SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第6話 VSイルファング・ザ・コボルドロード後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケイの脇を通り抜けていった閃光が、コボルド王の顎に激突して仰け反らせる。閃光…アスナは着地するとバッ、と後退してケイの傍らで立ち止まる。

 

 

「一人でかっこつけないで。パートナーでしょ」

 

 

そう言うアスナを、目を丸くして呆然と眺めるケイ。だがそれも一瞬、視線をケイからアスナへと移したコボルド王が目を光らせ、雄叫びを上げながら刀を振りかぶる。

 

 

「おいおい、俺を忘れるなよ」

 

 

コボルド王は何かのソードスキルを遣おうとしたのだろう。しかしその前に、ケイの脇を通り抜けていった、もう一人の人影がコボルド王へ剣戟をぶつける。それによって衝撃を受けたコボルド王のソードスキルは発動することなくキャンセルされる。

 

それによってできる硬直時間を、三人は見逃さない。

 

 

「俺だってパーティーの一人だからな!一緒に戦わせてくれよ!」

 

 

「悪ぃ!俺のパートナーはアスナだから!お前のパーティーねぇから!」

 

 

「このやろっ!」

 

 

「無駄口はやめなさい」

 

 

軽口を叩きあうケイとキリトに、二人を諌めるアスナ。三人は一斉にコボルド王へと襲い掛かった。

 

アスナが先陣を切り、リニアーで先制パンチ。さらにスイッチで交代したケイが追撃でコボルド王のHPを減らしていく。そして、キリトはベータテスターの知識を利用してコボルド王のソードスキルをキャンセルしていく。

 

 

「ありえねぇ…。あいつらただもんじゃねぇぞ…」

 

 

「あのお姫様もやべぇけど、曲刀使いの方も立ち回りが早ぇ…」

 

 

「まさかあの黒づくめ、ボスのスキルを全部キャンセルしてるのか…?」

 

 

三人の戦いぶりは逃げ腰だったプレイヤー達の足を止め、ボス部屋の入り口の方に向けていた体をボスの方へと向けさせていく。

 

 

「あれなら、もしかして…」

 

 

「あほっ!たった二人じゃボスのHPをろくに減らせん!」

 

 

三人の立ち回りを見ていたプレイヤーの一人から漏れた呟きに、キバオウが大声で返した。

 

 

「先に限界を迎えるんは…」

 

 

実際、キバオウの言う通りだった。コボルド王のHPはいよいよ注意域<イエローゾーン>を過ぎもうすぐ危険域に辿り着きそうという所まで減らせているが、明らかにHPの減少ペースは遅くなっている。

 

 

「っ!?」

 

 

そして、キバオウが言った限界は突然訪れた。キリトの片手直剣突進スキル<ソニックリープ>が、コボルド王によってキャンセルされてしまった。これまではキリトが相手のスキルをキャンセルする側だったのが、次第に防戦側に追いやられていたその影響を受けタイミングが遅れてしまった。

 

ガギン、という剣がぶつかり合った音と共に、キリトが吹っ飛ばされる。

 

 

「キリト!」

 

 

「つぅっ…、大丈夫だ!HPはそう減ってない!」

 

 

あの一瞬で何とか直撃を避けることができたキリトのHPは未だ安全域を示していた。だが一息を吐く暇もなく、ケイはコボルド王の狙いがアスナに移ったことに気付く。

 

 

「アスナぁ!!」

 

 

「え?」

 

 

アスナは吹っ飛ばされたキリトが気にかかったのか、そっちに目を向けていた。そのため、背後で剣を振りかぶるコボルド王の接近に気付けていなかった。

 

アスナがようやく気付き、振り返った時には紅いライトエフェクトを帯びたコボルド王の刀が迫っていた。アスナはすぐに反応することができず、ただその場で立ち尽すことしかできない。

 

 

「…ぁ」

 

 

だが次の瞬間、アスナは小さく声を漏らす。剣の軌道がこちらに迫るのをただ眺めていた、その時、自分の前に誰かが立ちはだかる。

 

曲刀を構えて、コボルド王と向き合うケイだ。ケイの刃はオレンジのライトエフェクトを帯びていた。

 

 

(あの剣を、叩き落とすつもりで────)

 

 

ケイが放ったのは、リーバー。そのたった一撃のソードスキルを、ケイは迫るコボルド王の刀目掛けて力一杯振り下ろした。

ケイの振り下ろした剣は今も紅いライトエフェクトを放つ刀とぶつかり、そしてコボルド王の剣戟の軌跡を僅かに下へずらす。それだけではなく、ケイのスキルで受けた衝撃でソードスキルはキャンセルされ、剣のスイングスピードも僅かに遅くなる。

 

 

「っ、ごめん!」

 

 

「えっ…、きゃぁ!」

 

 

これを逃すわけにはいかない。ケイは一度謝罪を入れてからアスナの身体を抱えてその場から離脱する。その直後、二人が立っていた場所をコボルド王の刀が横切る。

 

それを見る事無く、ケイはキリトの傍で立ち止まるとアスナを下ろして一息吐く。

 

 

「…ハラハラしたぞ」

 

 

「悪いな。…それでキリト、あともう少しでボスが倒せる。けど、あいつらは逃げる気満々みたいだ。どうする?」

 

 

ケイが周りを見回しながら言う。その視線の先には、我先に逃げ出したいとうずうずしているものの、まだ戦っている者がいることで踏ん切りがつかないプレイヤー達がこちらを見ながら立っていた。

 

正直、撤退するのなら今するべきだ。コボルド王の攻撃範囲から外れた今なら、全速力で走れば余裕を持ってボス部屋から脱出できるはずだ。

 

 

「…俺は、離脱するべきだと思う。俺達三人だけじゃ、ボスのHPを全損させるのは無理だ」

 

 

「…そうか」

 

 

キリトが下した判断は、離脱。確かに彼の言う通り、ここは撤退すべきなのだろう。生きてさえいればまた挑戦できる。ここで逃げたらもう二度とボスに挑めないという訳ではないのだから。

 

だけど…、ケイはその選択肢を選べなかった。

 

 

「なら、二人は行け。俺は…、戦う」

 

 

「っ…」

 

 

「なっ…、ケイ!?どうして…!」

 

 

ケイの背後で目を見開いて驚愕するアスナとキリト。キリトに至っては、慌ててケイを止めようと手を伸ばしている。

 

 

「目の前で死んだディアベルの意志を…、無にさせたくない」

 

 

そしてこのケイの言葉が、キリトの動きを固まらせた。

 

 

『あとは…たのむ…』

 

 

この言葉を聞いたのは恐らく、ケイただ一人。だが、あの時、ディアベルがポリゴン片となった瞬間、彼が何を思っていたかは容易に考えられる。

 

ボスを、倒してほしい。

 

彼はその思い一つでプレイヤーを導き、ボスを追い詰めていった。そんなディアベルの死を、ケイはこんな所で無駄にしたくはなかった。

 

 

「…ケイ君は、諦めたくないの?」

 

 

「あぁ。諦めたくないし…、諦められない」

 

 

一歩ずつコボルド王がケイ達に迫ってくる。ケイはその姿を見て曲刀を構えた直後、背後からアスナが問いかけてきた。その問いに、ケイは頷きながら答える。

 

 

「なら、私も行く」

 

 

「…アスナ」

 

 

「私だって諦めたくないもの。それにさっきも言ったけど、一人でかっこつけないで」

 

 

アスナはケイの隣まで歩み寄る。すると、今までずっとかかさず纏っていたローブを脱ぎ、投げ捨てた。

 

 

「大体、あなた一人でボスを倒せると思ってるの?さっきも一人で突っ込んでって防戦一方だったくせに」

 

 

「うぐっ…」

 

 

微笑みながら言ってくるアスナにケイは言い返すことができなかった。「そ、そんな事ねぇし?ここから未知の能力が覚醒して、圧倒する予定だし?」という強がりは心の中で留め、ケイはコボルド王の方へ向き直る。

 

 

「お前らだけに、任せてられっかよぉ!!」

 

 

「あ…、あの人…」

 

 

ぐっ、と構え、二人がコボルド王に向かって踏み出そうとした時、雄叫びを上げながらドスドスと重そうな足音を立ててコボルド王へと突っ込んでいく大柄の男達がケイとアスナの視界に飛び込んできた。

 

そしてそのグループに立つのは、色黒のスキンヘッドの男。そう、攻略会議でキバオウが起こしたベータテスターに関する諍いを一時解決したプレイヤー、エギルだ。

 

 

「これ以上ダメージディーラーに壁をやらせられるか!俺達がこいつの動きを止めるから、あんたらはボスに止めを刺せ!!」

 

 

ディアベル達を薙ぎ払ったソードスキルに注意を払いながら、エギル達がコボルド王がケイ達の下へ行かないように動きを封じる。

 

 

「…こんだけお膳立てされたら、逃げるに逃げられないな」

 

 

「キリト?」

 

 

「俺も加勢する。なに、壁役がいれば…この人数でだってあいつを倒せる」

 

 

すると、離脱をするべきだと言ってから黙り込んでいたキリトが立ち上がり、ケイの隣に歩み寄ってきた。

 

 

「俺だって今この場でボスを倒したいって思ってる。だから…、絶対に倒そう」

 

 

「…何偉そうに言ってんだ、さっきまで逃げ腰だったくせに」

 

 

「そこは同意するわ」

 

 

「ぐっ…、それは置いておこう…。今はあいつを倒すことをだな…」

 

 

見事な掌返しを披露したキリトをじと目で見遣るケイとアスナ。だがその後のキリトの言う通り、今はこういうやり取りをしている場合ではない。こうしている間も、自分達がボスに止めを刺すと信じてコボルド王の動きを止めてくれている人達がいる。

 

 

「ケイはわかってると思うが、あいつを包囲すると全方位攻撃が来る。それにさえ注意すれば、あのHP残量なら押し切れる!」

 

 

駆けだしたのと同時、キリトが言う。その言葉に対し、ケイとアスナは視線をコボルド王に向けたままこくりと頷いた。

 

 

「エギル!一旦下が…!」

 

 

そして、前方でコボルド王の動きを止めていたエギル達にキリトが指示を出そうとした、その時だった。ついさっき言った、コボルド王の範囲攻撃。そのソードスキル、緑色のライトエフェクトが刀から迸った。

 

エギル達がコボルド王を包囲してしまったのか、いや、理由など今はどうでもいい。問題は、エギル達のHP残量が注意域、または危険域の者もいるということだ。

 

 

「アスナ、来い!」

 

 

ケイは駆けるスピードを上げながらアスナの方に顔を向ける。

 

 

「ど、うする気!?」

 

 

「一瞬で良い!あいつよりも速くソードスキルを叩き込む!キリトぉ!止め頼む!」

 

 

「っ…!」

 

 

キリトが何か言っていたような気がしたが…、再び前を向いたケイの耳には何も聞こえなかった。ケイとアスナが、ソードスキルを繰り出す。ケイはソニックチャージ、アスナはリニアー。二つの剣は全く同じスピードで、平行に並んで突き進み、エギル達の間を通り抜けてコボルド王へと迫る。

 

 

「「いっ────けぇええええええええええええええええええ!!!!!」」

 

 

大きく振われるコボルド王の刀。その剣戟が、命中する────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前に、ケイとアスナの剣はコボルド王へと辿り着き、その腹を抉って貫通していく。

 

 

「グルッ…、っ!」

 

 

二つのソードスキルを受け、がくっとHPが減るコボルド王。しかしそれでも全損までは至らず、さらにスキルキャンセルの硬直も解け、コボルド王は逆にたった今スキル後の硬直時間が訪れたアスナ目掛けて刀を振るう。

 

 

「いや、お前はそこで終わりだよ」

 

 

そんなコボルド王を見ながら、ケイは口を開く。彼の目は、パートナーが危機に陥っているとは思えないほど安らぎを浮かべていた。彼が、何故そこまで落ち着き払っているのか。

 

 

「ぜぇああああああああああああああああ!!」

 

 

アスナの方へと振り返ったコボルド王の背後から、雄叫びが聞こえてくる。直後、アスナに向かって刀を振るったコボルド王の動きがぴたりと止まり、そして────<イルファング・ザ・コボルドロード>は、ポリゴン片となって四散した。

 

 

「…や、た?」

 

 

「…やった」

 

 

「や、やったぞ!」

 

 

コボルド王が四散し、それと同時に現れた<Congratulations!!>というフォントが、ボス戦勝利という証を示す。途端、呆然としていたプレイヤー達が次第に沸き上がっていく。

 

 

「かっ…た?」

 

 

正直この結末を確信していたケイではあったが、こうしてその時が訪れると、どうもその実感が沸いてこなかった。しかしその代わりに、ケイの身体をボス戦による疲労感が一気に襲い掛かる。

 

ケイはどさり、と床に座り込み、両手を後ろ手に突いて天井を仰ぐ。

 

勝った。ボスに、勝った。たった一歩ではあるが、ゲームクリアへと近づくことができた。

 

徐々にケイの中でもボスに勝利したのだという実感が沸き上がってくる。ケイの唇が歪んでいき、笑みの形を描く。

 

直後、ケイの視界に色黒でスキンヘッドの男の顔が飛び込んできた。

 

 

「見事な剣技だった。この勝利は紛れもなく、あんたの手柄だ」

 

 

「…何言ってんだ。あんた達がボスの動きを止めてくれなきゃ、今頃おっ死んでたよ」

 

 

差し出された手を掴み、エギルの力を借りて立ち上がるケイ。エギルが入っていたパーティーメンバーに囲まれていた事に、今になってケイはようやく気付いた。

 

 

「…」

 

 

「アスナ…」

 

 

そしてエギルのパーティーメンバー同士の間から、こちらを見つめて立つアスナの姿を見つける。ケイは彼らの間を通り抜け、アスナの下へ歩み寄る。

 

 

「…お疲れ」

 

 

「…えぇ」

 

 

短く声を掛け合った後、ケイは左手を上げた。それがハイタッチの誘いだと築いたアスナもまた、右手を上げる。

 

 

「何でだよ!!」

 

 

二人の手が合わさる瞬間だった。ボス部屋中に叫び声が響き渡った。

ケイとアスナが声が聞こえてきた方へと視線を向けると、そこには両目に涙を浮かべて二人を…いや、ケイを睨みつけた男性プレイヤーが立っていた。

 

 

(あの人は…、ディアベルの)

 

 

ケイはすぐに、そのプレイヤーがディアベルのパーティーメンバーの一人だと思い出す。

 

 

「何であんたは…、ディアベルさんを見殺しにしたんだ!!」

 

 

男性プレイヤーはケイの方を指さしながら再び叫ぶ。だが、ケイはこの男が言っている意味が分からなかった。

 

ディアベルを見殺しにした、という言葉の意味が。

 

 

「あんたはボスの副武装が何なのかを知ってた!それにあのボスの技も見切ってたじゃないか!…知ってたんだろ?あのボスが使う技を!最初からその事を教えていたら、ディアベルさんが死ぬことはなかったのに!!」

 

 

周りから聞こえてくる声が、称賛の声から疑念の声へと変わっていく。

 

 

「ま、待て!こいつがベータテスターだと決めつけて言ってるみたいだが、こいつは違う!ケイっていう名前のテスターはいなかったはずだ!」

 

 

「何故そんな事を…っ、そうか。あんたもこいつとグルか!?」

 

 

「違う!さっきも言ったが、こいつはベータテスターじゃない!」

 

 

疑念の視線がケイに注がれる中、キリトがケイの前に立ってプレイヤー達の疑念を否定する。だがその言葉は、ケイに叫んだあのプレイヤーのボルテージを更に高めるだけだった。

 

 

「俺…、俺、知ってる!こいつが…、ケイっていう名前のベータテスターがいたって聞いた事ある!」

 

 

「っ!?」

 

 

突然、どこかから聞こえてきた声に、ケイは目を見開く。

 

 

「だからあのボスの攻撃パターンを見切れたんだ!こいつらはボスの攻撃パターンを、知ってて教えなかったんだ!LAボーナスが欲しかったから!」

 

 

ベータテスターではなかったケイだけでなく、キリトにまで矛先が向けられる。

 

 

(…これは)

 

 

このままではまずい。ベータテスターとの溝がさらに深まってしまう。それを予期したケイは…、口を開こうとした。

 

 

「待って。ベータテスターの情報は私達だって得たじゃない」

 

 

だがその前に、ケイの隣に立ったアスナが口を開いた。アスナが一歩前に出て、周りのプレイヤーを見回しながら続ける。

 

 

「あのボスについて、ベータテスターと私達には知識の差はなかった。ただ、このボス戦が過去問通りと思い込んで私たちが窮地に陥った時、彼らはもっと先で得た知識を応用して対処法を示してくれた。そう思うのが自然じゃないかしら?」

 

 

一瞬だが、ベータテスターへの憤りが高まっていたプレイヤー達のボルテージをアスナの言葉が落ち着かせる。…一瞬だけだったが。

 

 

「違うね」

 

 

「っ!」

 

 

声が聞こえてきた方へとアスナが振り向く。そしてその声は、さっきケイが元ベータテスターだと言ったあの声と同じものだった。

 

 

「アルゴとかいう情報屋とそいつらはグルだったんだ。ベータテスター同士で共謀し、俺達を騙してたんだ」

 

 

「なっ…」

 

 

「ベータテスターだけで美味しい所をかすめ取ろうとしたんだろ?まったく、恐ろしい奴らだよ」

 

 

アスナの方から、ぎりっ、と音が鳴る。

 

 

「そんなことっ!」

 

 

「それよりあんた、ずいぶんベータ共の肩を持つな?…あ、もしかして、あんたもそいつらとグルとか?」

 

 

「…」

 

 

さらに、アスナにまで疑念の矛先が向けられようとしている。せっかく、自分たちに向けられた疑念を解こうとしてくれたアスナに。

 

 

(…ごめん)

 

 

ケイは心の中で謝罪する。それは、誰に向けてのものなのか────

 

 

「はははははっ!冗談だろ?そいつは、正真正銘のビギナーさ」

 

 

直後、笑い声が上がり、アスナに向けられた疑念を否定する。

 

 

「…ケイ君」

 

 

「困るな、フェンサーさん。そんなに懐かれたらお仲間だって思われちまう」

 

 

声を上げたのはケイ。振り返るアスナも、隣にいたキリトも、目を見開いて言葉をつづけるケイを見つめる。

 

 

「これだから世間知らずの優等生は、利用されている事にも気づかない」

 

 

…これで、アスナに対する疑念は取りあえずの所は晴れたはずだ。

 

 

「お前らもお前らだ。そこにいるただのベータテスターやあの情報屋と、俺を一緒にしないでほしいね」

 

 

後は、キリトとアルゴと…他のベータテスターと、一番疑念を向けられてる俺と切り離す。

 

 

「たった千人のベータテスターの中でどれだけ本物のMMOプレイヤーがいたと思う?…ほとんどニュービーさ!だがな、俺はそんな初心者共とは違う。誰よりも俺は上の階層に上って、誰も知らない事を知っている」

 

 

…嘘だ。俺は何も知らない。あのコボルド王の攻撃だって、見て、理解して、動いただけだ。

 

だが、そんなケイの気持ちなど誰にもわかりはしない。ケイの言葉を真に受け、プレイヤー達の怒りの矛先はケイへと集中する。

 

 

「ま、今回はこいつにLA掠め取られちまったけどな。…今度からは、ぜぇんぶLAは取らせてもらうぜ?」

 

 

その言葉を言い切ってから、ケイは今は消えたコボルド王の玉座があった方。第二層へ繋がっているはずの扉に向かって歩き出した。

 

 

「何だよ、それ…。チートじゃねぇか…」

 

 

「ふざけんなよ!チーターだろそんなの!」

 

 

「そうだ!ベータとチーターで、ビーターだ!」

 

 

歩くケイの背に罵声がかけられる。

 

 

(…最後に、止め刺しとくか)

 

 

そんな中、ケイは心の中で呟いてから、顔だけ後ろに向けて口を開いた。

 

 

「あのさ、どんな呼び方でもいいけどさ、あんまり趣味の悪い呼び方すんなよ。何だよそのビーターって、ダセェっつうの」

 

 

「こっの…!待てよ!ディアベルさんに謝れよ!」

 

 

「第二層は俺がアクティベートしといてやるから。あんたらは仲良く街に戻って休んでろよ」

 

 

「待てっつってるだろ!おい!」

 

 

曲刀を鞘にしまって、ケイは扉を開ける。

 

 

「ビータァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

扉が閉まる直前、途轍もなく大きくて、そしてどうしようもなく心に刺さる言葉が響き渡った。

 

 

(ディアベルに謝れ…か)

 

 

最期にあんな事を言ったディアベルだったが、もしかしたらあのプレイヤーの言ううように見殺しにされたと思っていたのだろうか。

 

ケイは閉まった扉に寄りかかり、上を見上げる。第二層に上がるには、らせん状の階段を上っていかなければならないらしい。そして天井付近では、あそこが第二層への入り口なのだろう。橙色の小さな光が扉の間から漏れている。

 

ケイは小さく笑みを零してから、寄りかかっていた扉から離れて階段を一歩、上がる。

ケイ以外には誰もいない空間で、ケイが階段を上る足音だけが響き渡る。それが、どうしようもなく虚しく感じてしまうのは自分がおかしくなってしまったからだろうか。

 

ケイは階段を上り切り、第二層の境界を意味する扉を開ける。扉を潜り、風で揺れる草原へと足を踏み入れた。

 

すでに昼時は過ぎ、陽が傾いている。扉から漏れていた橙色の光は、やはりこの夕陽の光だったんだ。

 

 

「…」

 

 

一つため息を吐いてから、ケイは一歩踏み出す。

あんな風に意気込んだはいいが、ベータテスターではないケイはこの第二層の町がどこにあるのかを知らない。まぁけど…、何とかなるだろう。第二層へとつながる階段は開かれたわけだし、自分が死んでも…キリトやアスナ辺りが何とかしてくれる。

 

 

「エギルさんから伝言」

 

 

「えっ…」

 

 

そう、自分を皮肉るように思った時だった。自分しかいないはずの第二層。それなのに、背後から声を掛けられる。

 

 

「次のボス戦を一緒にやろう…て」

 

 

「アスナ…」

 

 

「それとキバオウさんからも」

 

 

振り返ると、扉付近に立っているアスナの姿。アスナはこちらに歩いてきながらさらに続ける。

 

 

「今日は助けられたけど、やっぱジブンの事は認められへん。わいはわいのやり方でクリアを目指す!…ですって」

 

 

「…それ、キバオウの真似か?」

 

 

「そうだけど。…似てなかった?」

 

 

「うん。全く」

 

 

アスナからすればキバオウの声真似をしようとしていたのだろうが、そのおかげで持ち前の美しい声が面白い事になっていた。ケイは思わず吹き出してしまう。

 

 

「それとね…、キリト君があなたに謝ってた。『俺にはもうあいつと合わせる顔がない。けど…、あいつに俺が謝ってたって伝えといてくれ』って」

 

 

「…そうか。別に、あいつが謝る必要はないんだけどなぁ」

 

 

キリトが謝る必要はない。今回の事は、ケイ自身が勝手にやったことだ。だけど、アスナの話を聞く限り、キリトは責任を感じているらしい。

 

 

(…こりゃ、何としてでもアクティベートして、あいつに言ってやんなきゃな。お前が責任を感じる必要何かねえんだよくそが…とか。あ…後…)

 

 

ケイは内心でこれからの方針を決めてから、アスナの方に顔を向ける。

 

 

「あのさ…、さっきはあんなこと言って、ごめん」

 

 

「え?」

 

 

「さっきはあんなこと言ったけど…、そんなこと思ってないから。信じてもらえるかわかんないけど」

 

 

『これだから世間知らずの優等生は、利用されている事にも気づかない』

 

 

アスナを庇うためにとっさに言ってしまった言葉。アスナを傷つけてしまったと思っていたあの言葉。

 

それなのに、そんなケイの心配が余計なものだと言わんばかりに、アスナは微笑んでこう言った。

 

 

「うん、信じてる。ていうか、そんな事くらい気づかないとでも思ってたの?」

 

 

「…さいですか」

 

 

あー…、ダメだ。どうやってもこいつには敵わない気がする。これからも、ずっと。

 

これからアスナと交流する機会があるかどうかもわからないのに、心の中で何故かそんな事を感じるケイ。

 

 

「…あのさ、アスナ。君はこれから攻略組を背負って立つプレイヤーになるって俺は確信してる。だから…、いつか、信用できる人に誘われたら、迷わずその人のギルドに入るんだ」

 

 

「…」

 

 

「俺もSAOをやる前はMMOをやり込んでたからよくわかる。ソロプレイはいつか、絶対に限界が来る」

 

 

普通のMMOなら、自分の意地を張ってソロをやるという道も選べる。だが、これはSAO。ただのゲームではなく、HPの全損が死を意味する世界。そんな下らない意地を持てば、あっという間に消えていくだろう世界。

 

 

「…今はまだ、そういうこと考えられないかな」

 

 

「…そっか」

 

 

まだこのゲームも序盤。それにMMO初心者の彼女にはよくわからなかったようだ。だけど、いつか気付くことになるだろう。ケイの言葉の意味に。

 

しかしまあ、今のところはそれで納得する事にしよう。彼女ならば、まだ一人でもやっていけるだろう。それだけの腕は持っているのだから。

 

 

「でもね、他の目標ができた。いつかじゃない、目の前の目標」

 

 

「…へぇ、何?」

 

 

「内緒」

 

 

アスナが口にした、他の目標。それについて問いかけたが、アスナはつん、とそっぽを向いて教えてくれない。

 

 

「あ、もしかして、あのクリームパn<ジャギン!>ごめんなさい」

 

 

このケイのセリフの間、何が起こったのかは…ご想像にお任せしよう。あまりに下らなさ過ぎて伝える気が失くしてしまった…。

 

 

「でも一方で、大事な事を教えてもらってないんだけど。気づいてる?」

 

 

「え?何?」

 

 

レイピアを鞘に戻しながら、アスナがじと目でこちらを見上げながら問いかけてくる。

 

 

「名前。昨日から気になってたけど、どうしてあなた、私の名前を知ってるの?教えてなかったのに。まぁ、アルゴさんから買ったんでしょうけど」

 

 

「え?え…、気づいてなかったのか?」

 

 

アスナの名前を、アルゴから買ったりなどしていない。というより、こうしている間にもその名前は目の前に表示されているのだから、分かって当然のはずなのだが。

 

 

「ほら、この辺にパーティーメンバーの名前とHPゲージが見えてるはずなんだけど」

 

 

「え?どこ?」

 

 

ケイがアスナの視界の左上辺りで、指で円を描いて示す。

 

 

「あぁ、顔を動かしたらダメだ。そうするとゲージも動いちまう」

 

 

顔を動かして追いかけてるつもりなのだろう。しかし、そうすると一緒に示されてるゲージも動いてしまう。

 

ケイは手をそっとアスナの頬に添えて彼女の動きを固定する。

 

 

「顔は動かさず、視線だけ向けてみて」

 

 

「あ…。なんだ、こんなとこに書いてあったのね」

 

 

アスナがおかし気に噴き出しながら言う。ただ、それだけなのに。それが美しくて、綺麗で。

 

 

「…それで、ケイ君。その…、手、離してほしいんだけど…」

 

 

「…あ、ご、ごめんなさいごめんなさい!レイピアを突きつけないでください許してください!」

 

 

ちょんちょんと、アスナの人差し指が頬に添えられるケイの右手の甲をつつく。そこでケイは、ずっとアスナの顔を触り続けていたことに気付き慌てて離す。そしてシュバッ、とアスナから一歩離れ、ペコペコと頭を下げて謝り始めた。

 

 

「ぷふっ…、ふふ…」

 

 

「…?」

 

 

「ふふ…、ご、ごめんなさい。何でもないわ…ふふっ」

 

 

顔を俯かせ、口元を手で隠しながら何故か笑っているアスナを見て首を傾げるケイ。だがそれもまた笑いを誘ったようで、再び噴き出すアスナ。

 

 

「…ふぅ。さて、言いたい事も言い終えたし…。行きましょうか」

 

 

「え?どこに?」

 

 

笑いを収めたアスナが、ケイの横を通り過ぎて歩き出す。第二層のフィールドが広がる、その先へ。

 

 

「あなたはここから先は初めてなんでしょ?キリト君から最寄りの町の方向を教えてもらったから、案内してあげるわ」

 

 

「…それはありがたい」

 

 

歩きながら振り返って言うアスナに、笑みを浮かべながら礼を言った後、ケイもまたアスナの後を追って駆けだす。

 

 

「…そういえば、ケイ君は私をどういう風に思ってたの?」

 

 

「なにが?」

 

 

「さっき、ずいぶん慌てて謝ってたけど…。まさか、私のことをすぐにレイピアを取り出す暴力女と思ってるとか────」

 

 

「そそそそんな事ないし!アスナさんは綺麗で美しくて優しいお人ですよ!はい!」

 

 

「っ!?そ、そこまで言わなくても…」

 

 

「…?」

 

 

アスナの隣で、彼女の歩くペースに合わせた直後、きらりと冷たい光を放ちながら向けられる瞳。そしてアスナは先程のケイの謝罪ぶりを引き出して問い詰めてきた。

 

慌てて弁明したケイだったが、いきなり頬を染めだしたアスナを見て首を傾げる。

 

 

「ど、どうしたアスナ。俺、また何か言ったか…?」

 

 

「…知らないっ」

 

 

「え?あの…、え?」

 

 

何か気に障る事を言ったのか、問いかけたケイだったが、アスナはそっぽを向いて歩くペースを上げてしまう。アスナが何にへそを曲げてしまったのかわからない。

 

 

「…恥ずかしがってる?」

 

 

「っ!も、もう知らないから!」

 

 

「あっ、ちょっ、アスナ!俺を案内するために来たんだろ!?それなのに、案内される人を置いてくバカがあるか!?おい!ちょっとぉおおおおおおおおお!!」

 

 

ふと思い当った可能性を口にした直後、アスナは駆けだし、あっという間にケイとの距離を離していく。それを見たケイも慌てて駆けだし、アスナを追いかける。

 

SAOというデスゲームが始まってから、二か月。プレイヤーはようやく、第二層へと辿り着いた。

 

そして、第二層の世界に一番初めに足を踏み入れた二人は、雲に阻まれる事なく輝く夕日に照らされながら、街へと向かう道を歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何か最終回みたいな終わり方してますが、続きますよ?(笑)

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