SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第57話 掴んだ手掛かり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京都中央区銀座。日本最大の繁華街であり、デパートや洋服の店に並ぶ商品の値段から、富裕層の街というイメージが着いている。高そうな衣服を着込み、優雅に歩くマダムとムッシュが多くいる銀座の街にある、高級そうな雰囲気がぷんぷんと醸し出すカフェ。その中にある二人用の席、慶介は腰を下ろしていた。

 

テーブルの上には、慶介が頼み、ウェイターの男が置いていった紅茶の入ったカップがある。中の紅茶から上がる湯気が消えている事から、それなりに長い時間、慶介がこのカフェにいるのが窺える。

 

慶介がこのカフェに来た理由は、アスナの見舞いに行った病院から出た際に掛けていた電話が関係する。電話を掛けた相手とここで待ち合わせをしているのだが、なかなか来ない。

 

テーブルに載ったカップを手に取り、縁に口を付けて紅茶を含める。そしてカップをテーブルへと戻した時、入り口の扉が開く際に鳴るベルの音が店内に響いた。中へ入ってきたのは、スーツを身に着け、眼鏡をかけた人の良さそうな顔をした男。

 

 

「いらっしゃいませ。お一人様でよろしいでしょうか?」

 

 

「いや、待ち合わせで…。あっ、ケイくーん!」

 

 

店に入ってきた男とウェイターが話す中、不意に男の目が慶介の姿を捉えると、ぶんぶんと腕を振りながら大きな声でこちらを呼ぶ。瞬間、店内で寛いでいたマダム達が慶介を呼んだ男に冷たい目を向ける。

 

 

「あの子と待ち合わせしてたので、案内は結構です。いやぁ~、遅くなってすまなかったね」

 

 

だが、マダム達の視線に気付いていないのか、男は構うことなく声のボリュームをそのままに、テーブルを挟んで慶介の正面の席に腰を下ろす。

 

 

「少し静かにしてくださいよ…。周りの迷惑でしょう、菊岡さん」

 

 

「あ…、あー…。うん、すまなかったね…」

 

 

菊岡誠二郎。それがこの男の名前だ。この男は総務省総合通信基盤局高度通信網振興課題二分室、または通信ネットワーク内仮想空間管理課と言われる、通称仮想課の職員。

SAOをログアウトしてから数日後、菊岡は慶介との面会を求めた経緯がある。それに対し、慶介はある条件を菊岡に飲ませ、アインクラッドで自身に起きた全てを話している。

 

遅れたことは別に気にしていない。急に呼び出したのはこちらだし、むしろ今日中に話す機会を作ってくれたことに対して感謝している。だが…、店内の空気は読んでほしかった。菊岡には、こういうやや空気が読めない一面があり、慶介は少し苦手にしている。

 

なら、何故その苦手にしている菊岡を慶介は呼び出したのか。

 

 

「さて…、遅れてきてなんだと思われるかもしれないけど、僕も時間を押してここに来てるんだ。早速、本題に入ろうか」

 

 

菊岡の言葉に頷きながら、慶介はコートのポケットからスマホを取り出すと、操作をしてから菊岡に差し出す。菊岡は慶介からスマホを取り出すと、椅子の足下に置いたカバンからイヤホンを取り出し、慶介のスマホに接続する。そして、イヤホンを耳に着けてから、スマホの画面を一度タップする。

 

菊岡が、慶介のスマホに録音された何かをイヤホンを通して聞く。およそ五分ほど経っただろうか、菊岡はイヤホンを外し、慶介にスマホを返す。

 

 

「…正直、想像以上の事が聞けたよ。まさか、SAOから約三百人のプレイヤーが意識を取り戻さない、この状況を利用するつもりとはね…」

 

 

菊岡がイヤホンを通して聞いていたのは、アスナの病室で表した、須郷の本性だった。初めの部分は僅かに抜けているが、アスナとの結婚の手段に関してはしっかりとスマホに録音されている。

 

 

「聞きたい事の一つ目は、この話の是非だ。アーガスが解散したのは知ってるが、SAOサーバーがレクトに委託され、維持を任されている。…本当なんだな?」

 

 

「うん。それは本当の話さ。そして、サーバーの維持を中心的に行ってるのは…、須郷伸之が主任を務めている、フルダイブ技術研究部門だ」

 

 

「…」

 

 

正直、全くもってあり得ないとは考えていた。それでも、そうであってほしいと思っていた、須郷の嘘方便という可能性はあっさりと否定される。

 

 

「だが、レクトは今、かなり規模があるVRゲームのサーバー維持をしているはずだ。その上で、SAOのサーバー維持までできるものなのか?」

 

 

「いや。普通、SAOクラスの規模のサーバー二つを同時に維持するなど不可能…。と、言いたいんだがね。彼…、須郷伸之なら不可能ではない、と判断せざるを得ない」

 

 

「…引っ掛かる言い方だな」

 

 

まるで、自分の本意ではないと言わんばかりの言い方で慶介の問いに答える菊岡。菊岡は両肘をテーブルに立て、組んだ両手の甲で口を隠しながら続けた。

 

 

「SAO事件によって、VRゲームに向けられる世間の目は冷たいものに変わった。…だが、それでもフルダイブ型のゲームを求める人を止められなくてね。そこで、レクトを含めた大手メーカー達はこれを開発した」

 

 

言いながら、組んだ手を外した菊岡は、足元のカバンから薄めの段ボール箱と、小さなパッケージを取り出した。菊岡は二つの箱をテーブルに置くと、段ボールの方を慶介の方に押し出す。箱の面には、白色のリング状の機器が描かれており、その右下部に<AmuSphere>というロゴ。

 

 

「これは?」

 

 

「<アミュスフィア>。君達がアインクラッドにいる間に、今度こそ安全と銘打たれて発売された、ナーヴギアの後継機さ」

 

 

アミュスフィア、名前だけは知っていた。ケイ達がSAOに囚われている間に、それによって従来の据え置き型のゲーム機とシェアを逆転するまでになった。しばらくの間、フルダイブ型ゲームからは距離をとろうと考えていたため、実物を見るのは初めてだった。

 

 

「そしてこれが、レクトの研究部がサーバーを管理しているゲーム。<アルヴヘイム・オンライン>」

 

 

続いて、菊岡はもう一方、パッケージを慶介に差し出す。手のひらサイズのパッケージは、明らかに何らかの…いや、アミュスフィアを実機としたゲームソフトで間違いない。

 

菊岡から受け取ったパッケージをまじまじと眺める慶介。深い森の上空には巨大な満月。満月に向かって、少年と少女が剣を携え飛翔しているイラストが描かれている。二人の格好はオーソドックスなファンタジー系だが、背からは透明な羽が伸びている。

 

 

「妖精の国、ね。ほのぼの系か?」

 

 

「いや。どスキル制。プレイヤースキル重視の上に、PK推奨のハードなゲームだよ」

 

 

「…」

 

 

パッケージのイラストと、ゲームのタイトルからまったり系のMMOと予想していたが、そうではないらしい。

 

 

「レベルは存在せず、各種スキルが反復使用で上昇する。戦闘もプレイヤーの運動能力依存。魔法有りのSAOってところだね。グラフィックや動きの制度も凄まじいらしい」

 

 

「へぇ…。で、これがさっきの話と何の関係が?」

 

 

先程の菊岡の言いぶりから、須郷伸之をマークしている風だった。それと、このアミュスフィアとアルヴヘイム・オンラインというソフトと、どんな関係があるのか。

 

 

「…これを見て欲しい」

 

 

菊岡が、スーツの胸ポケットから一枚の写真を取り出すと、テーブルの上に置いて慶介の前へと差し出す。

 

 

「…っ!?」

 

 

視線を落として写真を見た瞬間、慶介は大きく目を見開く。驚愕するしかなかった。

 

 

「バカな…、何で…!?」

 

 

テーブルから写真を手に取って、映っていたものを見つめる。

特徴のある色合いは、現実世界ではなく仮想世界の中で撮られた証拠。ぼやけた金色の講師が一面に並び、その奥には白いテーブルと椅子、そしてそこに腰を下ろす白いドレス姿の女性。

 

 

「アスナ…!?」

 

 

かなり引き延ばしたらしく、画質が荒い。だが、長い栗色の髪と整った顔立ち、見間違うはずもない。アスナだ。

 

 

「おい!この写真は何だ!!」

 

 

ここがどこだったかも忘れ、両手で机を強く叩きながら、勢いよく立ち上がる。慶介の足に押され、腰を下ろしていた椅子が倒れそうになるが、構っていられない。

 

 

「ケイ君、落ち着いて…」

 

 

「落ち着いていられるか!これは…!」

 

 

先程とは立場が逆になってしまった。菊岡が慶介を宥め落ち着かせようとするが、慶介に効果は与えられない。それどころか、なかなか話さない菊岡に焦らされ苛立ちが募る。

 

だが、再び写真を見下ろした時、慶介はある事に気付く。それは、アスナの背から伸びる透明な羽。ついさっき、見覚えのある物だった。

 

 

「この羽は…」

 

 

「そう。アルヴヘイム・オンラインのアバターが持つ羽で間違いないと思うよ。その写真が撮られた場所もそのゲームの中だからね」

 

 

「なに…?」

 

 

視線を菊岡へと戻す。

 

 

「僕は、この写真に写っている女性は、結城明日菜さんだと考えている。…君は、どう思う?」

 

 

「…アスナ、で、間違いないと思う」

 

 

椅子に腰かけながら、菊岡の問いかけに答える。

 

菊岡は、SAOからの未帰還者について捜査している。アスナの顔も、データを見て知っているため、この写真を慶介に見せに来たのだろう。慶介から電話が来なければ、自身から連絡を取るつもりだったとこの店で会う約束を取り付ける際に、菊岡は言っていた。

 

 

「けど、この写真はどうやって…」

 

 

だが、この写真はどういう経緯で撮られたのか。それについて問いかけると、菊岡はゆっくりと口を開く。

 

 

「世界樹、と呼ばれる場所があってね。プレイヤー達の目標は、その世界樹を踏破する事なんだけど、一部のプレイヤー達は普通に踏破するのが不可能だと考え、少し狡い事を考えた」

 

 

まず、アルヴヘイム・オンラインのプレイヤーの数が爆発的に増えた理由の一つに、飛べるというのがある。フライトエンジンを搭載しており、背中から伸びる羽を使って飛べるのだ。初心者のために、飛ぶためのコントローラーがあるのだが、慣れればコントローラー無しで自由に飛び回れるようになるという。

 

 

「けど、飛ぶにも滞空時間というものがあって、無限には飛べないらしい。だから、世界樹を踏破するには内部から登らなきゃいけなかったんだけど…、ちょっとずるがしこいプレイヤー達が面白い事を考えてね」

 

 

体格順に五人が肩車をして、多段ロケット方式で樹の枝を目指した。少々無茶苦茶な方法だとは思うが、思惑は成功し、枝にかなり肉薄したという。それでも到達する事は出来なかったらしいが、証拠を残そうと、一人のプレイヤーが何枚も写真を撮った。

 

その中の一枚が、今、ケイの手にある、鳥籠の中に閉じ込められたアスナが写った写真である。

 

 

「…」

 

 

写真に写るアスナを見つめながら、思考を働かせる。

アミュスフィア、アルヴヘイム・オンライン。それらを開発したレクト。SAOのサーバーを管理し、同時にアルヴヘイム・オンラインのサーバーも管理しているレクト。

 

SAO未帰還者の一人であるアスナが、何故かアルヴヘイム・オンラインの中に監禁されている。

 

 

「…菊岡さん」

 

 

「残念だけど、他のSAO未帰還者の存在を証明する物はないんだ。それに、この写真だって、NPCだと言われたらそれを認めざるを得ない」

 

 

この写真一枚では証拠能力が弱すぎる。須郷を追い詰める事は出来ない。だが…、手掛かりは掴めた。

 

 

「菊岡さん、このソフトを貰うことできますか?」

 

 

「…むしろ、そのつもりで持ってきたんだけどね。君に、アルヴヘイム・オンライン内部の捜査を頼みたいと思ってたんだ」

 

 

菊岡もそういうつもりでソフトを持ってきたという。

 

 

(…こういう所が、な)

 

 

「それで、ハードの方も用意してある。といっても、今日持ってきたこれなんだけどね」

 

 

さらに用意周到なことに、今目の前にあるアミュスフィアは、慶介のために持ってきたのだという。まるで菊岡の掌で踊っているようで気に入らないが…、力になってくれるのなら、それでアスナに近づけるのなら、とことん踊ってやろう。

 

それに────

 

 

「アミュスフィアはいらない」

 

 

「え?」

 

 

慶介の一言に、菊岡の目が丸くなる。

 

 

「じゃあ、どうやって…」

 

 

ハードがなければソフトは使えない。なら、慶介はどうするつもりなのか。計り切れなかった菊岡が、慶介に問いかける。

 

 

「その代わり…」

 

 

菊岡の問いかけに対し、慶介は口を開いて…、一度間を置いてから、こう続けた。

 

 

「俺のナーヴギアを用意してほしい」

 

 

「…へ?」

 

 

慶介がそう答えた直後、菊岡の口から素っ頓狂な声が漏れる。そして、さらにその直後には、菊岡が驚愕の声が続けて漏れた。

 

 

「えええぇ!!?」

 

 

周りのマダム達が、慶介と菊岡の二人を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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