてる。生きて今もアスナと一緒にいられてる」

 

「うん」

 

広がる景色を並んで見つめながら、慶介の言葉に頷く。

 

「…アスナは、もう二度と見たくなかったか?」

 

不意に、感慨に浸っていた慶介の声が不安げに細くなった。つい、と視線を上げる。慶介は、真っ直ぐに自分の顔を覗いていた。瞳の奥に、不安の色を浮かべながら。

 

「ううん。私、嬉しいよ?ケイくんとまた、あの時の景色が見られて」

 

「…ま、何度も言うけどあの浮遊城とは全然似てないけどな」

 

「んー…、あれがこう、丸みを帯びる形だったらなー。少し似てるって思えるのにね」

 

世界に誇る日本の建造物にケチをつける。端から聞けば一体何様だと思える会話は、二人に笑みを溢させる。

 

「ユイにも、見せたいな」

 

二人の笑い声が途切れ、静寂が一瞬流れた直後。慶介がポツリとそう呟いた。

 

確かに、この景色をユイにも見せてあげたい。そして、教えてあげたい。パパがボスを倒して、そして二人で見た景色はこんなだったんだよ、と。

 

「キリトくんと一緒に作ってるんだよね?ユイちゃんが現実の景色を見れるようにする機械」

 

「あぁ。…もうちょい時間掛かりそうだけど、近い内に実現させてみせるさ」

 

一応、現実の景色を映すカメラとユイの視界をリンクさせる事はすでに実現させているのだ。手元に必要な機具さえあれば、今すぐにでもユイに現実の色を見せる事はできる。

 

だが、恐らくこの景色はユイにとって、色の付いたポリゴンの集合体にしか見えないだろう。至近距離ならば何とか視認できるのだが、五メートル程離れてしまうともう駄目らしい。

 

しかし、それでもすぐそこまで来ているのだ。ユイと一緒に現実の景色を見ながら歩ける所まで。

 

「おっと、もうこんな時間か…。そろそろ帰らないと門限に間に合わなくなるぞ」

 

慶介がそう言ったのを聞き、明日奈は腕時計の文字盤に視線を下ろす。確かに、これ以上ゆっくりしていたら家の門限に間に合わない、そんな時間になっていた。

 

「うん。…また来ようね、ケイくん。今度は、ユイちゃんも一緒に」

 

「あぁ。次はユイと三人でな」

 

そう約束してから、二人は足を帰りの途に向ける。

 

「ね、ケイくん。今夜はログインできる?ユイちゃんにさっきの話を聞かせてあげたいから」

 

「そうだな。んー…、二十二時頃でいいか?」

 

明日奈がそう口にしたのは、下りのエレベーターを待っている最中だった。慶介は明日奈の誘いに頷いて答えたのだが、その表情は難しかった。

 

「あれ、何か用事でもあった?」

 

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだが…」

 

慶介の表情が更に苦々しくなる。何とか笑みを浮かべようとしているのだろうが、完全にその笑みはひきつっている。

 

少しの間、視線をあちこちに巡らせてから慶介は頬を掻きながら明日奈の顔を見てーーーーーーーー

 

「俺、ALOのアバターを別ゲーにコンバートさせる事になった」

 

そう、言った。

 

「え」

 

明日奈の表情が固まる。その言葉の意味を呑み込むまで、少し時間を要してから、

 

「えええええええええ!!?」

 

明日奈の口から飛び出した叫びは、丁度展望デッキに着いたらエレベーターから降りようとした人達を驚かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ショッピングをしてから移動して、綺麗な景色を見るという流れ、どこから見たことあるって?

はははソンナマッサカーニセコイノショウセツデミタコトアルナンテキノセイデスヨー

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