SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第46話 黒髪の少女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、すっかり暗くなっちまったな…」

 

 

最前線に出る時に身に着ける浴衣ではなく、ホームにいる時に着る部屋着姿で外に出ていたケイ。その手には釣竿が握られており、竿を肩に担いで運んでいた。辺りはすっかり暗くなっており、暗視スキルのおかげで周りの様子を確認できてはいるが、普通の肉眼では闇に遮られ何も見えないでいただろう。

 

 

(…もしアスナと一緒にいたら、ひっ付いて来て歩きづらかっただろうな)

 

 

今日は、アスナはケイと一緒ではなく<月夜の黒猫団>のメンバー達と行動している。別に最前線で攻略しているわけではないが。

 

先日、キリトとサチが結ばれた事をケイとアスナは知った。その次の日には二人の結婚祝いを行ったのだが、それからたまにアスナがサチの所へ行くようになったのだ。話したいことがある、と言って。

 

…別に寂しくないし。近頃、アスナと一緒に行動するようになって、一人でいる事が珍しくなって。だから、今一人でいる事が寂しいとか、そういう訳じゃないし。

 

 

(あいつアストラル系とか、こういう雰囲気苦手だからなー)

 

 

思い出すのは、<ラグーラビットの肉>を使ったシチューを食べた日。送ると言って、素直にアスナが受け入れたあの時。今ケイが歩いているこの道を思い出して、顔を引き攣らせていたアスナ。

 

もし、ここにアスナがいたなら、それプラス顔を青白くさせていただろう。

 

 

「…あ?」

 

 

そういえば何で俺は釣竿担いでるんだろ。普通にストレージに仕舞えば良かったのに。

 

と、考えたその時。ケイのプレイヤーホームが見えてきた、と同時に、ホームの扉の前で誰かが立っているのが見える。真っ白なワンピースを着て、長い黒髪を下ろした幼い少女。

 

すると、ケイのホームを見上げていた少女が不意に振り返った。

 

 

「っ…」

 

 

「…」

 

 

少女と目が合った瞬間、ケイは思わず足を止めた。別に恐怖とか、そういうのを感じたわけではない。ただ、何というか…人ならざる何かが、人の皮を被った物を見たというか、そういう感覚にケイは陥った気がした。

 

立ち止まったケイと、振り返った少女の目が合わせたままじっと見つめ合う。というより、ケイから視線を切ることができなかった。少女の瞳に視線が吸い込まれ、抗う事ができない。

 

 

「…あ」

 

 

どれだけ時間が経っただろうか。このまま、どれだけ時間が経つのだろうか。

そう思った時、ふらりと少女の体が揺れた。少女の体が地面へとぶつかった音が、ケイの耳に微かに届く。

 

 

「おい…」

 

 

ケイはすぐに少女の元へと駆け寄り、釣竿を地面に置いて少女をそっと抱える。

 

特に息が乱れた様子もない。顔色も悪くはない。と、少女の容態を確認するがその途中で、ここは仮想世界なのだからそんな域とか顔色とか関係ないと気付く。そのため、少女の頭の上に浮かんでいるはずのカーソルを見ようとするが────

 

 

(カーソルがねぇ…?)

 

 

こうして少女に触れてる。少女の姿も見えている。なのに、全プレイヤーの頭の上に浮かぶはずのカーソルが見えない。プレイヤーだけではない。モンスターも、NPCも、自分がターゲットにした対象には必ずカーソルが浮かぶ。

 

 

(何かのバグか?)

 

 

普通のネットゲームなら、GMを呼んで異常を報せる所だろう。だがSAOにはGMコールの機能はあっても、GMが存在しない。

 

 

(…ともかく、連れて帰るか)

 

 

他にもまだ気になる点はあるが、今ここで考えていても仕方がない。ともかく、ここは少女を連れて帰る事にする。さすがに、ここに少女を放っておくという薄情な真似はしたくない。

 

ケイは地面に置いた釣竿をストレージへと仕舞って、少女を抱え上げる。扉の鍵を開け、ホームの中へと入っていった。

 

 

 

 

ホームの中に入った後、ケイは少女をベッドに寝かせ、毛布を掛けて置いていた。それからは、アスナとコンビを組み直す前のリズム通りの生活をした。夕飯を食べ、シャワーを浴びて、アイテムの整理をしてから寝床に着く────所で、少女が寝ているのを見て固まったのはまた別の話。

 

ケイのホームにはソファ等、ベッドの代わりになる物がないため、ベッドの端っこで寝付こうとする。前に床で寝た時、ゲームの中の癖にやけにリアルに体にぎくしゃくとした痛みを感じた経験がある。もう、あの痛みは二度と感じたくない。たとえ、色々と理不尽な誤解を向けられたとしても。

 

 

「…おやすみ」

 

 

最後に、少女の寝顔を見遣ってから両目を瞑り、睡眠へと入るケイ。

 

次に目を開けた時には、窓から陽の光が射し込んでおり、朝であることを報せていた。

 

 

「んー…、はぁっ…、っ」

 

 

体を起こし、大きく伸びをしてから深く息を吐いた所で、今ここにいるのは自分だけでない事を思い出す。いつの間にか、傍らまで寝返りを打って来ていた少女を起こさない様に、ケイは静かにベッドから降りて寝室から出る。何時になるかはわからないが、勝手に少女が起きてくるだろう。

 

だが、少女が家にいるため、今日は外出は出来なさそうだ。

 

 

「…ん?」

 

 

朝食を摂ろうと、ストレージの中を確認しようとした時、扉がコンコンと叩かれる音がした。

ホーム内には遮音機能が付いており、扉を手でノックしても中に音は届かない。だが、扉にぶら下がっている、ノック用の金属で叩いた場合のみ、来客を報せる音として中にノックオンが届くのだ。

 

ウィンドウを開くために翳した手を下ろし、玄関へと行き、扉を開けて誰が来たのかを確かめる。

 

 

「やっ、ケイ君」

 

 

「アスナ?」

 

 

扉の前に立っていたのは、ギルドの制服ではなく、少々ラフな格好をしたアスナだった。扉を開け、ケイが顔を覗かせるとアスナは軽く手を上げる。

 

 

「どうしたんだ?今日は別に約束したりしてないだろ」

 

 

「…約束してなきゃ、来ちゃダメ?」

 

 

「…いや、別にそうじゃないけど」

 

 

狡い。本当に狡い。本気でそんな事を考えている訳じゃないのに、そんな事、こっちだってわかっているのに。微笑んで首を傾げながら、そんな風に聞かれたら、うんと言える訳ないじゃないか。

 

…言うつもりもないけど。

 

 

「それで、今日は何か用事ある?」

 

 

「うんにゃ、特に…」

 

 

アスナの問いに答えようとそこまで口にした時、ケイは思い出す。今もまだ、寝室ですやすや寝息を立てているだろう幼女の存在を。

 

 

「ある。ちょっと大事な用があるんだ。そろそろ出るつもりだから、悪いけど」

 

 

遠まわしに、アスナに帰ってほしいと告げる。

 

 

「…怪しい」

 

 

「え」

 

 

だが、やはりアスナを騙すことなどケイには出来るはずもなく。笑みを収め、目を細めたアスナが開いた扉に体を割り込ませる。

 

 

「ちょっ…」

 

 

「ケイ君、何か隠してるでしょ」

 

 

「…」

 

 

どうしてこの人は騙されないのでしょう。いや、微妙に言い淀んだのは確かだがそれでもここまで疑われるほどではない。ただ、その用事をつい忘れてたのかなとしか思われないはずなのだ。普通なら。

 

 

「…」

 

 

「あの、アスナ。そんな睨むなよ…。嘘ついたのは謝るよ。ただ…ちょっと…」

 

 

もう何を言い繕ってもアスナの疑いは晴れないだろう。だから、嘘を認めて謝る。

 

 

「…嘘は認めても、話してくれないんだ」

 

 

「…」

 

 

だが、本当の事は話せない。幼い少女を家で寝かせているなんて…、話せるわけがない。

 

そう、思っていたのだが。

 

直後、カチャッ、と扉が開く音がした。勿論、開いたままの玄関の扉の音ではない。なら、一体何の扉が開いたのか。

 

このホームには扉が三つある。まず一つ目はシャワールームへの扉だ。これが開く事はない。何故なら、今シャワールームには確実に誰もいないのだから。そして二つ目はこの玄関の扉。まあ、この扉に関しては説明しなくてもいいだろう。開きっぱなしの扉が音を出す事などあり得ない。そして、最後の一つ。

 

寝室への扉。これが開く可能性は────ある。

 

 

「…ケイ君」

 

 

「…何でしょうか」

 

 

「…その子、誰?」

 

 

アスナが目を丸くして、ケイの背後の先…そう、寝室の扉がある方を見つめている。その視線の先に何があるのか、ケイはその目で確かめてはいない。だが、アスナが何を見て、どうして驚いているのか。わかりたくないが…、わかる。

 

それに、その子誰って聞いて来てるし。

 

 

「ぁぅ…」

 

 

アスナに見つめられているだろう少女の、狼狽する声が聞こえる。それと同時に、ととと、と床を駆ける音が聞こえたかと思うと、ケイの左足に何かがぶつかる。

 

 

「え…」

 

 

「ぅぅ…」

 

 

驚き見下ろせば、ケイの左足にしがみつく、昨日拾った少女が。少女は瞳を潤ませ、不安気にケイを見上げている。その中で時折、恐る恐るアスナの方に視線を向けているのが分かる。

 

それを見て、ケイはふと閃いた。

 

 

「あーあ。アスナのせいでこの子が怖がってるー」

 

 

「え…、えぇ!?」

 

 

思わぬケイの反撃にアスナは狼狽える。狼狽えながら、ケイとケイを見上げる少女と視線を行き来させる。うん、かなりこの反撃は効いている。これ以上攻め込むのは止めておこう。

 

 

「ともかく、中に入れよ。いきさつ説明するからさ」

 

 

「う、うん。わかった」

 

 

ケイは柔らかく少女に微笑みかけながら、ぽんと背中を叩いてリビングへと入っていく。アスナも続いて、リビングへと入る。

 

アスナに先に座るように言ってから、ケイは部屋の端に置いてある椅子の一つを持って来て、そこに少女を抱き上げて座らせてから、残った椅子に腰を下ろす。

 

 

「で、この子の事だけど…」

 

 

正面で怪訝な視線を送ってくるアスナに説明した。昨日の夜、釣りの帰りにホームの前で少女が立っていた事。少女はすぐに倒れ、放って置く事ができずベッドへと運んだ事。

 

 

「そんな事があったんだ…」

 

 

正直、傍から聞いてたらどうかと思う話だが、すんなりアスナは信じてくれた。怪訝な表情は少女を気遣う表情へ変わり、ケイに向けていた視線も少女へと向けられる。

 

 

「こんにちは」

 

 

「…ぅ」

 

 

微笑みながら少女に声を掛けるアスナ。だが、少女は恐怖を浮かべ、体をケイへ寄せようとする。

 

 

「私は、アスナっていうんだ。あなたのお名前、言える?」

 

 

「……なまえ…」

 

 

恐怖を向けられるアスナだが、微笑みは変えず、自己紹介をするとその後、少女の名前を問いかけた。少女の顔から僅かに恐怖が消えると、俯いて何かを考え込む。恐らく、自分の名前。

 

 

「わたし…の…なまえは…、ゆ…い…。ゆい」

 

 

「ユイちゃん…。良い名前だね。こっちのお兄ちゃんは、ケイっていうの」

 

 

少女が名乗ったユイという名前。その名を聞くと、アスナはケイへと顔を振り、ユイにケイを紹介する。

 

 

「けい。あう…な」

 

 

たどたどしい口調でユイがケイとアスナの名前を口にする。

 

 

(見た目は、八歳程度なんだがな…)

 

 

その様子を見ていたケイは、ふと懸念を感じた。少女の見た目は少なくとも八歳程度。ログインから二年経っている事を考えれば、今の年齢は十歳になっているはずなのだ。覚束ない口調とは、どうしても似つかない。

 

 

「ね、ユイちゃん。どうしてここに来たの?どこかに、お父さんかお母さんいる?」

 

 

アスナもケイと同じ疑問を感じているはず。だがそれを見せず、少女に笑顔を向けたまま再び問いかけた。

 

ユイはその問いを聞くと、少しの間黙り込んだ後に頭を振った。

 

 

「わかんない…。なん、にも…わかんない…」

 

 

「…そっか」

 

 

ユイが答えた後、ケイは立ち上がってキッチンへ向かう。台の上にポットを置くと、一つカップを取り出してその中に温まったミルクを入れる。

 

 

「はい」

 

 

「…?」

 

 

ミルクを入れたカップをケイはユイに前に置く。

ユイはまず、ケイを見上げると前に置かれたカップに目をやって、もう一度ケイを見上げる。

 

 

「喉渇いてないか?飲んでいいぞ」

 

 

ケイがそう言った途端、ユイは花が咲いたような笑顔を浮かべると、すぐさまカップを両手で持ち上げて口を付ける。温度は丁度良かったようで、ミルクの温かさと味を堪能し始める。

 

 

「…アスナ」

 

 

「…」

 

 

ユイがミルクに夢中になってるのを見て、ケイはアスナに目配せした。ケイと目を合わせたアスナと頷き合うと、少し離れた所へ移動して身を寄り合わせる。

 

 

「ねぇ…。どう思う…?」

 

 

先に口を開いたのはアスナだった。アスナはケイの顔は見ず、口元に手を当てて俯いたまま聞いてきた。

 

 

「記憶はなさそうだ。だが、それよりも…」

 

 

ケイはミルクを飲むユイを見遣る。

 

 

「精神に何らかのダメージがある…んだろうな」

 

 

「っ…」

 

 

ケイが言うと、アスナの顔が泣きそうに歪む。

 

 

「この世界で色々、ひどい事をたくさん見てきた…。だけど…、こんなの、残酷すぎるよ…」

 

 

やり切れなさそうに吐き出すアスナを見て、ケイは視線をユイへと戻す。

宙で両足を揺らしながら、鼻歌を口遊むユイに足を向けた。

 

 

「けい…?」

 

 

「お、俺の名前覚えてくれたか。ありがとな」

 

 

「…へへ」

 

 

ケイが先程まで座っていた椅子に腰を下ろすと、ユイはケイの顔を見上げて、呼んだ。

 

それを褒めながらユイの頭を撫でると、ユイはくすぐったそうに軽く身を捩りながら、嬉しそうに笑う。

 

 

「ならユイ。あそこのお姉ちゃんの名前は言えるか?」

 

 

「えっ…」

 

 

ユイが頭を撫でられていると、今度はケイはアスナへと矛先を向けた。ユイの肩に手を置いて、もう一方の手でアスナを指さす。

 

 

「あうな!」

 

 

「おぉ!…て、ちゃんと言えてないぞ?アスナだ、あ・す・な」

 

 

名前自体はしっかり覚えているのだろうが、発音ができない。ケイはそれを直すために、もう一度、ゆっくりアスナと言い直す。

 

 

「…あう…うぅ…」

 

 

ユイは発音を直そうとするが、上手くいかずに俯いてしまう。

 

 

「あ、えっと…。難しいかな?言いやすい呼び方でいいよ?」

 

 

アスナもまた、ユイに歩み寄って声をかける。すると、ユイは一度アスナを見上げてから再び俯いて考え込む。ケイが空になったカップにミルクを入れ直してユイの前においても、身動き一つとらない。

 

 

「…ママ」

 

 

と、不意に顔を上げてアスナの顔を見上げると、ユイはそう口にした。次いで、ユイは視線をケイに移して言う。

 

 

「けいは…パパ」

 

 

ケイもアスナも目を丸くした。ユイが何を思って自分達をそう呼んだのかはわからない。自分達を両親と勘違いしたか、それとも重ね合わせてそう呼んだのか。

 

だが、不安気にこちらを見上げるユイを見ると、違うと否定することができなかった。

 

 

「そうだよ…。ママだよ、ユイちゃんっ」

 

 

アスナが言うと、にこりと笑うユイ。そして、アスナが両腕広げると、ユイはアスナの胸に飛び込んでいった。

 

 

「ママ!パパ!」

 

 

胸に抱かれたユイはアスナを見上げて、ケイを見て、二人を呼んだ。

それを聞いたアスナが、一瞬表情を歪ませるがすぐに笑顔を浮かべ直して口を開く。

 

 

「さっ!ちょっと遅くなったけど、朝ごはんにしよっか!」

 

 

「うん!」

 

 

「え?」

 

 

アスナが言うと、ユイは満面の笑みで頷く。そして、そんな二人を見て笑顔で固まるケイ。

 

 

(いや、俺もユイもまだ朝飯食べてないけどさ…)

 

 

何でここで食べる事になってんの?

 

そんなケイの疑問は、キッチンで料理を始めたアスナとその足元でアスナの作業を覗こうとするユイの二人には届かない。

 

 

「…はぁ」

 

 

結局ケイは溜め息一つ吐いてから椅子に腰を下ろし、朝食が出来上がるのを待つ事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、朝露の少女に入ります。クラディールがいないため、あの事件は飛ばしました。

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