SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第44話 VS<神聖剣>終

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七十五層の主街区<コリニア>にあるコロシアムで、ヒースクリフとデュエルを行っているケイの付き添いで来たアスナ。今は控え室でその様子を見守っているアスナの目の前では、二人による超高速の剣戟の応酬が始まっていた。

 

ケイの刀はヒースクリフの盾に阻まれ、ヒースクリフの剣は空を切る。時折互いの小攻撃がヒットし、HPが僅かに減少しているのが見える。一見すれば、双方互角の戦いを繰り広げているようにも見える。

 

だが、ヒースクリフよりもケイのHPの方が少ない。どちらが優勢であるかは、二人のHPを比べれば明らかだった。

 

 

「ケイ君…」

 

 

ヒースクリフの剣を弾いてから、ソードスキルを使って反撃を仕掛けるケイ。アスナはその姿を、胸元で両手を握りながら見つめる。

 

初撃決着モードによるデュエルは、どちらかがクリーンヒットを受けるまで戦いが続くのだが、それだけでなく、どちらかのHPが半分を切った場合もまたそれで決着が着く。

だが、ケイの目を見ればわかる。あの目は、ヒースクリフに攻撃を当てて決着を着けると語っている。

 

ケイには勝ってほしい。でも、それ以上に危ない目に遭って欲しくない。

 

今も、ヒースクリフと剣戟を交わし合うケイを、アスナは気が気でない想いでいながら見守り続ける。

 

 

 

 

眼前を横切っていったヒースクリフの長剣に、髪の毛が何本か持っていかれる感覚を感じながら、ケイは刀をヒースクリフに向かって振るう。直後、途轍もなく硬い何かを叩いたような衝撃が、刀を握るケイの手に伝わってくる。

 

もうこれで、ヒースクリフに斬撃を防がれたのは何度目だろうか。時折、防ぎ切れなかった斬撃が奴に掠る事はあるが、未だまともな攻撃を当てられていない。

対し、ヒースクリフもまたケイと同じ状況ではあるのだが、ケイ以上に攻撃がヒットする割合が多い。そう大した違いはないが、目に見える程にはケイとヒースクリフのHPの差が開いてきている。。

 

このままいけばジリ貧な上、先にこちらのHPが五割を切ってしまう。

 

 

「っ…!」

 

 

負けたくない。デュエルで負けたくない。ヒースクリフに負けたくない。

 

アスナの目の前で、負けたくない。

 

自分が抱いた感情に疑問が湧く暇もなく、ケイは迫るヒースクリフの長剣を刀を横に倒して防ぐ。

 

一瞬の硬直、から、ヒースクリフの右腕が動く。

 

 

「くそっ…!」

 

 

ケイは体を翻し、ヒースクリフの長剣を受け流した直後にその場から後退。ヒースクリフの盾が空を切るのを見ながら体勢を整えると、即座にヒースクリフへと疾駆する。

 

 

「っ!?」

 

 

「盾で攻撃したのが仇になったな」

 

 

優勢であるはずのヒースクリフ。だが彼にしては珍しく、焦ったか。

盾を振るった直後のヒースクリフに大きな隙ができる。ケイはそこを逃さず、刀を一度鞘へと納め、ソードスキルを放ちながら刀を抜く。

 

刀上位単発技<雷鳴>

<抜刀術>の恩恵も加わった雷のごとき斬撃は、ヒースクリフのがら空きとなった胴体を捉えた。が、クリーンヒットには程遠く、即座に後方へステップされたおかげで、ヒースクリフの胸部を掠る程度で終わってしまった。

 

ケイのスキル使用後の硬直時間終了と、ヒースクリフが体勢を整えたのは全くの同時だった。それと同時に、先程のケイの攻撃により、二人のHPは五分と五分になる。

 

再び、双方による高速の斬り合いが始まる。

 

 

(大分…見えてきた)

 

 

ヒースクリフと交錯を繰り返しながら、ケイは自分の目がヒースクリフの速さに慣れてきた事を実感し始めていた。デュエル開始当初は喰らっていたヒースクリフの攻撃パターンも対応できるようになる。

 

次第にだが、今度はケイがヒースクリフを押し始める。HPには表現されない、だが確かにヒースクリフが後ろへ、後ろへとケイから離れようとしているのが対峙するケイには分かった。

 

だが、ここで逃がすわけにはいかない。開始直後とは状況がまるで違う。

あの時はケイの方が体勢を立て直したかったが、今はヒースクリフが体勢を立て直したがっている。ここで逃せば、どちらにツケが来るかは明らかだ。

 

 

「くっ…!」

 

 

これまで全く動かなかったヒースクリフの表情が、険しく染まる。遂に、ヒースクリフは本気でケイから逃れようと後方へステップを取る。

が、それを読んでいたケイはヒースクリフの足が後方へと動いた瞬間、ヒースクリフの懐へと潜る。

 

 

「っ!?」

 

 

「もらった!」

 

 

ヒースクリフの目が見開かれ、驚愕に染まる。ケイはその目は見ずに、ヒースクリフの長剣と十字盾のみを注視する。

 

ヒースクリフが動かしたのは、盾の方だった。当然だろう。剣で防ぐよりも、盾で防ぐ方が安全なのだから。が、これもヒースクリフの選択は誤りというべきだろう。

今、ヒースクリフが採るべき選択は安全な方ではなくより速く動かせる方。剣と盾、どちらが早く動かせるといえば、剣だろう。

 

このままでは、ヒースクリフの防御は間に合わず、ケイの攻撃がヒットする。

 

 

(いける!)

 

 

ケイは刀を収め、<抜刀術>に移行。刀を収め、<瞬光>を放ってこの戦いに決着を着けるべくヒースクリフに迫る。

 

今のヒースクリフの体勢と、自身の速度を考えれば確実にこの剣戟を入れることができる。そう確信を持ったケイの視界に映る世界が、停止した。

 

 

「っ!?」

 

 

大きく目を見開く。もう、速さとかそういう問題じゃない。もっと何か…、瞬間移動としか形容できない。

今、ケイの刀を振るう軌道上に十字盾が割り込もうとしていた。

 

このままでは<瞬光>は防がれ、スキルを当てることができなかったケイの身に多大な硬直が襲うだろう。そうなれば、その隙を突かれて確実にヒースクリフに敗北する。

 

 

(まだだっ!)

 

 

頭の中で結論付けられる、自身の敗北。それを、ケイは受け入れられなかった。

 

歯を食い縛る。まだだ。まだ間に合う。まだ、速くなれる。。自分の全てを、刀を握る両腕に集中させる。思考も全て捨て去る。何もかもを、両手に握るこの刃に。

 

 

「っ!?」

 

 

ヒースクリフの一挙手足にだけ視線を向けていたせいか、気が付かなかった。いつの間にか、ヒースクリフの顔には焦りの感情が浮かんでいる。だがそれだけではない。それと同時にたった今、ヒースクリフの瞳に驚愕が浮かぶ。

 

ヒースクリフは盾と同時に、左手の長剣をも動かす。長剣は赤い光を灯し、ケイに向かって振り下ろされる。

 

 

その直後だった。ケイの体が盾の動きを潜り、ヒースクリフの懐へ完全に入り込んだのは。

だがそれと同時に、ヒースクリフの長剣もまたケイの肩へと迫る。

 

 

「っ────」

 

 

ここで、ケイは今まで溜めに溜めていた力を全て解放する。

 

SAO最速ともいうべき<抜刀術>の力だけではない。ケイ自身の意志の力、ともいうべきか。それら全てが上乗せされたケイの斬撃は振り下ろされる長剣が肩を切り裂いたと同時にヒースクリフの体へ斬り入り、直後、盾によって進行を妨げられる。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

「っ…」

 

 

これでも間に合わない…!?

 

一旦、体勢を立て直そうとケイは後方へと下がろうとする。が、その時、ケイは何か大きな力に、対峙しているヒースクリフではない何かに無理やり彼から距離を離される。

 

慌てて両足を地面に付けて踏ん張った時には、自分を弾き飛ばした力は感じられず。代わりに、ケイとヒースクリフの間に現れたウィンドウを目にした。

 

 

「ひきわけ…?」

 

 

<DRAW> その四文字を目にした途端、ケイの体から一気に力と緊張が抜ける。両膝がガクンと折れ、地面へ尻餅をつく。手から刀が零れ落ち、体は後方へと倒れて大の字で地に臥せる。

 

 

「ケイ君!」

 

 

デュエルが終わった直後から聞こえてきた歓声の中でも、アスナの声は良く耳に入ってきた。ケイは顔だけを自分が通った控え室からの通路がある方へと向ける。

 

 

「大丈夫?」

 

 

「あぁ…。けど、疲れた…」

 

 

駆け寄ってきたアスナは、傍らで膝を曲げて腰を下ろすと、ケイの背中に手を回して体をゆっくり起こしていく。

 

 

「…」

 

 

「…ヒースクリフ」

 

 

アスナの手を借りて体を起こしたケイが最初に見たのは、こちらに歩み寄ってくるヒースクリフの姿だった。

ヒースクリフはケイの前で立ち止まると、その手をケイの顔の前へ差し伸べる。

 

 

「…正直、勝ったと思ったよ」

 

 

「…」

 

 

手を取って立ち上がってから、ケイは表情に何も浮かべずこちらを見つめるヒースクリフに一つ呟いた。その言葉に対し、ヒースクリフは何の返事も返さなかったが、手を離して振り返ってから口を開いた。

 

 

「デュエルは引き分けという結果で終わったが…。アスナ君、しばらくギルドの活動を休むことを許可しよう」

 

 

「え…、で、ですが…!」

 

 

ケイに続いて立ち上がっていたアスナがヒースクリフの背中を追いかけようとする。だが、ヒースクリフは振り返りもせず、言葉だけでアスナの歩みを止める。

 

 

「あれは私の負けだ」

 

 

「っ…」

 

 

「…」

 

 

ここでの会話は、未だ歓声止まない観客席には届いていないだろう。しかし、ケイとアスナの耳には、怒りにも似た、絶望にも似た、緊張にも似た。複雑な感情が込められたヒースクリフの声が届いていた。

 

その声にアスナは思わずといった感じで怯みを見せ、ケイはただじっとコロシアムから去っていくヒースクリフの背を見つめていた。

 

そして、もう一人。

 

 

「…」

 

 

観客席の一番上の階。その壁に体を寄りかからせ、コロシアムの様子を見下ろしていた、一人の黒づくめのプレイヤーが、控え室へと戻っていくヒースクリフを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ~…、もう嫌だ。もう疲れた。誰が何と言おうと、今日は絶対に外に出ない」

 

 

「はは…。お疲れさま」

 

 

引き分けという形でデュエルを終えたケイは、形振り構わず帰路に着いて今、何故かついて来たアスナと共に二十二層のホームへと帰ってきていた。

 

リビングの椅子で腰を下ろし、背もたれにだらりと体を乗せて言うケイを、アスナは労わる様に笑みを浮かべて眺めていた。

 

 

「でも…、凄かったよ。まさか、団長と引き分けるなんて…」

 

 

「…本当は勝つつもりだったんだけどな」

 

 

ケイの正面にある椅子を引いて腰を下ろしたアスナが言う。確かに、あのデュエルは正直出来過ぎだったとは思う。ヒースクリフを相手に引き分けた結果は、運の要素も多かったとは思う。

 

何度も肝を冷やした場面があった。詰んだと思った場面もあった。それでもヒースクリフを追い詰め、確実に勝ったとまで感じた。

 

 

(…やっぱり)

 

 

「ケイ君…?」

 

 

ヒースクリフとのデュエルを思い返し、考え込んでいるのが表情で出てしまっていた。アスナが心配気に覗き込みながら、ケイを呼ぶ。

 

今、自分が考えている事は誰にも悟らせてはならない。無論、アスナにもだ。

ケイは頭の中を思考を消し、顔に笑顔を張り付けてアスナの目を見る。

 

 

「どうした?」

 

 

「…ううん、何でもない」

 

 

…ダメだ。悟られてる。考えている内容までは勿論わかっていないとは思うが、それでも何かを考えているという事にアスナが気づいているのは、目を見ればわかる。

 

それでも、アスナが追及してこない。そしてそれが逆に、ケイの中でアスナに対して罪悪感に似た感情を抱かせる。

 

 

「ねぇケイ君。お腹空いてない?」

 

 

「あ?あぁ…、そういや腹減ったな」

 

 

気遣わし気に歪んでいたアスナの表情に、不意に笑みが浮かぶ。笑みを浮かべたアスナの問いかけをきっかけに、ケイは自身が空腹に襲われている事に気が付く。

 

 

「なら、私が作ってあげる!だから、一緒に材料買いに行こっ?」

 

 

椅子から立ち上がったアスナが買い物に誘ってくる。

特に断る理由もない。疲れてはいるが…、ここで断ってアスナを帰したくない。

 

もっと、アスナの傍にいたかった。

 

 

「…わかった。荷物は任せろ」

 

 

「え?お代もケイ君持ちだよね?」

 

 

「…」

 

 

誘いを受けながら荷物持ちを買って出るケイだったが、きょとんと首を傾げながら直球に奢れと言ってくるアスナに呆然とする。

 

だが直後、アスナは笑みを噴き出すと「冗談だよ」と言ったため、ホッと安堵の息を吐く。

 

 

「ケイ君、案内よろしく!」

 

 

「りょーかい」

 

 

立ち上がったケイとアスナは外へ出て、並んで道を歩く。転移結晶を使えば主街区へは一瞬で行けるが…、少々勿体ないし、何より時間をかけてでも外を歩きたい気分だった。

 

 

「…アスナ」

 

 

「ん?」

 

 

歩きながら、前を見たままケイはふとアスナを呼んだ。視界の端で、アスナの顔がこちらを向いたのが見える。

 

 

「…いや、やっぱ何でもない」

 

 

「…そっか」

 

 

ダメだ、言えない。万が一を考えると、アスナに言う訳にはいかない。

やっぱり、この件は自分一人で片を付けるべきだ。どんなに糾弾されても、一人で無茶をするなと言われても。

 

 

(…ごめん)

 

 

言いたい。だけど、言えない。

したくてもできず、そんなもどかしさを抱えながら、ケイは内心でアスナに対して謝罪した。

 

 

 

 

 

 

 

 

思わぬ形にはなったが、対峙し、見る事ができた事にケイは心から感謝したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




分かる人には分かる。分からない人には分からない。

最後の一文の意味は一体…(すっとぼけ)

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