SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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約一週間、空いてしまいました。リアルで忙しいせいで少し間が空くとは思っていましたが、実はここまで間が空くはずはなかったんです。ですが今、部屋に親戚が泊りに来てるんですよね。今も、レポート書いてる途中で目を盗み、少しずつ執筆を続けて投稿しています。

言い訳はいらない?…すいませんでした。と、ともかく、遅れたのはモチベーションが下がってるとか、そういう理由ではないので悪しからず。










第39話 穏やかな時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケイのプレイヤーホームはアルゲードの裏道という裏道を通って抜けた先にあった。それは、自分の拠点を暴いてやろうと動いていたプレイヤーが数いたためだ。五十層に辿り着くまではホームは持たず、宿屋を転々として一定の拠点という物を持っていなかった。

 

だが今、他プレイヤーのケイへの対応は変わってきていた。これまでのボス戦での功績に、止めはラフコフ討伐戦でのPoHの撃退。これによって、ケイを敵視していたプレイヤー達は少なくなり、今でもそれが変えようとしないプレイヤー達も肩身が狭くなり表立った行動ができなくなった。

 

何が言いたいかというと、ケイはこの機会を使って引越ししたのだ。

 

 

「キリト君から引っ越ししたって聞いてはいたけど…、こんな二十二層に家を買ってたなんて…」

 

 

「アスナんとこの<セルムブルグ>みたいな高級さはないけど、落ち着くとこだろ。ホーム自体も結構な広さがあるし、一目見て惚れたね」

 

 

今、ケイとアスナは二十二層主街区<コラルの村>の道を歩いている。勿論、ケイのプレイヤーホームがある方へと。

 

第二十二層はアインクラッドの中で、最も人口が少ない層の一つだ。フィールドにはモンスターが出現せず、そのおかげかたった三日で攻略が完了したという伝説がある。事実だが。

面積がかなり広く、大部分は森林と無数に点在する湖で占めており、主街区の中でも森が茂り、湖がそこかしこに存在している。

 

 

「あれ、森の中に入るの?」

 

 

「あぁ。よそ見して逸れたりすんなよ?」

 

 

「そ、そんなことしないわよ!」

 

 

村の道が二手に分かれており、ケイは森の中へと続いている道へ足を入れる。アスナもやや戸惑いを見せながら、ケイについて歩く。

 

この道まで来れば、後五分もしない内にホームへ帰り着く。

 

すっかり暗くなり、月明かりと道の脇にある街灯に照らされる道を歩いていくと、二人の視界にポツンと一軒だけ建っているログハウスが見えてきた。

 

 

「ケイ君。あれが?」

 

 

「そ。俺の買ったホーム」

 

 

二人並んで入り口の前まで近づくと、ケイはウィンドウを開いて開錠の手続きを行って扉の鍵を開ける。

 

 

「さ、どうぞどうぞ」

 

 

「お、お邪魔します…」

 

 

ケイが先に扉を開き、手を伸ばして中に入る様にアスナを誘う。アスナは少し戸惑いながらも、開いた扉を潜ってホームの中へ入っていく。ケイも、アスナが中に入ってから同じようにホームへ入り、扉を閉めてから奥へと進んで行く。

 

ケイが買ったプレイヤーホームは至って簡単なつくりをしていた。部屋は三つで、一つは居間に、一つは寝室に、もう一つは特に使用することなく特に物は置かれていない。この三つの部屋の他にも、居間の中にはキッチンがあり、そのキッチンの傍にある扉の奥には風呂場が設置されている。

 

 

「うわぁ…。綺麗にしてるんだね…」

 

 

「意外とでも言いたそうだな、おい」

 

 

明かりが点き、露わになった部屋の中を見てアスナが呆けたようにつぶやいた。

まるで、もっと汚いもんだと思っていたと言わんばかりに。

 

 

「もうちょっと物置いてもいいんじゃない?」

 

 

「無視かよ。…いや、まぁ寂しい見た目してんのは認めるけどさ、だからってそんなに家具置いたってしょうがねぇんだよな」

 

 

居間に置かれているのは、丸テーブルと一つの椅子。壁際に来客用の、予備の椅子が用意されているのみ。苦し紛れというべきか何というか、テーブルと椅子周辺の床にカーペットが敷いてあるが、部屋の殺風景さを改善するまでには至っておらず。

 

ハッキリ言おう。ケイの部屋、寂しい。

 

 

「ま、いっか。それよりもまず、お肉よねお肉!」

 

 

「…年頃の女の子が食い意地w「何か言った?」いえいえいえいえいえいえ何も!!」

 

 

ケイの部屋に対する感想を言うのを止め、アスナはキッチンへ足を向けながら言う。

少し年頃の女の子が言うのはどうかという言葉だったが、それを指摘しようとするとアスナが鋭い眼光を向けてきたため、言葉を喉奥へと飲み込む。

 

そして、ウィンドウを操作してエプロンを身に着けたアスナの隣まで近づき、キッチンテーブルの上にラグー・ラビットの肉をオブジェクト化させる。

 

 

「これがS級食材かー…。で、どんな料理にする?」

 

 

「…お任せで」

 

 

「んー…、じゃ、シチューにしようかな?」

 

 

ラグー・ラビットの肉でどんな料理を作るのかも決まり、アスナが早速調理を始める。

その間に、ケイは一度寝室へ行ってから外出用の和服から部屋着へと着替えて居間へと戻る。ケイが部屋へと戻ってきた時にはもう料理は出来上がっていたようで、アスナはさらに盛り付けを始めていた。

 

 

「できるの早くね…?」

 

 

「SAOでの料理は色々手順が簡略化されてるからねー。ちょっとつまんないかな」

 

 

このゲーム内で料理をした事のないケイには、どれくらいの時間で完成するかなんてわかるはずもなく。

高々五分程度で完成したシチューを見て、目を丸くして驚愕する。

 

アスナは文句を言いながらもてきぱきと動き、盛り付けが終わった皿をテーブルへと運んでいく。その姿を見ていたケイだったが、テーブルにはまだ一つしか椅子が用意されていないことを思い出し、すぐに壁際から一つ、椅子を持ってきて置く。

 

 

「ほら、できたわよ。早く座って、冷めないうちに食べちゃいましょ」

 

 

ケイがアスナの分にと持ってきた椅子を置いたと同時、アスナもまた作った料理を盛り付けた皿をテーブルに置き終えたようで。ありがとう、と一言告げてからケイが持ってきた椅子に座る。

 

ケイも、アスナの正面で椅子に腰を下ろし、テーブルに置かれた料理を目にする。

 

 

(…旨そう)

 

 

ブラウンシチューの中にはゴロゴロと大きく切り分けられた肉が転がっている。それを見ているだけで、口の中で唾液が湧いてくるような、そんな感覚に陥る。

 

 

「「…いただきます」」

 

 

料理を作ったアスナもまた、このシチューの味が楽しみで仕方ないようで。二人は一度目を見合わせた後、同時に一言呟いてからスプーンを手に取って、掬った肉を頬張る。

 

 

(…やべぇ、旨すぎ)

 

 

溶けるような食感とはまさにこの事だろう。ケイ自身、現実で似たような肉を食べた事はあり、その食感に飽きにも似た感情が沸いていたのだが…。そんな自分をぶん殴ってやりたい。

 

S級食材を使った料理を食べた事もあるが、やはりめったに食べられない高級料理を口にするとまた格別だ。現実の自分が、どれだけ贅沢をしていたのかを実感させられる。

 

 

「あぁ…。今まで頑張ってきてよかった…」

 

 

大袈裟な、と笑ったりするものか。ケイもまた、アスナと同じ事を考えているのだから。

 

ケイもアスナも、食中は一言も発することなくシチューを頬張り続け、時間が過ぎていくという感覚も感じず、気づけばお代わり用に用意されていた鍋の中のシチューもすっかり空となり。

 

今はケイとアスナも、アスナが淹れたお茶を啜っている。日本の苦みのある味より、紅茶に近い味がするお茶を少しずつ喉に入れていく。

 

 

「ケイ君…。何を唐突にって思うかもしれないけどさ…」

 

 

「ん?」

 

 

お茶の入ったカップを呷ろうとした時、両手でカップを抱えるアスナがふと呟いた。

ケイは口を付けようとしたカップを戻して、話そうとしたアスナに目を向ける。

 

 

「どうした?」

 

 

「うん…」

 

 

先程までの、料理に満足した心地よい表情はすでになく。落ち込んだような表情を浮かべたアスナがケイを見返して口を開いた。

 

 

「ケイ君は…、最近の攻略ペース、どう思う?」

 

 

「…」

 

 

ケイは、アスナの問いかけにすぐに答えることができなかった。

多分、この問いにケイがどう答えるか、アスナ自身も何となくわかっているはずだ。だが、どうしても聞かないではいられなかったのか。

 

 

「…正直、攻略ペースは落ちてる。今最前線で戦ってるプレイヤーも、五百人切ってるからな」

 

 

「…うん」

 

 

ケイが答えると、アスナは小さく頷く。

 

 

「皆、この世界に馴染んでる。クリアだ脱出だって、全力になってる人も少なくなってきてる」

 

 

ケイ自身、たまに現実世界でのことを思い出さなくなる時がある。ゲームが始まってすぐは、毎日、一日も欠かさず現実世界でのこと、家族の顔を思い浮かべていたのに。

 

実際、この世界での生活は楽しいというのは否定できない。現実の様に毎日学校へ行く事もなく、仕事に行く事もなく。下層にいる人達は特に、この世界での生活を満喫している事だろう。

 

だからこそ、か。元の世界に戻りたいと本気で願う人が、少なくなってきているように感じる。

 

 

「でも、私は帰りたい。向こうでやり残したこと、一杯あるから」

 

 

「アスナ…」

 

 

ケイ自身、本当に現実に戻りたいと思っているのかどうか、疑わしく思い始めたその時、両手で抱えたカップをテーブルに置きながらアスナが言った。

 

 

「現実でのケイ君の顔も見てみたいしね」

 

 

「…その笑顔はやめろ。ていうか、今お前の目の前の顔が現実の顔なんだが」

 

 

さらにアスナは、悪戯っぽいような何かを期待しているような、そんな笑顔を浮かべてそう口にした。ケイは溜め息を吐いてから、苦笑を浮かべてアスナに返す。

 

目の前では、アスナが口元に手を当てて笑みを零している。何がそこまで面白いんだか…。

 

 

「さて、と!食器片付けないと」

 

 

「あぁ、俺も手伝うよ」

 

 

空になったカップをテーブルに置き、立ち上がりながらアスナが言う。ケイもお茶を飲み干してから、アスナと同じようにカップをテーブルに置いて立ち上がる。

 

 

「ううん。片付けるって言っても、現実と違ってこっちも簡略化されてるし。ケイ君は休んでて?」

 

 

だが、立ち上がったケイにアスナが言った。ケイ自身、食器を使って食事をしたのが初めてのため、片づけ方というのはよくわからないのだが。

 

考えれば、やり方をわからない奴が手伝おうとしたってただの迷惑にしかならないだろう。

ケイはアスナの言う通りに手伝う事を止めて、椅子に腰を下ろす。

 

 

(…やっぱ綺麗、だよな)

 

 

現実の様に食器がぶつかり合うような音はしない。聞こえてくるのは、オブジェクト化する際に出る小さな音だけ。その音を聞き流しながら、片づけを進めるアスナの後姿をじっとケイは見つめていた。

 

時折、栗色の長い髪が揺れる。時折、笑みが浮かんだ横顔が覗く。鼻歌まで聞こえてきて、ご機嫌なアスナを見て、ケイはふと心の中で呟いた。

 

言うまでもなく、アスナはSAOの中でも一番といっていいほどの美人プレイヤーだ。特に話題に乏しいケイでさえも、アスナが告白された、プロポーズされた、等の情報が耳に入ってくるほどである。

 

 

「…アスナさー」

 

 

「んー?」

 

 

先程食べたシチューでかなりの満足感が得られたせいか。今のケイは、外にいる姿からは考えられないほどボーっとしていた。だから、か。ケイは思わずこんな事を口にしてしまった。

 

 

「彼氏とか、いんの?」

 

 

「え!?」

 

 

バッ、とアスナの顔がこちらを向く。顔を紅潮させて、とてもびっくりしたように目を見開いて。そして、手に持っていた一枚の皿を手から離してしまった。

 

 

「あ」

 

 

「あぁ!」

 

 

ケイは短く呆然と、アスナは慌てて落とした皿を捕ろうとするも、間に合わず皿は床へと落ちて、破砕音を響かせて四散してしまった。

 

 

「わ、わr…」

 

 

「ごめんなさい!その…、ほ、ホントにごめんね?」

 

 

「え、あ、いや…。うん」

 

 

驚かせた自分が悪いのに。アスナの勢いに押される形で謝罪を受け入れてしまった。

 

いや、そうじゃないだろ。自分が驚かせたからアスナが皿を落としたのだろう?その上でアスナに謝らせるとかどうなんだ。ケイは、改めてアスナに謝るために口を開こうとする。

 

 

「で、でも…。どうして急にそんなこと聞いてきたのよ…」

 

 

開いた口を、ケイは閉じた。謝罪の言葉を言う前に、アスナが問いかけてきた。

 

どこか呆れているように、それでいてどこか恥ずかし気に俯くアスナに保護欲にも似た感情がケイの中で湧き出てくる。

 

 

「…いや。アスナぐらいになると、引く手数多だろうと思って」

 

 

「私ぐらいって何よ…」

 

 

湧き出る感情を抑えてケイが答えると、アスナはため息を吐きながら返す。

 

 

「いや、アスナレベルの美人となると、男も放っておかないだろ」

 

 

「びっ…!?」

 

 

「あ」

 

 

ケイがさらに続けて言うと、アスナは顔を真っ赤にして絶句するように呆けて口を開けた。

そして、その様子を見たケイも、自分が今、何を言ったのかを自覚した途端に頬を赤くし、呆然としてしまう。

 

 

「い、いや!他意はないぞ!?客観的に見れば、アスナが美人なのは当たり前のことで…」

 

 

「そ、そんな事ないけど…。そっか…。他意はないんだ…」

 

 

慌てて言い繕うケイ。いや、言い繕うというか事実なのだが。…事実、だよな?

というか何だアスナ、その言い方は。それではまるで、他意があって欲しいって思ってるみたいじゃないか。勘違いしちゃうぞ。いやしないけど。

 

 

「で、そこら辺どうなってるんですか?アスナさん」

 

 

「別に…。告白されたり、プロポーズされたりはあったけど、しようとは思わないかな」

 

 

「…なぁんだ」

 

 

どうして、アスナの答えを聞いて自分はほっとしてる?そして、どうして自分はそれを隠してこんな強がってるみたいに、心底つまんなそうに返事した?

 

 

「そういうケイ君はどうなのよ。仲良い女の子とかいないの?」

 

 

「はっ、そんなの勿論………いるわけねぇだろ」

 

 

「…そんなに勿体ぶって言う答えじゃないね」

 

 

ケイの返答を聞いて、苦笑を浮かべて言うアスナに一言、うるせっ、と強めに返事を返してやる。

 

 

「ま、強いて言うなら…。サチにリズにシリカに、アスナかな?仲良い女の子は」

 

 

「…そっか」

 

 

この時、ケイから視線を外して片づけを再開したアスナの顔に、嬉しそうな笑みが浮かんでいた事にケイは気が付かなかった。

 

 

「んー…、はぁ!じゃあ、私はもう帰るわね?」

 

 

「ん?…あぁ、もうこんな時間なのか。大丈夫か?送るぞ?」

 

 

「ううん、大丈夫。ギルドから、念のためにって転移結晶貰ってるから」

 

 

「…あんたんとこのギルドは余裕があっていいですなぁ」

 

 

すでに、外に出るには遅すぎる時間になっていた。帰ると言うアスナを送ろうとするが、まさかのボンボン発言。さすがは天下の<血盟騎士団>副団長ともいうべきか。

 

 

「そうだ!ケイ君は明日、予定ある?」

 

 

「あ?…いや、ないけど」

 

 

片づけを終えて、座っていた椅子を元の場所に戻してから玄関へと行き、外に出ようとドアノブに手をかけた時、アスナが口を開いた。

明日は特に人との約束もないし、迷宮区に籠って攻略しようと考えていたため、明日に予定はないと返事を返した。

 

 

「なら、明日は久しぶりにパーティー組んで攻略に出ようよ!」

 

 

「パーティー?」

 

 

アスナからのパーティーの誘い。さらに直後、ケイの目の前にパーティー申請のウィンドウが出現した。

 

 

「…ボス攻略以外でパーティー組むのは、かなり久しぶりだな」

 

 

「二人で組むのは、二層以来だよ」

 

 

ケイとアスナ、二人が同じパーティーで戦うのは特に珍しくもない。ボス戦ではよく同じレイドに入れられ(アスナが強引に)ているからだ。

だが、ボス戦以外となると、かなり長い間組んでおらず…およそ九ヶ月くらいだろうか。そこまで遡らなければならない。

 

さらに、アスナとコンビを組むのは…あの、ケイから決別を告げた第二層攻略を終えた時以来となる。

 

 

「…いいのか?」

 

 

「じゃなくちゃ誘わないでしょ」

 

 

「…それもそうだな」

 

 

短いやり取りの後、ケイはウィンドウに表示されるYes欄をタップ。同時、左上に表示されているケイのHPバーの下に、アスナのHPバーが出現。ケイとアスナで、無事パーティーが組めたという証明だ。

 

 

「よし!なら、明日は九時に七十四層の転移門前に集合!いい?」

 

 

「りょぉかい」

 

 

ビシッとこちらに指を向けて釘を差してくるアスナに頷きながら了と返事を返す。

 

アスナは、ケイの返事に満足したように笑みを浮かべて一つ頷くと、開いたままのウィンドウを操作してアイテムストレージを開く。転移結晶を探しているのだろう。

 

 

「…あれ?」

 

 

「?どうした」

 

 

「あ、ううん。えっと…」

 

 

すると、ウィンドウを操作していたアスナが戸惑いを含んだ声を漏らした。その声を聞いたケイがどうかしたのかと問いかけるが、アスナは曖昧な返事を返しながら操作を続けている。

 

 

「…転移結晶が」

 

 

「転移結晶が?」

 

 

「…見つからないの」

 

 

「は?」

 

 

呆然としながら言うアスナに、ケイも呆けた声を漏らす。

 

 

「さっき、転移結晶をギルドからもらってるって言ったよな?」

 

 

「うん…」

 

 

「なのにないと」

 

 

「うん…、あっ」

 

 

何か思い出したのか、アスナが目を丸くしてウィンドウを覗いていた視線を上げた。

 

 

「五十層に行くのに使ったんだった…」

 

 

「…アホ」

 

 

「うぅ…」

 

 

使った事も忘れて、転移結晶があるから大丈夫とか言ったのか…。思わず、呆れながら心の底で感じた感情を口に出してしまう。

 

 

「で、どうする?送るか?」

 

 

「だ、大丈夫だよ。私一人で…」

 

 

「送るからな」

 

 

「…はい」

 

 

渋るアスナを押し切って、ケイは送るためにアスナと並んで外へ出た。

 

ホームへ行く途中でさえ真っ暗で、月明かりと街灯しか光がなかった。今もそれは同じで、ただ一つ違うのは、時間帯を考えた際に不気味さを感じるくらいか。

 

しかしその不気味さがアスナにとってはいけないことで。

 

アスナはこういう不気味な雰囲気が苦手なのだ。実際、アスナがケイに押し切られる事などほとんどない。先程ケイに押し切られたのは、ケイのホームへ来る道中の光景を思い出したからだろう。

 

 

「ご、ごめんね」

 

 

「いいって、今更だし」

 

 

「…」

 

 

さらっとひどい事を言い流して、歩き出すケイ。それに続いてアスナも歩き出し、二十二層の転移門広場へと向かう。

 

明日は、久方ぶりの、二人での攻略へと行く予定なのだが…。

あんな事になるなど、この時のケイもアスナも、知る由はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想をクレメンス(もう何も辛くない、心の叫び)

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