SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第60話 VSユージーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一筋の風が吹き、砂が巻き上がる。月光に照らされるその光景は、幻想的といえるほど。そんな光景の中で、二つの刃が交わろうとしていた。

 

ケイの握る質素な片手剣と、ユージーンが握る威圧感あふれる赤き大剣。これらの刃は交わ…ることなく、ケイの剣がユージーンの大剣をするりとすり抜ける。

 

 

「っ!?」

 

 

目を見開くケイ。見開いたケイの目には、首筋に迫る大剣。ケイが持つ剣とユージーンの大剣とではリーチが違いすぎる。このままでは、先にケイがユージーンの剣戟によって、首を刎ね飛ばされる。

 

 

「ちぃっ…!」

 

 

歯を食い縛り、剣を振るう腕を引き戻す。その勢いのまま体を倒し、地面へと倒れ込む。

 

 

「ぬ…」

 

 

ユージーンの口から小さく声が漏れたのが聞こえた。ケイはそれには構わず、視界のすぐ上を刃が横切ったのを確認し、両手を地へと着け、バク転で体勢を立て直す。

これまでの動作によって、ユージーンから切れてしまった視界を戻すと、大剣を肩に担ぎ、追撃を仕掛けに迫る巨男。

 

 

「…」

 

 

頭の中で先程の謎の光景が過る。だが、ケイは剣を構え、防御の体勢をとる。

ユージーンが振り下ろす大剣が迫り、ケイが横に倒して構える剣とぶつかり合う、はずだった。ケイの目は、ユージーンの大剣が手に握り剣とぶつかり合う寸前、おぼろに刀身を霞ませたのを確かに見た。

 

 

「っ!」

 

 

それを目にした瞬間、ケイは再び剣を引き戻し、今度は右足を伸ばして左に回転する。回転の勢いを利用し、右足の蹴りをユージーンの剣の腹にぶつけ、起動を逸らす。

 

 

「むっ…!くっ!」

 

 

再びユージーンの口から声が漏れ、その直後に、驚愕の感情を浮かべたその顔の頬に、一筋の赤いライトエフェクトが奔る。

 

 

「よくかわした、な!」

 

 

「ちっ!」

 

 

ケイは突き出した剣を、右薙ぎに振るう。だが、ユージーンの大剣が、ケイの刃を寸での所で防ぐ。ガァァァァアアン!と、甲高い金属音が鳴り響いた直後、ケイから逃げるようにユージーンがその場から後退する。

 

それに対し、ケイは追撃はせず、後退するユージーンの様子を窺う。

 

 

「何だよその剣…。すり抜けたり実体化したり」

 

 

「<エセリアルシフト>といってな。効果は、さっき貴様の目で見た通りだ」

 

 

「へぇ…。ずいぶん、強力な武器をお持ちの様、で!」

 

 

今度はケイが先に仕掛ける。およそ十メートルほどの距離をほとんど一瞬で詰め、ユージーンの首筋目掛けて剣を振るう。しかし、すぐにケイの手に大きな衝撃が奔る。ユージーンがケイのスピードに反応し、大剣を刃の軌道の上に置かれ、防がれてしまう。

 

 

(透過はしない…。どういうシステムで反応してるかはわからんけど、奴が剣で攻撃する時だけ、透過すると考えていい)

 

 

「ぬぅん!」

 

 

ユージーンが力任せに大剣を振るい、ケイを吹き飛ばす。一瞬、崩れた体勢を空中で立て直してからケイは着地し、さらに追撃してくるユージーンに備える。

 

防御は不可能だ。あの剣の効果…エセリアルシフトによって、防御をすり抜けて迫ってくる。ならば、ユージーンの攻撃に対してできる事は、回避のみ。ユージーンの得物が大剣という事が幸いした。これがもし、小回りを利かせやすい片手剣だったら完全に詰んでいた。

 

だが、もしそれだとゲームバランスを崩しかねないチート性能だ。経営側も、それを考慮しての設定したのだろうが…。それにしても、厄介な能力には変わりない。

 

 

(救いとしては、本人の意思で能力の操作をしてるわけじゃないって事か)

 

 

剣戟を紙一重の所で躱し、時に反撃を与えながら観察を続ける内に、少しずつユージーンの大剣の性質が解ってきた。ケイの考え通り、本人の意思で操っている訳でないのなら、やりようはある。

 

 

「はぁっ!」

 

 

息をつかせぬケイの連撃の中にできた小さな隙を逃さず、ユージーンが攻勢に出る。

何度も言うが、防御をすり抜けるという能力がある以上は、ユージーンの攻撃に対してケイにできる行動は、回避のみ。

 

ケイは膝を曲げてしゃがみ、打ち払われる大剣をかわすと、横切る大剣の間合いを計りその距離分だけ後退。直後に振るわれるユージーンの大剣は、先程までケイがいた場所の空を切るのみ。

 

 

(飛べれば、もっと楽だったんだろうけど…!)

 

 

カウンターで剣をユージーンにぶつけるが、肩を掠るだけに留まってしまう。ただ、それだけでも少しくらいはダメージが入るはずなのだが…、ユージーンのHPを見ると、全くと言っていいほど減っていない。

 

ユージーンが身に着けている防具とケイの装備している初期装備の性能の差が、はっきりと出ていた。ここまでの展開の中、優勢なのはケイだ。まだ、ダメージも一度も喰らっていない。

 

だが…、今の初期装備では、一度でもダメージを喰らえば流れは一気に傾くだろう。

 

元々、大きな剣を振り回すスタイルの相手はケイにとって相性がいい。スピードで撹乱し、手数で攻めるのがケイのスタイルのため、ユージーンというプレイヤーは、ケイにとって好物と言っていい。

 

しかしそれも、装備の性能の差が全てを打ち消してしまう。

 

 

(ったく…。誰だよ、武器の性能の差が勝負を決める訳じゃないとか言ったの!)

 

 

内心でごちりながら、剣戟を掻い潜り、ユージーンの懐へ入り込む。すぐに、ユージーンが迎撃せんと大剣を振るうが、その前にケイは左手首を剣を握るユージーンの右手に押し当て動きを止める。

 

動きが止まったユージーンの首を狙い、刃を突き入れる。だがその攻撃も、ユージーンが首を傾ける事によって直撃は避けられ、大したダメージを入れられずに終わる。

 

 

「大した腕だ…。だが、武器に苦労している様だな」

 

 

「…わかってんなら、その鎧だけでも外してくれませんかねぇ?」

 

 

「冗談を言う!」

 

 

ケイの軽口に言葉を返しながら、今度はユージーンから突っ込んでくる。それに対し、ケイは後退しながら、大剣のリーチに入らないよう、間合いを計る。

 

 

(…どうする?)

 

 

ユージーンの猛攻を避けながら、思考を巡らせる。このままではじり貧だ。というより、長期戦になれば不利になるのは確実にこちらだ。こちらの速さに慣れられる前に、速めに決着を着けたい所なのだが…、そのための火力がない。

 

…いや、あるにはある。あるのだが、それを使うことをケイは躊躇っていた。

まだこのゲームに初めて入ったばかりの自分が、それを使えば…。チートというべきそれを使うことを、ゲーマーであるケイの心が躊躇わせていた。

 

 

(っ、ふぇいん…!)

 

 

大剣の突きをかわそうと体を翻す。だがその瞬間、剣の軌道がずれた。

 

恐れていた事…、ケイの速さにユージーンが適応し始めたのだ。ユージーンに対する絶対的アドバンテージが、失われつつあった。

 

 

(どうする…!?)

 

 

このまま負けるという選択肢もある。SAOと違い、HPが失われても命が失われるわけじゃない。ALOの中での死は、死んだ場所で行動不能になり、六十秒後に前のセーブポイント、またはホームタウンへと戻されるだけ。それに加え、経験値が減る、所持金額が減る、アイテムが減るなどのペナルティもあるが、そんなものはどうでもいい。まだこのゲームに入ったばかりのケイが、失って困る物など────

 

 

(失う…?)

 

 

ユージーンの剣が迫るなか、目を見開く。

 

失う?失う…、あれを?初めて手にした時からずっと、あの世界で自分を守り続けてくれた、あれを、失う?

 

バカな。今、自分は何を考えた?死んでもいい?失っても困る物など何もない?どうでもいい?

 

…ふざけるな。

 

 

「失いたくない物…、あるだろうがっ」

 

 

左掌を剣が迫る方へと向ける。直後…、衝撃、と同時に力強くその手を握り締める。

 

 

「ぐっ…、ぬぉっ…!?」

 

 

信じられない面持ちで、ユージーンは目を見開いてその光景を見つめていた。

 

自身の愛剣が、ケイの左手に掴まれている。いや、それだけならまだいい。

抜けない。ケイの左手の拘束から、愛剣を抜くことができない。

 

 

「防御をすり抜ける。でも、命中する時は当然実体化するに決まってるよなぁ!」

 

 

「なっ…、ぐほぉぁあああああっ!!」

 

 

剣を投げ上げ、思い切り拳を振り抜く。ユージーンの顔面に拳がぶつかり、巨体は面白いように吹っ飛び、地面を転がる。できればこれで、相手の剣を奪えればとも考えていたが…、ユージーンの手から離れる事はなかった。

 

 

(まぁいい、それよりも)

 

 

ユージーンがゆっくりと立ち上がるのを横目で見遣りながら、ケイはウィンドウを開いてアイテムストレージを操作する。ストレージを開き、たった一つしか中に入っていないそれを、ケイはその手の中に実体化させる。

 

 

「何だ…。その刀は…!」

 

 

ケイの手に握られたそれを見て、走り出そうとしたユージーンの動きが止まる。

 

手から伝わってくるのは懐かしい感触。伸びる銀色の輝きは、全ての者を魅了する…、<天叢雲剣>。

 

 

「さて…。これで武器の性能差に嘆く必要はなくなったわけだ」

 

 

「っ…」

 

 

一振り、二振りと刀を振るった後、腰に現れた鞘へ刃を収め、構えをとる。

 

そうだ、この感覚だ。ここまで、初期装備の片手剣を握っていたが、何となく違和感がぬぐえなかった。

 

 

(やっぱり、刀じゃなきゃ、全力を出せないってか?)

 

 

一瞬。

ユージーンの懐へもぐりこんだケイは、鞘から刃を抜き放つ。

 

 

「っ!?」

 

 

辛うじて反応できたユージーンが大剣を立て、横薙ぎに振り払われるケイの刀を防ぐ。だがそこでケイの動きは止まらず、上下左右から連撃を繰り出していく。

 

やはりユージーンも武器の性能に負ぶさるだけのプレイヤーではない。ケイの攻撃を正確に大剣で撃ち落としていく。…が、本来の姿を取り戻したケイに、次第に追いつけなくなっていく。

 

 

「ぐっ…!」

 

 

ユージーンの頬を刃が掠るという、先程と同じ光景。だが、違うところが一つ。

ここまでほとんど減らなかったHPが、僅かとはいえ、目に見えてがくりと減っている。

 

 

「くっ…、ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

「遅い」

 

 

ユージーンが一文字に振るう大剣を、ケイは高く跳躍して回避。そのまま着地をする前に左足を突き出し、ユージーンの顔面にぶつける。

 

先程の様に派手に吹き飛びはしなかったが、ユージーンの体勢が崩れる。

ケイは着地すると、ユージーンが体勢を整えてしまう前に刀を袈裟気味に振り下ろす。

 

刀と大剣がぶつかり合う。始まる鍔迫り合い。本来、力比べならユージーンの方が有利なのだろうが…、体勢が幸いして、ケイが押し込む形になっている。

 

 

「何だ…、何なんだ、貴様はぁっ!!」

 

 

「何だって言われてもな…」

 

 

堪らずユージーンが後退する。ケイは間を置かず、距離をとろうとするユージーンを逃さず、間合いを保ち続ける。

 

 

「っ!」

 

 

「ただの一プレイヤーだよ!」

 

 

再びケイがユージーンに連撃を放つ。上下左右、時折フェイントを混ぜながらユージーンを追い詰めていく。先程と同じように、次第にユージーンがケイの速度に追いつかなくなっていく。

 

距離をとろうとするユージーンだが、決してそれをさせない。そして、遂に、ユージーンの防御の軌道がぶれた。

 

 

「っ!」

 

 

ケイは見逃さず、当然そこを突いて刀を振るう。ユージーンも防ごうと大剣を持っていこうとするが…、間に合わない。ユージーンの首筋目掛けてケイの刀が迫り、切り裂く────

 

 

「…何のつもりだ」

 

 

「いや、別にあんたを倒すためにここに来たわけじゃないし。あんたを倒したせいで狙われるー、とかなったら面倒だから」

 

 

刃が首へ入り込む寸前の所で、ケイは刀を止めていた。このままやられると思っていたのだろうユージーンが、ケイに怪訝な視線を向けてくる。

 

 

「何だと…?」

 

 

「あー、情けをかけてる訳じゃないぞ?このまま斬れって言うなら斬るし。ただ、あんたに頼みたい事があってさ。助けてやる代わりに…な?」

 

 

ユージーンが目を鋭くさせ、ケイを見る。

しばらくの間、そうして目を見合わせたままだったが、不意にユージーンは短く息を吐くと、ケイの問いに答えた。

 

 

「…いいだろう。こちらとしても、ここでペナルティーを受けたくない理由がある。貴様の要求、呑んでやろう」

 

 

「それは助かる」

 

 

ユージーンの答えを聞き、ケイは刀を引いて鞘へ収める。

 

 

「それで、貴様の頼みというのは何だ」

 

 

崩れたままだった体勢を戻し、ぱんぱんと装備にかかった砂を払いながらユージーンが問いかけてくる。

 

 

「あぁ。ここから一番近い町と、そこにある宿屋に案内してほしいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

────ケイがユージーンと、その他の配下のプレイヤー達と共に一番近くの街…、サラマンダーのホームタウンである<ガタン>へ移動を始めたのと同時刻。

 

シルフ領にある深い森の中に、三人のプレイヤーの姿があった。

一人は長い金髪を伸ばし、完璧と言っていいスタイルを持つシルフ族の少女。一人は黒髪をツンツンと立て、黒を基調とした装備を身に着けたスプリガンの少年。一人は青い髪を短めにカットした、優し気な顔立ちをしたウンディーネの少女。

 

先程まで、この場で戦闘が行われていた。サラマンダー三人にシルフの少女が追われ、追い詰められていた所を、スプリガンの少年とウンディーネの少女の二人が割って入り、シルフの少女を窮地を救った。

 

少しの間、シルフの少女は素性の知れない二人を警戒していたが、二人の【世界樹】に行きたいという目的と、会話から伝わってくる為人に次第に警戒を解いていった。

 

 

「あ、そうだ。スイルベーンに行くのはいいけど、まだ二人の名前を聞いてないよね」

 

 

「あぁ…、確かに。俺達も君の名前聞いてないな」

 

 

これから、シルフのホームタウンであるスイルベーンへ向かおうとしていたのだが、そこでシルフの少女が互いに自己紹介をしていない事に気が付いた。羽ばたかせようとした翅を止め、振り返って二人に自身のアバターネームを名乗る。

 

 

「私はリーファ。見ての通り、シルフよ」

 

 

シルフの少女、リーファが名乗ると、続いて二人が口を開く。

 

 

「俺はスプリガンのキリトだ。よろしくな、リーファ」

 

 

「私はウンディーネのサチ。よろしくね、リーファちゃん」

 

 

キリトと名乗ったスプリガンの少年と、サチと名乗ったウンディーネの少女を見回してから、改めてスイルベーンがある方向へと体を向ける。

 

 

「それじゃあ、スイルベーンまで飛ぶよ?ついてきて!」

 

 

リーファが飛び立ち、続いてキリトとサチも飛び立っていく。すでにリモコンを使わない随意飛行は練習済みだ。ただ、まだ着陸のしかたをリーファは二人に教えておらず…、それによって、二人が慌てふためく羽目になる事を、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ユージーンが弱いんじゃないんです…。ケイとの相性が最悪なだけなんです、はい…。

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