SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第58話 祝福と共に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「慶介様。慶介様宛のお届け物が届いております」

 

 

部屋の外から、メイドの報告が来たのは菊岡との対話の翌日だった。<アルヴヘイム・オンライン>、通称ALOの情報が載ったWebページが映るPCの画面から視線を切り、回転椅子から跳ぶようにして降りる。

 

どん、と音を鳴らしながら両足は床に着き、すぐさま部屋から飛び出る。部屋の前では畏まった体勢でメイドが立っており、飛び出てきた慶介に驚いた表情を見せる。慶介はメイドに対し、一言、悪いと呟いてから問いかける。

 

 

「荷物はどこに?」

 

 

「あ…。今、奥様が業者の方から預かって、リビングに…」

 

 

「わかった」

 

 

戸惑い、おどおどした様子で答えるメイドに、簡潔に声をかけてすぐに足を進める。菊岡に頼んでおいた荷物が届いたのはいいが、その中を見られる訳にはいかない。何しろ、荷物の中身はナーヴギアだ。自分をあの世界に幽閉した、悪魔の機械。何のつもりでナーヴギアを受け取ったのか、そして、ナーヴギアを慶介に送ったのは誰なのか。

 

心配してくれる気持ちは嬉しいが、立ち止まっている暇はない。どれだけ怒られるかはわからないが、事情を話すのは、全てを終わらせてからだ。

 

 

「あら、慶介。荷物が届いてたわよ」

 

 

「あぁ、聞いてる」

 

 

リビングまで来れば、恵子は大きめの段ボール箱を抱えており、テーブルに置こうとしていた。

 

 

「こんなに大きな荷物、中身は何なの?」

 

 

やはり、聞いてきた。

 

 

「ちょっと作ってみたい物があってさ。友達から部品送ってもらったんだよ」

 

 

本当の事は言えない。だから、胸の奥から湧いてくる罪悪感を抑えて、嘘をつく。

 

 

「そう…。でも、気を付けなさいよ?あなた、最近は機械の事になると時間を忘れるんだから」

 

 

「はいはい」

 

 

恵子からずっしりとした重みのある段ボール箱を受け取って、簡潔に返事を返してから慶介は元来た道を戻っていく。先程、慶介に荷物が来たことを報告してくれたメイドとすれ違い、そして自室へ入る。

 

慶介は扉の鍵を閉めてから、すぐに中に衝撃がいかない様に、そっと段ボール箱を床へ置き、蓋を塞ぐガムテープを剥がす。箱の蓋が開くまでの分を剥がし終えると、ガムテープを丸めてゴミ箱へ投げ入れる。

 

 

「…もう二度と被るつもりなかったんだけどな」

 

 

およそ一万人の人達をSAOの世界へ誘い、およそ三千五百人の人達を殺した機械。

 

SAOがクリアされ、未だに目が覚めない三百人以外の、現実に帰還したプレイヤー達が使用していた内、ほとんどのナーヴギアは仮想課の職員達に回収された。今、慶介がナーヴギアをその手に戻したのは、菊岡が特別に認めた特例。

 

ALOの中に入り、手に入れた情報を菊岡へ報せる。それを条件に、特別に送ってもらっただけなのだ。

 

ナーヴギアと一緒に入っていた小さなパッケージ、それを開けて中から小型のROMカードを取り出す。慶介がログインする、アルヴヘイム・オンラインのソフトだ。

 

ナーヴギアの電源を入れ、インジゲータの光が点滅したのを確認してから、スロットにカードを入れる。すぐにナーヴギアはソフトを読み込み、インジゲータの光は点滅から点灯へと変わる。

 

慶介はベッドに腰を下ろすと、頭にナーヴギアを装着して体を倒した。顎の下でハーネスをロックし、バイザーを下ろして目を閉じる。また仮想世界に飛び込むことができるという興奮か、はたまた不安か。慶介自身でも原因が分からない心臓の激しい鼓動を抑えながら、慶介は呪文を口にする。

 

 

「リンク・スタート」

 

 

言った途端、閉じた瞼を透かして届いていた僅かな光が消え、慶介の視界は暗闇に包まれる。すぐに視覚、聴覚や触覚などの感覚チェックが始まり、次々にOKの文字が流れていく。様々なチェックが行われるのを、慶介はぼんやりと終わるのを待っていると、足元から虹色のリングが近づいてくるのに気付く。

 

リングを潜り、目を開けた慶介を待っていたのは、巨大な、アルヴヘイム・オンラインと書かれたロゴだった。だが、当たりは暗闇に包まれたまま。どうやらアカウントを登録する場らしい。

 

まずは新規IDとパスワード。MMOゲームを始めてからずっと使っている文字列を流用し、二つの入力を終える。次にハンドルネームの入力を求められる。

 

 

「…」

 

 

ここで、慶介は手を止める。だがすぐに手を動かし、文字を入力していく。

 

<Kei>

一瞬躊躇いはしたが、やはりこれしか思いつかない。それに、SAO世界でのこと、特にキャラクターネームについては一切の情報は公表されていない。まさか、SAOユーザーがこんな短期間の内に、別のフルダイブゲームをプレイしようとも考えないだろう。

 

この名前が須郷に知られている可能性はあるが、<ケイ>は死んだと、あの場面を見たSAOプレイヤー達は考えている。菊岡にも、自分から話したいからと口止めしてある。<ケイ>が生きていると知られてはいない、と、思いたい。

 

一抹の不安を感じながら、次の性別を男と入力したケイに、次に求められたのはキャラクターメイクだった。といっても、初期段階では種族の選択があるだけで、外見はランダムで作成されるとの事。

 

種族は九種類あり、それぞれに多少の不得手があるらしい。火妖精サラマンダー、水妖精ウンディーネ、風妖精シルフ、土妖精ノーム、鍛冶妖精レプラコーン、猫妖精ケットシー、影妖精スプリガン。そして、闇妖精インプ。

 

スプリガンを選択枠に捉えた時、キリトが好みそうな初期装備だなと考えながら、次のインプにおっ、と心の中で手ごたえを感じる。さすがに今目の前に映る筋肉隆々の外観は抵抗を覚えるが、黒とも言い難い、青は混ざったような色をした初期装備は、SAO時代に装備していたあの和服を思い出させる。

 

慶介はその初期装備を見て、即決でインプを選び、OKボタンをタップする。

 

 

『全ての初期設定が終了致しました。それでは、幸運を祈ります』

 

 

人工音声が流れると、ケイの体が光の渦に包まれる。説明によると、それぞれの種族のホームタウンからゲームが始まる。光の渦に包まれた直後、ケイの足から床の感覚が消え、浮遊感が、後に落下の感覚に襲われる。

 

光の中から、徐々に暗闇に包まれた小さな町が見えてくる。あそこが、インプのホームタウンなのか。

 

 

「…ん?」

 

 

ここで、ケイはある違和感を感じる。いや、別におかしなことは何も起こっていない。

眼下にはホームタウン。そして、街に向かってケイは落下を続ける。…速度をどんどんと上げながら。

 

 

「あの…。速すぎません?」

 

 

落下速度がさらに上がっていく。だけではない。次の瞬間、ケイの視界のあちこちでポリゴンが乱れ、ノイズが奔る。違和感どころではない。明らかに、異常だ。

 

 

「ちょっ、待てっ!何だよこれはぁああああああああああああああああ!!!」

 

 

あまりの事態にあげた悲鳴は、闇の中へ溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物理法則に従い落下していく中、ケイの周りの景色が次第に整っていく。先程、インプ族のホームタウンを見下ろした時は、種族の特性に合った景色なのだと考えていた空の暗さは、ただ夜の闇に包まれていただけだったようだ。月明かりが地面を照らし、空では浮かぶ雲がはっきりと見える。

 

だが、空の雲と月に関しては、ケイの目には全く入らなかった。

何故か────頭を下にして、落下を続けていたからである。

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおやばいやばいやばいやばぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

 

 

地面が近づいてくるのがわかる。このままでは、顔面で着地する羽目になってしまう。ここは仮想世界なのだから、特に痛みを感じたりはしないのだろうが…、そんなギャグマンガのワンシーンのような、そんな事態になりたくない。

 

ケイは空中で体をもがかせ、作った反動を利用して体の向きを反転させる。何とか両足の裏を地面へと向けることができたケイは、そのまま体勢を整えながら着地の衝撃に備える。

 

 

「いっっっっっ…!?…たくはない、な」

 

 

遂にケイの両足が地へと着いた瞬間、全身の強烈な衝撃を奔る。痛みではないのだが、深い以外の何物でもないその感覚に、思わず歯を食い縛る。次第に不快感が収まり、元の感覚に戻り始めた所でケイは周りの景色を見渡す。

 

砂、砂、砂────。どうやらここは砂漠地帯らしい。ケイの周り一帯、砂しか目に入らない。

 

 

「…何か、初っ端から難易度高いステージに放り込まれてんなぁ」

 

 

ケイの視界には町も、オアシスのような場所すらもある気配がない。初心者を送り出すにしては、何と厳しい場所だろう。

 

 

「しかし…」

 

 

どんな原因でこんな所に放り出されたのか、ここでそれを考えてもどうする事も出来ない。なら、これからどうするべきかを考える方が先決だ。

 

そう思い、ケイは改めて当たりの景色を見回す。だが、やはりどれだけ目を凝らして見ても、周りには砂しかない。もし現実でこんな事態に陥っていたら、どれほどのパニック状態になっていただろう…。

 

 

(…まず、自分のステータスとか確認するか)

 

 

どれだけ考えてもなにも思いつかないため、これからの行動については後回しにする。それよりも先に、ケイは今の自信のアバターの状態について知る事にする。

 

SAOでもそうしたように、左手の人差し指と中指を立て、縦に振るう。ALOの中では、ウィンドウを呼び出すためには右手ではなく、左手を振るわなければならないとチュートリアルの説明で言っていたのを、ケイはしっかり覚えていた。

 

ケイの目の前に、半透明のメニューウィンドウが出る。色こそないものの、デザインはSAOのとほとんど同じものだった。右に並ぶメニューを見つめ、なければならない単語をケイは探す。

 

 

「…あった」

 

 

<Log Out>

この単語を見つけた瞬間、ケイは表情を綻ばせ、大きく安堵の息を吐く。試しに押してみると、フィールドでは即時ログアウトできませんが────と、長い警告文と共に、イエス、ノーと選択を求めるボタンが表示される。

 

どうやら、ログアウトできないのは仕様ですという展開はないようだ。再び、今度は先程よりもさらに大きく息を吐く。そして次に、自身のステータスの確認をしようと視線を映らせる────が。

 

 

「は?…何だこれ」

 

 

ウィンドウ最上部には、HPとMPのそれぞれに、420、60という初期値らしい数値が並んでいる。だが、問題はその下だ。HP、MPの数値の下には習得スキル欄が表示されているのだが、初期アバターで、何のスキルも習得していないはずなのだが、スキル名が幾つもの名称が並んでいる。

 

 

「意味わかんね…」

 

 

呟きながら、欄をタップしてスキル窓を開き、詳細を確認する。

 

片手剣849、曲刀1000、刀1000、体術1000、釣り627…。初めに見た時、いきなりバグとは、このゲームは大丈夫なのかと心配の念に駆られたが、見覚えのあるスキル名と熟練度の数値に、ケイは衝撃を覚える。

 

見覚えがあるに決まっている。これらは全て、SAOの世界で二年間、鍛え続けたスキルなのだから。幾つか欠損しているが、SAOを生きた、アバターケイの能力がそのまま、ALOのアバターに受け継がれている。

 

 

「SAOの中…?いや…」

 

 

あり得ない。今プレイしているこのゲームは、異なる会社が経営する全く別物なのだ。…その、はずなのだが。

 

何が何だかわからないまま、ケイはスキル欄を閉じ、今度はアイテム欄を開く。

 

 

「…こっちも、それはそれでひどい事になってるな」

 

 

開いたアイテム欄を見て、ケイは苦笑を浮かべる。現れたアイテム欄に並んだ羅列は、激しく文字化けしていた。一部、文字化けしていない物もある。

 

 

「…っ」

 

 

先程のスキルといい、何故か大量にストレージに入っているアイテムといい、何らかの理由でSAO時代のケイのアバターのデータが、ここに引き継がれているとみて間違いない。なら…、あれも残っているはずだ。

 

ケイはアイテム欄を下へスクロールしながら、文字化けしていないはずの、あのアイテムを探す。

 

 

「…あっ、た」

 

 

ぴたりと止まったケイの指の先には、一つのアイテムの名前。<MHCP001>というアルファベットの文字列。ケイは迷わず、そのアイテムを選択し、取り出しを行う。

 

ウィンドウ上に出現する、白く輝くクリスタル。ケイはそれを両手で掬うが、すぐにケイの両手から離れると、強く輝き始める。地上二メートル程度の場所で停止したクリスタルは、さらに輝きを強くさせる。

 

 

「…っ」

 

 

輝きの中心から一つの影が生まれた。影は徐々に形を変えていき、さらにはケイの目に色彩を映していく。靡く長い黒髪、揺れる純白のワンピース。すらりと伸びる手足は、白く透き通った綺麗な肌をしている。瞼を閉じ、両手を胸の前で組み合わせた一人の少女が、ゆっくりと地面に降り立つ。

 

瞬間、光の爆発は収まった。それと同時に、少女の睫毛が震え、ゆっくりと両目が開いていく。開いた瞼から覗く瞳が、真っ直ぐにケイの姿を捉えた途端、少女の目が細められ、唇が弧を描く。

 

 

「…目覚めの気分はどうだ?ユイ」

 

 

と、そこまで口にした瞬間、ふと気付く。ALOのアバターはランダムで決められる。そのため、今の自分の姿はSAOのものとは全く異なっているはずだ。まだ自身の造形を見ていないため、どうなっているか確認できていない。

 

ユイが、自分の事をわかるかどうか────

 

 

「はい、最高です…。おはようございます、パパ」

 

 

だが、そんな心配は杞憂だった。大粒の涙を目の端に浮かべながら、両手を差し伸べて、胸に飛び込んでくるユイ。

 

 

「パパ…!パパ…!」

 

 

どれだけ時間がかかろうとも、また三人で過ごす時間を作ろうと心に決めていた。そのために、メカトロニクスという総合的な分野の勉強も始めた。

 

恐らく、年単位…下手したら十年という年月が必要になるかもしれない。それ程の長い歳月を、覚悟していた。

 

 

「おはよう、ユイ…」

 

 

だが今、自分の胸の中にこの子はいる。短い間でも、家族として過ごした、かけがえのない娘がここにいる。

 

腕をユイの背に回し、右手を綺麗な髪の毛に滑らせる。

 

二人の頭上では、親子の再会を祝福するかのように、満月が輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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