SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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このペースなら、フェアリィダンス編は二十話前後で終われそうですねぇ。

果たしてこれは、テンポ良く終われると喜ぶべきなのか、内容が薄いのでは?と悩むべきなのか…。








第62話 囚われの姫と探し求める少年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳥かごの中、巨大なベッドの上。周りに見えるのは細い鉄格子。その奥には、樹の葉が広がっているのが見え、ここがどこか巨大な木の枝にかかっている事が解る。

 

アスナがここで覚醒してから、二か月が経過していた。二か月の間、アスナは狭い鳥籠の中で過ごしていた。いや、この二か月という期間が本当に正しいのか、アスナにはわからない。ここでの一日は二十四時間よりもさらに短く設定されているようで、眠り、起床して何日目と数えてはいるのだが、それが現実の時間と合致しているかはわからないのだ。

 

 

(ケイ君────)

 

 

あの時。

 

アインクラッドが崩壊する寸前まで、アスナは彼と一緒にいた。彼と寄り添い、抱き合い、長い間、抱き続けていた想いが繋がった直後に────彼は光の中へ消えていった。

と同時に、アスナは体が浮き上がるような感触を覚えた。そのまま高く、高く昇っていき…。もしかしたら、このまま彼の元へ行けるのではという期待さえ覚えた。むしろ、そうであってほしいと。が、直後にアスナの視界が暗闇に包まれる。浮き上がる感覚から一変、何か得体のしれない物に体を掴まれるような感触、そしてどこかへ連れて行かれる。

 

アスナは悲鳴を上げ、そして彼の名を呼ぶ。だが、彼は答えない。アスナ以外、この場には誰もいない。悲鳴だけが虚しく響き渡る。ふと気付けば、アスナはこの場所に、鳥籠の中で倒れていた。

 

ゴシック様式のベッドの天蓋を支える壁に据えられた鏡には、SAOでの姿と違った姿が映されている。長い髪の色と顔の作りはそのままだが、着ている物は心許ないほど薄い、胸元に赤いリボンがあしらわれた白いワンピース一枚。足は剥き出しになっており、床の大理石の冷たさがダイレクトに伝わってくる。

 

武器どころか何一つ手元に持っていないが、背から透明の翅が伸びている。

 

初め、死後の世界に来たのかとも考えたが、それはあり得ないとすぐに考え直した。少しの間、観察していく内に、ここがSAOとは違う仮想世界の中だという事に気が付いた。手を振ってもウィンドウが出てこないため、何か自身のアバターに細工がされてるのは確実だ。

 

 

「…っ」

 

 

二の腕を這う感触に、背筋に悪寒が奔る。アスナの体がピクリと震えた事に気付いた一人の男が、粘つくような笑みを浮かべる。

 

 

「ティターニア…。本当に君は、頑なな女だね」

 

 

端正な顔つきをした金髪の男が、アスナから手を離して呆れたように言う。その顔は不貞腐れた様な表情を浮かべ、両腕はやれやれと言わんばかりに広がる。その態度が、アスナの中で嫌悪感を抱かせる。

 

 

「どうせ偽物の体じゃないか。何も傷つきはしないよ」

 

 

「体が生身かそうでないかなんて関係ない。少なくとも、私にとってはね」

 

 

アスナの隣で腰を下ろしていた男は立ち上がり、頭を振りながら鳥籠の中央で立ち止まる。それを目で追い、睨んでアスナは続けた。

 

 

「まあ、あなたには解らないでしょうね。須郷さん」

 

 

「おいおい…。だぁかぁらぁ…、ここではオベイロンと呼んでくれって言ってるだろ?」

 

 

この男…、アバター名オベイロンは、現実で須郷伸之がアルヴヘイム・オンラインへログインした姿だ。

須郷は睨んでくるアスナを見ながら喉奥でくつくつと笑い、口を開く。

 

 

「それと、僕の地位が固まるまでは君を外に出すつもりはない。今のうちに楽しみ方を、あ学んだ方が賢明だと思うけどねぇ?」

 

 

「いつまでもここにいるつもりはないわ。きっと…、助けが来る」

 

 

「へぇ…?誰が来るのかなぁ?あ、ひょっとして彼らかい?確か…、キリト君と、サチ君といったかな?」

 

 

「っ!?」

 

 

二つの名を耳にした途端、アスナの体が震える。それを見た須郷が、にたにたと意地の悪い笑みを浮かべる。アスナの弱点を見つけた、と言わんばかりに。

 

 

「先日、二人に会ったよ。向こうでね」

 

 

「…」

 

 

顔を上げて、須郷の顔を見つめる。

 

 

「いやあ、あの貧弱な子供達がSAOで最前線を戦ってたなんて、とても信じられなかったなぁ!それとも、そういうものなのかなぁ?筋金入りのゲームマニアってのは」

 

 

心底馬鹿にするような素振りで、須郷は嬉々として捲し立てる。

 

 

「彼らと会ったの、どこだと思う?…君の病室だよ!寝ている君の前で、僕、この子と結婚するんだって言ってやった時のあいつらの顔、傑作だったね!」

 

 

気味の悪い笑い声を発しながら、須郷は体を捩ってさらに続ける。

 

 

「君はあの二人が来るとでも思ってるのかなぁ?ひゃはっ!あんなガキには、もうナーヴギアを被る度胸なんてありゃしないよ!賭けてもいいよ?大体、君のいる場所がわかるはずがないだろう。…おっと、結婚式の招待状を二人に送らなければね。きっと来るよ、君のウェディングドレス姿を見に、ね」

 

 

アスナは須郷から目を背け、須郷に背を向けると鏡に体を預ける。そんなアスナの様子に満足したのか、鏡に映る須郷は笑みを浮かべると、鳥籠の扉へと歩いていく。

 

 

「では、しばしの別れだ。明後日まで寂しいだろうが、堪えてくれたまえ。ティターニア」

 

 

オベイロンは身を翻すと、須郷は扉の脇にある金属板を操作し始める。あの金属板には十二のボタンがあり、パスワードを入力する事であの扉を開けるのだ。この鳥籠からアスナを逃さない様にする仕組みのようだが、そんな厄介な仕組みにするのなら、管理者権限を使えばもっと楽だったろうに。

 

 

(…8…11…3…2…9…)

 

 

そして、そのおかげで、ようやく前から温めていた計画を実行できる。

 

この鏡はかなり鮮明に映るべきものが描画されており、現実の鏡では鮮明に映せない遠くの物でも鏡を通して見えるようになっているのだ。

 

このアイディアを思いついたのはかなり前なのだが、なかなか自然に鏡に近づくチャンスがなかった。だが今日、アスナの眼前には鏡。須郷の生白い手がボタンを押す動きをその目に焼き付け、数字の順番を心に刻みつける。

 

扉が開き、須郷が通り抜けた後にガシャンと音を立てて閉まる。やがて須郷の姿が見えなくなってから、アスナはベッドから降り、中央にある椅子に腰を下ろし、テーブルに両肘をつけて俯く。

 

 

(生きてる…。キリト君とサチは…、帰れたんだ!)

 

 

愚かな男だ。アスナの心を折るつもりなのなら、現実世界で自分の仲間について話すべきではなかった。キリトとサチ、リズベット、他にも自分と親しかった仲間達。彼らは無事に現実世界に帰れただろうか。何らかのトラブルがあって…、もしかしたら、須郷の手にかかって、まだ帰れてないかもしれない。

 

そんな思いが、アスナの憂慮になっていた。そして須郷は何も知らず、あっさりとアスナの憂慮を打ち払ってくれた。

 

 

(あいつがまたここに来るのは明後日。業務が終わってからダイブしてるのは知ってる。…生活サイクルは一定だから、あいつが眠りに着いてから行動を起こす)

 

 

この陰謀に関わっているのが須郷一人とは考えられない。しかしこれは、明らかな犯罪行為。ALO運営全体が関わっているはずはない。夜通しALO内部を監視する事は、不可能なはずだ。

 

監視の眼を潜り抜け、どこかにあるはずのシステム端末にアクセスしてログアウト…不可能でも、外部にメッセージさえ送ることができれば。

 

現実へ帰る。現実で、仲間たちと再会する。その思いが、アスナの心を奮い立たせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

サラマンダー領の北に広がる砂漠地帯。ケイはまだそこから抜けられずにいた。砂漠地帯を抜けるには、<竜の谷>という場所を越えなくてはならない。そして竜の谷の越えてすぐの辺りには<城塞都市アングウィス>がある。今日の目標はそこへ辿り着く事であり、辿りつければ今日のダイブはそこまでにしようと考えていた。

 

 

「っと…」

 

 

視界の横で虫型Mobが翅を羽ばたかせる速度を上げ、そこから鱗粉を撒き始める。

現在、ケイは四体の虫型Mobに囲まれていた。<カラドリオス>という名称がモンスターの頭上に表示されている。このカラドリオスというモンスターはその翅から鱗粉を撒くのだが、この鱗粉がプレイヤーに僅かでもかかると、ALOの状態異常の一つ、<睡眠>状態となってしばらく、または衝撃を受けるまでの間、動けなくなってしまうのだ。

 

ケイは撒かれた鱗粉に注意しながらモンスターの間を縫うように飛び回り、包囲を抜ける。そのまま四体の内、一体の後ろへ回り込むと鞘から刀を抜き放つ。ケイの斬撃を受けたモンスターの背に一つ筋の傷跡のようなライトエフェクトが奔り、直後、モンスターはポリゴン片となって四散する。

 

カラドリオスは鎌の様に婉曲した腕を振るったり、鱗粉を撒いてケイを攻撃しようとするが、飛び回って回避し続ける。僧侶系のパーティーメンバーがいれば、かかった状態異常を回復してもらえるのだが、残念ながらケイは一人だ。回復どころか援護も来るはずもなく。一度、行動不能系の状態異常にかかれば致命的だ。

 

が、ケイはそんな状態異常にかかることもなく。五分ほど経った後、ケイの周りにはモンスターの姿はなく、四散したポリゴン片だけが舞っていた。そのポリゴン片もすぐに消え、ここら一帯にはケイとユイしかいなくなる。

 

 

「ふぅ…。ユイ、アングウィス…だっけ。そこまであとどのくらいだ?」

 

 

戦い終えたケイは息をついてから、ホバリングで空中で位置を保ちながらユイに問いかける。

 

 

「えっと…。距離は残り十二キロ。半分まで来ましたね。ですが…」

 

 

「あぁ、わかってるよ」

 

 

ユイが今いる場所から城塞都市アングウィスまでの距離を教えてくれる。ガタンを出発して大体五時間が経過している。ケイがここへログインした時刻が午後一時。現実での今の時刻は、恐らく夜の六時前後だと思われる。

 

 

「そろそろ夕飯の時間だからな。ログアウトして顔出さないと、心配かけちまうけど…」

 

 

辻谷家の夕飯は、ぴったり決められているわけではないが、大体七時頃と固定されている。

まだ夕飯まで一時間はあるが、そろそろ母も帰っているだろうし、司も部活を終えて帰路に着いているはずだ。

 

自室の部屋の鍵は掛けてあるとはいえ、あの扉の鍵は外からも明けられる仕組みになっている。あんまり遅くなって不審がられ、部屋の中に入られナーヴギアを使っている所を見られたら終わりだ。そのため、もうそろそろ一旦ログアウトして、夕飯を済ませてからまたログインしたいと考えているのだが…。

 

 

「ですが、ここは中立域。現実に帰る事は出来ますが…」

 

 

「モンスター、それか他のプレイヤーに見つかったら攻撃されるよな…」

 

 

プレイヤー本人の意識を現実へ戻すことはやろうと思えばできる。だがそれをすると、プレイヤーのアバターはその場に取り残され、もし攻撃されたりしたら当然HPは減る。そしてHPが全損してしまえば、前にセーブした場所…、ケイの場合は、ガタンの街へ戻されてしまう。

 

ここがインプ族の領地内だったなら、最悪この手段を使っても良かった。それぞれの種族の領地内にいた場合、他種族からの攻撃を受けてもHPは減らない。モンスターが湧かない安全圏でログアウトすればいい。SAOのように、安全圏から連れ出してPK…という手段はとりづらいのだから。

 

だがここは中立域。他種族プレイヤーの攻撃を受ければHPは減る。

 

それと、悩みの種はそれだけではなかった。

 

 

(そろそろ、飛行の限界時間だ)

 

 

プレイヤーが飛行中、そのプレイヤーの翅から細かい光の粒子が舞うのだが、ケイが飛行し始めてから比べると、今はかなり光の粒子の勢いが失われている。それは、残された飛行可能時間が僅かになっているという報せなのだ。

 

 

(とりあえず、一回着地するか)

 

 

翅をはためかせ、進行方向を地面へ向ける。速度を抑えてゆっくりと地面に近づいていき、靴底を砂地に滑らせて着地する。

 

その場で立ち止まり、落ち着いたケイは右、左と腰を捻る。背から生える翅は生身にはない器官のはずなのに、不思議と翅の根元から疲労の感覚が伝わってくる。

 

 

「どうしますか、パパ。竜の谷まで行きますか?それとも…」

 

 

「んー…。一応まだ時間はあるし、谷に向かって歩きながら、隠れられそうな所を探すか」

 

 

胸ポケットから顔を出すユイと共に、身を隠せられそうな場所を探すケイ。だが、当たりには砂と所々に砂に埋もれた岩があるだけ。その岩陰にとも考えかけたが、そんな程度じゃ簡単に見つかってしまうだろう。

 

どこかに洞穴でもあればいいのだが…、というのは少し希望を持ち過ぎだろうか。

 

 

「あ、パパ!あそこに洞穴があります!」

 

 

そう思った矢先だった。ユイがぱっ、と顔を輝かせて右の方を指さしたのは。

 

いやいやまさか。そんな上手く見つかるわけが…等と内心で呟きながらユイの指の先へ歩いていけば。

 

 

「うそーん…」

 

 

ぽっかりと開いた穴。その奥には、恐らく四、五人は入れそうなくらいの大きな穴が。さらに都合がよい事に、奥の空間は広いものの、入り口の穴自体は一人が何とか通り抜けられそうなくらいしか開いていない。

 

これなら、ユイの様にプレイヤーの反応を掴める存在がいない限り見つからないだろう。

…多分、めいびー。

 

ケイはのそのそと穴を潜って、洞穴の中へ入る。中は特に変わった所はない。地面、壁、天井は砂に覆われており、動物の巣穴を大きくさせたような感じだ。ケイは洞穴の奥で壁に背を寄りかからせて腰を下ろすと、ウィンドウを開き、アイテムストレージから、一定時間周りにモンスターをポップさせなくするアイテム、<聖水>を取り出す。

 

小さな瓶の蓋を指先で突くと、蓋が効果音とともに消え、中の液体が辺り一面に散りばめられる。それは壁をすり抜け、洞穴の向こう側へも効果を及ぼす。

 

 

「これで、モンスター対策はオッケー、か?後はプレイヤーだけど…」

 

 

この場所がプレイヤーに見つかってしまえば即PKを喰らうだろう。ここに来て、知り合いはユージーンくらいしかいない。ここを見つけたプレイヤーがユージーンで、見逃してくれましたという展開は、全く期待できない。

 

 

「せめて、あの入り口を見えなくする魔法があればなぁ…」

 

 

「ありますよ?」

 

 

「…え?」

 

 

ローテアウトというものがある。パーティーを組んだプレイヤー達が順番にログアウトし、ログアウトした人が戻ってくるまで意識がなくなったアバターを守るというものだ。そのローテアウトをする場所として、ここは絶好の場だ。目敏くこの穴を見つけるプレイヤーは出てくるかもしれない。だから、何とか入り口の小さな穴を誤魔化せる魔法があればと、思わず呟いたのだが…。ユイの返答を聞いて、ケイは目を丸くする。

 

 

「あるのか?」

 

 

「はい。隠蔽魔法の一つです。詠唱が少し長いのですが…」

 

 

「いや、教えてくれ。何とか、七時までには現実に一旦戻りたいんだ」

 

 

ケイが頼むと、ユイは少し間を置いてから、七、八つほど単語が続く詠唱を教えてくれる。それを何度かユイに聞き返し、口にしながら頭に叩き込んでいく。魔法詠唱の際のコツをユイにアドバイスしてもらいながら、詠唱を暗記したのは十分ほど経った後だった。

 

詠唱を終えたケイの周りで文字のような羅列が浮かび、ケイが掌を向けた先、外へ繋がる穴がある場所を何かが塞ぐ。

 

これは実際に穴が塞がっているわけではない。ただ、プレイヤーにそう見せているだけだ。ケイだけではなく、ここを通るかもしれない、他のプレイヤー達にも。

 

 

「魔法を重ね掛けしない場合と、誰かが魔法を破らない限り。効果が続くのは一時間です」

 

 

「それまでに戻ってくればいいんだな。そんだけ時間があれば大丈夫だ」

 

 

ウィンドウを開いてオプションコマンドを呼び出し、その中から<ログアウト>の欄を選んでタップする。【現在地が中立域のため、ログアウトした場合────】という警告文が眼前に表示されるが、構わずOKボタンを押す。

 

 

「じゃ、一時間立つまでには戻ってくるよ。…悪いけど、待っててくれ」

 

 

「はい!パパが戻ってくるまで、お留守番してます!」

 

 

ログアウトする際の光に包まれながら、ケイはユイに言葉を掛ける。それに対してユイは、小さな拳で胸をとん、と叩いて力強く答える。

 

意識が現実へと戻される中、この世界から意識が完全に消える直前。ユイの頼もしさを感じながら、ケイは小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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