SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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この話、ほっとんど原作と変わってません。ただ、だからといって読まないでいると次話で戸惑うことになると思われるので、読んでおくことをお勧めします。m(__)m


第38話 二年の時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迷宮区内に時折現れる、強敵リザードマンロードを屠り、すぐ傍にまで来ていた迷宮区の出口を潜るケイ。

迷宮区を出ていったケイの眼前に広がるのは、うっそうと茂る暗い森。空から照り射す夕陽の光が、木の葉の間を通りそれによって現実では滅多に見ない光景を作り出していた。

 

ここから三十分も歩けば主街区に着く。その間でMobとの戦闘もあるだろうが、一時間もしない内にプレイヤーホームへ帰宅できる。と、この時のケイは思っていた。

 

 

「…っ」

 

 

迷宮区から出て帰路を歩くケイの視界の端で見えた、灰緑色の毛皮と長い耳を見てケイは息を呑んだ。そして、索敵スキルによって浮かび上がったモンスターの名称を見てケイの胸がどくん、と高鳴る。

 

<ラグー・ラビット>。超のつくレアモンスターであり、さらにプレイヤーの姿を見ると一目散に逃げてしまい、討伐できたというプレイヤーはほとんどいない。

実はこの<ラグー・ラビット>と邂逅したのはケイ自身、二度目である。だがその時は討伐できず、逃げられてしまった。

 

このモンスターは特段経験値が高かったり、獲得コルが多かったりするわけではない。しかし、プレイヤー達は<ラグー・ラビット>との出会いを所望し、討伐したがる。それは何故か。

 

 

「しっ────」

 

 

前回遭遇した時は持っていなかったが…、もしも、というより今この時のために所持していた投擲用の短剣を取り出し、<ラグー・ラビット>に向かって投じる。

<ラグー・ラビット>はこれまで出てきたモンスターの中で最も敏捷度があり、その逃げ足も凄まじい。まさに、某RPGの銀色のスライムのごとく。だが、ウサギの目に姿を留められなければ。先制攻撃ができる手段、投擲が今のケイにはある。

 

ケイの投じた短剣が<ラグー・ラビット>に命中する。ここまでは予定通りだ。システムアシストがある以上、相手が動きさえしなければ必中も同然。

問題はここから。スキル練度が低い<投剣スキル>の攻撃で、相手のHPを全損させることができるか。

 

 

「…よっっ、し!」

 

 

パリィィン、とポリゴン片が散る音が響いた瞬間、ケイの拳が握られる。それと同時に、拳を握らなかった右手でメニュー画面を呼び出し、獲得した経験値、コル、アイテムを確認する。

 

ぶっちゃけ、経験値とかコルとか今のケイにはどうでもよかった。その欄には目もくれず、アイテム欄を見て、ケイは両目を大きく見開く。

 

<ラグー・ラビットの肉>

プレイヤーの間では十万は下らない価格で取引される代物であり、<ラグー・ラビット>との邂逅を多くのプレイヤーが望む最大の理由。食べても超絶に旨いと言われるS級食材。

 

が、

 

 

(ま、食べられないんですけどねー…)

 

 

今のケイには食べるという選択肢を取る事は出来ないのだが。

 

こんなレア食材、食べてしまいたいというのは紛れもない系の本音である。だが、この食材を調理しなければそれは叶わない。そして、ケイはこの食材を調理することができないのだ。

 

少し考えれば当然の事なのだが、食材のランクが上がれば上がるほど、要求される<料理スキル>の熟練度が高くなる。ただでさえケイは料理スキルを取ることすらしていないのだ。

そんなケイがこの肉を調理すれば…、黒こげにするのがオチである。

 

もしそんな…S級のレアアイテムを無駄にするようなことになれば、ケイは悔しさのあまり血の涙を流すだろうと自信を持って言える。そうなるくらいだったら、食べるという選択を捨てた方が断然マシだ。

 

 

「転移!アルゲード!」

 

 

先程も言ったが、ラグー・ラビットの肉は最低でも十万の価値で取引される。それを考えれば、転移結晶一つ分の負担など取るに足らない物。

ケイは迷わずストレージから転移結晶を取り出して、詠唱の言葉を吐き、使用する。

 

直後、ケイの体は転移の光に包まれ、次の瞬間にはその場から姿を消していた。

 

 

 

二〇二二年十月十七日。これが、現在の日付。

デスゲームが始まってからおよそ二年。七十四層まで上り詰めたプレイヤーの生存者は、六千人となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし決まった!<ダスクリザードの皮>三十枚で七百コル!」

 

 

アルゲードへと帰り着き、とある店へ入店したケイの耳に入ってきたのは馴染み深い、低い男の声。

その声の主であり、買い取り屋を経営するプレイヤーエギルは、取引に来た槍プレイヤーの肩をバンバン叩きながらトレードウィンドウを出して金額を入力する。

戸惑う様子を見せる槍プレイヤーには有無も言わさず、エギルはそのまま取引を終了させてしまった。

 

 

「じゃ、兄ちゃん!また頼むよ!」

 

 

「…」

 

 

豪快に笑うエギルを横目で睨んでから、だがその容貌の印象通りの気の弱さから何も言い返すことができずに槍プレイヤーは店を出ていってしまった。

 

 

「相変わらず、あくどい商売してんなぁ…」

 

 

「お、ケイじゃねぇか。ここに来るのは久しぶりじゃねぇか?」

 

 

「最近はレベル上げと熟練度上げもかねてクエスト行ってたからな。今日は久方ぶりの攻略に出てたっ、と…」

 

 

槍プレイヤーのしょんぼりした表情を思い出し、苦笑を浮かべながら声を掛けるケイにエギルも笑みを浮かべながら返す。そのエギルの言葉にケイは返事を返しながら、ウィンドウ操作してエギルにトレードを提示する。

 

 

「それとさっきのお前の言葉だが…、うちは安く仕入れて安く提供するのがモットーなんでね」

 

 

「…いくら何でも、ダスクリザードの皮三十枚を七百コルは安すぎだろ」

 

 

ケイが提示したトレードウィンドウを確認しながらエギルが言ってくるのに対し、再び苦笑を浮かべながらケイは返事を返す。

そんな中、ケイの言葉を聞きながらトレードウィンドウの内容を確認していたエギルの両目が大きく見開かれる。

 

 

「お、おいおい…。ラグー・ラビットの肉って、S級食材じゃねぇか。おめぇ、別に金に困ってるわけじゃねぇだろ。食おうとは思わなかったのか?」

 

 

「思ったに決まってんだろうが。けどよ…、これを料理できるほどのスキル熟練度がねぇんだよ」

 

 

「あぁ…」

 

 

もし…もし、ケイが料理スキルを上げていたら…。こんな所に来ずに一目散にホームへ帰り、S級食材の味に舌鼓を打っていたのだが…。

 

 

「無理」

 

 

「だな」

 

 

エギルが納得のいった表情をしつつ、苦笑を浮かべる。

 

 

「ケイ君」

 

 

男二人が苦笑いを浮かべ合うという何とも微妙な光景が広がる中、背後から肩をつつかれた。その声にケイは振り返り、こちらに笑顔を浮かべて軽く手を上げる女性プレイヤーを見つける。

 

 

「珍しいな。こんなゴミ溜めみたいなとこにくるなんて」

 

 

「何が珍しいな、よ。ここ一週間くらい連絡一つも寄越さないから生きてるかどうか、確認しに来てあげたんじゃない」

 

 

「へぇへぇ、それはありがとうございやしたー」

 

 

頬を膨らませ、詰め寄りながら言う女性プレイヤーから視線を外しながら適当に返事を返してやる。そのケイの対応にさらに女性プレイヤーがムッとした表情を浮かべるが、次第にその顔に笑みが戻ってくる。

 

 

「久しぶりだな、アスナ。元気にしてたか?」

 

 

「うん。ケイ君も元気そうで安心した」

 

 

ケイもどこかうんざりしたような表情を収めて笑みを浮かべる。

アスナの言う通り、一週間ほど連絡も取らず、顔を合わせたのは七十三層のボス戦以来だろうか。ともかく、久しぶりの友との再会を素直に喜びあう。

 

 

「エギルさんも、お久しぶりです」

 

 

「あぁ。三日前にケイは来てないかって聞きに来て以来だな」

 

 

「ちょっ…!」

 

 

ケイと挨拶を交わした後、ケイの背で隠れていたエギルの姿を除いてアスナが挨拶する。

すると、エギルはアスナにニヤリと悪戯気な笑みを向けて妙な事を言った。

 

 

「れ…、アスナ、しょっちゅうここに来んのか?けどさっき、久しぶりって…」

 

 

「あー!えええぇぇえっと、そうでしたっけ!?すみません、忘れてました!」

 

 

「くっ、くくく…」

 

 

「…?」

 

 

頭に浮かんだ疑問について問おうとすると、その途中で、慌てた様子でアスナがケイの言葉を遮る。さらにそんなアスナの様子を見て、心底面白そうにエギルが笑いを堪えている。

そして、二人の様子の意味が分からず首を傾げるケイ。

 

 

「そういえばアスナ。お前、料理スキルを上げてたりしねぇか?」

 

 

「エギル?」

 

 

そういえばアスナの顔が赤いな、とふとケイが気づいたその時、エギルがそんな事を口にし始めた。料理スキルは先程の会話の中で出てきており、恐らくエギルはラグー・ラビットの肉についてでアスナに何か話そうとしているのだろうことはわかるのだが。

 

 

(こいつ、まさか…)

 

 

ケイの中でエギルが何をしようとしているか、その予想が浮かぶ。

だがその予想は、アスナがある条件をクリアしていなければならない。そしてその条件は、とても難解な物で、アスナがクリアしているとは思えない。

 

そう考え、ケイは適当に聞き流そうと思っていたのだが…。

 

 

「ふふ…。二人共、聞いて驚きなさい。先週に完全習得したわ!」

 

 

「はい?」

 

 

「ほぉ」

 

 

ケイの予想に反した答えがアスナの口から飛び出してきた。

 

え?マジで?何で?様々な疑問の言葉がケイの頭の中に浮かぶ。

挙句の果てに、ふとアホか?という何とも失礼な言葉まで出てくる始末。

どれだけケイが混乱しているか、これで分かって頂けるだろうか。

 

 

「アスナ、ちょっと来い」

 

 

「え?はい」

 

 

「お、おいエギル…」

 

 

あぁ…、エギルは頼む気だ。料理スキルを完全習得したというアスナに、あれを頼む気なのだ。

 

 

「え!?こ、これってS級食材じゃない!ケイ君これ、売っちゃうの!?」

 

 

「あ…」

 

 

「その気でいるみたいなんだがな。だがケイは、これを料理できる奴がいたらしてもらって半分ずつにしてでも食べてみたいんだそうだ」

 

 

「おいエギル、俺はそんな事…」

 

 

「なら私が!私が料理するから!ケイ君、半分食べさせて!」

 

 

「…」

 

 

何か…、こんな目をぎらぎらさせたアスナを見るのは初めてだ。いや、アスナは一時期荒れており、攻略に必死で目をぎらぎらさせている所は見た事があるのだが…。

ここまで欲望に染まったアスナを見るのは、初めてだと直すべきか。

 

ともかく、あまりのアスナの勢いにケイはどうするべきか考えていた。

断るのは簡単だが…、その時のアスナの反応とエギルの口から飛び出るであろう罵倒が怖い。

 

うん。どうやら自分に選ぶ権利という物はないと悟ったケイは、一つ息を零してから口を開く。

 

 

「お願いします」

 

 

「やった!」

 

 

ため息交じりに告げると、アスナは拳を握り、小さくガッツポーズを取って呟いた。

喜ぶアスナを横目で見てから、ケイはエギルの方を見て言う。

 

 

「てことで、取引は中止な」

 

 

「あぁ。…て、俺の分は?」

 

 

「…あるとでも?」

 

 

エギルの方へ送っていたトレード申請を消し、店の扉の方へ体を向けながら取引中止を告げる。エギルも自分からこの状況を作り出しておきながら取引をする────という馬鹿な真似をするはずもなく。

店を出ていこうとするケイと、ケイについていくアスナを見送るのだが…。ふと何かを思い出したように口を開いたエギルに、ケイは無慈悲な宣告を突きつける。

 

 

「そ、そりゃねぇだろ…」

 

 

呆然と呟かれたエギルの声は、扉が閉まると同時に響いた鈴の音で掻き消されるのだった。

 

 

「それで?料理はいいけど、どこでするつもりなの?」

 

 

「ん?あぁ…」

 

 

そういえば、どこで料理をするかというのを全く考えていなかった。

料理をするには現実と同じように最低限の器具が必要だ。となれば、だ。

 

料理をしてもらうのはケイだ。ならば、その艦橋を与えるべきなのはケイの方だろう。

 

 

「俺のホームに一通り料理に必要な道具は揃ってる。アスナが嫌じゃなきゃ、貸してあげられるけど」

 

 

「え」

 

 

ケイが言った途端、アスナの表情が固まった。

いくら顔馴染みでそれなりに付き合いが長いとはいえ、さすがに男の家に上がるのは抵抗があるか。

 

 

「やっぱ今のなし。キリトに頼んで、黒猫団のホームで…」

 

 

「行く!」

 

 

「…え」

 

 

先程の言葉を取り消そうとしたケイを遮って、アスナが詰め寄りながら短く叫んだ。

あまりに予想と外れた反応に、ケイは思わず目を丸くしてしまう。

 

 

「行く」

 

 

「あ、うん。わかった。わかったから、離れようか」

 

 

距離はそのままで、声のボリュームだけを下げてアスナはもう一度同じ言葉を口にする。

うん、よくわかんないけど、嫌がってるという訳じゃないらしい。というよりむしろ、行きたがってる…?

 

 

(…ま、いいか)

 

 

ともかく、料理する場所は決まった。ケイはアスナを伴って、自身のホームへと帰るため、転移門がある方へと足を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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