レコンの雄姿を目の当たりにし、この戦いで何としても世界樹の上へと辿りついてみせるという意志をさらに固めたケイ達。だが、戦いは次第に、ケイ達が不利な方向へと傾きつつあった。押し込まれ、立ち位置を下げられる。リーファからのヒール魔法のペースも間に合わなくなっていく。
ケイ達の表情も、苦悶に染まり始めたその時だった。下方からうねる、風の波が押し寄せてきたのは。
同時に、人の叫び声がどんどん近づいてくる。堪らず、一度ケイ達は守護騎士達から距離をとり、視線を下へ向けた。
「何だ、これ…」
その光景を見たケイは、呆然とするしかなかった。何故なら、多数の重装備をした戦士達がこちらを目掛けて上がってきているのだ。さらにその後方には、巨大なドラゴン、だろうか。
およそ十匹のドラゴンの背には、それぞれ一人ずつ、重装備を施した戦士が乗っている。
「っ!」
アインクラッドでも見た事のない多大な集団に圧倒されていたケイだったが、背後から迫る気配に視線を切る。
守護騎士達が痺れを切らし、こちらに襲い掛かって来たのだ。すぐさまケイは、剣を握る手に力を込め、迫る守護騎士に応戦しようとする。
刹那、ケイのすぐ傍を緑の雷光が横切り、そして迫っていた守護騎士を貫通した。
雷光を受けた守護騎士が四散していくのを、ケイは眺める事しかできない。
「我らの後方に!」
「っ…」
直後、ケイに寄ってきた一人の戦士が、言葉短く告げる。状況が良くわからない、が、どうやら彼らは世界樹攻略に力を貸してくれている、と判断を降す。簡単にそう考えていいのかと、一瞬ケイの心の中でブレーキがかかるが、キリトとサチが戦士達の援護を受けながら闘っているのを目にし、迷いを打ち消す。
ケイ達四人に加え、さらに六十人のプレイヤーと力を重ねた一個集団は、無限に沸き続ける守護騎士の壁を打ち壊しながら上へと上がっていく。爆発音が鳴り響き、守護騎士が四散するポリゴン音は決して鳴り止まない。
この戦いは間違いなく、この世界で行われた最大の戦闘だろう。
「ケイ!」
「キリト!サチ!」
離れた場所で戦闘を行っていたケイ、キリトとサチが再び同じ場所で集まった。彼らは背中合わせで周囲を警戒し、得物を構える。
「背中は任せる!」
「あぁ!」
「勿論!」
声を掛け合い、同時に飛び出す。
時には自身に襲い掛かる守護騎士達を切り払い、時には互いの援護を行い、それはまさに集団戦闘の理想といえる動きのオンパレードだ。
援護に来てくれた集団についていく形で上を目指していたケイ達だったが、あっという間に彼らを追い抜き、集団の先頭へに立つと、他者の追随を許さぬ速さで守護騎士達を斬り倒し、上昇していく。
ケイ達が守護騎士を打ち払い、後方からはシルフ、ケットシー合同部隊が魔法、ブレス攻撃で守護騎士達を焼き払う。通常では考えられない大人数による猛攻を受け続けた守護騎士達で構成された強大な壁に、遂に、ようやく再び小さな空洞ができた。
その瞬間を、ケイは、キリトは、サチは見逃さなかった。
翅を煌めかせ、一気に、最短距離でゲートへ繋がる空洞目掛けて飛翔する。
そんな彼らを、尚も妨げようとする守護騎士達。だがそれも、ケイ達の勢いを止める事は出来ず、胴から、あるいは首から分断され、守護騎士達は四散していく。
下方にいる合同部隊との距離も大きく開いていき、遂にゲートまで残り数秒という所にまで迫る。
「「「はぁああああああああああああああ────────!!!」」」
無意識のうちにあがる雄叫び。後はもう、ただただ突っ切るだけだった。
気付けば、彼らの視界から守護騎士の姿は消えていた。
騎士の雲海を越え、ケイ達はゲートへと辿り着いたのだ。
リーファは、キリト達が守護騎士の防壁の向こうへと上り詰めた光景を目にし、どこか胸に穴がぽっかり空いたような、そんな空虚な気持ちを抱いていた。
彼らが…、キリトが望みを叶えたこと自体はとても喜ばしい事だ。…なのに、何故か。
キリトが…、兄が、どこか自分の手の届かない所へ行ってしまったような気がして。
「リーファ」
「…サクヤ」
不意に優しく肩を叩かれ我に返る。振り返れば、笑みを浮かべ、リーファの方に手を乗せるサクヤの姿があった。
「行こう。…我々にできるのは、彼らの無事を祈るだけだ」
「…うん」
サクヤに言葉を掛けられ、何とか微笑みを作るリーファ。
何とも、自分でもひどい顔だと分かってしまう出来ではあったが、サクヤはそれについて触れる事なく、全部隊の撤退を指示している。
「…っ」
最後に、キリト達が抜けていった空間────今はもう、新たに生成された守護騎士達によって埋め尽くされた場所を見遣ってから、リーファは体を反転させ下降していく。
サクヤの言う通り、もう自分が手を貸せる時間は終わったのだ。自分にできるのは、彼らの無事を願うのみ。
そう、分かってはいても。胸にしこりのように残る無力感を打ち消す事は出来ないまま。
リーファは悔しさに耐え切れず、小さく歯を軋る音を鳴らした。
ケイ達は守護騎士密集地帯を抜け、一気にゲートに向かって駆け抜けた。
ある域からは重力が反転しているらしく、その地点で突然、上昇から落下へという急激な感覚の変化がケイ達を襲う。それでも何とか着陸に成功し、顔面からゲートへ激突、という事態は回避できた。
円形のゲート。その中央から十字型に亀裂が入っており、恐らく開くときは中央から開いていくのだろう。ケイは迷わず、すぐさまゲートに向かって手を伸ばした。
「開かない…!?」
だが、扉が開く気配は全く感じられず。堪らずケイは、手に握っていた刀を振りかぶり、力一杯振り下ろした。
それでも、ケイの手に伝わってくるのは硬い感触のみ。剣尖と石の扉がぶつかり、ただ火花だけが寂しく散るだけだった。
「どうなってるんだ…!」
「…ユイ」
隣に立っていたキリトが、この事態に表情を歪めながら呟く。さらにその隣に立っているサチも、どうして、という戸惑いを隠せない様子でいた。
こうしている間にも、時間は過ぎている。ゲートの元に辿り着いたにも関わらず、まだクエストは続いているらしく、守護騎士が生成されていく音が焦りを駆り立てる。
そんな中、ケイはぽつりとユイを呼んだ。胸ポケットから鈴の音を小さく響かせながら、ピクシーの姿でユイが飛び出してくる。
「────皆さん、この扉はクエストフラグによってロックされているのではありません!単なる、管理者権限によるものです!」
「なっ…」
「そんなっ!」
扉に触れ、素早く振り返ったユイが告げたのは、絶望的なものだぅた。その言葉の意味を、ケイ達は即座に悟ってしまう。
つまり、この扉はプレイヤーには絶対に開けられないという事─────。
(嘘だろ…。じゃあ、グランドクエストなんてもの、初めから…!)
初めて、この樹の中で守護騎士達と交戦をしてから違和感は感じていた。そして、その違和感の正体にも何となく気が付いてはいた。それでも、そんなはずはないとその可能性を否定し続けていた。
だがもう、誤魔化しは効かない。
ここは…、この世界は腐っている。プレイヤー達のせいではない。この世界を創り出した管理者が、この世界にいる全ての人達を見下ろし、眺め、嘲笑っているのだ。
「ふざけやがって…!」
怒りを抑える事ができず、激情が籠った声がケイの口から漏れる。
現状は絶望的だ。管理者権限でこの扉が閉ざされている以上、ただの一プレイヤーである自分達ではこの扉を開く事は出来ない。唯一の頼みの綱であるユイも、管理者権限を単独で使用する事は出来ない。
せめて…、何か、アクセスコードがあれば、ユイの力でどうにかなる可能性もあるのだが。
(…アクセス、コード?)
そこまで考えた時、ふと頭の中でとある光景が過った。それは、世界樹に入る前の事。アルンにやって来て、世界樹に向かって歩いていた時の事。ユイがアスナの反応を捉え、その場所へ飛んで行ったが、不可視の障壁に妨げられたあの時だ。
あの時、恐らくはアスナが落としたカードキーのようなオブジェクト。ユイはあれを、アクセスコードと…
「ユイ、これを使え!」
結論を出しきる前に、ケイは動いていた。右手でポケットからあのカードを取り出し、ユイの前に差し出した。ユイは一瞬、大きく目を丸くした後、ケイの考えを察したのか大きく頷いた。
「ケイ、それは…?」
「話は後だ。…でも、これでもしかしたら、この扉を開ける事ができるかもしれない」
あの時、傍に居らず、先程ケイが取り出したカードが何なのか分からなかったキリト達。
だが、このカードが最後の希望だとケイの言葉を聞いて悟り、緊張した面持ちでユイの作業を見守る。
ケイからカードを受け取ったユイは、小さな手でその表面を撫でる。すると、光り出したカードがゆっくりと、ユイへと流れ込んでいく。
「コードを転写します!」
カードからコードを読み込み終えたユイが、両手を扉に添える。
ユイの手が触れた部分から、青い光の線が放射状に広がっていく。その光の眩さに、ケイ達は腕で目を覆う。
「転送されます!皆さん、手を繋いでください!」
扉自体が発光を始めたその時、ユイが言った。
ケイ達はユイの言う通り、それぞれ隣に立っていた者と手を繋ぎ、そしてユイを加えて輪を作る。
扉から伸びた光のラインがユイへと伝い、そして手を繋げたケイ達にもラインが奔る。
瞬間、すぐ背後で守護騎士達の奇声がした。状況が状況ですっかり失念してしまっていたが、未だ守護騎士は無限に生成され、自分達はターゲットにされているのだ。これまで妨害されなかったのもただ運が良かっただけ。
思わず身を固くする。だが、交戦をしようにも、ここで手を離せばどうなるのか。
ここはもうユイに全てを委ねるしかない。ケイはそう願いながら、さらに増していく光に目を閉じた。
この時、ケイは気付いていなかった。その発行の元が、ケイ自身…、ユイと両手を通して繋がっていた四人であった事を。
ケイ達の体が薄れ、透過していく。守護騎士達の剣はすり抜け、そのまま通り抜けていく。
「っ」
不意に、前方に体が引っ張られる感覚がした。そのままケイの体は吸い込まれていく。開いたゲートの奥へと、光の中へ。
まるで体が溶け、水と一緒にどこかへ流れていく感覚────
直後、グランドクエストの舞台である世界樹下部の中に、プレイヤーの姿は消えていた。
守護騎士達は役目を終え、次々に体を崩し、溶けるように消えていく。
ゲートは閉じ、先程までALO最大の戦闘が行われていたとは信じられない静けさが、この場所を包んでいた。