SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第72話 見えない頂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリト達が剣を抜く音が聞こえる。ケイも、いつでも刃を抜けるように右手を柄に添える。

扉が開き、そこから一気にドーム内へと侵入すると、ケイ、キリト、サチの三人が凄まじい加速を以て飛び上がる。事前に打ち合わせた通り、グランドクエストを攻略するには長期戦は絶対に避けなければいけない。守護騎士が生成される前に、少しでも天蓋のゲートへと近づく。

 

リーファとレコンは前線へと出ず、後方ヒール魔法の詠唱を始めている。二人の役割は、守護騎士にターゲットにされないよう攻撃はせず、パーティーの回復に専念してもらう。

 

どろり、と、発光部から粘液が垂れるとそれが守護騎士の形を形成していく。気づけば、上部ゲートがほとんど見えなくなるほど、ケイ達頭上を守護騎士達が覆っていた。

 

ケイ達三人と、守護騎士の先陣が互いを目掛けて突っ込んでいく。そして、二つの陣がぶつかり合った瞬間、ドーム内を揺るがすほどの爆音が響き渡る。

 

 

「す、すげぇ…」

 

 

低く呻くレコンの視界には、周囲から襲い掛かる守護騎士の胴を切り払い、尚も上を見据えるケイ達の姿があった。この世界で、あれだけの数のモンスターをああも簡単に切り伏せる事ができる剣士を、レコンもリーファも見た事が無かった。

 

 

(確かに凄い…。でも…っ)

 

 

確かにケイ達の戦いぶりは凄まじい。守護騎士の包囲に対して下がることなくそれどころか、少しずつ天蓋のゲートへ接近している。これは、前回リーファ達三人でグランドクエストに挑戦した時には見られなかった光景だった。あの第一陣で足を止められ、第二陣で次第に押し戻され、そしてキリトのHPが尽きてしまったのだ。

 

しかし今回はゆっくりではあるが、間違いなく上へ上へと進んでいる。それが、ケイの加入によるものが大きいのは見ていれば分かった。彼は自身に襲い掛かる敵を薙ぎ払いながら、キリト、サチに狙いを付ける騎士の存在を察知し、彼らが襲われる前にそれらを倒しているのだ。何という速い立ち回りなのか、キリトとサチも速い速いと思っていたが、まさかその上がいるとは。

 

だが、それを考慮していても。第一陣を退け、さらに上昇していく彼らの頭上を覆う、第二陣にリーファは戦慄を隠せなかった。

 

 

「っ、レコン!」

 

 

「う、うん!」

 

 

その時、第二陣の攻撃を受け、キリトのHPが一割ほど減少してしまう。それを見逃さなかったリーファとレコンは、待機状態のまま保っていたヒール魔法を発動させ、さらに半分にまでHPを減らしていたキリトを全回復させる。

 

 

「リーファ!レコン!」

 

 

だが、キリトにスペルが届いた瞬間だった。一部の守護騎士達の視線が、ケイ達三人からリーファとレコンの方へと移る。それを感じ取ったサチが、堪らず呼びかけるが、間髪おかずに襲い掛かる守護騎士の対応で身動きがとれない。

 

リーファとレコンはケイ達と比べてかなり下方で待機していた。その理由は言うまでもなく、回復役である彼らを守護騎士達のターゲットにさせないためだ。本来、ALOのモンスター達はダメージを受けないか、または反応圏内にプレイヤーが侵入しない限りはヘイトを向ける対象を変えたりしないはずなのだが。

 

 

「なっ…!」

 

 

五匹で構成された一群が、リーファとレコン目掛けて下降してくる。恐らく、生成された守護騎士達はある種、パーティーやギルドのような扱いだと思われる。通常のアルゴリズムであれば、仲間がダメージを受ければ、仲間を傷つけた相手にヘイトが向くのが普通なのだろうが…。相当悪意のあるアルゴリズムを守護騎士一体一体は持っているようだ。これでは、前衛にアタッカー、後衛にヒーラーというオーソドックスな配置が意味を成さない。

 

 

「奴らはあたしが引きつける!レコンはヒールを続けて!」

 

 

リーファは腰の鞘から剣を抜き、こちらに向かってくる守護騎士達に対して構えようとする。

 

 

「待って!」

 

 

だが、大きく声を発しながら腕を掴んできたレコンにリーファの動きは止まる。

 

 

「リーファちゃん。僕、正直に言ってよくわかんないんだけど…。これは…、この戦いは、すごく大事な事、なんだよね?」

 

 

この時のレコンの顔は、彼と会ってからこれまで、見た事が無かった。真剣な顔で、でも瞳の中では何故?という戸惑いが見え隠れしていて。そんな彼に申し訳なさのような、そんな気持ちを抱きながらも、リーファは返す。

 

 

「…そう。きっと今だけは、ゲームじゃないのよ。…あの三人にとっては」

 

 

黙り込むレコン。さらに接近してくる守護騎士。レコンには悪いが、このままやられる訳にもいかない。リーファは再び剣を構えようとして────

 

 

「…あの人達にはとても敵いそうにないけど。僕が何とかしてみるよ」

 

 

上昇していくレコンを、止められなかった。

 

 

「え────」

 

 

その手にコントローラーを握り、正面から守護騎士群へ突入していくレコン。

 

 

「ば、ばかっ…!」

 

 

慌ててレコンを追いかけようとするが、再びキリトのHPが減少しつつある。それだけでなく、ケイも、サチもHPがもうすぐ半分を割ろうとしていた。

 

幸か不幸か、こちらに向かって来ていた守護騎士群は上昇していくレコンを追いかけていった。すぐさまリーファは詠唱を始める。その間も、レコンは守護騎士達に向かって上昇していた。

 

 

 

 

 

 

(何で僕はこんな所で戦ってるの?)

 

 

飛行中に装備しておいた風属性の範囲攻撃魔法を放ち、向かってくる守護騎士を斬り落とす。

 

 

(グランドクエストだよ?僕たちシルフとケットシーが同盟を組んでも…、それでもクリアできるかどうかわからないクエストを…、何で僕は、こんな少ない人数で挑戦してるんだろ)

 

 

歯を食いしばり、空中で崩れそうになる体勢を必死に保ちながら魔法を放ち続ける。

 

下らない。下らない下らない下らない。たかがゲームだ。何でこんなに歯を食いしばって戦わなきゃならないんだ。それも、良くわからない、会ったばかりの人達の頼みを受けてなんて、どうかしてる。

 

元々、のんびりと楽しめるゲームを探していただけなのに…。偶然このゲームのパッケージを見つけて、お小遣い前借で親に頼んでアミュスフィアと一緒に買ってもらって。いざログインしてみたらなんという事だ、PK有りの殺伐としたゲームではないか。穏やかな妖精が描かれたパッケージに騙された。とはいえ、今ではすっかりこのゲームにのめり込んでいるのだが。それでも、こんな全プレイヤーの最前線で戦う気などさらさらなかったのに────

 

 

「レコン、もういいよ!早くそこから逃げて!」

 

 

下から、リーファの声が聞こえる。

 

 

「キリト!レコンの援護、行けるか!?」

 

 

「無理だ!…くっ、サチ!」

 

 

「ダメ…!数が多すぎる!」

 

 

どうやら彼らから、自分は相当頼りなく見えるらしい。…まあ実際、自分としてもそう見えてしまうのだから当然といえば当然なのだが。

 

この先程組んだパーティーの中で一番の足手纏いは自分だと、レコンは自負していた。自分よりも後からこの世界に来たリーファにはとっくに腕は抜かれ、あの三人は完全に別次元の強さを誇っている。誰から見ても、足手纏いはこいつだと指を差されると自信を持って言える。

 

 

(…だけど)

 

 

だからこそ────

 

 

(僕にしかできない事で、あの人達の役に立ちたい!)

 

 

ゲームなのだから、ここで失敗したってまたもう一度挑戦できる。なのに何故か、あの三人は今この時が全てと言わんばかりに、死力を尽くして戦っている。

 

────何で僕はここまで…。あの人達がどんなに必死になろうと、僕には関係ないのに。

 

実際、その通りだ。レコンには今回の戦いで得るものなど何もない。強いて言えば、グランドクエスト初クリアという称号…、そんなもの、欲しいと考えたこともない。

 

それでも、

 

────ここで逃げたら、ずっと後悔する気がした。

 

 

「っ…!」

 

 

意を決して、レコンは最後にして最強の切り札を切る。

 

 

 

 

 

 

「あれは…」

 

 

守護騎士の首を斬り落とし、視界の端に見えた光景に、ケイは目を見開いた。

その光景に酷似したものを、ケイは目にした事がある。

 

サラマンダー領の砂漠地帯を越え、<竜の谷>のエリアの中だ。サラマンダーのパーティ0-に囲まれ、戦闘に入ったあの時。だがケイが見たそれは、複数の魔術師プレイヤーによって創り出されていた。

 

今、ケイが、ケイ達が目にした、何らかの文字の羅列によって構成された巨大な魔方陣。それは、レコンという一人のプレイヤーによって全て創り出されているのだ。

 

深い紫色の魔方陣は、周囲の守護騎士を呑み込みながらさらに巨大化していく。その異様な光景に気付いた守護騎士達が、ケイからレコンに注意を向けターゲットを変更していく。

 

 

「させるか…っ!?」

 

 

すぐさまケイが、レコンに狙いを変えた守護騎士に対して動き出した、その瞬間だった。

 

レコンが紡ぎ上げた詠唱が、完成する。

 

レコンと周囲の守護騎士達を包み込んでいた魔方陣が、収縮、直後、凄まじい光を放ちながら暴発した。

 

天地がひっくり返ったかのごとき暴音と、大地にそびえ立つ世界樹が揺れるほどの衝撃。

閃光によって飛んだ視界が回復するのに、一秒ほどを要した。瞼を開き、そして大きく見開く。先程まで密集していた守護騎士達が、レコンによって作り出された魔方陣の範囲分、ごっそりと消滅していた。

 

いや、一つだけそこに何かが存在していた。それは、ユラユラと揺らめき燃える、小さな炎。

リメインライトだ。恐らくは、視界が回復してから姿が見えない、レコンの物。

 

 

「っ!」

 

 

先程の魔法が自爆魔法だと理解したその時には、すでにケイは再び上昇を始めていた。

レコンが開けてくれた空間を、アスナの元へ繋がる路を目掛けて、飛び上がっていく。

 

樹の中に入った時はあれほど遠く、小さく見えた天蓋のゲートが、今は巨大に見える。それほど、ケイは、もうすぐ手が届くところにまで昇ってきていた。

 

────行ける!

 

ケイは確信した。あの扉に手が届く。アスナの元へ、この世界の裏側を隔てるあの扉の向こうに、もうすぐ辿り着ける。

 

 

「…なっ…!?」

 

 

刀から左手を離し、ゲートに向かって伸ばしたその時だった。ゲートを捉えていた視界が白く包まれたかと思うと、ケイは正面から強靭な何かに衝突し、大きく弾き飛ばされた。

 

 

「くっ!?」

 

 

衝撃に思わず閉じていた瞼を開け、ケイは見た。先程、レコンが穿った空間が、再び守護騎士達によって埋められているのを。

 

心が、何か槌のような物で殴られたような、そんなショックを受けながらもケイは体制を立て直し、ホバリングで身体の落下を止める。

 

もうすぐ、もうすぐだった。忌々しい白い騎士達に打ち勝ち、世界樹の上へと行ける所だったのだ。だが、もうその道は塞がれ、それどころか今こうしている間にもこれまで以上のペースで守護騎士が生成されている。

 

 

「ケイ」

 

 

背後から呼ぶ声に振り返ると、ケイに続いて来ていた、キリトとサチの姿。二人は、振り返った後すぐに上へ視線を戻したケイを見つめている。

 

 

「どうする、ケイ。一旦体制を立て直すか?」

 

 

「…」

 

 

ケイ達と守護騎士の睨み合いが続く中、キリトが口を開いた。そしてそれは、今ここでとるべき最善の選択。

 

退く、べきだろう。あの数を相手にするには、どうしてもヒーラーが足りない。リーファ一人では、自分達三人をフォローし切れない。回復魔法のエキスパートであるウンディーネのサチもいるが、まだ高位の回復魔法のスペルを暗記し切れていない。

 

やはり撤退すべきだ。撤退を────

 

 

「…レコンってさ、全く関係なかったんだよな。ただ、俺の身勝手に巻き込まれただけで」

 

 

レコンだけではない。リーファだって本当は、こんな所に来なくても良かった。こんなゲームをゲームとして楽しめない所に連れてきてしまったのは…、自分だ。

 

 

「なのに…。レコンはあんな自爆魔法撃つし、リーファは逃げようともしないし」

 

 

下を見れば、こちらの様子を見上げるリーファの姿。今の現状に衝撃を受けているようだが、回復魔法を保持して待機している。ここから逃げよう、という意志は全く見られない。

 

 

「…キリト、サチ。蹴散らすぞ」

 

 

「あぁ!」

 

 

「了解!」

 

 

聞くまでもなく、三人の意志は一つだった。

 

どれだけ数が集まろうともそれらをすべて蹴散らし、昇り切る。

 

ケイ達は得物を力強く握りしめ、同時に上昇を始めた。直後、対する守護騎士達もその動きを見て、戦士の上昇を阻もうと動き出す。

 

彼らが暴発音と共に激突したのは、その直後の事だった。

 

 

 

 

 

 

「…ムリだよ」

 

 

ケイの血を吐くような絶叫が聞こえてくる。キリトも、サチもまた、叫び声を発しながら鬼神のごとく闘っている。だが、彼らは上へ上がるどころか、次第にその位置が下がってきている。

 

 

「お兄ちゃん…、皆…。こんな、こんなの…」

 

 

リーファは回復魔法を唱え、減少したキリトのHPを回復させる。だがこんなものは気休めにもならない。回復したばかりのキリトのHPが、すぐさま減少する。ケイとサチのHPも注意域へ達している。どうやっても回復のペースが間に合わない。

 

正直リーファは、キリト達の言う事を信じ切れてはいなかった。この世界に、キリト達にとって大切な仲間の魂が囚われている。この世界で、娯楽として遊んできたリーファにとって、その話はどうしても信じる事ができなかった。

 

だが、リーファは今初めて、<システムの悪意>というべきだろうか、そんな感覚を味わっていた。公平なバランスを保ち、世界を動かしているはずの何者かが、まるで自分達プレイヤーに明らかな殺意を以て攻撃してきている。そんな感覚を。

 

 

「あっ…!」

 

 

その時、リーファの耳に低い呪詛の声が届く。声が聞こえてきた方へ目を剥けると、そこには光の弓を握り、今にも矢を放とうとする守護騎士達。あれは、一度目の挑戦でキリトの動きを止めた攻撃だ。あの矢に当たるとスタン状態になり、動けなくなるとこの戦いの前の打ち合わせでキリトが語っていた。

 

ダメだ、あれを撃たせては。リーファはスペルの詠唱を止め、矢を放とうとする集団に向かって上昇する。

 

瞬間、リーファの背後から、何かが波打つ。彼女の背を押すように風が流れ、その直後、すぐ傍らを何かが横切っていく。

 

 

「うそ…」

 

 

リーファを追い抜く形で上昇していったのは、密集隊形をとって突入していく、シルフの部隊だった。一目見るだけで高性能だと分かる、お揃いの装備を身に着けたプレイヤーの集団。その数、五十を超えているだろうか。

 

カーソルに表示された名前は、そのほとんどが一度は聞いた事のある手練れのものばかり。彼らの雄叫びを聞いた守護騎士達は、ケイ達への攻撃を中断し、狙いを昇っていくシルフ部隊へと変更する。

 

だが、この混沌とする戦場へやって来たのは、彼らだけではなかった。シルフの部隊の出現に唖然としていたリーファだったが、背後から彼らとは別の新たな雄叫びを耳にする。

 

 

「これ…っ、飛竜…!?」

 

 

さらにやって来た集団は、数だけではシルフの部隊よりも少ない。だが、その一騎一騎はとてつもなく巨大だった。

 

鉄灰色の鱗を持ち、額と胸、両翼の前縁部には金属のアーマーを装着した竜がシルフの部隊を追いかけるように上昇していく。そして竜の背には、シルフの精鋭達と同じように、高性能の装備を身に着けたプレイヤーが。

 

これは────

 

 

「すまない、遅くなった」

 

 

「ごめんねー。レプラコーンの鍛冶匠合を総動員して人数分の装備を作ってたんだけど、ちょっと思ってたより時間かかっちゃってー」

 

 

「サクヤ…!アリシャさん…!」

 

 

シルフ領主サクヤ。ケットシー領主アリシャ・ルー。彼女らが率いる二種族合同部隊が、思わぬ助っ人としてこの場に参上した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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