アホすぎ…。
やはり、彼女の言う通り、無理だったのかもしれない。たった二人で、この試練を乗り越えて世界樹の頂に辿り着く事など。それでも、諦められなかった。認めたくなかった。…この気持ちは慢心だったのだろう。
死んでもいいゲームなんて温いと思っていた。何故なら、自分達は一度でもHPがゼロになれば、本当に命を失うというデスゲームをクリアしたのだから。だが、それが今はどうだ。温いと思っていたゲームの敵に苦戦し、挙句パートナーの一人はHPを全損させてリメインライトとなって力無く浮いている。
「キリト…!」
サチは、両手で握る槍を振るって八方から襲い掛かる守護騎士を薙ぎ払いながら、HPが全損し、動けなくなったキリトの元へ向かおうとする。
キリトとサチは、リーファという協力者と共にアルンに辿り着き、そしてグランドクエストに挑戦していた。リーファは、たった二人では無理だと言っていたが、内心では何とかなるだろうと甘く見ていた。その結果が…、これだ。
もう少しだった。キリトにあと数秒、猶予が与えられていたら手が届いていた。だが、あざ笑うかのように世界樹を守護する騎士達は、あっという間にキリトという剣士を殺した。あまりにも、呆気なく、そして突然の事だった。
(上に行けば行くほど、守護騎士の数は増えて、アルゴリズムも複雑になってた…。ううん、まずは、キリトを助けて撤退しなきゃ!)
色々と、今回の戦闘の中に気になる点はあったが、まずはここから生きて逃げなければ。何かしらの不具合のおかげで、SAO時代の能力がアバターに受け継がれているのだ。ペナルティーでそれを減らしたくはない。
しかし、リーチが長く、小回りを利かせづらい槍では同時に多数を相手にするのは難しい。サチのHPの減り幅が、次第に大きくなっていく。
「くっ…!」
遂に、注意域を超え、危険域へHPバーが達してしまう。
このままでは────
「っ!」
守護騎士が眼前に迫る。いつの間にか、ここまで接近されてしまった。守護騎士は長剣を、サチに向かって振り下ろ────そうとした所で、ぴたりと動きを止めた。
「え…」
直後、戸惑いを覚えるサチの横を光の刃が横切っていく。光の刃は、サチの眼前にいた守護騎士を切り裂いて、消えた。
「何が…っ!」
何が起きた、後ろに振り返ろうとした時、再び何かが高速で自身の近くを通り過ぎていく。
その何かと、目が合った気がした。
「サチさん!」
「り、リーファ!?」
まず後方にいたのはリーファだった。守護騎士の攻撃を巧みに躱しながら、こちらに手を振っているのが見える。先程の光の刃を放ったのはリーファだったのだろう。
なら…、さっきここを通っていったのは?
「あ…」
上を見上げれば、集る守護騎士を躱し、切り裂きながら上へ上へと飛び上がっていく一人の
少年の後姿。髪、翅の色から考えて、種族はインプだろうか。刀を変幻自在に操り、襲い掛かる守護騎士だけでなく、周囲から放たれる矢さえも弾いてダメージを抑えるという離れ業を見せるプレイヤー。
こんな事ができる人物を、サチは一人しか知らない。
「サチ!」
「っ!」
勢いよく、あっという間に上へ上がっていくプレイヤーを見過ごせなかったのだろう。サチとリーファへの注意が手薄となっている中、二人の視線を受けながらキリトのリメインライトを掴んだプレイヤーが、サチの名を呼ぶ。
「受け、取れ!」
そして、そのプレイヤーは、サチに向かってキリトのリメインライトを投げた。
余りに突飛なその行動に、一瞬固まるサチだったが、すぐに取り直してキリトのリメインライトを受け取る。
「早くここから出ろ!」
「っ…、でも…!」
「俺もすぐに行く!」
キリトのリメインライトを受け取ったまま、固まっていたサチに向けてさらに声を投げかけてくるインプの少年。その声で我に返り、降下しようとしたサチだったが、多数の守護騎士に囲まれ、その場から移動できないでいるプレイヤーが気になってしまう。
少年は笑みを浮かべながら言うが、どうしても無視はできない。一度キリトをリーファに預けて援護に向かおうか。でも、もしあのプレイヤーが彼なら、そんな必要は────
そこまで考えた瞬間だった。少年を取り囲んでいた守護騎士が、あっという間にその数を減らしていく。少年は刀を振るい、防具の隙間、守護騎士の首元を的確に突き、切り払い、守護騎士達を消滅させていく。
「サチさん!早く!」
「…うん!」
下方からリーファが呼びかけてくる。その呼びかけに答え、サチはリーファを追いかけて出口に向かって下降を始める。
そして、一方のケイは未だ、襲い掛かる守護騎士達を迎え撃っていた。ユイのオペレートを聞きながら、煌めく刃を返しながら守護騎士達を切り裂いていく。
(こいつら一体一体の強さはそう大した事はない。だが…)
「パパ!背後から弓を構えてる敵多数!」
「分かってる!」
ケイの左側から、四体の守護騎士が剣の切っ先をこちらに向けながら突っ込んでくる。
さらにその後方では、弓を構え、矢を放とうとする多数の守護騎士達。
ケイは突っ込んでくる守護騎士達を躱しながら、すれ違いざまに斬撃を入れていく。
だがその時、遂にケイを狙って矢が放たれる。それを目にしたケイは、突っ込んでくる最後の守護騎士の斬撃を躱すと、その首元を掴んで振るう。
放たれた矢が、ケイが振り回す守護騎士に命中していく。勿論、刺さる矢は守護騎士のHPを削り、守護騎士の存在を消滅させる。防ぎ切れなかった矢を刀で弾き、ようやくケイも下降を始める。
最後に、守護騎士と守護騎士の間から覗く、半円形の天蓋に見える扉を目にして。
下降を続けるケイに、更に襲い掛かる守護騎士を躱し、切り裂いてやり過ごしながら出口に近づいていく。天上から遠ざかっていくにも関わらず、勢い変わらず襲い掛かってくる守護騎士を避け、何本か矢を受けはしたものの、特に目立ったダメージを受けることなく、リーファが開けたゲートを潜り、ようやく外へ脱出する。
一度翅を羽ばたかせ、足を地面につける。
背後でゆっくりと扉が閉まっていく音を聞きながら、雲一つない青空を見上げた。
「キリト君…!」
「…」
先に外へと脱出していたサチとリーファの二人は、ケイの事を待っていたようだ。だが、ケイが無事に出てきた事を確認すると、リーファは辛抱堪らないと言わんばかりに、すぐさま両手に抱いていたリメインライトの蘇生を試みる。
ウィンドウを開き、アイテムストレージから一つ、アイテムを取り出すリーファ。その手の中に出てきたのは、小さな容器。リーファはそっとリメインライトから手を離すと、容器の蓋部分を一度タップする。直後、容器の蓋が開かれ、中から透明の雫が振り撒かれる。振り撒かれた雫はリメインライトにかかったかと思うと、その場に魔方陣が描かれる。
ゆっくりと、ただ揺らめくだけだった炎が形を変えていく。初めは大きくなり、そして次第に人型を形取っていく。
「キリト…」
「…ごめん、サチ。迷惑かけた」
リメインライトがあった場所に現れたのは、黒い髪を逆立て、背には漆黒の大剣を背負ったスプリガンの少年だった。
(キリト…)
リーファが、そしてサチが、キリトと呼んだ少年に駆け寄る。少年は駆け寄ってきた二人を見て微笑みながら、二人と何か話している。
「パパ…」
「ユイ。俺が良いって言うまで出て来るなよ」
「…はい」
固まっている三人には聞こえない様に、小さな声でユイと話す。
いや正直な話、あの二人にばれているとは思う。というより、確実にばれてる気がする。
(…いや、ばれてない。ばれてない!)
だがケイはその現実から目を背ける。何故なら、もしそうだった場合、後で自分の身に何が起こるか明らかだからだ。…とりあえず、思い切りぼっこぼこにされるだろう。何しろここは、それぞれの種族の領地と違い、どのプレイヤーが攻撃されても、HPは減らない…。SAOでいう、圏内なのだから。
そんな事を考えながら、それでもやっぱりばれてるんだろうな~、等とちょっと憂鬱に思いながら、三人のやり取りを眺めるケイ。
「ごめん、リーファ…。ちょっと待ってて」
三人が話している間、その内容はケイの耳にほとんど入ってこなかった。なのに何故か、その声だけはしっかりとケイの耳に届いてきた。
僅かに見開いたケイの目に、こちらに歩み寄ってくる二人の男女が映る。キリトとサチだ。
二人は神妙な顔つきで、ケイの前で立ち止まると、キリトの方が口を開いた。
「助けてくれてありがとう」
「ん…、あぁ」
まず、キリトが口にしたのはお礼の言葉だった。自分に追及してくるのではないかと、内心身構えていたケイは思わず肩透かしを食らってしまう。
もっとこう、ぐいぐいと尋問のごとく追及してくると思っていたのだが…。
「あの、急に引っ張ったりしてごめんなさい…。私からも、ありがとうございました」
「え…、いや、そんな頭下げたりしなくていいから…」
キリトに続いて、彼の隣に立って頭を下げるリーファにケイは返す。
本格的に挑戦する前に中を偵察出来て、こっちとしても得だったという気持ちは、言葉に出さずに。
「…でもあなた、ここまで一人で来てたみたいだけど。まさか、世界樹に一人で挑戦する気だったの?」
油断していた。核心を突いてくるのがキリトかサチだけと思い込んで油断していた。まさかリーファの方がこちらを追い込んで来るとは考えてなかった。
だが、それだけでボロを出すケイではない。
「俺はここにログインしてあんまり経ってなくてな。ちょっと世界樹ってのを見てみたくなったんだよ」
「…あなたインプ…よね?インプ領から初心者が一人で来れるとは思えないんだけど…」
乗り越えたと思ったら、まさかの墓穴を掘りかけてたでござる。
「ひ、一人とは言ってないだろ。ちゃんとパーティーメンバーが…」
「それにあなた、さっきの戦い見てると、ただ者には思えないんだけど…」
「…」
おかしい。だんだんと自分の首が締まっていくのを感じる。心なしか、キリトとサチが苦笑しているように見えるのは気のせいか。
「…まさかあなた、ユージーン将軍が言ってたインプじゃ」
「ユージーン…、っ」
ユージーン。サラマンダーの、あの男の事だ。
キリトとサチが、このリーファという少女と共に行動しているのは見てて分かる。そして、彼ら二人がどうやってここまで来たのかは知らないが、少なくともこのリーファが案内人として着いていたのは間違いない。
リーファがユージーンと会ったというならば、キリトとサチもユージーンと対面したという事だ。そして、ユージーンが自分の事を話したという事は────
「ケイ」
(…そう、か)
ここで、ようやくケイは悟る。
とっくに、キリトとサチはケイがこの世界にいる事を知っていたのだ。どういう経緯でユージーンと会ったのかは知らないが、彼と言葉を交わし、ケイの存在に気付いていたのだ。
「…口軽おっさんは、いつかもっかい斬り飛ばしとかないとな」
「っ…。ケイ、なの…?」
諦念を含んだ笑みを浮かべ、ぽつりと呟くケイ。それを聞いたサチが、信じられないという様に問いかけてきた。その問いに、ケイは何も言わずにただ頷いて答える。
「何で、とか聞くなよ?ぶっちゃけ俺にも何が起きてんのかさっぱりなんだから」
サチが再び口を開こうとしたのを見て、先回りしてケイが言う。
サチが何を言おうとしたのか、お見通しだった。だが、その問いかけに対する答えをケイは持ち合わせていない。それどころかむしろ、それについてはケイが一番知りたい疑問なのだから。
「…ユージーン将軍に聞いてから思ってた。もし本当にお前が生きてるなら、必ずここに来るって」
「…逆に俺は、お前らがここに来るとは思ってなかったけどな」
先日、病室で二人の姿を見た時は夢にも思わなかった。こんな形で、二人と再会するなど。
「お前も、この樹の上にアスナの行方の手掛かりがある事を…」
「違うよ、キリト。この上に間違いなく、アスナはいる」
「え?」
キリトの言葉に異を突きつけながら世界樹を見上げる。
あの上から落ちてきた謎のオブジェクト。そして、ユイの言葉。ケイ自身では何も感じる事は出来ないが、確信はある。
「アスナの所に行きたいんだ。…手伝ってくれるか?」
「…当たり前だ」
「私達も、そのために来たんだから」
先程世界樹に入り、守護騎士達と戦闘をしたからわかる。
あれは、自分一人では無理だ。例え、ユイのオペレートに支えてもらったとしても。だからこそ、人手が欲しい。
今ここで、こんな事を言えた義理ではないのは分かっている。二人の姿を見たにも関わらず、接触を避け、再会を果たしてからも何とか正体を隠そうとした自分が頼めることじゃない事は。
なのに…、二人は全く躊躇うことなく、手を差し伸べてくれた。
ありがとう────
口を開こうとした時だった。
「アスナ、さん…?うそ…。だって、その人は…」
リーファが目を見開き、呆然と呟いているのを耳にした。
何やらアスナの名前を呟いている、が、その言葉の意味をケイは飲み込む事ができない。
「それに、ケイって…。そんな…、どうして…?」
(俺の名前…?)
「リーファ?どうした?」
続いてリーファが口にした自分の名前に、さらに疑問を深くしたと同時、同じようにリーファのおかしな様子に気付いたキリトが問いかけた。
キリトに問われたリーファは、小さく身を震わせてからゆっくりと口を開いた。
「お兄ちゃん…なの?」
「え?」
今度はキリトが呆然とする番だった。
キリトの眉が訝しそうに動かされる。だが、すぐにキリトの目はゆっくりと見開かれて…
「スグ…直葉…?」
誰かの名前を口にした。
直葉とは誰なのか、ケイはサチに目配せするが、サチもキリトと同じように驚愕しているらしく、リーファの姿を目を丸くして見つめている。
「…酷いよ…。あんまりだよ、こんなの…」
リーファは数歩、後ろによろめいた後、キリトから顔を背けて左手を振るう。そこにでてきたウィンドウを操作したかと思うと、リーファの体は光に包まれ、光が消えた時には彼女の姿はその場から消えていた。
「スグ!」
キリトがリーファに向かって手を伸ばし、数歩彼女に近づくが間に合わず、彼女はログアウトした。
(…何が起こってる?)
何が起きているのか、ケイにはさっぱり解らない。空気を読んで黙ってはいたが。
それでも、これだけは解る。自分とアスナの存在が、リーファにとって何らかの地雷になってしまったという事だけは。
切っても切れない、深い絆を持った友と再会して最初に遭遇した事件は────
修羅場でした。
前書きの続きになりますが、想像以上に投稿できると思っていたら想像以上に時間がなかったという罠…。それに気分転換に執筆しようとしても、ついお気に入り小説が投稿されてたらそっちにフラフラと行ってしまう始末…。
言い訳みたくなってしまいましたが、ともかく書きたいという気持ちは全く揺らいでないので。次話も間がかなり空いてしまうと思われますが、気長にお待ちください。