SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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気付いた人がどれだけいたか…。この話を投降する直前まで自分は気付きませんでした…。
前話のサブタイトルで、第41<層>となっていたのを直しました。









第42話 <二刀流>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボス部屋へと向かった軍の集団を追って、安全エリアから出て約三十分。

ケイ達は運悪く複数のリザードマンに囲まれてしまい、未だ先を行った軍の集団に追いつくことができないでいた。

 

 

「もうアイテムで帰っちまったんじゃねぇか?」

 

 

ようやく最後の一体に止めを刺したところで、クラインが言った。確かに、もしかしたら思い止まり、引き返した可能性もない訳ではない。だが、この場にいる誰もが、それこそ帰ったという可能性を示したクラインさえも、それはないと内心では感じていた。

 

リザードマンを討伐したケイ達が、再び足を急がせようとした時、この場にいる誰かが発した物ではない、音がかすかに反響した。

 

それは間違いなく、悲鳴。

 

 

「っ…!」

 

 

皆が息を呑むと、一斉に駆けだす。

 

ケイ、アスナが敏捷パラメータが劣ってしまうサチとクライン達、サチの傍に着くキリトを引き離す形になるが、構わず二人は走るスピードを上げていく。

 

走り続ける内、二人の視界にはあの大きな扉が見えてきた。だが、すでにその扉は左右に開いており、奥の蒼い炎に照らされた部屋の内部が露わになっていた。

 

部屋の中で蠢く巨大な影。断続的に聞こえてくる金属音。そして、再びの悲鳴。

 

 

「バカっ…!」

 

 

アスナの悲痛な叫びを聞きながら、ケイは足を動かし続ける。

 

部屋の中に入るギリギリの所でケイとアスナは減速をかけて足を止める。ケイが半身を乗り出して中の様子に目を向ける。

 

 

「…バカが」

 

 

地獄絵図というべきか、中の凄惨な光景を目の当たりにしたケイは思わず悪態をついてしまう。

 

部屋の中央で、あの巨大な悪魔、<ザ・グリームアイズ>が大剣を振り回している。奴のHPは、まだ三割ほどしか削れていない。それに対し、軍のプレイヤーのHPは、ほとんどが半分を切っており中には危険域に達している者もいる。

 

 

(…二人、足りねぇ)

 

 

彼らのHPを確認している内に、ケイは気付いてしまう。悪魔の陰に隠れて見落としたという可能性もあるが…、プレイヤーの数が二人足りない。考えるまでもなく、恐らくは────

 

 

「うわぁあああああああああ!!」

 

 

そう考えている間にも、一人が大剣の薙ぎ払われ、大きく吹き飛ぶ。

 

 

「何をしてるんだ!早く転移結晶で離脱しろ!」

 

 

こんな状態に、それも死者が出ても未だ何故戦闘を行っているのか。今、出口と軍の集団の間にグリームアイズが陣取っているせいで、その足で離脱する事は敵わないのは分かるが、何故転移結晶を使わないで戦い続けているのか。

 

ケイは先程吹き飛ばされたプレイヤーに向かって大きく叫んだ。

 

 

「だ、ダメなんだ!クリスタルが使えない!」

 

 

「っ!?」

 

 

<結晶無効化空間>

そのシステムの効果が利いているエリアの中では、全ての結晶系アイテムが使用不可になってしまう空間の事。これまで度々迷宮区内の罠で見られたが、まだ一度もボスの部屋がそうであったことはなかった。

 

 

「そんな…!」

 

 

アスナもまた、ケイと同じように目を見開いて絶句する。

 

これでは、軍は離脱することができない。何とかしてやりたいが、結晶アイテムが使えない以上、うかつに助けに入ればこちらも危険に陥ってしまう。

 

 

(せめて五人ならまだ…!)

 

 

先程、ボスと一人で戦おうとしたケイだったが、相手と一対一で戦うのと他人を守りながら戦うのでは難易度がまるで違う。ましてや、その守る対象が複数では…。

 

 

「何を言うか…!我々に撤退という二文字はない!戦え!戦うのだっ!!」

 

 

ケイが中に飛び込むか否か逡巡していると、一人のプレイヤーが剣を掲げながら怒号を上げた。コーバッツである。

 

 

「バカ野郎、状況を見ろ!このままじゃ…!」

 

 

すぐにこれ以上の戦闘を止めるように叫ぶケイだが、その叫びはコーバッツには届かない。

<結晶無効化空間>の中で二人が消えているという事は、すなわち二人は死んだという事になる。あれからずっと目を凝らし続けるケイだったが、二人の姿を見つける事は出来なかった。

 

悪魔の陰に隠れたわけではない。脱出も不可能。二人は死んだ。それなのに、コーバッツは頑なに戦闘の態度を崩さない。

 

 

「おい、どうなって…っ」

 

 

その時、ようやくキリト達が追いついてきた。状況を聞こうと、クラインがケイを見て口を開くが、その前に内部の惨状が見えたのだろう。言葉を途中で切り、息を呑んだ。

 

 

「何とか…できないのかよ…」

 

 

「…俺達が斬り込めば、退路を拓くことはできるかもしれない。だが…」

 

 

クラインの呟きにキリトが返す。

 

キリトの言う通り、ケイ達全員が戦闘に参入すれば、連中の退路を作ることができるだろう。だが、緊急脱出不可能のこの空間で、少ない人数で斬り込めばこちらに死者が出る可能性だって少なくはない。

 

だが…、もう迷っている暇はないとケイ達に思い知らせる事態が直後に起こる。

 

 

「全員、突撃ぃいいいいいいっ!!」

 

 

倒れたままのプレイヤーと、死んでいったプレイヤーを除いた八人の隊列を揃えたコーバッツが突進をかけた。コーバッツの後ろに続き、他の八人も突撃し、グリームアイズに一斉攻撃を仕掛ける。

 

それに対し、グリームアイズは彼らの前で仁王立ちすると、凄まじい雄叫びと共に青白く輝く噴気を吐き出す。グリームアイズによるブレス攻撃は突撃した彼らを吹き飛ばす。

 

さらにグリームアイズは、今度は大剣を掬い上げるように振り上げる。

そしてその剣戟は、一人のプレイヤーを大きく跳ね上げた。

 

その影は悪魔の頭上を越え、ケイ達の眼前の床に激しく落下した。

 

 

「…ぁ」

 

 

あり得ない────

 

 

呆然と最期の一言をケイ達の目の前で、コーバッツは涼鈴の音を響かせながら無数の欠片となって散っていった。

 

 

「そんな…」

 

 

ケイの背後から、悲痛に満ちたサチの小さな叫びが耳に届く。

コーバッツの死に衝撃を受け、呆然とするケイ達だったが、そんな中、部屋の内部では更なる蹂躙が始まっていた。

 

長を失った軍の集団は一気に瓦解。統制が崩れ、皆が思う方へと逃げようとするが、何の策もなしにその場から逃げる事などできるはずもなく。

 

また一つ、死の音がケイ達の耳を打った。

 

 

「…ダメよ…、ダメ…こんなの…」

 

 

絞り出したような、細いアスナの声が聞こえてきた。ケイ以外は誰も気付いていない。

そのため、ケイ一人しかアスナがやろうとしていることに気付かず、腕を伸ばすことができなかった。

 

 

「あす…っ!」

 

 

「ダメ────っ!!」

 

 

しかしケイの手は空を掴むことしかできず、アスナはグリームアイズの元へと駆けだしていった。

 

 

「く…っそ!」

 

 

直後、ケイも抜刀してアスナを追いかける。

 

 

「アスナ!ケイ!」

 

 

「サチ!…くそっ!」

 

 

「どうとでもなりやがれ!」

 

 

さらにサチが、キリトとクライン達が中へ突入した二人を追いかける。

 

アスナの一撃は、こちらに全く意識を向けていなかったグリームアイズの背に命中した。だが、HPはせいぜい二、三メモリ程度しか減っていない。

 

グリームアイズは振り返ると、大剣をアスナ目掛けて振り下ろす。咄嗟にステップで回避するアスナだが、続けて打ちだされたグリームアイズの拳をまともに受けてしまった。吹き飛ばされ、床で倒れるアスナに更なる追撃が襲い掛かる。

 

 

「させるかよ…!」

 

 

そこで、ケイはようやくアスナとグリームアイズの間に乱入することができた。ケイは抜いた刀をグリームアイズが振り下ろす大剣の腹で滑らせ、斬撃の軌道をずらす。

 

 

「下がれ!」

 

 

グリームアイズの大剣がアスナの僅か横にぶつかったのを見てから、ケイは叫び、グリームアイズの追撃に備える。

 

グリームアイズの武器が大剣という事もあり、攻撃の軌道は見やすく、対処もしやすい。だがその分、予想は出来ていた事だがグリームアイズの筋力値はすさまじく。刃がぶつかれば攻撃の軌道をずらすのが精一杯だ。

 

さらにグリームアイズは大剣を片手で振り回しており、時折空いている片手をケイに向かって突き出してくる。その上、奴にはブレス攻撃もある。

 

 

(まずい…!)

 

 

振り抜かれた大剣をかろうじて防いだものの、体勢が崩れてしまう。そこに、更なる斬撃が振り下ろされようとしていた。

 

敵から背を向けるのがどれだけ愚かか、だが、それでも構わずケイは後ろへと振り返り足を踏み込み前へ飛ぶ。

 

すぐに体勢を整え、グリームアイズと向き直ったケイの目に映ったのは、先程までケイが立っていた床を抉る大剣。

 

 

(このままじゃ…)

 

 

大剣を持ち直さなかったグリームアイズが吐いたブレス攻撃をステップで回避するケイ。

 

ここまで、ケイのHPは全くと言っていいほど減っていない。だがボスであるグリームアイズの方がパラメータで圧倒的に優位な以上、どこかでケイに不利な形で形勢が崩れる時が必ず来る。

 

クライン達とサチ、下がらせたアスナがこちらに心配げな目を向けながら軍の離脱を手伝っている。だが、まだ完全に離脱出来たプレイヤーはいない。

 

 

「がっ…!」

 

 

そして、その時はケイが思っていたよりも早く訪れた。

グリームアイズが振り上げる大剣の軌道を逸らしてから、ステップで距離を捕ったケイは追撃の拳を切りつけながらさらに回避。

 

その回避した方向がいけなかった。そこには、先程グリームアイズが大剣を叩き付け、傷で歪んだ床があった。

 

それに気付かず、グリームアイズのみに集中していたケイの足は取られ、その場で転倒した。

 

 

「「ケイ!」」

 

 

「ケイ君!」

 

 

クラインとサチが、アスナがそれに気づき、すぐにケイへと足を向ける。

 

 

「スイッチ!」

 

 

「っ」

 

 

足を取られ、そのまま前のめりに倒れ込もうとしたケイは、声が聞こえた直後に体を反転。

こちらを見据えるグリームアイズが振り下ろす刃のみを見る。

 

ケイは一度刀を納刀。そして直後に抜刀。

<抜刀術>技、<瞬光>が大剣を捉えると、それを大きく弾く。

 

剣戟を弾かれたグリームアイズは怯み、僅かだろうが硬直時間が生まれる。ケイはその隙にその場から後退する。

 

その瞬間、ケイとすれ違う形で黒い影がグリームアイズの眼前へと躍り出た。彼の両手にはいつも見る黒い片手剣<エリュシデータ>。そしてもう一方の手には、純白の剣が握られていた。

 

スイッチでグリームアイズと対峙したキリトは、振り下ろされる大剣を日本の剣を交差させて防ぎ切ると、今度は二本の剣を振るって押し返す。

 

大剣を押し返されたグリームアイズが大きく体勢を崩すと、そこを逃さずキリトが奴の懐へ潜り、ラッシュを開始する。

 

二本の刃を包む白光が飛び散るのを見ながら、ケイ達はその光景に圧倒されていた。

 

 

「何だ、この技は…」

 

 

呆然と呟くクラインの声が聞こえる。

 

キリトは二本の剣を操り、右、左と交互に斬撃をグリームアイズに斬り入れていく。それはまるで、二刀流…。いや、実際にそうなのかもしれない。

 

今、キリトが使っているスキルは一度も見た事がない特殊な物。二つの剣によって、その技が創り出されているのだから。

 

 

(とんでもねぇ隠し技懐に仕舞い込んでやがった…)

 

 

キリトの放つスキルは未だ続いている。すでに、十を超える斬撃を込めているだろう。それでもなお、キリトの技は止まらない。

 

気付けばグリームアイズのHPバーは赤く染まっていた。だがそれと同時に、キリトのHPもまた赤く染まっている。

 

何とか手を貸したいとは思うが…、この剣のやり取りの間に入り込むのは逆にキリトの邪魔になってしまう。今、ケイ達ができるのはキリトを信じる事だけ。

 

 

 

「────ぁぁぁぁあああああああああああ!!!」

 

 

「ゴァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

キリトの雄叫びと共に、純白の剣がグリームアイズの胸を貫く。それと同時に、グリームアイズが絶叫し────、全身が硬直したかと思うと、直後にグリームアイズは膨大なポリゴン片と化し、四散した。

 

 

「…」

 

 

部屋内が沈黙で包まれる。それも当然だ。グリームアイズのHPを、キリトは謎のソードスキル一発で全て削り切ったのだから。ケイも含めて、信じられない面持ちでキリトを見つめていた。

 

 

「っ、キリト!」

 

 

だが、呆ける時間はふらりとよろけ、倒れたキリトによって終わりを告げさせられた。真っ先に飛び出したサチに続いて、ケイ達もキリトへ駆け寄る。

 

 

「キリト!キリトってば!しっかりして!」

 

 

ほとんど削られてはいるが、まだ数メモリ、キリトのHPは残っている。こうして倒れてはいるが死ぬという事はない…と、思う。このゲームの中では、簡単な診察すら行うことができないため、確かな事は分からない。

 

だが、HPが残っている以上は死ぬ事だけはあり得ないとは思うが…。

 

 

「…い、つつ…」

 

 

サチの叫びが聞こえたか、案外すぐにキリトは目を覚まし、起き上がった。キリトは少しの間、周りを見回してから目の前でぺたりと座り込むサチを見つける。

 

 

「バカッ!何でこんな無茶したの…っ!」

 

 

キリトと目が合った瞬間、サチは勢いよくキリトの首に腕を回して抱き締めた。

正直、サチの気持ちはわからないでもないが…、この行為は今のキリトにとってかなり危険なものだった事は、今ここでは言わないでおく。

 

 

「あんまり締め付けると、俺のHPがゼロになるぞ」

 

 

空気を読んで言わないでおこうと心に決めていたのに、此奴はあっさり言いやがった。

ぴくっ、と体を震わせたサチはキリトから離れると、懐から取り出した瓶をキリトの口の中に突っ込む。

 

キリトは大きく目を見開くが、瓶の中身がHPを回復させるハイポーションだと悟ると中の液体を全て飲み干す。サチは瓶の中が空になると、こつん、とキリトの肩に額を当て、その体勢のまま動かなくなる。

 

 

「…生き残った軍の連中の回復は済ませたけどよ。…コーバッツと、三人死んだ」

 

 

「そうか…。ボス戦で死者が出るのは六十七層以来だな…」

 

 

この空気の中だが、さすがに報告すべきだと考えたのだろう。クラインが遠慮気味にキリトとサチに歩み寄ると、口を開いた。それに対し、キリトは返事を返すが…

 

 

「こんなのがボス攻略なんて呼べるかよ…!くそっ!コーバッツのバカ野郎がっ…!」

 

 

胸中のやりきれない気持ちをクラインは吐き出した。それから、頭を右左と振るってからクラインは気分を切り替えるように口を開いた。

 

 

「それよりも!さっきのは何なんだよ、キリト!」

 

 

「…言わなきゃダメか?」

 

 

「ったりめぇだ!見た事ねぇぞ、あんなの!」

 

 

この時、ケイはデジャヴを感じていたのは言うまでもない。

 

キリトは五十層でのあの時のケイと同じように、ため息を吐いてからクラインの質問に答えた。

 

 

「エクストラスキルだよ。<二刀流>」

 

 

やはり、とケイは内心で呟いた。いや、ただのエクストラスキルじゃないはずだ。キリトが言う<二刀流>は、恐らく…

 

 

「キリト、出現条件は分かるか?」

 

 

「解ってりゃ、もうとっくに公開してるさ」

 

 

質問すると、キリトはケイが予想していた通りの答えを返してきた。

 

出現条件が本人にも解らない。それはある二つのエクストラスキルと共通していた。

ヒースクリフの<神聖剣>と、ケイの<抜刀術>。ユニークスキルと呼ばれる二つのスキルと、キリトの<二刀流>は似通っていた。

 

下手をすればゲームバランスを崩しかねないほどの強力という事も二刀流は二つのスキルと共通している。十中八九、<二刀流>はユニークスキルで間違いないだろう。

 

それからキリトはさらに言葉を続けた。一年ほど前に、何気なくウィンドウを覗いたら<二刀流>のスキルがあったこと。まずそれについてサチに相談してから、他のメンバーにもそれについて話したこと。それからずっと、<月夜の黒猫団>はキリトの<二刀流>について全く口外せず、キリトもここまで一度も使用してこなかったこと

 

 

「俺の他に<二刀流>を持ってる奴が出てきたら、俺も言おうかと思ってたんだけど…」

 

 

「んー…。ネットゲーマーは嫉妬深ぇからな。気持ちはよくわかるぜ」

 

 

クラインはネットゲームで、他プレイヤーの嫉妬を買う経験をした事があるのだろうか。うんうんと深く頷きながらそう言う。

 

 

「あぁ、それと…」

 

 

するとクラインは、先程とは違った意味の笑みを浮かべてキリトに抱き付くサチに意味ありげに目をやった。

 

 

「…ま、苦労も修行の内と思って、頑張りたまえよ?青少年」

 

 

「黙れ」

 

 

クラインはキリトの辛辣な言葉に物ともせず、一度キリトの肩を叩くと軍の生き残った者達へと振り向いた。

 

 

「お前ら、本部まで戻れるか?」

 

 

「は、はい…」

 

 

「そうか。なら、戻って今日あったことを上へ全部伝えるんだ。もうこんな無謀な行動を二度と起こさないようにな」

 

 

「はい。あの…、ありがとうございました」

 

 

「礼なら奴と、そこの刀使いに言え」

 

 

一通り問答を交わしてから、クラインは親指をキリトとケイに向かって振るって向けた。

軍のプレイヤー達は未だ座り込んだままのキリトとサチ、それからケイに向かって頭を下げてから部屋を出ていき、転移結晶を使って帰っていった。

 

 

「さて、と…。俺達はこのままアクティベートに行くけど、お前らはどうする?」

 

 

「いや、任せるよ。俺はもうへとへとだ…」

 

 

「同じく」

 

 

他のプレイヤーより一足早く七十五層の街を見てみたいという気持ちはあるが、さっさと帰って休みたいというのがケイの正直な気持ちだった。

 

 

「そうか。じゃあ、気を付けて帰れよ」

 

 

クラインはケイ達を一度見まわしてから、七十五層へと繋がる扉を開けてその向こうへと歩いていった。

 

 

「んじゃ、俺も帰るよ。アスナは?」

 

 

「私も。この事を団長に報告しなきゃ」

 

 

アスナも帰るつもりらしい。

 

 

「そうか。…じゃ、俺たちも帰るから。頑張れ、青少年」

 

 

「ファイト、青少年」

 

 

「お前らな…」

 

 

最後に、キリトにニヤリと笑みを向けながら一言かけてケイとアスナはボス部屋から出ていく。

 

 

「さっきも言ったけど、私は本部に戻って団長に報告してくるから」

 

 

「あぁ。…あ、パーティー」

 

 

部屋から出て、転移結晶を取り出しながらアスナと話していたケイは、アスナと組んだままのパーティーの事を思い出した。今日の攻略はこれで終了。

 

 

「ここでパーティー解いとくか」

 

 

「…」

 

 

アスナとの約束は、今日一日パーティーを組むというもの。まだ今日という一日は終わっていないが、これ以上フィールドに出て何かすることもないため、ここでパーティーを解いても問題はないとケイは判断した。

 

 

「嫌」

 

 

「は?」

 

 

だが、思いも寄らぬ言葉をアスナは口にした。

 

 

「ケイ君。やっぱり、もうしばらく私とパーティー組みなさい」

 

 

「め、命令口調!?いや、何でだよ…。ていうか、ギルドの方は問題ないのか?」

 

 

突然のアスナの気まぐれ。

別にアスナとパーティーを組むのが嫌だという訳ではない。アスナと組めばとても戦いやすいし、短い時間ではあったがアスナと過ごす時間は楽しかった。

だがこれ以上アスナを独占すれば、ギルドの方で問題が出てくるのではないか。ケイはギルドに入ったことがないためあまりわからないが、こうレベルが離れたりとか、連携が崩れたりとか、そういうのはないのだろうか。

 

 

「私の方は全然大丈夫よ。私一人抜けるくらい、問題ないわ」

 

 

「いや、あると思うけど…」

 

 

ギルドの副団長とは思えないセリフを口にするアスナに、思わず苦笑が漏れる。

 

だが…、もうアスナは意見を変えるつもりは全くなさそうだし…。

 

 

「…はいはい。これからもよろしくお願いしますよー」

 

 

「よろしい」

 

 

受け入れたケイに、アスナは満足そうな笑みを浮かべた後、転移結晶を掲げる。

 

 

「じゃあケイ君、また明日…はちょっと疲れてるだろうから。明日はお休みね」

 

 

「了解です」

 

 

最後にそう言葉を交わしてから、アスナは<血盟騎士団>の本部があるグランザムへと転移していった。直後、ケイも二十二層<コラル>へと転移し、ホームへと帰っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、ケイは朝からエギルの店の二階にしけ込んでいた。さらに、そこにはケイだけでなく、キリトも揺り椅子に膨れっ面で腰を下ろしてたむろっていた。

 

 

「引っ越してやる…。俺だけ別のホームで一人隠居してやる…」

 

 

「やめろって。サチが心配するぞ」

 

 

不機嫌そうに言うキリトにケイがそう返してやると、キリトはむっ、と口を噤む。

 

 

「ま、一度くらいは有名人になるのもいいもんだろ。いっそ、後援会でもやったらどうだ?」

 

 

「するか!」

 

 

さらにエギルが心底面白そうに笑みを浮かべてキリトをからかう。

 

今ここで、エギルに持っていたカップを投げつけているキリトだが、この場に来ているのは理由があった。

 

現在、アインクラッド中がある事件の話でもちきりになっていた。その事件とは…そう、昨日の<ザ・グリームアイズ>撃破についてである。

 

【軍の大部隊を全滅させた悪魔】やら、【それを単独撃破した五十連撃】やら、色々と尾ひれがついているのが質悪い。

 

それをどうやって調べたのか、キリトのギルドホームには早朝から剣士や情報屋が押し寄せてきたらしい。そのため、キリトはここへ逃げ込んできた、という事である。

 

 

「そういや、俺のとこにアルゴからメッセージ来てたわ。昨日の事件について教えろって」

 

 

「んなっ!お前、何て答えたんだ!?」

 

 

「『五十連撃で悪魔を倒した張本人に聞け』って返しといた」

 

 

「す、少しくらい誤魔化せよ…」

 

 

キリトが椅子の背もたれに沈み込んで憂鬱そうに天を仰い…だところで、勢いよく二階の部屋の扉が開かれた。

 

ケイ達三人は一斉に扉の方へと視線を向ける。

 

 

「アスナ?」

 

 

扉を開けた体勢で立ち尽すアスナを見て、声を掛けたのはキリトだった。だが、アスナは声を掛けたキリトではなく、床に敷いた座布団の上で胡坐をかくケイをじっと見つめていた。

 

 

「…どうした?」

 

 

「ケイ君…」

 

 

今度はケイが声を掛けると、アスナは両目を潤ませながら口を開いた。

 

 

「た、大変な事になっちゃった…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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