SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

44 / 84
第43話 VS<神聖剣>始

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…俺、もう二度とここには来ないだろうなって考えてた」

 

 

ぽつりと呟くケイの目の前には、周りの建物と比べれば一際高い塔があった。その塔には、かなりの数の白地に赤い十字を塗った旗が垂れている。<血盟騎士団>の本部だ。

 

 

「ごめんね…。私がもっとしっかりしてたら…」

 

 

「あ、いや。アスナが謝る事ないって。全部あのおっさんが素直に認めないのが悪いんだ…」

 

 

血盟騎士団本部の建物の中へ、アスナと語りながら入っていくケイ。

もちろん、何の理由もなくただケイがここへやって来たわけではない。

 

昨日、<ザ・グリームアイズ>との戦闘が終わった後にケイはまたしばらくの間アスナとコンビを組み続ける約束をした。その約束が、ケイをここへ来させる理由となったのだ。

アスナは七十四層のボス討伐完了の報告をしに、ギルド本部へと戻った。そして、その報告と同時に、ケイとパーティーを組むためギルド員としての攻略を少しの間、休ませてほしいとヒースクリフに打診したという。

 

だが、ヒースクリフは首を縦には降らず、代わりにこう答えたという。

 

 

『アスナ君の一時脱退を認めるには条件がある。…ケイ君と、立ち会わせてもらう』

 

 

立ち会うとは、デュエルをするという事か?それともただ話をするだけだろうか。

ともあれ、何にしてもケイがヒースクリフの元へ訪れないと始まらないという事で、ケイは重い腰を上げた。

 

これが、血盟騎士団本部にケイがやって来るまでの顛末である。

 

 

「任務ご苦労」

 

 

幅広の階段を昇り切った先にあったのは、左右に解放された巨大な扉。

その両脇には槍を立てた二人の衛生兵が立っており、アスナが姿を見せると綺麗な敬礼を取った。アスナもそれに対して片手で礼を取ってから、扉を潜って中へと入っていく。

 

自分も敬礼した方がいいのでは?と、一瞬考えるケイだったが早くアスナを追いかけなければという思いが勝り慌ててアスナの後を追う。

 

建物の中に入り、ケイはそういえばこんな構造だったなと前にここに来た時の事を思い出しながらアスナの隣を歩く。階段を昇り、何度も扉の前を通り過ぎていくと、視界の上端に鋼鉄の扉が入る。

 

二人が扉の前に立つと、アスナが一歩ケイの前に出る。そして一息、意を決したように右手を上げて扉を二度叩いてノックした。

 

アスナは中からの答えを待たずに扉を開け放つ。そのまま塔の一フロア丸ごと使った円形の部屋へと足を踏み入れる。ケイもアスナに続いて部屋の中へと入る。

 

前回と違い、中にいたのはヒースクリフだけではなかった。中央にある半円形の机の向こうに並んだ五脚の椅子にそれぞれ男が座っていた。その内の一人、真ん中に座っているのがヒースクリフである。

 

 

「お別れの挨拶に来ました」

 

 

「そう結論を急がなくともいいだろう。まず、彼と話させてほしい」

 

 

ブーツを鳴らして前へ出たアスナが言うと、ヒースクリフは苦笑を浮かべながら返してケイを見据えた。

 

 

「久しぶりだね、ケイ君。ボス討伐戦以外で話すのは、五十層以来かな」

 

 

「いえ。六十七層の対策会議で少し話しましたよ。…それと、五十層の店の肉の味は忘れてません。行きませんか?あなたの奢りで」

 

 

「ふっ…。残念だが、私も忙しい身でね」

 

 

忙しいんならこんな事して時間を潰してる暇はないのでは、という言葉は心の中に収めておく。

 

 

「そうか…、そうだったね。六十七層で君と話していた事をすっかり忘れていたよ。…あれは辛い戦いだった」

 

 

「そうですね。危うくあなたのとこから死者が出るとこでしたし」

 

 

「トップギルドなどと言われながらも、いつも戦力はギリギリだ」

 

 

ケイは敬語、ヒースクリフは普段の口調でそれぞれ話し、第三者から見ればヒースクリフが立場が高いように見えるこの光景。だが、話している内容は決して優劣などなく、完全に対等な立場で二人は話していた。

 

アスナは特に気にしていないようだが、ヒースクリフの周りに座る四人の男達はそれが気になるようで。ケイに不快そうな視線を向けている。

 

 

「なのに君は、我がギルドの貴重な主力プレイヤーを引き抜こうとしているわけだ」

 

 

「貴重だって言うなら護衛の人選はしっかりした方がいいんじゃないですか?あれからアスナは護衛を着けない様にしてるみたいですし。信用されなくなってるのでは?なんなら、俺が護衛をしましょうか?ギルドから雇われた傭兵として」

 

 

しかし、そんな男達の視線をケイは全く意に介さず。ヒースクリフに対して皮肉を返す。

 

 

「貴様っ!黙って聞いていれば!」

 

 

「やめたまえ」

 

 

直後、ヒースクリフの右隣に座っていた男が立ち上がって激昂する。が、右手を上げたヒースクリフに制されてすぐに腰を下ろす。

 

 

「確かに、クラディールの件は完全にこちらの不手際だった。だが、だからといって、はいそうですかとサブリーダーを引き抜かれるわけにもいかないのだ」

 

 

ヒースクリフの声質が変わる。先程まで浮かべていた笑みも収め、改めてヒースクリフはケイを見据えた。

 

 

「ケイ君。アスナ君が欲しければ、その剣で奪いたまえ。私に勝てれば、アスナ君を連れて行くがいい。だが、負ければ君が血盟騎士団に入るのだ」

 

 

「…」

 

 

唐突のヒースクリフの提案にケイは目を丸くする。

 

 

「待ってください、団長。私は何もギルドを辞めるつもりじゃありません。ただ、少し離れたいというだけで…」

 

 

すると、ケイの斜め後ろに立っていたアスナが前へ出てヒースクリフに言い募る。

アスナはケイとヒースクリフが衝突するのを避けようとしているのだろう。だが…、折角ヒースクリフが面白そうな提案をしてくれたのだ。これに乗らない手はない。

 

 

「ケイ君…?」

 

 

ケイはアスナの前に手を伸ばして制すると、ヒースクリフの目を見据え返して口を開く。

 

 

「『<幻影>と<神聖剣>はどっちが強いのか』…いい加減、周りの声が鬱陶しく感じてたんですよね」

 

 

アスナを含めて、部屋の中の誰もが何を言っているのかわからないといった感じで疑問符を浮かべ、ケイを見ていた。ただ一人、ヒースクリフだけは表情を変えずにケイの返答を待っている。

 

 

「あんたとはずっと闘ってみたいって思ってた」

 

 

「…」

 

 

この時、ケイは気が付いていなかった。今、自分が歯を剥き出しにして笑みを浮かべていた事に。

 

そしてヒースクリフもまた、静かに唇に弧を描いて笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

「もう!何であんな事言うのよ!私が頑張って説得しようとしたのに!」

 

 

「あぁわかった、悪かったって。だから殴るの止めれ」

 

 

再びエギルの店の二階。店を発つ際はキリトが座っていた揺り椅子に今はケイが座っており、その背後ではアスナがケイの頭をぽかぽかと拳で叩いていた。

 

 

「別に殺し合いをするわけじゃないんだ。初撃決着だから、危険はないって」

 

 

アスナの両手首をそれぞれの手で掴み、自身の胸の前へと引き寄せるとようやくアスナは拳を振るうのを止めておとなしくなった。

 

 

「団長の無敵っぷりはゲームバランスを超えてる。どうやって勝つつもりなの?ケイ君、負けたらKOBに入らなきゃいけないんだよ?」

 

 

「んー…。別に作戦とか立てるつもりはない」

 

 

「ちょっ…」

 

 

アスナの問いかけに、アスナの手首を握ったままぷらぷらと両手を揺らしながらケイはのんびりとした様子で答えた。

 

 

「そんな呑気な…」

 

 

「ただぶつかるしかねぇだろ。あんな防御を前に、小手先なんか通用しない」

 

 

言いながら、ケイはこれまで見てきたヒースクリフの戦いぶりを脳裏で再生させる。絶対防御というべき十字盾で敵の攻撃を全て真っ向から防ぎ、アスナにも劣らない神速の剣戟で攻める。

 

何らかの策を講じなければ、とも考えかけたがあの防御力の前じゃ全てが無に帰すだろう。

ならばどうするか。ぶつかって、隙を作り出すしかない。

 

 

「負けるつもりはないし、負ける気もしない」

 

 

 

 

七十五層主街区<コリニア>。その転移門のすぐ前に、ケイとヒースクリフのデュエルが行われる会場、巨大なコロシアムがあった。

 

ヒースクリフとの対談の翌日、ケイはアスナと一緒にコリニアへと来たのだが…、そこで目にした光景を前に、ケイは呆然とするしかなかった。

 

 

「火噴きコーン十コル!十コルだよ!」

 

 

「青ワイン、安くなってやす!」

 

 

コロシアムの入り口前では多くの商人プレイヤーが露店を開き、口様々な喚きたてていた。

 

 

「何だこれ…」

 

 

まるでお祭りである。ケイは目の前の光景に呆気にとられながら、ふとコロシアムの入り口の所で立つKoBのプレイヤーを見つけた。

 

 

「…なぁアスナ。あそこでチケット売ってるのって」

 

 

「…KoBのプレイヤー、だね」

 

 

「…何でこんなイベントになってんだ?まさかヒースクリフが…」

 

 

「ううん、多分経理担当のダイゼンさんの仕業だと思う。あの人しっかりしてるから」

 

 

しっかりというか、ちゃっかりしてるというのでは?

と、内心で思うが口には出さないでおく。

 

ケイは目の前の現実をこれ以上見たくなく、視線を下に向けてさっさとコロシアムの中へ入っていった。そして、中にいたKoBのプレイヤーの案内についていってアスナと一緒に控え室へ入る。

 

 

「…すっげぇ声聞こえてくんだけど。これ、観客席満員なんじゃねぇの?」

 

 

「あはは…」

 

 

ケイの呟きを耳にしたアスナが苦笑を浮かべる。だがアスナはすぐに表情を収め、真剣味を帯びた目でケイの両目を見つめると、ケイの両手を握って口を開いた。

 

 

「一撃でもクリティカル喰らえば危ないからね?危険だと思ったらすぐにリザインしてね?」

 

 

「お前は俺の母ちゃんか…」

 

 

親が子供に言い聞かせるように言うアスナに、今度はケイが苦笑を浮かべる。

その直後、闘技場の方から試合開始を告げるアナウンスが聞こえてきた。

 

 

「…じゃあ、行ってくる」

 

 

「うん。…気を付けてね」

 

 

アスナの言葉に右手を上げて応えながら、ケイは闘技場へと足を踏み入れる。

 

円形の闘技場を囲む階段状の観客席はびっしり埋まっていた。最善席にはエギルとクラインが座っており、色々と好き放題物騒な事を喚いている。

 

 

「…」

 

 

ケイが闘技場の中央へと歩いていると、その反対方向の控室からヒースクリフが同じようにこちらへ歩いてきた。

 

左手に純白の十字盾を持ったヒースクリフと対峙して立ち止まる。

 

 

「すまなかったね、ケイ君。まさかこんな事になっているとは知らなかった」

 

 

「別にいいさ。ギャラは五十層のあの店の肉でよろしく」

 

 

「…いや、試合後には君は血盟騎士団の一員だ。任務扱いにさせてもらおう」

 

 

もう勝った気でいやがる。

 

苛立ちは沸いてこない。だが代わりに、どうしようもなく面白いような、楽しような、そんな感情が噴き出してきて笑みを抑えることができない。

 

それに対してヒースクリフは笑みを収めてケイから十メートルほど距離を取る。それからウィンドウを開いて操作を始め、ケイにデュエル申請を送る。

 

初撃決着モードでのデュエルの誘いをケイは即座に受諾する。直後、二人の間で出現した時計のウィンドウがカウントダウンを開始した。

 

ヒースクリフが十字盾から細身の長剣を抜く。ケイも、腰の鞘から刀を抜いて構える。

 

一分という時間がこれほど長く感じたのは初めてだ。<DUEL>の文字が煌めいた瞬間、ケイとヒースクリフは同時に足を踏み出した。

 

ヒースクリフが半身になり、盾をこちらに向けてもう一方の手に握られる剣を隠しながら突撃してくる。ケイもまた、ヒースクリフに向かって突進する。

 

ケイの刀とヒースクリフの盾がぶつかり合ったのは直後の事だった。金属音と共に、火花が二人の間で散る。

 

 

「ふっ────」

 

 

ケイの視界でヒースクリフの左肩が動く。通常攻撃か、それともソードスキルか。

どちらにしても、回避しなければならない。ケイは右にステップして回避を試みる。

 

 

「っ!?」

 

 

だが、ケイの試みはすぐに打ち砕かれる。

 

右にステップしたケイを追う様に、ヒースクリフの盾が動く。ケイに向かって振るわれるのは、ヒースクリフの左手に握られる長剣ではなく、右手に握られる盾。

不意を突かれながらも、ケイはすぐにしゃがんで直撃は避ける。しかし、完全には避けきれず、ケイの頬に盾が掠ったのが感覚でわかった。

 

盾での奇襲が成功したのか、はたまた失敗したのか、微妙な結果で終わったヒースクリフだが、彼の攻撃はこれで終わりじゃない。盾を振り切った体勢からすぐに戻し、長剣をケイに向かって突き出してくる。

 

だがこれにはしっかりと反応したケイは、後方へと跳ぶ。ヒースクリフの突きを回避したケイは、地面に両手を突いてバック宙をしながらヒースクリフから距離を取る。

 

 

(…HPが減ってやがる)

 

 

視界の左上に映るケイのHPが数メモリほどもないが僅かに減っている。間違いなく、先程頬に掠ったヒースクリフの盾の仕業だ。

 

通常の盾ならばぶつかっても攻撃判定はない。だが、あの十字盾にぶつかれば攻撃判定される。これも<神聖剣>の恩恵か。

 

 

(まるで二刀流じゃねぇか…!)

 

 

体勢を立て直す暇は与えないとばかりに、すぐさまこちらに突撃してくるヒースクリフを見据えながら内心で悪態をつく。

 

今度は盾ではなく、長剣での攻撃を仕掛けてくるヒースクリフ。純白のライトエフェクトを宿した刃がケイに振り下ろされる。

 

ヒースクリフの一挙一動のみに集中し、目で見て相手の動きを予測する。

神聖剣による五連撃のソードスキルを凌いだケイ。お返しとばかりに、五連撃高威力技<豪嵐>を打ち込む。

 

ケイの渾身の五連撃は全て盾に防ぎ切られてしまうが、ソードスキルを放った直後で体勢が不十分だったせいか、ヒースクリフはケイのソードスキルが終わるとすぐにケイから距離を取った。

 

追撃するのも手ではあるが、ケイは後退するヒースクリフを見ながらその場で一息入れて、試合前に抱いていた予想との相違点を整理していた。どうしようもなく簡潔で、同時にどうしようもなく大きな相違点。

 

 

(…思ってたよりも堅い。そして、思ってたよりも速い)

 

 

いや、防御が堅いのは想定済みだし、速いのもアスナからは聞いていた。だが…、こうして闘って初めてわかる。

 

 

「素晴らしい速さだ。まさか、さっきの初撃がかわされるとは思ってなかったよ」

 

 

「お前もさ…。防御が堅いだけじゃねぇのな」

 

 

ヒースクリフと問答を交わしながら、ここからどう攻めていくべきか考察する。

が、どのパターンでもあの十字盾で防がれ、反撃される未来しか見えてこない。

 

 

(…いや、昨日アスナにも言っただろ)

 

 

ただぶつかるしかない。あの防御の前では小手先なんか通用しない。

 

一度、頭を振ってから小さく笑みを浮かべる。

 

 

「…っ!」

 

 

直後、ケイは盾をこちらに構えるヒースクリフに向かって、真っ直ぐ駆けだしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アインクラッド編の終わりが見えてきた…。見えてきたんだ…。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。