SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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第30話 交渉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その報せが入ってきたのは、ケイとアスナが食事に行ってからたった一週間後の事だった。

 

 

「<ラフィンコフィン>の潜伏先が判明した」

 

 

第五十五層グランザム、血盟騎士団ギルド本部。ケイはそこに、ヒースクリフから呼び出しを受けてやって来ていた。ギルド本部の執務室に入ったケイにヒースクリフが挨拶後にかけた一言目がこれである。

 

 

「…そうか」

 

 

「君とアルゴ君がまとめてくれた情報を照らし合わせ、調査したところ…見事、当たっていたよ」

 

 

攻略をしつつ、ケイはアルゴと共にラフィンコフィンの調査を続けていた。その調査の情報を、ヒースクリフにだけ公開していた。そして一昨日、ラフィンコフィンが潜伏していると思われる層を予想し、ヒースクリフにそれを知らせてみた結果…、その予想は的中していたようだ。

 

 

「この事はすでにアスナ君には報せている。すぐに、他の大型ギルドも動き始めるだろう」

 

 

「…討伐戦は避けられないのか?」

 

 

「だろうな。軍辺りは、今日にでも出撃する勢いになると思われる」

 

 

食事に行ってからの一週間の間にも、ラフィンコフィンの手にかかって命を落としたプレイヤーは増え続けていた。

 

攻略組だけではなく…いや、攻略組よりも下、中層プレイヤーの怒りや不安が限界に近づいている。何としてもラフィンコフィンの犯罪行為をやめさせなければ、攻略どころではなくなる。

 

下手をすれば、ラフィンコフィン以外のプレイヤー全滅、という事態を頭に入れなければならなくなるかもしれない。

 

 

「さすがに、アスナ君とリンド君が抑えるだろうし、今日にという事はない。だが、二、三日の内に潜伏先へと向かい、交渉が行われるのは確実だ」

 

 

「…交渉、ね」

 

 

まぁ妥当な判断だろう。だが恐らく…、交渉は決裂する。まず間違いなく。

それは、ケイもヒースクリフも同じく予想している事だ。

 

 

「君の懸念も最もだが…」

 

 

「わかってるさ」

 

 

わかってる。このSAOではHPがゼロ=現実の死だ。つまり、もしケイとヒースクリフの予想通り、戦争になったら…それはつまり、本物の殺し合いという事になる。

 

交渉が決裂するという結末は誰だって予想できる。ラフィンコフィンは、交渉が成立するような相手ではないことはわかっている。それでも…、殺し合いをしたくないという深層心理が働いているのだ。

 

 

「それと、恐らく交渉の中心は軍のキバオウ君になるだろう」

 

 

「キバオウ…。はぁ、交渉は期待しない方がいいな」

 

 

別にキバオウを悪く言うつもりはないのだが…、お世辞にもキバオウはそういう事に向いてるとはいえない。やはり、討伐戦で決着、という形になるのだろうか。

 

 

「ともかく、近い内に君にも連絡が来るだろう。今日は急に呼び出して済まなかったね」

 

 

ヒースクリフはそう言うと、両肘を卓に突いて、組んだ両手で口元を隠す。ケイへの用件は済んだという事か、そう判断したケイはヒースクリフに背を向けて、執務室の扉まで歩き、不意に立ち止まって振り返る。

 

 

「あんたは来ないのか?」

 

 

「あぁ。こちらからはアスナ君が行く。私が行かなくとも、大丈夫だろう」

 

 

「…そうか」

 

 

ラフィンコフィンとの交渉の場にヒースクリフは来ないのかと問いかけるが、返ってきたのは行かないという答え。ケイは一言、小さく呟いてから再び振り返り、扉を開ける。

 

 

「あんたはまるで、観察者だな」

 

 

「…」

 

 

ケイは最後にそう告げて、執務室を去っていく。その背中を、ヒースクリフはじっ、と、視線を向けていた事にケイは気づいていたかはたまた否か。

 

執務室を出たケイは、ここまで案内してくれたプレイヤーについてギルド本部の門から外へ出ていく。ケイは案内してくれたプレイヤーに一言礼を言ってから、グランザムのメインストリートへと出る。

 

 

「ケイ君?」

 

 

グランザムの街並みは、無数の鉄の塔で形取られており、どこか寒々しい印象を受ける。そんな街並みをやや下がった気分で歩いていると、最近聞いたばかりの声でケイを呼ぶ人物が現れる。

 

 

「アスナ?」

 

 

「やっぱりケイ君だ。どうしてこんな所にいるの?」

 

 

声が聞こえてきた方へと振り向くと、そこには不思議そうに目を丸くしてこちらを見るアスナの姿があった。さらに彼女の傍らには、護衛と思われる、血盟騎士団のユニフォームを着た背の高い男プレイヤーが立っていた。

 

アスナはケイが本物だと確認すると、護衛のプレイヤーを置いてケイへと駆け寄ってくる。そしてケイの前で立ち止まってから問いかけてきた。

 

 

「こんな所って…。ちょっとヒースクリフに呼ばれてな」

 

 

「団長から?…あぁ、ラフィンコフィンの事ね」

 

 

苦笑を浮かべながら問いかけに答えると、アスナはケイがここに来た本当の理由をすぐに悟る。

 

 

「アスナはそれについて話し合いに行ってたんだろ?どうなったんだ?」

 

 

「どう、て言ってもね…。ボス戦のレイドと同じ人数のメンバーを選出して、ラフコフの潜伏先へ行く。そして投降するように交渉して、決裂したら…」

 

 

「戦う、か」

 

 

途中で言い淀んだアスナの代わりに、ケイがその言葉の続きを口にする。

アスナは目を俯かせながらこくりと頷く。

 

 

「…まぁ、実際にどうなるかなんてわからねぇんだ。今からそんなんだと身が持たないぞ」

 

 

「…そうだね。ありがと、心配してくれて」

 

 

俯いてしまったアスナにケイが声を掛けると、アスナは顔を上げて、微笑みながらケイにお礼を言った。その笑顔に魅せられ、ケイは思わず息を呑んでしまう。

 

様子がおかしいケイを不思議に思い、アスナが首を傾げるがケイは何も言わない、口を開こうともしない。口を開いてしまえば…、動揺してる事がアスナにばれてしまいそうだったから。

 

 

「そうだ!ケイ君、これから予定ある?」

 

 

「予定?…ないけど」

 

 

「なら、これからちょっと付き合ってくれるかな?お昼ご飯でも行こうよ!」

 

 

ケイが必死に動揺を胸の奥底に叩き込もうと努力する中、ふとアスナが口を開く。アスナはケイのこの後の用事の有無を聞くと、昼食にケイを誘う。

 

先程ケイが言った通り、特に予定はない。この後やろうとしていた事といえば、後日にあるだろうラフコフとの対峙に備えて武器の整備、アイテムの補充くらいだ。だがそれも、別に今日すぐにやらなければならないという事ではない。ラフコフとの交渉は、少なくとも明後日以降になるとヒースクリフから聞いたばかりだ。

 

ケイはアスナの誘いを受けようと、口を開…こうとした。

 

 

「なりません、アスナ様!こんな小汚い奴と共に食事など!」

 

 

その声は、二人のすぐ横から聞こえてきた。振り向けば、そこにはアスナの護衛と思われる背の高いプレイヤーが立っていた。

 

 

「クラディール…」

 

 

「それにアスナ様には、団長に会議の結果を報告しなければなりません。さ、早く本部に戻りますよ」

 

 

「…はぁ。わかったから、その手を離して。ごめんね、ケイ君。私から誘っておきながら…」

 

 

クラディールと呼ばれたプレイヤーは、アスナを諭すと、彼女の腕を掴んで引っ張り、本部に連れてこうとする。アスナはクラディールに手を離すように言ってから、ケイの方に振り向いて謝ってきた。

 

 

「気にすんな。それより、早くヒースクリフに報告して来いよ」

 

 

「うん…。ケイ君にも、後でメッセージで送っておくね?」

 

 

アスナの謝罪を受けってから、ケイは早くヒースクリフの所に行くように言う。それから、アスナは後でケイに会議の結果を報せると宣言し、クラディールと共に去っていく。

 

 

「…やれやれ、アスナも大変だこと」

 

 

この前会った時はいなかったのだが、まさか外で行動するごとに護衛が着いているのか。

それを自分に置き換えたケイは、思わず身震いした。嫌だ、絶対に嫌だ。自由が全くなさそう。

 

ケイもまた、グランザムの転移門広場に足を向ける。アスナとの食事は無しになったため、当初行こうとしていた武器の整備とアイテムの補充をしようか、と頭の中で今日の予定を決める。

 

その途中、ケイはふと背後から視線を感じて目だけを後ろに向けて確かめる。

 

 

(クラディール…?)

 

 

ケイの目には、アスナの隣で歩きながらこちらに殺気の籠った視線を向けるクラディールの姿が入った。

 

クラディールと会ったのは今日が初めてだし、特に恨みを買うような事をした覚えはないのだが…。

 

 

(ま、アスナと親しそうにしてたのに対しての嫉妬だろ。気にしないのが吉だ)

 

 

この時、ケイは気にするべきだった。そして、考えるべきだった。何故ここまでの殺気を、クラディールから向けられるのかを。

 

 

 

 

 

 

ラフィンコフィンのアジトがある第二十四層への進軍は、ケイがヒースクリフに呼び出されてから三日後に行われていた。ラフコフに対峙する軍は、大半が大手ギルドである<アインクラッド解放軍>、<血盟騎士団>の二つのメンバーで占められていた。

 

後は<月夜の黒猫団>や<風林火山>などの小規模ギルド、そしてソロであるケイ。ボス戦に挑むフルレイド、四十八人でラフィンコフィンのアジトを目指していた。

 

フィールドを歩き、洞窟を進み、奥へと向かう。

 

フルレイド軍がフィールドへと出てから、およそ一時間。遂に、ラフィンコフィンが潜伏していると言われている大きな洞穴の前へと辿り着いた。

 

辺りは濃い霧で包まれていた。少し離れれば、プレイヤー同士の姿を視認する事が難しくなってしまうほど。ケイは索敵スキルのおかげこの場にいるプレイヤーの存在を確認できているが、もし索敵スキルを持っていなければ…。

 

 

(…洞穴の中は索敵が届かない。システムの仕様か?)

 

 

ケイは索敵の範囲を広げ、洞穴の中を調べようとするが、どうやっても索敵の範囲が洞穴の入り口ギリギリで阻まれてしまう。この仕様の事も考え、ラフィンコフィンはそこをアジトとしたのだろうか。

 

なおもケイが索敵を洞穴の中へ届かせようと四苦八苦していると、人混みを掻き分け、このラフィンコフィンとの交渉を仕切るキバオウがプレイヤー達の先頭へ出てきた。

 

キバオウは一度立ち止まると、大きく息を吸って────叫んだ。

 

 

「今、お前らは完全に包囲されとる!!抵抗は無駄や!!十分以内に、武器を捨てて投降せい!!」

 

 

何の捻りもない、ベタなセリフ。だが、ここでそれ以外に何を言うべきなのかと考えても、何も出てこないだろう。

 

キバオウが言った十分という時間は、あのアスナが参加した会議で決められた内容の一つだと届いたメッセージに書かれていた。すぐに襲うことはせずに、少し時間を与え、時間が越えれば武力を行使。それがあの会議で決まった内容だという。

 

ほとんどというより、もう全てがケイとヒースクリフが予想していた内容そのものだった。十分という時間だったり、そういう詳細までは予想が至らなかったが交渉、または戦闘の流れはまさに予想していた通り。

 

 

「…誰も、来ねぇぞ」

 

 

「何も言ってこねぇし…」

 

 

キバオウの言葉に対し、ラフィンコフィンから何の返答も聞こえてこない。それどころか、未だ洞穴の中から人っ子一人も姿を現さない。

 

ラフィンコフィンは何の反応もせず、ただ時間だけが過ぎていく。

 

(さすがに…、おかしい)

 

 

ここまで沈黙を保つような集団ではない。ラフィンコフィンは根っからの犯罪者集団だ。そしてリーダーである男もまた、思慮深いとはいえここまでの事をされて黙っているような奴ではない。

 

違和感を感じたケイが、人混みを掻き分けてキバオウの元へ行こうとする。この違和感を伝えるために。

 

だが、その時だった。ケイの視界の向こう、キバオウの傍にいた一人のプレイヤーはゆっくりと動き出し、キバオウの背後に立った。

 

何をしてる?と、疑問に思う暇もなかった。

 

 

「っ!!?」

 

 

ケイは大きく目を見開く。

その視線の先では、キバオウの背後に立ったプレイヤーが、鞘から抜いた剣をキバオウの背中に突き立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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