マダムとムッシュの中に混じり、慶介は明らかに周りから浮いた服装で通りを歩く。こういった視線にも雰囲気にも慣れている。慶介もまた、彼等がいる世界の中で生きているのだから。
何ら怯んだ様子もなく堂々と歩く慶介は、高級そうな雰囲気をぷんぷん醸し出すカフェの扉を開き、中へと入った。そのカフェは以前、ALOに囚われた明日奈の情報を菊岡から貰った時に来た店だ。この店に来たのはその時以来で、相変わらず優雅なマダム達がお茶を楽しんでいる様子に少し辟易する。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「いえ、待ち合わせです」
店内に入って来た慶介にウェイターの一人が慇懃に頭を下げながら声を掛けて来る。
それに対して視線も向けず、掌だけを向けて店内を見回す。そして、店の端にある四人用のボックス席にいた眼鏡の男と視線が合った。
「おーい、ケイ君!」
「…」
無遠慮に大声を出す男に、マダム達の非難の視線が一斉に注がれる。その男の視線の先にいる慶介にも同じく。完全なとばっちりである。
一つ、溜め息を吐いてから慶介はマダム達の視線を受けながら、そして慶介に声を掛けた眼鏡の男、菊岡ともう一人、すでに来ていた先客が座っていた席へと近づく。
「よぉ、キリト」
「あぁ。…ケイも呼ばれてたんだな」
古ぼけたレザーブルゾンにダメージジーンズ、黒づくめの格好をした少年キリト。本名桐ケ谷和人と挨拶を交わしてから、慶介はその和人の隣に腰を下ろす。
「いきなり呼び出して悪かったね。ケイ君も、好きなだけ注文していいからね」
「当たり前だ。…これとこれとこれ。後、エスプレッソを」
お冷とおしぼりを届けに来たウェイターに、メニュー表を見せながら品を注文する。
「…なんだ?」
「いや…。何か慣れてるな~、と」
「あぁ。まあ前に来た事あるからな」
注文の最中、隣の和人がじっ、とこちらを見ていたため何事かと問いかけてみれば、なるほど。確かに和人と同じく周りから浮いた格好で、こういった雰囲気とは掛け離れてそうな自分がこんな平然としてれば気にもなるか。
まだ和人達には父がどういった仕事をしているのかというのを話していない。別に話す必要はないし、聞かれた事もないから放っている。決して話す事に抵抗がある訳ではなく、今ここでその事について話しても良いが、本題から逸れそうなので適当にはぐらかす事にする。
「慶介君のお父さんはね、まあ所謂お偉いさんという奴でね。警察の刑事部長をやってるんだ」
「は?」
「…おい」
そう、思っていたのに。この男はあっさりと慶介の決断を踏み躙る。まあそんな大げさな事ではないのだが。
「警察組織の中では未来の警察庁本部長だったり未来の警視総監だったり、色々言われる程優秀らしいよ」
「…お前、お坊ちゃんだったのか」
「ぶっ飛ばすぞ」
菊岡の説明を聞いていた和人が目を見開き驚いた様子でポツリと口にした言葉に即座にツッコミを入れる。いや確かにお坊ちゃんなのだが、いざそう言われるとイラッと来るのは何故なのだろう。
だがそれにしても、確かに菊岡の言う通り父は組織上層部の期待をかなり寄せられてるのだが、何故その事を詳しく菊岡が知っているのか。
「ていうか菊岡。随分と詳しいじゃねぇか」
「まあ、SAO事件でちょっと関わりがあってね。それよりも、君達をここに呼んだ本題に入るけど…」
ちょっと突いてみたが、あっさりと流されてしまう。確かにSAO事件で父と関わるのは自然な流れにも思えるが、慶介は以前、父の前で菊岡の名前を出した時の様子を思い出す。
あの時、父は苛立ちというか、不安というか、そんな感情が混じった複雑な表情を浮かべていた。父と菊岡、何らかの因縁があると慶介は睨んでいるのだが、父も菊岡もその事についてまるで尻尾を出さない。
「いやあ、またバーチャルスペース関連の犯罪が増えてきてねぇ…」
「へぇ。具体的には?」
「先月だけで仮想財産の盗難が百件以上。咥えて現実世界における傷害十三件、内一件は傷害致死。まあ、これでも日本全国の傷害事件数から見たら微々たるものなんだけどね。だけど今はVR関連の事件に世間は敏感だから」
タブレットを操作しながらどこかうんざりした様子で言う菊岡は、さらに続ける。
「中にはこういう人もいる。『ゲームの中で気持ち良かった殺し方を、現実でも試したかった』…だって。ホント、ゲームってどうしてPKなんて有効にしてるんだろうね?」
菊岡はそう言うと、タブレットを操作する手を止めて慶介と和人と交互に視線を合わせた。
「んなもん、売れるからに決まってんだろ」
「「…」」
そして、何を当たり前の事をと言わんばかりにそう即答した慶介に、和人と菊岡の視線が集まった。
「…え、俺、何か変な事言った?」
「あ、いや…。そういう訳じゃない、けど…」
何故こんな視線を浴びてるのかと疑問符を浮かべる慶介。そんな慶介に問われ、苦笑する和人。そして目を丸くして慶介を見続ける菊岡。
「…慶介君。それはどういう意味だい?」
「どういう意味も糞もないだろ。PKを入れた方がプレイヤーの競争心を煽れる。プレイヤーは他プレイヤーとの競争にのめり込む。PKがないゲームにも楽しい物はあるけど、どっちの方が人気が出るかは明らかだろ」
勿論、他の仲間と一緒に敵に立ち向かう。そんな風に楽しめるゲームはたくさんあるし、今でも愛されている。だが、他プレイヤーと争い、勝ち、負け、喜び、悔しがり、そんなゲームの方がプレイヤーは断然のめり込んでいく。
MMORPGという物は奪い合い。慶介と和人はそう思っている。エンディングのないゲームに向かうプレイヤーの原動力は、他プレイヤーよりも上に立ちたいという優越感への渇望なのだ。
「ゲームは努力すればするほど結果に現れる。でも現実ではそうじゃない。努力したって結果に現れるとは限らない。…ゲームでなら、簡単に《強さ》を手に入れられる」
「強さ、ね…」
語りながら、何でこんな話になったのだろう、とふと思う。会話を頭の中で遡れば、やはり菊岡が元凶ではないか。本当に何故、菊岡はこんな所に自分と和人を呼び出したのか。
「お待たせしました」
「あぁ、ありがとう」
会話が一旦途切れた所で、慶介が注文した品物が届いた。ウェイターが慶介の眼前に空いたスペースにチーズケーキ、シュークリーム、マドレーヌとエスプレッソを置いていく。
ウェイターがプレートの上から全ての品物を移し、去って行った直後に慶介はフォークを手に、チーズケーキを口に運ぶ。…うん、美味い。正直この店の中に満ちる高級感は気に入らないがやはり出す品の味はそれに見合ったものだ。味だけは気に入っている。
「キリト君はどうだい?ケイ君の話を聞いてて、どう思う?」
「…ケイは大分バッサリ言い捨てたけど、まあその通りだとは思う。俺だって、やっぱりゲームしてたら他の人より上に行きたいって思うし、《強さ》だって欲しいって思う。現実で筋トレするよりゲームでレベル上げする方が断然楽しいしな。まあ、ゲームでどんだけ強くたって現実では何にもないけど」
「…逆は然りなのにな」
「…」
菊岡は今度は和人に問いを向け、和人がその問いに答える。
そして和人が答え終わった直後、ぽつりと口から出た慶介の呟きは隣の和人、正面の菊岡の耳に届いており…、二人は揃って苦笑いを浮かべた。
慶介の一言。
その一言に当てはまる人物が誰なのか。今は言うまい。
「でも、君達が言うゲームでの《強さ》。それは本当に、ゲームだけの…心理的なものだけなのだろうかね?」
「…」
「どういう意味だ?」
苦笑していた菊岡の表情が突然、険しいものへと変わる。すると菊岡はそのままそんな事を口にした。慶介は口の中のチーズケーキを咀嚼しながら菊岡に視線を向け、和人は簡潔にそう聞き返した。
「ゲームの中の自分を鍛えている内に、実際に何らかのフィジカルな影響を現実の肉体に及ぼす。…それは絶対にあり得ない事なのか」
何をふざけた事を、と菊岡の科白を聞いた直後、即座にそう言い返そうとした慶介だったが、菊岡の表情は真剣そのものだ。断じてふざけて言っている訳ではない。
「…じゃあアンタは、例えばALOでのソードスキルが現実で使えるようになるかもしれない。そう言いたいのか?」
「そこまでは…と言いたい所だけど、まあバッサリ言っちゃえばそういう事だね。ゲームの中で上げた筋力が現実に影響し、つい昨日まで持てなかったバーベルが次の日にいきなり持てるようになる、とか」
「ハッ。もしそれが本当だったら、世界中の人間が毎日ゲームに潜りたいだろうよ」
「だけど、フルダイブ機器が神経系に及ぼす影響についてはまだ研究が始まったばかりだからな…。基本的には寝たきりなんだから、基礎体力は落ちるだろうけど、火事場の馬鹿力的な瞬間出力となるとどうなるか…」
「今日の本題はそこなんだ。…これを見てくれ」
菊岡はタブレットを慶介達に差し出した。慶介と和人は一度目を見合わせてから、和人がタブレットを受け取り、慶介にも見える位置にタブレットを置いた。
液晶画面に映し出されているのは見知らぬ男の顔写真。そしてその男のものであろう、住所等のプロフィール。伸ばしっぱなしの清潔感がまるでない長髪と、銀縁の眼鏡、頬と首にはかなり脂肪がついていた。
「…誰だ?」
「…アンタが言った、最近増え気味のバーチャル関連の事件の犯人、とか?」
「惜しいねケイ君。良い所を突いてるけど、逆さ」
「逆?」
逆、とは、つまり…。とそこまで考えた時、菊岡は慶介と和人が覗いていたタブレットを取り返し、指を画面に走らせた。
「先月、十一月十四日。東京都中野区某のアパートで掃除をしていた大家が異臭に気が付いた。発生源と思われる部屋のインターホンを押しても反応がない。電話にも出ない、だが部屋の電気は付いている。妙に感じた大家は警察に通報。警察と一緒に電子ロックを解錠し部屋に入った所、この男…茂村保二十六歳の遺体を発見した。遺体は死後五日が経っており、ベッドに横になっていた。そして頭に…」
「アミュスフィア、か」
和人の一言に頷いてから、菊岡は軽く頷いてから続ける。
「部屋は散らかっていたが荒らされた様子はなく、事件性はないと判断された。変死という事で司法解剖が行われ、死因は急性心不全という事になっている」
「心不全、ね。原因は?」
「解らない」
「「は?」」
一度言葉を切った菊岡に問いかけると、思わぬ答えが返って来た。そのせいで、二人の呆けた声が重なった。
「さっきも言ったけど、死後五日が経っていて、その上事件性が薄かった事もあってあまり精密な解剖は行われなかったらしい。ただ、彼はほぼ二日にわたって食事もとらずログインしっ放しだった様だ」
「良くある話だな」
そう言って、慶介は再び集中をチーズケーキに向ける。
その手の話は珍しくはない。特にVRでは現実世界で何も食べなくとも、仮想世界で食事をすれば数時間にわたって満腹感を味わえる。トッププレイヤー、もっと言えば廃人と呼ばれる人達はひどければ二日に一度しか食事を取らないという人もいるという。ただ、仮想世界で食事をしても当然栄養は全く取れないため、何時の間にか栄養失調、そのまま心臓発作、というのは少なくない。
そのせいか、こういった例が出始めた頃はかなり世間の注目を浴びていた。ゲームをし続け変死、という事実を家族は隠し、ニュースには流れないのだがどこからか漏れた話が噂となり、周囲に広がっていく。だが、今となっては良くある話だ、の一言で終わるようになってしまった。
「それで?この事件に何があるんだ。その何かに俺達を呼び出した理由があるんだろ?」
和人が菊岡に問う。その間に慶介はチーズケーキを食べ進め、最後の一口を口に入れてから、今度はシュークリームが載った皿を手元に置き、菊岡に視線を向けた。
「この茂村君のアミュスフィアには一タイトルしかインストールされてなくてね。《ガンゲイル・オンライン》…知ってるかい?」
「あぁ。日本で唯一プロがいるゲームとして有名だからな」
ガンゲイル・オンライン。その名を聞いた瞬間、慶介はどきりと心臓の鼓動が一瞬、激しくなったのを感じた。思い出されるあの一言。友人の口から出てきたにも関わらず、慶介の耳には全く別の声に聞こえたあの言葉。
あれから友人はあの謎のプレイヤーについて更に話すようになった。やれ有名な、プロではないかと噂されたプレイヤーを倒したやら、また一人謎のログアウトをしたプレイヤーが出たやら。
まさか―――――――
「おい、ケイっ」
「っ…、あ…、なに…?」
「なに、じゃないだろ。お前、すげぇ顔してるぞ」
和人にそう言われたところで、慶介はようやく背筋を奔る寒気と蟀谷から流れる汗を自覚した。
何とか心臓を落ち着かせようと試みるも、その意は何の意味もなさず。仕方なく慶介は時間に任せる事にし、一度小さく息を吐いてから視線を上げた。
「別に何でもねぇよ。菊岡、続きを話せ」
「…本当に大丈夫かい?」
「何でもねぇって。こっちも予定があんだから早くしろ」
これ以上話しているとボロが出そうに思えた。だからとにかく菊岡に続きを急かす。
菊岡は少しの間、未だ顔が青いままの慶介を眺めてから口を開いた。
「彼は<ガンゲイル・オンライン>、略称GGOの中では指折りのトッププレイヤーとして名を馳せていたらしい。まあ、余り周りのプレイヤーからの評判は良くなかったらしいが…。十月に行われた最強者決定イベントで優勝している所を見ると、実力は確かなようだ」
「評判が悪いって…。そりゃトッププレイヤーは嫉妬を買いやすいからな」
「いや、そうじゃない。彼は言葉巧みに他のプレイヤーに流行をミスリードさせ、それを利用して上手く立ち回っていたそうだ」
「うわ…」
「…」
その茂村という男がGGO内でやっていた所業を聞き、和人が引いている中、慶介は先程以上に気が気でない状態だった。
どこかで聞いた事がある話だ。それも最近、身近で。友人があるプレイヤーの言葉を信じ、騙され、怒り狂っていた話。確か、そのプレイヤーの名前は――――――
「キャラクター名は、
「っ」
息を呑んだ。友人の怒りの矛先であり、そして謎の失踪を遂げていた男の名が菊岡の口から飛び出てきた。
「じゃあ、死んだ時もGGOにログインしていたのか?」
「いや、どうもそうではないらしい。《MMOストリーム》というネット番組にゼクシードの再現アバターで出演中だった様だ」
「あー、《今週の勝ち組さん》か。そういや一度、放送中に出演者が落ちて番組が中断したって聞いた事があるけど…」
心臓の鼓動が更にうるさく、激しくなる。
まさか、そんな馬鹿な。そう叫びたい衝動を必死に抑える。
じゃあ、何だ。あのゼクシードはあの謎のプレイヤーに撃たれ、死んだとでもいうのか。
心の底から湧いてくる疑惑を否定し続けるも、それを嘲笑うかのように菊岡はゼクシードが落ちる直前にゲーム内のとある酒場で起こった出来事について。その出来事の直後ゼクシードは強制ログアウトを起こし、そしてアミュスフィアのログから通信が途絶えた時刻と死亡推定時刻がほぼ一致していると菊岡が説明する。
それだけではなく、菊岡は更にもう一件、同じ類の変死、そしてゲーム内での出来事があったと説明した。
「…その二人を銃撃した犯人は、同一人物なのか?」
「そう考えていいだろうね。裁き、力、といった言葉の後にゼクシードの時と同じキャラクターネームを名乗ってる」
「…どんな…?」
和人が強張った声で菊岡に尋ねる。その犯人が名乗った、名前を。
菊岡は口を開き、そして、
「《
「え…」
菊岡が声を発する前に、慶介がその名を口にした。
「…違ったか?」
「いや、合ってるけど…。ケイ君、知ってるのかい?死銃を」
「勿論、その死銃さんが誰か、までは知らねぇよ。けど、友達にGGOに嵌ってる奴がいてな。そいつから話は聞いてる」
嘘ではないが、真実でもないその文を言い切ってから、カラカラに乾いた口内にエスプレッソを流し込む。すっかり温くなってしまったコーヒーは何とも言えない微妙な味がする。
「…それで?菊岡さん、その二人の死と死銃の銃撃は
カップを置き、シュークリームを食べ始めた慶介を余所に、和人が冷たい目を菊岡に向けながらそう問いかけた。
確かにここまで長い話を聞かされてきたが、本題と思われる話は未だに聞いていない。
時間も限られているのだから、いい加減その本題とやらを話してほしいのだが。
…まあ、大体予想は付くが。
「…うん。じゃあ、本当の本題の本題の話になるけど…」
菊岡は頷いてから、にっこりと笑みを浮かべて―――――――
「二人にガンゲイル・オンラインにログインして、この死銃なる男と接触してほしいんだ」
ほぼ慶介の予想通りの言葉を口にした。
「接触、ねぇ…。ハッキリ言ったらどうだ。死銃に撃たれて来いって」
「…てへっ」
「やだよ!何かあったらどうすんだよ!そんなに死銃について知りたいならアンタが行って来い!そんで撃たれろ!」
「さっきは偶然の一致だって言ったじゃないか!待ってくれよキリト君!」
立ち上がり、通路に出ようとして、しかし慶介が座っているせいで動けない和人を何とか落ち着かせようとする菊岡。
「この死銃氏はターゲットにかなり厳密なこだわりがあるようなんだ」
「こだわり?」
行き場を失くし、やむなく腰を下ろした和人。そして和人がとりあえず話を聞く姿勢を見せたのを見た菊岡は続ける。
「ゲーム内で撃ったゼクシード、薄塩たらこはどちらも名の通ったトッププレイヤーだった。つまり、強くないと撃ってくれないんだよ。そこで二人を呼んだ訳さ」
「…どういう意味だ」
「かの茅場氏が最強と認めたケイ君。そしてそのケイ君と互角に渡り合えるキリト君。君達二人なら…」
「無理だ!GGOってのはそんな甘いゲームじゃないんだ。プロがうようよいるんだぞ」
「それだ。そのプロってのはどういう意味なんだい?」
「…言葉通りの意味だ」
和人が説明を始める。
ガンゲイル・オンラインは全VRMMOの中で唯一、
そんなシステムを採用しているのだ、GGOにはかなり多くのプレイヤーが集まりしのぎを削っている。その競争レベルの高さは全MMOの中でトップと言われるほどだ。和人が言ったプロというのは、そんな世界の中でも毎月コンスタントに稼ぐプレイヤー達の事。
「大体、あの世界のメイン武器は銃だ。飛び道具だ。俺達の専門外だ。他を当たってくれ」
「アテなんて君達以外にないんだよ。僕にとっては君達が唯一と言っていい現実で連絡を取れるプレイヤーなんだから」
一応、菊岡もALOをプレイしてそれなりの数のプレイヤーと交流が出来ている筈なのだが。
「それに相手がプロというのなら、君達も仕事という事にすればいいじゃないか?」
「は?」
「GGOのトッププレイヤー月に稼ぐ額と同じ額を報酬として支払おう」
言いながら、菊岡は三本指を立てる。
チラリと横目で和人の様子を見てみれば、かなりぐらついているようだ。
それもそうだ。菊岡はGGOのトッププレイヤーの月収と同じ額と言った。
つまり、三×十万。
「…解らないな。何でそこまでこの件に拘る?ただのありがちなオカルトな噂だろう?」
「実はね…。上の方がちょっと、この件を気にしてるんだ。ケイ君のお父様も、この件を担当していると聞いてるよ」
「…」
話を聞きながらもシュークリームを食べる手を止めない慶介。
そうして最後の一口を飲み込んでから、慶介は視線を向けてくる菊岡を見返す。
「別に父さんの事で俺を揺さぶらなくてもいいぞ。それとは関係なく、依頼は受けるつもりだから」
「なっ…」
隣で和人が絶句したのが、微かに届いた声で解った。
「おいケイ、本気か?俺以上にGGOに詳しいお前なら、どれだけ無謀か…」
「そんなの行ってみなきゃ解んねぇだろ」
嘘だ。一度友人に強制され、GGOにログインした事がある慶介は、あの世界の過酷さをこれでもかと思い知らされた。ALOのアバターをコンバートし、尚且つ一対一でならば何とかまだやれたのではと思うが、それでももう二度とやらない、と慶介に思わせるには十分すぎた。
だが今、そうは言ってられない。もし死銃が本当にあの人物なら、あの時仕留め損ねた自分が行かなければならない。
「…俺も行く」
「は?」
決意を新たに固め直した慶介の隣で、和人がポツリと一言。
「ここで俺は行かない、なんて言えないだろ。友達一人見捨てた感じで」
「いや、だけど…」
「うるさい。もう決めた。行く」
「…」
何も言えない。もう完全に覚悟を決めた顔だ。こうなった和人は梃子でも動かないだろう。
「依頼受諾、という事でいいのかな?」
「あぁ」
「…」
和人を巻き込むつもりはなかったのだが、こうなったら仕方ない。それに一人で乗り込むのも正直心細かったのが本音だ。
だが、GGOにログインする前にまず、これだけは話しておかなければならない。
「キリト、菊岡。…これは俺の勝手な想像で憶測に過ぎない」
「…何だよケイ、いきなり」
「ただ、可能性はある。…俺は、死銃の正体に心当たりがある」
「なっ!?」
「…ケイ君。それは本当かい?」
先程以上に絶句する和人。そして目を細めながら聞き返してくる菊岡に慶介は頷いた。
「友人から聞いた。死銃が薄塩たらこを撃った直後、口走った言葉があったらしい」
「言葉…。それは力、裁きといった単語以外でかい?」
「あぁ。そいつは、こう言ったそうだ。『It’s show time.』」
「…ケイ、まさか」
これはケイとキリトにとって、決して浅くない因縁の言葉。
「死銃は、ラフィン・コフィンの生き残りの可能性がある」