SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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今回の話は原作とほとんど変更点がありません。



…ほとんど、です。








第68話 天上での戦い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽が傾き、空を赤く染め上げていた。現実世界では、もう真夜中になってるだろう。前回の須郷…オベイロンの訪問から、五時間ほど経過していると思われる。

 

ベッドの上で寝そべっていたアスナはゆっくりと体を起こし、タイルの上に足を付ける。十歩も進めば、すぐに扉の前に辿り着く。改めて籠の中がどれだけ狭いかという事、こんな中で二か月も過ごしていたのかと唖然とせざるを得ない。

 

だが、それも今日で終わりだ。

 

右手の指を、扉の脇にある入力板へと伸ばす。この案を考え出してからずっと、須郷が来る度に、この扉を開けるために押していた暗証番号をアスナは、鏡を通して覗き見ていた。心に刻み込んだ番号の羅列を、順番に入力していく。

 

 

「お願い…、っ」

 

 

祈りながら最後のボタンを押した直後、金属音と共に僅かに扉が開く。それを見たアスナの表情が一瞬だが、明るくなる。

 

 

「ケイ君…」

 

 

頭の中で、愛する人の笑顔を思い浮かべながら、アスナは扉を押し開けて籠の外へ脱出する。その向こうでは、細い道が刻まれた枝が曲がりくねりながら伸び、巨木の幹まで続いている。

 

外へと踏み出した足で駆け始めた時、背後から扉が閉まる音がした。だがそれに振り返らずに、アスナは前へと進み続ける。

 

そうして数分経ち、恐らく一キロ近くは進んだのではないだろうか。だが、アスナは未だ枝の上を歩いており、幹はまだ遠くに見える。それに、何かしらのコンソールも見当たらない。須郷がログアウトのシステムコンソールを使用しているなら、鳥籠から近くに置いているのではと考えていたが、当てが外れた様だ。

 

 

「…ケイ君」

 

 

もう一度、彼の名を呟く。今、ここにある自分の命は彼に救われた。彼に救ってもらったこの命を、こんな所で浪費するつもりはない。ようやく籠の外へ出れた今、少なくとも、現実へ帰るための手掛かりを一つだけでも見つけなければ。

 

 

「私、頑張るからね…」

 

 

決意をさらに固めながら進んだアスナの目の前には、木の葉のカーテンに隠れた、ぽっかりと幹に空いた穴。その奥には、世界樹の本体と思われる巨大な壁が見える。

 

アスナは躊躇わず、カーテンを払いながら奥へと歩き出す。路の奥には、一つの機械式の扉が。ノブらしき物は見えないが、本来それがあるべき場所にパネルがある。多分、タッチパネルだと思われる。

 

ロックされてない事を願いながら、アスナは右手人差し指の先で、そっとパネルに触れる。

 

 

「っ…」

 

 

直後、音もなく扉が右へスライドした。息を詰めて、中に人がいない事を確認してから、アスナは体を内部へ滑り込ませ、素早く奥へ歩みだす。

 

一切装飾のない通路が続く。上げる所があるとすれば、無機質な壁を照らすオレンジ色の照明くらいだろうか。外部は見事な造形美を見せていたのに、内部はその手間を惜しんだのだろうか。

 

外部から見える神秘的な光景からは考えられないほど無機質な光景が広がる中を、アスナはひたすらに進み続ける。そして、数個扉を潜った時だった。カーブを描く壁に貼られたポスターのようなものがアスナの目に入った。駆け寄って見ると、そこに描かれていた簡単な絵図。その上部には、<ラボラトリー全図 フロアC>と書かれていた。

 

 

「これ…、この場所の案内図…?」

 

 

どうやらこのオブジェクトに描かれているのは、世界樹の中の案内図の様だ。円形の通路が積み重なった三つのフロアから、一本の線がさらに下にあった長方形の部屋に結ばれている。その一番下にある部屋の絵を見て、アスナは身を固まらせてしまった。

 

 

「実験体…」

 

 

<実験体格納室>、小さく呟いたアスナは、一番下のフロアの上に記された文字を見つめていた。

 

 

『いたんだよね、丁度いい実験素材が!一万人もさぁ!ま、結果的に全員とまではいかなかったけどね。それでも、約三百個の素材が手に入ったんだよ!』

 

 

「っ…!」

 

 

下卑た声でそう言い放った須郷を思い出す。須郷がレクトという企業を隠れ蓑にして、違法な実験をしている事は知っている。それに利用されているのが、元SAOプレイヤーだという事も容易に予想が着く。というより、ここから抜け出すことでいっぱいだった頭の中で、その事が呼び起こされた。

 

間違いない、須郷が言う実験とやらが、この下のフロアで行われているのだ。

だが、どうする。その実験のために利用されている人がその部屋にいるのだろうが、今、アスナは現実へ帰るために行動している。ここはやはり、帰る事を優先するべきではないだろうか。それに、たとえそこへ辿り着けたとしても、自分に何ができる?

 

 

「…っ」

 

 

アスナは数秒の逡巡の後、歩き出す。

 

下へ降りる事ができる、エレベーターがある方へと。

 

ダメだ、放って置く事などできない。確かにそう大した事は出来ないだろうが、少しでも証拠となる物を、現実へ送る、または持ち帰る事ができれば…。確実に須郷の野望の阻止に、大きく貢献する事ができる。

 

そして、それができるのは今この場にいる、自分だけ。

 

早足で数分進むとやがて、外周側の壁に質素なスライドドアが見えてきた。歩いてきた方向と距離的に、それがエレベーターなのだろう。ドアの脇には、下に角を向けた三角形のボタンがある。

 

そのボタンに人差し指で触れると、スライドドアが音もなく開き、奥から小さな長方形の部屋が現れる。アスナはすぐさまそこへ飛び込み、体を半回転させて中の様子を見る。ドアが閉まった直後、アスナは現実のエレベーターと同じ場所に操作盤があるのを見つける。迷わず、一番下にあったボタンを押した。

 

直後、アスナの体を落下感覚が包む。エレベーターは降下していき、やがて停止すると、ドアがスライドして開く。ドアが開いた瞬間、アスナは奥へと足を踏み入れていく。

 

ドアの向こうはまだ通路が続いており、上層と同じような味気ないものだった。アスナはなるべく静かな動作且つ、早足で歩みを進めていく。通路はそこまで長いものではなく、すぐにまた新たな扉が見えてきた。

 

 

(…もしかしたら)

 

 

この向こうが多分、<実験体格納室>だ。ならば、この扉はロックされている可能性はかなり高い。もしそうなっていたら、上層に戻ってコンソールを探す。そう方針を固めながら、アスナはドアの前に立った。

 

 

「!?」

 

 

ドアは、アスナが前に立つと自動で開いた。その奥から漏れる強い光がアスナに注がれ、思わず目を細め、腕で光を遮ろうとする。

 

今までの薄暗かった部屋、通路とは打って変わり、扉の向こうはしっかりと明かりに照らされていた。さらに、これまたここまでの部屋とは違い、途方もなく広大な空間だった。

 

真っ白い、イベントホールとでもいうべきか。はるか遠く、左右と奥に垂直にそびえる壁面から全く遠近感が掴めない。天井自体が照明となっているのか、一面が発光しており、照明に照らされたフロアにはびっしり、且つ整然と、短い柱のような物が並べられていた。

 

視界に動くもの、耳で辺りから音がしない事を確認してから、アスナは内部の探索を始めた。柱のオブジェクトは十八の列で配置されており、二乗すればおよそ三百の数が存在している事が解る。

 

 

(三百…)

 

 

この三百という数、アスナは聞き覚えがあった。そう、須郷が言った実験体の数だ。

 

なら、これが────

 

アスナは自身の胸の高さまで伸びた円柱に近づき、中を見つめる。平滑な上面に空いた僅かな隙間に、何かが浮いていた。それは────脳。

 

実物大のサイズだが、色合いは青紫色の半透明素材で構成されている。さらによく見れば、微細なログが流れていた。<Pain>、<Terror>という文字が、この脳に対して何をしているのか、アスナに教えてくれた。

 

 

「何て…、酷い事を…!」

 

 

ここで行われている研究は、ヒトクローン技術と同じく、人間が決して触れてはいけない絶対の禁忌だ。ただの犯罪行為ではない。人の魂の尊厳を、これ以上ない方法で踏み躙っている。

 

強張った首を動かして右を見る。今目の前にある円柱と同じ、脳髄が収容された円柱が並べられている。ここにいる人と同じように、脳を見られ、弄られ、苦しんでいる人達がここにたくさん────

 

 

「…あ」

 

 

やるせない気持ちを感じながら辺りを見渡していると、ふと他の物とは違う円柱が目に入った。アスナはその円柱に駆け寄り、中を見る。その円柱には他の円柱とは違って、中に脳髄が収容されていなかった。何故ここだけ…、疑問に思うアスナの目に、円柱の下に付けられたパネルが。そこに書かれている文字を見て…、アスナは大きく目を見開いた。

 

 

「何で…?」

 

 

<No.85 Keisuke Tuzitani>

確かにそこには、アスナが愛する少年の名が刻まれていた。アスナはしゃがみ込んでもう一度見直す。だが、アスナが彼の名前を読み間違えるはずもない。

 

 

「ケイ君…!」

 

 

まさか、彼も実験に使われていた…?それとも、何か事情が────

 

 

「っ!」

 

 

そこまで考えた時、アスナの視界の端で影を捉えた。すぐさま円柱の影に身を隠し、何かが見えた方を確認する。

 

アスナから数メートル離れた所、そこにアスナが見た影の正体がいた。その正体の他にもう一つ、同じような姿をした何かが並んで歩いている。巨大なナメクジ、そう形容するしかない存在が、一本の円柱に近寄り、観察しながら何やら話し合い始めた。

 

 

「おっ、こいつまたスピカちゃんの夢見てるよ。B13と14フィールドがスケールアウト、16が上昇…。興奮してるねぇ」

 

 

実験体の周囲に浮かぶウィンドウを触手で示しながら、左側のナメクジがその言葉に返答を返す。

 

 

「偶然だろ?まだ三回目だし」

 

 

「いやいや、感情誘導回路形成の結果だって。スピカちゃんは僕がイメージを組んで記憶領域を挿入したんだよ?ここまで現れるのは閾値を越えてるでしょ」

 

 

「…ま、継続モニタリングサンプルに加えておくか」

 

 

何という会話だろう。まるで人を人として考えていない二人に、覚える嫌悪感を抑えながら円柱の影に引っ込むアスナ。

 

何故あんな姿をしているかは分からないが、あの二人は須郷の部下だろう。

 

 

(…剣があれば)

 

 

レイピアがいいなどと贅沢は言わない。何か剣があれば、あいつらにふさわしい末路を辿らせてやる事ができるというのに。しかし、ここは耐える。この怒りを爆発させ、飛び込めばここまで辿り着いた努力が水の泡となる。もう二度と、自分で抜け出すチャンスは来ないかもしれない。

 

アスナは両拳を握り締め、胸の奥の怒りが鎮まるのを待ってから、ナメクジたちがこちらを向いていない事を確認して歩き出した。

 

 

「そういやさ、あの八十五番のオブジェクト。いつまで空のままにしとくんだろ」

 

 

その言葉に、アスナはぴたりと足を止めた。

 

八十五番…、そう、ケイの名前が刻まれたあの円柱だ。

 

 

「んー…。何かボスが、脳の回収に失敗したらしい。そのまま放っとけって。いつか使う時が来たら使うからってさ」

 

 

「あー、それで。いつだったか、ボスがすっげぇ怒り狂ってたよなー。絶対に手に入れたかったのが手に入らなかったって。あそこに入れる予定の脳だったんだ」

 

 

(絶対に…?手に入れたかった…?)

 

 

ボス、恐らく須郷の事だろう。その須郷が、ケイの脳を手に入れたかった?

 

何故?いや、何をするのかはハッキリしているのだが、問題はそこまで固執していた理由だ。ケイが何故、須郷に目を付けられていたのか。…だがそれよりも。

 

 

(どうして、ケイ君はここにいなかったの…?)

 

 

ここに囚われていなかった事は安堵すべき事実だ。この場にいる人達は、恐らくは運悪く…、言い方は悪いがここへ連れてこられてしまったのだろう。だが、須郷は自分をここへ、狙って連れてくる事ができた。ならば、ケイもここへ連れ込む事ができたはずだ。

 

なのに、できなかった。その理由は?

 

 

(…ケイ君、やっぱり)

 

 

理由はハッキリしている。あの、ヒースクリフとの戦いの最期。ケイの命は散っていったのだ。だから、須郷はケイと捕らえる事ができなかった。

 

 

(ケイ君…っ!)

 

 

ケイは死んだ。分かっていた事だ。それでも、この世界にいてはその事実を確認する事は出来なかった。もしかしたら…、という思いを、アスナは打ち消す事ができなかったのだ。

 

だが、皮肉にもこんな場所でそれが照明されてしまった。

 

 

(…ダメ、ここで立ち止まっちゃ)

 

 

ケイの死はどうしようもなく悲しい。しかし、ここで立ち止まる訳にはいかない。ケイに囚われて、やるべき事を見失ってはいけない。ここから脱出し、須郷の悪事を暴き、ここで苦しんでいる人達を助ける。

 

ケイならば、さっさとしろと言うはずだ。

 

アスナは零れ落ちた涙を拭って、もう一度ナメクジ達の位置を確認してから歩き出した。慎重に、最速で空間の奥を目指す。円柱の列を通り過ぎていき、そして、アスナは遠く離れた壁の前に浮いた黒いコンソールを見つけた。

 

立方体のそのコンソールは、かつてアインクラッド第一層の地下ダンジョンで見たシステムコンソールと重なった。あのコンソールを使って、管理者権限でアクセスできれば、この世界から脱出する事ができるかもしれない。

 

円柱の列から離れた場所にあるコンソールへと、ゆっくりと近づいていく。身を隠す場所はない。少しでも音を立てれば、あのナメクジ達に気付かれアウトだ。

 

 

「…」

 

 

とうとうコンソールの前まで辿り着いた時、アスナは後方を確認する。

先程とは違う円柱の傍で揺れる触角が見える。気づかれていない。

 

コンソールと向き直り、観察。右端にある細いスリットの溝に、カードキーのような物体が刺し込まれていた。アスナは考えるよりも先に、それを下へスライドさせる。

 

ポーン、という効果音が鳴る。アスナの心臓は飛び上がり、ただでさえ緊張で早まっていた鼓動がさらに加速する。

 

 

(ダメ…!振り返らない!)

 

 

もしかしたら気づかれたかもしれない、と思うと同時に振り返りたくなる。だがそれを抑え、アスナはコンソールの操作を続けた。

 

カードキーのスライドで起動したコンソールは、多様なメニューを表示したウィンドウを浮かべた。逸る心を鎮めながら、細かい英字フォントを端から確認していく。

 

 

(…これだ!)

 

 

左下に、<Transport>というボタンを見つけると、指先でそれをタッチ。ブン、と音を立てながら新たなウィンドウが浮かび、そこにはこのラボエリアの全域が描かれていた。だが、違う。この場所にもう用はない。ここから出る方法を────

 

 

(あった!)

 

 

走らせた目で、<Exit virtual labo>と書かれたボタンを見る。それにタッチすると、更なるウィンドウが表示される。そしてその上部には、<Execute log-off sepuense?>、ログオフを実行しますか?という一文と、<OK>、<CANSEL>の二つのボタン。

 

アスナがどちらのボタンに触れるか、そんなのは、考えるまでもなく…。その時、伸ばしたアスナの腕に、灰色の触手が巻きついた。

 

 

「あっ…!」

 

 

短い悲鳴を漏らしながらも、アスナは強引に腕を伸ばそうとする。だが、まるでびくともしない。ならばと、今度は左手を伸ばすが、再び、左手にも触手が巻きつく。

 

両手を拘束されたアスナはそのまま持ち上げられ、円柱がある方へと引き戻されてしまった。その時、目の前に出現したのはあのナメクジ達。

 

 

「あんた誰?こんなとこで何やってんの?」

 

 

片方のナメクジが、丸い口をもごもごと動かして問いかけてくる。

 

 

「ちょっと、降ろしてよ!私は須郷さんの知り合いよ。ここを見学させてもらってたの」

 

 

何気ない風を装って答える。ここで下手を打って、逃げるチャンスを失いたくはない。

 

 

「ふーん…。そんな話は聞いてないけどな」

 

 

アスナの言葉にナメクジは呟いてから、隣にいたもう一方のナメクジに目を向けて問いかける。

 

 

「お前、何か聞いてる?」

 

 

「何にも。つか、部外者にこんなとこ見せたらやばいだろ」

 

 

「だよな。…ん、待てよ?」

 

 

問いかけたナメクジが再び視線をアスナへと戻す。

 

 

「あんたあれだろ。須郷ちゃんが世界樹の上に囲ってるっていう」

 

 

「あー!あーあー、そういやそんな話聞いたな。ずるいなぁ、ボス。こんな可愛い娘を」

 

 

ばれた。これで何を言っても放してはくれないだろう。だが、アスナは諦めず、肩越しにコンソールの位置を見て、左足を伸ばす。まだ表示されたままのボタンを爪先で押そうとする、が、新たな触手が足も絡めとってしまう。

 

 

「こらこら、何しようとしてるの」

 

 

言いながらナメクジはさらに触手を伸ばしてアスナの体を縛り上げていく。

 

 

「やめっ…!離して!」

 

 

「ボス、出張なんでしょ?お前むこうに戻って指示聞いて来てよ」

 

 

「…お前、一人で楽しむ気だろ」

 

 

「そんな訳ないって。静かに待ってるよ」

 

 

「…分かったよ、行ってくる」

 

 

アスナの言葉を無視して相談していたナメクジ達。すると、一方がアスナの体から触手を離し、その触手を器用に操ってコンソールを操作し始める。

 

表示時間を越えてしまったのだろう、アスナが出したウィンドウはすでに消えていた。だが、どうやら先程のアスナの操作は正しかったようで、ナメクジはアスナの操作と同じ手順でボタンを押していき、そしてその姿を消していった。

 

 

「離して!離してよ!ここから出してぇ!」

 

 

すぐそこに、現実世界への出口があるというのに。もう少しで、帰る事が出来たのに。無情にも扉は、ゆっくりと閉じていく。

 

 

「ダメだよー、そんな事したらボスに殺されちゃう。ねぇ、それよりもさ、君もこんな何もないとこで退屈してるでしょ?どう?一緒に電子ドラッグプレイでもしてみない?」

 

 

「っ、ふざけないで!」

 

 

ナメクジの言葉と共に、湿った触手がアスナの頬を撫でた。その感触は身震いしてしまうほど気色の悪いものだったが、アスナはすぐに頬を撫でる触手に顔を上げると、思い切り噛みついた。

 

 

「ぎゃぁ!いててててて!」

 

 

悲鳴を上げるナメクジに構わず、歯を食い込ませる。

 

 

「わ、わかった!わかったから!やめてくれぇ!!」

 

 

拘束するため以外の触手が離れていくのを確認し、歯を離す。アスナに齧られていた触手はすぐさま引っ込んでいき、ナメクジの口の中に飲み込まれていった。

 

 

「ひぃぃ…、ペインアブソーバ切ってたの忘れてたよ…」

 

 

ナメクジが呻いていると、不意にその隣で光の柱が立った。効果音と共に先程去っていったナメクジが出現する。

 

 

「…?お前、何やってんの?」

 

 

「いや、何にも。それより、ボスは何て?」

 

 

「すっげぇ怒ってたよ。すぐに鳥籠に戻して、扉のコード変えて二十四時間監視しろってさ」

 

 

この瞬間、アスナの千載一遇のチャンスが手から零れ落ちた。失望のあまり、目の前が暗くなっていくのを感じる。

 

 

「ねぇ、テレポートじゃなくて歩いて戻ろうよ。この感触をもうちょっと味わってたいし」

 

 

「…好きだね、お前も」

 

 

「っ」

 

 

ナメクジ達の視線がこちらから外れた。アスナはそれを見て、拘束が緩んでいた右足を伸ばして、コンソールのスリットに差し込まれていたカードキーを指先で挟んで抜き取る。同時にウィンドウが消えたが、ナメクジ達は気付いていない。

 

アスナは背中を逸らし、右足を伸ばしてカードキーを右手に移動させる。

 

 

「ほら、暴れちゃダメだよ」

 

 

言いながら、ナメクジはアスナの体を改めて持ち上げる。そして、格納室の出口へと歩き始めた。

 

 

(…現実には帰れなかった、でも)

 

 

落胆は隠せない。でも、手掛かりは手に入れた。このまま自分はあの鳥籠に戻され、このカードキーもコンソールが無ければ使用できない。だが決して、何もできなかった訳ではないのだ。

 

格納室の光景をその目にした。ここにコンソールがある事も知った。

 

ナメクジに鳥籠へ戻されたアスナは、ベッドに倒れ込み、枕に顔をうずめる。

 

 

「…諦めない。絶対に負けないよ、ケイ君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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