SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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試験が終わり、時間が余る余る。
…といっても、実家に帰ればまた投稿は止まるんですけどねー。









第52話 死闘の予告

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偵察隊が、全滅…!?」

 

 

以前にデュエルを申し込まれた時と同じように、ヒースクリフは両脇に幹部プレイヤーを座らせ、自身は真ん中に座る形でケイとアスナを見据えて話していた。その話の内容に、ケイの隣に立っていたアスナが驚愕に目を見開きながら言葉を漏らす。

 

ケイの元にヒースクリフから、血盟騎士団本部に来てほしいとメッセージが着たのは、今日の朝の事。メッセージの中を見てすぐ、無視しちゃおうかという気持ちが沸いてきたのだが、最後の一文に被害者が出た、と書かれては行かざるを得ない。

 

ギルド本部の門の前でアスナと鉢合い、一緒にこの部屋まで来たのだが…。ケイもいきなりヒースクリフから告げられた現在の状況に、眉を顰める。

 

 

「昨日の事だ。七十五層の迷宮区のマッピングは犠牲者無しで終える事は出来た。だが、ボス戦はかなりの苦戦が予想された…」

 

 

七十五層、クオーターポイントと呼ばれる層という事で、ヒースクリフだけでなく、ケイもアスナも…いや、恐らくは攻略組全体が同じ予想はしていただろう。同じクオーターポイントだった、二十五層と五十層も。特に五十層の隊列の瓦解は凄まじかった。二十五層でも死者が出て一部のプレイヤー達がパニック状態になったのを覚えている。

 

それも、攻略を休みがちだったここ二週間の間、迷宮区のマッピングに苦労しているという話は時折耳に入っていた。それでも、未だ死者は出ていない事と、ヒースクリフも迷宮区に潜って攻略しているという話を聞いて、ケイ自ら前線へ行くというのはしなかったのだが、

 

 

「そこで、我々は五ギルド合同のパーティーを二十人を偵察隊として送り込んだ」

 

 

当然の措置だ。クオーターポイントで、かなり強力なボスが用意されている可能性が濃厚なのだから、偵察も手練れを送り込むのが取るべき策だろう。

 

ヒースクリフは、さらに続ける。

 

 

「偵察は慎重を期して行われた。十人をボス部屋へと入れ、残った十人を入り口で待機させるという措置をとったのだが…。最初の十人がボス部屋の中央に到達し、ボスが現れた瞬間に入り口の扉が閉じてしまったのだ。ここからは後衛の十人の報告だが、扉は五分以上開かなかった。鍵開けスキルや打撃など、何をしても開かなかったらしい。ようやく扉が開いた時────」

 

 

一瞬目を閉じた後に、ヒースクリフは再び続けた。

 

 

「部屋の中には何もなかったそうだ。十人の姿も、ボスの姿も。転移脱出した形跡もなく、彼らは帰って来なかった…。念のため、黒鉄宮のモニュメントを確認しに行かせたが…」

 

 

そこから先は言葉には出さず、ヒースクリフは首を横に振るだけだった。

 

 

「十人、も…。どうして、そんな…」

 

 

アスナが絞り出すような声で呟いた。俯いて僅かに震える彼女を、一瞬心配げに見遣ってから、ケイはヒースクリフへ視線を戻す。

 

 

「結晶無効化空間、だろうな。十人全員が帰って来れないなんて、それしか考えられない」

 

 

「だろうな。アスナ君の報告では、七十四層でもそうだったという事だから、恐らくこれからの全てのボス部屋が、結晶無効化空間と考えるべきだろう」

 

 

「ちっ…、本当のデスゲームはこれからって事か?」

 

 

「…?」

 

 

この時、アスナはケイの声質に小さな違和感を感じて顔を上げた。そこには、ヒースクリフに視線を向けたまま、言葉を交わし続けるケイがいる。

 

 

「かといって、攻略を諦める訳にもいかない。今回のボスは、結晶での撤退が不可能な上に、ボス出現と同時に退路が断たれてしまう様だ。ならば、統制のとれる範囲で可能な限りの大部隊を以て臨むしかない。君達にも、協力をお願いするよ」

 

 

ヒースクリフの話を聞く限り、間違いなく過去最悪のボス戦になると思われる。だが、それでも逃げる訳には行かない。

 

この世界から出る為だけではない。小さな、自分達の娘との約束を、守るためにも。立ち止まってはいけない。ケイとアスナは決意を秘めた眸を向けて、同時に頷いた。

 

それを見たヒースクリフが、僅かに驚いたように、小さく目を見開いた後かすかな笑みを浮かべる。

 

 

「攻略開始は三時間後、予定人数は君達を入れて三十二人。七十五層、コリニア市ゲートに午後一時集合だ。…二人の勇戦を期待するよ」

 

 

そう言い残すと、ヒースクリフは周りに座っていた配下を伴って部屋を出ていった。

 

ケイとアスナ以外、誰もいなくなった部屋の中。アスナはケイの隣から離れ、長机に腰を掛けてからケイに顔を向けた。

 

 

「三時間だって。どうしよっか」

 

 

「さて、どうしようかね。ま、集合までに昼飯は食べとかないとな」

 

 

「あ、なら今日は私のホームに来てよ!いつもケイ君のホームにお邪魔してばっかりだから」

 

 

机に腰を掛けたアスナだったが、すぐに床に足を下ろして、ケイに駆け寄る。

 

 

「アスナのホームか。…そういや、まだ一度も行ったことなかったっけ」

 

 

「うん!だから、ね?」

 

 

普通、異性が自身の部屋に招待するのは相応の勇気が必要であり、そしてまた相応の意味があるのだが…、この二人には当てはまらないらしい。相手を招待するのも、相手の部屋に入るのも、全く抵抗がない様子。

 

二週間前までの二人ならば違っただろう。だが、この二週間をほとんど二人で過ごし、そして先日にはお泊りまで済ませた。そんなケイとアスナだからこそ、そういう関係でもないのに展開される会話である。

 

…もしここにクラインがいたら、発狂していたかもしれない。

 

 

「…クオーターポイント、か」

 

 

ケイとアスナも部屋を出て、階段を下へ降りていた時。不意にぽつりとケイが呟いた。

 

 

「…五十層の時みたいに、自分で抱え込もうとしないでね」

 

 

「いや、今回はそれしたくてもできないからな?ボス部屋入ったら閉じ込められるみたいだし」

 

 

「あ、そっか」

 

 

もうすぐボス戦、それも相当の強敵と予想されるクオーターポイントのボスとの戦い前とは思えない、ほのぼのとした空気で会話をするケイとアスナ。

 

だが────

 

 

「…怖いか?」

 

 

「…うん。怖くないって言ったら嘘になるかな」

 

 

笑顔を浮かべながら発せられるアスナの声が、僅かに震えている事をケイは見逃さなかった。

 

怖いに決まってる。クオーターポイントだからだけじゃない。ボス戦に臨む度に、普段の攻略とは比べ物にならないほどの危険が付いて回るのだ。その上でクオーターポイントという大きな危険も付いてくる。

 

 

「でも…、今日参加する人は、皆怖がってると思う。逃げ出したいって感じてると思う。それでも…、何十人も集まったのは、団長にケイ君…、間違いなくこの世界で最強の二人が先頭に立ってくれるから…なんじゃないかな」

 

 

「…ずいぶん買い被られたもんだ」

 

 

「買い被りじゃないよ。私もそう。とても怖くて、逃げ出したくて…、それでも、ケイ君がいるから私は戦える。初めて会って、パーティーを組んで戦って…。あの時から私は、ケイ君と並んで戦うんだって思ってたんだよ?」

 

 

「…キリトを忘れてますなぁ」

 

 

アスナを直視できず、視線を逸らしてから一言、そう呟くケイ。

 

へたれ?好きなだけ言え。お前らも今ここで俺の立場になってみろ。すっげぇ恥ずかしいから。少しでも対象を自分から逸らしたいって思うから。

 

誰に向けてかも知らず、それでも内心で言い訳をするケイに、アスナは面白そうに微笑みながらさらに続けた。

 

 

「そうだね、キリト君も忘れちゃダメだよね?でも…、最初に私を見つけてくれたのは、ケイ君だから…」

 

 

「っ…」

 

 

待って、本当に待って。恥ずかしいから。恥ずかしすぎて顔から火が噴き出しそうって表現の意味、今物凄くわかるから。それくらいマジだからあかんて。

 

内心でひたすら混乱するケイ。仮想世界では、顔にそのまま感情が出るせいで、頬の熱を抑えることができない。…いや、現実世界でも、無理だったかもしれない。

 

 

「ケイ君…、私ね…?」

 

 

階段の途中、段差の上で立ち止まったアスナがケイを見上げる。アスナもまた、ケイと同じように頬が赤く染まっていた。いや、今はそんな事はどうでもいい。あ、いや、どうでもよくはないけど、それよりもだ!

 

 

(アスナ、それ以上は駄目だって!)

 

 

ここで、『ん?なに?』と惚けられるような鈍感野郎ではない。アスナが言おうとしている事は、大体わかる。というより、この流れで分からない奴はどうかしてるだろというレベル。

 

 

「私…」

 

 

それ以上はいけない。アスナにだって解ってるはずだ。もう少し後にはボス戦が控えている。そんな中で、それを言ってはいけない事など、解ってるはずなのだ。

 

それでも止まらない、いや、止められない。アスナの潤んだ瞳が、ケイの両目を射抜く。

 

 

「私は…っ」

 

 

「っ…、っ…!アスナっ!」

 

 

ケイが声を絞り出すと、アスナはハッ、と体を震わせながら我に返る。そして、自分が何を言おうとしたのか自覚したのだろう、それはもう先程よりもさらに、顔全体を真っ赤にさせながらしゃがみ込んだ。

 

 

「あ、あー…、その…。飯行くか。前に行った、五十七層のレストランにでも…な?」

 

 

両手で顔を覆い、ぷるぷる震えるアスナを見下ろしながら、頭を掻いてケイはそう言った。

さすがに、この空気の中でアスナのホームに行く気にはなれなかった。

 

 

「…」

 

 

ケイが言ってから数秒後、アスナはこくりと小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

微妙な空気の中で食事を済ませ、食事が終わった後も五十七層の広場で時間を潰したケイとアスナは、集合時間十分前に七十五層、コリニアの転移門前広場にやって来た。広場には、すでにボス討伐隊と思われるプレイヤー達が多数集まっており、転移してきたケイとアスナに、緊張を含んだ視線を向けてきた。

 

転移門から広場へと階段を降りながら、アスナはこちらに向かってギルド式の礼をするプレイヤーへ礼を返す。その光景をケイは眺めていただけだったのだが、不意にアスナが軽く肘でケイの脇腹をつついてきた。

 

 

「ほら、ケイ君も挨拶しなよー」

 

 

「は?あ、あぁ…」

 

 

突然、あの血盟騎士団本部での件から微妙に気まずかったアスナから声をかけられ驚きながらも、軽く片手を上げて挨拶を返すケイ。ギルドには入っていないし、少々気軽な気がするがこの程度でいいだろう。

 

 

(しっかし…)

 

 

周りを見回す。ほとんど全てのプレイヤーが、ケイへ視線を向けている。隣にいるアスナを見ているようにも見えるが、正確に視線を向けているのはケイ一人だ。

 

それも、まるで縋るような、そんな視線を。

 

先程、アスナが言っていた言葉を思い出す。あの時はあまりに恥ずかしかったこともあり、受け入れるのが難しかったが…、こんな視線を受けてしまえば、逃げる事は出来ない。

 

 

(いつものように、自由に好き勝手戦うのは出来ねぇかもな…)

 

 

息を吐くケイ。すると不意に、バン、とやや力強く、後ろから誰かに肩を叩かれた。

 

 

「よう!なんだなんだぁ?戦う前から難しい顔してよぉ」

 

 

「クライン…、エギルも、今日は参加するのか」

 

 

振り返ると、相変わらず悪趣味なバンダナを着けたクラインと、珍しく武装をしたエギルが立っていた。

 

 

「あぁ。今回は偉い苦戦しそうだって聞いたからな。商売投げ出して来てやったぞ!」

 

 

「はっ、なーにが商売投げ出してだ。どうせボス戦の戦利品目当てだろ?」

 

 

「ぐぬっ…。ん、んなわけねぇだろ!この無私無欲の精神を理解できないたぁ…」

 

 

「アスナ、聞いての通りだ。エギルは戦利品いらないそうだから、分配から除外していいぞ」

 

 

「うん、わかった」

 

 

「いや、そ、それは…。て、アスナも乗らないでくれよ…」

 

 

情けなく口籠るエギルを見て、クラインとアスナの笑い声が重なる。それに伝染するように、当事者であるケイとエギルも、そして周りでやり取りを見ていた他のプレイヤー達にも笑いが移っていく。

 

 

「おいおい、ずいぶん面白そうな話してんじゃん。混ぜろよ」

 

 

「おっ、キリトじゃねぇか!」

 

 

朗らかな笑い声が広場に響く中、続いてやって来たのはいつもの黒づくめの格好をしたキリト。そしてその隣には、キリトの恋人であるサチ、周りには月夜の黒猫団のメンバー達が。

 

 

「久しぶりだな、ケイタ。元気そうだな」

 

 

「うん。ケイも元気そうで安心したよ」

 

 

月夜の黒猫団の面々も加わり、ケイ達の会話もさらに盛り上がる。それにつられて、周りのプレイヤー達の表情から少しずつ硬さが消えていき、いつしかボス戦の話だけでなく、普通の世間話をする声も聞こえてくるように。

 

だが、そんな和やかな時間もすぐに終わりを告げる。

 

一時丁度。転移門からさらに数名が出現した。いつもの十字盾と長剣を携えたヒースクリフと、血盟騎士団の精鋭だ。彼らの姿を目にした直後、再び緊張が奔る。

 

ヒースクリフと四人の配下は、転移門から降り、広場の中央へと歩みを進める。

彼らが進む進路上で、プレイヤー達は両脇へと割れ、彼らの進路を作る。

 

 

「欠員はいないようだな。よく集まってくれた。状況は知っていると思う。厳しい戦いになるだろうが、諸君らの力なら切り抜けられると信じている」

 

 

言葉を続けるヒースクリフにケイが向ける視線を悟ったのか、不意に中央で演説していた聖騎士がこちらを見た。

 

 

「ケイ君、キリト君。今日は頼りにしているよ。存分に力を発揮してくれたまえ」

 

 

全く緊張を感じさせない、それこそ余裕すら感じさせる声でそう言うヒースクリフに無言で頷くケイとキリト。

 

 

「では、行こうか」

 

 

そう言うと、ヒースクリフは懐から一つの結晶アイテムを取り出した。

「コリドーオープン」と、ヒースクリフが結晶を掲げながら唱えると、ヒースクリフの目の前に暗い何かが渦巻く穴が開く。

 

<回廊結晶>を使って完成した通路に、ヒースクリフを先頭に血盟騎士団のメンバー達が入っていく。それに続いて、他の討伐隊のプレイヤーも。クラインとエギルが、キリトとサチ達、月夜の黒猫団が。最後に、ケイとアスナが並んで回廊を潜っていく。

 

次に光が見えた時、そこは七十五層のボス部屋前だった。重厚な扉の前で、すでに到着していたヒースクリフがこちらを向き、十字盾を床に立てて目を見回していた。

 

 

「なんか…いやな感じだね…」

 

 

「あぁ…」

 

 

ケイとアスナが一番後ろから一歩前に出ると、隣からキリトとサチが一言交わす声が耳に届いた。

 

小さな火の明かりに照らされた扉。ゲームの中で、そのような感覚があるはずはないのに。中から強大な気配が発せられているようで、ケイの額から一筋に汗が流れた。

 

 

「大丈夫」

 

 

浴衣の裾が小さく引っ張られる。振り向けば、笑みを浮かべたアスナがこちらを覗き込んでいた。

 

 

「ケイ君は一人じゃない。一人にさせないから」

 

 

「…わかってる」

 

 

裾を掴むアスナの手に、ケイも手を重ねた。それだけで、自分の中にある恐怖が、浄化されていくような、そんな感覚を抱く。

 

一度目を閉じ、完全に自分の中での集中モードに入ってから、ケイは手を離して視線を横に向ける。そこにはキリトとサチ、二人の後ろにいる黒猫団の面々。そして奥にはクラインとエギルがそれぞれの武器を構えていた。

 

 

「死ぬなよ」

 

 

一言、彼らに向けて告げてから、ケイも扉へと視線を向けて手で刀の柄に触れる。

 

 

「へっ、おめぇもな」

 

 

「この戦いの戦利品で一儲けするまでは、死ねねぇなぁ!」

 

 

「…やっぱそれなんだな、エギル」

 

 

いつも通り過ぎる返答に、思わず吹き出しそうになり、それと同時に自身の集中が揺らぐ。

すぐに立て直し、正面を見据えるが…、ある意味、いつも通りというのは恐ろしい。

 

 

「戦闘、開始!」

 

 

ヒースクリフが十字盾から長剣を抜き、掲げて叫ぶ。

 

ケイ達は開いた大扉の奥へと、一斉に駆け込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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